世界征服に勤しむ悪の秘密結社BF団には盆も正月もクリスマスも祝日休日その他諸々の世間一般の行事事は一切関係無い。
例えばクリスマス、町々で赤や緑の色が溢れクリスマスソングが所じゅうに流れようと、子どもがウィンドウ前で親にオモチャをねだろうとそれはまったく関係の無い世界、そんな中でも火柱を上げて黒煙を身に纏い、血を染めて笑いあげる。
それが彼らの当たり前。
そもそも世間でいう当たり前を全て捨て去った連中がBF団なのだから。
しかし、そんなBF団であったがある1人の少女の出現によって大きく変わる事となった。
いつの間にか彼女を中心として「世間でいう当たり前」が行われるようになったのである。
最初はその少女、サニーの誕生日から始まった。
サニーが3歳の誕生日、誰かが彼女に誕生日プレゼントをあげた。
それが誰なのかはわからない、朝起きて見ると枕もとに青いリボンを首に巻いた熊のぬいぐるみと赤いリボンを首に巻いたうさぎのぬいぐるみが置いてあったのだ。後見人の樊瑞は謎の二つのぬいぐるみを前に首を捻ったがぬいぐるみに添えられていたカードに「Happy birthday」とあったのでその日がサニーの誕生日であることをそれで知った。
サニーはその熊と兎を両手いっぱいに抱きかかえ、BF団本部内を歩き回った。みんなに貰ったプレゼントを見て欲しかったのだ。すこし紅潮した笑顔を振りまきながらサニーはぬいぐるみを愛しそうに抱いてそれらを十傑集たちに披露した。
そして次の年のサニーの誕生日にはいろんな種類のプレゼントが枕もとに置かれた、やはりこっそりと。それからだった、BF団内にクリスマスにはクリスマスの空気が流れ、そして今日のようにハロウィンにはハロウィンの空気が流れるようになったのは。
大きな籠を手に、四歳のサニーはBF団本部の大回廊を歩いていた。
いつもと違うのは頭に兎の耳をつけている、そしてお尻にはやはり丸いうさぎの尻尾。大きな赤い瞳を輝かせてBF団の小うさぎはカワラザキの執務室のドアをノックした。中から「入りなさい」とカワラザキの落ち着いた声が聞こえてサニーは勢い良くドアを開けた。
「トリック・オア・トリート!」
元気良くそう宣言すると白衣姿のカワラザキが笑って部屋の中へと手招いた。いつも丁寧に後ろに撫で付けられた白髪は今日に限って乱れている、本人曰く「ジキル博士とハイド氏」のつもりらしい。そして彼の隣に座っていたのは狼男の幽鬼、耳と尻尾がそれらしくついており、本人は少々照れくさそうだった。
「さあサニーお菓子だ」
「ありがとうございますおじいさま」
受け取ったのはガラスの瓶に入った動物の形をしたビスケット。
「む?もう他の連中からもらったのか?」
籠から覗く桃色の包み紙を幽鬼が見つける。
「はい、十常寺さまからげっぺいというおかしををいただきました」
可愛らしくちょこちょこと狼男の幽鬼のもとに近づいて籠の中身を披露する。幽鬼は自分の膝の上に小うさぎを乗せてやり月餅を手にとって見た。十常寺が好きなお菓子だ。ちなみに彼はいわゆる「キョンシー」の姿でサニーを出迎えた。
「じゃあ私からはこれをやろう、だから悪戯は勘弁してくれよ?ふふ」
猫背の狼男から小うさぎに手渡されたのはマーブルチョコ。
「じゃあサニーや、また後でな」
「はい、ありがとうございました」
サニーが次に向ったのはヒィッツカラルドの執務室、しかし途中怒鬼と出会う。怒鬼は白装束に△の布を頭につけた説明不要の姿。
「あ、怒鬼様」
「・・・・・・・」
相変わらずの寡黙ぶりだが口に笑みを湛えて小うさぎの頭を撫でる。
「トリック・オア・トリート!」
呪文のようなその言葉を投げかければ怒鬼は懐から和紙に包まれた金平糖を取り出し籠に入れてやる、子どもが喜ぶような色とりどりの日本の飴玉だ。
「サニー殿、我等からもお菓子でござる」
そう集団で言うのはやはり血風連の一団、いつからいたのか幽霊怒鬼の後ろにいた。
血風連からもらった山盛りいっぱいのラムネ菓子で籠はいっぺんにあふれかえった。
「怒鬼さま、けっぷうれんのみな様、ありがとうございました」
耳を下げて笑顔でお礼を言い小うさぎはその場を後にした。
「トリック・オア・トリート!」
次にサニーを出迎えたのは死神。真っ黒なマントを頭から被った白い目に白い顔をした死神だ。ご丁寧にどこで作ったのか模造ではあるが大きな鎌が彼の執務室に立てかけられている。
「おや、これは可愛らしいうさぎちゃんだ。よく狼男に食べられなかったものだな」
笑いながらデスクの引き出しからラミネート包装の中に入った小分けされたベビードーナッツを手渡してやる。
「ありがとうございますヒィッツカラルド様」
「しかし随分と籠がいっぱいだな、少しここで食べていくかねお嬢ちゃん、いや今日は小うさぎちゃんか」
サニーをソファに座らせて紅茶をいれようとした時だった。
「トリック・オア・トリートだ!!菓子をよこせ!」
ヒィッツカラルドの執務室のドアを蹴破るように入り込んだのは赤いマスクをつけた悪魔。何故悪魔なのか、それは頭に↑の形をした角らしきものが二本生えており、お尻からも尻尾なのか→が生えていた。そして手にもやはり大きな↑。襟が大きく立った真っ黒なスーツで今日ばかりは赤いマフラーはどこかに置いてきたらしい。
「なんだレッド、それは虫歯菌のつもりか?」
「むし・・・!これのどこが虫歯菌だ!ええいそんなことはどうでもいい菓子をよこせっ」
サニーがBF団に来てから始まったこの行事に「くだらん」「馬鹿じゃないのか」などと愚痴を言っていたレッドだったが、実は一番彼が楽しみにしているといっていい。生まれてこの方こういった行事を楽しむことが一度も無かったからなのかもしれない。本人は気づいてはいないがレッドは生まれた時から「子どもの自分」を全て取りこぼしてきた人間だったからだ。
それに、実は甘い物好きなレッドとしては堂々とお菓子をせびる事ができるこの行事は願ったり叶ったりでもある。ちなみにレッドはハロウィンでお菓子を貰うのは子どもの役であることなど知るはずも無かった。
「はー今年は貴様も菓子をせびるようになったとはな・・・やれやれ・・・」
残っていたドーナッツをひとつ、死神が赤い悪魔に面倒臭そうに投げよこしてやる。
「ふん、ドーナッツかまぁいいだろう」
詰まらなさそうに鼻を鳴らすがさっそく包みを破いて口に放り込んだ。そして横に座るサニーを見る、籠はラムネ菓子で溢れかえらんばかりになっていた。
「おい、どうせ食いきれぬのだろうが、私が手伝ってやろう」
そう言うと有無を言わさず籠に手を突っ込むとラムネ菓子を鷲掴んだ。
「あ!」
レッドはそれらも口に放り込みボリボリと噛み砕いて食べてしまった。
少し涙目になりその様子を見つめるサニー。
「貴様な、子どもの菓子を横取りしてどうする」
「横取りではない、善意だ」
相変わらずの解釈にさすがのヒィッツカラルドも呆れ果てるが仕方が無いのでレッドの分の紅茶も入れてやりサニーのお菓子回収は一端休みとなったのだ。しかしレッドの出現のお陰で籠に入っていたお菓子が半分ほどになってしまった。サニーは今にも零れそうな涙を必死に堪えるのに精一杯。
「っち、なんだその顔は・・・鬱陶しい奴め。どうせ今からまた菓子をせびりにいくのだろうが、私も一緒にせびってやる、その籠をまたいっぱいにしてやろうというのだありがたく思え」
「レッド様ほんとう?」
「ふん、嘘など私は言わぬ」
そのやり取りに肩をすくめて笑うのは死神だった。
「トリック・オア・トリート!!」
小さなウサギと悪魔が元気良く叫べば目を丸くする残月。いつもの覆面についている四つの玉飾りは今日に限って小さなお化けカボチャ。芸の細かいことにお化けカボチャの目と口が光っている。そして黒いマントを背につけてデスクの上にはランタンが置かれていた。
「レ、レッド・・・?」
やってくるのは小うさぎだけかと思っていたのだが。
「なんだ、ほらさっさと菓子を差し出すがいい、さもなければ殺す」
悪魔に殺されては適わぬと苦笑する他なく残月はまずサニーの籠にチョコクッキーの包みを入れてやり、悪魔にもそのクッキーの残り一枚を投げよこしてやった。
「それで我慢するがいい」
「っちこれだけか、しけた奴め、もっとよこせ」
「まったく・・・性質の悪い甘党悪魔だな、わかったわかった少しそこで待っていろ」
残月はデスク下から綺麗な柄のアルミ缶を取り出した。以前セルバンテスから任務先のお土産に貰った滅多に手に入らない高級チョコレートだ。来客用にとっておいたものだったが仕方が無いと諦めて中身を取り出した。
「サニー、随分と心強いお仲間ができたな」
笑いながらサニーの籠にたくさん入れてやり、レッドにも一握りのチョコを渡してやる。レッドは満足げな笑みを浮かべて早速口に放り込みモシャモシャと食べてしまった。
「残月さま、ありがとうございました」
「また後で会おう」
「さあ、次ださっさと私について来い」
悪魔の後ろに小さいウサギがくっついている姿にやはり笑う残月だった。
「トリック・オア・トリート!!」
「ばぁ!」
「きゃあ!」
「うおっ!」
セルバンテスの執務室から出てきたのはクフィーヤを被ったミイラ男。手や顔は包帯でグルグル巻き、その上からゴーグルをつけた陽気なミイラ男だ。
「うわーっはっはっはっは驚いたかね?うふふふふ」
「セルバンテス貴様っ」
「おやレッド君、君もお菓子が欲しいのかね?はっははは、よかろうセルバンテスのおじさんがたくさんあげよう」
カラカラと笑うミイラ男に子ども扱いされたのはおもしろく無いがドッサリと手渡された様ざまなお菓子に心奪われそんな気持ちはどこかへ行ってしまった。
「ふん、なかなか気が利くではないか」
「サニーちゃんもどうぞ?でもサニーちゃんの悪戯なら私は喜んで受けるんだけどねぇ」
やはり笑いながらセルバンテスはサニーの籠にも溢れんばかりのお菓子を詰め込んでやる。セルバンテスもまたこの行事を心から楽しみにしている1人だった。
「セルバンテスのおじ様ありがとう!」
「なぁに、サニーちゃんが笑ってくれるのだから私の方こそがありがとうだ」
そう言ってミイラ男は小さなウサギを抱きかかえロイヤルミルクの髪を優しく撫でてやった。キラキラ輝く赤い瞳を覗き込めばセルバンテスはサニーの去年の誕生日にこっそりあげたうさぎのぬいぐるみを思い出す。
「ところでお父上からお菓子は貰ったかね?」
「いいえまだです、今からパパの所に行くの」
「ふん、あの男が菓子などくれるのか?」
「なあに3人で行けば陥落するさ」
ミイラ男は愉快に笑うのだった。
「トリック・オア・トリート!!!」
3人揃って叫ぶが執務室の中にいる主はモカのコーヒーを手にして新聞から目を離そうとしない。完全に無視している。ちなみにアルベルトはいつものアルベルト、自分のスタイルを清々しいまでに一切崩してはいない。
「お菓子をくれないと悪戯しちゃうぞ~!」
これはミイラ男の台詞だ。
「やい、菓子をよこせ!」
悪魔の台詞。
「パパ・・・あの・・・お菓子・・・」
ウサギの台詞。
「他をあたれ」
そしてウサギのパパの台詞だ。
サニーが三歳になった去年から始まったハロウィンだが去年はアルベルトは任務中でいなかった。それに彼としては「馬鹿馬鹿しい」ことこの上ない行事、浮かれて仮装し菓子を用意する同僚たちの気持ちがまったくわからない。
「アルベルトくーん、お か し、ちょーだい」
「セルバンテス、その包帯を無駄にしたくないらしいな」
気持ち悪い声ですがりつく盟友を衝撃波のこもった手で押さえつける。
「衝撃の、菓子だ、私に差し出すがいい。さもなければ殺す」
「虫歯菌にくれてやる菓子などない、死ね」
胸を張って菓子を要求するとことん態度のデカい悪魔だったが生憎相手が悪かった。
それでもミイラ男と悪魔がネチネチと纏わりついてくるのでアルベルトはスーツの懐から取り出したキャラメルをまるで撒き餌のように2人に投げつけた。
「わー!アルベルトからのお菓子だ~」
「おお!キャラメルではないかっ!さすが衝撃のアルベルトだ!」
異常なテンションで2人はキャラメルに飛びつく。
「さっさと出ていけ!!!鬱陶しい!」
頬にいっぱいキャラメルを詰め込んだ馬鹿な大人2人をアルベルトは執務室から蹴り出した。しかししょんぼりしていたサニーだけその肩を掴んで出ていくのを止めた。
「パパ?」
2人に見られないように紙で無造作に包まれた数個のキャラメルをスーツの懐から取り出し、素早く籠の奥へと押し込んだ。
「・・・!パパ!・・・ありがとう」
「さて、ご一同、今宵はは大いに楽しみ飲んでくれ」
そう言うのはパーティーの主催者である樊瑞。伸ばし放題の長い髪を綺麗に一つに束ね、いつものピンク色のマントではなく真っ黒なマントそして顔には片側だけの白い仮面。そう、オペラ座の怪人である。1人を除いた十傑集たちがワインやビールを手に珍しく和気藹々(わきあいあい)と歓談し、宴を楽しんでいた。
「おや?サニーどうした?」
少し曇った表情でケーキにフォークを差し込む小うさぎの姿にオペラ座の怪人はいぶかしむ。しかしすぐに父親がこの場にいないことに気づいた。あの男のこと、こういうった催しと空気が苦手なのだろう。わかってはいるが耳が垂れ下がっている寂しげなうさぎを見るのは忍びない。
「少し待っていなさい」
そう言ってマントを大きく翻すとその場から怪人は消えた。
「アルベルト、パーティーはもう始まっておるぞ?」
「勝手にやっていろ、私は知らん」
執務室で1人ペーパーワークをこなしているアルベルトは吐き捨てるように言う。当然ペーパーワークなど彼にとってはどうでもいい仕事のうちに入るのだが、パーティーに加わる気持ちにはなれないらしい。
「お主がいなくてサニーが寂しがっている」
「貴様がいれば充分だ、私みたいな男がいたらせっかくの場が澱む」
「何を言うかそんなことはないぞ?そう自分を卑下するなお主らしくない」
傲慢がスーツを着たような男ではあるがたまにこういう発言をすることがある、樊瑞は溜息をついて懐から黄色い札を取り出すと札の前で片手で素早く「印」を結んだ。
「な・・・貴様何を!」
一枚の黄色い札がアルベルトの身体の周りを光りながら回った。
するとアルベルトの背中にコウモリの羽根のような黒いマントがつき、スーツは古風な燕尾服になった。
「ふむ・・・ドラキュラといきたいところだが私の想像力ではせいぜいその程度だ」
「ふざけるなっ!さっさと術を解けっ!!」
「ふふ、そうはいかんぞ?これも『後見人』としての勤めなのだからな」
怒鳴るアルベルトの足元に輝く方陣が現れてアルベルトは床に飲み込まれていった。
「・・・!」
うさぎの耳がピンと立ち、突如現れたドラキュラに飛びつく。
無事十人全員集合となったパーティーは明け方近くまで行われた。
そして毎年の行事として今後も行われるのであった。
END
例えばクリスマス、町々で赤や緑の色が溢れクリスマスソングが所じゅうに流れようと、子どもがウィンドウ前で親にオモチャをねだろうとそれはまったく関係の無い世界、そんな中でも火柱を上げて黒煙を身に纏い、血を染めて笑いあげる。
それが彼らの当たり前。
そもそも世間でいう当たり前を全て捨て去った連中がBF団なのだから。
しかし、そんなBF団であったがある1人の少女の出現によって大きく変わる事となった。
いつの間にか彼女を中心として「世間でいう当たり前」が行われるようになったのである。
最初はその少女、サニーの誕生日から始まった。
サニーが3歳の誕生日、誰かが彼女に誕生日プレゼントをあげた。
それが誰なのかはわからない、朝起きて見ると枕もとに青いリボンを首に巻いた熊のぬいぐるみと赤いリボンを首に巻いたうさぎのぬいぐるみが置いてあったのだ。後見人の樊瑞は謎の二つのぬいぐるみを前に首を捻ったがぬいぐるみに添えられていたカードに「Happy birthday」とあったのでその日がサニーの誕生日であることをそれで知った。
サニーはその熊と兎を両手いっぱいに抱きかかえ、BF団本部内を歩き回った。みんなに貰ったプレゼントを見て欲しかったのだ。すこし紅潮した笑顔を振りまきながらサニーはぬいぐるみを愛しそうに抱いてそれらを十傑集たちに披露した。
そして次の年のサニーの誕生日にはいろんな種類のプレゼントが枕もとに置かれた、やはりこっそりと。それからだった、BF団内にクリスマスにはクリスマスの空気が流れ、そして今日のようにハロウィンにはハロウィンの空気が流れるようになったのは。
大きな籠を手に、四歳のサニーはBF団本部の大回廊を歩いていた。
いつもと違うのは頭に兎の耳をつけている、そしてお尻にはやはり丸いうさぎの尻尾。大きな赤い瞳を輝かせてBF団の小うさぎはカワラザキの執務室のドアをノックした。中から「入りなさい」とカワラザキの落ち着いた声が聞こえてサニーは勢い良くドアを開けた。
「トリック・オア・トリート!」
元気良くそう宣言すると白衣姿のカワラザキが笑って部屋の中へと手招いた。いつも丁寧に後ろに撫で付けられた白髪は今日に限って乱れている、本人曰く「ジキル博士とハイド氏」のつもりらしい。そして彼の隣に座っていたのは狼男の幽鬼、耳と尻尾がそれらしくついており、本人は少々照れくさそうだった。
「さあサニーお菓子だ」
「ありがとうございますおじいさま」
受け取ったのはガラスの瓶に入った動物の形をしたビスケット。
「む?もう他の連中からもらったのか?」
籠から覗く桃色の包み紙を幽鬼が見つける。
「はい、十常寺さまからげっぺいというおかしををいただきました」
可愛らしくちょこちょこと狼男の幽鬼のもとに近づいて籠の中身を披露する。幽鬼は自分の膝の上に小うさぎを乗せてやり月餅を手にとって見た。十常寺が好きなお菓子だ。ちなみに彼はいわゆる「キョンシー」の姿でサニーを出迎えた。
「じゃあ私からはこれをやろう、だから悪戯は勘弁してくれよ?ふふ」
猫背の狼男から小うさぎに手渡されたのはマーブルチョコ。
「じゃあサニーや、また後でな」
「はい、ありがとうございました」
サニーが次に向ったのはヒィッツカラルドの執務室、しかし途中怒鬼と出会う。怒鬼は白装束に△の布を頭につけた説明不要の姿。
「あ、怒鬼様」
「・・・・・・・」
相変わらずの寡黙ぶりだが口に笑みを湛えて小うさぎの頭を撫でる。
「トリック・オア・トリート!」
呪文のようなその言葉を投げかければ怒鬼は懐から和紙に包まれた金平糖を取り出し籠に入れてやる、子どもが喜ぶような色とりどりの日本の飴玉だ。
「サニー殿、我等からもお菓子でござる」
そう集団で言うのはやはり血風連の一団、いつからいたのか幽霊怒鬼の後ろにいた。
血風連からもらった山盛りいっぱいのラムネ菓子で籠はいっぺんにあふれかえった。
「怒鬼さま、けっぷうれんのみな様、ありがとうございました」
耳を下げて笑顔でお礼を言い小うさぎはその場を後にした。
「トリック・オア・トリート!」
次にサニーを出迎えたのは死神。真っ黒なマントを頭から被った白い目に白い顔をした死神だ。ご丁寧にどこで作ったのか模造ではあるが大きな鎌が彼の執務室に立てかけられている。
「おや、これは可愛らしいうさぎちゃんだ。よく狼男に食べられなかったものだな」
笑いながらデスクの引き出しからラミネート包装の中に入った小分けされたベビードーナッツを手渡してやる。
「ありがとうございますヒィッツカラルド様」
「しかし随分と籠がいっぱいだな、少しここで食べていくかねお嬢ちゃん、いや今日は小うさぎちゃんか」
サニーをソファに座らせて紅茶をいれようとした時だった。
「トリック・オア・トリートだ!!菓子をよこせ!」
ヒィッツカラルドの執務室のドアを蹴破るように入り込んだのは赤いマスクをつけた悪魔。何故悪魔なのか、それは頭に↑の形をした角らしきものが二本生えており、お尻からも尻尾なのか→が生えていた。そして手にもやはり大きな↑。襟が大きく立った真っ黒なスーツで今日ばかりは赤いマフラーはどこかに置いてきたらしい。
「なんだレッド、それは虫歯菌のつもりか?」
「むし・・・!これのどこが虫歯菌だ!ええいそんなことはどうでもいい菓子をよこせっ」
サニーがBF団に来てから始まったこの行事に「くだらん」「馬鹿じゃないのか」などと愚痴を言っていたレッドだったが、実は一番彼が楽しみにしているといっていい。生まれてこの方こういった行事を楽しむことが一度も無かったからなのかもしれない。本人は気づいてはいないがレッドは生まれた時から「子どもの自分」を全て取りこぼしてきた人間だったからだ。
それに、実は甘い物好きなレッドとしては堂々とお菓子をせびる事ができるこの行事は願ったり叶ったりでもある。ちなみにレッドはハロウィンでお菓子を貰うのは子どもの役であることなど知るはずも無かった。
「はー今年は貴様も菓子をせびるようになったとはな・・・やれやれ・・・」
残っていたドーナッツをひとつ、死神が赤い悪魔に面倒臭そうに投げよこしてやる。
「ふん、ドーナッツかまぁいいだろう」
詰まらなさそうに鼻を鳴らすがさっそく包みを破いて口に放り込んだ。そして横に座るサニーを見る、籠はラムネ菓子で溢れかえらんばかりになっていた。
「おい、どうせ食いきれぬのだろうが、私が手伝ってやろう」
そう言うと有無を言わさず籠に手を突っ込むとラムネ菓子を鷲掴んだ。
「あ!」
レッドはそれらも口に放り込みボリボリと噛み砕いて食べてしまった。
少し涙目になりその様子を見つめるサニー。
「貴様な、子どもの菓子を横取りしてどうする」
「横取りではない、善意だ」
相変わらずの解釈にさすがのヒィッツカラルドも呆れ果てるが仕方が無いのでレッドの分の紅茶も入れてやりサニーのお菓子回収は一端休みとなったのだ。しかしレッドの出現のお陰で籠に入っていたお菓子が半分ほどになってしまった。サニーは今にも零れそうな涙を必死に堪えるのに精一杯。
「っち、なんだその顔は・・・鬱陶しい奴め。どうせ今からまた菓子をせびりにいくのだろうが、私も一緒にせびってやる、その籠をまたいっぱいにしてやろうというのだありがたく思え」
「レッド様ほんとう?」
「ふん、嘘など私は言わぬ」
そのやり取りに肩をすくめて笑うのは死神だった。
「トリック・オア・トリート!!」
小さなウサギと悪魔が元気良く叫べば目を丸くする残月。いつもの覆面についている四つの玉飾りは今日に限って小さなお化けカボチャ。芸の細かいことにお化けカボチャの目と口が光っている。そして黒いマントを背につけてデスクの上にはランタンが置かれていた。
「レ、レッド・・・?」
やってくるのは小うさぎだけかと思っていたのだが。
「なんだ、ほらさっさと菓子を差し出すがいい、さもなければ殺す」
悪魔に殺されては適わぬと苦笑する他なく残月はまずサニーの籠にチョコクッキーの包みを入れてやり、悪魔にもそのクッキーの残り一枚を投げよこしてやった。
「それで我慢するがいい」
「っちこれだけか、しけた奴め、もっとよこせ」
「まったく・・・性質の悪い甘党悪魔だな、わかったわかった少しそこで待っていろ」
残月はデスク下から綺麗な柄のアルミ缶を取り出した。以前セルバンテスから任務先のお土産に貰った滅多に手に入らない高級チョコレートだ。来客用にとっておいたものだったが仕方が無いと諦めて中身を取り出した。
「サニー、随分と心強いお仲間ができたな」
笑いながらサニーの籠にたくさん入れてやり、レッドにも一握りのチョコを渡してやる。レッドは満足げな笑みを浮かべて早速口に放り込みモシャモシャと食べてしまった。
「残月さま、ありがとうございました」
「また後で会おう」
「さあ、次ださっさと私について来い」
悪魔の後ろに小さいウサギがくっついている姿にやはり笑う残月だった。
「トリック・オア・トリート!!」
「ばぁ!」
「きゃあ!」
「うおっ!」
セルバンテスの執務室から出てきたのはクフィーヤを被ったミイラ男。手や顔は包帯でグルグル巻き、その上からゴーグルをつけた陽気なミイラ男だ。
「うわーっはっはっはっは驚いたかね?うふふふふ」
「セルバンテス貴様っ」
「おやレッド君、君もお菓子が欲しいのかね?はっははは、よかろうセルバンテスのおじさんがたくさんあげよう」
カラカラと笑うミイラ男に子ども扱いされたのはおもしろく無いがドッサリと手渡された様ざまなお菓子に心奪われそんな気持ちはどこかへ行ってしまった。
「ふん、なかなか気が利くではないか」
「サニーちゃんもどうぞ?でもサニーちゃんの悪戯なら私は喜んで受けるんだけどねぇ」
やはり笑いながらセルバンテスはサニーの籠にも溢れんばかりのお菓子を詰め込んでやる。セルバンテスもまたこの行事を心から楽しみにしている1人だった。
「セルバンテスのおじ様ありがとう!」
「なぁに、サニーちゃんが笑ってくれるのだから私の方こそがありがとうだ」
そう言ってミイラ男は小さなウサギを抱きかかえロイヤルミルクの髪を優しく撫でてやった。キラキラ輝く赤い瞳を覗き込めばセルバンテスはサニーの去年の誕生日にこっそりあげたうさぎのぬいぐるみを思い出す。
「ところでお父上からお菓子は貰ったかね?」
「いいえまだです、今からパパの所に行くの」
「ふん、あの男が菓子などくれるのか?」
「なあに3人で行けば陥落するさ」
ミイラ男は愉快に笑うのだった。
「トリック・オア・トリート!!!」
3人揃って叫ぶが執務室の中にいる主はモカのコーヒーを手にして新聞から目を離そうとしない。完全に無視している。ちなみにアルベルトはいつものアルベルト、自分のスタイルを清々しいまでに一切崩してはいない。
「お菓子をくれないと悪戯しちゃうぞ~!」
これはミイラ男の台詞だ。
「やい、菓子をよこせ!」
悪魔の台詞。
「パパ・・・あの・・・お菓子・・・」
ウサギの台詞。
「他をあたれ」
そしてウサギのパパの台詞だ。
サニーが三歳になった去年から始まったハロウィンだが去年はアルベルトは任務中でいなかった。それに彼としては「馬鹿馬鹿しい」ことこの上ない行事、浮かれて仮装し菓子を用意する同僚たちの気持ちがまったくわからない。
「アルベルトくーん、お か し、ちょーだい」
「セルバンテス、その包帯を無駄にしたくないらしいな」
気持ち悪い声ですがりつく盟友を衝撃波のこもった手で押さえつける。
「衝撃の、菓子だ、私に差し出すがいい。さもなければ殺す」
「虫歯菌にくれてやる菓子などない、死ね」
胸を張って菓子を要求するとことん態度のデカい悪魔だったが生憎相手が悪かった。
それでもミイラ男と悪魔がネチネチと纏わりついてくるのでアルベルトはスーツの懐から取り出したキャラメルをまるで撒き餌のように2人に投げつけた。
「わー!アルベルトからのお菓子だ~」
「おお!キャラメルではないかっ!さすが衝撃のアルベルトだ!」
異常なテンションで2人はキャラメルに飛びつく。
「さっさと出ていけ!!!鬱陶しい!」
頬にいっぱいキャラメルを詰め込んだ馬鹿な大人2人をアルベルトは執務室から蹴り出した。しかししょんぼりしていたサニーだけその肩を掴んで出ていくのを止めた。
「パパ?」
2人に見られないように紙で無造作に包まれた数個のキャラメルをスーツの懐から取り出し、素早く籠の奥へと押し込んだ。
「・・・!パパ!・・・ありがとう」
「さて、ご一同、今宵はは大いに楽しみ飲んでくれ」
そう言うのはパーティーの主催者である樊瑞。伸ばし放題の長い髪を綺麗に一つに束ね、いつものピンク色のマントではなく真っ黒なマントそして顔には片側だけの白い仮面。そう、オペラ座の怪人である。1人を除いた十傑集たちがワインやビールを手に珍しく和気藹々(わきあいあい)と歓談し、宴を楽しんでいた。
「おや?サニーどうした?」
少し曇った表情でケーキにフォークを差し込む小うさぎの姿にオペラ座の怪人はいぶかしむ。しかしすぐに父親がこの場にいないことに気づいた。あの男のこと、こういうった催しと空気が苦手なのだろう。わかってはいるが耳が垂れ下がっている寂しげなうさぎを見るのは忍びない。
「少し待っていなさい」
そう言ってマントを大きく翻すとその場から怪人は消えた。
「アルベルト、パーティーはもう始まっておるぞ?」
「勝手にやっていろ、私は知らん」
執務室で1人ペーパーワークをこなしているアルベルトは吐き捨てるように言う。当然ペーパーワークなど彼にとってはどうでもいい仕事のうちに入るのだが、パーティーに加わる気持ちにはなれないらしい。
「お主がいなくてサニーが寂しがっている」
「貴様がいれば充分だ、私みたいな男がいたらせっかくの場が澱む」
「何を言うかそんなことはないぞ?そう自分を卑下するなお主らしくない」
傲慢がスーツを着たような男ではあるがたまにこういう発言をすることがある、樊瑞は溜息をついて懐から黄色い札を取り出すと札の前で片手で素早く「印」を結んだ。
「な・・・貴様何を!」
一枚の黄色い札がアルベルトの身体の周りを光りながら回った。
するとアルベルトの背中にコウモリの羽根のような黒いマントがつき、スーツは古風な燕尾服になった。
「ふむ・・・ドラキュラといきたいところだが私の想像力ではせいぜいその程度だ」
「ふざけるなっ!さっさと術を解けっ!!」
「ふふ、そうはいかんぞ?これも『後見人』としての勤めなのだからな」
怒鳴るアルベルトの足元に輝く方陣が現れてアルベルトは床に飲み込まれていった。
「・・・!」
うさぎの耳がピンと立ち、突如現れたドラキュラに飛びつく。
無事十人全員集合となったパーティーは明け方近くまで行われた。
そして毎年の行事として今後も行われるのであった。
END
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