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うろほろぞ
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zxc
05 永遠に続く




探していた人物を見つけたのは王宮の奥深く、雲海に面した露台の端の端。
佇む影は潮風に靡く髪を撫でながら、その視線を熱心に夜の海へ注いでいる。
声を掛ければ、振り向いた女は嬉しそうに笑みを寄越した。

何か珍しいものでもあるのか、と問うと、女は頷き、それから再び視線を戻す。
「ここなら王宮の中からでも雲海の下が良く見渡せるんです」
紫紺の瞳の先にはうっすらと広がる闇の雲海と、ぽつりぽつりと浮かぶ鴻基の灯り。
寄せる小波が静かに響いていた。
見渡せるといっても、もう夜だから景色など見えるはずがない。
不思議そうに首を傾げる男を見て、女はやんわりと笑んだ。
「…風が止めば、その内に見えてきます」

言われるまま、女の視線を追いかけて闇に包まれた雲海をじっと眺めてみた。
初冬の乾いた風が吹き、波がざわめく。水面に映った灯籠の炎が揺らめいた。
随分長い時間そうしていたような気がする。
眺めることに飽き始めた時、女が小さく感嘆の声を上げた。
ひとしきり冷気を運んできた風が止み、穏やかになった波の下からまばらだった灯りが淡い光を放ちながら浮かび上がる。
一つ。二つ。
十が百に、百が千に。
真冬の天頂に輝く北辰を思わせる月白。
穏やかに浮かぶ春の日暮れの金の赤。
気が付けば眼下に見下ろす漆黒に浮かぶ、色取り取りの無数の光。
その美しさに、男は思わず息を飲んだ。

「…憶えておいでですか?以前こうして二人で此処から景色を眺めたことを」
腕の中で見上げる女は身体を預けると、頬を染めながら言葉を続けた。
「あの時は数えるほどしかなかった灯りが、今はこんなに」
女の肩を抱く力が強くなる。
静かに綴られる心地良い低音が男の身体に染み渡り、その一つ一つが全身に響き、血に、肉に駆け巡った。
それはこの闇の雲海に漂う光のように。
失われてしまったと思っていた雪の大地には、いつの間にかこれほどまでに美しい生命が溢れていた。


男は女を強く抱き締めた。
抱き締めながら、己の身体が身震いするのを感じていた。



見上げた空には満天の星星。
地上の星と天上の星が瞬いていた。






(06.06.15.update)
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mnb
04. 絡みとる糸




しどけなく寝そべる女の姿態は常より増して艶かしい。
それが普段は決して見せることのない顔だから、艶が映えてえも言えぬ色を醸し出していた。
男は指に絡めた彼女の髪をたぐり寄せながら眼下に広がる光景を一巡し、満足そうに笑った。

見上げる瞳は僅かに潤み、視線を返せば睫毛を伏せる。
逸らした視線を交えることなく女は染まった頬をさらに赤らめ、固く結んだ唇から漏れる吐息を指で覆った。
そんな仕草の一つ一つが愛しいと思う。
もはや触れていない部分など無いというのに、今だってどうだ、指が触れただけで熱の冷めない身体は小さく震えている。
男は女の反応を逐一確認するようその肌に指を滑らせた。
なぞる指の動きに合わせて喘ぐ女は頭上の敷布に逃げるように縋った。


他の男にこれを見せてやりたい。
喰いこむ肌も、切ない鳴き声も、これは自分だけのものだと見せ付けてやりたい。
この衝動を抑えようとは思わない。
内に広がる欲望を自覚するのに幾らも掛からなかった。
男は手元にあった酒杯に手を伸ばした。
肌蹴た胸元に滲む汗の雫が輝く。
その上を硝子の盃から零れた酒が雪の肌を伝って衾に落ちた。
ほんのりと熱を持って薄く染まる肌に舌を這わせ、滴り落ちる雫を追って濡れる身体に熱を与えた。
両腕を奪えば捕われた獲物は逆らうことなく、色よく鳴きながら自分を受け入れた。
その声。
その艶。
全てが自分の為にある。
ただ一つを除いては。


「  」

その名を呼べば応えるように女の身体が震えた。
震えて、躊躇うように伸ばされた腕が褐色の肌に絡みついた。
男は女の額に唇を落として一言も発することなく彼女を抱き寄せた。

女の本心がどこにあるのか分からない。
自分と彼女の間には男と女として、…人と人として特別な感情があったはずなのに、今となっては確かなものではない。
我々は変わってしまった。
あの短すぎた夏の日、自分を前に穏やかに微笑む彼女にもう二度と会うことはないのだ。


男は女を抱き締めた。
重い瞼を閉じ、ゆっくりと息を吐いて、ただ彼女の熱にその身を埋めた。
自分が思うよりも強く、彼女を抱き締めていた。






(06.09.05.update)
vxc
03. 眠りの甘き細波




「眠れたか?」


不意に浴びせられたその低音に女は大きく目を開いた。
眼前に、いや、もはや爪先程の距離も無いそこにあったのは、よく見慣れた男の胸元。
あろうことか己の腕が彼の身体にしっかりと絡まっていたことに彼女は声を失った。

女は常にないほど顔を青くさせたと思うと勢い良く跳ね起きた。
…跳ね起きたものの、飛び上がろうとした彼女の身体は不意に伸びてきた男の腕に遮られ、妙な体勢で沈み込むとその力に比例して思うよりも豪快に彼の胸に落ちた。
男は痛みに文句を一言零しただけで、しかし何やら嬉しそうに女を抱きすくめる。
抵抗する言葉もうやむやに、結局訳のわからぬまま彼女は再び男の腕の中に収められてしまった。


確か自分は書斎に居たはずだ。
一向に片付く気配のない書類の山を相手に、今夜会いに来ると言っていた男を待っていた。
それなのに、何故自分は今寝台の上にいるのだろう。
…何故、この男の腕の中にいるのだろう。

常にない程混乱し、その整った顔立ちを赤から青に変える女を見て男は小さく吹き出した。
「…まさか主上が私をこちらへ?」
男は彼女の髪を弄りながらやんわりと笑んだ。
「私が来た時には豪快に突っ伏していたからな。さすがにあのままにしておく訳にはいくまい。 ……それとも、他に誰か心当たりでも?」
女は大きく首を振った。
愉しそうにその様子を眺める男は、彼女の赤茶の髪を指に巻きつけながら静かに口を開いた。
「しばらくしたら気付くかと思ったが一向に目を覚まさないからな…、どうしたものか考えあぐねていたらこんな時間になってしまった」
「それは…失礼しました。今こちらを退きますので…」
そう言って身を引こうとしたのだが、彼女の腕は男の腕に掴まれたまま自由になる気配がない。
力を篭めて引き剥がそうとしてもびくりともしなかった。
「…あの」
「何だ?」
「あの、どうかお放し下さい…!」
「何も今更恥ずかしがることもないだろう?」
男は半ば無理矢理彼女をその胸に抱き締めた。
「それに、お前の寝顔を見ていたら眠り損ねてしまった」
「…は?」
男はにんまりと笑って胸元に抱えた女の額にくちづける。
浮かんだ笑みは意外なほど柔らかくて、彼女は一瞬眩暈を覚えた。
「自分ばかり心地良さそうに眠っておいて、私には眠るなと言うか?」


「いえ!ですから私がこちらを退きますから、それから」
「ああ、もう眠いんだ。静かにしてくれ」
言って男は幾らも経たない内に寝息を立て始めた。
視界を男の胸に塞がれて、女はただ笑うしかなかった。
眠る男を起こさないように妙な形のままだった体を動かして、目の前にある彼の胸に顔を寄せた。
息を殺さずとも耳に響く心音が何故だかとてもくすぐったい。
ようやく理解できたこの状況は、なんとも気恥ずかしくて幸せなんだろう。


女は苦笑して、それから大きく息を吐いた。
たまにはこんな夜も悪くはない……かもしれない。



(06.09.25.update)
02. 夢の淵で




 その女のことを想像する時、多くの人はかつての美しい姿を思い描くだろう。
 凛々しさと優しさを兼ね備え、信に厚く朗らかで誰からも好かれる女性。
 それは彼女の本来あるべき姿だった。






 きつく巻き付けられた包帯を一つ一つ丁寧に解く。まるで何かのまじないのように固く絞られた結び目を緩めると、のぞいた湿布が強い匂いを放って剥がれ落ちた。
 あらわになったその左腕は長い時間同じ形に結ばれていたものだからすぐには形が戻らない。用意した湯に浸し握り締めた指を一本一本解きほぐして、ようやく緊張の解けた拳が開いた。掌に残る凹凸を撫でると傷が痛むのだろうか、女は僅かに顔を顰めた。

 あの日から彼女は掌に触れられることを極端に嫌がった。
 あまりにも露骨に拒絶するものだから、無理に問い詰めれば、苦渋の色を浮べた女が差し出したのは彼女の隻手。その先にあった残骸を見て男は絶句した。
 開かれた彼女の左手は爛れた肉の皮が固さを伴って薄黒くくすんでいた。幾つもの小さな肉刺が出来ては潰れ、出来ては潰れ。随分と長い間そんなことを繰り返したのだろう。完治しない内にまた新しい傷をつくるものだから治癒に体が追い付いていなかった。
 恐る恐る伸ばした手でその残骸を掴み、男は傷の一つ一つを凝視した。触れる己の手は自分でも分からない程小さく震えていた。
 女は少しだけ苦しそうに笑った。男は何も言わずに触れた彼女の手を握り締めた。
 彼が伝えることのできる言葉などなかった。



 今、目の前にいる女にかつての面影はない。
 凛々しく、武人にしてはたおやかで、時折見せる愛らしい一面に変わりはないけれど、もう以前のように剣を振るうことは叶わないだろう。
 武門に身を置く者として死にも近いその代償が如何ほどのものか、想像に及ばない。それなのに彼女はこうして笑うことが出来る。
 弱音も吐かず、愚痴も零さず、ただ己に与えられた宿命を受け入れようと必死に生き足掻いているのだ。

 この腕に触れるたび、男は一人思う。
 忘れてはならないものがある。この手に触れることでしか分からないものがある。
 声もなく戒めるそれは皮肉にもこんな形でしか手に入れることができなかったけれど。

 手放すものか。
 この手を、この指を。




 男はいつものように女を抱き寄せると、掴んだ彼女の指に自分のものを絡めて瞼を伏せた。
 言葉もなく、愛撫もなく、ただ静かに抱き締めた。

 彼女を前に願う祈りはいつも同じだった。




(06.09.16.update)
bv
01 沈む静けさ




見上げた天井。
敷き詰められた碁盤状の石。
きらきら光る、獣の影。

差し込む夜の灯り。
灯籠の灯り。
月は出ていない。

炎の紅に照らされた褐色の肌。
所々に小さな傷が残る、男の身体。
鍛えられた逞しい腕が、闇の中で私を攫った。

触れた先から伝わる熱。熱。熱。
堪らずに男の背に腕を伸ばそうとするけれど、いつも躊躇ってしまう。
行方の定まらない腕は、敷布を掴んだ。
やがて訪れるその時を感じて、強く掴んだ。

吐く息は途切れ途切れに。
凭れ掛かる男は、少しだけ苦しそう。
小さなくちづけを繰り返して、私の胸に顔を埋めた。

身体の芯へと浸み渡る微熱。
二人を抱えて沈む、寝台の音。
それが、世界の全て。



飾り気の無い指が汗の滲んだ額に纏わる銀糸を掻き分けた。
それが私の示す、確かな証し。
ぎこちなく動く指を見て、男は笑った。
男が笑ったのを見て、私も笑った。

それからようやく、男の背に腕を伸ばした。
広い背中を抱き締めて、静かに目を閉じた。





(06.06.15.update)
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