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怪談

「……急に魚が一匹も掛からなくなり、錨まで上がらない。おかしいと思った漁師の一人が海に潜ると……そう、海の中だぞ」

ぐっと、鬼蜘蛛丸が身を乗り出した。微かに、凄みをきかせた笑みをたたえて。
小さな灯台の明かりが、彫りの深い鬼蜘蛛丸の顔に強い陰影を付ける。
それが、さらなる迫力をかけた。
「錨の上に、誰かが、座っている」
ごくりと誰かが喉を鳴らす。
この場に座す何人かは、後悔とともにこう思っているだろう。
鬼蜘蛛丸がこんなに怪談話がうまいなんて予想外だったと。

「……やせ細った老婆」
ささやく低い声。
「そこには海中だといのに、真っ白な髪を逆立たせた老婆がいた……」
絶妙な間。そして、口調が一変する。
「老婆は赤い目をカッ!と見開きこう言った!」

「わーーー!!」

叫んだのは重だった。隣の東南風に必死でしがみつく。
「もう、やだ。勘弁」
えぐえぐと涙目で訴えられて、続けられる鬼蜘蛛丸ではない。

一瞬にして、苦笑と安堵に場が白けた。

「……時間も遅いし、もういいっす。お話ありがとうございました」
そそくさと、間切が一抜けを表明した。
「おお、そうだな。明日も仕事だ。部屋に帰りな」
その言葉に蜘蛛の子を散らすようにして、若手達は鬼蜘蛛丸の部屋を後にする。
ぎゃあぎゃあと怪談話の余韻に騒ぐ声が、ゆっくりと遠ざかっていく。

盛り上がる怪談話にびびる若手を、横手でにやにやと観察していた男が、灯台の火を吹き消した鬼蜘蛛丸に声をかけた。
「お疲れさん」
義丸である。自室に戻らず、ひとり鬼蜘蛛丸の部屋に居残っていた。
「はは。たまには、こんな気晴らしだっていいもんだな」
明かりが消え、闇の中から声が返ってきた。
幹部に昇格しても、若手との付き合いに遊び心を無くしてはいない。
鬼蜘蛛丸は、怪談話に貴重な灯台の明かりと部屋を提供し、真夜中まで話にふけっていたのである。
「あんたがシメなきゃみんな明日は寝坊してたかもしれませんね」
「それは困るからな、とっておきの話だ」
珍しく、悪戯な声で鬼蜘蛛丸は笑う。義丸も笑い返し、ふと、その笑いを止めた。
「しっかし、巧いもんだ。お頭の受け売りっすか?」
「いや、蜉蝣の兄さんだ」

さらりと受け流すには、その人物はあまりに予想外だった。

「……………………」
意外。という雰囲気をまとう義丸に、鬼蜘蛛丸は懐かしそうに笑った。

「俺は、怪談話の類が案外好きなんだよ」


**********


「そこで、振り向いた先の船縁に、今まさに海に飛び込もうといわんばかりに腰掛けた背中がずらっと……」
「だあぁぁ!!やめろ!蜘蛛が怖がってるじゃねぇか!!」

耳元でがなりたてられて、鬼蜘蛛丸は含み笑いに苦みを上乗せした。

軽く10年以上は昔の話である。
蜉蝣と疾風と鬼蜘蛛丸。
この3人で水軍館の一室を共有していた時期があった。
とはいえ、蜉蝣は10代の半ばから陸酔いのお陰で船で寝ることのが多かったし、それは鬼蜘蛛丸も同じ事。
さらに疾風ときたら館をひょいと抜け出しては朝帰りという常習犯でもあった。
これには時たま蜉蝣も便乗した。

つまり、3人揃って眠ることはあまりないとも言っていいかもしれない。

そして珍しく3人揃ってみれば、何故だか始まるのが蜉蝣の怪談話である。
これがまた、巧いのだ。
蜉蝣自身は決して口がうまいわけではないのだが、その低い声が僅かな抑揚をもって語る様は、様々な意味で格別だった。
しかもいったい何処で覚えてくるのか、話に限りがない。
記憶力のいい鬼蜘蛛丸が覚えている限りでも、同じ話を聞いたことが一度も、ない。
そして疾風は怪談話の類が大の苦手である。無論、そのことを「臆病だ」として本人は決して認めようとはしない。
だからこそ、蜉蝣の絶好のからかいのネタにされているのだ。

普段はどちらかというと破天荒な疾風に振り回され気味の蜉蝣。
怪談話は彼の確実な逆襲の道具であった。

ぎゅっと背中に回された腕に力が籠もる。
微かに荒い呼吸の感触が布越しに伝わってきた。
怪談話が始まれば、鬼蜘蛛丸は疾風に人形よろしく抱きかかえられる羽目になる。

「怖がってんのは、おめぇだろ」
蜉蝣のからかいの言葉に、疾風が噛みつく。
「……違う!なぁ、蜘蛛、怪談話なんざ嫌だろ?」
常の自信満々の声を気取ろうとした中に、まごうことなき嘆願の響きを感じ取って、鬼蜘蛛丸はこくりと頷いた。
本当は、近くでここまで怖がっている人がいると、なんだかそこまで怖いとは思えないのだが。

でも、この空間が心地よいので、鬼蜘蛛丸は疾風の意に従った。

そのまま、大好きな兄役にぎゅっと抱きつく。
我が意を得たりといわんばかりに、可愛い弟分の頭を撫でて、疾風は勝ち誇ったように蜉蝣を見た。
「な、怖がってんだから、やめとけ」
「……怪談ってのは、怖がらせてなんぼってもんだ。じゃあ、次行くか」
「ふざけんな、このむっつり野郎!てめ、このくそ寒ぃ時期に何だって怪談話なんだよ!!俺はもう、寝るぞ!」
ぴしゃりと言い切って、疾風は掛け布団を肩まで引き上げた。
とはいえ、鬼蜘蛛丸を抱いた腕は緩めない。

にこにこと鬼蜘蛛丸は疾風の胸に頬を寄せる。
暖かさと、微かに鼻をつく海の香り。
それは陸酔いの鬼蜘蛛丸にとっては、何よりも安心できるものだった。

「ん?」
不意に疾風らの寝る布団の間に隙間が空き、冷たい夜気が身を刺した。
「て、め、蜉蝣、なんでお前まで、こっちに来んだよ」
のそのそと疾風と鬼蜘蛛丸のくるまっている布団に入ってきたのは、蜉蝣である。
当たり前だが、布団の許容範囲は軽く超えた。
「怖がってんじゃねぇかと思って。あと、お前だけあったけぇもん持ってるからな」
そう言って、湯たんぽ代わりにもなっている、鬼蜘蛛丸を見る。
「……だから、怖がってねえ……」
いい加減否定するのに疲れたか、眠気が先立ったか、大きなあくびをひとつして、疾風はごそごそと蜉蝣に向かって手を伸ばした。
蜉蝣の顔を隣をすり抜けた腕がつかんだのは相棒の掛け布団。
それを自分のところの掛け布団と重ねるように引き寄せた。

つまり、許容の合図である。

蜉蝣が、微かに笑って、その大きな手の平で、疾風の頬を撫でた。
むっと疾風は眉根を寄せるが、もう突き離すのも面倒なのか、その吹く風にも似た愛撫にそのまま身をゆだねる。
次いで、鬼蜘蛛丸の額に手が置かれ、優しく髪を梳かれた。

ああ、嬉しいな。いいな。

体温の高い子供を真ん中に添えて、3人はそのまま眠りに落ちた。



***********


「……ヨシ。お前の部屋はここじゃないと思うんだが……」
布団に潜り込んだ矢先、隣に人の体温と染みついた海の匂いを感じ取って、鬼蜘蛛丸は呟いた。

「いやー。鬼蜘蛛丸の怪談話がホントに怖くって、怖くって。ひとりじゃ寝れませんから、一緒に寝ましょうよ」
笑いを含んだ声が耳元でささやかれる。
ふわふわした赤髪が肌を滑って、くすぐったい上この上ない。

ひとつの布団に大の男が二人。
鬼蜘蛛丸は大きく息をついた。

「ま、好きにしな」
「え?」
実は蹴り出されることを覚悟していた義丸は、思わず本気で?と目を丸くした。
鬼蜘蛛丸は頷き、くすりと笑いながら言った。
「ただし、陸酔いが出たら船の方に行くからな」

たまには、温かくて懐かしい思い出とだぶる現状に、そのままゆだねてしまってもいいだろう。

きっと、今夜は陸酔いはでない。






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