「これは……氷?」
「そうです、氷ですよ」
瓶(かめ)に入った冷たい塊に手を触れようと、足を伸ばす。届かなくて転びそうになるところを、抱えあげられて触ることができた。
「この氷どうしたの、李斎?」
「貰い受けてきたのですよ」
笑顔で幼い台輔に答える。
「清水の流れる場所がありまして。冬場は凍りつき、水の流れもとまってしまいますが、塊は多くできます」
「瓶に入れて……溶かすの?」
「はい。溶かして茶などで使おうかと」
「清水だから美味しいだろうね」
「ええ。お酒を飲む方にも重宝されますよ」
床に足がついたのを確認して、手を話す。視線を合わせるように李斎は屈んだ。
「氷を用立てて、茶を用意いたしましょう」
「うん」
李斎自らが氷を割り、氷を溶かす。茶器を運び居間に待つ泰麒の前で茶を点て差し出す。
「……美味しいね」
「お味がおわかりでよかった」
微笑み空になった湯飲みに茶を注ぐ。
「ねえ、李斎」
「はい」
「お酒にはどう使うの?」
「氷を砕きそのまま使うのです。酒を冷たく飲むためですが、ここでは贅沢なものですね。戴は極寒の地です。室内が暖かければ美味に感じますが、民は贅沢と言うでしょう」
「そうだね、外は寒くて、薪も少ないから暖かい飲み物のほうが良いものね」
「はい。それで台輔にお願いがあるのですが」
「お願い?」
「主上にこの氷をお持ちください。酒を所望される方ですから……最近政務にも力が入り、お疲れのご様子も見られますので」
「うん」
笑顔で答えて大きく頷く。
「その必要はない」
低い声に驚き、二人は振り返る。そこには二人の主が立っていた。
「主上、どうなされたので?」
「今宵は参ると言わなかったか、李斎?」
言われて思い出す。忍んでくると告げられ、お控えくださいと言ったはずだった。そんなことは知らない泰麒は二人の顔を見る。
「驍宗様、お酒飲みますか?」
「うん?」
「美味しい氷があるんです」
「ほお、珍しいな。持ち帰ってきたのか?」
「は、はい」
「私も貰おうか」
頼まれて李斎に断る術はない。急ぎ仕度をし、器に氷を割りいれた。冷えた酒を注ぎ、酒は冷たさを増した。
「嵩里、覗いてみるといい」
「お酒をですか?」
「ああ」
椅子に座り、泰麒を抱き上げ膝の上に乗せる。
「透明ですね」
「そうだ、多少でも飲めなくはないが、濁りのある水で作った氷は、白い濁りが浮かぶ。これは純粋な水だ」
器を手に取り口に含む。暖かい室内で、冷たい酒は心から美味いと言えた。
「美味しいですか?」
「ああ。美味い」
主の笑顔に満足そうに、泰麒もまた笑顔を浮かべる。
その様子に李斎もまた笑んで、酒を注ぎなおす。
「ゆっくり休んで下さいね、驍宗様」
「ああ」
「李斎も疲れているから、といって氷を持ち帰ってほし……」
「台輔、それは」
「ならば明日また来る」
立ち上がり、泰麒を降ろす。
「嵩里戻るぞ」
「はい」
先に駆け出す泰麒。姿が消えたのを確認して、驍宗は振り返り李斎の側へと歩み寄り耳元で囁く。
「明日も来る……褥で癒してくれ」
「っ……主上!」
その言葉に李斎は顔を真っ赤に染め上げた。返答も待たずに驍宗もまた姿を消した。
酒に満足した笑みと、明日が待ちきれないと浮かべた表情を李斎の脳裏に残して。
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