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うろほろぞ
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「おじさん、お願いがあるの…」
遥からのいつものおねだりだと思っていた。
「なんだ?」
何か欲しい物でも見つけたのだろうか。
「あのね、ここにね…お友達連れてきたいんだけどダメ?」
桐生は思いもしなかった遥の申し出に目を丸くする事となった。




sweet time





遥と共に暮らし始めて早一年。遥と迎える二度目の冬がもうすぐ訪れようとしていた。
お互い仕事や学校にも慣れ、心身ともに落ち着きを取り戻していた。
仕事が忙しく、遥が家で日中何をしているのかなどは桐生の知る範疇ではなかったが、そういえば今まで家に友達を連れてきたなど聞いた事がない。
知らない内に連れてきていたのかもしれないが、遥の事だ、そんな事はせず、必ず自分に断ってから連れてくるであろう。
遥からの突然の申し出ではあったものの、そんな事もあるだろう、至極当然だと桐生は思い直した。
しかし、はたと周りを見渡してみるとこの部屋の荒れよう。
いや、部屋を荒らしているのは自分の物ばかりで遥の物など微塵足りともないのだが、これはまずい。
遥との不可侵条約で、お互いの物は自分で片付けるという事になっている。
始めのうちは、「おじさん、片付けてよ」と小言の一つや二つが遥から飛んできていたものの、今では諦めたのかそんな言葉すらない。
たまに物の散乱ぶりが酷くなり過ぎると、自然と片付いている事があったが、それは遥が見るに見かねて片付けてしまったのだろうと桐生は理解していた。
今回もその手があるかと思ったものの、それでは余りにも大人気ない。
「その友達はいつ来るんだ?」
部屋を片付ける猶予はいつまであるのだろうか。
「あのね…明日なんだけど、いい?」
猶予はゼロに等しかった。

ひとまずこの部屋をなんとかしなければならないと、仕事が終わって疲れのたまる重い腰を上げたものの、どこから手をつけてよいのか分からない惨状に困り果てた。
整頓が出来ないという事は遥の教育上も良くないと考えるものの、やはり小さな時からの癖はなおらない。
10年という長い服役生活での理路整然ぶりが嘘のように、今や何かが解き放たれてしまったかの如く、脱いだ服やら読んだ新聞などが床に放置されていた。
とりあえず、ゴミを片付けようと捨てる物を集めてみたが、そのうち「あぁこれは後で読むつもりだった雑誌だな…」などと捨てるに捨てられず、仕舞いには座り込んで読み出す始末。
結局時間がどれだけ経っても片付いたと言える状態にはならなかった。
しかし、そこは遥の事、自分でさっさと片付けてしまった。
「今回だけ特別だよ」
ウィンクしながら、てきぱきと雑誌をまとめたり、洗濯物を籠に入れたり、桐生の部屋に掃除機をかけたりするその有様は手慣れたものだった。
(子どものくせに、何か自分より大人びてるんじゃないか…?)
腑に落ちない感情を持ちつつ、桐生は遥に「すまないな…」と感謝の言葉を呟いた。

翌日の日曜日、桐生はとても驚く事になった。
なぜなら遥が連れてきたのは男の友達だったからだ。
てっきり遥の友達といえば女の子だろうと思い込んでいた自分を呪いたくなる程に愕然とした。
しばらくして、そんな事に愕然とした自分を情けなく感じ始めたものの、そんな事は露知らずか遥が笑顔で友達を桐生に紹介した。
「はじめまして、おじゃまします」
十になるかならないかの少年相手に自分は何故敵意のような感情を抱いてるのか分からない。いや、分かりたくもない。
「宿題教えてもらう約束してたんだ」
遥の宿題など俺が見てやると言いたかったものの、満面の笑みで遥にそう言われると何も言葉が出なかった。
「ここで机使ってもいいよね」
リビングの机を指し、遥が問う。
遥の学習机ではせまく、床に座ってリビングで二人、ノートを広げたいというのだろう。
「…あぁ」
返事をしたものの、それでは自分の居場所が無くなるじゃないかと桐生は思った。
タバコでも買いに外に出ようかと思ったが、二人の事の成り行きが気になる。
横でずっと付き添うのも格好がつかないし、かと言って自分の部屋に篭ってしまえば、事の成り行きが分からない。
どうも居心地が悪い。
自分の居場所を見つけようとしたものの、見つからない苛立ちとともに、困った桐生は仕方なしにリビングからキッチンへと足を向けた。
キッチンとリビングには何の仕切りもないため様子が伺える。
しかしキッチンで何をするわけでもなく、手持ち無沙汰となった桐生は二人に背を向けて換気扇を回し、煙草に火をつけた。
そんな桐生にはおかまいなしに、二人は並んで座って教科書を広げ始めた。
「あのね、ここが分からないんだけど…」
「…あー、そこはね…こうだよ」
遥の境遇を思うと仲の良い友達は多ければ多いほどいいと常日頃思っているものの、これは想定外の出来事だ。
二人は時折声を上げて笑いながら勉強している。
いや、それはちゃんと勉強できているのか? もっと真面目に黙って勉強しろよ。
心の中に次から次へと訪れる感情を表に出したいが、じっと堪える桐生は、ふうとため息混じりの紫煙を吐き出した。
様子をもっと窺いたいが正面切って見るのも沽券に関わると、背中で二人の気配を感じつつ、会話をそばだてて聞くのに換気扇の回る音が邪魔だなどと思っていた。
そして、煙草もいつしか根元まで吸いきってしまった。
本当の手持ち無沙汰が訪れた桐生は次の一本に手を出そうかと思考を巡らせたが、もう一本吸った所で心の平安は訪れそうも無い。
しかし、何かしら口寂しい。
換気扇からキッチン台に目を移したところ、ある物に目がいった。

桐生はケトルを流し棚の下から取り出し、コンロに火をつけて湯を沸かし始めた。
そして湯の準備が出来る間に用意したのは三つのマグカップ。
そこに桐生がいつも飲んでいるインスタントのコーヒー瓶を開け、それをカップに人数分入れた。
そんな桐生の物音にも気付かず子ども達は熱心に黙って机に向かっている。
そっと振り返ってみた桐生は、その二人の様子をよしよしといった表情で湯が沸くまでしばらく眺めた。

「ほら、飲め」
載せる盆もなく、桐生の大きな手にそのまま握られたカップをいきなり目の前にぐいと差し出された少年は少し驚きの表情を見せた。
少年は状況がすぐには飲み込めなかったものの、カップから立つ暖かな湯気と香りに気が付いた。
「ありがとうございます」
ぺこりと頭を下げた礼儀正しい遥の友達に内心桐生は安堵した。
これが礼の一つも言えない男だったら、げんこつの一つでも食らわしてるかもしれないと自制しきれない思いだった。
「おじさん、ありがとう」
遥も桐生の行動に少し驚きつつもカップを受け取った。
「あの…お砂糖ありますか?」
先にカップを受け取ってカップの中を見ていた少年がおずおずと桐生に問いかけた。
言われて桐生は気づいた。
確かに小学生にブラックはいけない。
しかし、角砂糖だのスティックシュガーだの洒落たものはうちにはないはず。
普段コーヒーを飲むのは桐生だけでそれもブラック一辺倒だからだ。困ったな…
「子どもなのにブラックコーヒーは飲めないよ、ミルクもなきゃ」
そう言った遥はにこりと笑いながら、立ち尽くす桐生をおいて、台所へ向かった。
帰ってきた遥の手にはどこから取り出したのかシュガーポットと牛乳パック。
「これが無いとね…」
また大人びたウィンクを桐生に向けつつ、遥は机におかれた自分と少年のマグカップに砂糖をたっぷりと入れ始めた。
桐生は事の次第を見守るため、少年の横に腰をかけた。
遥は次に牛乳をふんだんに注いだ。
「これでおいしいカフェオレが出来るんだよ」
どこでそんな事を覚えたのだろうか。
桐生の疑問をよそに、遥は手際よくスプーンでかき混ぜ、少年に「はい!」と手渡した。
子ども達はそれぞれのカップにふうふうと息を吹きかけ、やけどしないように少しずつ口をつけた。
「美味しい…」
少年の口からもれた感想に遥は笑顔を浮かべた。
「…でしょ? どう、おじさんもカフェオレ飲む?」
突然自分に矛先を向けられた桐生は驚いたが、
「…いや、俺はブラックでいい」
と断ってしまった。

その後桐生はやはり居場所が無いと一人何の当ても無くこの寒い中、散歩に出かけた。
子ども達はそれからも温かいカフェオレを時折口にしながら真面目に勉強を続けた。
桐生は小一時間ほど時間を潰したところで、家に戻ってきた。
勉強の邪魔になってはいけないと黙ってドアを開けると、玄関にはもう少年の靴はなかった。
(もう帰ったのか…)
思いの外早い少年の帰宅に桐生はなぜかちりりとした寂しさを少し感じた。
リビングのドアを開けるといつものように遥が床にちょこんと一人座っていた。
「おかえりなさい」
声をかけてきた遥は桐生の姿を見ると立ち上がった。
桐生がリビングに座って寒い体を休ませて一息ついていると、台所から遥がやってきて、桐生にカップを差し出した。
「はい、外は寒かったでしょ?」
いつの間に入れたのだろうか、そこには温かなカフェオレがなみなみと入っていた。
「味見してみて」
そう言われると断れないのを知ってか、遥は桐生に笑顔を向けた。
味見とはいえ、飲む前に桐生は躊躇した。
なぜなら甘ったるいコーヒーなどこんなにたくさん飲めるはずもない。大体ここ数十年ブラック以外飲んだ事がない。
「おいしいよ」
急かすような遥の言葉に意を決した桐生はくいと一口飲んだ。
桐生の体の中ですうっと溶け込むように甘さと温かさが染み込んでいく。
外気で冷えきった体を解きほぐすようだ。
遥の目が何か感想を言ってほしいと訴えんばかりにきらきらと光っている。
「…どう?」
「…意外とうまいな…」
桐生の言葉に、やったという表情を隠せない遥はその場で小躍りした。
「おじさんもたまにはこれを飲めばいいよ。ミルクはね、コーヒーと同じ量入れるの。そしたらおいしく出来るんだよ」
遥は自分の二杯目の為に牛乳と砂糖、そしてコーヒーの入ったマグカップを持ってきた。
そして桐生の前で見本を見せるように自分の分を作り始めた。
「ほら、簡単でしょ? ミルクもあっためるともっとおいしいよ」
「そうか…」
桐生は遥の小さな手の動きを眺めた。何気なく動いているようだが無駄がなく慣れたものだ。
「砂糖はね…おじさんの分は入れなくてもいいかもね。さっきのも少ししか入れなかったの。コーヒーはおじさんが入れたみたいに濃いほうがいいよ」
砂糖をスプーンですくった遥はお喋りを続けながら、自分好みの甘さに整えていく。
「今日来た子ね、帰る時に、コーヒーおいしかったです、おじさんによろしく伝えてください、って言ってたよ」
自分が一人、子どもだったという事か…
桐生は少年の素直な礼の言葉に、今まで自分が何に対して苛立っていたのかと馬鹿らしくなってふっと口に笑いを浮かべた。
初めての訪問者に自分と遥の二人の生活に突然割って入ってこられたと感じてしまっていたのだろうか。たかだか小学生の少年ではないか。
「宿題はちゃんと出来たのか?」
「難しかったけどね、教えてもらって出来たよ」
「そうか…よかったな」
桐生はカップの縁に口をつけた。
「あいつには…またいつでも来い、って言ってやれ…」
そう言った桐生はカップの中の残りをぐいと一口飲み干した。
「うん!」
桐生の言葉に遥は目を輝かせた。
こうして、その後も湯気が揺らぐ机の上ではあたたかな時間が二人の間にゆったりと流れていった。

それからどうした事か桐生は時折自分でも遥に内緒でカフェオレを割と頻繁に入れるようになった。
内緒という程ではないが遥がいない時についつい作ってしまう。
ブラックばかりでは何となく体に悪い気がしてきた上に、遥があの時入れてくれたものが本当に美味しいと感じたからだ。
あれから数年が経っても相変わらずの自分流儀で濃く入れたコーヒーに、見よう見まねで牛乳パックからざっと牛乳をカップに注ぐ。
疲れた時には砂糖も大きめのスプーンで二杯。すると甘い香りが湯気と共に上がってくる。かなり手慣れた感じだ。
遥のいない部屋で、桐生はこうして今日も甘いカフェオレが体の芯からあたためてくれる感覚に浸っていた。
しかし桐生はふと思った。
同じ作り方なはずだが自分が入れるより、遥の入れてくれたものの方がなぜかずっとうまく感じると。
そういえば最近遥にカフェオレを作ってもらう事もあまりなくなったな。
遥ももう高校生となって何かと忙しくしている。
今更飲みたい度に入れてくれと言うのも何だし、言って頼んでみたところでその時の遥の顔が見て取れる。
「じゃあ、愛のこもったとっておきの一杯を作ってあげるからね」
遥はこんな冗談交じりの答えを返してきて俺を困らせて喜ぶのだろう。
そんないたずらな遥がまた次に気まぐれで一杯を入れてくれるのはいつの事だろうか。
まあ、そう遠くない未来には違いないな…
そう思いを巡らせた桐生はそろそろ遥が買い物を終えて帰ってくるだろうかと寒い窓の外を見遣り、たまには自分が遥に一杯入れてやるかと思案しつつ今日もマグカップを片手に温かな冬の一日を送ろうとしていた。



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