Festa
「先輩! 用意できましたあ?」
がちゃりとドアを開けて顔を覗かせた後輩に、メリルは照れくさそうな笑みを浮かべた。
「ええ。でも……やっぱりなにか変じゃありません事?」
姿見に移った自分に怪訝な顔を向けた後、首を後ろにひねって自分の格好を確認しようとするメリルに、ミリィは破顔した。
「似合ってますよう。かわいいです先輩!」
いつもはタイトミニのスカート姿だが、今メリルが身につけているのは何枚かのたっぷりとした布を巻き付けたロングスカートに似たものだ。
ひょこ、と部屋に入ってきたミリィもまた、メリルと同じような格好をしている。
「ミリィこそ、似合ってますわよ。私は背が低いから、あまりロングは似合わなくて」
「そんなことないですよ!」
近くまでやってくると、ミリィはメリルの頭の飾りの位置をちょっとだけ直した。ぐるりとメリルの周りを回って確認すると、よし、とにっこり笑う。
「でも私、お祭りなんて勤めはじめて以来なんで、すっごくたのしみです!」
「……わたしはカーニバルならともかく……こういうお祭りは初めてですわ」
メリル達一行が立ち寄ったこの村では織布業が盛んで、それも手織の意匠を凝らしたものが中心だった。男は畑を耕し、女は布を織る。
そして収穫期には収穫を祝い、そして機を織る女達を慰労する意味もかねて、ささやかに祭りが行われるのだそうだ。
「でもまさか、お祭りに参加させてもらえるなんて思いませんでしたよ! 先輩のおかげです!」
「そんな、たまたまですわよ、たまたま」
昨日から何度も繰り返されたせりふに、メリルもまた苦い笑みで何度目かのせりふを返す。
事の起こりは、昨日、この村に立ち寄ったときのことであった。
いつものように姿をくらまそうと逃げる「彼ら」を追ってこの村にたどり着いたとき、道を尋ねようと酒場のドアをくぐると、そこではさながら地獄絵図のような乱闘騒ぎが繰り広げられていたのである。
ついいつもの癖で、彼らが巻き起こしているものと決めつけて、いつものようにつかつかと騒ぎの中心にいる男を問答無用でデリンジャーの銃床で殴り倒した後、メリルはそれが彼ではなかったことに気づいた。
……たまたまその男が、村祭りを妨害するためにやってきたちんぴらの頭だったおかげで、メリル達はやんやの歓待を受け、そして現在村祭りの衣装を着ているのである。
ちなみに彼女たちに遅れること半時でやってきた彼らは、メリルの「捕まえて下さい!」の一言で、昨晩は保安官事務所の冷たい檻の中で過ごす羽目になっていた。
「さ、先輩、ここんちのおばさんも待ってましたよ、早く行きましょう!」
ミリィに引っ張られるようにして部屋を後にしながら、メリルはちらりと、様子を見に行かないといけませんわね、と思った。
メリル達が広場につくと、既に祭りは始まっていた。
収穫した野菜のコンテストや、旅芸人のパフォーマンスなどで、広場はやんやの盛り上がりを見せている。
「にぎやかですねえ。あ、先輩、あの焼き菓子美味しそう!」
「あとで行ってみます?」
ミリィと2人、のんびりとあちこちの様子を見て歩いていたメリルは、ひたりと足を止めた。
そのにぎやかな祭りの一角、今年一番の麦酒や葡萄酒などを振る舞うところに、見慣れたとんがり頭と大きな十字架を見つけて。
「ぷはー! うまいっすよコレ!」
「そうかい、ほれこっちもいってみなあんちゃん!」
「おっちゃんこれ分けてもらえへんかー?」
「金さえ置いてってくれるんならな」
立ちつくすメリルの横で、ミリィがあれえ、とのんびり声を上げた。
「2人とも、出してもらえたんですねえ」
「……あの人達は……っ!」
ぎゅっと拳を握りしめて、メリルはつかつかとそちらへ歩み寄った。慣れないロングスカートがまとわりついて歩きにくい。
「ヴァッシュさんウルフウッドさん! あなた方こんな所で何してますのっ?」
メリルの一喝に、2人がびくっと固まって、そしておそるおそる振り向いてくる。
「や……やあ、保険屋さん……」
振り向いた先で作り笑顔を浮かべようとしたヴァッシュの表情が、笑顔にならずに固まる。
それには気づかずに、いつものように腰に手を当てて、メリルはびしびしっと順番に2人に指を突きつけた。
「釈放されているのはまあいずれはそうお願いするつもりだったからいいとしても! ただ酒なら際限なくはいるご自分達を、この村の方々に迷惑だとは……なんですかお二人とも?」
言葉の途中でメリルは首を傾げた。
何故なら、ウルフウッドはおかわりを受け取ろうとした体勢のまま固まって、呆然とこちらを見ているし、ヴァッシュはなにやら口をぱくぱくさせているのだ。
「……ヴァッシュさん何か苦しいんですか?」
きょとんとミリィが尋ねて、それでウルフウッドがはっと我に返ったようにいや、と呟いた。
「……なんやねんお姉ちゃん達その格好……」
「変ですか? 借りたんですよ、お祭りだから」
「いや別に変とは……いわへんけど……いつもとのギャップが……」
似合わないですかねえ、とちょっぴり気落ちしたように言うミリィに、ウルフウッドが慌てて勢いよく首を左右に振った。
「いやそーゆーのもかわええて! な! トンガリ?」
「……え? あ、うん!」
しどろもどろになりながらこくこくとヴァッシュが頷く。その様子に、ミリィがほっと笑った。
「そうですか? ……あれ、先輩?」
しばらく黙っていたメリルが、ミリィの横から離れてすたすたとヴァッシュ達がついているテーブルの傍らへと近づいてくる。
「……どないしたん姉ちゃん?」
怪訝に呟くウルフウッドの言葉など意にも介さない様子で、メリルはテーブルの上にあった麦酒のグラスを取った。
そしてその中身がヴァッシュとウルフウッドの頭にぶちまけられる。
「何も無理に誉めて頂かなくても結構ですわ。いつもと違って悪うございましたわね」
腹の底から冷ややかな声で言うと、メリルはくるりときびすを返した。
「さ、ミリィ、さっきのお菓子でも買いに行きましょう」
「はあい!」
賛同の声を上げて連れ立って遠ざかっていく2人を、髪からしたたり落ちるビールの滴越しに見送った男2人に、周りからどっと笑いがわく。
「ありゃあ、お前さん方が悪い!」
「なんだなんだ、痴話喧嘩かい」
かって勝手に好きなことを言われながら、ヴァッシュとウルフウッドはまだ呆然としていた。
一つ目の太陽が地平線の向こうに去り、もうひとつも名残惜しげに最後の光を投げかけはじめる頃になって。
広場の端っこで、もくもくと甘い焼き菓子を食べているメリルを見下ろしながら、ミリィは小さくため息をついた。
(本当にヴァッシュさんもウルフウッドさんも朴念仁ですねえ……)
いつも仕事着で銃を背負って、肩肘張っているメリルの、少しでも気晴らしになればと思っていたのに、これでは絶対着ないと言い張るメリルをなだめすかして、ようやく着せた自分の努力がぱあではないか。
「ね、先輩。日が暮れたらダンスなんですって! 楽しそうですねえ」
「まあ、私たちの知らない踊りでしょうけど……でも、見るのは楽しそうですわね」
優しい後輩が自分を気遣ってくれているのを感じて、メリルは強張った顔の筋肉をほぐした。ほっとしたようにミリィも明るい笑顔を覗かせる。
「先輩ならちょっと見たら覚えらるんじゃないですか? あ、誰か教えてくれるかも」
「そんなことありませんわよ。だいたいどなたに教えて頂くんですの?」
「でもでも、さっきから先輩のことちらちら見てる男の人たち、結構いますよ?」
こっそりと周りを見渡しながら、ミリィは呟いた。
「気のせいですわよ、それは」
苦笑いして、メリルはお菓子の入っていた紙袋を丁寧に小さく折り畳んで立ち上がる。
「さ、にぎやかな方に戻りましょうか。せっかくですもの、雰囲気だけでも楽しませていただきましょう?」
「はい! 大賛成でーす!」
立ち上がって同意すると、ミリィはメリルの横に並んで歩き始めた。
メリルは困っていた。いや困り果てていた。
今朝方からの滞在ですっかり子ども達の人気者になっていたミリィが、子ども達にかっさらわれるようにして連れさらわれてしまい、見よう見まねでダンスの輪の中に加わってしまったのだ。
一人で立ちつくしているメリルに、親切にも声をかけてくる男性陣に、踊れませんの、と謝ること5回目。
今度の2人組はなかなかしつこかった。
しかも、やや離れたところに固まってヤジを飛ばしている人たちと賭でもしているらしく、なかなか引き下がってくれない。
「大丈夫だよ、そんな難しくもないしさ、一人でいるのもつまらないだろ?」
「いえ、雰囲気だけで十分楽しませていただいておりますから」
「そんなこと言わずにさあ、ね? せっかくだから入ろうよ」
「お気持ちだけで結構ですわ」
既に押し問答となっているやりとりに疲れてきたメリルが、このまま黙って逃げようかしら、それともミリィに助けを呼ぼうかしら、と思案しはじめた瞬間、ふわ、と後ろから誰かに抱え込まれた。
「……?」
驚いたメリルは、彼女の肩からおろされて前で組まれている腕を見て、更に狼狽する。
見間違えるはずがない。右腕には不思議な材質の赤いコート、左腕は黒いアンダースーツで覆われた、見慣れた腕。
「ごめんね、彼女は僕の連れなんだ。あんまりしつこくしないでやってくれないかな?」
背中に当たる彼の体から、直接響いてくる声に脈拍が上がる。
「ってあんた昨日この人に捕まえられてたんじゃ」
「ああそれなら、不幸な行き違いもしくは日常のコミニュケーションだよ」
あくまでもにこやかに言葉を続けて、ヴァッシュはひょいっとメリルを抱え上げた。
「――――!?」
今度こそ声にならない悲鳴を上げるメリルを肩に乗せて、ヴァッシュはじゃあね、と男に声をかけてすたすたと歩き出す。
しばらくたってから、メリルははっと我に返った。
「あああああああのあの、ヴァッシュさん、もう結構ですわ下ろしてくださいっ」
「もうちょっとまずいでしょ、見てるだろうから。あのベンチまで我慢してね?」
……我慢って……。
そう思いながら、メリルは落ちないようにとっさにヴァッシュにしがみついていた自分の手を、不思議な思いで眺めた。
――この上もなく怒ってたはずなのに、どうして私今ほっとしてるんだろう――。
「全く変なところで無防備だね、君は。あんな所で一人でいたら、そりゃ格好の的だってば」
ベンチにメリルを下ろし、自分もその横に腰掛けて、ヴァッシュは頭の後ろで腕を組んで背もたれに体重を預けた。
「……お手数かけて申し訳ありませんでした」
落ち着いたとたんに先程の怒りがよみがえってきて、メリルはつっけんどんに返事をした。
ヴァッシュが驚いたようにメリルに視線をやって、そして、あちゃ、と呟く。
「――ゴメン、いつも僕は足りないね、言葉が」
「別に、私は気にしておりませんから、どうぞお気になさらず」
あくまで固い言葉ではねつけるメリルの耳に、苦笑まじりのため息が聞こえる。
と、ぐいと肩を引き寄せられて、メリルはヴァッシュの胸に頭をもたせかけさせられた。
息を呑んでヴァッシュを見上げると、呼吸すら聞こえてきそうな至近距離で、翠の瞳が微笑んでいる。
「似合ってるよ。可愛い。これは昼間足りなかった分」
どう言えばいいのかわからず、ただ呆然とヴァッシュを見上げるメリルに、ヴァッシュが笑みを漏らす。
「それから、僕が嫌だったんだよ。君があんな風に囲まれてるのはね」
頬に血が上るのがわかって、とっさにメリルは下を向いた。
「……口ばっかりうまいんですのねっ」
「嘘は嫌いだよ、僕は」
「そうですわね、隠し事は嘘とは言いませんものね」
「…………」
黙ってしまったヴァッシュに、メリルはしまったと唇を噛む。
しばらくの沈黙のあと、きゅっと、肩に回された腕の力が強くなったのを感じて、メリルはおそるおそる視線をあげた。
その視線に気づいたヴァッシュが、寂しげに微笑む。
「――ゴメンね」
何を謝るんですの、と、口の中だけで呟いて、メリルは顔を伏せた。
心もち、ほんの少しだけ、ヴァッシュに体重を預ける。
そして目を閉じた。
今だけ、ほんのちょっとだけ、と自分に言い聞かせながら。
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