「驍宗様、どうなされたのですか?」
「それは私の言葉だな、どうしたその花束は?」
小柄な戴の麒麟、泰麒。その主である泰王驍宗は彼を嵩里と呼んだ。故国での名だ。
「これは李斎にもらったんです、今官邸に仮住まいしていて、お話に言ったんです」
「その庭の花か」
「はい」
小さな腕をいっぱいに広げて抱える、黄金色の花。慌てて花瓶を持ってやってきた女官が花を受け取った。
「ぎ……主上のお部屋にも置きますね」
「いや、いい」
「……そうですか」
しゅんと悲しくうな垂れる泰麒、そうではないと頭を撫でた。
「会う用事があるのでな。私は私の分をもらいに行こう。それに実際見渡したほうが綺麗だろう?」
「……はいっ!」
ぱあっと笑う姿が愛らしく、自然と驍宗の表情も崩れるのだった。
突然の来訪に驚いて、李斎は立ち上がった。珍しいことではないが、風呂上りのこの髪は、いくらなんでも失礼だろう。
「少し待っていただいて……主上」
女官に伝言を申し付けようと思った時には、すでに遅く主は部屋の扉の前に立っていた。
「人払いは済ませたが」
「少々お待ち下さい、髪が……」
「濡れていて何か不都合があるか?」
「主上の前では……っ!」
部屋を飛び出そうとした李斎の腕をつかむ。
「私個人としては喜ばしいのだが」
「……真面目な顔で言わないで下さい」
驍宗の微笑に李斎は頬を赤らめて答えた。
「しかし昼間から風呂か?」
「稽古がありましたので。主上にご挨拶に向かう前に、身を清めようと……帰還しなければなりませんので」
「そうだったな」
腕を解き放ち窓から庭園を眺める。
「あれが嵩里が言っていた花だな」
「台輔が?」
「ああ。李斎に花をもらってきた、と嬉しそうに言っていた。見ても良いか?」
「はい」
庭園に直接通じる扉を開ければ、そこは見渡す限り一面の金色の花で埋め尽くされていた。
「官邸暮らしに慣れますように、と女官たちが奇麗に手入れをしてくれて……見事な花畑となりました」
「確かに見事だ……」
「主上もいかがですか? 花束をお作りします」
「私は良い。眺めることができただけで十分だ、それに……別の花を所望したい」
「別のは……主上!」
言いたいことが理解できて、李斎は一喝するように叫んでしまった。
「主上とのご関係はあります……が……ですが……」
「私にとっては極上の花であることには変わりない」
「私は花のように美しいわけではございません。武人で……」
「戦場で咲く花、なのだろうな」
側に寄り背から濡れ髪に触れて口づける。それだけがひどく恥かしい行為に思えて、李斎は振り返った。
「どこにいようとも、李斎という花は目立つ。私の目からの話だが……己が思うほど目だっていないわけではないのだぞ?」
「私は」
「武人である以上強さは求められる、が以前に女だという意識を失う必要はない。強さの中に、女として細やかな動きも必要だろう。だからこそ、自分を卑下するな。十分美しい」
毅然とした態度で、家臣であり女として諌める言葉を述べられてただ、緋玉の瞳を見つめた。
「だからこそ……」
「……驍宗様」
伸ばされた腕、腰に回されて李斎は名を呼んだ。名はやっと驍宗を男として認めた証拠だった。
「まだ昼間でございますから」
「別に抱こうとしているわけではない。部屋で茶を貰おう。二人で過ごす時間が勿体無い」
「政務はよろしいので?」
「それは先程嵩里に尋ねられた。今日はあらかた片付いた。急することはやめたのでな。多少の余裕ができたかもしれぬ」
微笑む顔は柔らかい。つられて微笑んで李斎もまた腕を伸ばす。
もう躊躇も拒むこともしない。
腕の中にようやく花を抱くことができて、驍宗は満面の笑みを浮かべて愛する花に口づけた――。
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