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念ずれば花開く

 困ったなあ、と本当に困り果てた顔でヴァッシュ・ザ・スタンピードは呟いた。
 ここはどこだ?
 辺りを見回す。まず目にはいるのは木。青々と緑の葉を茂らせて、まるでジオプラントの森のまっただ中のようだ。
 耳に届くのは笛の音のような鳥の鳴き声。どこかで水の流れる音。
踏みしめている地面は黒々とした土と緑の下草で、決して踏み慣れた砂ではない。
 しばらく考え込んで、ヴァッシュは一つ手を打った。
「夢だよ、うん。そうに決まった」
 誰に言うでもなく一人で納得して、ヴァッシュは大きく息を吸い込んだ。
 遠い、懐かしい記憶。命にあふれた柔らかな空気。
 夢って便利だなあ、と思いながらもヴァッシュは取りあえず歩き始めた。
 そのうち目覚まし時計のけたたましいベルで目が覚めるだろう。

 水の流れを辿っていくと、突然視界が開けた。
 池のほとりに、小綺麗な屋敷がひっそりと建っている。
 柵に絡んだ蔦の間から、色とりどりの薔薇の花が顔を覗かせている。
 とりあえずその生け垣の周りをぐるっと歩いていると、聞き慣れた声に呼び止められた。
「オイこら、そこのお前、なんでこないな所に入りこんどるんや」
「やあウルフウッド」
 何故か麦わら帽子に作業服、手にはスコップと鎌を持った牧師に、笑いをこらえながらヴァッシュは手を挙げた。
「君こそ何? どうして庭師なのその格好」
 眉をひそめて怪訝な表情のまま、ウルフウッドが何か口を開こうとしたとき、ウルフウッドさーん、と、これまた聞き慣れた声が遠くから飛んできた。
「なんやハニー!」
 ウルフウッドが振り向いて叫び返す。その視線を辿ると、屋敷のテラスの手すりから身を乗り出して、ぶんぶん手を振っているミリィがいる。その彼女も何故か黒いワンピースに白いエプロンをつけていた。
「梯子が見つからないんですー! どこにあるかご存知ないですかー?」
「物置の……ああわかった、動かしてあるんや! ちょい待っとり」
 そう答えるなり、ウルフウッドはヴァッシュに軍手と鎌とシャベルを押しつけた。
「悪い、コレもっとって。後で用事は聞いたるさかい、ここ動くんやないで」
 屋敷の方に駆けていくウルフウッドを呆然と見送りながら、ヴァッシュは途方に暮れた。
 夢なんだったらここで僕はお客様で歓待されて、美味しいお茶にお菓子でももらえるってのが望ましい形なのでは、とぼんやり考える。
 とりあえず、ウルフウッドから預かった物はその場に置いて、ヴァッシュはまた歩き始めた。
 柔らかな日差しが木々の葉の間から漏れて、風に揺れてちらちらと踊っている。
 生け垣が切れて、花壇に出た。
 色とりどりの花が咲き誇っているその花壇の向こうに、まるで彫刻のように立ち尽くしている小柄な後ろ姿を見て、ヴァッシュは微笑んだ。
 昔記録映像で見た、古い時代のゆったりとしたドレスのような服に身を包んだ彼女は、心ここにあらずといった様子で森の向こうを見ていた。
 やっぱり。あのふたりがいるのに、出てこないわけはないと思ったんだよな、と納得しながら、そっと近づく。
「どうしたの? 考え事?」
 いきなり尋ねると、驚いたように彼女がこちらを振り仰いだ。見上げるその紫紺の瞳は、うっすらと涙ぐんでいる。
 ぎくりと心臓が跳ね上がった。
「え、ええ? どうしたの、何かあったの?」
 慌てふためいて尋ねると、彼女は潤んだ瞳を一杯に見開いて、それからまつげを二度ほど瞬かせた。
「……あなたは誰?」
「――通りすがりの変な人」
 多分彼女にとってはそうなのだろうな、と、見当をつけながらそう答えると、彼女は小さく吹き出した。
「ご自分で仰っていれば世話はありませんわね」
 くすくすと笑いながら、彼女は細い指で目元を拭う。
「変なところをお見せして申し訳ありません――でも、なんでもないんですの」
「そういうんだろうと思ったけど」
 ヴァッシュは空を仰いだ。突き刺すような、あの見慣れた青空ではなく、柔らかな優しい天の蒼。
 それから、彼女の目線にあわせるようにかがみ込む。
「でも、今は聞けるから聞くよ。何でもないわけないだろう? 君は本当にがんばりやさんだから、何でもないのに泣いたりしないでしょ」
 しばらく、こちらを見返していた彼女が、不意に小さく頭を振った。
「……私、泣いたりなんてしませんわ」
 細い声。俯いてしまって、その表情は見えない。
「一人でなんだって出来ますわ――そうでなければ、私……」
 ぎゅっと固く握りしめられた両の拳。
 ……ああ、こんな時まで。こんな夢の中まで。
 どうして、彼女は泣いてくれないのだろう。
 しっかりと自分の足で立っている姿を知っている。時には迷ったり悩んだりしながらも、一生懸命に自分を追いかけ続けている事も知っている。
 けれども。
 ふわり、とその腕を回して、ヴァッシュは彼女の身体を自分の方へと引き寄せた。
 驚いて抗おうとする彼女に構わず、その腕に力を込める。
「泣いていいんだよ」
 ヴァッシュは彼女の夜の色をした髪をそっと指で梳いた。
「一人で抱えこまなくったっていいよ……わがままだって言っていいよ。君は、そういうことを我慢しすぎだから」
 しばらく黙ったまま、ヴァッシュに髪を撫でられていた彼女が、何か小さく呟いた。
 え、と、聞き返すと、彼女はヴァッシュの胸に埋めていた顔を少しだけ離した。
「そう、言ってあげたいのに……どうして、私、あの人にそう言えないのかしら……」
 ヴァッシュはほろ苦い気分で、笑みを漏らした。
「似たもの同士なのかもしれないね、案外」
「……誰と誰がですか?」
 不思議そうに問い返してくる彼女に曖昧に微笑んで、そっとその額に唇を落とした。

「……ッシュさん、ヴァッシュさんたら!」
 揺り動かされて、はっと意識が覚醒する。同時に戻ってくる人のざわめき。
 宿屋の一階にある、食堂兼酒場のカウンターの隅で、いつの間にか眠り込んでいたことに気付いて、ヴァッシュは苦笑しながら額に手を当てた。
「全くもう。器用な方ですわね、どうしてこんな騒がしいところで眠れるんですの?」
 降ってきた声に顔をあげる。いつもの白いマント姿の彼女が、腰に手を当てて、テーブルに突っ伏していた身を起こした自分を見下ろしていた。
「……なあんだ、やっぱり夢だよ」
 呟いた彼に、メリルの眉がきりりと音をたててつり上がるのが見えた。
「なあんだじゃありませんわよ! あなたが先程の騒ぎで壊した酒場の一件、ようやく片づけて戻ってきてみれば呑気に眠りこけてた上に夢ですって!? 今日という今日はみっちり――」
 なおも言葉を続けようとしていた彼女の腕を引いて、すぐ隣の椅子に押し込む。驚いて口をぱくぱくしている彼女に構わず、ヴァッシュはアイスクリームとパンケーキとコーヒーね、とカウンターの中の店員に声をかけた。
「取りあえずお詫びのしるしにおやつに付き合ってよ。あれ? 君の相棒は?」
「……あなたを捜しに街の北の方に行ってますわ。ここで落ち合うことになってます」
 つん、とそっぽを向きながら、彼女はそれでもその席を立とうとはしなかった。
 背筋を伸ばしてなおも小さくぶつぶつ言っている彼女の横顔を眺めて、そしてヴァッシュはくすりと笑った。
「俺達って案外似たもの同士だと思わない?」
「――は?」
 目と口とを丸くしてこちらを見返す彼女になおもくすくす笑いながら、ヴァッシュは飲みかけのまま放ってあったバーボンを一口含んだ。 

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