神室町ヒルズの真下。
飛び交う怒号と人々。
赤いサイレンが近づき、救急車に搬送される桐生一馬。
ヘリより降り、携帯電話を操作しながら走る伊達と遥。
息を切らせながらパトカーに乗り込む。
遥:(泣きじゃくり)おじさんが、おじさんが死んじゃったらどうしよう?
伊達:(遥を抱き締めてその背中を何度も撫で)大丈夫、大丈夫だ!! だって、今までだって大丈夫だたじゃねえか? あんな丈夫な男がくたばるわけねえよ
遥:(さらに大きな泣き声)今までは! そうだよ今までは、だよ!!
伊達:え?
遥:(伊達の肩に取りすがる)だってもうおじさんは今までのおじさんじゃないもの
伊達:(運転手に怒鳴る)代われ!! 俺が運転した方が早ぇ!!
大病院のロビー。
駆けつけた須藤を見て長椅子から立ち上がる伊達。
伊達に寄り添う須藤。
須藤:伊達さん!
伊達:須藤?! お前、大丈夫なのか? こんな所に来て
須藤;(寂しそうに)今、現場は一課が仕切ってますので
伊達:(悔しそうに顔を歪ませる)
須藤:ですので、私はこちらへ。けど、こちらの方がよかった。あなたの傍を……離れたくない(辺りを見回して伊達に軽く抱きつく)
伊達:須藤……
須藤:(抑えつつも強い口調で)ほかの誰かがあなたを取り調べる……耐えられません、そんなの……考えただけでも狂いそうだ……
伊達:(須藤の額に自分の額を軽く押し付けてから、身体を離す)バカだな……(ハッとして)そういや、聴取、あるよな? 当然
須藤:ええ。落ち着いてからでも構いませんよ。あの子も
伊達:あの子?
須藤:澤村遥さんです。一応現場に居合わせたことになるますので
伊達:(眉をしかめて)別にその必要ねえだろ? ヘリ自体なかったことにすりゃいいじゃねえか?
須藤:まあ、私もそうしたいのは山々ですが、伊達さんけっこう無茶言いますね
伊達:(ぐったりした様子で)だって、お前ぇ、これからの仕事考えてもみろよ?
須藤:伊達さんが気になさることはありませんよあなたはもう一般人なんですから
伊達:おい?
須藤:(毅然とした態度で)全ての責任は――私が
伊達:(きっぱりと)バカ野郎! 俺たち二人の事件だ!!
須藤:伊達さん……
伊達:ああ、あと、瓦のオッサン
須藤:(冷たく)その付け足し、無用です
伊達:……お前なあ
須藤:そう言えば、澤村遥さんはご一緒ではないんですか?
伊達:ああ、今、トイレだ……確かにちょっと遅いな(真顔で)色んな事が起こった後だ、貧血起こして倒れてるのかもしれねえ!
須藤:どちらのお手洗いですか?
伊達:(駆け出して)あっちだ!
女子トイレ
個室をひとつひとつノックする伊達と後ろにつく須藤
伊達:遥、おい、遥! 大丈夫か?
須藤:そこも返事がありませんね(一番奥の個室のドアを引き)ここ、鍵が閉まってます
伊達:よし。(大声で名前を呼びノックする)遥! おい、大丈夫か? 遥!!
須藤:(首を横に振る)倒れているのかも
伊達:(舌打ちをして)よし、ブチ破るぞ
遥 :(消え入りそうな小さい声で)……止めて
須藤と伊達、同時に顔を見合わせる
遥 :(泣き声で)お願い……向こうに行って……
伊達:(安堵のため息を吐いて)何だ、遥……お前、泣いてたんだな?
遥 : ……
伊達:桐生が心配なのは分かるけどよ、大丈夫だ! あの男は体力があり余ってるからな。今はICUだけどよ、すぐに良くなる! な、遥? 泣き顔見られたくないってのは、分かるけどよ、お前の姿が消えたら俺らが心配するだろ?
須藤:いえ、私は別に……
伊達:てめえ、ブン殴るぞ!
須藤:(別に悪びれず)すみません
伊達:(やさしい声で)だから、遥、出てきてくれ? 一緒に桐生の手術が終わるの待とう
遥: (ぐすぐす泣きながら)だめ……出て行けない……
伊達:何言ってんだ? (やさしく笑いながら)お前は泣いたって十分かわいい顔してんだから。恥ずかしがんな!
遥: (さらにしゃくり上げて)
須藤:(伊達の前に割り入って)失礼します。澤村遥さん? 警視庁の須藤です。以前の事件であなたの身元を確認しましたが、あなたは現時点でもう10歳でいらっしゃいますね?
伊達:(目を丸めて)何言ってんだ? 須藤
須藤:(クールに)あなたにとってお恥ずかしい質問かもしれません。ですから、イエスなら1回。ノーなら2回。ドアをノックして下さい
伊達:(わけが分からないように)おい?
須藤:(クールな調子のままで)初潮が訪れましたか?
遥 :(控えめに1回ノック)
伊達:(無言で目を見開く)
須藤:必要なものを売店で私が買って参ります。伊達さんはロビーに連れ出しますので、そのまま5分ほどお待ち下さい
遥 :(強い調子で1回ノック)
ICU前のロビー。
長椅子にかけてタバコを吸う伊達。
須藤の姿を見て顔を上げる。
伊達:遥は?!
須藤:必要なものは全てお渡ししました。今はご自分で処置なさっている頃でしょう(クールに)
伊達:そ、そうか……悪かったな(恥ずかしそうに俯き)俺が気づいてやれなちゃいけなかったのにな……娘持ってる親なのに……(がっくり)
須藤:(伊達の真横にかけ)女子の第二次性徴は毎年低年齢化しています。伊達さんがお気づきになれなかったのも無理もありません。それに、今は学校のほうでも性教育が為されているはずです。大丈夫でしょう
伊達:け、けどよ……(はっと顔を上げる)遥!
遥 :(病院のロゴの入ったトーとバッグを持って)あの……(泣きはらした顔で)
伊達:(跪いて遥を軽く抱き締め)遥、大丈夫だったか?
遥 :う、うん。でも……私、びっくりして……それで……(また目に涙をためる)
須藤:(立ち上がり)どこか痛いところなどはありませんか?
遥 :(須藤を見上げて)大丈夫です……
須藤:(長椅子を促してそうですか、では、どうぞこちらにおかけ下さい
伊達:(怪訝そうに須藤を見ながら自分も遥の隣にかける)
須藤:(遥の隣にかけて)おめでとうございます澤村遥さん。これであなたは生殖能力のある立派な大人の女性です(クールに)
遥:(呆けて)
伊達:(慌てて)お、おい須藤!! お前何言ってんだ?
須藤:理解が必要です。ご自分の身に起こったことに関して理解することが(遥の向こうの伊達を見つめ)唯でさえ彼女は親以外の異性と過ごしているわけですから
伊達:だからってそんな言い方することねえだろ!
須藤:一般的に生理の出血は7日から10日続きます
伊達:(顔を赤くして)須藤!!
遥 :それ……保体の時習った……
須藤:だったら、処置の仕方は分かりますね?
遥 :大体……
伊達:(須藤を指差し)おい遥、腹が立ったら言え! この男、ブン殴ってやるから!
須藤:伊達さん、ひどいですね
遥 :(だんだん元気になってきて)ううん。ぜんぜん。須藤さんて学校の先生みたい
伊達:そ、そうか
須藤:澤村遥さん
遥: はい?
須藤:忘れないで頂きたいのは、あなたはもう大人の、立派な一人の女性だということです
遥: えっ?
伊達:須藤?
須藤:確かに現時点のあなたは、選挙権もなければ、勤労の義務も発生しません。広義の意味では大人ではないかもしれない。けれども!(いつになく強い調子で)あなたはもう男性のとの間に子供を授けられる身体です。無論、未成熟のあなたの身体が、妊娠、出産を行うのはとても過酷なことですし、法的にはまだ許されません。しかし、身体的にはあなたは一人前の女性なんです
伊達:須藤(苛苛した様子で)
須藤:(遥を見つめ)狭山薫さんとも、十分に張り合えます
遥: (ハッとしたように目を見開く)
伊達:(須藤の首ねっこを掴み、ずるずると壁際に追い込み背中を押さえつける)
須藤:そんな……伊達さん……女性の見てる前で……
伊達:お前は何を言ってるんだ?! さっきから
遥: (考え込んでいる)
伊達:大体桐生は父親代わりの男だぞ? ワケわかんねえこと言って、遥を混乱させるんじゃねえ!
須藤:お言葉ですが伊達さん、(首だけ振り返り)澤村遥さんは一人の女性として桐生一馬に特別な感情を寄せています
伊達:何言ってんだ? てめえ(すごんで)
須藤:(怯まず)ヘリの時、気づきませんでしたか?
伊達:何?
須藤:あなたの説得に応じなかった二人を見つめるあの表情は親を慕う少女ものではありませんでした。男を愛する一人の女性でした
伊達:そんなバカな……
須藤:私には分かります
伊達:何故だ?
須藤:私もあなたに10年以上も片思いを寄せていましたから。片恋する人間は簡単に見分けられます
伊達:そ、それは――
須藤:ちょっと、すみません。これ以上何もできないのであれば、この体勢はつらいだけです(伊達の身体の下から抜け出し)付け加えて、澤村遥さんの初潮はおそらく桐生一馬が狭山薫さんを選んだことに起因しているとみてよいでしょう
伊達:(だんだん刑事の目になってきて)何だと?
須藤:突発的な環境の変化、及び過度のストレスは身体に並々ならない影響を与えます。この為修学旅行やサマーキャンプなどに女児の子供を送り出す際にはその機関は生理の用意を義務付けられます。また、そういった指導も必ず
伊達:続けろ
須藤:澤村遥さんは再びヤクザの抗争に巻き込まれました。しかしながら彼女が本当にストレスを感じたのは、桐生一馬に裏切られたことです。それも、目の前でね
伊達:(考え込んで)
須藤:通常初潮の平均年齢は12歳前後です。しかし、これはかなりの個人差を有します。10歳で初潮を迎える少女も少なくありません。しかし、澤村遥さんの身長を慮るに、やや、早い
伊達:わかった、もういい(少し考えこんで)遥
遥: 何? 伊達のおじさん(いつもの笑顔で)
伊達:桐生の手術、まだかかりそうだ。食堂が開いてるけど、何か食いに行くか?
遥: ありがとう、伊達のおじさん。でも私ここでおじさんを待ちたいの。須藤さんと二人で行って来て
伊達:そうか……
須藤:では行きましょうか? 伊達さん
伊達:アホか! お前ぇ!! 遥一人置いて行けるか? パンでも何でも買って来い!!
遥: (二人を見てくすくす笑う)
須藤:(気にせず)では何か買って来ましょう。伊達さんはおにぎりとサンドイッチどちらがいいですか?
伊達:ん、そうだな。米だ米
須藤:かしこまりました。澤村遥さんは何か食べたいものはありますか? 菓子パンなども売ってましたが
遥: 私、クリームパンが食べたい!
須藤:かしこまりました(背を向けて)
遥: (立ち上がって)須藤さん!!
須藤:(立ち止まる。首だけ振り返って)何か?
遥 :ありがとう……
須藤:(向き直って)礼を言われるほどのことはしていません
遥: うん! でも、ありがとう!(ぺこっと頭を下げて)
須藤:澤村遥さん……
遥: はい?
須藤:個人的見解ですが、私は狭山薫さんよりあなたの方が美人だと思います(再び背を向けて)では
伊達:うわ……
遥: どうしたの? 伊達のおじさん
伊達:珍しいんだよ! 須藤が女褒めるなんて!!
遥: そうなの?
伊達:ああ。明日は魚が降ってくるかもしれねえ
遥: 何それ(笑いながら)?
伊達:あいつ女嫌いなんだよ
遥: その分伊達のおじさんが好きなんでしょ?
伊達:(ばつが悪そうに)
遥: (口笛を吹くように口を尖らせて)ヒュー、ヒュー
伊達:コラ! 大人をからかうんじゃねえぞ(ふと、自分がさっき言った台詞を思い出す『女褒めるなんて』)ああ……
遥: どうしたの?
伊達:いやあ(困ったように笑って)いつの間にか俺も遥を女扱いしてたみてえだ
了
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