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G B 3 ~よい夢を~(TRIGUN)




夜が、明けて来ていた。

チチチ……チチチ……
白みかけた空を見上げてメリルは欠伸を噛み殺した。くるりと振り返ると、目の下に隈の出来た顔でにへらと笑う後輩、ミリィの顔がある。
「……終わりまして?」
力なく笑いを返したメリルに、ミリィは笑いながら消え入りそうな声で答えた。
「もう、少しです~」
暫く二人は無言で見詰め合った。
きぃんと耳鳴りのように静けさが耳を打つ。
唐突に、かつ機械的にメリルがぽそりと呟いた。
「―――もう少し、頑張りましょうか」
「はい~」
正気と机に戻った二人の娘は再び猛然と作業を再開した。休む事なきペンの音、床に散乱した書類の山、その合間に転がった栄養ドリンクの空瓶が今の二人の体力を物語っている。
だが休むわけには行かない。
明日には、ベルナルデリ協会の「監査」があるのだ。


さらに数十分が過ぎ、起き出した街の宿の一室で無気味な笑いがこだました。
「ふふ……やりましたわ……」
「終わりましたね…センパイ」
中には歓喜に肩を震わせる保険屋の娘二人。
ミリィとメリルは憔悴した顔に目だけを爛々と輝かせている。さしずめゾンビかマミーの様に。
もし外の鳥たちがこの表情を見たとしたら逃げ出したかもしれない凄まじさであった。
「後は、本日一日ヴァッシュさんを逃がさないようにするだけですねぇ~~」
「ええ。そうですわね……」
半ば邪悪にさえ見える疲労感溢れた笑みを浮かべた二体のゾンビに自分が狙われている事など赤コートの死神は知る由もない。
そして、口の端を緩ませた二人は同時に立ち上がった。
「そろそろ朝御飯にしますか~?」
ゆらり、と危険な足取りでミリィが歩き出す。早寝早起き信条の規則正しい生活を営むミリィに数日の徹夜はかなり堪えているらしかった。同意に苦笑を浮かべながら後に続いたメリルの表情が、不意にコマ送りのように変貌し―――

ぐらり
「……ぇ?」

ぐらぁり
「……ぇえ!?」

「きゃあああああ――――――――――――――!」
ドサリ
倒れかかるミリィの背中に避ける間も体力も有ろう筈がなく、爽やかな街の朝を保険屋片割れ(小)の悲鳴が引き裂いた。


保険屋稼業とは、かくも過酷なものなのである。


シャアアアア―――
火照った躯の熱を汗と共に水が流していく。男は目を閉じて身を任せた。外した義手の代りにタオルの端を咥えて片方の腕で背中に回し軽く擦る。所々引っ掛かるギミックにも、もう慣れた。器用に片手だけでタオルを絞り、脇へ掛けた頃には朝の訓練の気だるさはすっきりと洗い流されている。ぽたぽた雫の滴る金髪をかきあげながら元600億$$の賞金首、ヴァッシュ・ザ・スタンピードは少し浮かれ気分だった。爽やかな朝の空気、澄んだ水。さっきから匂ってくるのは朝食だろうか。
鼻歌交じりにコックを閉めているときに―――それは起こった。
隣室からの悲鳴に弾かれたようにヴァッシュはドアを見やる。
(今―――のは……!)
一瞬、神経を研ぎ澄ますが、もう何も聞こえない。静まり返る空気が不安を胸に上らせた。
剥ぎ取る勢いでシャワーカーテンを引き開け、ヴァッシュは手近な服を引っ掴んできながら飛び出す。だん、とドアの脇に手を付いてノブを回すのももどかしく隣室に飛び込んだ。
鍵は、かかっていなかったようだ。
「……どうしたんだ!!!」
叫んだ後で彼は一瞬硬直した。
なぜか脳内を遥かな昔に聞いた一言が、しかもエコー付きで過ぎった。

『ヴァッシュ……パンダは我が子を圧死させることもあるのよ…のよ……』

(レム……パンダって何だっけ…)
埒もない事を考えながら虚ろな視線で室内の惨状を暫く眺めて……はた、と彼は気がついた。
一応、事態は切迫していたのだ。
「―――!!」
駆けより様、ミリィの腕を引き上げる。なぜか彼女は天使のように安らかな表情で寝て居た。そして、その下から現れたメリルは対照的に地獄でも見たかのような表情で意識を飛ばしている。
呼吸を確かめて、脈を取る。規則正しい返答に安堵の息をついて、彼は改めて周囲を見渡した。疲れきった二人の表情、大量の書類の山、ゴミ箱の容量を遥かに越えた紙屑の中に所々突き出す瓶の首。
何となく予想がついて男は困ったような、仕方の無さそうな笑みを浮かべた。
「あんまり…無茶すんじゃねぇぞ」
こつん、と拳を二人の額に当て、聞こえない程の声量で呟いて立ち上がる。
本音は彼らがおきている時などには言えよう筈もなくて。

彼女達の強さは知っている。
危険を恐れぬ勇気と大胆さと、それに見合うだけの実力を笑顔の裏に秘めていることを本当は分かっているのだが。

(ど―も危なっかしいんだよなぁ……)
だから目が離せねぇんだ、と心中一人ごちてヴァッシュは膝を伸ばした。何はともあれ思っていたような不穏な事態ではなかった事で柔らかい安心感が全身を包む。
ほてほてとそのままドアへ向かいながら彼は軽く眉を顰めた。
身体を拭く暇もなく服を着た為に、ぺたぺたと全身に張り付く布地がどうしようもなく気持ちが悪い。
少しでも状態の緩和を目指して服を引き剥がしながらドアに手をかけた瞬間、力を加えても無いのに唐突にそれが開いた。

見つめあう。

ヴァッシュとドアのあった空間を挟んで視線を交わすのは近所のおばちゃんを始めとする野次馬連中であった。どうやら悲鳴を聞きつけてやってきたらしい。
へらり、と条件反射で笑みを浮かべるヴァッシュ。不審そうな表情の野次馬達。
沈黙は、暫く続いた。
先頭のおばちゃんの目がぎぎぃ、と奥に向けられて彼は何とはなしにそれを追う。
そこに在るのは、倒れた二人の女。
そのままその視線は自分に向けられてヴァッシュはつられる様に自分を見下ろした。ボタンの外れたジーンズに辛うじて引っ掛けただけのシャツ。裸の胸をつう~っと水滴が伝って床を打った。
ピチャン……
スローモーションに聞こえたその音を境に、揃い過ぎた嫌な符号が徐々に、頭の中で噛み合っていく。
悲鳴。気絶した女。乱れた服の男。
結論は―――「最悪」だ。

「こ……これは……違……」
「―――――――痴漢よぉおおお!!!!!!!!」
最大瞬間風速に吹き飛ばされそうな甲高い声が街を揺るがせたかに見えた。そして当然ながらヴァッシュの弁明が聞こえた者は居なかった。俄かにざわざわと騒ぎ出した街の中に男の叫びが響く。
「誤解だ!誤解なんだぁあああああ!!」
折り良く、人込を掻き分けて保安官が姿を現す。
「訳は後でじっくり聞いてやる」
ガチャリ、と叫ぶ男の手首に死刑宣告のように手錠が架けられた。

そして
この星一番の不幸なガンマンは無実を叫びながら留置場への一本道を引き摺られているのだ。




何処の留置場も大体作りは同じである。
3K。つまり、クサイ、汚い、暗い。出来る事なら長居はしたくない空間だ。
ましてや机を挟んで座っているのが髭面の男ならなおさらである。
「さて、婦女暴行犯」
「……!」
立ち上がりかけたヴァッシュの肩は両側から押さえられ、彼は憮然とした表情で椅子に逆戻りした。
「名前は」
「・……ヒミツ」
「歳は」
「……アンタよりは上かな」
「―――職業は」
「強いて言えば愛という名のカゲロウを追い求める平和の狩人……みたいなカンジ?」
バン!
叩かれたボロ机から書類やペンが空に舞った。肩を竦めたヴァッシュの足元にバラバラと落ちる。
「叩き込んどけ」
予想通りの答えに涙が出そうだ。

ゴウ―――ン
重い音を立てて閉まる牢の扉を水の滴るぼさぼさの髪の間から男はぼんやりと眺めていた。
「何で……こんな事になっちまったんだ……」


「なんっでこんな事になってるんですの―――!!」
同時刻、留置所の外で叫んでいるのは小さい保険屋さんことメリル・ストライフである。気が付くとなぜかヴァッシュは留置場に行ったという。近くの人から事情を聞きだしたミリィとメリルはその足で留置所に向かった。小さい肩を精一杯いからせながらずかずかと中に入る後ろ姿にを大柄なミリィが続く。
「お邪魔いたしますわ!!」
ぴしりと言い放つ声に其処で机に肘をついて半眠り中だった男は目を擦りつつ慌てて口を開いた。
「誰だ?」
「ベルナルデリ保険協会のメリル・ストライフです」
「ミリィ・トンプソンです~」
ぽかりと口を開いた男に詰め寄る保険屋二人組。彼らは憔悴した自分の表情の怖さを知らない。
ずずい、と詰め寄った二人に男の顔が蒼白になる。
「な・・・何なんだ!あんた達!!」
「本日ここに収容された男の方を出して貰いに来ました」
「明日までに居ないと上司に怒られちゃうんです~~」
びくりと引き攣った男は狼狽しながら手元の書類を捲りだした。
「な・・・…名前は」
「ええ。ヴァ………」
ぴくん。
言いかけたままメリルの唇が固まった。ここで騒ぎを起こすのはまずい。彼がヴァッシュ・ザ・スタンピードだとばれた日にはここは一気に惨状だ。ミリィに目を移すとミリィも同じ表情で。
にっこり、と保険屋の娘二人は笑いあう。そして同時にその笑顔のままでのたまった。
「ジョン・スミスさんです~」

『嘘つきは泥棒の始まり』である。


夜が、ふけてきていた。

僅かな格子の隙間から差し込む光は朧げな月光だ。幾つかの月が照らすこの星で、外では幾重にも出来る影が牢内ではたった一つで、壁に凭れる男の影を長く伸ばしている。
ごろり、と頭の後ろに手を組んだまま、男はそのまま横になった。腕の枷が邪魔にならぬよう片腕を上に肘で頭を挟み込んで、影が闇の中に没す。
開いていた青碧の瞳が静かに帳を下ろした。
そして、数刻。
ただならぬ気配に彼は静かに片目を開いた。腐ってもヴァッシュ・ザ・スタンピードと言う所か。
薬でも使われない限り、いつ何時とも彼が真の眠りを貪る事はない。それは危険と隣り合わせの日常が彼に与えた「習性」だ。
微かな動きで戦闘態勢に入る。傍目には判らない程の些細な動きだが、一瞬で隙は消えていた。
闇に慣れた眼がゆっくりと眼前の空間を探る。尖らせた神経の先、引っ掛かるのは足音で。
コツン コツン コツン
リズムの違いが、来る者は二人だと囁く。
敵か。……味方、か。
薄く開いた視界、牢の外に黒に包まれた足が二対。徐々に視界を上げていって、そしてヴァッシュは悲鳴を飲み込んだ。
「――――――!!!」
第一印象。こんな生き物は見た事が無い。
かっと光る光源は等間隔で並んだ対が二つの計四つだ。それが目だということを認識するのに一拍を要した。黒づくめの二人が牢の外で自分を見下ろしているのだと気付くのに更に一拍。
無理矢理に落ち着かせた男の動悸は、次の瞬間跳ね上がる。
「助けに来ましたわ。ヴァッシュさん!」
ざっと、前方の黒子が覆面を下ろす。卵形の白い顔は見慣れたもので。
止めのように後方の黒子が覆面を下ろしてにっこりと笑った。
―――メリル・ストライフ
―――ミリィ・トンプソン
一見可愛い保険屋さん。だがそれは、彼の疫病神の名でもあった。
「な・・・な・・・何でキミタチがここに!」
「……一撃でしたわ」
牢番のことを聞いた訳ではない。だから、そういう訳では無く……。
「こ・こ・に、何しに来たかを聞いてるんだ!」
「声が大きいですよぉ~」
シーッ、という仕草をしたミリィが幾つかの錠前の中から選び出した鍵で牢を開ける。
「センパイが今言った通り、助けに来たんですよ~」
(助け…?)
半眼で腕を縛める鎖が外れるのをヴァッシュは見下ろした。これはどうみても、助けと言うより…。
「これって……『脱獄』に見えるんだケド…?」
「そうとも言いますね」
にこり、と返されたミリィの笑顔に邪気は無く。
「嫌だ!俺は脱獄なんてしねえぞ!!まっとうに生きるんだ―――!」
これ以上罪状が加わるのは御免だとばかりにヴァッシュはべたりと壁に身を貼り付けた。どうせたいした罪状ではない。二日三日もここに居れば自動的に出される筈なのだ。だが、脱獄となると話は別である。
「なんで脱獄なんだ―――!」
「明日までにあなたが居ないと困りますのよ!!」
「そりゃまたどういう了見……」
2対1の押し問答は長く続かなかった。
駆けつける足音にヴァッシュの顔が強張る。服を引っ張る二人を見下ろして、迷う暇もないと一瞬で決断する。今、この二人まで捕えさせる訳にはいかない。つまり、自分にはこの脱獄に付き合うしか道は残されていないのだ。
(……無茶苦茶だ……)
走り出す二人に諦めて後を追う。予想通り後ろから聞こえるのは銃声だ。
足元を掠めた銃弾に血相を変えてヴァッシュは速度を増し、前方の二人に並んだ。
ズキューン
「あのさ?」
「はい?」
チュイン
「どういうこと?」
「何がですかぁ~?」
ズガーン
「明日までにって」
「監査がありますのよ!何が何でもあなたには居て頂かないと」
ヴァッシュは怪訝そうな顔をした。
「監査ってキミタチ前に一ヵ月後に延期になったって言ってなかった?」
「・……はい?」
はたり。
止まった娘二人につんのめるようにして静止したヴァッシュの頬のすぐ脇を弾が飛んでいく。
「待ちやがれ脱獄犯―――!」
不穏当なムサイ声が容赦なく背後に迫る。
血の気が引くほど焦りながらヴァッシュは保険屋の二人組みを急かした、が彼女達は動かない。
「そういえばそうでしたね~センパイ」
「何が『そう』なんだ!」
「ええ、そうでしたわ。ミリィ」
「だから!何がそうなんだ!そんな事より早く行ってくれ―!」
(―――早くしねぇと捕まっちまう!)
足踏みをしながら蒼白の男の目の前で、至極穏やかにミリィとメリルは会話を交わす。
「あんな苦労する事も無かったんですね」
「気が抜けてしまいましたわ」
「安心したら眠くなってきちゃいました~」
「私もですわ」
「あああ!状況わかってんのか―――!」
距離にして逮捕まであと10数秒といった所だろうか。怒号がまるで耳元で聞こえているようだ。
咄嗟に二人の腰の辺りを掴んでヴァッシュ・ザ・スタンピードは走り出す。
重い。はっきり言ってとんでもなく。どうしてこんな目に合わなければならないのか。
ぜはーぜはーぜはー
目の前が白くなる。呼吸が苦しい。全身の血管が判る程に心臓が脈打っている。少し距離を引き離した辺りでヴァッシュは口を開いた。
「・・…そろそろ……っ・…自分の足で走って……」
と、腕の中を見下ろして唖然とする。
抵抗がない事がおかしいと最初から気付くべきだった。

其処には。
すうすうと安らかな寝息を立てる二体の天使が居た。
ヴァッシュはくるり、と後ろを振り返る。鬼面の形相をした男達が銃を構えて追ってきている。
もう一度腕の中を見る。天使の顔をした可愛い彼の疫病神。
「追え―!追えー!!」
「回り込め―!」
パパパパパパパパパ・……
「ひょえええ!!どうして僕がこんな目にあうのママン! 何も悪い事してないのに皆が僕を狙うよママン!」
フランセ語で泣きをいれながら元600億$$の賞金首は走る。

全力疾走 五里霧中。

そして。
この星最初の災害指定を受けたガンマンは、腕の中でどうやら良い夢を見ているらしい二人の疫病神を腕に脱獄中なのであった。

「お前達いい加減に起きてくれぇえええ~~~~」
パパパパパパン ドガガ ドパパパパパパ・・・・・・・
「わああああ~~!」


彼が良い夢を見られる日はまだ遠いようである。
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vm



G B ~宿の御代~(TRIGUN)


砂地を行く三つの影。
一人、その後ろを少し離れて二人。
よろよろ、よろよろと情けない足取りだ。
陽炎が時折その姿を揺らめかせる。

ぜぇ はぁ ぜぇ はぁ
「……ああ!また置いていかれてますわ!」
「センパイ~あたしもうだめです~」
後ろで力なく呟いている二人に眼をやって―――これまたかなり疲労しているような男は、猫背のまま、また前を向いて歩き出した。後ろではまだ何やら声が聞こえる。いっそやめてしまえばいいのにそれでもあの二人はどこまでもついて来るのだ。妙に前向きに、積極的に。
「水~~水が…飲みたいですわ……」
「私もお水……それから…ガトーミルフィーユに……セイロンティーがのみたいですぅ……」
ぱったん
呂律の回らぬ舌で言った直後、軽い音を立ててミリィが砂に倒れこむ。
「ミリィ!」
あわてて膝をついてメリルは後輩を抱き起こした。ふと前を見ると、歩いていくヴァッシュの背中だけが見える。立ち止まりもしない背中。赤いコートが霞んで見えた。
(……また逃げられてしまいますわ…お仕事…しないと……今月のボーナスが……)
そこでがくんとそのままメリルも前のめりに倒れこんだ。

(あ…諦めたかな?)
不意に声が聞こえなくなったのを怪訝に思ったヴァッシュは数歩歩いて振り返る。
と、そのまま言葉を失った。
二人とも倒れている。
「―――!」
荷物を放り出して慌てて駆け戻る。
「お…おい!しっかりしろ!」
ぺちぺちと二人の頬を軽く叩くが反応がない。
「冗談じゃねぇぞ。ったく!」
焦りながら周りを見渡すが当然ながら何もない。
次の街まではあと数十ヤーズ。

お前ら……わざとやってねぇか……?

半分以上本気で考えながら、ぐったりした身体の下に手を差し入れて担ぎ上げる。脱力した人間の身体はかなり重い。それでも、見捨てていくことなど出来る筈はなくて。
おかしな二人だと思う。
最初から印象は強烈だった。
一人は自分と同じくらいの身長で、もう一人はこれまた子供のように小さくて。
人間台風と恐れられた彼に躊躇なく笑顔を向けてきた。
『お会いできたことを星の巡りに感謝いたしますわ』
『へ?』

むしろキミ達のほうが台風みたいだ。

両肩に二人を担いだまま顔を顰めてヴァッシュは膝を起こした。額を伝った汗が目の中に入って数度目を瞬く。細めた目で地平線を見やれば、視界は揺らめいていた。
彼の限界も近いようだ。三人分の荷物を腕に持ち、男はぎり、と歯を食いしばる。
ここが気力と体力と根性の見せ所。

そして。
この星一番のガンマンは
その腕に銃ではなく二人の娘を抱いて歩いているのだ。



うららかな昼下がり。
砂漠で倒れてから二日後のこと。
店の屋外に張り出したテラスで安穏とミリィが呟く。
「まぁた、見失っちゃいましたね~」
「そうですわね」
でもすぐに見つかりますわよ、と気楽なことを呟いてメリルはテーブルの上に置いてあったコップを一気にあおった。隣でミリィは美味しそうに食べかけのガトーミルフィーユにフォークをつきたてている。
メリルはふわりとそこから風に舞い落ちる小さな紙切れを、地に落ちる寸前に掬い取って再度目を走らせてから苦笑をもらした。変なところで律儀なのだ。あの男は。
借りは返した、と書いてあるその紙切れは病院の前まで運ばれた二人の上に置いてあったらしい。
追加オーダーを頼もうと顔を上げたメリルの視界の隅で何かが動く。
ひらひらと目立つ赤いコートにとさか頭。リズムでも口ずさんでいるようでひょこひょことその金髪が上下している。
「ほら。見つけましたわ」

にたり。

そうとしか形容の出来ない笑みで二人の娘は顔を見合わせる。
そして次の瞬間翻るコートの裾。
店のテラスの手摺を蹴って駆け出す二つの影。

お仕事第一、ベルナルデリ保険会社。
二人はその中でも優秀な部類に入る。

風のように駆けていく二人の客の姿を見送って、ふと机に目をやったウェイトレスの上ずった声が彼らの背中を追う。
「お客様!お代金は・・・!?」
答える声はない。既に路地を曲がった男を追いかけて二人とも消え去った後だった。
「食い逃げ……!」
飲みかけのカップの中でくるりとストローが回って、そちらに目を移した店員はそこにある一枚の紙切れを手に取った。そのまま声に出して読み上げる。
「『借りはかえしたぜ……』…ヴァッシュ…、…ヴァッシュ・ザ・スタンピード!?」
跳ね上がって悲鳴になった店員の声と共にその名前に反応した周囲の客が顔色を変えてがたりと席を立つ。逃げ出す人々の叫び。
「ヴァッシュ・ザ・スタンピードだ―!ヴァッシュ・ザ・スタンピードが現れたぞー!」
さしずめ、狼がきたぞー!と云うかのごとく。
だがその相手は狼よりも更に性質が悪い。見る間に通りをばたばたと波のように窓が閉まっていく。
中で泣き出した子供の声。
こうして、この星中に彼の悪名が轟いていくのだ。


(何だ……?)
往来の真中、異様な気配にヴァッシュは背後を振り返った。
ごう、と隅で巻いた風とともにばたばたと遠くからドアや窓が閉まっていくのが見える。
「何が……起こったんだ?」
きょとんと目を瞬いた彼の耳にかすかに聞こえる『災害』やら『悪魔』の単語。
嫌な予感がするかしないかのうちに聞こえる叫び声。
「ヴァッシュ・ザ・スタンピードが現れたぞ―――!」
(……やべぇ。もうばれたか!)
今日の宿はまだとってはいない。こんなところで野宿はごめんである。
本日の宿を求めて彼は走り出した。だが音速に勝てるはずも無い。
次々と閉まるドアに舌打ちをしながら数度ドアを叩いて、また次の場所へと駆けていく。
そして唯一風に揺れている酒場のドアを見つけたとき、彼は安堵のあまり記憶の隅にある思い出の女性へと感謝を捧げた。

有難う、レム!!この世にはまだ希望が残っているんだ!

だがその希望が一瞬にして打ち砕かれるのをまだ彼は知らない。


「はぁ…はぁ…はぁ…」
駆け込んだ店の中。
肩で息をしながら顔を上げたヴァッシュはそのまま凍りついた。
酒場の中にはむさい男たちが十数名。一塊で何やら怪しい相談事の最中のご様子であった。
一斉にぎろりと視線を向けられて彼の額を汗が伝う。
「お邪魔……みたいスね」
入る場所を間違えた。それもとんでもなく。
視線を逸らさぬようにじりじりと後ずさった彼の背中に不意に何かがぶつかる。
怪訝に思い首だけで振り返ると、そこには至近距離で満面の笑顔があった。

一拍の空白。

「うわぁあああああああ!!?なんでキミが!」
悲鳴のような声を出したヴァッシュの腕を誰かが掴む。
つられるように下を向いてそのまま絶句する。
「探しましたわ。ヴァッシュさん」
にっこりと笑顔を浮かべた保険屋の二人組み。
前門の虎、後門の狼。
がくりと落ち込みかけたヴァッシュの頭は、ふとある解答をはじき出した。
(あ、そうか。このままここを出ちゃえばいいんだ)
出るタイミングを逸していたところなのだ。これを機会に店を出てしまえば…
曖昧な笑いを浮かべながら背で保険屋二人を押しつつ酒場を出ようと試みる。
「それじゃ、そゆことで。お邪魔しまし…」
「あーーーーーーーーーっ!」
唐突なミリィの叫びに全員がびくりと身を強張らせた。
ヴァッシュの肩越しに男たちの一人を指差したミリィが笑顔のままで口を開く。
「あの人知ってます~。確か先日指名手配されてた賞金く……」
慌てて身体を返しミリィの口を抑えたヴァッシュの所為で語尾はもがもがとくぐもって聞こえなくなった。
……が、

がたん、と背後で一斉に立ち上がる物音にヴァッシュは僅かに反応する。
(やるしかないか……)
数秒の沈黙を、床を打ったコルク栓が裂いた時が戦闘の合図。
眼前の二人を外に向かって突き飛ばすと同時に、ホルスターから抜いた銃を振り向かずに背後に向けて撃つ。
速度の為に一発にすら聞こえる弾丸は過たず狙いどおりを打ち抜いた。
背後がすっかり沈黙してからヴァッシュは振り返り手の中でくるりと銃を回す。
「もっと穏やかに行きまショ?」
愛と、そして平和をモットーに。
自分擦れ擦れの壁やテーブルを打ち抜かれて度肝を抜かれている男たちからは返事さえもない。

今回は騒ぎにならなかった。
戦意を削がれた男達に背を向けたヴァッシュは淡い満足とともに外へ向けて歩き出し、
「危なーーーーーーーーーーい!!」
ドアを開いた瞬間、眼前に何かが迫った。ブロックも出来ずそのまま弾き飛ばされる。
まともに男たちの中に突っ込んだヴァッシュは一瞬気を失っていたかもしれない。
ぐらぐらする頭を何度か振って彼は回りの状況を確かめた。
すぐ傍に落ちているスタンガンの弾。殺気立つ男達。
顔を上げれば反動でまだ揺れているドアの向こう側に銃を構えた二人の娘の姿がある。
「加勢しますわヴァッシュさん」

(加勢……?)

胡乱な顔つきで見つめていると二人の指がトリガーにかかって。
「うわぁぁあああああ!!!!!」

そして。
この砂の星で最強のはずの凄腕ガンマンは
これから数秒二人の娘の銃弾から必死の形相で逃げ回ることになる。


日もとっぷり暮れて。
座り込んだヴァッシュと少し離れてミリィとメリル。
「くしゅん」
小さくくしゃみをしたメリルを見やってヴァッシュは呆れた顔になる。
「君達だけでもどこかに泊まったら?」
「どうぞお気使いなく」
そっけない返事の娘に暫し沈黙のち、ヴァッシュはふぅと溜息をつく。
「これも使いなよ」
投げてきた毛布にメリルは僅かに目を見開く。
「それじゃあなたが…」
「ドウゾお気使いなく」
茶化すように云った後、背を向けた男にむけて小さく言葉が返される。
「……ありがとうございます」

ヴァッシュは一夜の宿と引き替えの、その言葉に背を向けたまま柔らかい笑みを浮かべた。
暫くしてすぅすぅと聞こえてきた小さな寝息に安心する。
そして改めて夜の冷気に身を震わせた。
「……ちょっと…寒すぎねぇか…」

そして。
この惑星一のガンマンは
今、全身を襲う寒気と震えに悩まされているのであった。

1
vm



筋肉番付(TRIGUN)


 
「ワイは本気や」
 ごつごつした顎を撫でるように手を遣り、牧師は呟いた。
「俺も本気だ」
 ガンマンは拳を握りなおしながら呟いた。

「―――行くぞ」
 二人の男はザッと立ち上がった




「何話してるんでしょうね、二人とも」
「遠すぎて聞こえませんわ」
 曲がり角の壁から、保険屋大小コンビは身を乗り出しすぎるほど乗り出していた。ミリミリと軋む柱に全体重をかけつつ、顰めれば顰めるほどよく聞こえるのだという風に眉根を寄せている。
 後ろを幼い子供が歓声を上げながら通り過ぎていき、
「あ、どこかに向かってるみたいっす」
「追いましょう、ミリィ!」
「はい!」
 どたどたとアンバランスに二人は走り出した。
 長さの違う二人が動く様子は合ったり合わなかったりでセットで見ると操り人形のようにさえ見える。
 こんな具合だが、気は絶妙に合うのが二人のいいところである。
 同じようにピタリと立ち止まり、二人が見上げた空には垂れ幕がはためいていた。


『来たれ、腕に自信のある者!』


「何のお祭りなんでしょうアレ」
「さあ」
「とにかく行ってみますか」
「何か起こってないといいんですけど……」
 刹那、わあっ!と人垣が盛り上がった。
 ごそごそと人並みをかき分けて無理な体勢から顔を出した保険屋二人は少しだけ驚いた。
 屈強な男同士が至近距離で見つめあい腕を絡める。
 向かい合う髭と髭が触れんばかりである。
 それを見守る緊迫感溢れる空気も、いやがおうにも舞台を盛り上げていた。
 真剣な様がなんともいえない光景である。
 横に積まれた$$袋からはみだした札束は賭け金か賞金か。
「―――腕相撲、みたいですわね……」
「……そうですね」
 暫く保険屋は$$袋をじーっと眺める。
「そういえば私達、お金ないっす……」
「腕相撲は社則にはひっかからないですわよね」
 保険屋の目が怪しく光った。
「参加者二名追加ー!!」
 ダミ声が空に轟き、ゼッケンをつけた二人は腕相撲大会への切符を手にしたのである。




「イヤー腕が鳴りますね!」
「勝利は私達のものですわ」
 ボキボキ指を鳴らしていると背中が誰かとぶつかった。
「あら?」
「アリ?」
 牧師とガンマンと保険屋は数秒見つめあった。
「何でキミタチが?!」
「参加者です~」
 ゼッケンを嬉しそうに見せびらかす保険屋に、ガンマンは自分のゼッケンを見おろした。
 牧師は煙草をふかしながら、今まさに熱い男の戦いが繰り広げられている場所を眺めやる。
 さすがに腕力自慢ばかりが集まっているのか小型の樽ほどもある腕をしているものまで居る。
「半端に出たら一瞬で腕折られてまうで……」
 熱さの為ではない汗が牧師の鼻頭を滴り落ちた。
(―――止めなければ)
 二人の男は一瞬アイコンタクトを交わした。
 絶妙のコンビネーションでピコピコと説得を開始する。
「だからさ、女の子にそんな事させられないだろ」
「せや。危ないんやて」
 彼らの言葉もどこふく風。保険屋は軽いストレッチをはじめた。
 もうすっかりやる気満々である。
 次の参加者を呼ぶ声と空砲が響き、保険屋の出番もそろそろのようだ。
「そろそろ行きますか」
「そうですわね」
「嬢ちゃん、考え直せや!」
「ソウソウ、今からでも遅くないヨ!」
「―――大丈夫ですよ」
「心配要りませんわ」
 保険屋は、なかなか説得には応じてくれない。
 こうなれば力ずくしかないか、と牧師とガンマンは苦い顔をする。



「いくら力持ちってったってな。元々の力の差っちうもんが」
「―――あるんですか?」
 がし。

「腕を折られちまってからでは遅いんだ!」
「細くても威力は十分ですわよ」
 ぐい。


 そして男達は石になった。
 男の浪漫とでも言うべき女体の柔らかさはそこには無く、ただ硬い筋肉の弾力だけが彼らの手を押し返していたのだ。
「……!?!?!?!」
「……!?!?!?」
 二人の間を声無き動揺が走り抜ける。
 心配など最早無用。
 言葉をも打ち砕く「強さ」だけがそこにあった。

『WINNER ミリィ・トンプソン!』
『WINNER メリル・ストライフ!』

 口笛が鳴る。
 拍手が沸き起こる。
「ホンマに勝っとるで、あの嬢ちゃんら」
「……イイ腕してるよホント」
 掴んだ感触を信じられないといった風にガンマンは握る仕草をする。
 先ほど掴んだ上腕筋が忘れられない。
 牧師は何本目かの煙草の吸殻を靴裏でにじった。
 先ほど掴んだ肩筋が忘れられない。


 牧師とガンマンは同時に深く溜息を漏らした。



 結局、途中まで順当に勝ち抜き優勝候補だった牧師とガンマンは謎の辞退をとげ、大穴で保険屋が勝利することとなった。
 勝利者の笑みを湛えた二人はガンマンと牧師を引き連れてそのまま近くの酒場へ向かう。
「一杯おごりますよ」
「すまんな……」
「どうぞお気になさらず」
「そうするよ……」
 風でバタバタ開閉を繰り返すドアを肩で押して保険屋が行く。
「マスター!セイロンティーとガトーミルフィーユ5人前!」
「バナナサンデー大盛りで!」


 バスンと重みで底の抜けた袋から$$札が舞った。

vm



BLANK(TRIGUN)



「ヴァッシュ・ザ・スタンピードは」
「消えました」
 簡潔な言葉をメリルは搾り出した。拳に握った右手はまだ疼いている。
 殴った、痛みを覚えている。
 走っていく男の背が意識を過ぎって一瞬だけメリルは眉根を寄せた。
「一体何が起こったというんだ」
 苛々と机を叩いて、頭を掻き毟る上司の姿にメリルもまた同様の気分を覚えて唇を噛み締めた。
 あれほど近くに居て、何も知らない。
 何も、知らなかった。
 それが無性に歯痒い。
 事態はまだ混乱を極めたままで、保険協会も後始末に奔走している。
 それもその筈だ。「何が起こったのかわからない」のだから。
 見ていたメリルにさえも分からない。



―――あの後。
「いっちゃった……」
 ミリィの小さな呟きでメリルは我に返った。前から押し寄せる人波に背中が消えていってしまってから、どれほどの時間が経過したのだろうか。僅かのようにも、永遠のようにも思えた。
 異様な空気が辺りに充満している。何かが起こり始めている予感にメリルの体は我知らず震えていた。怯えた人々の、ヌートリアの様な群れは一様な表情を貼り付けてジュネオラロック頂上の高い頂きから離れようとしている。どこかで火の手が上がったようだ。赤い火の粉に照らされて夜はより無気味に見えた。豪風が周囲の粉塵を躍らせていたが、その音はメリルの耳には聞こえなかった。
 初めて呼ばれた名前が、まだ耳の奥にこだましていた。
 あの向こうに、あの人がいる。
「―――逃げ、ましょう」
「ええっ!ヴァッシュさんは!」
「……大丈夫ですわよ」
 ミリィを勇気付けるように言った。
 涙を浮かべかけていた後輩の背中をパンと叩いてメリルは踵を返す。
 急がないと、逃げ切れない。それは確信へ変わっていた。何が起こるかは分からないながらもただ危険だと感じ取れる。其処に居る全ての人々もまた同じなのだろう。
 電流を帯びたような、曇天が見下ろしていた。我先にと、逃げ惑う人々の緊張は最高潮に達している。殺し合いが起こってもおかしくない。尖った神経を更に掻き毟る幼子の泣声が何処からか聞こえてくる。砂混じりの風は、少ない呼吸をより奪う激しさだ。一刻の猶予も無い。間隙を縫って二人は走り出した。
 だが、そんな彼らの歩は長くは続かなかった。人込みに阻まれて進退極まり、すぐに足止めされた。
 怒号と悲鳴の合間に神への聖句を呟くもの、罵倒に明け暮れるものなど反応は様々だ。うちへヴァッシュへの罵詈が混じっているものもある。どこからか、既に彼の足跡は公然であったのだから疑念は当然のものであるが、それでも反論したい思いに駆られた。
「こっちからは進めそうに無いですわね」
 諦めて別方向へ足を向けた小柄な体に並んで人込みを押し分けながらミリィが続く。
「これからどうします」
「とにかく、ここを出て近くの街から本社へ連絡を―――」

―――カッ!!

 突然の爆風に二人は薙ぎ倒された。真昼並みの明るさに閉じた目裏が灼け付く。音とも認識できない振動が、続けて腹部に響く。続いて地面が漣のように泡だった。高い、耳鳴りに似た音に耐え切れず民家の窓硝子が砕け散る。
 破片が、落ちるより先に強風に煽られてあらぬ方角へ吹き飛んでいく。
 地に伏せたままで静まるまで二人は息を殺した。暫く微震が続いてはいたが、大きな異変は一瞬で止まったようだ。
 黙止していたメリルは、ややしてゆっくりと身を起こした。パラパラと残骸が服の上を滑り落ちる。
「ミリィ、大丈夫で……」
 後輩に目を移したままで止まったのはミリィの表情が予想外だったからだ。後輩の目は、メリルの肩越しに空を映して見開かれていた。つられて振り仰ぐ。
「―――月、が」
 それ以上は言葉にもならない。我知らず土を掴んだメリルの手は震えていた。
 天へ向かって光の柱が屹立している。空はそこだけ切り裂かれてすっぱりと消えうせていた。すぐに異形の柱は消えたが、彼らはそこに更なる異形をみた。
 砂だらけのこの惑星には幾つもの「月」がある。各種の色を持つそれは、番号で区別されていた。雲の晴れた中央に君臨するそれは、赤。FIFTH-MOONだ。彼らにとって見慣れたその月は今その様相を一変させていた。
 遥かな距離を隔てても肉眼ではっきりと見える―――巨大なクレーター。
 眼球のように見えるそれを呆然と眺めていたメリルは、目を落として初めて眼前の惨状に気付いた。
 殆どが形をとどめて居ない。崩壊した家の間からぽつぽつと人の頭が覗いている。彼らは、皆同様に呆然とした表情で光柱の余韻を眺めやっていた。
 メリルは唇を噛んで俯いた。ぎゅっと拳を握って立ち上がり、そのまま歩き出す。
 ふらつく足を踏みしめるように進むメリルを僅かに送れてミリィが追った。二人とも、何も言わずに瓦礫の中を歩いた。


 ガラリ
 不意に崩れた足元によろけたメリルをミリィは受け止める。
「有難う」
 支えられながらメリルは心配の色が濃い後輩の顔を見上げた。汚れて、泣き出しそうな目をしている。きっと自分も同じなのだろうという思いが過ぎる。既に探し始めてから数刻が過ぎたが、何の手がかりも無い。これ以上続けても無駄なことは目に見えていた。
 少し、高くなった礫岩に登ってメリルは辺りを睥睨した。
 広がる―――壊街。それでも。
(きっと……生きてますわよ)
 声には出さずに呟いて、メリルはマントを翻した。
「行きましょう。ミリィ」





「では、ヴァッシュ・ザ・スタンピードが今回の件に関与している事は間違いないのか?」
「それも、分かりません。―――ただ」
「また『unknown』か。もういい。詳しくはまた後で聞く」
 長くなりかけた会話を遮って、上司は引っ切り無しに鳴り続ける電話を苛立たしげに取り上げた。
 一礼をして退出しかけるメリルの背を声が止める。
「これから、忙しくなるぞ」
「―――はい」
 決意を込めた呟きに軽く頷いて、出て行くメリルの背を見送った彼はその手で苦情電話の一つを片付けた。息をついて腰をおろせば、机上には外界勤務の二人の報告書と、一時期至る所にばら撒かれた張り紙の一枚がある。
 既に効力を無くした張り紙の、600億$$の文字の上でふざけた笑みを浮かべた男が彼を見上げていた。
「ヴァッシュ・ザ・スタンピードか……」
 黙息して、彼はその上に一つ判子を付いた。


―――MISSING―――


1
vmm



保健屋稼業(TRIGUN)



 ゴォフ……

 巨人の欠伸に似た音を上げてタービンが回転する。
 まだ空けやらぬ空に数度汽笛が鳴り響き、砂蒸気の出航を知らせた。
 不規則な回転でゆっくりと回りだした車輪は徐々に滑らかに、砂の海を滑るように動き出す。
 狭い二等客室の丸窓に切り取られたのは、そんな光景だった。
 それも、僅かな視界で直ぐに砂埃の中に消え去る。
 壁を埋める錆びた配管に凭れて、メリルは徐々に遠ざかるヴォルドールの街並を思い返していた。 雨音じみた絶え間ない銃声が消えた町の最後の夜、転々と灯った光は酷く暖かかった。
 小さな手荷物一つを引き寄せて、メリルは溜息をつきながら目を瞑る。
 視界が闇に閉ざされたと同時、後輩が彼女を呼ぶ声が響いた。
「先輩!仕事決まったっス!」
「……」
「先輩~!」
 数秒ぎゅっと目を閉じてからメリルは目を開いた。
「メリル、ファイト!」





 財布を全開にしたミリィとメリルが血の気の引いた顔を見合わせたのは、つい一日前のことである。
「足りない」
「足りませんわ」
 チャリーン、と¢¢コインが小さな財布の中で揺れた。
 合わせても$$札数枚とコイン数十枚。砂蒸気の2名分乗料にはとても足りるものではない。
 二人の口から吐息とも喘ぎともつかない空気が洩れた。
「やっぱり昨日の夜食べ過ぎたのが…」
「数日前に買ったバッグ…」
「今年の春先服…」
 心なしか、町を出たときより膨らんだ鞄。
 後悔先に立たず、の格言が二人の胸に圧し掛かった。
「逢えばドーニカなると思ってましたからね…」
「誤算でしたわ…」
 溜息を挟んで、メリルは顔を上げた。
 太陽は中天。丁度良い具合に雲ひとつない晴れ上がった空だ。
「さ、行きましょうか」
「え?何処に」
「これだけ大きな砂蒸気ですもの、船長に頼めば何とかなりますわよ」
 通りがかった船員を捕まえて船長の居所を聞きこみ、二人は足音も高く酒場に乗り込んだ。二人が―――すったもんだの末―――短期アルバイトとしての契約をもぎとったのはそれから一時間後の事である。
『かわりに、しっかり働いてもらうからな!』
 こうして、現在二人の上で髭面を太い笑みに歪ませた船長の、ドスの効いた声が響いているわけなのである。多人数を収容する砂蒸気の内側は見かけとは裏腹にかなり狭い。
 一等客室ならこんな事もないのだろうが、文無しの為贅沢も言っては居られない。より下層の三等客室等はベッドすらないのを考えれば待遇はかなりマシな物と言えた。
 二人が連れて行かれたのは厨房だ。フォークと皿のぶつかる音や談笑の間を抜け、従業員用の扉を潜るとむわっとした熱気が二人を襲った。まさに戦場。動けばぶつかる程の隙間を縫って忙しく調理師が立ち動きウェイトレスが間断なく皿を取りに訪れる。料理の指示に混じり、時折叱責の声が飛び交う様に、二人は目を奪われた。
「う~わ~。さすがにこの規模になると違いますねえ」
「お前らはこっちだ」
「あ、はい」
 出迎えたのは、山のような皿の塔だった。流しの横を埋め尽くす山には後から後から追加が重ねられていく。
 絶望、の二文字がデカデカと二人の背後に並んだ。
「ちょっとコレハ……」
「大丈夫、先輩。湿布薬多めに持ってます」
「ここの売店ドリンク剤売ってたかしら」
「結構量はあるみたいですけど、やっぱり種類が……」
 ボソボソ小声で呟きあう二人の足を大声が急かす。
「無駄口叩いてねえで、さっさと働きな!放り出すぞ」
「ハイ!(×2)」
「それが終わったら次は売店だ。しっかり売って来い」
 荒っぽい足音と共に出て行く船長の背中を暫く眺め、
「は~い……」
 ポツーン、と小さな返事が響いた。
 早速盥に溜め込まれた水の中で皿を洗いはじめると、直ぐに汗が滲んでくる。
 予想以上に重労働だ。
「こき…使われてますね、私達……」
「言わないで、ミリィ」
 虚しく返答しながら、メリルは皿洗いに一層力を込めた。





 昼時を過ぎると、人はまばらになり二人は売店へと回された。
 同じ場所に移動させてくれたのは、船長なりの厚意かもしれない。
「肩イターイ」
「アタタ……足がむくんで…」
 言いながら、立ち去っていく客の姿に二人は視線を移した。
 今の客が買ったのは牛乳1パックとほしぶどう1パック。船の中で少しつまむには最適の量だ。
 それに比べて―――
「……本当に妙な話ですよね」
「何が?」
「ヴァッシュさんの事です。あんなに買うなんて変だと思いませんか」
 眉間に皺を寄せて、ミリィは呟いた。
 メリルも、先ほど店先に現れた男の事を思い出す。
 出逢った当初から不思議な人だとは思ったが、更に謎が増えたような気分だ。
「ベーコンレタストマトドッグ3、牛乳2、プレッツェル4、ほしぶどう1……」
 繰り返しながらメリルは改めてその多さに首を傾げた。
「……実はもの凄く大喰らい?」
「ソレ違イマス!」
 さりげなく突っ込んで、ミリィは思いついたように手を打った。
「あ、もしかして…!」
「もしかして?」
「―――動物飼ってるのかもしれませんよ!!」
 一瞬、メリルの頭の中で黒猫様がニャ~ンと鳴いた。
「まさか」
 馬鹿な想像を追い払うように首を振り、メリルは言を重ねた。
「そんな人が在れば調査の間に気がついてますわ」
「あ、そうですね……じゃあ―――隠し子トカ!」
「子!」
 雷のような衝撃がメリルを貫いた。
 そういえばあのバッグは大きすぎる。
 しかし、長旅をするなら物はあってもあっても兎角困るのも現実。
「う~ん…」
「絶対ソウっすよ!間違いありませんね」
「そうかしら」
「そうですよ、これで決まりですね!」
 ふうっ、と肩の力を抜いてメリルは腕を揉み解した。
「それにして……も」
 二人は同時に溜息をついた。

「……結構大変な旅になりそうですね」
「……結構大変な旅になりそうですわ」



 いつのまにか、重い振動に身を震わせる砂蒸気の丸窓から見える小さな空は石炭を落としたような色合いになっていた。廊下の壁を支えに憔悴した面持ちで部屋の扉を空けた二人は、備え付けの狭い寝台にもぐりこむや否や夢の世界へ旅立った。



―――熟睡していた二人の耳に爆音が響いたのは、僅かその五分後の事である。

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