7.生きていてもいいですか?
(24幕以降&アルベールが出張っています(苦笑))
(本人伯エデのつもりでしたがアルエデでも通りそうです(殴)伯&アルもあります。嫌な方は御注意を)
船を下り、始めて踏むジャニナの地、第一印象は湿度が高いということだった。今は慣れたが、最初はまるで空気がまとわりついてくるようでグッと来た。ホテルの手続きやこれからのスケジュールを整理していると、バティスタンが迎えに来た。5年経ったというのに彼は全然変わらなかった。でも相手は僕の成長っぷりに驚いたらしく、暫く馬鹿みたいな顔をして僕をじろじろ眺めていた。挙句「人も化けるもんだなぁ…」と来た。やっぱり、全然、変わっていない。僕は吹いてしまった。
「さ、ひぃ様も待ってる。とっとと行ってやろうぜ。」
僕もやっとの思いで捻出した二時間だ。彼の言葉に頷くと、用意された馬車に乗せて貰った。
「どうでした?パリからジャニナまではえらく時間がかかったでしょう。」
「ああ、寝てたよ。懐かしい夢を見た。」
あの人と星の海を旅した、僅かだったけれどとても幸せだった時の話…。
*
伯爵と二人で、深宇宙の旅に出たときの思い出。
彼が貸してくれた室内着は、東方宇宙を思わせるだぼっとしたものだった。最初は伯爵とお揃いという嬉しさだけだったが、ふと、エデの服と同じデザインだと閃いて伯爵に進言した。
望遠鏡を覗いていた伯爵はこちらを振り向き、『御名答、これはジャニナの民族衣装なのですよ』と答えてくれた。僕はなぞなぞが解けた子供のように楽しがって、伯爵はそんな僕をじっと眺めていたような気がする。同じ家に居る者同士が同じ服を着るのは珍しい事ではないけれど、伯爵やエデと同じデザインってだけで、僕はまるで家族の一員になれたように嬉しかった。自分の置かれている状況から逃げたいこともあいまって、浮かれていたんだ。
「そういえば御存知でしたか?この前のゴシップ記事、伯爵とエデさんが一面に載っていましたよ!」
確か新聞に踊っていた文字は『恋人!?愛人!?伯爵は異星の美女にご執心!?』だったか。オペラに来た二人を取り上げた記事だった。伯爵は今やパリ社交界の華だし、そこに神秘的な美女が来れば、騒がれない方が可笑しいというわけだ。
「実に興味深い。」
低く笑いながら伯爵は言う。絶対リップサービスだろうなぁと思いながらも僕は合わせて笑った。だから、伯爵が冷たい声で次の台詞を口にした途端、僕は笑顔のまま固まってしまった。
「あの娘は絶望という名の鎖をまとって生きてゆく哀れな人形。」
驚いてしまって声が出ない。伯爵は闇色のそらを遠く見ながら、誰に向けるでもなく続けた。今の伯爵に僕は映っていない。伯爵は違う場所に居る、どこか…深い闇に居る。
「篭の中で純白の翼を広げることを忘れ、闇の底で瞳は光を映すことすら忘れた……呪われた私の愛し子。」
思わず震え上がらずにはいられない伯爵の声。でも何故だか伯爵の方が震えている気がして、聞いていると切なくなった。
「傍に在りたいのなら好きにするが良い。だが、私と共に歩んだところで、幸せなどあるものか…。」
「……伯爵?」
やっとの思いで言葉を搾り出すと、伯爵はゆっくりと視点を僕に合わせ、困ったように微笑む。その表情はどういう言葉を並べてもうまく伝えられないが、名残惜しい、というのが一番あっているのだろうか。
「…もう終わりを迎えるのですよ、何もかも。」
伯爵のこういう言葉を聞くたびに、情けないながらも涙が出てきそうになる。伯爵は「これはこれは、悲しませてしまいましたか」と宥めながら、不思議な、双方違う色彩をした目でまっすぐに僕を見る。
「………アルベール。あなたを見込んで、一つお願いをしても良いですか?」
お願いをされることはこれでたったの二度目。僕は何を言われるのだろうと、咄嗟に身構えた…。
*
「お久しぶりです。アルベールさん。随分立派になられましたね。」
そう言って彼女は微笑んだ。随分立派と言われても、エデさんには敵いませんよと、お世辞じゃなくてそう言った。エデは王家の娘として、19で女王となり、このジャニナの平和を伯爵家の皆と共に守ってゆく立場にあるのだ。これは大変なことだと思う。でも、彼女なら出来ると不思議と思った。
異文化の客間、昔見た、エデの部屋がまんま大きくなったような空間に、僕とエデで二人。昔と違うのは、見える景色が偽りの海と空から、ジャニナの青い空と町並みになったことだった。他愛無い近況の話はすぐに尽き、話題はやっぱり…伯爵のことになる。
「何も解らぬまま、必死に生きてきました。外の世界はただ眩しかった…。」
伯爵と別れてからの人生を想っているのだろう、エデは悲しそうに微笑んだ。僕は黙って聞き手に回る。
「あの方の本当の名を胸に、生き続けることが今の私の支え…なのに…不思議ですね。」
エデの声は悲しげに震えていた。懐かしさは思い出に色を着け、抑えていた気持ちが揺れているのだろう。
「あの人を信じて生きるのは昔と一緒なのに…あの方がこの世に居ないというだけでこんなに苦しくて…」
…ひょっとしたら船の中で見たあの夢は、心配性で世話好きな伯爵が、約束の再確認をさせたくて僕を導いたのかもしれない。
彼女は涙を流さず泣いていた。僕は夢で再び出会えた、思い出の中に在る伯爵の言葉を思い出す。
『もしエデが、私を想って泣いていて…その時、私が傍にいてやれなかったら…。』
「笑ってください、心が弱くなると、今でもあの人の傍に行こうと考えてしまうわたくしを…」
「それは悪い事ではありませんよ…でも、エデさん。貴女は、」
僕はエデの手をそっと取り、切ない気持ちを含んだままでも構わないから、子供の時みたいに屈託なくできなくてもいいから笑った。
「生きていてください。笑って生きて、幸せになって下さい。」
嫌がることも微笑むこともせず、彼女はただ驚いているようだった。黙って、僕の言葉を聞いている。
「伯爵はきっと、誰よりも、あなたの幸せを喜び、祝福してくれる筈です。絶対に!」
『貴方がその場所で想った事を、そのまま彼女に伝えて下さい。』
エデはぼんやりとして、悲しげな顔に照れのような顔を浮かべて、小さく尋ねてきた。
「わたくし…頑張っていますか?」
「ええ、頑張っていますよ。こちらが驚くくらい、頑張っています。」
クス、と笑う。その笑顔は少女の頃のエデと全く変わらない微笑で、やっと昔のエデと会えた気がした。
「褒めてもらえるでしょうか?えらいでしょうか?」
「ええ!パリやジャニナをどんなに探しても、貴女ほど気高く生きている女性なんかいません!」
勢い込んで答える。エデは薄く微笑み、美しい顔で泣きそうになりながら、僕の手を握り返した。
「本当に不思議です。貴方の言葉…まるで伯爵が傍で仰ってくださっているみたいです。」
「エデさん…。」
「ごめんなさいアルベールさん。少し…伯爵を想って泣いても良いですか?」
『私と貴方はよく似ている。貴方が感じた事そのものが、恐らくは…』
「…それこそ何で我慢する必要がありますか?」
『その場で私がエデに…最も伝えたいことでしょうから。』
「貴女の素直な心そのものが、伯爵への鎮魂歌であり、幸せである。僕はそう思うんです。」
ありがとう、と聞き取れるか聞き取れないかの感謝の言葉を言うと、エデは小さく声を上げ、やがてわっと泣き出した。
アルベールは誰よりもこの気位の高い、女神のような姫君を本当に愛しく思った。恋慕とは違う、もっと純粋で透明な、そんな愛しさを。慈愛と敬愛の念で微笑んで、そしてゆっくりと目を伏せる。彼のその姿と横顔は、まるで若き日のエドモン・ダンテスのようだった。
罪を受け入れ堕ちて逝く彼が望んだ、“罪無き愛し子等に光ある未来を”という願いは、長い時を経てゆっくりと形作られてゆく。
傷つき壊れたものが再生し穏やかに花開く。未来は決して暗闇に包まれたものではない。アルベールはそう信じている。
あの日、あの時…広い宇宙に抱かれながら伯爵が言った言葉は…裏切りの果実であったにも関わらず、自分を認めてくれたが故の遺言だったのだろう。当時は全く解らなかったが、今はそれが誇らしかった。伯爵はどんなに痛いことになっても、エデを本当に愛していたのだろう。その少女への想いを、自分を信じて任せてくれたことが嬉しかった。
今でも、彼が生きていたらと、美しくもありえない幻想を抱くことがある。けれど、叶わない過去への羨望に縛られるより、彼が導いてくれたこの未来を生きよう。エデはエデの道を、自分は自分の道を。
エデとアルベールは目を見合わせ、同士とでもいったように微笑み、そして祈った。
伯爵――…貴方の名前を胸に抱きながら、生き続けます。
エドモン。貴方に逢えたことを、本当に幸せに想います。と。
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伯エデとして周りを斬り捨てて考えるより、誰かが絡んでいる方が、実は好きです。
参考巌窟王がアニメ&小説&漫画と多岐に渡っててごめんなさい。ベースは…小説?
アルベールはもう一緒に泣かないで、見守ってあげられるくらい強い子になってて欲しいです。
…泣くなって言ってるわけじゃなくてね。
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