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うろほろぞ
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Frou Frou

 彼はいつものように自宅周辺を見廻っていた。
 自分の住処と隣家は同じ敷地にあり、そこに不審な物事が起きないようにするのが彼の役目だった。そのために彼はここにいるのだ。
 何故なら、ここは彼の領域――テリトリー、即ち「ナワバリ」だからだ。
 自分に把握できないことがあってはならないのだ。


 その日その時、彼の優れた聴覚は聞きなれない音を捉えた。
 少し高めの少女の泣き声だった。
 すすり泣くというよりはしゃくりあげると言った感じの声は何かに話し掛けている。

「ごめんね、ごめんね。おとーさんもおかーさんも『うちは家族が多いからそんなよゆうはありません』って言うの。『もといたところに返してきなさい』って……」
 声のほうに行って見ると、生垣の向こうを栗色の髪をお下げにした少女がとぼとぼと歩いている。どうやら手に持った小さい箱に向かって話しているみたいだった。

――これだから子供という動物は…
 彼はやれやれと首を振る。この少女はどこかで捨てられたペットを見つけてしまったらしい。そして家に持ち帰り、案の定家族の反対にあってしまったのだ。
 初歩的な推理だ。
 そして人間の身勝手さに憤りを覚える。最近の人間は本当になっていない。たやすくブームに乗っかりそして飽きるとすぐ次に乗りかえる。この少女も明日には新しいオモチャを見つけて今日のことなど忘れてしまうに違いない。

「あのね、でもあなたに新しいおうちを見つけたの」
 少女の話は続いている。しかも動く口とは裏腹に彼女の足は止まっていた。
 彼の家の前で。
「ここはね、美人のネコさんとか、かっこいいワンちゃんがいるおうちなの」
 少女は夢見るような表情で洋館を見上げている。
 繰り返すが、そこは彼の住まいだった。
「あなたは白くてきれいだから、きっとここで幸せになれるわ」
 ね? と箱に微笑みかけるその無邪気な笑顔が彼には疫病神のものに見えたに違いない。

 茫然自失の態で警告することすら忘れた彼の鼻先を少女は気軽な足取りで横切り、
「ここがあなたの新しいおうちよ」
 いともあっさり敷地に侵入してしまった。とんだ失態をしでかしたと臍をかむ彼の姿には気がつかなかったらしい。
 少女の関心は、可愛そうなこの子をいかに『いつまでも幸せに暮らしました』の物語に当てはめるかということだけに注がれていた。

 やがて少女は桜の木の下で立ち止まった。
 いっせいに咲き誇るその時を待つ固い蕾を見上げて、一人うなづく。
「この木がお花でいっぱいになったころに、幸せになったあなたに会いに来るからね」
 それまで元気でね。と根元に箱を置いた。
 それを見ていた彼は思う。お花でいっぱいになるころまでその約束を覚えていられるわけがない、と。
 子供の時間の流れは驚くほど早い。毎日が新しい事件の連続だ。見るからに好奇心旺盛な少女がいつまでもこの箱の存在を覚えていられるはずがない。
 その証拠に、
「じゃあ、元気でね」
 そういった後はくるりときびすを返して外へと駆けて行くではないか。
 一度も振り返らず。


 そして、後には彼と小さな箱が残された。しょうがないから近寄ってみる。
 箱の中が気になるのは、けして同情とかボランティア精神とかそういったものではない。そんなものは隣家の昼行灯にくれてやる。
 ただ、このままでは寝覚めが悪いからだ。
 自分のテリトリーでこんな厄介ごとがあるのが許せなかったからだ。
――まったく、面倒臭い……

 そうっと箱をつついてみる。<中身>が死んではいないことは既に確認してある。
 小さい紙箱をこわさないように開けるのはいかに器用な彼でも少し苦労したが、程なくタオルに包まれた<中身>の生き物が姿を見せた。

――……ふん、やっぱりな…
 大方の想像はついていたが、それは仔猫だった。タオルとハンカチに囲まれ、丸くなっている。
 動かないのは衰弱しているせいか。ミルク臭くないところをみると、拾われたときにあまり食事をもらえないまま来たらしい。
 仔猫は眠るようにじっとしていたがちゃんと目は見えるらしく、明るさに反応して起き上がった。そしてまぶしそうにその光のさす源を仰ぎ見た。
 針のように細くなったその眼は、夜明け前の空の色に似ていた。

――……………………
 両者の目が合って、数秒後。
 仔猫の白い背中の毛が逆立った。
 耳を伏せ、幼いながらも全身で警戒している。彼はこの気の強さが気に入った。しかしこちらも気を抜こうものなら顔を引っ掻かれるかも知れない。彼も本気で仔猫の相手をするつもりだった。子供相手だからといって容赦はしないのが彼の信念だ。


 とその時。

「うっふっふっ、見ーちゃった」
 ハートマークつきの甘い声が頭上から降ってきた。
 一気に緊張感が萎える。

「……いつから見てた?」
「いやぁねえー、ヒトをのぞきみたいに」
 声の主は桜の枝からひらりと飛び降りた。
「あたしのお気に入りの場所の下で面白いことをしているあなたにそんな風に言われたくないわねぇ」
 つーんと鼻先を空に向けて気取った足取りで彼の元へ歩み寄る。
「さっきのはトンプソンさんちの末っ子ね。あたしたち皆にいつも優しくしてくれるわ。…まあ、たまぁーに好意の度が過ぎるときもあるけどね」
「さすがに詳しいな」
「あら、あたしたちのネットワークを馬鹿にしないで。今まで何回か手伝ってあげたじゃない?」
 一見世間知らずの箱入りでおとなしそうな姿だが、実はこの辺り一帯を取り仕切る首領だ。
 無論彼もそれを知らないわけではない。
「そうだったな。……どうでもいいが、その口調、何とかならんか」
「うるさいわね。そんなことよりその子見せてよ」
 彼の苦言をいつものことだと聞き流し、美しい被毛と肢体を持つロシアンブルーは箱を覗き込んだ。

 二人のやり取りの間も仔猫は緊張して睨んでいた。
 その顔を見て取り、
「あら、この子……」
「わかるのか?」
 わかっているのなら、とっととこいつを捨てた家につき返してやりたい。彼はこういったわずらわしい面倒ごとから早く開放されたがっていた。
 珍しく勢いづいてたずねるのに対して、返答はなんともあっさりしたものだった。
「こないだ引越しちゃったわねえ、あのお医者さんち」
 飼っていた猫(仔猫の母親だ)を事故で失い、傷心のまま勤め先の総合病院の異動で移っていったらしい。
「だから、この子は身寄りがないってワケ」
「なんでこいつは捨てられたんだ?」
「親に似すぎたのよ。あそこは夫婦そろって溺愛してたからねえ…」
「……馬鹿馬鹿しい」
 吐き捨てるように言うと、彼は箱を相手に示した。
「同じ猫だ。お前に任せる」
「あら、いいの? あたし、この子可愛がっちゃうかもしれないわよ。んねー、女同士仲良くしなきゃね」
 仔猫に向かって安心させるように声をかける姿に彼の容赦ない言葉が飛ぶ。
「お前はオスだろう。種がないからといって変なちょっかい出すんじゃないぞ」
「うるさいわねー。怖がられたからってやつあたりはあなたらしくないわよ」
 仔猫は同じ猫のほうに興味を示していた。細い尾をぴんと立ててゆっくり近づいている。猫が柔らかく鳴くと、小さい声で返事もしてみせた。
 いずれも彼相手にはなかったことだ。
 なんだか、面白くない。
「それじゃ、任せたからな」
 得体の知れない苛立ちを隠して、彼は家のほうへ向かった。
「やあねー、妬いちゃって」
 という言葉には耳も貸さずに。


「さてと、あなた名前はまだないんでしょ? あたしがつけてあげるわ」
 猫は振りかえって白猫に微笑んだ。
 何しろ飼い主につけられた自分の名前さえ気に入らずに自ら勝手に女性名に改名したくらいである。名前にはひときわこだわりがある。
 仔猫はじっとしている。その瞳にある人物の姿を思い浮かべた猫は、自分の思いつきに嬉しくなった。
 隣家に住む若夫婦。さっきまでここにいたドーベルマンはその妻のほうに懐いている。しかもなぜか自覚がない。
――それだけでもかなり笑えるわよねー
 ふと見ると仔猫が怪訝な顔をしている。自分の表情が悪意のある笑みに変わっていたらしい。
「あらやだ、ごめんなさいね。あなたのことじゃないのよ。あのこわーい黒いヒトのこと」
 いつもいつも偉そうにして、人間も虫けらのように思っている彼のことだ。自分の感情の変化など理解できないのだろう。
――ま、それがあたしには見てて面白いんだけれどね
 猫はおとなしくしている仔猫に向かって宣言した。
「あなたの名前は『メリル』。メリルよ」
――あのヒトも少しは感情の機微ってモノを知るべきなのよ
 そうと知ったときの彼の反応を思い浮かべ、猫はにやりとした。
 白猫のメリルはただじっとその姿を見ていたが、やがてゆっくりと話し出した。
「あの、ありがとうございます。名前までつけてくださって」
「ああ良かった。話せるのね。あたしの名前は、エレンディラ。その名前気に入ってくれた?」
「はい。あの、エレンディラさんは、女のかたなんですか? それとも…」
「あぁん、野暮なことは言わないのよ。あたしはあたし。メリルちゃん、これから仲良くしましょうね」
「はい、よろしくお願いします」



 こうしてナイブズが暮らす洋館に、また住人が増えることになった。
 その名前を、まだ今の彼は知らない。




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