日が少し傾いてきた。待ち人も来たことだし、そろそろ行くかと斜面から腰を上げかけたときだった。
「そういえば、孫、花占いとはなんじゃ?」
唐突な問いは、二人の周りに散らばる花々に起因するらしい。聞けば花をもらった先でやってはどうかと薦められたとのことで、孫市が掻い摘んで説明するとぱっと表情が輝いた。
「やる!やるのじゃ!」
「…女子供は好きだねぇ」
当たんねぇと思うけどなぁ、孫市の内心をよそに、ガラシャは手にした花の花びらを一枚、また一枚とちぎっては風に乗せる。
「孫はわらわを好き」
「俺かよ」
「きらい・好き・きらい・好き…」
「…」
「……きらい」
「………」
「………」
「おじょうちゃ「もう一回なのじゃ!」
すぐさま新しい花に手を伸ばすので、思わず笑ってしまうと頬をふくらませて睨まれた。
(やっぱ、花占いは当たんねぇな)
だけど必死になる少女が可愛いから、あと少し、口にはせずにいる。
「そういえば、孫、花占いとはなんじゃ?」
唐突な問いは、二人の周りに散らばる花々に起因するらしい。聞けば花をもらった先でやってはどうかと薦められたとのことで、孫市が掻い摘んで説明するとぱっと表情が輝いた。
「やる!やるのじゃ!」
「…女子供は好きだねぇ」
当たんねぇと思うけどなぁ、孫市の内心をよそに、ガラシャは手にした花の花びらを一枚、また一枚とちぎっては風に乗せる。
「孫はわらわを好き」
「俺かよ」
「きらい・好き・きらい・好き…」
「…」
「……きらい」
「………」
「………」
「おじょうちゃ「もう一回なのじゃ!」
すぐさま新しい花に手を伸ばすので、思わず笑ってしまうと頬をふくらませて睨まれた。
(やっぱ、花占いは当たんねぇな)
だけど必死になる少女が可愛いから、あと少し、口にはせずにいる。
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生まれたばかりでもあるまいに、まるで雛の刷り込みだ。
「おった!まーごー!」
「見つかったか…」
背中から聞こえる声に観念して、孫市は絡みつく腕を離しつつ、お姉さま方に笑いかける。
「悪ィけど、今日はやめとくわ」
「ええ?」
「ここまで来て、冗談でしょう?」
「子ども付きじゃあどうしようもねぇって。今度な」
大変名残惜しいが輪の中から抜け出て、声の主の元へと向かう。
彼女が昼寝をしている最中にこっそり抜け出てきたのだ。全くいいところで、と思う反面、目を覚ます前に帰るつもりだったのに余計な心配をかけちまったと一人ごちた。
ガラシャは孫市のそばまで来ると弾んだ息を整えて、今一度声を上げた。
「孫!捜したぞ!」
「悪かったお嬢ちゃん。だがな、ここ辺りには来ちゃ駄目だって言わなかったか?」
「他所を全部回ったが、孫がいなかったのじゃ。仕方なかろう」
にぎやかな大通りを一歩入った細道には、いわゆる遊女に当たる、体を売る女たちが身をおく宿が並んでいる。少女の知るべき世界ではないと足早に通りへと追いやるが、ガラシャはすれ違った女を興味津々とばかりに肩越しに見やった。
「色っぽくて、綺麗じゃのう…」
「そうだなー」
「わらわもあんなふうになれるかのう」
「そうだな…って、お嬢ちゃんが?」
孫市の脳裏には、先の戦いで判明した父親の姿が浮かんだ。
帰ってきた娘が風俗に染まっていました なんてことになった日には、確実にグサァ!とやられるに決まっている。
孫市は、冷たい汗が背中を流れていくのを感じた。
「ならなくても、今だってお嬢ちゃんは十分可愛いさ!」
「まことか?」
「ああ!本当の本当!」
「女たらしの孫が言うと、説得力があるのう」
「女た……」
誰だそんなことを言ったのは。秀吉か、よし、次にあったときみてろよあの野郎。
指を鳴らす孫市の心境を知らず、ガラシャはきょとんとしている。その顔を見ているとなんだか毒気が抜かれて、思わず苦笑をこぼした。
「…ま、いいか。だったら何遍でも言ってやるよ」
赤毛をくしゃくしゃと撫でたら、ガラシャが大きな目を嬉しげに細めた。
これは親愛の証だ。
父のように、兄のように、孫市はガラシャを想っている。肉親にも近いそれは、決して色恋ではないと断言できるのに。
(刷り込まれたのは案外、俺の方かもしれないな)
冗談にもできず、軽口もたたけず、戯れにも口説けない。
おまえはかわいいよ。
「おった!まーごー!」
「見つかったか…」
背中から聞こえる声に観念して、孫市は絡みつく腕を離しつつ、お姉さま方に笑いかける。
「悪ィけど、今日はやめとくわ」
「ええ?」
「ここまで来て、冗談でしょう?」
「子ども付きじゃあどうしようもねぇって。今度な」
大変名残惜しいが輪の中から抜け出て、声の主の元へと向かう。
彼女が昼寝をしている最中にこっそり抜け出てきたのだ。全くいいところで、と思う反面、目を覚ます前に帰るつもりだったのに余計な心配をかけちまったと一人ごちた。
ガラシャは孫市のそばまで来ると弾んだ息を整えて、今一度声を上げた。
「孫!捜したぞ!」
「悪かったお嬢ちゃん。だがな、ここ辺りには来ちゃ駄目だって言わなかったか?」
「他所を全部回ったが、孫がいなかったのじゃ。仕方なかろう」
にぎやかな大通りを一歩入った細道には、いわゆる遊女に当たる、体を売る女たちが身をおく宿が並んでいる。少女の知るべき世界ではないと足早に通りへと追いやるが、ガラシャはすれ違った女を興味津々とばかりに肩越しに見やった。
「色っぽくて、綺麗じゃのう…」
「そうだなー」
「わらわもあんなふうになれるかのう」
「そうだな…って、お嬢ちゃんが?」
孫市の脳裏には、先の戦いで判明した父親の姿が浮かんだ。
帰ってきた娘が風俗に染まっていました なんてことになった日には、確実にグサァ!とやられるに決まっている。
孫市は、冷たい汗が背中を流れていくのを感じた。
「ならなくても、今だってお嬢ちゃんは十分可愛いさ!」
「まことか?」
「ああ!本当の本当!」
「女たらしの孫が言うと、説得力があるのう」
「女た……」
誰だそんなことを言ったのは。秀吉か、よし、次にあったときみてろよあの野郎。
指を鳴らす孫市の心境を知らず、ガラシャはきょとんとしている。その顔を見ているとなんだか毒気が抜かれて、思わず苦笑をこぼした。
「…ま、いいか。だったら何遍でも言ってやるよ」
赤毛をくしゃくしゃと撫でたら、ガラシャが大きな目を嬉しげに細めた。
これは親愛の証だ。
父のように、兄のように、孫市はガラシャを想っている。肉親にも近いそれは、決して色恋ではないと断言できるのに。
(刷り込まれたのは案外、俺の方かもしれないな)
冗談にもできず、軽口もたたけず、戯れにも口説けない。
おまえはかわいいよ。
「…メイ?何しているの?」
甘い匂いに惹かれて、台所にやってきたディズィーは、忙しそうに働く背中に声を掛けた。
「あ、ディズィー。十四日はバレンタインだから、ジョニーにチョコをあげるの!」
片手にボウルを持って、ピンクのフリルの付いた可愛いエプロンを着たメイが、にっこり笑って振り向いた。
ディズィーは、そもそも『バレンタインデー』というものが何なのか理解できなかったらしく、首を傾げている。
「バレン…タイン…?」
「そっ。お世話に成った人に感謝の気持ちを込めてプレゼントしたりするんだけど、『ジャパン』では、この日だけは特別に、女の子が好きな男の子に告白して良い日なんだって」
昨日対戦した、ハヤい人が言ってたんだ~。なんてさり気なく酷い事を言っているメイの言葉は、既にディズィーに届いていない。
《女の子が好きな人に告白する日》
頬を赤らめているディズィーを見て、メイは悪戯っぽい笑みを浮かべた。
「は・は~ん。ふ~ん。成る程ねぇ」
メイが一人、納得したように頷くと、我に返ったディズィーが言った。
「な、何?」
「良いよ。ディズィーも一緒に作ろう」
何処からともなく、メイが同じ様なフリルのエプロンを取り出して差し出した。それをぎこちなく受け取るディズィー。
その様子を満足げに見て、メイが駄目押しを出した。
「ソルさんに、あげるんでしょう?」
瞬間、ディズィーの顔が爆発的に赤くなった。
「メメメメメメメイ!」
「違うの?」
「……違わない……」
聞き取れるか取れないかのか細い声で、肯定の言葉が返ってきた。
「よォし!」
二月十四日 パリ
男は街中(まちなか)を歩いていた。何時もならこの時間は宿で寝ているのだが、今日は宿の主人に掃除をするとかで追い出された。
特にする事も無く、昼間でもやっている酒場にでも行こうと思い立ち、表通りを歩いていた。 ふと、店先に並べられた小さなソレが目に入った。
(……)
「それが気になるかえ?」
店の主と思しき、老人が笑った。
「ここに有る物は、儂が全部作った。後継者が居なくて儂の代で終わりじゃ。兄さん、安くしとくよ? 」
「……商売上手だな、爺さん」
男は楽しげに笑った。老人も笑う。
結局、寄り道の成果を抱える羽目に成った。懐に仕舞った小さな包み。──渡せる訳が無いというのに。
らしくない事をしている自分を自覚し、苦笑いを漏らしてその寂れた酒場の扉に手をかけようとした矢先。
「ソル!勝負しろっ!」
転ばなかったのは天の采配か?取り敢えず、信じてもいない神に感謝する位に唐突で、酷く目眩がした。
「……またテメエかよ」
心底うんざりした表情で、頭を押さえて男──ソルは言った。
「今日という今日は逃がさんぞ!」
街中だというのに、しっかり《封雷剣》を構え、臨戦態勢を取っている。
「あ、あの、カイさん?」
背後に控えていた金髪の女性が躊躇(ためら)いがちに声を掛けた。はっと我に返って、カイは顔を赤らめた。
「…すみません、マリーナさん。」
ソルは、普通は俺に謝るんじゃねえか? とか思いつつも、口には出さない。
「この男を見ると、つい……」
妙な癖つけてんじゃねえよ、と再び心の中で毒づいた。
「……?ソラリアさんは?」
「え──?」
カイにそう言われて、マリーナも辺りを見回す。今までそこに居たのに──。
「「あっ」」
カイとマリーナの声が重なった。
「そる~♪」
いつの間にかソルの背後に回っていたマリーナにそっくりな少女、ソラリア。勢い良くジャンプをしてソルに飛びついた。
「ぐあっ」
二人の身長差から、良いカンジに首にヒットして(しかもギアの力で)、ソルが呻いた。
「そる?」
そのままぶらさがって居るソラリアを猫の子の様に首根っこを掴んで
引っぺがした。
「テメエ、俺を殺す気かっ」
右腕一本で自分と同じ目線まで持ち上げると、怒鳴る。
「ちがう~。そらりあは、そるにぷれぜんと!」
「ああ?」
駄々っ子の様に、頬を膨らまして地団駄を踏む(ぶら下がっているので、正確には暴れているだけだが)ソラリアの言葉に、いまいち要領を得ず、カイに視線だけで問う。
「……今日は、バレンタインデーでしょう?ソラリアさんが、どうしてもあなたに逢いたいと言うので、探したんです」
……職権乱用じゃねえのか?
突っ込み疲れて、ソルは盛大に溜め息をついた。
その様子を見て、ソラリアは、白いワンピースの裾を風に躍らせながら笑っている。手は青い鱗を隠す為なのだろう、長い手袋をしているし、頭にはとがった耳を隠す為の布が巻かれ、首には相変わらず無骨なソルの額当てが掛けられている。
それでも、ソルを見て、嬉しそうに笑っているその姿は年相応の少女のソレで、とても、ギアとは思えない。
ソラリアはいそいそと懐から綺麗に包装された箱を取り出した。
「はいっ!そらりあが、ぷれぜんと!」
「ちっ……」
取り敢えず、受け取ってみる事にした(このパターンでいくと、受け取らなかった場合、ソラリアとカイのダブル攻撃がきそうな雰囲気だった)。
「あける、あける!」
早く中を見て欲しいのだろう、期待の眼差しでソルを見詰めるソラリア。
開けてみて、思わず顔がほころんだ。
「こりゃあ…」
「うれしい?」
ソラリアから贈られたのは、一本の酒だった。かなり度のキツイ、ソル好みの辛口蒸留酒。
「かいが、そる、おさけすきっていったから、まりーなが、じぶんがうれしいものっていったから、これ!」
今、とてつもない事を聞いた気がしたのは気の所為だろうか?ソラリアは相変わらずニコニコと笑っている。
「…?おい、これ、テメエが呑んで、決めたのか……?」
「のんだ。おいしいの、すき♪」
まあ、彼女はただの少女じゃなくてギアだしぃ~?毒素はギア細胞が中和・分解してくれるから……。ねぇ?
一気に疲れが増したのは、決してソルの気の所為じゃない。
「帰る……」
そんな呟きが頭上から聞こえてきた。
「ちょっディズィー!せっかく作ったんだよ?勿体無いじゃん!」
慌ててメイが引き止める。この日の為に、何度も失敗して、試行錯誤を重ねてきたというのに
「……だって、私…。渡せっ…ないっ!」
零れた涙が、地面を濡らすのとほぼ同時にディズィーは身を翻した。
メイとディズィーは、彼らの行動を一部始終、物陰から見ていた。
ソル達の知り合いと思しき少女が彼(ソル)に何をあげたのか、何を話していたのかは分からないが、随分楽しそうだった。それだけで、何かが悲しかった。
自分の知らない、ソル。──もっとも、自分も彼と知り合ってからまだ、ほんの少しの時間しか経って無いのだが。
「む~」
メイはディズィーの後姿を見ながら唸っていた。せっかくあのディズィーが、自分からやりたいと言い出し、初めて我侭(わがまま)を通してこんな所まで来たのに。
二月十四日 夜・メイシップ
「ご馳走様…」
夕食時。食べ始めて数分もしないうちに、ディズィーは箸を置いた。
「どうした、具合でも悪いのか?」
一番上席に座っているジョニーが訊いた。ディズィーは、困った様な笑みを浮かべて首を振った。
「いえ、大丈夫です。済みません」
そのまま食堂を出て行ってしまった。ジョニーの隣に座っていたメイが、昼間の事を、そっと耳打ちした。
「…成る程、ね」
ジョニーの唇が苦笑い気味に歪められた。室内(で、しかも夜)だというのにサングラスをしているので、その瞳(め)がどんな風なのかは、メイには分からなかった。──その瞳は、実に楽しそうに笑っていた…。
その酒場は、特に流行っているわけでもなければ、表通りの便利の良い所に在るわけでもない。
それでも、いつも一定の──何人かの常連客が入っていた。ソルもその一人だった。
店の主人は無愛想だが、酒を愛している人種の様で、彼なりのこだわりを持っていた。そのこだわりを理解できる人々だけが、ゆっくりした時間と、うまい酒を嗜む為に通う店。
もう閉店間際で、客はソルしか居ない。グラスに入った、琥珀色の液体をゆっくりと揺らす。
その時、カラン、と扉に付けられた鐘が鳴った。
入ってきた人物は、その様子に臆する事も無く、ソルの隣に腰を下ろした。
「テメエか」
その男──ジョニーは、実に楽しげに唇の端を持ち上げる。
「ウチのお嬢を泣かせるな、と言った筈だが?」
「?何の話だ?」
『お嬢』が誰を示しているか位は、解る。男の言葉も、覚えている。だが、泣かせた覚えは─ ─無い。
「昼間の一件さ。隊長さんに頼まれて、アンタの場所を教えたのは、俺だ。ソラリアの事も知っている。……お前さんは今日が何の日か知っているか? 」
いまいち煮え切らない言葉に、幾らかの殺気を含んだ眼で先を促す。ジョニーは相変わらず余裕で、楽しげだ。
「バレンタインデー。…《女の子が、好きな男に告白する日》ってね。『ジャパン』の風習みたいなもんさ」
ようやくこの男の言いたい事が解った。恐らくは、昼間の一件を『アイツ』が見ていた。…… 誤解している。
「…ちっ」
ソルは舌打ちして席を立ち、店主に酒代を放った。
「急いでくれよ?もう、三、四十分で日付が変わっちまうからな」
ククク、と、咽喉の奥で忍び笑いをしている。
ソルは、もう一度舌打ちすると、闇の中に身を投じた。
「なぁ、店主。間に合うと思うかい?」
「さあね。ワシには解らん。間に合っても、間に合わなくっても、アンタに楽しい時間だろうよ」
店主は無愛想な表情のまま、ジョニーに酒を差し出した。──ジョニーもまた、この店の常連客の一人だった。
窓の外は、月が出ている。何時も綺麗だと思うその月は、今日は歪んでいた。ベッドの上で、膝を抱えるディズィー。
赤いリボンで──ソレも自分で選んだ、あの人の色──ラッピングして、受け取って貰えるだろうか?
ドキドキしていた楽しい時間。同時に昼間の光景が浮かんできて、視界が一瞬クリアになってまた歪む。
でも、もう終わり──時計の針は、十二の所で重なろうとしている。入り口近くにある屑籠にその包みを放り投げた。
歪ん出視界で、入る筈も無く、扉に当たってあえなく落下した。
──ぎぃ──。
扉の開く音がした。入って来た人物は、随分と息が切れている。
「メイ?ごめん、今は……」
「シケたツラしてんじゃねえよ、馬鹿が」
聞こえる筈の無い声。居る筈の無い人。
「ソル…さん!…どう…して…?」
ソルは少しばかり息を整えると、足元に転がった包みを拾い上げて、ベッドの傍まで来た。
「…昼間のアイツはな、ソラリアという。俺たちと同じ──」
ディズィーの目が見開かれた。他にまだ、ギアが居る…?
「少し前に、造られた。まぁ、何だ……妹みてえなモンだ」
ソルは、居心地悪そうに部屋を見回して、舌打ちした。
「……間に合わなかったか……」
視線の先にあるのは時計。僅かにずれた長針と単身が十四日が終わった事を告げている。
そんなソルの様子を見ていたディズィーの視界は、歪みっぱなしだ。
「…んなに泣くなよ。……悪かったな」
ソルの無骨な指が、ディズィーの涙を拭った。
「いい……です。来て…くれましたから……」
濡れた瞳のまま、笑う。何よりも美しい笑み。何よりも大切な──。
ごく自然な動きでソルの顔が近づいてくる。ソルの唇がディズィーのそれに触れたか触れないかのところで、すぐに離れていく。
「ありがたく、頂いてくぜ」
心持ち赤い気がするソルの横顔が告げた。その手には赤いリボンの包み。扉が閉じかけ、再び開かれる。
「ソルさん?」
声を掛けると、返事の代わりに、小さな包み放られた。何とか落とさずに受け取る事が出来た
「またな。…ディズィー」
何時もの不敵な笑みがそう告げると、扉は閉じられた。慌てて追おうとしたが、その小さな包みが気になった。
包装紙を破かない様にそっと包みを広げる。
出てきたのは、指輪だった。銀で出来た指輪の表面は、緻密な細工が施してある。また、光の加減か、浮き彫りにされた模様の縁が蒼く見える。
「ありがとう、ソルさん……」
また涙が零れたが、それはもう、悲しみの色ではなかった。
余談だが、次の日から、ディズィーのセーラー服の襟元から銀色の鎖が覗いていたらしい。それに気付いたジョニーがからかい混じりにそれを指摘したところ、ガンマ・レイを喰らって大怪我をしたそうな。
因みに、完治した後、ソルにその事を言ってナパームデスを喰らったとか。懲りない男デス。ま、二人の反応を楽しんでるみたいだけど。
市場へ行こう! 1
「ねぇ、ジョニー!ボク、買い物に行きたい!それも…どんなものでも売っていそうな…すごいお店に!ねぇ、いいでしょう?たまにはいいよね」
ボクは久しぶりにジョニーにおねだりをしていた。どうしてもボクは手に入れたいものがあったのだ。それも早急に。
「別にいいが。何がほしいんだメイ」
「う。べ、別にほしいものなんてないよ。オンナノコとしてウィンドウショッピングしたい気分なんだ」
ボクはジョニーから顔を背けた。顔を見られたら絶対悟られる。顔をじっと見つめられたら、ジョニーに隠し事なんてできるはずもない。
「そうか」
ジョニーはくっくっく、と低い笑い声を混じらせながら、そうぼそりとつぶやいた。
「なに笑っているの?」
「いや、なんでもないさ。近く船をおろす用事がある。その時にまでは待てるな?」
ジョニーが何を笑っているのかわからなかったけれど、ボクはジョニーの言葉に有頂天になって、首を上下に振りながら、二つ返事をした。
「うん。楽しみだなぁ~」
----------------------------------------†----------------------------------------
「ああっ、イライラするっ。どうして…こう思い通りに…あっ…うううう~」
ボクは、部屋のベットに座って30センチくらいの細い棒で毛玉と格闘していた。
既にこの戦いをはじめて3ヶ月。もうすぐ春だ。間に合わせないと…。
大きく空いた穴。転がっている毛糸玉。どうみても、足りない…。
「ううう、このままじゃあ…お腹か背中か腕がないものになっちゃう…よれてるし、曲がってるし…どうしよう…」
「メイさん」
不意に部屋の外からディズィーの声が聞こえた。
「あっ、あっ、ディズィー。な、なにかなっ?」
ボクは、慌てて毛玉たちを一つにまとめた。慌てているからなかなか綺麗にまとまらない。それでも、無理やりまとめて背中のほうにおしやった。
「どうしたんですか?大丈夫ですか?入りますよ?」
ディズィーの心配そうな声が聞こえる。
その瞬間ドアが開いて、ディズィーが部屋に入ってきた。
「あっ、あっ、な、なな、な、なんでもないよっ?」
できるだけ冷静を装いながら、ボクは答えた。実際声はうわずっていたけど。
ボクの慌てぶりにちょっとディズィーは驚いたみたいだった。
でも部屋の様子におかしいところがなかったのを認めて安心したような顔をしていた。
「ジョニーさんが呼んでらっしゃいましたよ?」
「わかったよ、ディズィー。早速ジョニーのところに行かなきゃ!ありがとう!」
ボクは無理やりディズィーを部屋から押し出した。ディズィーはちょっと不思議そうな顔をしていた。
ごめんね、ディズィー。でもこれは…ジョニーに渡すその時まで、誰にも秘密にしておきたいんだ。
ディズィーが去った後、毛玉を隅の衣装箱に詰め込み、ボクは慌てて飛び出した。どんなときだって、ジョニーがボクを呼んでくれるのはすごく嬉しいから。
「何?ジョニー!」
ボクはジョニーの部屋に叫びつつ飛び込んだ。ノックしてから入るべきだったんだろうなぁ。
そこには、ジョニーが上半身裸で、更にズボンのホックに手をかけている状態でボクを見ていた。
「メェイ…」
「ちょっと!女の子呼んでおきながら着替えしてるって、どど、どういうことなのっ、ジョニー!?」
ボクは慌てて部屋の扉を閉めた。
「まぁこれにはいろいろ事情があるんだが…。それはさておき。…こういう時、お前さん、外に出るべきじゃないのか、メイ。それとも俺の着替えとやらをそんなに見たいのかい?」
くっくっく、といつもどおり低い笑い声を交えながらジョニーが言う。
「べ、別にジョニーの裸なんて見慣れてるもん。」
ボクはそっぽを向いた。やっぱり「レディ」が「男」の着替えをまじまじ見るのはよくない。
「そんなことより、何?ジョニー。ボクに用があるんでしょう?」
コートを羽織る音がしたから、僕はジョニーに向き直った。案の定、もうジョニーはいつものカッコウで飄々とたっている。
「ほしい物があるから、下船したいって言っていただろう?」
ボクの脳裏に数日前、ジョニーに言った台詞がよみがえった。
「あ、確かに。あれ、じゃあ今日船を下ろすの?」
「ああ。十分羽根を伸ばしてくるんだな」
ジョニーが笑う。ボクは、ジョニーのこの笑顔が一何よりも大好きだ。
「ね、どこに下りるの?今えーっと、どこらへんの上空にいるんだっけ…」
ボクは最近、自分が部屋に閉じこもっていることに気がついた。そういえば、今この船がどこにいるのかさえも把握していない。
「さぁな。どこだったか。俺も忘れた」
ボクはジョニーの言葉に仰天した。ありえない!それは絶対ありえない!
「隠し事してるっ。ジョニーッ。ジョニーはボクに隠し事をしているねッ?」
相変わらずジョニーはポーカーフェイスを崩さず、微笑んだままだ。
「お前さん…なんでそう疑り深いんだ。ないない、なにもない。さぁ、メイ。下船の準備をしてくれ」
少し気になりはしたけど、ボクは追求しないことにした。
市場へ行こう! 2
船が降りた場所は、この世界に住むものならほとんどのものが知ってるであろうとある大国の船着場だった。
「…ちょ…ちょっと…ジョニー平気なわけ?」
ジョニーが何事もなかったかのように下船していく。ボクは疑念を抱きつつも、慌ててジョニーの後に従った。ボクとジョニーだと脚のパースが違いすぎる。普通に歩いていたらすぐに距離を離されてしまう。 当然、いつもジョニーはボクに歩調を合わせてくれるので置いていかれることなんてないんだけれど。
それにしても…周りが気になる。一応義賊とはいえ、ボク達は快賊。多分、こんなところに停泊したら警察機構が見咎めないはずないからだ。
「平気じゃないだろうなぁ。…というわけで、しばらく俺たちだけ別行動だ」
「えっ?!」
非難の声をあげようとした時だった。船が勢いよく宙へ飛び立った。
「な、なななななな、なっ!ジョニィイイイイーッ!ちょっとディズィー!待ってよ!ちょっとおおおお~!」
ボクは慌てて声を張り上げた。メイシップはボクとジョニーを残し、高速で遠方に消えていく。
「メイ。騒ぎすぎだ。それこそ警察機構に見咎めてくれって言ってるようなもんだ」
ボクの声なんかより、メイシップが今そこにあった時点で警察機構が動いてるに違いない。あれほど大きいものを見逃すはずがない。
「さ、行くか」
自分が賞金首なのを自覚していないみたいに、ジョニーは平然とした態度で街に向かって歩いていく。 ボクはつられて歩き出した。
だいだいジョニーの風体は目立つ。背が高くてカッコイイから異様に目立つんだ。更に、普通のヒトは持っていない日本刀を腰に携えている(隠しもしないんだから!)こんな目印そのもののような人間はそういない。警察機構に捕まえてくださいって言ってるようなものだ。
ボクは必要以上にそわそわしてあたりをキョロキョロと見回すハメになった。
「メイ。それじゃあ自分が怪しい奴だと言ってるようなもんだぜ?」
「だ、だって警察機構が…」
ボクが心配そうにつぶやくと、ジョニーは「大丈夫だ」と低くつぶやいた。あのいつもの笑顔付きで。
「…ん。そうだね」
ボクは腹をくくった。偶然(必然?)にも手に入れたジョニーとのデート。楽しまない理由はない。それに、ジョニーのいう事は絶対間違っていないんだ。
だいたい、街に近づくとボクにとって、警察機構なんてどうでもいいことになっていた。そう、もっと別の心配をしなければいけなくなったから。
ボクとジョニーが歩くと、女の人が十中八九振り返るんだ。
原因はジョニー。目が会う女の人すべてにあの微笑を配って歩いている。ジョニーの微笑に我を失わない女の人なんていない。みんな、頬を染めて信じられないような顔して突っ立っている。 あからさまに指を指して友人らしいヒトときゃいきゃい騒いでいるオンナノコさえいる始末。
当然、ボクとしては面白くない。折角のジョニーとのデートも、他のオンナノヒトがいるんじゃ楽しめない。
「ちょっとジョニー!どこ見て歩いてるのっ!まっすぐ前見て歩きなよ!…いや、むしろボクを見て。見るならボクを!!これじゃあデートにならないよ!」
「はいはい。ちゃんと見てますよ、お姫様」
ジョニーがまたくっくっく、とのどを鳴らすように低く笑った。 ボクはそんなにおかしいことを言っているだろうか。
「いつ、デートになったんだか」
あ、言われてみればそうだ。でもここで頷いちゃうのはなんだかもったいない気がする。考えてみれば今日は二人っきり。ジョニーに甘えるまたとないチャンス!
「ジョニーボクは…」
ボクが口を開いた瞬間、…ジョニーの大きな腕が突然ボクを引き寄せた。ボクはジョニーに抱え込まれるような形になって声をあげられなくなってしまった。…胸がすごくドキドキしている。
「ただいま、お姫様とデート中でね。無粋なことは遠慮してもらいたいんだが」
「あんな派手な登場の仕方をして…もう少し抑え目にしていただきたいものですね…あなたという人は…」
聞き覚えのある声。ボクは慌ててジョニーの腕の中で無理やり振り向いた。
そこには、警察機構の若いエリートが立っていた。確か、ジョニーに面識のある警察機構の人だ。そう、名前はカイって言った。結構警察機構でえらい位置にいる人だったような…。
女の人も泣いて謝りそうな(?)美貌の騎士様だ。ジョニーの足元には及ばないけどね。
何にせよ、二人の会話には険悪なものは感じられない。ひとまず、ボクは今のこの状況を楽しむことを優先することにした。
公衆の面前で、ジョニーに抱きかかえられている。そう考えるだけで気分が高揚する。ああ、ボクは生きていて良かった。
「この方がメイさんですか…」
突然名前を呼ばれてボクは現実に呼び戻された。何故、この人はボクを知っているのだろう。ボクが慌てて振り向いたとき、上からジョニーの声が降ってきた。
「ま、その話は後でな」
ジョニーがいつになく冷たい声で言った。ボクがこの男の人に興味を持たれたことに嫉妬を感じているんだろうか。有無を言わさない口調に、綺麗な男の人は黙った。
「さぁ、メイ。デートの続きをしよう。お前さんが行きたいと言っていたところはもう少しだ」
ジョニーはボクを抱きかかえるのをやめ、変わりに手を握ってきた。そのままジョニーの強い腕に引かれてボクは歩いていく。さっきのあの人は顔に苦いものを浮かべながら、ずっとこっちを見ていた。
市場へ行こう! 3
しばらく歩いて、裏路地の人通りの少ないところでジョニーは立ち止まった。
目の前にはいかにも少女趣味の構えをした店があった。かわいい装丁だ。おとぎ話にでてきてもおかしくないくらいの。しなびれた裏路地で、その店は異様に見えた。
でも、更に異様だったのは店の名前だった。
「アサシンファミリーグッズ…?」
ボクはつい、声に出して読み上げてしまった。その看板は、原色をふんだんに使った丸い文字で書かれていて、かなりポップでかわいい。子供向けにはいいかもしれない…だけど…「アサシン?」
「自由にしてきな。…メイ。俺はちょっと用があるからしばらく別行動だ」
ジョニーの冷たい言葉に、ボクは悲しくなった。
「え~ジョニー一緒に見てくれないの?ボク…ジョニーと一緒に買い物したいのに…」
ボクの頭の中では、既にボクとジョニーはデート中。ジョニーと別行動なんて考えられない。頬を膨らませるボクにジョニーは微笑みつつ、頭を撫でてきた。
「まぁそう怒りなさんな。すぐに戻ってくるから機嫌を直してくれ、お姫様」
ボクはしぶしぶ頷いた。ボクにもさすがに分かったからだ。ジョニーはさっきの人に会いに行くんだ。しかも、多分仕事関係の話だ。ボクがここで駄々をこねるわけにはいかない。
それに考えてみたら、ボクはこれからの買い物をジョニーに内緒にする予定だったんだ。
ジョニーと一緒にいれるのが嬉しくてついつい、忘れていたけど…あやうく本末転倒になるところだった。
笑いながら手を振りつつ去っていくジョニーを見おくって、ボクは「アサシンファミリーグッズ」の店内に足を踏み入れた。
リンリンリン。
ドアを開けるとかわいらしい鈴の音が聞こえた。
パステル調の壁紙に包まれて、かわいらしい小物やぬいぐるみ、あれやそれが所狭しと置かれていた。中央に置かれてたくまさんのぬいぐるみが愛想よく歓迎するかのように微笑んで座っている。
「わぁ、かわいいっ。…でもなんで生花が…」
キョロキョロと見回すと、不思議に生花の群れが花言葉とともに置いてある一角を見つけた。
「それは私の趣味だ」
気がつくと、かわいらしいクマさんの横に細身の男の人がエプロンをつけてたっていた。
金色の髪。黒い服。そして目を覆うマスク。一見いでたちはジョニーに似ていたけれど、ジョニーのほうが上背があるしカッコイイ。少し、得意な気持ちになってボクはたずねた。
「ここって…なんでもあるお店なんでしょう?…ねっ、ボクさ。毛糸がほしいんだ。これと同じの」
ボクは、ぽっけに潜ませていた毛糸を取り出した。
「…毛糸?ああ…編物をする毛糸ですか…ふむ。うちは基本的に毛糸のようなかさばる繊維よりタイツのような伸縮性に優れ、体にフィットする素材を愛して…」
店員さんの長口上が止まらなさそうだったので、ボクはじたんだを踏みながら、叫んだ。
「別にこの店の趣向なんか聞いてないよ!ボクがほしいのは毛糸なんだ。それもこの色…。どうしてもいるんだ。この色じゃないとダメなんだっ」
店員さんは、首を振った。
「ないものはないんだがね」
「ううう、じゃあせめて近くに売っていそうな処はないの?」
「気がつきませんでしたか?…ここはちょっと普通の店とは違いますので…近くにショッピングモールなんて気の利いたものはありませんよ。」
ボクは泣きそうになった。ジョニーを待つ間にココを抜けて、衣料品店に向かうという一番有効そうな手段さえもとれないらしい。ジョニー!なんでこんなマニアックな店を選んだのっ!?
店員さんはしばらく考えていた。そして、仕方有りませんね。とつぶやくと奥に話しかけた。
「ヴェノム。このお嬢さんの応対をしてください。折角来てくれたんです…なんとかしてあげてください」
「はい、わかりました」
声と共に奥のほうから、のれんが現れた。…じゃない。のれんのように前髪を垂らした男の人が現れた。
その人は、全身白と黒で統一されたダブルスーツを来ていた。
「何をご入用ですか?」
ヴェノムと呼ばれたそのダブルスーツさんはそういいながらボクに近づいてきた。どう控えめに見ても、この愛らしいファンシーな店には似合わない服装と仕草だ。おかしすぎる。考えてみたら最初の店員さんもそうだけど…店に似合わなさすぎる。
「あのね、この毛糸がほしいんだ。それもたくさん。」
「ふむ。毛糸か」
ヴェノムさんは顎に手をやり思案している。だが、すぐにその答えは出たようだった。
「…ないものは幾ら思案したところで時間の無駄だな。ないものはない。」
「えーっ!」
期待していたボクはめいいっぱい声を張り上げて非難した。側で生花の世話をしていた店員さんが顔をしかめっつらにして言った。
「ああ…。ヴェノム、お前のその髪を切って売ってしまえばいいだろう?…同じだ。同じ。似たようなものじゃないか」
ヴェノムさんが何か反論しようとしたようだが、ソレを遮ってボクがかなきり声を挙げた。
「ちょっと!!人の髪の毛を編み込んで渡すくらいならボクの髪の毛を編み込むよっ!」
ジョニーが誰かの髪の毛を身につけて歩くなんて許せない。
「…そういう問題では…」
ヴェノムさんのつぶやきが聞こえた。
「髪を編み込むのは良くないな。そんなの送られたら誰でも気が滅入るというものだ。」
自分が言い出しっぺにも関わらず、花の手入れをしながら店員さんが言う。でもそれは一理ある。ジョニーの事だからそれでも受け取ってくれるだろうけど…。着てくれるかどうか。いや、きっと着てくれる。この際だから、ボクの髪の毛を編み込んでしまおうか…
ボクが思案顔で固まっていると、店員さんが少し口を皮肉っぽくゆがめて笑いながら言った。
「仕方ない。毛糸は私の意地にかけてなんとかしよう。すぐにご用意できないお詫びとして…楽しい話を聞かせてさしあげましょう。」
ボクは、ちょっとどきっとした。その店員さんの微笑があまりにも「裏があります」といっていたからだ。
なんだか、すごく悪い予感がする。ジョニー!ジョニーっ!早く…早くボクを迎えに来て!
市場へ行こう! 4
「で、メイ。何を買ったんだ?」
ジョニーが聞いてきた。
ボクは、結局何も買えなかった。ジョニーが迎えに来るその時まで、結局覚えきれない花言葉をたくさん聞かされていたのだ。
「赤い薔薇は情熱っていう意味があるんだって。そんなことばっかり山ほど聞かされた」
「…そうかい。楽しめたようで何よりだ」
楽しんでないってば~。ボクはちょっと頭に来てジョニーの腕にしがみついた。
「メイシップはまだなんでしょう?…じゃあボクとのデート再開だよね?ね、ね、ボクさ、甘いパフェが食べたい!」
折角だから、ジョニーにたくさん甘えてやる。ボクはそう決意した。
「でね、こんなくらいの…大きい苺の乗ったパフェを食べたんだ!」
メイシップに戻ったボクは超ご機嫌だった。その後のジョニーのデートは、とてもとても楽しかったのだ。言葉では言い尽くせない。「それでね、それでね…」
ボクの話をにこにこしながらディズィーが聞いてくれた。たまに、「それでどうしたんですか?」と聞いてきてくれるのでなおさらボクの口は軽くなる。ボクはほくほく気分で自分の部屋に戻り…
……現実に戻された。
「ううう。結局毛糸が足らないまま…どうしよう…」
「ふむ。確かにこのままでは渡された相手が困るというものだ」
「だ………!!あ、うぐっ」
ボクが叫び声をあげようとした瞬間だった。ボクの体は暗闇から伸びてきた手に抱え込まれた。口に当てられた指。声からしても、この指からしても男だ。このメイシップにジョニー以外の男がいるはずもない。
侵入者だ!!ボクは、その正体不明の男の指に、力一杯噛みついた。
「……!!!」
侵入者は声にならない叫び声をあげたみたいだった。でも愁傷なことに手を離そうとしない。ボクは侵入者の一瞬できた隙を逃すことなく、その腕をつかむと、思いきり上空に振りあげた。
ガツン!
侵入者は天井にたたきつけられたみたいだった。それでも声をあげない。ボクはその姿を認めるために上を向いた。頭上に白と黒で統一された姿が映る…。
「ヴェ…ヴェノムさん?どーしてここにっ?」
ヴェノムさんは、天井にたたきつけられた後、器用に体を反転し、綺麗に着地した。猫みたいだ。
「君は…怪力なのだな…」
多少は効いているらしい。肩をすくめながらヴェノムさんは立ち上がった。
「びっくりした。どうして…」
ボクがヴェノムさんに尋ねた。ヴェノムさんはそれに答えようとしない。ただ、ボクの後ろをじっと見つめている。確かにその姿には警戒の色があった。ボクの胸にほのかな期待がよぎった。
「メイ」
「…ジョ、ジョニーッ!!」
予感的中。後ろにはジョニーがいた。ボクの悲鳴を聞いて駆けつけてきたんだろう。ボクは、ジョニーのその行動のすばやさにうっとりしていた。ボクを助けにジョニーが来てくれたんだ。
「近頃のなんでも屋は、夜中にレディの部屋に忍び込むのも仕事のうちなのか?」
ジョニーがボクの腕を取って後ろに庇いつつ、ヴェノムさんに話し掛ける。
「…君に用はない。どいてくれないか」
ヴェノムさんが、物怖じしない態度でそっけなく言う。
「ほう、メイに用があってきたのか?…メイには貴様を呼んだ覚えはなさそうだが?」
気がつくと、ボクをはさんでヴェノムさんとジョニーがいがみ合うような状態になってきた。
「…ヴェ、ヴェノムさん…ボクに何か用なの?」
二人が争う姿を見たくないからボクは切り出した。本当は、ボクを守るジョニーのカッコイイ雄姿を見たいっていう気持ちもあったんだけど…。ここでヴェノムさんに大けがを負わせちゃったらいけないような…そんな直感がボクにはあったんだ。
「メイ。君にザトー様から預かり物をしてきている。私はこのままひきさがるわけにはいかない」
ボクははっと気がついた。そういえば、あの全身タイツの店員さんが、「毛糸は意地にかけて…」とか言っていた。ヴェノムさんはそれを届けてくれたんだ。ジョニーに見つかったらまずい。
「こんな時間に、しかも忍び込むような形できて、その言い様は誉められたものじゃないと思うぜ?」
「ジョニー、ご、ごめんなさい。そういえばボク、ヴェノムさんに頼んであったものがあったんだ。それを持ってきてくれたんだよね?」
ヴェノムさんは、軽く頷いた。そして、ジョニーに向かって再度言った。
「退きたまえ。用があるのは君ではない」
ジョニーはボクの腕を離すと、ふっとため息をついた。そしてボクの頭を撫で、部屋の外へ体を向けた。
「メイ。何かあったら叫べ。…そのときは容赦しない」
ジョニーが部屋から去ると、ボクはちょっと悲しくなった。なんだか…ボクはジョニーにとても酷いことをさせてしまった気がする…。
ヴェノムさんがボクのその顔を見て何か感じたのか、言った。
「すまなかったな。驚かせるつもりはなかった。だが…あの男に気取られてはいけなかったのだろう?そのために君を黙らせようとしたのだが…裏目に出てしまったな」
ボクは首を振った。
「ううん…ボクが最初に声でヴェノムさんだって気がつけばよかったんだ…」
そう、内密に内密に、って思っていたのはボクだ。どうして、ボクはあのとき冷静に対処できなかったんだろう。
「それにしても…隙のない男だな。君も立派な頭領を持ったものだ」
ヴェノムさんはそう言いながら手にもっていた大きいケースを開いた。中にはビリヤードのキューとボクが望んでいたはずの毛糸と本が入っていた。
市場へ行こう! 5
「あれ…これ…色が違うじゃないかっ…」
ボクは思わず暴れそうになった。ジョニーをあんな形で引き下がらせたのに…ヴェノムさんが持ってきた毛糸は、微妙ではあるけれどボクの毛糸とは違ったのだ。
「君の持ってきた毛糸は…あれは多分失われたジャパニーズの国で作られたものだ。君がどうやって手に入れたのか知らないが…今、この世界、どこを探してもそれと同じものは存在しない」
「そ、存在しないぃ…?」
ボクは悲しくなった。それならさっき、ジョニーを止めなければ良かった…そんな物騒な考えがボクの脳裏をよぎった。
「それで、だ。君のその残りの毛糸でどうにかする方法を考えてきた」
ヴェノムさんは、毛糸を取り出し、本を開き…そしてキューを手に持った。
「う?」
「ひとまず私が手本を見せるから、それをまねてどうにかしてくれたまえ。失敗せずうまくやればその残りの毛糸だけで完成するはずだ」
そういいながら、毛糸をキューに絡ませつつ、ヴェノムさんは本を覗いている。
「ふむ…ここをこうして、こう、か…」
「あ、あの…手本っていうけど…どう見てもヴェノムさん、本見てやってない?」
しかも題名は「初心者のニット」ヴェノムさんは、ボクの編み棒とは比べものにならない太さを誇るキューを器用に操って、どんどん毛糸を絡ませていく。
「…この基本にそってやればなんとかなりそうではないか。案外簡単なのだな…君がどうやってそこまで奇妙なものを作ったのか…その方が不思議だ」
ヴェノムさんはどんどん本に示されているような編み目を綺麗に編んでいく。ボクは自分のセーターを見た。と、とても同じものとは思えない…。
「う…ヴェノムさんって器用だね」
「私は不器用な方だ。君もぼけっとしていないで見よう見まねで作りたまえ」
ボクは仕方なく自分のセーターを膝の上にのせ、編み棒を動かし始めた。ヴェノムさんの指先を見つめながら…
「…ねぇ、早すぎてわからないよ…」
「…。いいか。こうやって、こうやってこうする…。で…」
今初めて、編み棒を持ったとは思えない正確さでヴェノムさんはボクに指示を出す。ボクは説明を聞きながらどこか上の空だった。なにせ、ヴェノムさんの指はとにかく動きが速い。理解しようとしても、その速度に恐れをなすのか、脳が拒否するのだ。
「ううう…どうせならこっちのセーターを編んでよ…」
ボクのつぶやきにヴェノムさんは初めて編む腕を休め、きっとにらみつけてきた。
「君は…ヒトにやってもらったものをあの男に差し出す気か。その程度の男か、あの男は君にとって」
ボクはどきっとした。そうだ。ボクはジョニーのためにこれを編んでいるんだ。ヒトの手を加えさせてなるものか。
「そうだよね。ボクったら…よーし、やるぞっ。ボク、頑張るからね!」
ボクは夢中で指を動かした。ちらちらとヴェノムさんの指先を見つつ…本当にできあがるんだろうか…。
そして、一時間もたったころ。強烈な眠気がボクを襲っていた。いつもならとっくに寝ている時間だ。この時間、この船の中、起きているのは僕達とジョニーくらいだろう。
「ヴェノムさん、気になるんだけど…ヴェノムさんは…何を作っているの?ボクの見本ならセーターなの?…誰にプレゼントするの?」
ボクは眠気をとばすためにヴェノムさんと会話をすることにした。
「君には関係ないものだ。君が心配することではない」
ヴェノムさんの答えはあまりにも簡潔だった。これではボクもつっこみようがない。
「う…会話にならないよ、ヴェノムさん」
ヴェノムさんは相変わらず手を動かしながら
「いつ会話を楽しむことになったんだ?…君は勝手に物事を決めすぎるきらいがあるな。…口を開いているとその分だけ手がおろそかになるぞ。頑張りたまえ」
そう冷たく諭してくれた。
「うう…ジョニーならなんだかんだ言って話につきあってくれるのにぃ…」
ボクは答えてくれないヴェノムさんを恨めしく思いながらまた指を動かすことに専念することにした。
そう、頑張るのよ、メイ!これもジョニーとの愛の為なのよっ。
「メイさん…?」
ボクは自分を呼ぶ優しい声にふっと目を覚ました。
「あ…う……?」
「メイさん、朝ですよ?…お疲れですか?」
ボクはぼけーっとした頭でどうしてディズィーがここにいるのか、そんなことを考えていた。それを察したのか、ディズィーが言う。「ジョニーさんが…なんだか…やたらとメイさんを起こして来てくれって言うから…。どうしたんでしょうね…今日はメイさんが気になって仕方ないみたいです、ジョニーさん」
その瞬間にボクは思いだした。ボクは…ボクは確か編み物をしていたはずだ!
「あっ、あ、あ!!ディズィーちょっと待ってっ」
そう言いながら当たりを見回す。毛糸らしいものはひとまずどこにも見あたらない。不思議そうな顔をしたディズィーが立っているだけだ。
「どうかしたんですか、メイさん?…なんだかジョニーさんもメイさんも今日はちょっと…感じが違うみたいですけど…」
どうやらヴェノムさんが綺麗に片づけていってくれたらしい。ヴェノムさん…ありがとう。ボクは心の中でつぶやいた。
そういえば…さっきディズィーが気になることを言っていたような…
「平気っ、ゴメン心配かけて…。そうだ、ディズィー。ジョニーがどうかしたの?」
「ええっと…どうした、って程じゃないのかも知れませんが…メイさんのこと…なんだか…すごく心配しているようでした」
ボクはジョニーが心配してくれていた事に感動した。あんな追い出し方をしたのに…さすがボクのジョニーだ。
「よぉっし、早速ジョニーに会いに行こう!」
ボクはベッドから飛び出しそのまま駆けだした。ディズィーがあわてて後から追ってくる気配がする。
「ちょっとメイさん。服はそのままでいいんですか~~?」
市場へ行こう! 6
ボクは食堂に飛び込んだ。そして視界の中に黒いコート姿を見つけると、いつもより大声を張り上げて叫んだ。
「おっはよう!ジョニー!」
座っているジョニーにそのまま飛びつくのも忘れない。ボクの迷いのない勢いあるダイビングにディズィーがとっさに悲鳴をあげる。
「メ、メイさん!」
ガチャン!
皿がにぎやかな音を立てる。頭の上からため息が聞こえた。
「おはようさん、メイ。朝から元気なのはいいが…食べ物を粗末にするのは誉められたことじゃないな」
ふと横を見ると、(多分ジョニーの分だろう)サニーエッグがひっくり返って散乱していた。
「メイ、バツとして掃除当番な」
「あっ…ご、ゴメンナサイ…ボク…ジョニー会えたのが嬉しくて…」
ジョニーが笑う。でもいつもより…なんか元気がないような…。ボクはいつものあの低い笑い声を出さないジョニーに少し不安を感じた。…何かが違う。
「何を言ってるんだメイ。昨日も会っただろうが。………そんな顔しなさんな。怒ってない」
ジョニーが頭を撫でてくる。ジョニーに優しく撫でられながら、 ボクの子供っぽさにジョニーはあきれてしまったのかもしれない、そう思った。ボクはお腹の底から反省をして、食事を済ませた後綺麗に食堂を掃除し、部屋に戻った。
「な、な…ナァアアアアアアイッ!!」
ボクは恐慌状態に陥っていた。セーターがない。部屋の中をボクは引っ掻き回す。散乱した衣服が部屋の中に散らばっても気になんてしていられない。
「ヴェノムさん…まさか…」
持って帰ってしまったんだろうか。寝ちゃったボクもボクだけど…黙って持っていくなんて…。ボクはどうしようかと部屋の中をぐるぐる回りだした。どうするもこうするも、取りに行くしかないじゃないか。いや、でもひょっとしたらまた今晩来てくれるかもしれない…でも…来なかったら?
「そんなにあの男に会いたいのか、メイ」
ドキッとした。ボクの大声にまたジョニーが心配してきてくれたんだ。ジョニーがこうしてボクを心配してきてくれたのはすごく嬉しい。すごく嬉しいけど…今度こそ気づかれたかもしれない。ああ、なんてボクはうかつなんだろう。なんども同じ失敗して…どうやってごまかそうか…。
「あ、会いたいっていうか…会わないといけないっていうか…その…ええと…」
ボクが一生懸命言い訳を考えていると、ジョニーがふっと笑った。
「お前さん、昨日から叫びすぎた。そのうち叫んでもいつものことか、と俺が助けにこなくなるぞ?」
ジョニーが軽く口に笑みを浮かべながら言う。でもその笑みの中に…やっぱり何か違うものを感じた。いつもと違う、何か。…でもそれが何なのかどうしてもわからない。
「ああそうだメイ、今日もまた王都に行くぞ。下船の用意をしておくんだな」
ボクは複雑な気持ちだった。ヴェノムさんに会いに行かなければいけないと思う。どうにかしてセーターを取り返さないといけない。だけど…どうしてもジョニーが気になる。
ボクが迷っているのがバレたのか、ジョニーが軽く耳を掻きながら言った。
「またあのハンサムボーイが俺に用があるらしいんだ。お前さんはお前さんで楽しんできな」
結局ボクは、下船した。ジョニーが「行け」と言うのに逆らえなかったからだ。こうなったら仕方がない。即効で用事を済ませてジョニーと合流することしよう。
ジョニーが元気がないのが気になるから…昨日のようにジョニーとのデートを強行してしまおう。そうしたらジョニーが少しは元気になってくれるかも知れない。だって、昨日のデート、ボクはすごく楽しかったし…ジョニーも楽しそうだったもの。
「じゃあ、ボク行って来るね。あっ、用事終わったら中央の広場行くから…ジョニーも早く用事終わらせてねっ?」
ボクはそう叫びつつ、あの裏路地へ向かって駆け出した。
「ジョニーさん。迎えに来るのはまた昨日と同じ時間でいいんですか?」
ディズィーが話し掛けてきた。俺はメイの後姿を見ながらディズィーの問いとは見当違いの言葉を吐いていた。
「メイは…いつの間にあんなにオトナになっちまったんだ?」
「…メイさんは…ずっと前から…オトナでしたよ?…ジョニーさん。気がつかなかったんですか?」
「…そうだな、馬鹿なことを言った。……昨日と同じ時間に。よろしくな、ディズィー」
俺はメイが消えた街に向かって歩き出した。
バタン!!リンリンリン。
激しいドアの開閉音とかわいらしい鈴の音が不協和音を奏でる。
「…なんですか…乱暴ですね。…ああ、あなたは昨日の…」
例の店員さんが、不機嫌そうに言った。相変わらず花の世話をしていたらしく手にははさみを持っていた。
「ヴェノムさんはどこっ!?」
「ヴェノム?ああ、そういえば…いや、別にこれは私が着たいと言ったのではなくてアイツがどうしても着ろというから着ているだけで別に…いや、でも別にアイツの言葉に従ったわけではなく、ちょうど寒くて着るものがなく…」
店員さんがあからさまに動揺した口ぶりで何か言っている。よく見てみると、昨日のあの全身タイツとは違って、かわいいエプロンの下が暖かそうなセーターだった。そのセーターの毛色にボクは見覚えがあった。
「その毛糸は…き、昨日ヴェノムさんが編んでいた…うあ…一晩で仕上げちゃったの!?エエエエエッ?人間技じゃないよっ」
「どうかしましたか、ザトー様」
ボクがヴェノムさんの力量に唖然としているとその本人が奥から現れた。手には編み棒…もとい、キューを持っていた。キューには昨日と同じ毛糸が絡まっている。すごいことに、次の作品をもう作り始めているようだ。
「…君か。セーターを受け取りに来たのか」
ボクははっとした。そうだ。セーターを取り返さないといけない。
「そうだよ!なんでセーターを持って帰っちゃったんだ!ボク、どうしようかと…」
ヴェノムさんは奥に戻った。そして、すぐに、かわいらしくラッピングされた包みを持って戻ってきた。
「ラッピングを施そうか?と聞いたら「そうしてくれ」と言ったのは君ではなかったか?」
ボクは記憶を総動員してみた。…覚えてない…。昨日の夜、ボクはいつ寝たのかさえも覚えていないのだから。
「うう?じゃあ…ボク…セーター完成させたんだ?ほ、本当に?」
ヴェノムさんはラッピングされたセーターをボクの目の前に差し出すと言った。
「それは…あけてからのお楽しみというものだろう」
「ありがとうっ、ボクっ、早速ジョニーに渡してくるね!」
かわいらしいその包みをボクは受け取った。これを渡すために今までいろいろ苦労したんだもの、もう何も考えることなんてなかった。二人をおいて、ボクは駆け出した。
市場へ行こう! 7
まだジョニーは来ていないだろう。ボクはそう思っていた。だから、広場にジョニーが座っているのを見つけた時は、嬉しさより驚きの方が大きかった。
ジョニーはオープンカフェでコーヒーを飲んでいた。考え事をしているのか、珍しく周囲のオンナノコにいつもの視線を送っていない。そんなジョニーを見るのは初めてのような気がする。なんか…カッコイイ。やっぱりジョニーはカッコイイ。
ボクは、黙ったままぼーっとジョニーに見とれていた。でもなぜかジョニーはボクに気がついたようだった。
「メイ。…用事は済んだのか。早かったな」
ボクの方に振り向くと、ジョニーは笑った。
ボクは金縛りにあったみたいに動けなくなった。ああ、やっぱり…ボクはジョニーが好きだ。そういう気持ちが体の中を駆け巡って、返事をすることさえできない。
「メイ?」
ボクの様子がおかしいことに気がついてジョニーは席をたった。すぐにボクの側にくると優しく頭を撫でながら、その男らしくてカッコイイ顔をボクの顔に近づけて囁きかけてきた。
「何があった…?…アイツに何か言われたのか?」
「アイツ…?」
ボクの頭の中で何かが違う、と警鐘が鳴った。よくわからないけど、ジョニーは何かを勘違いしている。
「アイツって誰?あのなんでも屋さん達?…あ、あの…ちょっと誤解あったけど…その…えと、ボクの誤解だったんだ…ええと…その…あのね、ジョニー…ボク…ボクはジョニーにプレゼントがあって…」
ボクは包みを差し出した。ジョニーは一瞬迷ったようだがそれを受け取ってくれた。
「ありがとうメイ。…だが…俺が本当に受け取っていいのか?お前さん…本当はこれを他の誰かに渡したかったんじゃないのかい?」
ボクはジョニーが言っている意味がわからなかった。
「…?これは…ちょっと…いろいろ手間取ったけど…ジョニーのためにボクが精一杯頑張って作ったんだ。ジョニー以外の誰にも渡すつもりなんてないよっ、ねっ、開いてみてジョニー!ボク…ボク頑張ったんだ、本当に頑張ったんだ」
ボクは一生懸命言った。どう説明していいかわからないけど、ジョニーが誤解している何かを正したくて仕方なかった。ボクの真剣な気持ちを悟ったのかジョニーは包みを机の上に置くと、リボンに手をかけた。ジョニーの長い指によってかわいらしいリボンが解かれていく。
ボクはドキドキした。ふっと、さっきの店員さんのセーター姿を思い起こす。すぐに店員さんの姿はジョニーにすり替わる。あんな風にジョニーが…。
はらり。
「…これは…」
ジョニーはそれだけいうと、言葉に窮したように唸り声を上げた。ジョニーの腕にあったのは一応ボクの編んだセーターだった。だけど…網目はボロボロ…しかもどうみても、胸から下と、袖がない。セーターじゃない。ベスト…しかも、胸までの、変形チビTシャツとしか言いようのない代物だった。
「…なに、それ…」
ボクはついつぶやいてしまった。
「あうっ、あっ、あっ…うううう…そ、そのっ…ボク頑張ったんだよ。ヴェノムさんとかにも協力してもらって…その、ちゃんとしたセーターを編んだつもりだったんだ。でも…ちょっとだけボクには難しくて…でも…どうしてもジョニーにセーターをプレゼントしたくて!」
ボクは顔がカーッと赤くなるのを感じた。マジマジとジョニーの顔を見ることができない。うあああっ、ヴェノムさん、これはあんまりだああ。これをラッピングするってどういう神経…いや、頼んだのは私って言ってたっけ?うう?
ボクは頭が混乱して、頭をかきむしりそうになった。そのとき…
クックックッ。
「そうか…そういうことだったのか。…頑張ったな、メイ。最高のプレゼントだ。ありがたくいただくぜ」
ジョニーがあのいつもの笑い声を立てて笑っていた。ボクは、体がカーッと熱くなるのを感じた。
「嬉しい…ボク…ボク、嬉しいよ。ボク…ボク、すごく嬉しい!」
ジョニーはにやっと笑うとボクの傍らに立った。そして優しく頭を撫でてくれた。
「お前さんが、ね。セーターとは。…まぁ…及第点には遠いようだが?」
ボクはつい、頬を膨らませて反論した。
「ボク、これでも頑張ったんだ。それに…今度はもっと頑張るし…」
「そうか…。まぁ、お前さんにしてはたいしたもんだ。俺からもお礼にプレゼントをあげなければいけないな」
ボクの頭に昨日食べた大きい苺のパフェが思い浮かんだ。今日もあれをジョニーと二人で食べよう。そう思ったら…ボクの視界が一瞬暗くなった。
「?」
はっと気がついた時にはジョニーの顔がすぐ目の前にあった。暖かい、やわらかいものがボクの額に触れる。
「次はもっと頑張るんだな…さ、昨日のパフェにまた挑戦しにいくか?」
ジョニーはそう言って歩き出した。翻るコートを見ながらボクは呆然としていた。
今、ボクの額に触れたものは…何?
ジョニーの唇だったんじゃないだろうか…。
「ま、待ってよ、待ってジョニー!!!」
ボクは駆け出した。
ボクの前髪が風を受けてゆらゆら揺れる。揺れる前髪が額にこすれるたびに、なんだかとてもこそばゆい。
いつもより、額がこそばゆく感じるのは何故だろう。
ボクはそれが嬉しくて、とても幸せだった。
裏五月 少女がメイと呼ばれるようになって数年が過ぎた。その名を名付けた黒コートの男に父親を重ね見た少女は、その男に付いて生きることを心に決めたときこそ孤独から抜け出せたときだった。いつしか父親でなく一人の男性として見るようになるが、その想いは空回るばかりだった。
「ジョニ~ねぇ~ボクとデートしてったら!」
「だぁ~め!俺はベリィ~ヴィジ~なの!お前さんの相手はまた今度ね!」
「えぇえぇぇ~~?!またそれなのぉ~!この前も同じこと言った!」
「うっ……。と、とにかく!今日は無理だからおとなしくしてなよ?んじゃ~!」
「あ!ジョニー!」
…という風に逃げられるばかりなのだった。そのたび少女は小さくつぶやく。
「ジョニーのばか…!」
そんなことばかりが繰り返される中でも少女は諦めなかった。日々素敵な女性になるための努力はおしまなかったし、彼へのアタックもかかさなかった。
そんな毎日のなかで少女はふと疑問に思った…。何故彼は振り向いてくれないのか?自分にはそんなに魅力がないのだろうか…?
いつも明るさを絶やさなかった少女の瞳は静かに光を失っていった。これほどに想っていても通じないということは…彼は誰か想い人がいるのだろうか…。
それとも…やはり自分は娘としてしか見ていないのだろうか…。
いろいろな思いが頭を巡ってしまう。そして最後には悪い結果が残ってしまい、慌てて消し去る。
そんな日が何度となく訪れては暮れていくのだった。
夜もすっかりふけた頃…艇に静かに降り立つ人物がいた。義賊集団団長ジョニーである。
「さて…メイのやつまだ怒ってるのか…。」
今朝毎日のように繰り返しているやりとりを思いだしながら艇へと入る。確かに少女メイの言うとおり最近はあまり遊んでやれなかった。今日の仕事でやっと一段落ついたから今度こそどこか連れていってやろう…。そう思いながらメイの部屋へと足を運んだ。
コンコン、と小さめにノックし中へ入る。入るとすぐベットが目につく…が、寝ている姿は見えない。すぐ隣りのドアからシャワーの音がきこえてくる。
「仕方無い…待つか」
すぐそこのベットに腰掛け、少し開いたドアを見る。シャワーの音はまだやまない。メイも年頃の女の子…風呂が長くてもおかしくない。とはいえ連日の仕事で疲れた身体は瞼を下ろすように指示を出したのだった…。
次にジョニーが瞼を開いたのは唇に冷たい何かが触れたときだった。いつの間にか眠っていたらしい…。唇の不思議な感触に薄く目を開けると見慣れない女性がこちらをみている。
「誰だ…?」
「ふふ…どうしたのジョニー…アタシを忘れたの?」
「…口説き文句としては最高だが…」
よく顔をみてみると、メイに似ているようだ…。
まさかそんなことがあるだろうか?たった一日たらずでここまで成長するなど…。
「まさかな…メイはどうしたんだ?奥にいるのか」
「やだジョニー…冗談でしょ?アタシがメイじゃない!」
明るく微笑みながら抱き付いてきた女性は確かにあの少女とそっくりであった。だが一体何がどうなっているのだろうか?このメイと名乗る女性が嘘をいっているのか…確かにいつも見てきた少女がもし成長すれば目の前の女性のようになるだろう。
「ねぇ…ジョニー…」
今の状況にいろいろな考えを巡らせていたジョニーに抱き付いていた女性が甘く囁いた。
「…今夜は…一緒にいてくれるんでしょ…?」
「…え…?」
「やだもぅ…わかってるくせに…」
少し顔を赤らめて恥ずかしそうなしぐさはとても魅力的だった。元々長かった髪は更に長く、服からのぞく素肌は瑞々しくまた女性らしい曲線をえがいている。無意識に視線をおくっている自分に気付き、慌てて女性からはなれた。
「ちょっと待て…俺たちはそんなスイートな関係ではないはずだろ…?それに…」
「何よ…また浮気したのね!この前の女が忘れられないのね?!ひどい!」
嫉妬する姿までそっくり同じとは…ただ驚くしかなかった。一体自分はどうするべきなのか考えても何も浮かんでこなかった。確かにこの女性はメイに似ているが…。
「君がメイだという証拠はあるか…?すまないが俺の知ってるメイと君はかなりギャップがある…」
「…そんな…だってアタシはメイよ…?証拠なんて言われても…」
「……?!今…」
「…え?」
「いや、なんでもない…」
待てよ…よく考えろ…。確かに似てる。声も容姿も言動も…。今のメイが成長したらこうなるかもしれない。だが俺の知ってるメイはこの女性ではない…!
「…君が何故メイを名乗るのかはわからないが…俺の知ってるメイは…自分のことをアタシとは呼ばない」
「………」
「メイならボクというはずだ…。」
「…それだけ?」
「…何?」
さっきの女性らしい表情が消えた。ゆっくりと口の端が歪み、目は物凄い光を帯びてこちらをにらみ付けている。心なしか空気すらかわったように冷たい。
「…貴様…一体何者だ…?!」
穏やかな空気は静かに冷め、二人の間に緊張が走っている。相手の力は未知だが…メイに似せているということを考えると、恐らく怪力の持ち主…また召喚法を遣ってくるかもしれない…。外見だけを似せ、自分にわざわざ近付いてはこないだろう。それなりに何か持っているはずだ。
メイを名乗る女性が静かに立上がりバスルームの方へ歩いていく。扉の前で足を止めてゆっくりとこちらを見た。その目は薄ぼんやりと光を帯びて恐ろしくもある。
「…アタシ…メイよ信じてジョニー…」
「何を…君はメイじゃないと今言ったばかりだろう?…さあ、あの子をどこにやったんだ?」
ぼんやりと光っていた目が次第に光りを失っていく。こちらに何か仕掛けてくる気はないらしい。表情はどこか寂しげで、またそれも魅力的であった。
「さあ…答えるんだ。メイは何処にいるんだ?」
「…いいよ、教えてあげる。ただし、アタシをつかまえられたらね!」
そういいはなったかと思うとすぐに、部屋の扉へ走り出して外へと出ていってしまった。慌てて部屋を出て追いかけようとあたりを見渡すが、女の姿はすでになかった…。仕方なく艇内を探すことにした。
艇の下から上までしらみ潰しに探してまわってみたが、人影すらなかった。もしかしたら艇を降りて街にでもたのか…?
今は夜…夜が明ける前にメイをみつけなければ…。
思い出せ、あの女はどんな格好だったか…?だがメイに似ているということしか印象がない。確か…いつものオレンジ色の服ではなかったはず…。しかし思い出せることはそれくらいだった。
とにかく探すしかない。他の艇…もしかしたら…。
何か思い立ったのか、ジョニーはどこかに走り出した。
思い当たる場所は、まず艇の監視台。見晴らしがよく他の団員も気に入りの場所だ。もしかしたらいるかもしれない…。そう考え、その場所へ急いだ。
珍しく息を切らして辿りつき、辺りを見回す…が、人影らしきものはない。
「はずれか…」
再び走り出し次の場所へ向かう。思い当たる場所といっても実は二つしかなかった。そのうち一つははずれだったわけだからあとはこれに賭けるしかない。メイがよく行く場所…艇内に絞るなら…。
「…頼むからいてくれよ…」
呼吸をととのえてドアノブに手をかける。ゆっくりと開いて静かに中へ入る。そっと扉を閉めて部屋全体を見回す…。
(…いない…のか…?)
ここは使い慣れたジョニーの部屋であった。メイが何度となく訪れては追い返された場所でもあった。メイのことだから気付かれないように入っていたかもしれない。
「…メイ…」
少し小さめに名前を呼ぶが、反応はない。ベッドはきちんとととのえてあるし、調度品も整然と並んでいる。
「いないのか…」
完全に当てがはずれ、他になにも思い付かない。無意識にベッドに腰掛ける。
「…はあ…」
また無意識に溜め息もでてしまった。一体どこへ消えたのだろうか…。そんなことを考えていると部屋の奥から何か音がしているのに気付いた。さっきも確か聞いた音…それはシャワーの音だった。
ジョニーは勢いよくバスルームへ走り、扉の前まできた。誰かがシャワーを浴びている。メイなのか、あの女性なのか…しかし扉を開いて確かめるのは男としてどうなのか。失礼にもほどがある…と考えながらうろうろしていると、シャワーを止める音が聞こえた。ほどなく扉を開く音が聞こえてきた。
「…あ…」
現れたのは探していたメイに似た女性だった。慌てて後ろを向くがあっちはあまり気にしていない様子で身体をタオルでふいている。
「…メイは…どこにいるんだ…?」
「言ったでしょ、アタシをつかまえら教えてあげるわ」
「つかまえたら…か」
確かに見つけただけでつかまえたわけではない。しかし相手は女性…ふん縛ってしまうのははばかられた。
「…ふふふ…やあねぇ、何難しい顔してるの?いつもしてるようにすればいいだけじゃない!」
いつの間にか目の前で不敵な笑みを浮かべてこちらをみている。風呂上がりのいい香りがする。
「いつもどおり…か」
それはつまり…。
「さあ分かったならつかまえてよ…」
どうぞと言わんばかりに両手を広げる。タオルをまいただけの身体が挑発している。
「つまり…抱けっことかい…?」
「つかまえたら、よ。どうするの?また追いかけっこしたい?」
「いや…そいつはごめんだな」
この女性はメイに似ているだけなんだ…何をためらう必要がある…。
広げている手をつかみ自分の方へ引き寄せる。やわらかい身体の感触がじわりとつたわってくる。
(ジョニー…ボクは…)
「ジョニー…アタシはジョニーが好き。ジョニーはアタシのこと好き?」
「何を突然…。世の中のレディは俺の恋人…もちろん君も、さ」
「違うわ…そんなこと聞いてないの。アタシが聞きたいのは…」
(…ボクは…大好き…永遠に)
「違う…って?」
「わからないの?貴方は何をつかまえたのかよく見てよ!」
豊満な身体…長い黒髪…大きな瞳。目の前の女性はメイが成長すればきっとそうなるであろう容姿を持っている。だがメイのはすがない。あの子はまだ…。
「子供だとでも言いたいの…貴方はまだそんなこと言ってるのね…。」
「一体どういう意味だ?君はメイじゃないんだろ?」
何が何だかわからない。彼女は一体…?
(ボクを…見て…)
「アタシを…もっとよく見て」
「見てるさ、今目の前にいるんだから」「違うわ。貴方はアタシの外しか見えてない」
そんなこと言われてもどうしろというのだ…?外しか見えないじゃないか…?
(ボクはもう子供じゃないよ)
「アタシは…もう子供じゃないんだからね…。いい加減認めてよ、潔く!」
突然彼女の腕が物凄い力で俺の体を引き寄せた。
「………」
少しひんやりとした唇が触れた。
「…君は…」
(お願いジョニー…一度で構わない。ボクを抱いて…?)
「君は…メイなのか…?」
信じたくはない。あの小さいメイがもう子供じゃないと大人だと…もう女の子じゃないと、レディだというのか。
認めたくなかったのか俺は。何故だ?いずれ離れていくであろう相手を俺はいつまでつなぎとめていられるだろう。幼いうちは父親としてついてくる。成長したらどうなる?俺も同じように年をとってしまうというのに…。
「忘れたの…?昔は確かにボクって言ってたよ。でも決めたの、いい女はボクって言ってたら駄目。アタシに変えたの」
「…そうだ…いつだったか誕生日すぎてから…」
「さっきのジョニーはアタシの外だけ見てた…。昔のアタシの声聞こえた?」
「ああ…。ボクを見て…と」
「お願いジョニー…一度でいいの。アタシを…」
「おいで…メイ」
「ねえ…ジョニー…」
「…ん?」
(ボクのこと好き?)
「アタシのこと好き?」
「…ああ…」
「ねぇったら…」
(ジョニー…ねぇ…)
メイの声が二つ聞こえる…静かに響いていく…。それがまた心地よくて眠りへと導く。
体をゆすられているのがわかった。だが瞼は重くなかなか開けない。メイが何か言っている。
「ジョニー!起きて!!」
「…メイ…ちょっとソフトに起こしてくれよ…」
「も~何言ってるの!早く!」
思いっきり布団をはがされてしかたなく目をこすりながら体を起こす。ほどなくメイの姿が見えて来る。すっかり大人のレディに…。
「…お前さん…メイ…だよな?」
「…ちょっとジョニー…寝ぼけすぎだよ!」
目の前に立っているオレンジの服を着た少女はまだ幼さが残っているあのメイだった。さっきまで成長したメイといたはずなのだが…?!
「ボクのどこがメイじゃないっての!…あ!まさかジョニー!」
「なっ…なんだよ」
「またシケ込んでたのね!どの女よ!ひどい!」
「…嘘だろ…?」
まさかとは思うが…夢…だったのか?!
「ジョニーにはボクがいるってこと見せてやらなきゃ!」「…あのなメイ…」
「さあ!とにかく起きてよ!出発だよ!」
「…ああ……」
夢だったとはいえ俺はなんてこと…。
「ジョニー…どしたの?実は具合悪い?」
何気なくこちらをのぞきこんできたメイの顔に一瞬止まった。大きな瞳がじっと見つめている。あの夢のメイと重なる…。
「や、やだなジョニー…そんなに見ないでよ…」
恥ずかしそうにぱっと目をそらす。その仕草がまた愛らしい。
「ジョニーもついにボクの魅力に気付いたのね!」
「…まあな」
「……え?」
「さあて、今日は確か地上の遺跡探索だな」
「う…うん、そう。お宝探しに…」
「終わったらみんなでブランチだな。さあ行こうか」
いつものコートを翻しメイへ手を差し延べる。
「ジョニー今日は優しい…」
「今日は、はないだろ?夜は自由行動だから張り切っていくぜ!」
「うん!」
しっかりと手をつないで扉を開く。つないだ手はまだ小さい。あれは…夢だったか。いや…いずれくる未来だったのかもしれない…。
いずれくる未来か…そのときメイは俺を選ぶだろうか。遠い別の誰かの元へ行くのだろうか。
いや、それは有り得ない。知らず知らずのうちに俺はしてしまったのだ。幼い少女に褪せることのない姿を、俺の姿を刻んだのだから。
メイという永遠の恋人を手にした男は、その場限りの恋にあけくれる。いつしか成長していく少女に気付くことなく。成長した少女は永遠の恋人である男を求め続ける。
いつか俺がこの世から消えても、メイは俺を選ぶだろうか。それはあの子の死でもある。あの冷たい雨の檻から出たのにメイ、お前は…俺という檻に縛られてはいないか?
「ねぇジョニー…」
メイが上目使いでこちらをみる。
「なんだメイ?」
「アタシのこと好き?」
終
「ジョニ~ねぇ~ボクとデートしてったら!」
「だぁ~め!俺はベリィ~ヴィジ~なの!お前さんの相手はまた今度ね!」
「えぇえぇぇ~~?!またそれなのぉ~!この前も同じこと言った!」
「うっ……。と、とにかく!今日は無理だからおとなしくしてなよ?んじゃ~!」
「あ!ジョニー!」
…という風に逃げられるばかりなのだった。そのたび少女は小さくつぶやく。
「ジョニーのばか…!」
そんなことばかりが繰り返される中でも少女は諦めなかった。日々素敵な女性になるための努力はおしまなかったし、彼へのアタックもかかさなかった。
そんな毎日のなかで少女はふと疑問に思った…。何故彼は振り向いてくれないのか?自分にはそんなに魅力がないのだろうか…?
いつも明るさを絶やさなかった少女の瞳は静かに光を失っていった。これほどに想っていても通じないということは…彼は誰か想い人がいるのだろうか…。
それとも…やはり自分は娘としてしか見ていないのだろうか…。
いろいろな思いが頭を巡ってしまう。そして最後には悪い結果が残ってしまい、慌てて消し去る。
そんな日が何度となく訪れては暮れていくのだった。
夜もすっかりふけた頃…艇に静かに降り立つ人物がいた。義賊集団団長ジョニーである。
「さて…メイのやつまだ怒ってるのか…。」
今朝毎日のように繰り返しているやりとりを思いだしながら艇へと入る。確かに少女メイの言うとおり最近はあまり遊んでやれなかった。今日の仕事でやっと一段落ついたから今度こそどこか連れていってやろう…。そう思いながらメイの部屋へと足を運んだ。
コンコン、と小さめにノックし中へ入る。入るとすぐベットが目につく…が、寝ている姿は見えない。すぐ隣りのドアからシャワーの音がきこえてくる。
「仕方無い…待つか」
すぐそこのベットに腰掛け、少し開いたドアを見る。シャワーの音はまだやまない。メイも年頃の女の子…風呂が長くてもおかしくない。とはいえ連日の仕事で疲れた身体は瞼を下ろすように指示を出したのだった…。
次にジョニーが瞼を開いたのは唇に冷たい何かが触れたときだった。いつの間にか眠っていたらしい…。唇の不思議な感触に薄く目を開けると見慣れない女性がこちらをみている。
「誰だ…?」
「ふふ…どうしたのジョニー…アタシを忘れたの?」
「…口説き文句としては最高だが…」
よく顔をみてみると、メイに似ているようだ…。
まさかそんなことがあるだろうか?たった一日たらずでここまで成長するなど…。
「まさかな…メイはどうしたんだ?奥にいるのか」
「やだジョニー…冗談でしょ?アタシがメイじゃない!」
明るく微笑みながら抱き付いてきた女性は確かにあの少女とそっくりであった。だが一体何がどうなっているのだろうか?このメイと名乗る女性が嘘をいっているのか…確かにいつも見てきた少女がもし成長すれば目の前の女性のようになるだろう。
「ねぇ…ジョニー…」
今の状況にいろいろな考えを巡らせていたジョニーに抱き付いていた女性が甘く囁いた。
「…今夜は…一緒にいてくれるんでしょ…?」
「…え…?」
「やだもぅ…わかってるくせに…」
少し顔を赤らめて恥ずかしそうなしぐさはとても魅力的だった。元々長かった髪は更に長く、服からのぞく素肌は瑞々しくまた女性らしい曲線をえがいている。無意識に視線をおくっている自分に気付き、慌てて女性からはなれた。
「ちょっと待て…俺たちはそんなスイートな関係ではないはずだろ…?それに…」
「何よ…また浮気したのね!この前の女が忘れられないのね?!ひどい!」
嫉妬する姿までそっくり同じとは…ただ驚くしかなかった。一体自分はどうするべきなのか考えても何も浮かんでこなかった。確かにこの女性はメイに似ているが…。
「君がメイだという証拠はあるか…?すまないが俺の知ってるメイと君はかなりギャップがある…」
「…そんな…だってアタシはメイよ…?証拠なんて言われても…」
「……?!今…」
「…え?」
「いや、なんでもない…」
待てよ…よく考えろ…。確かに似てる。声も容姿も言動も…。今のメイが成長したらこうなるかもしれない。だが俺の知ってるメイはこの女性ではない…!
「…君が何故メイを名乗るのかはわからないが…俺の知ってるメイは…自分のことをアタシとは呼ばない」
「………」
「メイならボクというはずだ…。」
「…それだけ?」
「…何?」
さっきの女性らしい表情が消えた。ゆっくりと口の端が歪み、目は物凄い光を帯びてこちらをにらみ付けている。心なしか空気すらかわったように冷たい。
「…貴様…一体何者だ…?!」
穏やかな空気は静かに冷め、二人の間に緊張が走っている。相手の力は未知だが…メイに似せているということを考えると、恐らく怪力の持ち主…また召喚法を遣ってくるかもしれない…。外見だけを似せ、自分にわざわざ近付いてはこないだろう。それなりに何か持っているはずだ。
メイを名乗る女性が静かに立上がりバスルームの方へ歩いていく。扉の前で足を止めてゆっくりとこちらを見た。その目は薄ぼんやりと光を帯びて恐ろしくもある。
「…アタシ…メイよ信じてジョニー…」
「何を…君はメイじゃないと今言ったばかりだろう?…さあ、あの子をどこにやったんだ?」
ぼんやりと光っていた目が次第に光りを失っていく。こちらに何か仕掛けてくる気はないらしい。表情はどこか寂しげで、またそれも魅力的であった。
「さあ…答えるんだ。メイは何処にいるんだ?」
「…いいよ、教えてあげる。ただし、アタシをつかまえられたらね!」
そういいはなったかと思うとすぐに、部屋の扉へ走り出して外へと出ていってしまった。慌てて部屋を出て追いかけようとあたりを見渡すが、女の姿はすでになかった…。仕方なく艇内を探すことにした。
艇の下から上までしらみ潰しに探してまわってみたが、人影すらなかった。もしかしたら艇を降りて街にでもたのか…?
今は夜…夜が明ける前にメイをみつけなければ…。
思い出せ、あの女はどんな格好だったか…?だがメイに似ているということしか印象がない。確か…いつものオレンジ色の服ではなかったはず…。しかし思い出せることはそれくらいだった。
とにかく探すしかない。他の艇…もしかしたら…。
何か思い立ったのか、ジョニーはどこかに走り出した。
思い当たる場所は、まず艇の監視台。見晴らしがよく他の団員も気に入りの場所だ。もしかしたらいるかもしれない…。そう考え、その場所へ急いだ。
珍しく息を切らして辿りつき、辺りを見回す…が、人影らしきものはない。
「はずれか…」
再び走り出し次の場所へ向かう。思い当たる場所といっても実は二つしかなかった。そのうち一つははずれだったわけだからあとはこれに賭けるしかない。メイがよく行く場所…艇内に絞るなら…。
「…頼むからいてくれよ…」
呼吸をととのえてドアノブに手をかける。ゆっくりと開いて静かに中へ入る。そっと扉を閉めて部屋全体を見回す…。
(…いない…のか…?)
ここは使い慣れたジョニーの部屋であった。メイが何度となく訪れては追い返された場所でもあった。メイのことだから気付かれないように入っていたかもしれない。
「…メイ…」
少し小さめに名前を呼ぶが、反応はない。ベッドはきちんとととのえてあるし、調度品も整然と並んでいる。
「いないのか…」
完全に当てがはずれ、他になにも思い付かない。無意識にベッドに腰掛ける。
「…はあ…」
また無意識に溜め息もでてしまった。一体どこへ消えたのだろうか…。そんなことを考えていると部屋の奥から何か音がしているのに気付いた。さっきも確か聞いた音…それはシャワーの音だった。
ジョニーは勢いよくバスルームへ走り、扉の前まできた。誰かがシャワーを浴びている。メイなのか、あの女性なのか…しかし扉を開いて確かめるのは男としてどうなのか。失礼にもほどがある…と考えながらうろうろしていると、シャワーを止める音が聞こえた。ほどなく扉を開く音が聞こえてきた。
「…あ…」
現れたのは探していたメイに似た女性だった。慌てて後ろを向くがあっちはあまり気にしていない様子で身体をタオルでふいている。
「…メイは…どこにいるんだ…?」
「言ったでしょ、アタシをつかまえら教えてあげるわ」
「つかまえたら…か」
確かに見つけただけでつかまえたわけではない。しかし相手は女性…ふん縛ってしまうのははばかられた。
「…ふふふ…やあねぇ、何難しい顔してるの?いつもしてるようにすればいいだけじゃない!」
いつの間にか目の前で不敵な笑みを浮かべてこちらをみている。風呂上がりのいい香りがする。
「いつもどおり…か」
それはつまり…。
「さあ分かったならつかまえてよ…」
どうぞと言わんばかりに両手を広げる。タオルをまいただけの身体が挑発している。
「つまり…抱けっことかい…?」
「つかまえたら、よ。どうするの?また追いかけっこしたい?」
「いや…そいつはごめんだな」
この女性はメイに似ているだけなんだ…何をためらう必要がある…。
広げている手をつかみ自分の方へ引き寄せる。やわらかい身体の感触がじわりとつたわってくる。
(ジョニー…ボクは…)
「ジョニー…アタシはジョニーが好き。ジョニーはアタシのこと好き?」
「何を突然…。世の中のレディは俺の恋人…もちろん君も、さ」
「違うわ…そんなこと聞いてないの。アタシが聞きたいのは…」
(…ボクは…大好き…永遠に)
「違う…って?」
「わからないの?貴方は何をつかまえたのかよく見てよ!」
豊満な身体…長い黒髪…大きな瞳。目の前の女性はメイが成長すればきっとそうなるであろう容姿を持っている。だがメイのはすがない。あの子はまだ…。
「子供だとでも言いたいの…貴方はまだそんなこと言ってるのね…。」
「一体どういう意味だ?君はメイじゃないんだろ?」
何が何だかわからない。彼女は一体…?
(ボクを…見て…)
「アタシを…もっとよく見て」
「見てるさ、今目の前にいるんだから」「違うわ。貴方はアタシの外しか見えてない」
そんなこと言われてもどうしろというのだ…?外しか見えないじゃないか…?
(ボクはもう子供じゃないよ)
「アタシは…もう子供じゃないんだからね…。いい加減認めてよ、潔く!」
突然彼女の腕が物凄い力で俺の体を引き寄せた。
「………」
少しひんやりとした唇が触れた。
「…君は…」
(お願いジョニー…一度で構わない。ボクを抱いて…?)
「君は…メイなのか…?」
信じたくはない。あの小さいメイがもう子供じゃないと大人だと…もう女の子じゃないと、レディだというのか。
認めたくなかったのか俺は。何故だ?いずれ離れていくであろう相手を俺はいつまでつなぎとめていられるだろう。幼いうちは父親としてついてくる。成長したらどうなる?俺も同じように年をとってしまうというのに…。
「忘れたの…?昔は確かにボクって言ってたよ。でも決めたの、いい女はボクって言ってたら駄目。アタシに変えたの」
「…そうだ…いつだったか誕生日すぎてから…」
「さっきのジョニーはアタシの外だけ見てた…。昔のアタシの声聞こえた?」
「ああ…。ボクを見て…と」
「お願いジョニー…一度でいいの。アタシを…」
「おいで…メイ」
「ねえ…ジョニー…」
「…ん?」
(ボクのこと好き?)
「アタシのこと好き?」
「…ああ…」
「ねぇったら…」
(ジョニー…ねぇ…)
メイの声が二つ聞こえる…静かに響いていく…。それがまた心地よくて眠りへと導く。
体をゆすられているのがわかった。だが瞼は重くなかなか開けない。メイが何か言っている。
「ジョニー!起きて!!」
「…メイ…ちょっとソフトに起こしてくれよ…」
「も~何言ってるの!早く!」
思いっきり布団をはがされてしかたなく目をこすりながら体を起こす。ほどなくメイの姿が見えて来る。すっかり大人のレディに…。
「…お前さん…メイ…だよな?」
「…ちょっとジョニー…寝ぼけすぎだよ!」
目の前に立っているオレンジの服を着た少女はまだ幼さが残っているあのメイだった。さっきまで成長したメイといたはずなのだが…?!
「ボクのどこがメイじゃないっての!…あ!まさかジョニー!」
「なっ…なんだよ」
「またシケ込んでたのね!どの女よ!ひどい!」
「…嘘だろ…?」
まさかとは思うが…夢…だったのか?!
「ジョニーにはボクがいるってこと見せてやらなきゃ!」「…あのなメイ…」
「さあ!とにかく起きてよ!出発だよ!」
「…ああ……」
夢だったとはいえ俺はなんてこと…。
「ジョニー…どしたの?実は具合悪い?」
何気なくこちらをのぞきこんできたメイの顔に一瞬止まった。大きな瞳がじっと見つめている。あの夢のメイと重なる…。
「や、やだなジョニー…そんなに見ないでよ…」
恥ずかしそうにぱっと目をそらす。その仕草がまた愛らしい。
「ジョニーもついにボクの魅力に気付いたのね!」
「…まあな」
「……え?」
「さあて、今日は確か地上の遺跡探索だな」
「う…うん、そう。お宝探しに…」
「終わったらみんなでブランチだな。さあ行こうか」
いつものコートを翻しメイへ手を差し延べる。
「ジョニー今日は優しい…」
「今日は、はないだろ?夜は自由行動だから張り切っていくぜ!」
「うん!」
しっかりと手をつないで扉を開く。つないだ手はまだ小さい。あれは…夢だったか。いや…いずれくる未来だったのかもしれない…。
いずれくる未来か…そのときメイは俺を選ぶだろうか。遠い別の誰かの元へ行くのだろうか。
いや、それは有り得ない。知らず知らずのうちに俺はしてしまったのだ。幼い少女に褪せることのない姿を、俺の姿を刻んだのだから。
メイという永遠の恋人を手にした男は、その場限りの恋にあけくれる。いつしか成長していく少女に気付くことなく。成長した少女は永遠の恋人である男を求め続ける。
いつか俺がこの世から消えても、メイは俺を選ぶだろうか。それはあの子の死でもある。あの冷たい雨の檻から出たのにメイ、お前は…俺という檻に縛られてはいないか?
「ねぇジョニー…」
メイが上目使いでこちらをみる。
「なんだメイ?」
「アタシのこと好き?」
終