「サニーのママは?」
---ほらきた、樊瑞は心の中で舌打ちした。
いつかはこの幼女からこんな言葉が吐き出されるのではないかと私は予想はしていたし、覚悟はしていた。そして今それが現実のものとなった。わかっていたのだ、そうだ、わかっていたはずだ。しかし同時に「ママ」などと教えてもいない単語をどこのどいつが吹き込んだのか・・・ええい腹が立つ。
「ママは?」
さて、どうしたものか。予想はしていて覚悟はしていたのだが実際にこの事態に直面した場合どう対処するかなど考えていなかった。いや、考えたが思いつかなかっただけだ。こんな時は何て言えばよいのだ?
「あー・・・サニーのママはお買い物に行っているから、そのうち戻る」
馬鹿か私は、なんだその「お買い物」というのは、ここはBF団本部だぞ。どこへ買い物に行くというのだ。もう少し気の利いたことが言えんのか。そうだ「サニーのママはお星様になったんだよ」とか、うむ、こう言えば良かったのだ。非常に夢を感じさせて子ども向けではないか。
「いつもどるの?」
いつ?いつと言われても。どう言えばいい?
「そのうちだ」
そうだ、これしかない。これで乗り切ろう。お、サニーも納得したのか積み木遊びを始めたぞ、よしとりあえずは逃げ切った。
---しかし、胸をなでおろす樊瑞だったがサニーの問いはその後も続いた。
---「いつもどるの?」「そのうちだ」これが毎日何度も交わされた。
そのうちなんとなく気づいて納得するだろう、そう楽観していた。ところがどうだ自分がなんとなく言ってしまった言葉がこうも自分の首を絞めることになろうとは。今日など「そのうちっていつ?」と鋭い内容に変わってしまった。
いかん、いつのまにか詰んでしまって王手をかけられてしまった。
「というわけなのだ、アルベルト。どうしたらいい?」
「・・・」
くそ、こいつ今あからまさに嫌な顔をしおった。誰のお陰でこの私が混世魔王たる私がこんな苦労をしていると思っているのだ。本当に無責任な男だ、まったく腹が立つ。
「私はもう親子の縁は切ってある、そんなことは貴様が考えろ」
でた、二言目には「親子の縁は・・・」だもう聞き飽きたわ。まったくその台詞を都合のいい免罪符か何かと思っているのか。ああそのすかした横っつらを殴ってやりたい、こいつは本当に最低だ。父親だけでなく人間としても終わっている。
「縁を切ろうが切るまいが親子であるのは変わりないだろうが、これはもう私の範疇ではない、お主の仕事だ」
そうだ、我ながら正論だ。自分でまいた種を投げ出して押し付けてしまった感じはしないでもないが、我が子を他人に押し付けるよりは遥かにましではないか?違うか?お、随分大きな溜息をついたなこの男。ほら、腹をくくってしまえ向う所敵無しの『衝撃のアルベルト』の名が泣くぞ。
「・・・サニーはどこだ」
「パパぁ!」
サニーも現金な奴だと思う。こんなに私が毎日愛情を注いでいるというのに滅多に顔を合わせない父親が出てきたら途端にこれだ。あーあんなに嬉しそうに足にしがみついて・・・アルベルトも抱きかかえてやればよかろうものを。もっとも奴が娘を抱きかかえているのを見たのは私に預けにきたときだけだったな。
「パパ、サニーのママはいつかえってくるの?」
そら、どうする衝撃のアルベルト。お主ならなんと答える?
「おまえの母親はいない」
「な、おいアルベルト・・・」
「だから帰ってもこない、待つだけ無駄だ」
いきなりそういう事を言うか・・・こいつ・・・。確かに我々は血も涙も無い十傑集だ、しかしこれはいかん、これだけはいかん。酷過ぎる。
「ちがうもん!ママはおかいものにいってるんだもん!!」
「ふん、ならば気が済むまで待っていろ。それが嫌なら自分で探せ」
「ああ!サニー!」
部屋から飛び出して行ってしまった・・・。ここはBF団本部内だ、どこへ行こうというのだ、居もしない母親を探すのか?アルベルト!貴様本当の本当に見下げたやつだ!なんだその目は、何故私を睨む、睨まれるのは貴様の方だ!
「放っておけ」
「・・・」
---樊瑞は殴ってやりたい気持ちを抑え、事の次第を見守ることにした
---しかし時間を追うごとに他の十傑集がやって来るようになった
「おい樊瑞、さっきお嬢ちゃんが私の部屋にきて『ママ見なかった?』などと聞いてきたぞ」
幽鬼・・・すまん、全てはアルベルトが悪い。
「お前のところにも来たのか、私のところにも来てソファの下を覗いていたが」
ヒィッツカラルド・・・
「っち・・・ママ、ママ・・・樊瑞めざわりだ、あんなの縛っておけ」
レッド・・・
「ワシのところにも来て泣きながらデスクの下を覗いていたぞ?」
カワラザキ・・・
「ダメじゃないか樊瑞、サニーちゃんがかわいそうだ」
セルバンテス・・・
「子どもを泣かせて何をやっているのだ魔王」
残月・・・
「衝撃大人が息女の問いに困惑しきり・・・」
十常寺・・・
「・・・」
怒鬼・・・
『樊瑞!!(×8人)』
「・・・すまん・・・」
何故私があやまらねばならんのだ・・・アルベルト貴様、何ふんぞり返って悠長に葉巻なんぞ吹かしている!貴様の分も頭を下げてやっているのだ!!!!8人分だぞ8人分、この混世魔王がだ!せめて半分の4人くらいは貴様が受け持て!
「・・・皆すまんな、だがあれは放っておいてやってくれ」
「・・・」
初めてだった、アルベルトから「すまん」などという言葉を聞いたのは。まぁふんぞり返って葉巻を吹かしている状態での言葉だが。お、連中も互いに顔を見合わせてゾロゾロと帰っていきおった。なんだなんだ、あんな男のあんな態度での謝罪で納得するのか貴様らは。
「まったく・・・」
「樊瑞、貴様もだ・・・すまんな」
「・・・」
私も何も・・・言えなくなってしまった。この男の、母親がいない子供を持つ父親としての罪悪感がそうさせているのだろうか。いや罪悪感などこんな傲慢な男にあるものなのか?わからん・・・。相変わらずの態度で葉巻を吹かしてはいるが、奴はどういう気持ちでいまここにこうしているのか。
そもそも自分は『後見人』という立場であってもサニーの『父親』ではない。もちろん父親代わりのつもりであるし父親としての気持ちで接してきた自負はある・・・しかし本当の父親であるならば、やはりアルベルトと同じ事を娘に言うのだろうか。そしてそれは正しい事で娘にとって最善なことなのだろうか。考え出すとわからなくなってしまった。
---しばらく2人の間で沈黙の時間が流れた
---樊瑞は思考の輪に捕われ、アルベルトは1本の葉巻を最後まで吸いきる
---長いようで短い、そんな時間だった
---そしてサニーが樊瑞の執務室に戻ってきた
サニー・・・随分と走ったのかよろめいて、髪はあちこち跳ねてしまって・・・泣き腫らした顔が真っ赤になって涙でグチャグチャ。どんな想いでいない母親を探していたのかと思うと私にはサニーの今の姿は見るに耐えない。ああ・・・フラフラしながらソファにもたれかかり、母親探しに精根尽き果てたのかそのまま眠ってしまった。
サニーは・・・また明日もこうして母親を探すのだろうか、その時私はどうしたらいい?
「今日は私が預かる」
「なに?あ、おいアルベルト!」
最初にサニーを預かったときは既に奴の腕に抱かれていた状態だったが、アルベルトが自分の手でサニーを、娘を抱き上げたのを見たのはそれが初めてだった。
眠るサニーに手を伸ばし小さい身体を包み込んで自分の大きな胸に寄せている。あのアルベルトがだ、想像もつかなかったはずなのにそれはやはり父親と娘、不思議とあたりまえのような・・・光景だった。
サニーはアルベルトの胸に抱かれて安らかに眠っている。いない母親を探して疲れ果て、父親の胸の中で眠っているのだ。わたしは何故か寂しい気持ちになったがそれ以上に心からの安らぎすら感じた。そしてオロオロするばかりで何もしてやれなかった自分が少し情けなくなってしまった。
「明日には貴様に返す」
そういってアルベルトはサニーを抱いて出ていった。
返す?返すも何も、サニーは・・・お主の娘だろうが・・・。
次の日、サニーが再び私の元に戻ってきた。そして心配していたサニーの「母親探し」は無かった。さらに気のせいかサニーは少し大きくなったようにも思える。幼いながらに自分の中で母親が居ないことを受け入れたのだろうか。
もしあのまま私が曖昧な態度をとっていたらこの子はずっと帰らぬ母親を待ちつづけて・・・サニーもわかってはいたはずなのだ、自分に母親がいないだろうことを。それでも期待させ待たせ続けさせたのは私だ。一番酷だったのは私だったのだ・・・方法が極端であってもやはりアルベルトのとった対処が正しかった・・・のか?
「アルベルト、お主が正しかったということか」
「正しいとか良かったかどうかなど知らんしどうでもいい、それはサニーが決めることだ。それが今でなくてもだ。最終的に本人が納得すればそれでいい。」
この男らしい考えだと思う。自分の信念を貫くのにうらやましいくらいに躊躇いが無い。そして意外だったのが傲慢な男のはずなのに自分が正しいと思っていなかったこと、良し悪しの判断を娘に任せていることだ。なんとなくだがこの男が娘に対してどう考えているのか、少しだけわかったような気がする。
そして私は自分が自分で答えを出そうとしていたのか・・・。
「ふぅー・・・・・・正直サニーを預かることに・・・自信が無くなったぞ」
「面倒な奴だな貴様は。いいか、安心しろ私なぞよりずっと貴様の性根が『父親』だ」
最後の言葉は心から喜べなかった。あんな、「父親のアルベルト」を見てしまったら私などいったい何だというのだ。
「・・・」
「何を小さくなっているんだ、胸を張っていろ混世魔王」
「・・・」
「まったく・・・・・まぁいいサニーは貴様に任せたのだからな」
お父様からお叱りと励ましのお言葉を頂いてしまった。そのやりとりの中サニーは積み木遊びをしている。サニー・・・私はいったい何なのだろうな?お前のお父さんからお父さんだと言われてしまったんだぞ?遊んでないでこの小さな混世魔王に教えてくれないか?
END
------------------
残月はまだ十傑じゃないじゃんとか言うの無し。
---ほらきた、樊瑞は心の中で舌打ちした。
いつかはこの幼女からこんな言葉が吐き出されるのではないかと私は予想はしていたし、覚悟はしていた。そして今それが現実のものとなった。わかっていたのだ、そうだ、わかっていたはずだ。しかし同時に「ママ」などと教えてもいない単語をどこのどいつが吹き込んだのか・・・ええい腹が立つ。
「ママは?」
さて、どうしたものか。予想はしていて覚悟はしていたのだが実際にこの事態に直面した場合どう対処するかなど考えていなかった。いや、考えたが思いつかなかっただけだ。こんな時は何て言えばよいのだ?
「あー・・・サニーのママはお買い物に行っているから、そのうち戻る」
馬鹿か私は、なんだその「お買い物」というのは、ここはBF団本部だぞ。どこへ買い物に行くというのだ。もう少し気の利いたことが言えんのか。そうだ「サニーのママはお星様になったんだよ」とか、うむ、こう言えば良かったのだ。非常に夢を感じさせて子ども向けではないか。
「いつもどるの?」
いつ?いつと言われても。どう言えばいい?
「そのうちだ」
そうだ、これしかない。これで乗り切ろう。お、サニーも納得したのか積み木遊びを始めたぞ、よしとりあえずは逃げ切った。
---しかし、胸をなでおろす樊瑞だったがサニーの問いはその後も続いた。
---「いつもどるの?」「そのうちだ」これが毎日何度も交わされた。
そのうちなんとなく気づいて納得するだろう、そう楽観していた。ところがどうだ自分がなんとなく言ってしまった言葉がこうも自分の首を絞めることになろうとは。今日など「そのうちっていつ?」と鋭い内容に変わってしまった。
いかん、いつのまにか詰んでしまって王手をかけられてしまった。
「というわけなのだ、アルベルト。どうしたらいい?」
「・・・」
くそ、こいつ今あからまさに嫌な顔をしおった。誰のお陰でこの私が混世魔王たる私がこんな苦労をしていると思っているのだ。本当に無責任な男だ、まったく腹が立つ。
「私はもう親子の縁は切ってある、そんなことは貴様が考えろ」
でた、二言目には「親子の縁は・・・」だもう聞き飽きたわ。まったくその台詞を都合のいい免罪符か何かと思っているのか。ああそのすかした横っつらを殴ってやりたい、こいつは本当に最低だ。父親だけでなく人間としても終わっている。
「縁を切ろうが切るまいが親子であるのは変わりないだろうが、これはもう私の範疇ではない、お主の仕事だ」
そうだ、我ながら正論だ。自分でまいた種を投げ出して押し付けてしまった感じはしないでもないが、我が子を他人に押し付けるよりは遥かにましではないか?違うか?お、随分大きな溜息をついたなこの男。ほら、腹をくくってしまえ向う所敵無しの『衝撃のアルベルト』の名が泣くぞ。
「・・・サニーはどこだ」
「パパぁ!」
サニーも現金な奴だと思う。こんなに私が毎日愛情を注いでいるというのに滅多に顔を合わせない父親が出てきたら途端にこれだ。あーあんなに嬉しそうに足にしがみついて・・・アルベルトも抱きかかえてやればよかろうものを。もっとも奴が娘を抱きかかえているのを見たのは私に預けにきたときだけだったな。
「パパ、サニーのママはいつかえってくるの?」
そら、どうする衝撃のアルベルト。お主ならなんと答える?
「おまえの母親はいない」
「な、おいアルベルト・・・」
「だから帰ってもこない、待つだけ無駄だ」
いきなりそういう事を言うか・・・こいつ・・・。確かに我々は血も涙も無い十傑集だ、しかしこれはいかん、これだけはいかん。酷過ぎる。
「ちがうもん!ママはおかいものにいってるんだもん!!」
「ふん、ならば気が済むまで待っていろ。それが嫌なら自分で探せ」
「ああ!サニー!」
部屋から飛び出して行ってしまった・・・。ここはBF団本部内だ、どこへ行こうというのだ、居もしない母親を探すのか?アルベルト!貴様本当の本当に見下げたやつだ!なんだその目は、何故私を睨む、睨まれるのは貴様の方だ!
「放っておけ」
「・・・」
---樊瑞は殴ってやりたい気持ちを抑え、事の次第を見守ることにした
---しかし時間を追うごとに他の十傑集がやって来るようになった
「おい樊瑞、さっきお嬢ちゃんが私の部屋にきて『ママ見なかった?』などと聞いてきたぞ」
幽鬼・・・すまん、全てはアルベルトが悪い。
「お前のところにも来たのか、私のところにも来てソファの下を覗いていたが」
ヒィッツカラルド・・・
「っち・・・ママ、ママ・・・樊瑞めざわりだ、あんなの縛っておけ」
レッド・・・
「ワシのところにも来て泣きながらデスクの下を覗いていたぞ?」
カワラザキ・・・
「ダメじゃないか樊瑞、サニーちゃんがかわいそうだ」
セルバンテス・・・
「子どもを泣かせて何をやっているのだ魔王」
残月・・・
「衝撃大人が息女の問いに困惑しきり・・・」
十常寺・・・
「・・・」
怒鬼・・・
『樊瑞!!(×8人)』
「・・・すまん・・・」
何故私があやまらねばならんのだ・・・アルベルト貴様、何ふんぞり返って悠長に葉巻なんぞ吹かしている!貴様の分も頭を下げてやっているのだ!!!!8人分だぞ8人分、この混世魔王がだ!せめて半分の4人くらいは貴様が受け持て!
「・・・皆すまんな、だがあれは放っておいてやってくれ」
「・・・」
初めてだった、アルベルトから「すまん」などという言葉を聞いたのは。まぁふんぞり返って葉巻を吹かしている状態での言葉だが。お、連中も互いに顔を見合わせてゾロゾロと帰っていきおった。なんだなんだ、あんな男のあんな態度での謝罪で納得するのか貴様らは。
「まったく・・・」
「樊瑞、貴様もだ・・・すまんな」
「・・・」
私も何も・・・言えなくなってしまった。この男の、母親がいない子供を持つ父親としての罪悪感がそうさせているのだろうか。いや罪悪感などこんな傲慢な男にあるものなのか?わからん・・・。相変わらずの態度で葉巻を吹かしてはいるが、奴はどういう気持ちでいまここにこうしているのか。
そもそも自分は『後見人』という立場であってもサニーの『父親』ではない。もちろん父親代わりのつもりであるし父親としての気持ちで接してきた自負はある・・・しかし本当の父親であるならば、やはりアルベルトと同じ事を娘に言うのだろうか。そしてそれは正しい事で娘にとって最善なことなのだろうか。考え出すとわからなくなってしまった。
---しばらく2人の間で沈黙の時間が流れた
---樊瑞は思考の輪に捕われ、アルベルトは1本の葉巻を最後まで吸いきる
---長いようで短い、そんな時間だった
---そしてサニーが樊瑞の執務室に戻ってきた
サニー・・・随分と走ったのかよろめいて、髪はあちこち跳ねてしまって・・・泣き腫らした顔が真っ赤になって涙でグチャグチャ。どんな想いでいない母親を探していたのかと思うと私にはサニーの今の姿は見るに耐えない。ああ・・・フラフラしながらソファにもたれかかり、母親探しに精根尽き果てたのかそのまま眠ってしまった。
サニーは・・・また明日もこうして母親を探すのだろうか、その時私はどうしたらいい?
「今日は私が預かる」
「なに?あ、おいアルベルト!」
最初にサニーを預かったときは既に奴の腕に抱かれていた状態だったが、アルベルトが自分の手でサニーを、娘を抱き上げたのを見たのはそれが初めてだった。
眠るサニーに手を伸ばし小さい身体を包み込んで自分の大きな胸に寄せている。あのアルベルトがだ、想像もつかなかったはずなのにそれはやはり父親と娘、不思議とあたりまえのような・・・光景だった。
サニーはアルベルトの胸に抱かれて安らかに眠っている。いない母親を探して疲れ果て、父親の胸の中で眠っているのだ。わたしは何故か寂しい気持ちになったがそれ以上に心からの安らぎすら感じた。そしてオロオロするばかりで何もしてやれなかった自分が少し情けなくなってしまった。
「明日には貴様に返す」
そういってアルベルトはサニーを抱いて出ていった。
返す?返すも何も、サニーは・・・お主の娘だろうが・・・。
次の日、サニーが再び私の元に戻ってきた。そして心配していたサニーの「母親探し」は無かった。さらに気のせいかサニーは少し大きくなったようにも思える。幼いながらに自分の中で母親が居ないことを受け入れたのだろうか。
もしあのまま私が曖昧な態度をとっていたらこの子はずっと帰らぬ母親を待ちつづけて・・・サニーもわかってはいたはずなのだ、自分に母親がいないだろうことを。それでも期待させ待たせ続けさせたのは私だ。一番酷だったのは私だったのだ・・・方法が極端であってもやはりアルベルトのとった対処が正しかった・・・のか?
「アルベルト、お主が正しかったということか」
「正しいとか良かったかどうかなど知らんしどうでもいい、それはサニーが決めることだ。それが今でなくてもだ。最終的に本人が納得すればそれでいい。」
この男らしい考えだと思う。自分の信念を貫くのにうらやましいくらいに躊躇いが無い。そして意外だったのが傲慢な男のはずなのに自分が正しいと思っていなかったこと、良し悪しの判断を娘に任せていることだ。なんとなくだがこの男が娘に対してどう考えているのか、少しだけわかったような気がする。
そして私は自分が自分で答えを出そうとしていたのか・・・。
「ふぅー・・・・・・正直サニーを預かることに・・・自信が無くなったぞ」
「面倒な奴だな貴様は。いいか、安心しろ私なぞよりずっと貴様の性根が『父親』だ」
最後の言葉は心から喜べなかった。あんな、「父親のアルベルト」を見てしまったら私などいったい何だというのだ。
「・・・」
「何を小さくなっているんだ、胸を張っていろ混世魔王」
「・・・」
「まったく・・・・・まぁいいサニーは貴様に任せたのだからな」
お父様からお叱りと励ましのお言葉を頂いてしまった。そのやりとりの中サニーは積み木遊びをしている。サニー・・・私はいったい何なのだろうな?お前のお父さんからお父さんだと言われてしまったんだぞ?遊んでないでこの小さな混世魔王に教えてくれないか?
END
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残月はまだ十傑じゃないじゃんとか言うの無し。
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「サニー、君が読めるような本はだいたいこの辺りだ、好きな本を持っていくがいい」
「ありがとうございます、残月さま」
十傑集『白昼の残月』の執務室。
大きなガラス張りの窓は日の光を存分に部屋に注ぐ。その大きな窓と部屋入り口の扉以外四方の壁面は天井まで届く書棚、そしてそれ全ては隙間無く本で埋め尽くされている。その一角を部屋の主は指差す。
サニーは最近本を読むのに凝っている、まだ読めない文字も多かったがそれでも読める文字が増えるに従って彼女は読書に熱中した。以前は挿絵の多い子供向けのものを読んでいたが、最近では大人が読むような活字がビッシリとこびり付いたような本にも手を出し始めた。
ちなみにBF団には世界中にある古い本、新しい本が集められた図書室がある。書籍という形の場合もあればデータベースとして保管されている場合もある。サニーはその図書室を利用することも多かったが今日はこの執務室である「残月の図書室」にいる。
残月はおそらく十傑集でもっとも多くの本を保有する人間であるかもしれない、十傑一の頭脳といわれる十常寺も相当量の本を抱えてはいるが彼の場合ジャンルが偏っている。しかし残月の持つ膨大な量の本はジャンルは豊富だった。
若年ながらに十傑に名を連ね、達観した喋りや態度を隠さない事を裏付けるものなのか彼自身知識に関しては貪欲な方である、また知識というものは単純に多いだけでは意味は無い、そうも本人は考えており柔軟な知性と感性を自分に求めていた。結果、彼の所有する本は斯くもバラエティに富んでいる。
物理学、経済学、ロボット工学、天文学、心理学、歴史・民族学、人間力学、宗教学・・・。
このあたりは他の十傑でも持っているようなジャンルである。
残月の場合これらにさらに時代小説、推理小説、自伝、童話、詩集、挙句は恋愛小説まで含まれた。これはさすがにBF団の図書室には存在しない、あってもいわゆる「名著」とよばれるものしかない。他の十傑も持っている者は少ない上冊数も少ない、恋愛小説など尚更。つまりそれが今日「残月の図書室」にいる理由でありサニーの目当てだった。
「今日はもう私に任務は入っていない、急ぎはしないからゆっくり選びなさい。紅茶をいれてあげよう、ダージリンは好きだったか?」
「はい、大好きです」
残月は火の点いていない煙管を手の上で叩いた。すると床から半球状のガラスケースが現れ中にはそろいのティーセット。ガラスケースが自動で開き残月は茶葉を取り出す。それを鼻に寄せ香りを少し楽しんでから温められたポットへと入れた。
お茶を入れながら横目で見るとサニーは恋愛小説を手に取っていた。その小説はどちらかといえばサニーにはまだ早い少し背伸びした内容だ。濡れ場などは無いがなかなか官能的なキスシーンがあり、男と女が手と手を取り合い駆け落ちしてしまう悲劇的な大恋愛。読ませていいものかどうか残月は迷ったが好きにさせようと敢えて声は掛けなかった。
サニーは選んだ三冊をテーブルに置いて、残月と向い合う形でソファに座る。
見れば先ほどの駆け落ちの本と、そして他の二冊も恋愛小説。
この少女はそういう年頃になったということか、残月はそう思う。
あの真面目で少々過保護な「後見人」がこれを見たらどう思うのやら、残月は自分の顔のほとんどを覆う覆面の下でこっそり笑みを漏らした。
「残月さまはラブレターを書いた事がありますか?」
「む?」
突如の予測していなかった質問に残月は言葉を喉に詰まらせた。
目の前の少女はダージリンを手にいたって真剣な面持ちでこちらを見ている。
「ラブレターってどうやって書いたらいいのでしょう・・・」
「ラ・・・ラブ・・・レターか・・・サニーは誰かにラブレターを出すつもりか?」
その質問にサニーはすこし照れた笑顔を返すだけ。残月はどうそれを捉えていいのか悩んだ。はて、このBF団にこの少女からラブレターを受け取るような者がいただろうか。あれこれ顔が浮かんでは消えていく、そして誰も残らない。
「あの・・・書いてみたいのです、よければ手伝っていただけますか?」
---ラブレターを?私が??
「セルバンテスかヒィッツカラルドの方が器用そうな気がするが、何故私なのかね」
口が達者なセルバンテス、そして伊達を気取ったヒィッツカラルド。
どう考えても自分より女を夢中にさせて落すような文面を考えつきそうだと残月は思う。
まぁこの場合は対象が男ではあるが。
「残月さまにお願いしたいのです」
サニーは恥かしそうに三冊の恋愛小説に目を落す。
彼女としてはこういった本を持っている残月に頼ってみたくなったらしい。
「・・・」
この少女が自分の何に期待を寄せているのかはわからない、だが何故か残月はこの少女が望むようなラブレターを書いてみようと思った。
---自分も随分と粋狂な男かもしれんな。
残月はやはり覆面の下で笑みを漏らすと何も言わずソファから立ち上がりデスクの引き出しをあける。中には大量の便箋と封筒がありそのどれもが事務用であり仕事につかう色気のないもの。しかし一番奥にやや明るいクリーム色の便箋と封筒があった。それを取り出す。万年筆は彼が所有する数多くの中から一番繊細で優美なものを選んだ。
再びソファに座り、サニーを手招いて横に座らせた。
「それでは一緒に考えるとするとしよう」
「はい」
サニーは笑顔でうなづいた。
まずサニーの思い描くラブレターのイメージを訊いてみる。
入れたい言葉のイメージも訊いてそれを残月が大人の言葉に直してみる。
そしてサニーの希望でしゃれた詩も引用してみる。
ダージリンの香りに包まれて少女のラブレターはゆっくりと紡がれていった。
少女が語るイメージと希望に基づき、何度かの推敲をかさね出来上がったそれは愛を囁き、また愛を叫ぶ、コクトーの詩が含まれ情熱的で臆病、陶酔の中に切ない想いが見え隠れする熱烈なラブレター。
しかし愛を訴えるべき相手の名前は一切文中に無い。
そしてこの少女自身の名前もどこにも無い。
「・・・・・・・・ふむ」
まるで一編の詩のような文面。
内容も子どものものとは思えない随分と大人びたもの。むしろ絵にかいたような代物と言って良い。しかし隣に座っている少女を見れば目をキラキラ輝かせてうっとりとした表情でクリーム色のそれを眺め、紡がれた文章を読んでいる。
差し出す男を想うそれではなく、自分に夢見るような眼差し。
残月はこのラブレターが誰に渡されるものではない事を悟った。
「ありがとうございます、残月さま」
「なに、なかなか楽しませてもらった。サニー、これは鍵のついた箱か引き出しにしまうのが良いだろう、私からの提案だ」
丁寧に折りたたんでクリーム色の便箋に入れ、サニーに手渡す。
「はい、もちろんです!・・・あの・・・おじ様には内緒にしてくださいね」
照れたように微笑むサニーに残月も楽しくなる。
「心得た」
サニーは「ありがとうございました」と残月に深々と頭をさげ、三冊の恋愛小説と一通のラブレターを宝物のように大切に抱きしめて「残月の図書室」をあとにした。
それから一週間後、『残月の図書室』にドカドカと大きな足音を立てて『後見人』がやって来た。もちろんそれは残月が予測していたことである。もっとも、もっと早く彼がが訪れるかと思ってはいたが。
「残月!!お主サニーに何をたらしこんだ!」
なかなかの剣幕である。
「たらしこんだとは随分な言われようだが」
覆面に相変わらず動揺は見られない、常と変わらぬしれとした態度で煙管を咥える。
「こ・・・こんな本など貸しおって・・・サニーにはまだ早い!」
突き返されたのは二冊の恋愛小説。
『後見人』はまったくとブツブツつぶやいてさっさと出ていってしまった。
残月はつき返された二冊を見る。
どうやらあの一冊は見つからないで済んだらしい、そう、一番背伸びしたあの駆け落ちする話だ。そして夢見るラブレターは見つかる事無く少女にちゃんと鍵をかけられてしまわれている、そういうことだった。
---恋に恋する乙女の気持ちとやらは魔王にはわかるはずもない、といったところか。
---無粋な男たちに囲まれて、それでも少女はひとりの女になっていく。
残月は感慨深げに紫煙をくゆらせた。
END
「ありがとうございます、残月さま」
十傑集『白昼の残月』の執務室。
大きなガラス張りの窓は日の光を存分に部屋に注ぐ。その大きな窓と部屋入り口の扉以外四方の壁面は天井まで届く書棚、そしてそれ全ては隙間無く本で埋め尽くされている。その一角を部屋の主は指差す。
サニーは最近本を読むのに凝っている、まだ読めない文字も多かったがそれでも読める文字が増えるに従って彼女は読書に熱中した。以前は挿絵の多い子供向けのものを読んでいたが、最近では大人が読むような活字がビッシリとこびり付いたような本にも手を出し始めた。
ちなみにBF団には世界中にある古い本、新しい本が集められた図書室がある。書籍という形の場合もあればデータベースとして保管されている場合もある。サニーはその図書室を利用することも多かったが今日はこの執務室である「残月の図書室」にいる。
残月はおそらく十傑集でもっとも多くの本を保有する人間であるかもしれない、十傑一の頭脳といわれる十常寺も相当量の本を抱えてはいるが彼の場合ジャンルが偏っている。しかし残月の持つ膨大な量の本はジャンルは豊富だった。
若年ながらに十傑に名を連ね、達観した喋りや態度を隠さない事を裏付けるものなのか彼自身知識に関しては貪欲な方である、また知識というものは単純に多いだけでは意味は無い、そうも本人は考えており柔軟な知性と感性を自分に求めていた。結果、彼の所有する本は斯くもバラエティに富んでいる。
物理学、経済学、ロボット工学、天文学、心理学、歴史・民族学、人間力学、宗教学・・・。
このあたりは他の十傑でも持っているようなジャンルである。
残月の場合これらにさらに時代小説、推理小説、自伝、童話、詩集、挙句は恋愛小説まで含まれた。これはさすがにBF団の図書室には存在しない、あってもいわゆる「名著」とよばれるものしかない。他の十傑も持っている者は少ない上冊数も少ない、恋愛小説など尚更。つまりそれが今日「残月の図書室」にいる理由でありサニーの目当てだった。
「今日はもう私に任務は入っていない、急ぎはしないからゆっくり選びなさい。紅茶をいれてあげよう、ダージリンは好きだったか?」
「はい、大好きです」
残月は火の点いていない煙管を手の上で叩いた。すると床から半球状のガラスケースが現れ中にはそろいのティーセット。ガラスケースが自動で開き残月は茶葉を取り出す。それを鼻に寄せ香りを少し楽しんでから温められたポットへと入れた。
お茶を入れながら横目で見るとサニーは恋愛小説を手に取っていた。その小説はどちらかといえばサニーにはまだ早い少し背伸びした内容だ。濡れ場などは無いがなかなか官能的なキスシーンがあり、男と女が手と手を取り合い駆け落ちしてしまう悲劇的な大恋愛。読ませていいものかどうか残月は迷ったが好きにさせようと敢えて声は掛けなかった。
サニーは選んだ三冊をテーブルに置いて、残月と向い合う形でソファに座る。
見れば先ほどの駆け落ちの本と、そして他の二冊も恋愛小説。
この少女はそういう年頃になったということか、残月はそう思う。
あの真面目で少々過保護な「後見人」がこれを見たらどう思うのやら、残月は自分の顔のほとんどを覆う覆面の下でこっそり笑みを漏らした。
「残月さまはラブレターを書いた事がありますか?」
「む?」
突如の予測していなかった質問に残月は言葉を喉に詰まらせた。
目の前の少女はダージリンを手にいたって真剣な面持ちでこちらを見ている。
「ラブレターってどうやって書いたらいいのでしょう・・・」
「ラ・・・ラブ・・・レターか・・・サニーは誰かにラブレターを出すつもりか?」
その質問にサニーはすこし照れた笑顔を返すだけ。残月はどうそれを捉えていいのか悩んだ。はて、このBF団にこの少女からラブレターを受け取るような者がいただろうか。あれこれ顔が浮かんでは消えていく、そして誰も残らない。
「あの・・・書いてみたいのです、よければ手伝っていただけますか?」
---ラブレターを?私が??
「セルバンテスかヒィッツカラルドの方が器用そうな気がするが、何故私なのかね」
口が達者なセルバンテス、そして伊達を気取ったヒィッツカラルド。
どう考えても自分より女を夢中にさせて落すような文面を考えつきそうだと残月は思う。
まぁこの場合は対象が男ではあるが。
「残月さまにお願いしたいのです」
サニーは恥かしそうに三冊の恋愛小説に目を落す。
彼女としてはこういった本を持っている残月に頼ってみたくなったらしい。
「・・・」
この少女が自分の何に期待を寄せているのかはわからない、だが何故か残月はこの少女が望むようなラブレターを書いてみようと思った。
---自分も随分と粋狂な男かもしれんな。
残月はやはり覆面の下で笑みを漏らすと何も言わずソファから立ち上がりデスクの引き出しをあける。中には大量の便箋と封筒がありそのどれもが事務用であり仕事につかう色気のないもの。しかし一番奥にやや明るいクリーム色の便箋と封筒があった。それを取り出す。万年筆は彼が所有する数多くの中から一番繊細で優美なものを選んだ。
再びソファに座り、サニーを手招いて横に座らせた。
「それでは一緒に考えるとするとしよう」
「はい」
サニーは笑顔でうなづいた。
まずサニーの思い描くラブレターのイメージを訊いてみる。
入れたい言葉のイメージも訊いてそれを残月が大人の言葉に直してみる。
そしてサニーの希望でしゃれた詩も引用してみる。
ダージリンの香りに包まれて少女のラブレターはゆっくりと紡がれていった。
少女が語るイメージと希望に基づき、何度かの推敲をかさね出来上がったそれは愛を囁き、また愛を叫ぶ、コクトーの詩が含まれ情熱的で臆病、陶酔の中に切ない想いが見え隠れする熱烈なラブレター。
しかし愛を訴えるべき相手の名前は一切文中に無い。
そしてこの少女自身の名前もどこにも無い。
「・・・・・・・・ふむ」
まるで一編の詩のような文面。
内容も子どものものとは思えない随分と大人びたもの。むしろ絵にかいたような代物と言って良い。しかし隣に座っている少女を見れば目をキラキラ輝かせてうっとりとした表情でクリーム色のそれを眺め、紡がれた文章を読んでいる。
差し出す男を想うそれではなく、自分に夢見るような眼差し。
残月はこのラブレターが誰に渡されるものではない事を悟った。
「ありがとうございます、残月さま」
「なに、なかなか楽しませてもらった。サニー、これは鍵のついた箱か引き出しにしまうのが良いだろう、私からの提案だ」
丁寧に折りたたんでクリーム色の便箋に入れ、サニーに手渡す。
「はい、もちろんです!・・・あの・・・おじ様には内緒にしてくださいね」
照れたように微笑むサニーに残月も楽しくなる。
「心得た」
サニーは「ありがとうございました」と残月に深々と頭をさげ、三冊の恋愛小説と一通のラブレターを宝物のように大切に抱きしめて「残月の図書室」をあとにした。
それから一週間後、『残月の図書室』にドカドカと大きな足音を立てて『後見人』がやって来た。もちろんそれは残月が予測していたことである。もっとも、もっと早く彼がが訪れるかと思ってはいたが。
「残月!!お主サニーに何をたらしこんだ!」
なかなかの剣幕である。
「たらしこんだとは随分な言われようだが」
覆面に相変わらず動揺は見られない、常と変わらぬしれとした態度で煙管を咥える。
「こ・・・こんな本など貸しおって・・・サニーにはまだ早い!」
突き返されたのは二冊の恋愛小説。
『後見人』はまったくとブツブツつぶやいてさっさと出ていってしまった。
残月はつき返された二冊を見る。
どうやらあの一冊は見つからないで済んだらしい、そう、一番背伸びしたあの駆け落ちする話だ。そして夢見るラブレターは見つかる事無く少女にちゃんと鍵をかけられてしまわれている、そういうことだった。
---恋に恋する乙女の気持ちとやらは魔王にはわかるはずもない、といったところか。
---無粋な男たちに囲まれて、それでも少女はひとりの女になっていく。
残月は感慨深げに紫煙をくゆらせた。
END
世界征服に勤しむ悪の秘密結社BF団には盆も正月もクリスマスも祝日休日その他諸々の世間一般の行事事は一切関係無い。
例えばクリスマス、町々で赤や緑の色が溢れクリスマスソングが所じゅうに流れようと、子どもがウィンドウ前で親にオモチャをねだろうとそれはまったく関係の無い世界、そんな中でも火柱を上げて黒煙を身に纏い、血を染めて笑いあげる。
それが彼らの当たり前。
そもそも世間でいう当たり前を全て捨て去った連中がBF団なのだから。
しかし、そんなBF団であったがある1人の少女の出現によって大きく変わる事となった。
いつの間にか彼女を中心として「世間でいう当たり前」が行われるようになったのである。
最初はその少女、サニーの誕生日から始まった。
サニーが3歳の誕生日、誰かが彼女に誕生日プレゼントをあげた。
それが誰なのかはわからない、朝起きて見ると枕もとに青いリボンを首に巻いた熊のぬいぐるみと赤いリボンを首に巻いたうさぎのぬいぐるみが置いてあったのだ。後見人の樊瑞は謎の二つのぬいぐるみを前に首を捻ったがぬいぐるみに添えられていたカードに「Happy birthday」とあったのでその日がサニーの誕生日であることをそれで知った。
サニーはその熊と兎を両手いっぱいに抱きかかえ、BF団本部内を歩き回った。みんなに貰ったプレゼントを見て欲しかったのだ。すこし紅潮した笑顔を振りまきながらサニーはぬいぐるみを愛しそうに抱いてそれらを十傑集たちに披露した。
そして次の年のサニーの誕生日にはいろんな種類のプレゼントが枕もとに置かれた、やはりこっそりと。それからだった、BF団内にクリスマスにはクリスマスの空気が流れ、そして今日のようにハロウィンにはハロウィンの空気が流れるようになったのは。
大きな籠を手に、四歳のサニーはBF団本部の大回廊を歩いていた。
いつもと違うのは頭に兎の耳をつけている、そしてお尻にはやはり丸いうさぎの尻尾。大きな赤い瞳を輝かせてBF団の小うさぎはカワラザキの執務室のドアをノックした。中から「入りなさい」とカワラザキの落ち着いた声が聞こえてサニーは勢い良くドアを開けた。
「トリック・オア・トリート!」
元気良くそう宣言すると白衣姿のカワラザキが笑って部屋の中へと手招いた。いつも丁寧に後ろに撫で付けられた白髪は今日に限って乱れている、本人曰く「ジキル博士とハイド氏」のつもりらしい。そして彼の隣に座っていたのは狼男の幽鬼、耳と尻尾がそれらしくついており、本人は少々照れくさそうだった。
「さあサニーお菓子だ」
「ありがとうございますおじいさま」
受け取ったのはガラスの瓶に入った動物の形をしたビスケット。
「む?もう他の連中からもらったのか?」
籠から覗く桃色の包み紙を幽鬼が見つける。
「はい、十常寺さまからげっぺいというおかしををいただきました」
可愛らしくちょこちょこと狼男の幽鬼のもとに近づいて籠の中身を披露する。幽鬼は自分の膝の上に小うさぎを乗せてやり月餅を手にとって見た。十常寺が好きなお菓子だ。ちなみに彼はいわゆる「キョンシー」の姿でサニーを出迎えた。
「じゃあ私からはこれをやろう、だから悪戯は勘弁してくれよ?ふふ」
猫背の狼男から小うさぎに手渡されたのはマーブルチョコ。
「じゃあサニーや、また後でな」
「はい、ありがとうございました」
サニーが次に向ったのはヒィッツカラルドの執務室、しかし途中怒鬼と出会う。怒鬼は白装束に△の布を頭につけた説明不要の姿。
「あ、怒鬼様」
「・・・・・・・」
相変わらずの寡黙ぶりだが口に笑みを湛えて小うさぎの頭を撫でる。
「トリック・オア・トリート!」
呪文のようなその言葉を投げかければ怒鬼は懐から和紙に包まれた金平糖を取り出し籠に入れてやる、子どもが喜ぶような色とりどりの日本の飴玉だ。
「サニー殿、我等からもお菓子でござる」
そう集団で言うのはやはり血風連の一団、いつからいたのか幽霊怒鬼の後ろにいた。
血風連からもらった山盛りいっぱいのラムネ菓子で籠はいっぺんにあふれかえった。
「怒鬼さま、けっぷうれんのみな様、ありがとうございました」
耳を下げて笑顔でお礼を言い小うさぎはその場を後にした。
「トリック・オア・トリート!」
次にサニーを出迎えたのは死神。真っ黒なマントを頭から被った白い目に白い顔をした死神だ。ご丁寧にどこで作ったのか模造ではあるが大きな鎌が彼の執務室に立てかけられている。
「おや、これは可愛らしいうさぎちゃんだ。よく狼男に食べられなかったものだな」
笑いながらデスクの引き出しからラミネート包装の中に入った小分けされたベビードーナッツを手渡してやる。
「ありがとうございますヒィッツカラルド様」
「しかし随分と籠がいっぱいだな、少しここで食べていくかねお嬢ちゃん、いや今日は小うさぎちゃんか」
サニーをソファに座らせて紅茶をいれようとした時だった。
「トリック・オア・トリートだ!!菓子をよこせ!」
ヒィッツカラルドの執務室のドアを蹴破るように入り込んだのは赤いマスクをつけた悪魔。何故悪魔なのか、それは頭に↑の形をした角らしきものが二本生えており、お尻からも尻尾なのか→が生えていた。そして手にもやはり大きな↑。襟が大きく立った真っ黒なスーツで今日ばかりは赤いマフラーはどこかに置いてきたらしい。
「なんだレッド、それは虫歯菌のつもりか?」
「むし・・・!これのどこが虫歯菌だ!ええいそんなことはどうでもいい菓子をよこせっ」
サニーがBF団に来てから始まったこの行事に「くだらん」「馬鹿じゃないのか」などと愚痴を言っていたレッドだったが、実は一番彼が楽しみにしているといっていい。生まれてこの方こういった行事を楽しむことが一度も無かったからなのかもしれない。本人は気づいてはいないがレッドは生まれた時から「子どもの自分」を全て取りこぼしてきた人間だったからだ。
それに、実は甘い物好きなレッドとしては堂々とお菓子をせびる事ができるこの行事は願ったり叶ったりでもある。ちなみにレッドはハロウィンでお菓子を貰うのは子どもの役であることなど知るはずも無かった。
「はー今年は貴様も菓子をせびるようになったとはな・・・やれやれ・・・」
残っていたドーナッツをひとつ、死神が赤い悪魔に面倒臭そうに投げよこしてやる。
「ふん、ドーナッツかまぁいいだろう」
詰まらなさそうに鼻を鳴らすがさっそく包みを破いて口に放り込んだ。そして横に座るサニーを見る、籠はラムネ菓子で溢れかえらんばかりになっていた。
「おい、どうせ食いきれぬのだろうが、私が手伝ってやろう」
そう言うと有無を言わさず籠に手を突っ込むとラムネ菓子を鷲掴んだ。
「あ!」
レッドはそれらも口に放り込みボリボリと噛み砕いて食べてしまった。
少し涙目になりその様子を見つめるサニー。
「貴様な、子どもの菓子を横取りしてどうする」
「横取りではない、善意だ」
相変わらずの解釈にさすがのヒィッツカラルドも呆れ果てるが仕方が無いのでレッドの分の紅茶も入れてやりサニーのお菓子回収は一端休みとなったのだ。しかしレッドの出現のお陰で籠に入っていたお菓子が半分ほどになってしまった。サニーは今にも零れそうな涙を必死に堪えるのに精一杯。
「っち、なんだその顔は・・・鬱陶しい奴め。どうせ今からまた菓子をせびりにいくのだろうが、私も一緒にせびってやる、その籠をまたいっぱいにしてやろうというのだありがたく思え」
「レッド様ほんとう?」
「ふん、嘘など私は言わぬ」
そのやり取りに肩をすくめて笑うのは死神だった。
「トリック・オア・トリート!!」
小さなウサギと悪魔が元気良く叫べば目を丸くする残月。いつもの覆面についている四つの玉飾りは今日に限って小さなお化けカボチャ。芸の細かいことにお化けカボチャの目と口が光っている。そして黒いマントを背につけてデスクの上にはランタンが置かれていた。
「レ、レッド・・・?」
やってくるのは小うさぎだけかと思っていたのだが。
「なんだ、ほらさっさと菓子を差し出すがいい、さもなければ殺す」
悪魔に殺されては適わぬと苦笑する他なく残月はまずサニーの籠にチョコクッキーの包みを入れてやり、悪魔にもそのクッキーの残り一枚を投げよこしてやった。
「それで我慢するがいい」
「っちこれだけか、しけた奴め、もっとよこせ」
「まったく・・・性質の悪い甘党悪魔だな、わかったわかった少しそこで待っていろ」
残月はデスク下から綺麗な柄のアルミ缶を取り出した。以前セルバンテスから任務先のお土産に貰った滅多に手に入らない高級チョコレートだ。来客用にとっておいたものだったが仕方が無いと諦めて中身を取り出した。
「サニー、随分と心強いお仲間ができたな」
笑いながらサニーの籠にたくさん入れてやり、レッドにも一握りのチョコを渡してやる。レッドは満足げな笑みを浮かべて早速口に放り込みモシャモシャと食べてしまった。
「残月さま、ありがとうございました」
「また後で会おう」
「さあ、次ださっさと私について来い」
悪魔の後ろに小さいウサギがくっついている姿にやはり笑う残月だった。
「トリック・オア・トリート!!」
「ばぁ!」
「きゃあ!」
「うおっ!」
セルバンテスの執務室から出てきたのはクフィーヤを被ったミイラ男。手や顔は包帯でグルグル巻き、その上からゴーグルをつけた陽気なミイラ男だ。
「うわーっはっはっはっは驚いたかね?うふふふふ」
「セルバンテス貴様っ」
「おやレッド君、君もお菓子が欲しいのかね?はっははは、よかろうセルバンテスのおじさんがたくさんあげよう」
カラカラと笑うミイラ男に子ども扱いされたのはおもしろく無いがドッサリと手渡された様ざまなお菓子に心奪われそんな気持ちはどこかへ行ってしまった。
「ふん、なかなか気が利くではないか」
「サニーちゃんもどうぞ?でもサニーちゃんの悪戯なら私は喜んで受けるんだけどねぇ」
やはり笑いながらセルバンテスはサニーの籠にも溢れんばかりのお菓子を詰め込んでやる。セルバンテスもまたこの行事を心から楽しみにしている1人だった。
「セルバンテスのおじ様ありがとう!」
「なぁに、サニーちゃんが笑ってくれるのだから私の方こそがありがとうだ」
そう言ってミイラ男は小さなウサギを抱きかかえロイヤルミルクの髪を優しく撫でてやった。キラキラ輝く赤い瞳を覗き込めばセルバンテスはサニーの去年の誕生日にこっそりあげたうさぎのぬいぐるみを思い出す。
「ところでお父上からお菓子は貰ったかね?」
「いいえまだです、今からパパの所に行くの」
「ふん、あの男が菓子などくれるのか?」
「なあに3人で行けば陥落するさ」
ミイラ男は愉快に笑うのだった。
「トリック・オア・トリート!!!」
3人揃って叫ぶが執務室の中にいる主はモカのコーヒーを手にして新聞から目を離そうとしない。完全に無視している。ちなみにアルベルトはいつものアルベルト、自分のスタイルを清々しいまでに一切崩してはいない。
「お菓子をくれないと悪戯しちゃうぞ~!」
これはミイラ男の台詞だ。
「やい、菓子をよこせ!」
悪魔の台詞。
「パパ・・・あの・・・お菓子・・・」
ウサギの台詞。
「他をあたれ」
そしてウサギのパパの台詞だ。
サニーが三歳になった去年から始まったハロウィンだが去年はアルベルトは任務中でいなかった。それに彼としては「馬鹿馬鹿しい」ことこの上ない行事、浮かれて仮装し菓子を用意する同僚たちの気持ちがまったくわからない。
「アルベルトくーん、お か し、ちょーだい」
「セルバンテス、その包帯を無駄にしたくないらしいな」
気持ち悪い声ですがりつく盟友を衝撃波のこもった手で押さえつける。
「衝撃の、菓子だ、私に差し出すがいい。さもなければ殺す」
「虫歯菌にくれてやる菓子などない、死ね」
胸を張って菓子を要求するとことん態度のデカい悪魔だったが生憎相手が悪かった。
それでもミイラ男と悪魔がネチネチと纏わりついてくるのでアルベルトはスーツの懐から取り出したキャラメルをまるで撒き餌のように2人に投げつけた。
「わー!アルベルトからのお菓子だ~」
「おお!キャラメルではないかっ!さすが衝撃のアルベルトだ!」
異常なテンションで2人はキャラメルに飛びつく。
「さっさと出ていけ!!!鬱陶しい!」
頬にいっぱいキャラメルを詰め込んだ馬鹿な大人2人をアルベルトは執務室から蹴り出した。しかししょんぼりしていたサニーだけその肩を掴んで出ていくのを止めた。
「パパ?」
2人に見られないように紙で無造作に包まれた数個のキャラメルをスーツの懐から取り出し、素早く籠の奥へと押し込んだ。
「・・・!パパ!・・・ありがとう」
「さて、ご一同、今宵はは大いに楽しみ飲んでくれ」
そう言うのはパーティーの主催者である樊瑞。伸ばし放題の長い髪を綺麗に一つに束ね、いつものピンク色のマントではなく真っ黒なマントそして顔には片側だけの白い仮面。そう、オペラ座の怪人である。1人を除いた十傑集たちがワインやビールを手に珍しく和気藹々(わきあいあい)と歓談し、宴を楽しんでいた。
「おや?サニーどうした?」
少し曇った表情でケーキにフォークを差し込む小うさぎの姿にオペラ座の怪人はいぶかしむ。しかしすぐに父親がこの場にいないことに気づいた。あの男のこと、こういうった催しと空気が苦手なのだろう。わかってはいるが耳が垂れ下がっている寂しげなうさぎを見るのは忍びない。
「少し待っていなさい」
そう言ってマントを大きく翻すとその場から怪人は消えた。
「アルベルト、パーティーはもう始まっておるぞ?」
「勝手にやっていろ、私は知らん」
執務室で1人ペーパーワークをこなしているアルベルトは吐き捨てるように言う。当然ペーパーワークなど彼にとってはどうでもいい仕事のうちに入るのだが、パーティーに加わる気持ちにはなれないらしい。
「お主がいなくてサニーが寂しがっている」
「貴様がいれば充分だ、私みたいな男がいたらせっかくの場が澱む」
「何を言うかそんなことはないぞ?そう自分を卑下するなお主らしくない」
傲慢がスーツを着たような男ではあるがたまにこういう発言をすることがある、樊瑞は溜息をついて懐から黄色い札を取り出すと札の前で片手で素早く「印」を結んだ。
「な・・・貴様何を!」
一枚の黄色い札がアルベルトの身体の周りを光りながら回った。
するとアルベルトの背中にコウモリの羽根のような黒いマントがつき、スーツは古風な燕尾服になった。
「ふむ・・・ドラキュラといきたいところだが私の想像力ではせいぜいその程度だ」
「ふざけるなっ!さっさと術を解けっ!!」
「ふふ、そうはいかんぞ?これも『後見人』としての勤めなのだからな」
怒鳴るアルベルトの足元に輝く方陣が現れてアルベルトは床に飲み込まれていった。
「・・・!」
うさぎの耳がピンと立ち、突如現れたドラキュラに飛びつく。
無事十人全員集合となったパーティーは明け方近くまで行われた。
そして毎年の行事として今後も行われるのであった。
END
例えばクリスマス、町々で赤や緑の色が溢れクリスマスソングが所じゅうに流れようと、子どもがウィンドウ前で親にオモチャをねだろうとそれはまったく関係の無い世界、そんな中でも火柱を上げて黒煙を身に纏い、血を染めて笑いあげる。
それが彼らの当たり前。
そもそも世間でいう当たり前を全て捨て去った連中がBF団なのだから。
しかし、そんなBF団であったがある1人の少女の出現によって大きく変わる事となった。
いつの間にか彼女を中心として「世間でいう当たり前」が行われるようになったのである。
最初はその少女、サニーの誕生日から始まった。
サニーが3歳の誕生日、誰かが彼女に誕生日プレゼントをあげた。
それが誰なのかはわからない、朝起きて見ると枕もとに青いリボンを首に巻いた熊のぬいぐるみと赤いリボンを首に巻いたうさぎのぬいぐるみが置いてあったのだ。後見人の樊瑞は謎の二つのぬいぐるみを前に首を捻ったがぬいぐるみに添えられていたカードに「Happy birthday」とあったのでその日がサニーの誕生日であることをそれで知った。
サニーはその熊と兎を両手いっぱいに抱きかかえ、BF団本部内を歩き回った。みんなに貰ったプレゼントを見て欲しかったのだ。すこし紅潮した笑顔を振りまきながらサニーはぬいぐるみを愛しそうに抱いてそれらを十傑集たちに披露した。
そして次の年のサニーの誕生日にはいろんな種類のプレゼントが枕もとに置かれた、やはりこっそりと。それからだった、BF団内にクリスマスにはクリスマスの空気が流れ、そして今日のようにハロウィンにはハロウィンの空気が流れるようになったのは。
大きな籠を手に、四歳のサニーはBF団本部の大回廊を歩いていた。
いつもと違うのは頭に兎の耳をつけている、そしてお尻にはやはり丸いうさぎの尻尾。大きな赤い瞳を輝かせてBF団の小うさぎはカワラザキの執務室のドアをノックした。中から「入りなさい」とカワラザキの落ち着いた声が聞こえてサニーは勢い良くドアを開けた。
「トリック・オア・トリート!」
元気良くそう宣言すると白衣姿のカワラザキが笑って部屋の中へと手招いた。いつも丁寧に後ろに撫で付けられた白髪は今日に限って乱れている、本人曰く「ジキル博士とハイド氏」のつもりらしい。そして彼の隣に座っていたのは狼男の幽鬼、耳と尻尾がそれらしくついており、本人は少々照れくさそうだった。
「さあサニーお菓子だ」
「ありがとうございますおじいさま」
受け取ったのはガラスの瓶に入った動物の形をしたビスケット。
「む?もう他の連中からもらったのか?」
籠から覗く桃色の包み紙を幽鬼が見つける。
「はい、十常寺さまからげっぺいというおかしををいただきました」
可愛らしくちょこちょこと狼男の幽鬼のもとに近づいて籠の中身を披露する。幽鬼は自分の膝の上に小うさぎを乗せてやり月餅を手にとって見た。十常寺が好きなお菓子だ。ちなみに彼はいわゆる「キョンシー」の姿でサニーを出迎えた。
「じゃあ私からはこれをやろう、だから悪戯は勘弁してくれよ?ふふ」
猫背の狼男から小うさぎに手渡されたのはマーブルチョコ。
「じゃあサニーや、また後でな」
「はい、ありがとうございました」
サニーが次に向ったのはヒィッツカラルドの執務室、しかし途中怒鬼と出会う。怒鬼は白装束に△の布を頭につけた説明不要の姿。
「あ、怒鬼様」
「・・・・・・・」
相変わらずの寡黙ぶりだが口に笑みを湛えて小うさぎの頭を撫でる。
「トリック・オア・トリート!」
呪文のようなその言葉を投げかければ怒鬼は懐から和紙に包まれた金平糖を取り出し籠に入れてやる、子どもが喜ぶような色とりどりの日本の飴玉だ。
「サニー殿、我等からもお菓子でござる」
そう集団で言うのはやはり血風連の一団、いつからいたのか幽霊怒鬼の後ろにいた。
血風連からもらった山盛りいっぱいのラムネ菓子で籠はいっぺんにあふれかえった。
「怒鬼さま、けっぷうれんのみな様、ありがとうございました」
耳を下げて笑顔でお礼を言い小うさぎはその場を後にした。
「トリック・オア・トリート!」
次にサニーを出迎えたのは死神。真っ黒なマントを頭から被った白い目に白い顔をした死神だ。ご丁寧にどこで作ったのか模造ではあるが大きな鎌が彼の執務室に立てかけられている。
「おや、これは可愛らしいうさぎちゃんだ。よく狼男に食べられなかったものだな」
笑いながらデスクの引き出しからラミネート包装の中に入った小分けされたベビードーナッツを手渡してやる。
「ありがとうございますヒィッツカラルド様」
「しかし随分と籠がいっぱいだな、少しここで食べていくかねお嬢ちゃん、いや今日は小うさぎちゃんか」
サニーをソファに座らせて紅茶をいれようとした時だった。
「トリック・オア・トリートだ!!菓子をよこせ!」
ヒィッツカラルドの執務室のドアを蹴破るように入り込んだのは赤いマスクをつけた悪魔。何故悪魔なのか、それは頭に↑の形をした角らしきものが二本生えており、お尻からも尻尾なのか→が生えていた。そして手にもやはり大きな↑。襟が大きく立った真っ黒なスーツで今日ばかりは赤いマフラーはどこかに置いてきたらしい。
「なんだレッド、それは虫歯菌のつもりか?」
「むし・・・!これのどこが虫歯菌だ!ええいそんなことはどうでもいい菓子をよこせっ」
サニーがBF団に来てから始まったこの行事に「くだらん」「馬鹿じゃないのか」などと愚痴を言っていたレッドだったが、実は一番彼が楽しみにしているといっていい。生まれてこの方こういった行事を楽しむことが一度も無かったからなのかもしれない。本人は気づいてはいないがレッドは生まれた時から「子どもの自分」を全て取りこぼしてきた人間だったからだ。
それに、実は甘い物好きなレッドとしては堂々とお菓子をせびる事ができるこの行事は願ったり叶ったりでもある。ちなみにレッドはハロウィンでお菓子を貰うのは子どもの役であることなど知るはずも無かった。
「はー今年は貴様も菓子をせびるようになったとはな・・・やれやれ・・・」
残っていたドーナッツをひとつ、死神が赤い悪魔に面倒臭そうに投げよこしてやる。
「ふん、ドーナッツかまぁいいだろう」
詰まらなさそうに鼻を鳴らすがさっそく包みを破いて口に放り込んだ。そして横に座るサニーを見る、籠はラムネ菓子で溢れかえらんばかりになっていた。
「おい、どうせ食いきれぬのだろうが、私が手伝ってやろう」
そう言うと有無を言わさず籠に手を突っ込むとラムネ菓子を鷲掴んだ。
「あ!」
レッドはそれらも口に放り込みボリボリと噛み砕いて食べてしまった。
少し涙目になりその様子を見つめるサニー。
「貴様な、子どもの菓子を横取りしてどうする」
「横取りではない、善意だ」
相変わらずの解釈にさすがのヒィッツカラルドも呆れ果てるが仕方が無いのでレッドの分の紅茶も入れてやりサニーのお菓子回収は一端休みとなったのだ。しかしレッドの出現のお陰で籠に入っていたお菓子が半分ほどになってしまった。サニーは今にも零れそうな涙を必死に堪えるのに精一杯。
「っち、なんだその顔は・・・鬱陶しい奴め。どうせ今からまた菓子をせびりにいくのだろうが、私も一緒にせびってやる、その籠をまたいっぱいにしてやろうというのだありがたく思え」
「レッド様ほんとう?」
「ふん、嘘など私は言わぬ」
そのやり取りに肩をすくめて笑うのは死神だった。
「トリック・オア・トリート!!」
小さなウサギと悪魔が元気良く叫べば目を丸くする残月。いつもの覆面についている四つの玉飾りは今日に限って小さなお化けカボチャ。芸の細かいことにお化けカボチャの目と口が光っている。そして黒いマントを背につけてデスクの上にはランタンが置かれていた。
「レ、レッド・・・?」
やってくるのは小うさぎだけかと思っていたのだが。
「なんだ、ほらさっさと菓子を差し出すがいい、さもなければ殺す」
悪魔に殺されては適わぬと苦笑する他なく残月はまずサニーの籠にチョコクッキーの包みを入れてやり、悪魔にもそのクッキーの残り一枚を投げよこしてやった。
「それで我慢するがいい」
「っちこれだけか、しけた奴め、もっとよこせ」
「まったく・・・性質の悪い甘党悪魔だな、わかったわかった少しそこで待っていろ」
残月はデスク下から綺麗な柄のアルミ缶を取り出した。以前セルバンテスから任務先のお土産に貰った滅多に手に入らない高級チョコレートだ。来客用にとっておいたものだったが仕方が無いと諦めて中身を取り出した。
「サニー、随分と心強いお仲間ができたな」
笑いながらサニーの籠にたくさん入れてやり、レッドにも一握りのチョコを渡してやる。レッドは満足げな笑みを浮かべて早速口に放り込みモシャモシャと食べてしまった。
「残月さま、ありがとうございました」
「また後で会おう」
「さあ、次ださっさと私について来い」
悪魔の後ろに小さいウサギがくっついている姿にやはり笑う残月だった。
「トリック・オア・トリート!!」
「ばぁ!」
「きゃあ!」
「うおっ!」
セルバンテスの執務室から出てきたのはクフィーヤを被ったミイラ男。手や顔は包帯でグルグル巻き、その上からゴーグルをつけた陽気なミイラ男だ。
「うわーっはっはっはっは驚いたかね?うふふふふ」
「セルバンテス貴様っ」
「おやレッド君、君もお菓子が欲しいのかね?はっははは、よかろうセルバンテスのおじさんがたくさんあげよう」
カラカラと笑うミイラ男に子ども扱いされたのはおもしろく無いがドッサリと手渡された様ざまなお菓子に心奪われそんな気持ちはどこかへ行ってしまった。
「ふん、なかなか気が利くではないか」
「サニーちゃんもどうぞ?でもサニーちゃんの悪戯なら私は喜んで受けるんだけどねぇ」
やはり笑いながらセルバンテスはサニーの籠にも溢れんばかりのお菓子を詰め込んでやる。セルバンテスもまたこの行事を心から楽しみにしている1人だった。
「セルバンテスのおじ様ありがとう!」
「なぁに、サニーちゃんが笑ってくれるのだから私の方こそがありがとうだ」
そう言ってミイラ男は小さなウサギを抱きかかえロイヤルミルクの髪を優しく撫でてやった。キラキラ輝く赤い瞳を覗き込めばセルバンテスはサニーの去年の誕生日にこっそりあげたうさぎのぬいぐるみを思い出す。
「ところでお父上からお菓子は貰ったかね?」
「いいえまだです、今からパパの所に行くの」
「ふん、あの男が菓子などくれるのか?」
「なあに3人で行けば陥落するさ」
ミイラ男は愉快に笑うのだった。
「トリック・オア・トリート!!!」
3人揃って叫ぶが執務室の中にいる主はモカのコーヒーを手にして新聞から目を離そうとしない。完全に無視している。ちなみにアルベルトはいつものアルベルト、自分のスタイルを清々しいまでに一切崩してはいない。
「お菓子をくれないと悪戯しちゃうぞ~!」
これはミイラ男の台詞だ。
「やい、菓子をよこせ!」
悪魔の台詞。
「パパ・・・あの・・・お菓子・・・」
ウサギの台詞。
「他をあたれ」
そしてウサギのパパの台詞だ。
サニーが三歳になった去年から始まったハロウィンだが去年はアルベルトは任務中でいなかった。それに彼としては「馬鹿馬鹿しい」ことこの上ない行事、浮かれて仮装し菓子を用意する同僚たちの気持ちがまったくわからない。
「アルベルトくーん、お か し、ちょーだい」
「セルバンテス、その包帯を無駄にしたくないらしいな」
気持ち悪い声ですがりつく盟友を衝撃波のこもった手で押さえつける。
「衝撃の、菓子だ、私に差し出すがいい。さもなければ殺す」
「虫歯菌にくれてやる菓子などない、死ね」
胸を張って菓子を要求するとことん態度のデカい悪魔だったが生憎相手が悪かった。
それでもミイラ男と悪魔がネチネチと纏わりついてくるのでアルベルトはスーツの懐から取り出したキャラメルをまるで撒き餌のように2人に投げつけた。
「わー!アルベルトからのお菓子だ~」
「おお!キャラメルではないかっ!さすが衝撃のアルベルトだ!」
異常なテンションで2人はキャラメルに飛びつく。
「さっさと出ていけ!!!鬱陶しい!」
頬にいっぱいキャラメルを詰め込んだ馬鹿な大人2人をアルベルトは執務室から蹴り出した。しかししょんぼりしていたサニーだけその肩を掴んで出ていくのを止めた。
「パパ?」
2人に見られないように紙で無造作に包まれた数個のキャラメルをスーツの懐から取り出し、素早く籠の奥へと押し込んだ。
「・・・!パパ!・・・ありがとう」
「さて、ご一同、今宵はは大いに楽しみ飲んでくれ」
そう言うのはパーティーの主催者である樊瑞。伸ばし放題の長い髪を綺麗に一つに束ね、いつものピンク色のマントではなく真っ黒なマントそして顔には片側だけの白い仮面。そう、オペラ座の怪人である。1人を除いた十傑集たちがワインやビールを手に珍しく和気藹々(わきあいあい)と歓談し、宴を楽しんでいた。
「おや?サニーどうした?」
少し曇った表情でケーキにフォークを差し込む小うさぎの姿にオペラ座の怪人はいぶかしむ。しかしすぐに父親がこの場にいないことに気づいた。あの男のこと、こういうった催しと空気が苦手なのだろう。わかってはいるが耳が垂れ下がっている寂しげなうさぎを見るのは忍びない。
「少し待っていなさい」
そう言ってマントを大きく翻すとその場から怪人は消えた。
「アルベルト、パーティーはもう始まっておるぞ?」
「勝手にやっていろ、私は知らん」
執務室で1人ペーパーワークをこなしているアルベルトは吐き捨てるように言う。当然ペーパーワークなど彼にとってはどうでもいい仕事のうちに入るのだが、パーティーに加わる気持ちにはなれないらしい。
「お主がいなくてサニーが寂しがっている」
「貴様がいれば充分だ、私みたいな男がいたらせっかくの場が澱む」
「何を言うかそんなことはないぞ?そう自分を卑下するなお主らしくない」
傲慢がスーツを着たような男ではあるがたまにこういう発言をすることがある、樊瑞は溜息をついて懐から黄色い札を取り出すと札の前で片手で素早く「印」を結んだ。
「な・・・貴様何を!」
一枚の黄色い札がアルベルトの身体の周りを光りながら回った。
するとアルベルトの背中にコウモリの羽根のような黒いマントがつき、スーツは古風な燕尾服になった。
「ふむ・・・ドラキュラといきたいところだが私の想像力ではせいぜいその程度だ」
「ふざけるなっ!さっさと術を解けっ!!」
「ふふ、そうはいかんぞ?これも『後見人』としての勤めなのだからな」
怒鳴るアルベルトの足元に輝く方陣が現れてアルベルトは床に飲み込まれていった。
「・・・!」
うさぎの耳がピンと立ち、突如現れたドラキュラに飛びつく。
無事十人全員集合となったパーティーは明け方近くまで行われた。
そして毎年の行事として今後も行われるのであった。
END
○残月×サニー的
樊瑞のマントの中でサニーが隠れてる時、サニーが樊瑞の濃いオヤジ臭で倒れやしないかと心配です。マントの中の籠った濃厚なオヤジ臭に倒れてしまうサニー。
樊「証拠を見せよう!」
パッとマントを開けるとそこに倒れているサニーザマジシャンが。
樊「サニー!?サニー!どうした!何があった!!」
サ「か……かれ…」
樊「何?彼がどうした!」
レ「50代のおっさんのマントの中でずっと籠らされてりゃそりゃぶったおれるよな」
そこに幽鬼がそっと香水を差し出す。?なんだこれはと聞くと、
幽「リーダー、コレを使うといい。男の50代の体臭にきくぞ」
カ「儂が使ってる特製のものだぞ」
ダブルでとどめを刺しにくるし。ちなみにアルベルトの体臭は気品溢るるシャネルの五番です!だから戴宗はいつもアルベルトにクラクラしてるんじゃないの。
十「普段から肉ばっかり食べてるからこ言う事になるね。精進料理にするといい」
樊「サニー…!すまない…」
残月はサニーにオヤジ臭を拡散する方法を教えてあげるよ。樊瑞はそれをみてキイーッとなるよ。
残月兄さま、サニー可愛がってるしさあ。サニーが大きくなったらいずれ兄さまの守備範囲に入るしな! サニーがおっきくなったら兄さまに淡い恋心を抱く、とかも好きなんだー。おじさまには絶対に秘密だけれど兄さまは、なにかしら…とても良いにおいがします。憧れと恋がごっちゃになってるよーな感じの、残月のキセルを触ってみたがったりするよ。残月もからかって
残「吸ってみたいのか、サニー?」
サ「は、…はいっ!」
声が裏返ってしまって恥ずかしい!残月はまさか吸いたいって言い出すとは思ってなかったのでちょっと意外な気がするんだけど、ま少し吸えば気が済むだろうと吸わせる事にするのね。
残「ここに口をあてて軽く吸うんだ。肺の中に入れないよう、口の中だけでな」
サニーはもう残月兄さまの使ってるキセルに口を…!って間接キスにドキドキしてしてしまって、すでに顔が赤いのが自分でも分かる。勿論深く吸ってしまって盛大にむせるサニー
「ゲホッ…!ケホッ」
「ああ、肺に入れたな。…ほら、大丈夫、すぐに収まるぞ」
残月は笑いながら背中をさすってくれた。お優しい残月兄さまにこんな恥ずかしい所をみせてしまった。
サ「ケホ…、ごめんなさい、上手く出来ませんでした」
残月はサニーに微笑むと小さな声で、いいんだ、なれなくてもいいんだキセルなぞと仰った。 キセル口の鉄の味がまだ舌の上に残っている。鉄の味。これが、残月兄さまがいつも感じている味なんだわ。もっと大きくなったらもっと上手く吸えるのかしら。残月兄さまのように素敵な仕草で。
残「これでもう懲りただろうサニー」
サニーは現実に引き戻される。すると、年頃特有の悪戯めいた顔で笑うと「いいえ!」と軽やかに笑った。
残月はいつもこのサニーの笑顔に、少女の陽気さと無謀さを垣間みて、どう言葉をかけて良いかを悩む。このままでいて欲しいのと、そうでなく大きくなったサニーをみたいという気持ちが相反する。少女の心は移ろうから、きっと数年経てば自分から興味をなくすだろう。でももしこのままだったら自分はどうするのだろう、などとありもしない事を考えて、少し気分をもてあます。
サ「兄さま」
残「なんだサニー。また咽せたくなったのか」
サ「もう!違います!」
パッと残月からはなれて、立ち去りながら遠くから手を振る。
サ「次は…いえ、次も教えて下さい!また…ここに来ます!」
返事を待たないまま消えるサニー。残月は、ありえもない未来を少し望んだ。
○残月を始めは残月様って呼んでてさ。声が渋いから、ずっとおじさまだと思ってたんだけど、実は19歳という事を知る。
残「サ、サニー……。私がまだ10代なんだよ、こう見えても」
中年とよく間違われるから、実はこっそり傷ついてるんだよ…
サ「ええっ!?ごめんなさい!私、知らないとはいえ残月様をおじさまと同年だとばかり…!」
残「いや…知らなかったのなら確かに仕方ないが…。これからはこう、もっと年の近いよしみで固く呼ばないでもいいんだが」
サ「そうですか…残月おじさまではないとすると、残月兄さま…?とお呼びしてもいいのでしょうか」
残月「おじさま以外なら何でもいいよ私は」
サニーが、残月怒らせたと思ってビクッとする。
残「あ、ああ、違う、怒った訳じゃないぞサニー。そ…そう!さっきの兄さま、という呼び方が私は気に入ったぞ、そう呼んでくれるか」
そんなワケでサニーは兄さまと呼ぶようになりました。魔王はサニーに聞くと思う。何があったんだサニーって。サニーは、まさかおじさまと同年代と間違えましたななんていったらいけないと思って、
「残月兄さまと私の秘密だから、言えないんですおじさま」
って言われて樊瑞に十円禿出現。カワラザキに悩み相談の樊瑞。
「私は後見人として失格だろうか…」
とりあえずカワラザキは加齢臭対策の香水を差し入れしてやる。カワラザキ十傑集の相談役だから… こんな事やってるから十傑集退任できないんだよ。
ヒ「友達が出来ません」
カ「その口を慎みなさい、さすれば道が開けるでしょう」
レ「影丸が自分を無視して出てきてくれません」
カ「もっと挑発しなさい」
幽鬼「右肩が重いです」
カワ「塩をまきなさい。右肩の上あたりです。間違って自分に掛けると自分が消えてしまうので気をつけて」
ア「戴宗が素直にならん」
カ「なかぬならなかせてみせろホトトギス」
ア「よし、分かった!」って張り切って出掛けていくよ
セ「獲物を追いつめているアルベルトはキラキラしてるねえ」
数時間後もしくは数日後本部に帰ってきてとてもさっぱりした顔をしているアルベルトに質問するセルバンテス。
セ「なかせてきたのかい?」
ア「声を枯らすまでな。相も変わらず良い声で鳴いたぞ」
おお怖や怖や!衝撃のアルベルト!
樊瑞のマントの中でサニーが隠れてる時、サニーが樊瑞の濃いオヤジ臭で倒れやしないかと心配です。マントの中の籠った濃厚なオヤジ臭に倒れてしまうサニー。
樊「証拠を見せよう!」
パッとマントを開けるとそこに倒れているサニーザマジシャンが。
樊「サニー!?サニー!どうした!何があった!!」
サ「か……かれ…」
樊「何?彼がどうした!」
レ「50代のおっさんのマントの中でずっと籠らされてりゃそりゃぶったおれるよな」
そこに幽鬼がそっと香水を差し出す。?なんだこれはと聞くと、
幽「リーダー、コレを使うといい。男の50代の体臭にきくぞ」
カ「儂が使ってる特製のものだぞ」
ダブルでとどめを刺しにくるし。ちなみにアルベルトの体臭は気品溢るるシャネルの五番です!だから戴宗はいつもアルベルトにクラクラしてるんじゃないの。
十「普段から肉ばっかり食べてるからこ言う事になるね。精進料理にするといい」
樊「サニー…!すまない…」
残月はサニーにオヤジ臭を拡散する方法を教えてあげるよ。樊瑞はそれをみてキイーッとなるよ。
残月兄さま、サニー可愛がってるしさあ。サニーが大きくなったらいずれ兄さまの守備範囲に入るしな! サニーがおっきくなったら兄さまに淡い恋心を抱く、とかも好きなんだー。おじさまには絶対に秘密だけれど兄さまは、なにかしら…とても良いにおいがします。憧れと恋がごっちゃになってるよーな感じの、残月のキセルを触ってみたがったりするよ。残月もからかって
残「吸ってみたいのか、サニー?」
サ「は、…はいっ!」
声が裏返ってしまって恥ずかしい!残月はまさか吸いたいって言い出すとは思ってなかったのでちょっと意外な気がするんだけど、ま少し吸えば気が済むだろうと吸わせる事にするのね。
残「ここに口をあてて軽く吸うんだ。肺の中に入れないよう、口の中だけでな」
サニーはもう残月兄さまの使ってるキセルに口を…!って間接キスにドキドキしてしてしまって、すでに顔が赤いのが自分でも分かる。勿論深く吸ってしまって盛大にむせるサニー
「ゲホッ…!ケホッ」
「ああ、肺に入れたな。…ほら、大丈夫、すぐに収まるぞ」
残月は笑いながら背中をさすってくれた。お優しい残月兄さまにこんな恥ずかしい所をみせてしまった。
サ「ケホ…、ごめんなさい、上手く出来ませんでした」
残月はサニーに微笑むと小さな声で、いいんだ、なれなくてもいいんだキセルなぞと仰った。 キセル口の鉄の味がまだ舌の上に残っている。鉄の味。これが、残月兄さまがいつも感じている味なんだわ。もっと大きくなったらもっと上手く吸えるのかしら。残月兄さまのように素敵な仕草で。
残「これでもう懲りただろうサニー」
サニーは現実に引き戻される。すると、年頃特有の悪戯めいた顔で笑うと「いいえ!」と軽やかに笑った。
残月はいつもこのサニーの笑顔に、少女の陽気さと無謀さを垣間みて、どう言葉をかけて良いかを悩む。このままでいて欲しいのと、そうでなく大きくなったサニーをみたいという気持ちが相反する。少女の心は移ろうから、きっと数年経てば自分から興味をなくすだろう。でももしこのままだったら自分はどうするのだろう、などとありもしない事を考えて、少し気分をもてあます。
サ「兄さま」
残「なんだサニー。また咽せたくなったのか」
サ「もう!違います!」
パッと残月からはなれて、立ち去りながら遠くから手を振る。
サ「次は…いえ、次も教えて下さい!また…ここに来ます!」
返事を待たないまま消えるサニー。残月は、ありえもない未来を少し望んだ。
○残月を始めは残月様って呼んでてさ。声が渋いから、ずっとおじさまだと思ってたんだけど、実は19歳という事を知る。
残「サ、サニー……。私がまだ10代なんだよ、こう見えても」
中年とよく間違われるから、実はこっそり傷ついてるんだよ…
サ「ええっ!?ごめんなさい!私、知らないとはいえ残月様をおじさまと同年だとばかり…!」
残「いや…知らなかったのなら確かに仕方ないが…。これからはこう、もっと年の近いよしみで固く呼ばないでもいいんだが」
サ「そうですか…残月おじさまではないとすると、残月兄さま…?とお呼びしてもいいのでしょうか」
残月「おじさま以外なら何でもいいよ私は」
サニーが、残月怒らせたと思ってビクッとする。
残「あ、ああ、違う、怒った訳じゃないぞサニー。そ…そう!さっきの兄さま、という呼び方が私は気に入ったぞ、そう呼んでくれるか」
そんなワケでサニーは兄さまと呼ぶようになりました。魔王はサニーに聞くと思う。何があったんだサニーって。サニーは、まさかおじさまと同年代と間違えましたななんていったらいけないと思って、
「残月兄さまと私の秘密だから、言えないんですおじさま」
って言われて樊瑞に十円禿出現。カワラザキに悩み相談の樊瑞。
「私は後見人として失格だろうか…」
とりあえずカワラザキは加齢臭対策の香水を差し入れしてやる。カワラザキ十傑集の相談役だから… こんな事やってるから十傑集退任できないんだよ。
ヒ「友達が出来ません」
カ「その口を慎みなさい、さすれば道が開けるでしょう」
レ「影丸が自分を無視して出てきてくれません」
カ「もっと挑発しなさい」
幽鬼「右肩が重いです」
カワ「塩をまきなさい。右肩の上あたりです。間違って自分に掛けると自分が消えてしまうので気をつけて」
ア「戴宗が素直にならん」
カ「なかぬならなかせてみせろホトトギス」
ア「よし、分かった!」って張り切って出掛けていくよ
セ「獲物を追いつめているアルベルトはキラキラしてるねえ」
数時間後もしくは数日後本部に帰ってきてとてもさっぱりした顔をしているアルベルトに質問するセルバンテス。
セ「なかせてきたのかい?」
ア「声を枯らすまでな。相も変わらず良い声で鳴いたぞ」
おお怖や怖や!衝撃のアルベルト!
ヒィッツカラルドの執務室に珍しく残月がいた。
この2人、任務で同行することはあっても普段は特に親しくしている間柄ではなかったが今はテーブル上のチェス盤を挟んでチェスに興じている。
二手に分かれて取り仕切った共同作戦も朝方には成功、2人とも担当支部へ支持を出し結果報告などの残務処理を終えた後は執り行う作戦も特になくペーパーワークも済ませていたため暇を持て余していた。そしてたまたま共通の趣味がチェスだったのでこうして時間をのんびりと潰している、ということだった。
ヒィッツカラルドが淹れた香り高いエスプレッソ・ソロに砂糖を軽めに一杯、そして残月は盤上で自分が優勢なのに満足する。一方眉間に皺を寄せて劣勢をどう打開しようかと頭をひねるヒィッツカラルド。このままでは負けてしまう、それはチェスに関しては腕に覚えありと自負する自分が許さない。なによりもこの覆面男に勝ちを譲るのは面白くない。
長考しはじめたヒィッツカラルドだったがその時執務室のドアをノックする音がした。
「開いている、入りたまえ」
「失礼しますヒィッツカラルド様」
「?おや、お嬢ちゃんか」
入ってきたのはサニー、温室の一件(「禁断の果実はかくも甘く」参照)以来ヒィッツカラルドに対する苦手意識が無くなったのか、珍しく自分から彼を訪ねてきたのだった。
「あ、また出直します」
そう言って引っ込もうとしたのは両者に挟まれているチェス盤を見たため。
「いやいやいや、そんなことはない待ちたまえ、お嬢ちゃんが来たなら勝負はお預けだ。そうだろう?白昼の」
「あ!ヒィッツカラルド貴様っ」
ヒィッツカラルドは劣勢だっチェスの駒を手でかき混ぜるように崩してしまった。
「・・・まったく・・・見事な逃げっぷりだな、いいか再戦は近いうちにするからな」
残月は溜息をついてエスプレッソを一気に飲み干した。
チェスの名手から勝ちを奪う絶好の機会であったがもうどうしようもない。
「済みません・・・」
「いや、いいのだよ、お嬢ちゃんは私に負けを与えない女神だ」
相変わらずの調子とは言え、よくもまぁそんなことがスラリと吐けるものだと残月は呆れながらも感心する。
「さて、私に何か用かな?」
「あの・・・」
口ごもるサニーは何か戸惑っているようだった。
その様子に残月とヒィッツカラルドは顔を見合わせた。
「サニー、私がいて言いにくいのであれば席を外すが」
「いえ、残月様そうではないのです」
少し赤くなってようやく口を開いた。
「ヒィッツカラルド様のお持ちでいらっしゃる香水を・・・私にも少しつけさせていただきたいのです、だめですか?」
両者は再び顔を見合わせる。香水、確かにヒィッツカラルドは常に香水をつけている。さらに言えばヒィッツカラルド以外常日頃香水をつける者はほとんど居ない。せいぜい紳士の身だしなみ程度の香り付けにセルバンテスやアルベルト、そして今いる残月がつけるくらい。それでも「お洒落の香水」といえるべきものはヒィッツカラルドぐらいなものだった。
ヒィッツカラルドは「ふむ」と頷くと執務室の壁にある古代樫で作られた見事な彫り飾りの戸棚を開けた。中には約40種類くらいだろうか、様ざまな形と色の瓶が並んでおり、そのいずれもが彼がTPOによって使い分けている香水。男性用のモノもあれば女性用のモノもあって彼にとっては気に入れば関係ないらしい。執務室に広がるのはそんな香りが混じりあったさらに濃厚な香り。
「わぁ・・・」
宝石にも見える綺麗な香水瓶、女性を魅了するその色と輝き。
思わずサニーがため息とともに声を漏らす。
「もちろんつけるのは全く構わないが、お嬢ちゃんどうしてまた」
「実は樊瑞のおじ様が今夜オペラ鑑賞に私を連れて行ってくださるとおっしゃられたので・・・その・・・」
「ふむ、樊瑞がオペラとは・・・これまた随分と不思議な取り合わせだ」
残月が覆面の下で目を丸くして言うとヒィッツカラルドも同じ表情。
2人にしてみればあの堅物仙人がオペラとは、といった具合だった。
「いえ、テレビでしか見たことが無かったので・・・私がわがままを言って一度劇場で本物のオペラを見てみたいとお願いしたのです」
「なるほど、オペラ鑑賞ともなれば正装であり女性ともなればとびきりお洒落しないとな。それでお嬢ちゃん、香水を、というわけなんだろう?」
「はい・・・」
気恥ずかしそうに俯く少女を前に納得する2人、そして少しでもお洒落したいと考えるのはやはり子どもであっても女であるには変わりない、ということかとも思う。
が、残月はふと疑問に思う。
「サニー、着ていくドレスは誰が用意するのかね」
「ドレス・・・ですか?それがおじ様がこれを着ていけばいいと」
サニーが今着ているいつもの服だった。確かに可愛い服ではあるが、それは当然オペラといったハイクラスの社交場へ足を踏み入れるにはあまりにも場違い。「そういった感覚」に極めて乏しい樊瑞ならばそれで十分だと思うだろうが。
しかし見るにやや浮かないサニーの表情。彼女自身「この服じゃ違うかも」と気づいているのかもしれない。そろそろ「年頃」といえるはずなのに普段でもお洒落を楽しむことが少ないサニー、先日の一件(「love letter」参照)のこともあり残月としてはむくつけき男ばかりに囲まれるという特殊な環境に身を置く少女を少し不憫に思う。
「ううむ・・・そのいつもの服ではせっかくのオペラも面白くはないだろ・・・」
「でもオペラに着て行くようなドレスは持っていないので」
「なんと・・・生粋の貴族である衝撃の娘がドレス一枚も持ってはいないでは、これは問題だろう。親も親なら後見人も後見人だな」
「まったくだ、着飾る喜びを与えないとは罪深い・・・よし!よかろう!お嬢ちゃんは私の女神だ、一肌脱ごうではないか」
ヒィッツカラルドがそう言うと「まずドレスだ、それと靴。他は後でいいか」とつぶやきながら執務室のデスクに座る、デスクから光彩モニターとキーボードが浮かびあがり「セルバンテスは確かリビアだったな」と残月に確認し手早くキーボードを操作する。
そしてその最先端の機器の横にある骨董品的なデザインの電話の受話器を手に取った。
「あーセルバンテスか、私だヒィッツカラルドだ、任務ご苦労だな。ところでいつこちらへ戻る予定だ?何?国際警察機構と交戦中だから後にしろ?ふん、いいのか?そんなことを言って、お嬢ちゃんが「セルバンテスのおじ様」の助けを求めているのだが?」
受話器の向こう側は激しい銃撃音と怒声や悲鳴が飛び交っている。しかしそれ以上に大きな声で「1分待て!」とセルバンテスが叫んだ。すぐに聞き取れないほどの大きな音が鳴り響き1分経過、受話器の向こうが気味が悪いほどに静かになった。落ち着いたところでセルバンテスに事の次第を説明し「オペラに行くお嬢ちゃんが輝くドレスが欲しい、それと靴だ」とだけ伝え受話器を置いた。
「これでよし、ふふふ魔法使いに言っておいたから後はのんびり待つだけだ」
「うむ、一時間もすれば山のようにドレスと靴がやってくるだろう。サニー、君が心配することは何も無い、まぁ我々に任せてくれないか」
妙な結束力を発揮しだした2人を前にサニーは眼を丸くするばかりだった。
3人がお茶して過ごして一時間後、クフィーヤの裾を少し焦がしたセルバンテスが大量の紙袋を抱えヒィッツカラルドの執務室にやってきた。紙袋はすべて高級の上にに超がつく一般人では到底手が出ないVIP御用達ブランドのものだった。
「いやあ~どれがいいか選びきれなくてね、とりあえずいっぱいだよははは」
世界屈指の大富豪オイル・ダラーの一声あればどの店も喜んで自慢のドレスとを持ってくる。そんな魔法を使う魔法使いが笑いながら紙袋から取り出したのは仕立ての良いマーメイドラインのクリムゾンレッドのイブニングドレス。他にも胸元に白い薔薇飾りをあしらった裾にボリュームのある愛らしい白ドレス、様ざまなデザインのドレスがどんどん目の前に並べられていく。子供用とはいえいずれも大人顔負けの本格的な仕立てとデザイン。靴もまた普段履くことの無いお洒落なものばかり幼い頃に絵本で見たおとぎ話のお姫様を思い浮かべててサニーは目を輝かせた。
「これなんか華美に走らず清楚な印象がなかなか良いと思うが、足元はこの赤いので合わせればバランスがとれる」
「あーそれよりこっちの黄色いリボンがポイントのが可愛いじゃないかな女の子らしくって私は好きだがねぇ、それと靴はこの白いのがいいなぁ」
「まてまて、お嬢ちゃんの色気を引き出すにはこのドレスがいい、そしてあわせるならこのヒールのある靴だ。」
ところが真っ先にドレスと靴に飛びついたのは男3人。いつになく真剣な顔でドレスを手に取りあれこれと独自のセンスを披露する、いったい何がそこまで本気にさせるのかわからないがやけに楽しそうにも見えるから不思議だ。
しばらくしてサニーそっちのけの十傑集3人によるドレス選考会はようやく終結したらしく、ヒィッツカラルドの手に残ったのは胸元に同系色の花柄の刺繍があしらわれたベビーピンクのドレス、そしてリボンのついた白い靴。
「さあ、お嬢ちゃん早速着てみたまえ」
満場一致のドレスを手渡し執務室に隣接された小部屋に案内して3人はサニーがドレスに着替えるのをまった。
しばらくして現れたのはベビーピンクのドレスを着た小さなお姫様。ポイントは胸元から首回りまでの繊細な花柄の刺繍でジルコニアを贅沢に散りばめられ上品な光沢を放つ。腰から緩やかに広がるスカートの裾にも刺繍が施され揺れ動くと表情を変える。そしてノースリーブの腕には二の腕まであるシルクの白手袋。足元の白い靴が非常にバランス良く全体を締めているように思える。
「おかしくないですか?なんだかこういうの着るのって恥ずかしいです」
「おかしいなどとはとんでもない、サニー良く似合っているぞ」
「うん、そうだとも素敵なお姫様だよ」
「ちゃんとドレスを着こなしている、たいしたもんだ」
よしっ、とばかりに頷きあう3人。普段ならありえない光景だがいわゆるひとつのサニーマジックというやつなのかもしれない。
「む、しかしサニーには少々サイズが大きいな」
残月が目ざとく腰周りの余分を見つけた。サニーに「動かないでいなさい」と言いどこから取り出したのか1本の針、選ばれなかったドレスの中から同系色の物を取ってそこから一本の糸を引っ張る。そしてドレスの余分部分を摘み上げると手早く綺麗に縫い上げてしまった。
「これでいい、身体に沿ってはいるがきつくはないはずだ」
「はい、ありがとうございます」
とたんにオーダーメードのドレスに早変わりし、細かい変化なのに大きく見違える。
「ドレスが決まればあとは・・・ヘアースタイルか」
ヒィッツカラルドが指を顎にあてながらサニーのドレス姿を観察、そしてひとつ頷くとボリュームのあるサニーの髪をそっと掴み上げる。繊細な指さばきでそれを捻ったり編んだりし、器用なことにピンを一本も使わないでボリュームを程よく抑えたアップスタイルに整えてしまった。仕上げに自分が愛用している整髪料を毛先に馴染ませ、執務室に飾られていた白い薔薇を1本手折りると髪にそっと差し込んだ。
「白い薔薇がサニーの髪によく映える、そして大人っぽくなったな」
「サニーちゃんが髪をアップにしたのを見たの初めてだが、随分と印象が変わるねぇ」
他の2人にも、サニーにも好評のようだった。
「それじゃあ私からサニーちゃんへのプレゼントだ」
といってセルバンテスが胸ポケットから取り出したのはどこで買ったのかリップグロス。「年頃のレディの身だしなみだ、使いたまえ」とサニーに笑顔で手渡した。
「さすがと言うべきか用意がいいな眩惑の」
「当然だ、ドレスを着るだけでは女性は輝かないからね」
「さて、お嬢ちゃんいかがかな?香水は私が後で合うものをつけてあげよう」
サニーは顔も瞳もキラキラ輝かせて「ありがとうございます」と三人に頭を下げた。
その表情は三人を十分に満足させるものだった。
「しかし、樊瑞がこのレディを上手くエスコートできるかどうか・・・」
残月が火の点いていない煙管を咥える。ヒィッツカラルドも同感だった、あの男のことだ、いつもの趣味の悪いピンクのマントを翻して劇場に乗り込むに違いないと思う。いくら最近は昔ながらの「男はタキシード、女はイブニングドレス」といったお決まりの正装を求めなくなったとしてもそんな野暮な男を引き連れてはこの小さなレディは周囲の冷たい視線を浴びることになるだろう。それに男が場に慣れていないというのが最大の問題。セルバンテスも「むー」と唸り他の2人と同じ不安を抱えた。
「サニーちゃん、今夜はどこの劇場に鑑賞しに行くのかね?」
一計を思いついたのはセルバンテスだった。
着飾った紳士淑女たちが格式高いオペラ座に集まってきていた。
数あるオペラ座の中でも最も格式があるそこは楽しむ人々もまた社交界の中でもハイクラスの者たち。中には有名人、著名人も混じっているようだ。
そこに一台のリムジンが止まる。リムジンでも最高クラスのロングリムジン、磨き上げられた黒の光沢を放って否応がなしにも周囲の目を引く。ブラウンの髪の男がすばやくリムジンから降りて後部差席のドアを開ければ中から出てきたのは小さなレディ、恭しく手を添えられて車から降りてきた。
「これなら安心だ」
「うむ、魔王なんかに任せられないからねぇ」
「しかしまだ着いていないのか樊瑞は、女性と待ち合わせして時間に遅れるとは信じられない奴だ」
当然といっていいのかそこには・・・
ヒィッツカラルドは上品なクリーム色のダブルスーツ、光沢のある黒のシルクシャツは同色の糸でスプライト模様。そしていつもより幅広の白ネクタイ。ブラウンの髪を白い指で掻き上げているが指には凝った装飾が施されたシルバーリングが2つ輝く。
セルバンテスはいつもの白クフィーヤはどこかへ置いてきたのか珍しく地毛の黒髪を披露。仕立ての良いオフホワイトのスーツに映える赤銅色の綿シャツ。黒のネクタイと目にダイヤが埋められた髑髏を飾ったプラチナのネクタイピン。目元は細いフレームで薄い黄色味をおびた眼鏡。
残月はいつもと同じだが夜会用なのかスーツの裾がいつもよりやや長め、今日はシルクのチーフが胸ポケットに形良くしまわれている。当然いつもの覆面ではなく、地毛なのかウイッグなのかは誰もわからないが艶のある黒髪。目元は最新ブランドのスタイリッシュなサングラス。そしてやはり白手袋を被った手に持たれるのは朱塗りの煙管。
背が高く、魅力を存分に引き出す着こなしで乗り込んだ例の3人。
眼の肥えた淑女たちの熱い視線を受ける3人でもある。
そしてその3人に囲まれる愛らしいレディ。そういう状況がそこにあった。
「ああ、来た来た、ほらやっぱりあのマントだ」
苦笑するのはセルバンテス。案の定樊瑞は「いつもの格好」で劇場に乗り込んできた。セルバンテスがサニーを劇場に送るというので時間を合わせていたのだが、任務に少々手間取ってしまい大慌てで駆けつけたのだった。
「待たせたなセルバンテスっなな!?なんだお主たち、んん?残月?ヒィッツカラルド?」
「遅いぞ混世魔王、レディを待たせるんじゃない」
「それになんだその格好は、さっさとマントを取れみっともない」
一瞬にして残月に剥がされるようにマントを取られてしまった。それでもやぼったいスーツには変わりない、ついでに言えば伸ばし放題の長い髪もこの場では野暮ったさの極みだった。
「ちょ・・・何をする、んん?サニー?サニーなのか??」
少し照れた笑顔を浮かべ、ドレスの裾を持ち上げおしとやかに『おじ様』に挨拶をするサニー。樊瑞は口をあんぐりとあけて半分以上正気を失っている様子だった。あまりに素晴らしく見違えた姿に言葉が出ない。
「ほら、貴様の分の衣装も用意してやったんだ、車の中で着替えて来い。いいか?その鬱陶しい髪は丁寧に結ぶんだぞ?そして早くしろ幕が上がってしまう」
ヒィッツカラルドは呆然としている樊瑞を蹴飛ばすようにリムジンに押し込んだ。5分ほどしてすこし赤い顔をした樊瑞が出てくる。スーツは一目で上等だとわかるダークブラック、シャツは同系色のシルク刺繍が入った白の綿シャツ、そして光沢を帯びた黒のネクタイ。胸元にはプラチナの細いチェーンブローチ。そして額に沿って丁寧に撫で付けられ長い髪は一つに束ねられている。普段の彼からは想像もつかないほどにずいぶんとすっきりとした印象になった。
もともとの素材が良いだけに様変わりが素晴らしい。
そこには野暮ったさなど存在しない、洗練された男ぶりの良い紳士がいるだけだった。
「わあ・・・おじさま、とっても素敵です」
サニーが見とれるように自分を見るのでどうしていいのかわからず赤くなる。
「さて、それではオペラ鑑賞といきましょうか?お嬢様、旦那様」
セルバンテスの手には5枚のチケット。
そして「うむ」とうなずく残月とヒィッツカラルド。
「はぁ?だ、旦那様?え?私がか?」
「樊瑞・・・君はオペラ鑑賞の作法をしらないだろう?」
「オペラを見るのに作法があるのか?」
「当たり前だ、お前はこういった場の経験はなかろう。サニーに恥かしい思いをさせたくなければこそこうして我々3人が協力してやろうというのだ。お前は胸を張ってサニーの横についていてやれ、あとは我々がフォローしてやる感謝するが良い」
目の前にするどく煙管を突きつけられ、残月の言葉にぐぅの音もでない。横ではヒィッツカラルドが手慣れた手つきで劇場の使用人にチップを渡しリムジンを預けている。こういう世界を知らない自分にはとうてい真似できないことだ。
「むむ・・・すまん、お主らに頼むとしよう」
「ふふ、まぁ我々に任せて君は気楽にいきたまえ」
2人を引き立てるように腰を折る3人。
「さあ、お嬢様、旦那様」
色男にエスコートされ淑女たちの羨望を一身に浴びるのはサニー。自分の手を大切に握ってくれる大きな手に引き連れられてオペラ座の階段を上っていく。
少女には何もかもが輝いて見えたのだった。
END
この2人、任務で同行することはあっても普段は特に親しくしている間柄ではなかったが今はテーブル上のチェス盤を挟んでチェスに興じている。
二手に分かれて取り仕切った共同作戦も朝方には成功、2人とも担当支部へ支持を出し結果報告などの残務処理を終えた後は執り行う作戦も特になくペーパーワークも済ませていたため暇を持て余していた。そしてたまたま共通の趣味がチェスだったのでこうして時間をのんびりと潰している、ということだった。
ヒィッツカラルドが淹れた香り高いエスプレッソ・ソロに砂糖を軽めに一杯、そして残月は盤上で自分が優勢なのに満足する。一方眉間に皺を寄せて劣勢をどう打開しようかと頭をひねるヒィッツカラルド。このままでは負けてしまう、それはチェスに関しては腕に覚えありと自負する自分が許さない。なによりもこの覆面男に勝ちを譲るのは面白くない。
長考しはじめたヒィッツカラルドだったがその時執務室のドアをノックする音がした。
「開いている、入りたまえ」
「失礼しますヒィッツカラルド様」
「?おや、お嬢ちゃんか」
入ってきたのはサニー、温室の一件(「禁断の果実はかくも甘く」参照)以来ヒィッツカラルドに対する苦手意識が無くなったのか、珍しく自分から彼を訪ねてきたのだった。
「あ、また出直します」
そう言って引っ込もうとしたのは両者に挟まれているチェス盤を見たため。
「いやいやいや、そんなことはない待ちたまえ、お嬢ちゃんが来たなら勝負はお預けだ。そうだろう?白昼の」
「あ!ヒィッツカラルド貴様っ」
ヒィッツカラルドは劣勢だっチェスの駒を手でかき混ぜるように崩してしまった。
「・・・まったく・・・見事な逃げっぷりだな、いいか再戦は近いうちにするからな」
残月は溜息をついてエスプレッソを一気に飲み干した。
チェスの名手から勝ちを奪う絶好の機会であったがもうどうしようもない。
「済みません・・・」
「いや、いいのだよ、お嬢ちゃんは私に負けを与えない女神だ」
相変わらずの調子とは言え、よくもまぁそんなことがスラリと吐けるものだと残月は呆れながらも感心する。
「さて、私に何か用かな?」
「あの・・・」
口ごもるサニーは何か戸惑っているようだった。
その様子に残月とヒィッツカラルドは顔を見合わせた。
「サニー、私がいて言いにくいのであれば席を外すが」
「いえ、残月様そうではないのです」
少し赤くなってようやく口を開いた。
「ヒィッツカラルド様のお持ちでいらっしゃる香水を・・・私にも少しつけさせていただきたいのです、だめですか?」
両者は再び顔を見合わせる。香水、確かにヒィッツカラルドは常に香水をつけている。さらに言えばヒィッツカラルド以外常日頃香水をつける者はほとんど居ない。せいぜい紳士の身だしなみ程度の香り付けにセルバンテスやアルベルト、そして今いる残月がつけるくらい。それでも「お洒落の香水」といえるべきものはヒィッツカラルドぐらいなものだった。
ヒィッツカラルドは「ふむ」と頷くと執務室の壁にある古代樫で作られた見事な彫り飾りの戸棚を開けた。中には約40種類くらいだろうか、様ざまな形と色の瓶が並んでおり、そのいずれもが彼がTPOによって使い分けている香水。男性用のモノもあれば女性用のモノもあって彼にとっては気に入れば関係ないらしい。執務室に広がるのはそんな香りが混じりあったさらに濃厚な香り。
「わぁ・・・」
宝石にも見える綺麗な香水瓶、女性を魅了するその色と輝き。
思わずサニーがため息とともに声を漏らす。
「もちろんつけるのは全く構わないが、お嬢ちゃんどうしてまた」
「実は樊瑞のおじ様が今夜オペラ鑑賞に私を連れて行ってくださるとおっしゃられたので・・・その・・・」
「ふむ、樊瑞がオペラとは・・・これまた随分と不思議な取り合わせだ」
残月が覆面の下で目を丸くして言うとヒィッツカラルドも同じ表情。
2人にしてみればあの堅物仙人がオペラとは、といった具合だった。
「いえ、テレビでしか見たことが無かったので・・・私がわがままを言って一度劇場で本物のオペラを見てみたいとお願いしたのです」
「なるほど、オペラ鑑賞ともなれば正装であり女性ともなればとびきりお洒落しないとな。それでお嬢ちゃん、香水を、というわけなんだろう?」
「はい・・・」
気恥ずかしそうに俯く少女を前に納得する2人、そして少しでもお洒落したいと考えるのはやはり子どもであっても女であるには変わりない、ということかとも思う。
が、残月はふと疑問に思う。
「サニー、着ていくドレスは誰が用意するのかね」
「ドレス・・・ですか?それがおじ様がこれを着ていけばいいと」
サニーが今着ているいつもの服だった。確かに可愛い服ではあるが、それは当然オペラといったハイクラスの社交場へ足を踏み入れるにはあまりにも場違い。「そういった感覚」に極めて乏しい樊瑞ならばそれで十分だと思うだろうが。
しかし見るにやや浮かないサニーの表情。彼女自身「この服じゃ違うかも」と気づいているのかもしれない。そろそろ「年頃」といえるはずなのに普段でもお洒落を楽しむことが少ないサニー、先日の一件(「love letter」参照)のこともあり残月としてはむくつけき男ばかりに囲まれるという特殊な環境に身を置く少女を少し不憫に思う。
「ううむ・・・そのいつもの服ではせっかくのオペラも面白くはないだろ・・・」
「でもオペラに着て行くようなドレスは持っていないので」
「なんと・・・生粋の貴族である衝撃の娘がドレス一枚も持ってはいないでは、これは問題だろう。親も親なら後見人も後見人だな」
「まったくだ、着飾る喜びを与えないとは罪深い・・・よし!よかろう!お嬢ちゃんは私の女神だ、一肌脱ごうではないか」
ヒィッツカラルドがそう言うと「まずドレスだ、それと靴。他は後でいいか」とつぶやきながら執務室のデスクに座る、デスクから光彩モニターとキーボードが浮かびあがり「セルバンテスは確かリビアだったな」と残月に確認し手早くキーボードを操作する。
そしてその最先端の機器の横にある骨董品的なデザインの電話の受話器を手に取った。
「あーセルバンテスか、私だヒィッツカラルドだ、任務ご苦労だな。ところでいつこちらへ戻る予定だ?何?国際警察機構と交戦中だから後にしろ?ふん、いいのか?そんなことを言って、お嬢ちゃんが「セルバンテスのおじ様」の助けを求めているのだが?」
受話器の向こう側は激しい銃撃音と怒声や悲鳴が飛び交っている。しかしそれ以上に大きな声で「1分待て!」とセルバンテスが叫んだ。すぐに聞き取れないほどの大きな音が鳴り響き1分経過、受話器の向こうが気味が悪いほどに静かになった。落ち着いたところでセルバンテスに事の次第を説明し「オペラに行くお嬢ちゃんが輝くドレスが欲しい、それと靴だ」とだけ伝え受話器を置いた。
「これでよし、ふふふ魔法使いに言っておいたから後はのんびり待つだけだ」
「うむ、一時間もすれば山のようにドレスと靴がやってくるだろう。サニー、君が心配することは何も無い、まぁ我々に任せてくれないか」
妙な結束力を発揮しだした2人を前にサニーは眼を丸くするばかりだった。
3人がお茶して過ごして一時間後、クフィーヤの裾を少し焦がしたセルバンテスが大量の紙袋を抱えヒィッツカラルドの執務室にやってきた。紙袋はすべて高級の上にに超がつく一般人では到底手が出ないVIP御用達ブランドのものだった。
「いやあ~どれがいいか選びきれなくてね、とりあえずいっぱいだよははは」
世界屈指の大富豪オイル・ダラーの一声あればどの店も喜んで自慢のドレスとを持ってくる。そんな魔法を使う魔法使いが笑いながら紙袋から取り出したのは仕立ての良いマーメイドラインのクリムゾンレッドのイブニングドレス。他にも胸元に白い薔薇飾りをあしらった裾にボリュームのある愛らしい白ドレス、様ざまなデザインのドレスがどんどん目の前に並べられていく。子供用とはいえいずれも大人顔負けの本格的な仕立てとデザイン。靴もまた普段履くことの無いお洒落なものばかり幼い頃に絵本で見たおとぎ話のお姫様を思い浮かべててサニーは目を輝かせた。
「これなんか華美に走らず清楚な印象がなかなか良いと思うが、足元はこの赤いので合わせればバランスがとれる」
「あーそれよりこっちの黄色いリボンがポイントのが可愛いじゃないかな女の子らしくって私は好きだがねぇ、それと靴はこの白いのがいいなぁ」
「まてまて、お嬢ちゃんの色気を引き出すにはこのドレスがいい、そしてあわせるならこのヒールのある靴だ。」
ところが真っ先にドレスと靴に飛びついたのは男3人。いつになく真剣な顔でドレスを手に取りあれこれと独自のセンスを披露する、いったい何がそこまで本気にさせるのかわからないがやけに楽しそうにも見えるから不思議だ。
しばらくしてサニーそっちのけの十傑集3人によるドレス選考会はようやく終結したらしく、ヒィッツカラルドの手に残ったのは胸元に同系色の花柄の刺繍があしらわれたベビーピンクのドレス、そしてリボンのついた白い靴。
「さあ、お嬢ちゃん早速着てみたまえ」
満場一致のドレスを手渡し執務室に隣接された小部屋に案内して3人はサニーがドレスに着替えるのをまった。
しばらくして現れたのはベビーピンクのドレスを着た小さなお姫様。ポイントは胸元から首回りまでの繊細な花柄の刺繍でジルコニアを贅沢に散りばめられ上品な光沢を放つ。腰から緩やかに広がるスカートの裾にも刺繍が施され揺れ動くと表情を変える。そしてノースリーブの腕には二の腕まであるシルクの白手袋。足元の白い靴が非常にバランス良く全体を締めているように思える。
「おかしくないですか?なんだかこういうの着るのって恥ずかしいです」
「おかしいなどとはとんでもない、サニー良く似合っているぞ」
「うん、そうだとも素敵なお姫様だよ」
「ちゃんとドレスを着こなしている、たいしたもんだ」
よしっ、とばかりに頷きあう3人。普段ならありえない光景だがいわゆるひとつのサニーマジックというやつなのかもしれない。
「む、しかしサニーには少々サイズが大きいな」
残月が目ざとく腰周りの余分を見つけた。サニーに「動かないでいなさい」と言いどこから取り出したのか1本の針、選ばれなかったドレスの中から同系色の物を取ってそこから一本の糸を引っ張る。そしてドレスの余分部分を摘み上げると手早く綺麗に縫い上げてしまった。
「これでいい、身体に沿ってはいるがきつくはないはずだ」
「はい、ありがとうございます」
とたんにオーダーメードのドレスに早変わりし、細かい変化なのに大きく見違える。
「ドレスが決まればあとは・・・ヘアースタイルか」
ヒィッツカラルドが指を顎にあてながらサニーのドレス姿を観察、そしてひとつ頷くとボリュームのあるサニーの髪をそっと掴み上げる。繊細な指さばきでそれを捻ったり編んだりし、器用なことにピンを一本も使わないでボリュームを程よく抑えたアップスタイルに整えてしまった。仕上げに自分が愛用している整髪料を毛先に馴染ませ、執務室に飾られていた白い薔薇を1本手折りると髪にそっと差し込んだ。
「白い薔薇がサニーの髪によく映える、そして大人っぽくなったな」
「サニーちゃんが髪をアップにしたのを見たの初めてだが、随分と印象が変わるねぇ」
他の2人にも、サニーにも好評のようだった。
「それじゃあ私からサニーちゃんへのプレゼントだ」
といってセルバンテスが胸ポケットから取り出したのはどこで買ったのかリップグロス。「年頃のレディの身だしなみだ、使いたまえ」とサニーに笑顔で手渡した。
「さすがと言うべきか用意がいいな眩惑の」
「当然だ、ドレスを着るだけでは女性は輝かないからね」
「さて、お嬢ちゃんいかがかな?香水は私が後で合うものをつけてあげよう」
サニーは顔も瞳もキラキラ輝かせて「ありがとうございます」と三人に頭を下げた。
その表情は三人を十分に満足させるものだった。
「しかし、樊瑞がこのレディを上手くエスコートできるかどうか・・・」
残月が火の点いていない煙管を咥える。ヒィッツカラルドも同感だった、あの男のことだ、いつもの趣味の悪いピンクのマントを翻して劇場に乗り込むに違いないと思う。いくら最近は昔ながらの「男はタキシード、女はイブニングドレス」といったお決まりの正装を求めなくなったとしてもそんな野暮な男を引き連れてはこの小さなレディは周囲の冷たい視線を浴びることになるだろう。それに男が場に慣れていないというのが最大の問題。セルバンテスも「むー」と唸り他の2人と同じ不安を抱えた。
「サニーちゃん、今夜はどこの劇場に鑑賞しに行くのかね?」
一計を思いついたのはセルバンテスだった。
着飾った紳士淑女たちが格式高いオペラ座に集まってきていた。
数あるオペラ座の中でも最も格式があるそこは楽しむ人々もまた社交界の中でもハイクラスの者たち。中には有名人、著名人も混じっているようだ。
そこに一台のリムジンが止まる。リムジンでも最高クラスのロングリムジン、磨き上げられた黒の光沢を放って否応がなしにも周囲の目を引く。ブラウンの髪の男がすばやくリムジンから降りて後部差席のドアを開ければ中から出てきたのは小さなレディ、恭しく手を添えられて車から降りてきた。
「これなら安心だ」
「うむ、魔王なんかに任せられないからねぇ」
「しかしまだ着いていないのか樊瑞は、女性と待ち合わせして時間に遅れるとは信じられない奴だ」
当然といっていいのかそこには・・・
ヒィッツカラルドは上品なクリーム色のダブルスーツ、光沢のある黒のシルクシャツは同色の糸でスプライト模様。そしていつもより幅広の白ネクタイ。ブラウンの髪を白い指で掻き上げているが指には凝った装飾が施されたシルバーリングが2つ輝く。
セルバンテスはいつもの白クフィーヤはどこかへ置いてきたのか珍しく地毛の黒髪を披露。仕立ての良いオフホワイトのスーツに映える赤銅色の綿シャツ。黒のネクタイと目にダイヤが埋められた髑髏を飾ったプラチナのネクタイピン。目元は細いフレームで薄い黄色味をおびた眼鏡。
残月はいつもと同じだが夜会用なのかスーツの裾がいつもよりやや長め、今日はシルクのチーフが胸ポケットに形良くしまわれている。当然いつもの覆面ではなく、地毛なのかウイッグなのかは誰もわからないが艶のある黒髪。目元は最新ブランドのスタイリッシュなサングラス。そしてやはり白手袋を被った手に持たれるのは朱塗りの煙管。
背が高く、魅力を存分に引き出す着こなしで乗り込んだ例の3人。
眼の肥えた淑女たちの熱い視線を受ける3人でもある。
そしてその3人に囲まれる愛らしいレディ。そういう状況がそこにあった。
「ああ、来た来た、ほらやっぱりあのマントだ」
苦笑するのはセルバンテス。案の定樊瑞は「いつもの格好」で劇場に乗り込んできた。セルバンテスがサニーを劇場に送るというので時間を合わせていたのだが、任務に少々手間取ってしまい大慌てで駆けつけたのだった。
「待たせたなセルバンテスっなな!?なんだお主たち、んん?残月?ヒィッツカラルド?」
「遅いぞ混世魔王、レディを待たせるんじゃない」
「それになんだその格好は、さっさとマントを取れみっともない」
一瞬にして残月に剥がされるようにマントを取られてしまった。それでもやぼったいスーツには変わりない、ついでに言えば伸ばし放題の長い髪もこの場では野暮ったさの極みだった。
「ちょ・・・何をする、んん?サニー?サニーなのか??」
少し照れた笑顔を浮かべ、ドレスの裾を持ち上げおしとやかに『おじ様』に挨拶をするサニー。樊瑞は口をあんぐりとあけて半分以上正気を失っている様子だった。あまりに素晴らしく見違えた姿に言葉が出ない。
「ほら、貴様の分の衣装も用意してやったんだ、車の中で着替えて来い。いいか?その鬱陶しい髪は丁寧に結ぶんだぞ?そして早くしろ幕が上がってしまう」
ヒィッツカラルドは呆然としている樊瑞を蹴飛ばすようにリムジンに押し込んだ。5分ほどしてすこし赤い顔をした樊瑞が出てくる。スーツは一目で上等だとわかるダークブラック、シャツは同系色のシルク刺繍が入った白の綿シャツ、そして光沢を帯びた黒のネクタイ。胸元にはプラチナの細いチェーンブローチ。そして額に沿って丁寧に撫で付けられ長い髪は一つに束ねられている。普段の彼からは想像もつかないほどにずいぶんとすっきりとした印象になった。
もともとの素材が良いだけに様変わりが素晴らしい。
そこには野暮ったさなど存在しない、洗練された男ぶりの良い紳士がいるだけだった。
「わあ・・・おじさま、とっても素敵です」
サニーが見とれるように自分を見るのでどうしていいのかわからず赤くなる。
「さて、それではオペラ鑑賞といきましょうか?お嬢様、旦那様」
セルバンテスの手には5枚のチケット。
そして「うむ」とうなずく残月とヒィッツカラルド。
「はぁ?だ、旦那様?え?私がか?」
「樊瑞・・・君はオペラ鑑賞の作法をしらないだろう?」
「オペラを見るのに作法があるのか?」
「当たり前だ、お前はこういった場の経験はなかろう。サニーに恥かしい思いをさせたくなければこそこうして我々3人が協力してやろうというのだ。お前は胸を張ってサニーの横についていてやれ、あとは我々がフォローしてやる感謝するが良い」
目の前にするどく煙管を突きつけられ、残月の言葉にぐぅの音もでない。横ではヒィッツカラルドが手慣れた手つきで劇場の使用人にチップを渡しリムジンを預けている。こういう世界を知らない自分にはとうてい真似できないことだ。
「むむ・・・すまん、お主らに頼むとしよう」
「ふふ、まぁ我々に任せて君は気楽にいきたまえ」
2人を引き立てるように腰を折る3人。
「さあ、お嬢様、旦那様」
色男にエスコートされ淑女たちの羨望を一身に浴びるのはサニー。自分の手を大切に握ってくれる大きな手に引き連れられてオペラ座の階段を上っていく。
少女には何もかもが輝いて見えたのだった。
END