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うろほろぞ
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gk
開幕前夜(1/7)

現在国営放送局にて放送中の某サッカーアニメの監督(主人公)×広報で。
・若干無理矢理、のち和姦。エロ自体はそんなに激しくも変哲もないです。



「遅くなっちゃった」
そう独りごちて見た有里の腕時計の針は、午前0時を迎えようとしている。
「終電なくなっちゃう」
明日は大事な開幕戦。諸方面へのアポイントや、書類の整理に手間どって結局、事務所の最終退出者になってしまった。

重いカバンを肩にかけクラブハウスを出たとき、用具室から明かりが漏れていることに気付く。

(達海さん、まだ起きてるんだ)
こんな時間まで相手チームの映像チェックをしているんだろうか。
明日は試合なんだから早く寝たら、と一言言ってから帰ろうと思い、一度出たドアを引き返した。終電にはまだ間に合うし、むしろ今から行って駅についても延々と待たされるだけだ。

用具室のドアをノックする。
しかし反応は無い。
「達海さん?」
控えめにドアを開け、中を覗きこむ。
達海は、モニターをつけたままベッドの上で倒れていた。手にはリモコンが握られている。
どうやら映像を見ている間に眠り込んでしまったようだ。

「まったくもう」
春とは言え、3月の夜はまだ冷える。
何もかけずに寝て風邪をひかない保証は無い。

つかつかとベッドまで歩み寄ると、カバンを床に置いて
ベッドの下の方で丸まっている毛布を引っつかみ、ばさりと達海にかけてやった。
あまり丁寧とは言い難いかけ方が災いし、その風に鼻腔をくすぐられた達海が目を開ける。

「うん……?」
「あ、ごめんなさい起こしちゃった?」
言葉とは裏腹に、あまり悪びれたそぶりは無く有里は達海からリモコンを取り上げて、モニターの電源を落とした。
「明日は開幕戦なのに、風邪でもひいたらどうするんですか。もう今日は寝たほうがいいですっ」
「あぁ、有里ちゃんか…」
達海はぼりぼり頭を掻きながら上体を起こした。

「ありがと。でもまだやらなきゃならないこと、あるから」
「達海さんが今やらなきゃいけないのは、明日に備えて休むことでしょ!ほら、寝た寝た!」
有里は達海の肩に手をかけて体を倒そうとした。が、その拍子に床に置いていたカバンに足を取られ、そのまま達海の上に倒れこんでしまった。
「きゃっ!ごめんなさい」
達海の顔が未だかつてないほど至近距離にきたことに動揺しつつ、慌てて起き上がろうとする。

が、それを阻止する力を腕に感じて、有里は少しパニックになった。なんで、と思うのと達海が自分の手首を掴んでいることに気付くのが同時だった。

「有里ちゃんさぁ」
達海が低い声で呟く。その声に、有里は少し背筋がぞくっとするのを感じた。
「な、何よ」
「いくら俺がここの監督でも、やっぱり男一人の部屋に夜中に勝手に入ってくるってのは、ちょーっとまずいんじゃないの」
「な、何言ってるのよ、私はただ」
「言い訳してもだーめ。俺、その気になっちゃったから」
「ちょっと、『その気』ってなんのこ…」


有里の言葉は最後まで紡がれなかった。達海が口づけたせいで。
「決まってるじゃん」
達海は有里の上半身に腕を絡め、体制を入れかれると強引に組み敷いた。

「セックスしたいの」

事も無げに放たれた達海の言葉に、抵抗することすら忘れていた有里の表情がたちまち固まっていく。
「な……なに言って……っ」
わずかに自由になる足をバタバタさせてみるが、元スポーツマンの力に女性が敵うわけもなく、靴が脱げるだけに終わった。
「ごめんね有里ちゃん。俺、言い出したらきかないの、ピッチの上だけじゃないから」
微笑みすら浮かべてそう語る達海。
服をたくし上げられ下着を露にさせられた有里の目から涙が一筋、二筋とつたった。


「こんな…こんな…」

少なくとも有里は、達海に好意を寄せていた。
それが、幼い頃の憧れや、達海のカリスマ性に惹かれるサッカー関係者としてのものなのか、
恋愛感情に起因するものなのかは自分でも分かっていなかった。
でもそれがどちらにせよ、こんな形ではなくて、もっと丁寧に、優しく、段階を踏んで睦みあうことになったのならば、幸せだと思えたに違いなかったのだ。

けれど今、こうして半ば犯されるようにして用具室のベッドの上にいる。
それでも達海への好意を捨てきれない自分と、こんな形で体を許すなんてしたくないという気持ちのせめぎあいが、心と体を震わせていた。

達海が胸のふくらみの頂点に唇を寄せる。
「ひゃんっ!」
意図しない声が出てしまい、赤面する有里。
「有里ちゃんけっこうおっぱい大きいんだねー。知らなかった」
知ってるわけがないだろう、見せたことないんだから。

犯しているという自覚すらなさそうな相手に、有里は若干呆れてしまう。
そう、この人に常識なんて通用しないのはずっと前からよく知っていたこと…。
だからと言って力ずくで押し倒していいことにはならないが、欲望を吐き出すのに黒い感情を挟まないことに達海らしさを感じて、有里は少しだけ肩の力を抜いた。


達海の指が、衣服を取り払った有里の腰をなぞり、少しずつ下へと向かっていく。
その行方を想像して、有里は少しだけ期待をしてしまう。
この数年、仕事に夢中で恋人をつくるなんて考えたことは殆どなかった。
クラブ、サッカーが恋人だとまでは言えなくても、彼氏がいないことで寂しさを感じることなどなかったのだ。
でも、体は違っていた。時には一人で慰める夜だってあったのだ。

この期でそんな自分を思い出して恥ずかしくなり、有里は自分を心の中で叱咤した。
しかし、体の奥がじわっと熱くなってしまったのも事実だ。

達海の指は有里の内股を行き来する。だが、中心へは向かわない。
有里は少しじれったくなって、ついくぐもった吐息を漏らしてしまった。
それを聞いた達海がくすっと笑う。

「素直になんなよ」
「な、何のことよっ」
恥ずべき期待を見透かされ、食ってかかる有里。
「触って欲しいんじゃないの?」
「……っ、ちがうわよ」
嘘を見破られそうで、顔を背けた。

「じゃあ、どうして濡れてるのかな?」
不意に、ショーツ越しにそこを触れられ、有里の体を電流のような快感がひとすじ走った。
「っあ…濡れて、なんか」
「じゃあ見せて?確かめてあげるから」
臆面も無く言い放つ達海。その目は少しだけ意地悪だ。
「っ、勝手にすればっ」
「はーい、勝手にしまーす」
おどけたような返事をすると、達海は有里の下着に手をかけた。

「ほーら、やっぱり濡れてるじゃん。しかもすっごく」
「そんなのっ、こんな暗いとこで見たって、わからないでしょ」
「もうー、素直じゃないなぁ。触って欲しいならそう言えばいいのにー」
「だから違うってば!」
ちゅぷん、という音。
「あっ…」
達海の中指が、有里の入り口に入り込む。
「うん、すごく濡れてる」
その指が、そのまま蕾へと滑っていく。
「ひぁん!!」
「やっぱり、ここが好き?」
有里は必死で首を横に振る。でも、ほんの少し刺激されるだけで、頭の中がとろけてしまいそうだった。もちろん頭だけでなく、達海が触れるその場所も。
やわやわと、くにくにと、しばらくそこを弄ばれて、有里はもう艶かしい声を上げることに抵抗がなくなってきていた。

と、達海が手を放す。
有里はつい、物欲しげな目で達海を見てしまった。
それを達海は見逃さない。
「なに?どーしてほしい?」
「……して」
有里は、蚊の泣くような声で呟いた。
「聞こえなーい」
達海はニヤニヤしている。
「もっと、して!!」
顔を真っ赤にして有里が叫んだ。
「うん、素直でよろしい」
達海は体を下にずらすと、有里が求めた花芯へ舌を這わせた。

「あああああーっ!!」
指よりも、暖かく、淫らな感触。
有里は軽く気をやりそうになった。
尚も達海は舌を動かす。
舐め、つつき、僅かに吸う。
「あっ、あっ、あっ…もう…」
達海が顔を上げると、全身がうっすらと紅潮し、目に涙を溜めた有里がそこにいた。
ずくん、と自身が反応してしまう。

「いい……?」
達海は一応問う。
だがここでよくない、と言われてもおそらく自分を止めることはできないと思った。
視線が絡む。
ややって、有里はうなずいた。
その拍子、涙が一筋だけ流れる。

「大丈夫、俺、有里ちゃんのこと好きだから」

唐突にそう呟かれて、有里は達海の顔を見た。
真摯な瞳が自分のそれをじっと捉えている。
鼓動が早くなり、顔が赤くなるのが分かった。それを悟られるのが嫌で、悪態をついてしまう。

「好きだったら、何してもいいわけ?」
すると達海はにっと笑った。
「うん、いいの」

その瞬間、達海は有里の中に深く潜った。
たまらず高い声を上げる有里。

「だって、有里ちゃんも俺のこと好きでしょ?」
腰を少し引いて、自信たっぷりの顔でいたずらっぽく笑いかける達海。

「っバカ……、ひぁっ」
精一杯の抵抗の言葉を吐いた有里に、達海は再び沈み込む。

熱い塊りが自分の中を行き来する感覚、そして「好き」という達海の言葉。
有里は目を閉じた。本当は、私も、と言いたかった。
でもそれを口にしたら、この強引な行為を認めてしまうようで、悔しかった。
その代わり、達海の背中に腕を回した。

目を開けた時、達海と視線がかち合い、その眼差しがとても優しくて、そのまま口づけられて、舌を絡められても心地よかった。
(達海さんとキスするの、初めてだ)
ふと気がついて、ふふっと笑ってしまった。

「なに?」
唇を離し、少し怪訝な顔をする達海。
「なんでもない。それより達海さん、張り切りすぎないように腰、気をつけてよね」
「ばーか、このくらいなんてことねぇよ」
達海は少し憮然とした表情を返す。
子供みたいだ、三十も半ばのくせに。
俄然動きを激しくした達海を、有里はいとおしく思った。


狭いベッドで達海の横に引っ付きながら、有里は窓の外が少しだけ白んできたのを感じた。
「つかれたぁ~ふぁあ」
達海があくびまじりにぼやく。
「達海さん、張り切りすぎ!明日試合なのにもうこんな時間じゃない」
「思い知ったか、俺の持久力を」
「バカ!」
有里はくるりと達海の反対側を向いた。

「有里ちゃん、俺まだ返事聞いてないんだけど」
「なんの?」
「俺、言ったじゃん。『有里ちゃんも俺のこと好き?』って」
有里は全身の血が顔の方に集まってくるのを感じて口をわなわなさせた。
「ば、バカじゃないの、あんなの真っ最中のたわごとでしょっ」
「え~本気なんだけどなぁ。ま、いっか。おやすみー」
達海はそんな有里の背を見て微笑み、目を閉じる。

(もう分かってるくせに)
有里はすぐに寝息を立て始めた達海の方に向き直ると、頬に軽く、キスをした。



fin.






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kh

「おじさん、お願いがあるの…」
遥からのいつものおねだりだと思っていた。
「なんだ?」
何か欲しい物でも見つけたのだろうか。
「あのね、ここにね…お友達連れてきたいんだけどダメ?」
桐生は思いもしなかった遥の申し出に目を丸くする事となった。




sweet time





遥と共に暮らし始めて早一年。遥と迎える二度目の冬がもうすぐ訪れようとしていた。
お互い仕事や学校にも慣れ、心身ともに落ち着きを取り戻していた。
仕事が忙しく、遥が家で日中何をしているのかなどは桐生の知る範疇ではなかったが、そういえば今まで家に友達を連れてきたなど聞いた事がない。
知らない内に連れてきていたのかもしれないが、遥の事だ、そんな事はせず、必ず自分に断ってから連れてくるであろう。
遥からの突然の申し出ではあったものの、そんな事もあるだろう、至極当然だと桐生は思い直した。
しかし、はたと周りを見渡してみるとこの部屋の荒れよう。
いや、部屋を荒らしているのは自分の物ばかりで遥の物など微塵足りともないのだが、これはまずい。
遥との不可侵条約で、お互いの物は自分で片付けるという事になっている。
始めのうちは、「おじさん、片付けてよ」と小言の一つや二つが遥から飛んできていたものの、今では諦めたのかそんな言葉すらない。
たまに物の散乱ぶりが酷くなり過ぎると、自然と片付いている事があったが、それは遥が見るに見かねて片付けてしまったのだろうと桐生は理解していた。
今回もその手があるかと思ったものの、それでは余りにも大人気ない。
「その友達はいつ来るんだ?」
部屋を片付ける猶予はいつまであるのだろうか。
「あのね…明日なんだけど、いい?」
猶予はゼロに等しかった。

ひとまずこの部屋をなんとかしなければならないと、仕事が終わって疲れのたまる重い腰を上げたものの、どこから手をつけてよいのか分からない惨状に困り果てた。
整頓が出来ないという事は遥の教育上も良くないと考えるものの、やはり小さな時からの癖はなおらない。
10年という長い服役生活での理路整然ぶりが嘘のように、今や何かが解き放たれてしまったかの如く、脱いだ服やら読んだ新聞などが床に放置されていた。
とりあえず、ゴミを片付けようと捨てる物を集めてみたが、そのうち「あぁこれは後で読むつもりだった雑誌だな…」などと捨てるに捨てられず、仕舞いには座り込んで読み出す始末。
結局時間がどれだけ経っても片付いたと言える状態にはならなかった。
しかし、そこは遥の事、自分でさっさと片付けてしまった。
「今回だけ特別だよ」
ウィンクしながら、てきぱきと雑誌をまとめたり、洗濯物を籠に入れたり、桐生の部屋に掃除機をかけたりするその有様は手慣れたものだった。
(子どものくせに、何か自分より大人びてるんじゃないか…?)
腑に落ちない感情を持ちつつ、桐生は遥に「すまないな…」と感謝の言葉を呟いた。

翌日の日曜日、桐生はとても驚く事になった。
なぜなら遥が連れてきたのは男の友達だったからだ。
てっきり遥の友達といえば女の子だろうと思い込んでいた自分を呪いたくなる程に愕然とした。
しばらくして、そんな事に愕然とした自分を情けなく感じ始めたものの、そんな事は露知らずか遥が笑顔で友達を桐生に紹介した。
「はじめまして、おじゃまします」
十になるかならないかの少年相手に自分は何故敵意のような感情を抱いてるのか分からない。いや、分かりたくもない。
「宿題教えてもらう約束してたんだ」
遥の宿題など俺が見てやると言いたかったものの、満面の笑みで遥にそう言われると何も言葉が出なかった。
「ここで机使ってもいいよね」
リビングの机を指し、遥が問う。
遥の学習机ではせまく、床に座ってリビングで二人、ノートを広げたいというのだろう。
「…あぁ」
返事をしたものの、それでは自分の居場所が無くなるじゃないかと桐生は思った。
タバコでも買いに外に出ようかと思ったが、二人の事の成り行きが気になる。
横でずっと付き添うのも格好がつかないし、かと言って自分の部屋に篭ってしまえば、事の成り行きが分からない。
どうも居心地が悪い。
自分の居場所を見つけようとしたものの、見つからない苛立ちとともに、困った桐生は仕方なしにリビングからキッチンへと足を向けた。
キッチンとリビングには何の仕切りもないため様子が伺える。
しかしキッチンで何をするわけでもなく、手持ち無沙汰となった桐生は二人に背を向けて換気扇を回し、煙草に火をつけた。
そんな桐生にはおかまいなしに、二人は並んで座って教科書を広げ始めた。
「あのね、ここが分からないんだけど…」
「…あー、そこはね…こうだよ」
遥の境遇を思うと仲の良い友達は多ければ多いほどいいと常日頃思っているものの、これは想定外の出来事だ。
二人は時折声を上げて笑いながら勉強している。
いや、それはちゃんと勉強できているのか? もっと真面目に黙って勉強しろよ。
心の中に次から次へと訪れる感情を表に出したいが、じっと堪える桐生は、ふうとため息混じりの紫煙を吐き出した。
様子をもっと窺いたいが正面切って見るのも沽券に関わると、背中で二人の気配を感じつつ、会話をそばだてて聞くのに換気扇の回る音が邪魔だなどと思っていた。
そして、煙草もいつしか根元まで吸いきってしまった。
本当の手持ち無沙汰が訪れた桐生は次の一本に手を出そうかと思考を巡らせたが、もう一本吸った所で心の平安は訪れそうも無い。
しかし、何かしら口寂しい。
換気扇からキッチン台に目を移したところ、ある物に目がいった。

桐生はケトルを流し棚の下から取り出し、コンロに火をつけて湯を沸かし始めた。
そして湯の準備が出来る間に用意したのは三つのマグカップ。
そこに桐生がいつも飲んでいるインスタントのコーヒー瓶を開け、それをカップに人数分入れた。
そんな桐生の物音にも気付かず子ども達は熱心に黙って机に向かっている。
そっと振り返ってみた桐生は、その二人の様子をよしよしといった表情で湯が沸くまでしばらく眺めた。

「ほら、飲め」
載せる盆もなく、桐生の大きな手にそのまま握られたカップをいきなり目の前にぐいと差し出された少年は少し驚きの表情を見せた。
少年は状況がすぐには飲み込めなかったものの、カップから立つ暖かな湯気と香りに気が付いた。
「ありがとうございます」
ぺこりと頭を下げた礼儀正しい遥の友達に内心桐生は安堵した。
これが礼の一つも言えない男だったら、げんこつの一つでも食らわしてるかもしれないと自制しきれない思いだった。
「おじさん、ありがとう」
遥も桐生の行動に少し驚きつつもカップを受け取った。
「あの…お砂糖ありますか?」
先にカップを受け取ってカップの中を見ていた少年がおずおずと桐生に問いかけた。
言われて桐生は気づいた。
確かに小学生にブラックはいけない。
しかし、角砂糖だのスティックシュガーだの洒落たものはうちにはないはず。
普段コーヒーを飲むのは桐生だけでそれもブラック一辺倒だからだ。困ったな…
「子どもなのにブラックコーヒーは飲めないよ、ミルクもなきゃ」
そう言った遥はにこりと笑いながら、立ち尽くす桐生をおいて、台所へ向かった。
帰ってきた遥の手にはどこから取り出したのかシュガーポットと牛乳パック。
「これが無いとね…」
また大人びたウィンクを桐生に向けつつ、遥は机におかれた自分と少年のマグカップに砂糖をたっぷりと入れ始めた。
桐生は事の次第を見守るため、少年の横に腰をかけた。
遥は次に牛乳をふんだんに注いだ。
「これでおいしいカフェオレが出来るんだよ」
どこでそんな事を覚えたのだろうか。
桐生の疑問をよそに、遥は手際よくスプーンでかき混ぜ、少年に「はい!」と手渡した。
子ども達はそれぞれのカップにふうふうと息を吹きかけ、やけどしないように少しずつ口をつけた。
「美味しい…」
少年の口からもれた感想に遥は笑顔を浮かべた。
「…でしょ? どう、おじさんもカフェオレ飲む?」
突然自分に矛先を向けられた桐生は驚いたが、
「…いや、俺はブラックでいい」
と断ってしまった。

その後桐生はやはり居場所が無いと一人何の当ても無くこの寒い中、散歩に出かけた。
子ども達はそれからも温かいカフェオレを時折口にしながら真面目に勉強を続けた。
桐生は小一時間ほど時間を潰したところで、家に戻ってきた。
勉強の邪魔になってはいけないと黙ってドアを開けると、玄関にはもう少年の靴はなかった。
(もう帰ったのか…)
思いの外早い少年の帰宅に桐生はなぜかちりりとした寂しさを少し感じた。
リビングのドアを開けるといつものように遥が床にちょこんと一人座っていた。
「おかえりなさい」
声をかけてきた遥は桐生の姿を見ると立ち上がった。
桐生がリビングに座って寒い体を休ませて一息ついていると、台所から遥がやってきて、桐生にカップを差し出した。
「はい、外は寒かったでしょ?」
いつの間に入れたのだろうか、そこには温かなカフェオレがなみなみと入っていた。
「味見してみて」
そう言われると断れないのを知ってか、遥は桐生に笑顔を向けた。
味見とはいえ、飲む前に桐生は躊躇した。
なぜなら甘ったるいコーヒーなどこんなにたくさん飲めるはずもない。大体ここ数十年ブラック以外飲んだ事がない。
「おいしいよ」
急かすような遥の言葉に意を決した桐生はくいと一口飲んだ。
桐生の体の中ですうっと溶け込むように甘さと温かさが染み込んでいく。
外気で冷えきった体を解きほぐすようだ。
遥の目が何か感想を言ってほしいと訴えんばかりにきらきらと光っている。
「…どう?」
「…意外とうまいな…」
桐生の言葉に、やったという表情を隠せない遥はその場で小躍りした。
「おじさんもたまにはこれを飲めばいいよ。ミルクはね、コーヒーと同じ量入れるの。そしたらおいしく出来るんだよ」
遥は自分の二杯目の為に牛乳と砂糖、そしてコーヒーの入ったマグカップを持ってきた。
そして桐生の前で見本を見せるように自分の分を作り始めた。
「ほら、簡単でしょ? ミルクもあっためるともっとおいしいよ」
「そうか…」
桐生は遥の小さな手の動きを眺めた。何気なく動いているようだが無駄がなく慣れたものだ。
「砂糖はね…おじさんの分は入れなくてもいいかもね。さっきのも少ししか入れなかったの。コーヒーはおじさんが入れたみたいに濃いほうがいいよ」
砂糖をスプーンですくった遥はお喋りを続けながら、自分好みの甘さに整えていく。
「今日来た子ね、帰る時に、コーヒーおいしかったです、おじさんによろしく伝えてください、って言ってたよ」
自分が一人、子どもだったという事か…
桐生は少年の素直な礼の言葉に、今まで自分が何に対して苛立っていたのかと馬鹿らしくなってふっと口に笑いを浮かべた。
初めての訪問者に自分と遥の二人の生活に突然割って入ってこられたと感じてしまっていたのだろうか。たかだか小学生の少年ではないか。
「宿題はちゃんと出来たのか?」
「難しかったけどね、教えてもらって出来たよ」
「そうか…よかったな」
桐生はカップの縁に口をつけた。
「あいつには…またいつでも来い、って言ってやれ…」
そう言った桐生はカップの中の残りをぐいと一口飲み干した。
「うん!」
桐生の言葉に遥は目を輝かせた。
こうして、その後も湯気が揺らぐ机の上ではあたたかな時間が二人の間にゆったりと流れていった。

それからどうした事か桐生は時折自分でも遥に内緒でカフェオレを割と頻繁に入れるようになった。
内緒という程ではないが遥がいない時についつい作ってしまう。
ブラックばかりでは何となく体に悪い気がしてきた上に、遥があの時入れてくれたものが本当に美味しいと感じたからだ。
あれから数年が経っても相変わらずの自分流儀で濃く入れたコーヒーに、見よう見まねで牛乳パックからざっと牛乳をカップに注ぐ。
疲れた時には砂糖も大きめのスプーンで二杯。すると甘い香りが湯気と共に上がってくる。かなり手慣れた感じだ。
遥のいない部屋で、桐生はこうして今日も甘いカフェオレが体の芯からあたためてくれる感覚に浸っていた。
しかし桐生はふと思った。
同じ作り方なはずだが自分が入れるより、遥の入れてくれたものの方がなぜかずっとうまく感じると。
そういえば最近遥にカフェオレを作ってもらう事もあまりなくなったな。
遥ももう高校生となって何かと忙しくしている。
今更飲みたい度に入れてくれと言うのも何だし、言って頼んでみたところでその時の遥の顔が見て取れる。
「じゃあ、愛のこもったとっておきの一杯を作ってあげるからね」
遥はこんな冗談交じりの答えを返してきて俺を困らせて喜ぶのだろう。
そんないたずらな遥がまた次に気まぐれで一杯を入れてくれるのはいつの事だろうか。
まあ、そう遠くない未来には違いないな…
そう思いを巡らせた桐生はそろそろ遥が買い物を終えて帰ってくるだろうかと寒い窓の外を見遣り、たまには自分が遥に一杯入れてやるかと思案しつつ今日もマグカップを片手に温かな冬の一日を送ろうとしていた。



kh
沖縄に行く。
そう考えた時に真っ先に遥の顔が浮かんだ。
楽しそうに友達と遊ぶ姿。
それを見るにつけてなかなか言い出せずにいた。せっかく慣れてきた学校からまた離れさせるのか。遥をまた悲しませるような事になるのか。
しかし言わなければ。そしてこれは遥のためでもある。
神室町の近くにいればいるほど遥へ危険が及ぶ可能性は高くなる。命を危険に晒す様な真似は今後一切させるわけにはいかない。
遠く離れた常夏の島は、遥と暮らすのに理想の場所のように思えた。
今日こそ遥に言おう。
決意して伝えたあの日。
遥は驚く程のはやさで答えを出した。
「いいよ。おじさんと一緒なら私はどこでもいいもん」
何の迷いも無く返してきた笑顔が嬉しかった。



一月の海



そして初めて遥と二人で訪れたアサガオ。
今日から住み始める場所。
建物のすぐ脇には海岸線がどこまでも広がっている。
「おじさん、すぐそこが海だよ海!」
初めての沖縄の光景に目を輝かせている遥。そんな遥にせかされた俺は荷物を置いて、遥の手を取り海岸へと歩き始めた。
「わーきれいな海だねー」
陽光が反射して見つめるのも眩しい程の海面はどこまでも青かった。
「わっ、あったかいよ」
しゃがんで両手を波につけた遥は驚きの声をあげた。
「おじさんも触ってみて」
なぜか遥の声が遠くに聞こえる。耳に膜が張ったように遠くぼやけている。
ずっと遠い沖の波間を見つめていたからだろうか。きらきらと光り輝く海が脳裏に焼きついたせいだろうか。
「ねえおじさん、あったかいから触ってみてよー」
遥がくいとシャツの裾を引っ張った。
ぼんやりと立っていた俺がまだ裾の端を持っている遥の方を見遣ると、肩まで伸びた遥の髪もきらきらと陽を受けて輝いていた。
すべての存在が遠く夢のように思えた。
そして、俺はなぜか足元に手を遣り、靴を脱いだ。
「おじさん?」
遥の声がまた遠く感じる。
1月だというのに靴を脱いだ足をそっと浸してみれば温かくて。
そのまま一歩、また一歩、足を進めれば、まとわりつくような温かい水の感触が膝上に、そして次第に腰まで及んできた。
「おじさん、服濡れちゃうよ!」
背後から聞こえる引き止めるような遥の声。
だが俺は進んだ。何かを思い出すように、思い出すために。この感覚が何かを呼び覚まそうとしている。
10年、いや20年以上前だろうか、いつ以来か分からない久しぶりの海の感触に溺れていく。
波も驚くほど静かで、まるで人肌に抱かれるような温い感覚にじわりとひたる。
完全に腰までつかった時、突然、しかし鮮やかに記憶がよみがえった。
最後に海に入った時の事を。
今と同じような感覚におそわれた時の事を。
服のままで錦とふざけて海に入った時の事を。
神室町に出てきたばかりのあの日、二人して海に出かけた事を。
そして俺は気がつけば唐突に涙を流していた。
今、あいつはいない。
この海が広がる世界中どこをさがしたっていない。
その事実を今しがた初めて知ったかのように茫然とした。
濡れてひたと肌にまとわりつく服とあたたかい波の感覚が呼び覚ました亡き友の記憶。
友の不在に慣れようともたった1年という束の間しか時は流れていない。
あまりにも急な喪失感に襲われた日々。
そんな感情が自分に残っていたなんて思わなかった。
あの時、友と大事な人を守るためにすべてを捨て、友の罪を甘んじて受け入れた。
だからこれ以上失うものなど何もないと思っていた。
しかし守ったはずの友と大事な人はあっという間に目の前からいなくなった。
なんという喪失感。
身をえぐられる苦しみに耐えた日々。
そこから逃れたくて、こんな遠くへ来てしまったのかもしれない。
そして今、改めて思い浮かぶのは友との楽しかった過去の日々。
沖を向き、太陽の光を浴びながら流す涙は波しぶきに紛れてあっという間に海に消える。
すべてを流したくて、そのまま頭まで海に沈みこんだ。
「おじさん!」
海から上がるとざあっと耳傍を水音が流れ、それに紛れて遥の驚いた声がようやく近くに聞こえだした。
涙が流れた目を乾かすように眩むばかりの太陽を見つめながら、海に向かって腹の底から声を上げた。
「遥、お前もこい!」
「え?」
「服なんかあとで洗えばいい。気持ちいいぞ」
しばらくすると背後では遥が躊躇しながらもこちらへ向かってきた気配が分かった。
「ここ深いよ…」
おそるおそる近付いてきた遥が途中で止まってしまった。
俺はようやく振り向き、遥の方へ歩き出した。
胸まで水につかった遥を見ていると、そのままにしておけば波間にさわられてしまいそうだと思い、水の抵抗を受けながらもぐいぐいと遥に近付いた。
ようやく助けが来たと思った遥は不安な顔から少し笑顔になった。
その笑顔をすくうように俺は遥を両脇から抱き上げた。
「1月なのにすごいあったかいね」
服のままで海に入るなんて不思議な状況なのに、びしょ濡れになりながらも遥は笑ってくれている。
そんな遥がいとおしくて、抱きかかえたままじゃぼんと一緒に頭まで海に沈んだ。
「おじさん、ひどいよ!」
一瞬で海面に上がったが、むせながら必死で息を整えている遥は腕の中でどんどんと俺の胸をたたいた。
そんな抵抗する遥と、そんな遥を放したくない俺は冬の海の中にもう一度もぐりこんだ。
沖縄の海は包むように温かくもしょっぱくて、波間に漂いながら二人はともに目に涙を浮かべた。
「塩で目が痛い…」
しょげかえるような顔をして呟いた遥だったが、二人で見つめ合ううちに何がおかしいのか分からないが笑いがこみ上げてきた。
次第に慣れた海の水。
痛いと訴えていた遥の目からも涙は次第に出なくなり、今度は二人して声を合わせてせいのでもぐりこんだ。
水の中、目を開けてみれば透明な海にゆらりゆらりとした遥の姿が見えた。
水にゆれる遥の姿に見とれた俺は、また夢のようだと思い、そのままずっとそこでいたい気分になった。
揺れてぼやけてはいる。
しかし手を伸ばせば確実にそこにいる愛する存在。
確かにそこに、すぐ傍にいると分かった一月の海水浴。
それからしばらく二人で子どものようにどこまでも無邪気に濡れて遊んだ。
沖縄の海と自分、そして遥と何もかもがすべて一つに溶け込むように思えた。
そして、同じようにたわむれた友の事を思い出しながら、遥に誓った。
遥、もう二度とお前を置いてどこにも行かないって約束したからな。
こうして二人、海の傍で溶け合うようにいつまでも一緒にいような遥。
dh
大遥です。
既にご存知の方もいらっしゃるかもしれませんが、2009年春コミにて配布しましたペーパーSSでございます。
いえ、コレくらいしか更新できるブツが無くてね…。


大遥、可愛くて大好きなかぷなんですよ~。










こんなに不安なのは自分だけ






さらりと吹き抜けていく夜の海風に、遥は縁側に立って海岸へと顔を向けた。
しんと静まり返った中、小さく聞こえるみんなの寝息といびき、それからこの沖縄に来てアサガオに住むようになってからもうずっと聞いている波の音に柔らかく笑ってから側の柱にとんと寄り掛かった。
見える限り何処までも広がっている海は、ずいぶんと高くなった丸い月の灯できらきらと輝いている。穏やかに波だけが繰り返し砂浜に寄せて返りって月灯りの名残ごときらめく砂浜は、真っ白でとても綺麗だ。



「……おじさん、今晩は遅いのかなぁ…」



遅くなるなら先に寝てて構わないと、そう言って出て行った姿を思い出して、きっと遅いんだよね。と納得する。


咲ちゃん、大丈夫かな。
力也さんすごく心配してた。幹夫さんは、どうしてるんだろう。
名嘉原さん…そんなに暴れてるのかなぁ。


ぼんやりと思い出して、遥はくすりと目を閉じる。

ああなんだか、こういうのってすごくおじさんらしい。
だって昔から、自分と初めて会ったあの時だってああやって誰かの為に走ってた。
それが世界で一番大好きな桐生一馬というおとこのひと。





「怪我なんてしてないと良いんだけどな」




何時もいつも、こうして誰かの為に走り回っているのを心配するたび、どうかおじさんが怪我なんてしませんようにと願ってしまう。でも危険な事や危ない事をしないでねなんて、言うだけ無駄だとも良く分かっているから自分は言わない。


自分が死ぬかもしれないと、分かっていたって行ってしまう。


そういう時、本当は少しだけ寂しい。
また自分は置いて行かれちゃうんじゃないのかな。
もしもおじさんが居なくなっちゃったら、また私は一人だけなのかな。

そうなったら、どうしよう―――



「………そんな事、無いのにねぇ…」


浮かんでしまった馬鹿な考えに、静かに目を開けてしゃらしゃらと引いては返す海を眺めてまた遥は小さく笑う。


戻ってきてくれた。
何時だって、帰ってきてただいまって笑ってくれる。
あの大きな手で頭を撫でてくれる。
凄く、嬉しい、安心する。

私はおじさんと一緒に居られて、本当に幸せだと思う。

だから、神室町を離れるって聞いたとき沖縄で孤児院をやるって聞いたとき、ちょっとだけ嫌だなって思った。
みんなのおじさんになったら、私だけのおじさんじゃなくなっちゃう。

我侭だったんだな、と少しだけ凹んだ。





「内緒だけどね…」





くるりと振り返って、居間のテーブルに置いた自分の携帯を取って縁側に戻ると、遥は腰を下ろして両足をぶらりとたらした。裏を返して目を向けるとそこにはずっと前に神室町で取った二人のプリクラが一枚と、この沖縄に来て初めて取ったプリクラが並んで張ってある。どちらもぎこちない桐生と笑顔の遥の写真。





――こういうのはどうしていいか分からないんだ――





「笑わないんだよなぁ」


もっと何時ものように静かに笑って写れば良いのに。
見ている私が幸せをもらえるような、あの顔で笑ってくれれば良いのに。


るるるると、不意に手の中でメールの着信を伝えて震えた携帯に遥は首を傾げてそれを開いた。ぱかりと開いた中の、液晶画面の右下には、アサガオの全員と写ったプリクラ写真が貼ってある。けれど、やっぱりその中でも桐生は笑っていない。いっそう戸惑うように視線が泳いでいるのが見て分かる。
それにくすりと遥は笑って着信を示すアイコンを押した。

差出人表示は真島のおじさん。



「…え?、何だろう…」



たまにそっちはどないや?と真島からはメールが送られてくる。


神室町は相変わらずや。
嬢ちゃんの顔が見たいわ。沖縄の海は綺麗なんやろな?
神室町は、相変わらずネオンしか綺麗やないで。


そのたび、昔からよく交わしたメール同様、写真を添付して送り返している。
沖縄の海、空、市場の賑わい、桐生と二人で写した写真。それから、アサガオの誰かとの写真。



真島のおじさんも、きっと沖縄が好きになるよ。



それに返されるメールは何時もこんな感じだ。


なんや、そないのもええなぁ。
今度遊びに行くわ。


けれどまだ真島は沖縄の地を踏んでいない。その理由を、遥は分かっている。

自分には話さないけれど、神室町は大変なんだ。

大吾さんも、きっといろいろ難しい事がたくさんあるに決まっている。
だから自分は、そういうみんなが自分に言わない大人の世界の事を尋ねないようにしている。言ってくれる時まで、分かっているんだよという事を胸の中に仕舞っておく。
言ってくれたなら、そのときは自分を同じだけだって、思ってくれる時だと信じてるから。
そうなれるまで、私は精一杯大人になる準備をしておかなきゃ。



画面に表示されたメールに目を落として、その内容に遥は驚いて月明かりだけのアサガオの庭と門へと急いで顔を向けた。




『タイトル:申し訳ないけどなぁ
本文:嬢ちゃん、もう大吾はそっちに行っとるか?なんや今回のは急でなぁ。わし、沖縄土産を頼むの忘れてしもたんや。会ったら黄金アグーを買うて来るよう言うてや。買ってこんかったら、東城会の敷居跨がせんて言うといて(笑)。ああ、せやせや。ほんまそのうち、嬢ちゃんと桐生ちゃんに会いにわしも沖縄行くでぇぇぇぇ!!只今 \( ̄^ ̄)/ 参上!!』




きょろきょろと見える限りの全てを探すけれど、見慣れたものばかりで人影もまして車の音すらしない。
浮かしかけた腰をもう一度下ろして、遥は真島からのメール画面を見つめた。


「大吾おにいちゃん…沖縄に、来てるんだ」


何の用事だろうと思って、ああでもきっと仕事なんだろうなと答えに行き着く。
おじさんも何も自分に話さなかった。それならきっとこの事は知らなかったんだ。ああだったら、私が知らなくても仕方ないか。
大吾おにいちゃんも、やっぱり何処かで自分に話さないという選択をしている。
真島のおじさんもそうだ。





「優しくしてもらってるんだから、不満じゃないよ」





みんな優しい。だから、私は子供な自分をまだ演じて居られる。
また不意に震えた携帯に、遥は新しく着信したメールを開いた。





「…あれ、大吾おにいちゃんまた…」



『タイトル:沖縄に来てる
本文:沖縄は、綺麗だな。でもまだ海とか見れてない。飛行機の窓からちょっと見ただけだ。まぁ音だけは聞きっぱなしだけど。あと琉球街も回りきれなさそうだ。お袋に買って来いって言われた土産の、なんだっけしーさーの置物だけどうにか買って帰る。ってか、何処で売ってんだ??ったく、初めて来た場所だってのによ。お袋は人使いが荒いよな?遥もそう思うだろ?次に来る時は、アサガオにも行くから沖縄案内してくれよな』



目を通した文面に思わず笑いが込み上げて少しだけ遠い場所に居る相手を思う。


なんか嬉しいなぁと、じんわり感じる。


おじさんみたいに安心させる言葉を言うんじゃない。何時もと変わらない、まるで自分も相手も何一つ変わらないままだと言っているような気軽さを向けてくる。




いろいろがな事がたくさん動いているのに。
それでも大丈夫だと言われているんだ。




すぐに次のメールの着信を知らせる振動が続き、それがまた大吾からだと分かると今度は何だろうと遥はまたメールを開いた。


『タイトル:追伸
本文:アサガオは大丈夫だからな。買収の件、心配するなよ。俺と桐生さんが居る限り、何も心配いらねぇからな。あああと、名嘉原ってのとも大丈夫だ。一応、これ報告しとくぜ』






「大吾おにいちゃん…」






驚いた。
大吾おにいちゃんとおじさんは会ってるんだ。そして、全部が巧く行ったんだ。



「もしかして、これを私に言うため…」



きっとそうだ。間違いない。






「……あ、私…」






瞬間、泣きたくなるくらいに嬉しくなって遥はぎゅと携帯を握る。



自分が子供だなんてよく知ってる。昔からずっと解かってる。



だけど、と少しだけ俯いて暗くなってしまった液晶画面に目を向けながら遥は首を振った。


少しだけなのかもしれないけれど、この人は私を大人と扱ってくれていた。
自分と同じ立場だって思ってくれている。
真実を伝えられるだけの強さがあると思ってくれていた。


ゆっくりと遥は携帯の返信のボタンを押す。





「ありがとうね、大吾おにいちゃん」














ぴぴぴと鳴った携帯に、大吾はちらと顔を向け胸ポケットに手を入れるとそれを取り出す。隣を歩く富眞が一瞬だけどうしたんですかと視線を向けた事は知らん振りをした。
開いた画面にメールの着信を知らせるアイコンが点滅している。それを選んで開いて、差出人の名前に大吾はふふと小さく笑う。



『タイトル:大吾おにいちゃん
本文:ありがとう。そして沖縄は本当に綺麗です。他にも素敵な処はたくさんあるんだよ。今度はゆっくり遊びに来てね。おじさんも、私もアサガオの皆も待ってるよ』




「おじさんも、自分も、か…」



呟いて閉じようとした携帯が再び鳴った事に、また大吾は二通目を受信した画面に目を落とす。誰からだと僅かの訝む目をそれを開いて、差出人に驚いたように目を瞬いた。


『追伸:
本文:琉球街とか沖縄の素敵な場所、私が案内するね(∇≦d)(b≧∇) 』


進めていた足を大吾はふいと止める。



「…六代目、どうされましたか?」
「ん?ああ、ちょっと…今から沖縄観光したくなった、かな」
「今ですか?それはちょっと、案内人もおりませんし何より時間が」
「解かってる、冗談だ冗談」



携帯を胸ポケットに仕舞ってまた歩き出しながら、大吾は天空高く光る神室町では見る事の出来ない眩い星々目を細めた。


「次に来たときにって話だ。それに、案内人はもう居るから必要ねぇさ」
「先ほどの、桐生一馬ですか?」
「……いや、別の相手だな」


誰ですかと言いたげで言わない相手にくすりと笑って大吾は足を速めた。





終わり



明るい月の下で




「寒っ」
扉を開けたとたんに入りこんできた冷気に、体が竦みそうになる。
それでもかまわずに、開いた隙間から、甲板に出た。
夜だというのに外は意外なほど明るく、澄み切った冷気の中で、雲が月の光を受け、輝いている。
「きれい……」
その光に誘われるように、メイは、寒さも忘れて甲板の端に駆け寄った。
手すりから身を乗り出すようにして、下を見下ろす。
満月近い明るい月の光を受けて煙るように輝く切れ切れの雲と、ぽつり、ぽつりと光る星のような地上の明かり。
空の上でさえ稀にしか見ることのできない幻想的な光景に息さえも奪われて、メイはその場に立ち尽くした。




「風邪引くぜ、レイディ」
どのくらいの間そうやって立ち尽くしていたのか、後ろからかけられた声に、声も出せないほど驚いた。
「びっくりさせないでよ、ジョニー」
そう文句を言って、差し出されたマグカップを受け取る。彼女の手には少しばかり大きいそれには、熱いカフェ・オ・レがたっぷりと入っていた。
「ちゃんと砂糖も入れといたぜ?」
いくつになっても子供扱いをやめない彼にちょっと頬を膨らませてから、メイは手に持った甘いカフェ・オ・レに口をつけた。
「何見てたんだ?」
自分の分のコーヒーを一口飲んで、ジョニーが問うた。
「ん。月がね、きれいだったから」
そう言って、眼下を指差す。
「へェ、綺麗だな」
「うん」
そのまま二人並んで、雲を見つめる。




すぐ横に大好きな人のぬくもり、眼前には夢幻の光景
 (しあわせ、だな)
しばしその幸福感に、身を任せる。




 ヒュウ
突然吹き付けた冷気に、意識せずに身を震わせた。と、
 パサッ と、肩に暖かいものがかけられた。
「えっ」
「そんな格好じゃ寒いだろ?」
そういう彼は、一枚だけ着ていたコートをメイの肩にかけてしまった為、上半身裸だ。
「ジョニーの方が、寒そうだよ」
「平気さ。イイ男は寒さになんか負けないんだぜ」
そう言われてしまえば返す言葉もない。が、いくらなんでも寒そうで、見ていられない。
「そうかも知れないけど……見てるほうが寒いよ」
「そうか?」
「うん。だから、半分コしよ?」
そう言ってマグカップを手すりに置くと、メイは自分の肩にかかっていたコートを持ち上げ、隣にいる男の肩にかけようとする。
「サンキュー、メイ」
ジョニーは笑ってコートを受け取ると、自分の肩に引き上げた。
「ほら、もっとこっち寄れよ」
ジョニーの腕がメイの肩を引き寄せる。
「ジョ、ジョニー?!」
慌てて見上げたジョニーの表情には何の含みもなくて、それが残念なような、ほっとしたような、複雑な気持ちでメイは、隣のぬくもりに体を預けた。
「ったく、こんなに冷えちまって。お前さんが風邪なんかひいたら、シップ全体が困るんだぜ。わかってるのかい、レイディ?」
そんなジョニーの言葉さえ耳に入らずに、メイは、大好きな男のぬくもりに包まれ、月を見上げていた。
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