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うろほろぞ
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03. 眠りの甘き細波




「眠れたか?」


不意に浴びせられたその低音に女は大きく目を開いた。
眼前に、いや、もはや爪先程の距離も無いそこにあったのは、よく見慣れた男の胸元。
あろうことか己の腕が彼の身体にしっかりと絡まっていたことに彼女は声を失った。

女は常にないほど顔を青くさせたと思うと勢い良く跳ね起きた。
…跳ね起きたものの、飛び上がろうとした彼女の身体は不意に伸びてきた男の腕に遮られ、妙な体勢で沈み込むとその力に比例して思うよりも豪快に彼の胸に落ちた。
男は痛みに文句を一言零しただけで、しかし何やら嬉しそうに女を抱きすくめる。
抵抗する言葉もうやむやに、結局訳のわからぬまま彼女は再び男の腕の中に収められてしまった。


確か自分は書斎に居たはずだ。
一向に片付く気配のない書類の山を相手に、今夜会いに来ると言っていた男を待っていた。
それなのに、何故自分は今寝台の上にいるのだろう。
…何故、この男の腕の中にいるのだろう。

常にない程混乱し、その整った顔立ちを赤から青に変える女を見て男は小さく吹き出した。
「…まさか主上が私をこちらへ?」
男は彼女の髪を弄りながらやんわりと笑んだ。
「私が来た時には豪快に突っ伏していたからな。さすがにあのままにしておく訳にはいくまい。 ……それとも、他に誰か心当たりでも?」
女は大きく首を振った。
愉しそうにその様子を眺める男は、彼女の赤茶の髪を指に巻きつけながら静かに口を開いた。
「しばらくしたら気付くかと思ったが一向に目を覚まさないからな…、どうしたものか考えあぐねていたらこんな時間になってしまった」
「それは…失礼しました。今こちらを退きますので…」
そう言って身を引こうとしたのだが、彼女の腕は男の腕に掴まれたまま自由になる気配がない。
力を篭めて引き剥がそうとしてもびくりともしなかった。
「…あの」
「何だ?」
「あの、どうかお放し下さい…!」
「何も今更恥ずかしがることもないだろう?」
男は半ば無理矢理彼女をその胸に抱き締めた。
「それに、お前の寝顔を見ていたら眠り損ねてしまった」
「…は?」
男はにんまりと笑って胸元に抱えた女の額にくちづける。
浮かんだ笑みは意外なほど柔らかくて、彼女は一瞬眩暈を覚えた。
「自分ばかり心地良さそうに眠っておいて、私には眠るなと言うか?」


「いえ!ですから私がこちらを退きますから、それから」
「ああ、もう眠いんだ。静かにしてくれ」
言って男は幾らも経たない内に寝息を立て始めた。
視界を男の胸に塞がれて、女はただ笑うしかなかった。
眠る男を起こさないように妙な形のままだった体を動かして、目の前にある彼の胸に顔を寄せた。
息を殺さずとも耳に響く心音が何故だかとてもくすぐったい。
ようやく理解できたこの状況は、なんとも気恥ずかしくて幸せなんだろう。


女は苦笑して、それから大きく息を吐いた。
たまにはこんな夜も悪くはない……かもしれない。



(06.09.25.update)
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02. 夢の淵で




 その女のことを想像する時、多くの人はかつての美しい姿を思い描くだろう。
 凛々しさと優しさを兼ね備え、信に厚く朗らかで誰からも好かれる女性。
 それは彼女の本来あるべき姿だった。






 きつく巻き付けられた包帯を一つ一つ丁寧に解く。まるで何かのまじないのように固く絞られた結び目を緩めると、のぞいた湿布が強い匂いを放って剥がれ落ちた。
 あらわになったその左腕は長い時間同じ形に結ばれていたものだからすぐには形が戻らない。用意した湯に浸し握り締めた指を一本一本解きほぐして、ようやく緊張の解けた拳が開いた。掌に残る凹凸を撫でると傷が痛むのだろうか、女は僅かに顔を顰めた。

 あの日から彼女は掌に触れられることを極端に嫌がった。
 あまりにも露骨に拒絶するものだから、無理に問い詰めれば、苦渋の色を浮べた女が差し出したのは彼女の隻手。その先にあった残骸を見て男は絶句した。
 開かれた彼女の左手は爛れた肉の皮が固さを伴って薄黒くくすんでいた。幾つもの小さな肉刺が出来ては潰れ、出来ては潰れ。随分と長い間そんなことを繰り返したのだろう。完治しない内にまた新しい傷をつくるものだから治癒に体が追い付いていなかった。
 恐る恐る伸ばした手でその残骸を掴み、男は傷の一つ一つを凝視した。触れる己の手は自分でも分からない程小さく震えていた。
 女は少しだけ苦しそうに笑った。男は何も言わずに触れた彼女の手を握り締めた。
 彼が伝えることのできる言葉などなかった。



 今、目の前にいる女にかつての面影はない。
 凛々しく、武人にしてはたおやかで、時折見せる愛らしい一面に変わりはないけれど、もう以前のように剣を振るうことは叶わないだろう。
 武門に身を置く者として死にも近いその代償が如何ほどのものか、想像に及ばない。それなのに彼女はこうして笑うことが出来る。
 弱音も吐かず、愚痴も零さず、ただ己に与えられた宿命を受け入れようと必死に生き足掻いているのだ。

 この腕に触れるたび、男は一人思う。
 忘れてはならないものがある。この手に触れることでしか分からないものがある。
 声もなく戒めるそれは皮肉にもこんな形でしか手に入れることができなかったけれど。

 手放すものか。
 この手を、この指を。




 男はいつものように女を抱き寄せると、掴んだ彼女の指に自分のものを絡めて瞼を伏せた。
 言葉もなく、愛撫もなく、ただ静かに抱き締めた。

 彼女を前に願う祈りはいつも同じだった。




(06.09.16.update)
bv
01 沈む静けさ




見上げた天井。
敷き詰められた碁盤状の石。
きらきら光る、獣の影。

差し込む夜の灯り。
灯籠の灯り。
月は出ていない。

炎の紅に照らされた褐色の肌。
所々に小さな傷が残る、男の身体。
鍛えられた逞しい腕が、闇の中で私を攫った。

触れた先から伝わる熱。熱。熱。
堪らずに男の背に腕を伸ばそうとするけれど、いつも躊躇ってしまう。
行方の定まらない腕は、敷布を掴んだ。
やがて訪れるその時を感じて、強く掴んだ。

吐く息は途切れ途切れに。
凭れ掛かる男は、少しだけ苦しそう。
小さなくちづけを繰り返して、私の胸に顔を埋めた。

身体の芯へと浸み渡る微熱。
二人を抱えて沈む、寝台の音。
それが、世界の全て。



飾り気の無い指が汗の滲んだ額に纏わる銀糸を掻き分けた。
それが私の示す、確かな証し。
ぎこちなく動く指を見て、男は笑った。
男が笑ったのを見て、私も笑った。

それからようやく、男の背に腕を伸ばした。
広い背中を抱き締めて、静かに目を閉じた。





(06.06.15.update)
ただその時を



衣擦れの音で目が覚めた。

辺りは未だ闇の中。
窓の奥にある山の上に傾いた下弦が浮かんでいた。
焚いてあった火鉢の炭が消えていて、何か羽織っていないとすっかり冷えてしまう。
女は布団に包まりながら、慣れた手付きで脱ぎ捨てた着物を羽織る男をぼんやりと眺めていた。
ではまた、とだけ言い残して、男は部屋を後にした。

夜空に浮かぶ月は既に消えかけ、窓から見下ろした雲の海はほんのり白み始めていた。
月が完全に沈んでしまえば、やがて待ち侘びていたかのように太陽が顔を出す。
彼等が決して顔を合わせることのないように、私たちもまた、結ばれることはないのだ。

あの男が飽きるまでは、このままの関係でいれば良い。
この想いは一時の過ちであったと、そう思える日が来るはずだから。

女は再び寝台に身体を横たえると、浅い眠りについた。
覚めることのない悪夢が、彼女を待っている。
こころ



ふと魔が差して、女を抱く腕に力を込めた。
女は短く喘いだものの、それ以上は何も言わない。

ならば何か吐かせてやろうと、掴んだ胸に歯を立てた。
今度は少し、苦しそうな表情を見せただけで、しかし咎めることは無かった。

それならば。

次第に自棄になって、その日は乱暴に女を犯した。
完全に征服した後に女の顔を見ると、何か物言いたげな目線を寄越しただけで、そっと睫毛を伏せた。


何故、こんなことになってしまったのだろうか。
初めて会ったときは、単純に良い女だと思った。
次第に言葉を交わし、行動をともにする内に、欲しいと思った。
そして女を抱く度に自分に心が無いことは判っていたが、次を求めずにはいられなかった。

―――そもそもこの女が自分の誘いを断るはずがないのだ。

その答えはあまりにも明確だった。
もしも王になどならなかったら、この女は私に全てを呉れていただろうか。
それとも。


こみ上げる自嘲を抑えれきれない。
いつもより辛そうな顔をする女を胸に抱いて、目を閉じた。



夜が明けるまでは、まだ時間が掛かる。
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