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沖縄に行く。
そう考えた時に真っ先に遥の顔が浮かんだ。
楽しそうに友達と遊ぶ姿。
それを見るにつけてなかなか言い出せずにいた。せっかく慣れてきた学校からまた離れさせるのか。遥をまた悲しませるような事になるのか。
しかし言わなければ。そしてこれは遥のためでもある。
神室町の近くにいればいるほど遥へ危険が及ぶ可能性は高くなる。命を危険に晒す様な真似は今後一切させるわけにはいかない。
遠く離れた常夏の島は、遥と暮らすのに理想の場所のように思えた。
今日こそ遥に言おう。
決意して伝えたあの日。
遥は驚く程のはやさで答えを出した。
「いいよ。おじさんと一緒なら私はどこでもいいもん」
何の迷いも無く返してきた笑顔が嬉しかった。



一月の海



そして初めて遥と二人で訪れたアサガオ。
今日から住み始める場所。
建物のすぐ脇には海岸線がどこまでも広がっている。
「おじさん、すぐそこが海だよ海!」
初めての沖縄の光景に目を輝かせている遥。そんな遥にせかされた俺は荷物を置いて、遥の手を取り海岸へと歩き始めた。
「わーきれいな海だねー」
陽光が反射して見つめるのも眩しい程の海面はどこまでも青かった。
「わっ、あったかいよ」
しゃがんで両手を波につけた遥は驚きの声をあげた。
「おじさんも触ってみて」
なぜか遥の声が遠くに聞こえる。耳に膜が張ったように遠くぼやけている。
ずっと遠い沖の波間を見つめていたからだろうか。きらきらと光り輝く海が脳裏に焼きついたせいだろうか。
「ねえおじさん、あったかいから触ってみてよー」
遥がくいとシャツの裾を引っ張った。
ぼんやりと立っていた俺がまだ裾の端を持っている遥の方を見遣ると、肩まで伸びた遥の髪もきらきらと陽を受けて輝いていた。
すべての存在が遠く夢のように思えた。
そして、俺はなぜか足元に手を遣り、靴を脱いだ。
「おじさん?」
遥の声がまた遠く感じる。
1月だというのに靴を脱いだ足をそっと浸してみれば温かくて。
そのまま一歩、また一歩、足を進めれば、まとわりつくような温かい水の感触が膝上に、そして次第に腰まで及んできた。
「おじさん、服濡れちゃうよ!」
背後から聞こえる引き止めるような遥の声。
だが俺は進んだ。何かを思い出すように、思い出すために。この感覚が何かを呼び覚まそうとしている。
10年、いや20年以上前だろうか、いつ以来か分からない久しぶりの海の感触に溺れていく。
波も驚くほど静かで、まるで人肌に抱かれるような温い感覚にじわりとひたる。
完全に腰までつかった時、突然、しかし鮮やかに記憶がよみがえった。
最後に海に入った時の事を。
今と同じような感覚におそわれた時の事を。
服のままで錦とふざけて海に入った時の事を。
神室町に出てきたばかりのあの日、二人して海に出かけた事を。
そして俺は気がつけば唐突に涙を流していた。
今、あいつはいない。
この海が広がる世界中どこをさがしたっていない。
その事実を今しがた初めて知ったかのように茫然とした。
濡れてひたと肌にまとわりつく服とあたたかい波の感覚が呼び覚ました亡き友の記憶。
友の不在に慣れようともたった1年という束の間しか時は流れていない。
あまりにも急な喪失感に襲われた日々。
そんな感情が自分に残っていたなんて思わなかった。
あの時、友と大事な人を守るためにすべてを捨て、友の罪を甘んじて受け入れた。
だからこれ以上失うものなど何もないと思っていた。
しかし守ったはずの友と大事な人はあっという間に目の前からいなくなった。
なんという喪失感。
身をえぐられる苦しみに耐えた日々。
そこから逃れたくて、こんな遠くへ来てしまったのかもしれない。
そして今、改めて思い浮かぶのは友との楽しかった過去の日々。
沖を向き、太陽の光を浴びながら流す涙は波しぶきに紛れてあっという間に海に消える。
すべてを流したくて、そのまま頭まで海に沈みこんだ。
「おじさん!」
海から上がるとざあっと耳傍を水音が流れ、それに紛れて遥の驚いた声がようやく近くに聞こえだした。
涙が流れた目を乾かすように眩むばかりの太陽を見つめながら、海に向かって腹の底から声を上げた。
「遥、お前もこい!」
「え?」
「服なんかあとで洗えばいい。気持ちいいぞ」
しばらくすると背後では遥が躊躇しながらもこちらへ向かってきた気配が分かった。
「ここ深いよ…」
おそるおそる近付いてきた遥が途中で止まってしまった。
俺はようやく振り向き、遥の方へ歩き出した。
胸まで水につかった遥を見ていると、そのままにしておけば波間にさわられてしまいそうだと思い、水の抵抗を受けながらもぐいぐいと遥に近付いた。
ようやく助けが来たと思った遥は不安な顔から少し笑顔になった。
その笑顔をすくうように俺は遥を両脇から抱き上げた。
「1月なのにすごいあったかいね」
服のままで海に入るなんて不思議な状況なのに、びしょ濡れになりながらも遥は笑ってくれている。
そんな遥がいとおしくて、抱きかかえたままじゃぼんと一緒に頭まで海に沈んだ。
「おじさん、ひどいよ!」
一瞬で海面に上がったが、むせながら必死で息を整えている遥は腕の中でどんどんと俺の胸をたたいた。
そんな抵抗する遥と、そんな遥を放したくない俺は冬の海の中にもう一度もぐりこんだ。
沖縄の海は包むように温かくもしょっぱくて、波間に漂いながら二人はともに目に涙を浮かべた。
「塩で目が痛い…」
しょげかえるような顔をして呟いた遥だったが、二人で見つめ合ううちに何がおかしいのか分からないが笑いがこみ上げてきた。
次第に慣れた海の水。
痛いと訴えていた遥の目からも涙は次第に出なくなり、今度は二人して声を合わせてせいのでもぐりこんだ。
水の中、目を開けてみれば透明な海にゆらりゆらりとした遥の姿が見えた。
水にゆれる遥の姿に見とれた俺は、また夢のようだと思い、そのままずっとそこでいたい気分になった。
揺れてぼやけてはいる。
しかし手を伸ばせば確実にそこにいる愛する存在。
確かにそこに、すぐ傍にいると分かった一月の海水浴。
それからしばらく二人で子どものようにどこまでも無邪気に濡れて遊んだ。
沖縄の海と自分、そして遥と何もかもがすべて一つに溶け込むように思えた。
そして、同じようにたわむれた友の事を思い出しながら、遥に誓った。
遥、もう二度とお前を置いてどこにも行かないって約束したからな。
こうして二人、海の傍で溶け合うようにいつまでも一緒にいような遥。
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