徒然 玉石混淆
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何て呼べばいいの?~龍が如く~
2008/01/16 14:22
事件もようやく解決の方向に歩き出した。
東城会の六代目を襲名した大吾もこれから本格的に忙しくなる。
謂わば腕の見せ所というところだ。
まだ慣れない会長の椅子に座りながら、大吾は雑務の合間のほんの一時に、紫煙を燻らせその先が天井に昇る様をぼんやりと目で追いかけていた。
まだ何となく実感がない。
こうしてこの椅子に座っている自分が。
あの事件の一番の功労者は間違いなくあの男である筈なのに、自分はその男と比べるとまだまだヒヨッコなのに……。グルグルと答えのない問いを頭の中で巡らせながら、大吾は背もたれに体重を掛けた。
椅子はギィッと悲鳴を上げた。
その時、軽いノックの後、戸惑い気に会長室の扉が開いた。
見ればそこには少女がポツンと立っていた。
本部のしかも会長室である。こんな所に、少女がいるのはおかしい。吸い始めたばかりの煙草を灰皿に押し付け、思わず大吾は己の目を擦った。
が、依然少女はそこにいる。夢ではない。
組員達の趣味の悪い悪戯か何かかといぶかしんでいると、それはトコトコと躊躇いもなく自分に近付いて来るではないか。
昨今の玩具は良く出来ていて、ついこの間もニュースで接客の仕事を手伝うロボット等というがやっていたような気がする。
ついに東城会にもそんな物を導入する日が来たのかと、大吾は思ったが、幾らなんでも少女のロボットは趣味が悪いだろうと自分自身に突っ込みを入れた。
「こんにちは、えっと……大吾さん?」
少女は屈託のない笑顔を向けて来た。
「あぁ……。えーっと、おま……どちら様だ?」
声を荒げる事はさすがに憚られて、大吾は極めて丁寧に問い掛けた。
少女の目が大きく見開かれた。
自分の事を知らないと言われたのが、余程ショックだったようだ。
「澤村遥です。桐生のおじさんに大吾さんにもちゃんとお礼を言って来なさいって言われて」
「ああ」
そこで初めて大吾は合点がいった。
そういえば、いつも桐生の後ろに隠れるようにして小さな女の子がいた事を大吾はようやく思い出すことが出来た。
面識はなかったが、こうして改めて見るとなるほど柏木達が言っていた言葉があながち嘘ではない事が分かった。
『桐生は、遥が大事だからな。ありゃ、嫁に出す時は大変だな。泣くぞ、アイツ』
からかい半分、羨望半分。と言った所だろうか。
が、それもこの子を前にしてみれば頷ける。今はまだ幼いが、長ずれば絶対に美人になる。
そう言えば、この子の母親に自分の父親は手を出そうとしたのだっけ……。
若くて美人な女が特に大好きだった父。
この子を見れば、母親がどれだけだったか容易に想像が出来るというものだ。
「大吾さん、今回はありがとうございました」
大吾が逡巡している側で、遥は行儀良く頭を下げた。
「おじさんも無事に助かりました。本当にありがとうございました」
気のせいか少し涙声になっていないだろうか?
「いや、俺がやった事は少ない。礼を言われる筋はないぜ」
「ううん。大吾さんがおじさんに腕のいいお医者さんを付けてくれたんでしょ?柏木のおじさんから聞いたよ」
「それだけだ」
「そんなことないよ!そのお陰で、おじさん助かったんだもん!!大吾さんには何回お礼を言っても足りないよ。本当に、本当に、ありがとうございました」
そう言って、何度も何度も頭を下げる。
さっきまでは微かだったが、今では紛れもなく涙声になってしまっている。
大吾は乱暴に頭を掻いた。
こういった場合、どういう風にしたらいいのかまるっきり分からない。ましてや相手は少女だ。子供との接し方だなんてものは、柏木からも弥生からも教わっていない。
「あーーー。まぁ、なんだ。桐生さん生きてて良かったな」
がばっと遥の頭が勢い良く上がった。
上げられたその顔は、涙でぐちゃぐちゃになっていた。
(オイオイ、本気で泣いてやがったのかよ)
まるで自分が泣かせていたようで、居心地悪い。
「うん。大吾さんのお陰だよ」
頬の筋肉全てを緩ませての笑顔になった。
泣いたり笑ったりと忙しい事だ。と、半ば呆れながらもその涙で濡れた頬をポケットから取り出したハンカチで乱暴に拭ってやる。
「ああ、もう泣くな」
「い、痛い、痛いよ!」
小さな頭、小さな手。
大人の自分のそれとは明らかに違う体のパーツに、戸惑いながら大吾は自分なりには優しく拭いてやっていたつもりだったが、遥には些か力が強かったらしい。途端に非難の声が上がった。
「何だよ人の好意を……ったく、これだからガキは」
「ガキじゃないもん、遥だもん。大吾さんにはちゃんと大吾さんって名前で呼んでいるでしょ!?」
だから自分の事も名前で呼べと言うことらしいのだが。
何だか、こんな少女に自分の事を『大吾さん』と呼ばれることに、物凄く抵抗がある。抵抗というか、何というか……。
「うっせーな。ガキはガキだろ。すぐピーピー泣きやがるし」
取り繕う事も忘れて、大吾はつい本音を零した。こういったところが、まだま子供だと柏木から言われる所以なのだろうが、本人は気付いていない。
「違うもん、遥だもん」
「あーはいはい。んじゃ、チビ」
「酷い!!」
遥は頬を膨らませ大吾に抗議する。
キッと睨み付けるが、真っ赤になった目で凄まれてもまったく怖くない。
「大吾さん……」
「それ」
「え?」
「それその『大吾さん』止めろ。お前みたいなチビガキに『さん付け』で呼ばれると調子狂う。つーか、気持ち悪ぃ」
「じゃあ、なんて呼べば言いの?」
遥は首を傾げる。
大吾は意地悪い笑み浮かべると、その小さな頭を軽く叩いた。
「知らね。自分で考えな」
腕を組み、うーん、うーんと悩む遥を机に頬杖を付いて大吾は見守る。本気で悩む様が何だかとても面白い。
遥はそれからややあってパァッと顔を輝かせ、真っ直ぐに大吾を見上げた。
「『大吾おじさん』!!」
瞬間、頬杖が崩れた。
よりにもよってそれかよ。
しかも柏木・桐生と同じラインだ。
「俺はまだ30だ!」
「えー?30って立派なおじさんだよ?」
「うっさい、却下だ。却下」
「じゃあ、『六代目』」
「お前はいつ東城会に入ったんだ?」
「じゃあ、『兄貴』」
「お前と盃交わした覚えはねーぞ!」
(絶対に、桐生さんの教育間違っている)
男として惚れはするものの、教育に関しては賛同出来ないな、と大吾は心の底から思った。
「もう、大吾さん我儘過ぎ!!」
とうとう遥が痺れを切らした。
両手で握り拳を作り、大吾ににじり寄る。
「じゃあもうおじさんと一緒に、『大吾』って呼んじゃうんだからね」
「年上を少しは敬え、チビ」
額を指で軽く弾くと、両手でその部分を覆いまたもや、抗議の声が上がった。
もう出し尽くしたのか、遥は部屋を出て行こうとする。
「何だ、もう帰るのか?」
「うー……。桐生のおじさんが心配しているから……」
「そうか。気を付けて帰れよ。チビ」
「チビじゃないもん!」
しっかりと抗議の声を上げた後、大吾に背を向けて扉のノブに手を掛ける。
そのまま帰ってしまうかに見えた遥だったが、不意に何を思ったのか振り向きざまに、
「お兄ちゃん、ありがとう。バイバイ」
満面の笑みで、扉の外へと消えて行く遥。
大吾は思いも寄らなかった不意打ちに、しばし呆然とした。
『お兄ちゃん』
その甘ったるくもくすぐったい響きは、暫く大吾の耳奥に残響した。
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2008/01/16 14:22
事件もようやく解決の方向に歩き出した。
東城会の六代目を襲名した大吾もこれから本格的に忙しくなる。
謂わば腕の見せ所というところだ。
まだ慣れない会長の椅子に座りながら、大吾は雑務の合間のほんの一時に、紫煙を燻らせその先が天井に昇る様をぼんやりと目で追いかけていた。
まだ何となく実感がない。
こうしてこの椅子に座っている自分が。
あの事件の一番の功労者は間違いなくあの男である筈なのに、自分はその男と比べるとまだまだヒヨッコなのに……。グルグルと答えのない問いを頭の中で巡らせながら、大吾は背もたれに体重を掛けた。
椅子はギィッと悲鳴を上げた。
その時、軽いノックの後、戸惑い気に会長室の扉が開いた。
見ればそこには少女がポツンと立っていた。
本部のしかも会長室である。こんな所に、少女がいるのはおかしい。吸い始めたばかりの煙草を灰皿に押し付け、思わず大吾は己の目を擦った。
が、依然少女はそこにいる。夢ではない。
組員達の趣味の悪い悪戯か何かかといぶかしんでいると、それはトコトコと躊躇いもなく自分に近付いて来るではないか。
昨今の玩具は良く出来ていて、ついこの間もニュースで接客の仕事を手伝うロボット等というがやっていたような気がする。
ついに東城会にもそんな物を導入する日が来たのかと、大吾は思ったが、幾らなんでも少女のロボットは趣味が悪いだろうと自分自身に突っ込みを入れた。
「こんにちは、えっと……大吾さん?」
少女は屈託のない笑顔を向けて来た。
「あぁ……。えーっと、おま……どちら様だ?」
声を荒げる事はさすがに憚られて、大吾は極めて丁寧に問い掛けた。
少女の目が大きく見開かれた。
自分の事を知らないと言われたのが、余程ショックだったようだ。
「澤村遥です。桐生のおじさんに大吾さんにもちゃんとお礼を言って来なさいって言われて」
「ああ」
そこで初めて大吾は合点がいった。
そういえば、いつも桐生の後ろに隠れるようにして小さな女の子がいた事を大吾はようやく思い出すことが出来た。
面識はなかったが、こうして改めて見るとなるほど柏木達が言っていた言葉があながち嘘ではない事が分かった。
『桐生は、遥が大事だからな。ありゃ、嫁に出す時は大変だな。泣くぞ、アイツ』
からかい半分、羨望半分。と言った所だろうか。
が、それもこの子を前にしてみれば頷ける。今はまだ幼いが、長ずれば絶対に美人になる。
そう言えば、この子の母親に自分の父親は手を出そうとしたのだっけ……。
若くて美人な女が特に大好きだった父。
この子を見れば、母親がどれだけだったか容易に想像が出来るというものだ。
「大吾さん、今回はありがとうございました」
大吾が逡巡している側で、遥は行儀良く頭を下げた。
「おじさんも無事に助かりました。本当にありがとうございました」
気のせいか少し涙声になっていないだろうか?
「いや、俺がやった事は少ない。礼を言われる筋はないぜ」
「ううん。大吾さんがおじさんに腕のいいお医者さんを付けてくれたんでしょ?柏木のおじさんから聞いたよ」
「それだけだ」
「そんなことないよ!そのお陰で、おじさん助かったんだもん!!大吾さんには何回お礼を言っても足りないよ。本当に、本当に、ありがとうございました」
そう言って、何度も何度も頭を下げる。
さっきまでは微かだったが、今では紛れもなく涙声になってしまっている。
大吾は乱暴に頭を掻いた。
こういった場合、どういう風にしたらいいのかまるっきり分からない。ましてや相手は少女だ。子供との接し方だなんてものは、柏木からも弥生からも教わっていない。
「あーーー。まぁ、なんだ。桐生さん生きてて良かったな」
がばっと遥の頭が勢い良く上がった。
上げられたその顔は、涙でぐちゃぐちゃになっていた。
(オイオイ、本気で泣いてやがったのかよ)
まるで自分が泣かせていたようで、居心地悪い。
「うん。大吾さんのお陰だよ」
頬の筋肉全てを緩ませての笑顔になった。
泣いたり笑ったりと忙しい事だ。と、半ば呆れながらもその涙で濡れた頬をポケットから取り出したハンカチで乱暴に拭ってやる。
「ああ、もう泣くな」
「い、痛い、痛いよ!」
小さな頭、小さな手。
大人の自分のそれとは明らかに違う体のパーツに、戸惑いながら大吾は自分なりには優しく拭いてやっていたつもりだったが、遥には些か力が強かったらしい。途端に非難の声が上がった。
「何だよ人の好意を……ったく、これだからガキは」
「ガキじゃないもん、遥だもん。大吾さんにはちゃんと大吾さんって名前で呼んでいるでしょ!?」
だから自分の事も名前で呼べと言うことらしいのだが。
何だか、こんな少女に自分の事を『大吾さん』と呼ばれることに、物凄く抵抗がある。抵抗というか、何というか……。
「うっせーな。ガキはガキだろ。すぐピーピー泣きやがるし」
取り繕う事も忘れて、大吾はつい本音を零した。こういったところが、まだま子供だと柏木から言われる所以なのだろうが、本人は気付いていない。
「違うもん、遥だもん」
「あーはいはい。んじゃ、チビ」
「酷い!!」
遥は頬を膨らませ大吾に抗議する。
キッと睨み付けるが、真っ赤になった目で凄まれてもまったく怖くない。
「大吾さん……」
「それ」
「え?」
「それその『大吾さん』止めろ。お前みたいなチビガキに『さん付け』で呼ばれると調子狂う。つーか、気持ち悪ぃ」
「じゃあ、なんて呼べば言いの?」
遥は首を傾げる。
大吾は意地悪い笑み浮かべると、その小さな頭を軽く叩いた。
「知らね。自分で考えな」
腕を組み、うーん、うーんと悩む遥を机に頬杖を付いて大吾は見守る。本気で悩む様が何だかとても面白い。
遥はそれからややあってパァッと顔を輝かせ、真っ直ぐに大吾を見上げた。
「『大吾おじさん』!!」
瞬間、頬杖が崩れた。
よりにもよってそれかよ。
しかも柏木・桐生と同じラインだ。
「俺はまだ30だ!」
「えー?30って立派なおじさんだよ?」
「うっさい、却下だ。却下」
「じゃあ、『六代目』」
「お前はいつ東城会に入ったんだ?」
「じゃあ、『兄貴』」
「お前と盃交わした覚えはねーぞ!」
(絶対に、桐生さんの教育間違っている)
男として惚れはするものの、教育に関しては賛同出来ないな、と大吾は心の底から思った。
「もう、大吾さん我儘過ぎ!!」
とうとう遥が痺れを切らした。
両手で握り拳を作り、大吾ににじり寄る。
「じゃあもうおじさんと一緒に、『大吾』って呼んじゃうんだからね」
「年上を少しは敬え、チビ」
額を指で軽く弾くと、両手でその部分を覆いまたもや、抗議の声が上がった。
もう出し尽くしたのか、遥は部屋を出て行こうとする。
「何だ、もう帰るのか?」
「うー……。桐生のおじさんが心配しているから……」
「そうか。気を付けて帰れよ。チビ」
「チビじゃないもん!」
しっかりと抗議の声を上げた後、大吾に背を向けて扉のノブに手を掛ける。
そのまま帰ってしまうかに見えた遥だったが、不意に何を思ったのか振り向きざまに、
「お兄ちゃん、ありがとう。バイバイ」
満面の笑みで、扉の外へと消えて行く遥。
大吾は思いも寄らなかった不意打ちに、しばし呆然とした。
『お兄ちゃん』
その甘ったるくもくすぐったい響きは、暫く大吾の耳奥に残響した。
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