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うろほろぞ
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 年始の挨拶も一段落終え、大吾は我が家に帰宅した。年初めの行事の締めくくりを皐月をはじめ、家族みんなで行おうと思ったからだ。
 玄関の扉を開けると、そこに皐月がいた。
 大吾が来るのを待ち望んでいたのだろう、好奇心にキラキラ輝く瞳をそのまま大吾にぶつけている。
「仕度出来てんのか?早くしねーと置いて行くぞ」
「皐月、ちゃんとできてるもん。できてないのは、おばあちゃんとママと薫おねえちゃんなの。お化粧パタパタずっとしてるの」
「何塗ったって変わりゃしねーから、やめとけって言って来い。金と時間の無駄だってな」
「ちょいと、大吾。無駄とはなんだい、無駄とは。こういうのはね、身だしなみって言うんだよ。人様の前に出るのにスッピンじゃ申し訳ない大人としてのマナーじゃないか」
「素顔で歩くには犯罪になっちまうってことだろ?」
「大吾!!」
 弥生の叱責を笑って流しながら、遥や薫、桐生が来るのを玄関先で待つ僅かな間、久し振りの愛娘とのじゃれあいを楽しんでいた。
「パパ、パパ。わたがしなの。わたがしかってなの」
 参道には色々な出店がひしめき合っていた。その殆どがいい匂いのする食べ物屋ばかりで、食いしん坊の皐月は中々前に進まない。
 瞳を輝かせてはやれあっちのたこ焼き屋さんに行きたいの。こっちのりんご飴屋さんの方がさっきのお店より大きいのと、終始食べ物屋に目移りをさせては、その都度大吾のズボンの裾を引いては立ち止まらせる。
 仕舞いには、桐生に肩車をされ強制連行される始末だ。
「桐生のおじいちゃん、高いの!おろしてなの!!」
 急に高くなった目線にさすがの皐月も怖くなったのだろう。桐生の肩にかけた足をバタバタさせ、降ろせと騒ぐ。
「お前に合わせてたら、明日になっちまうからダメだ」
「あ~ん、わたがし屋さん~」
 名残惜しげに振り返り、振り返り言う皐月に、
「お参りが終わったら、俺が買ってやる。だから今は我慢するんだ」
 優しい言葉が下から響いた。見下ろせば、桐生が真っ直ぐな目をして優しく頷く。
「ぜったい?やくそくなの」
「ああ、約束だ。どの綿菓子がいいか決めておくんだぞ」
「わぁい!じゃあね、あのいろんないろがあるやつがいいの!」
 どうやら皐月はカラフルな三色綿菓子がお気に召したらしい。桐生は大きく頷く。
「分かった。お参りが済んだらな」
 約束をして皐月を降ろそうと桐生が屈もうとすると、今度はさっきと反対に降りたくないと駄々を捏ね始めた。
「降りなくていいのか?怖いんじゃないのか?」
「いいの。こっちの方がらくちんなの。それに、ここからだとずっとずっと遠くの方まで見えるの。エヘヘ、桐生のおじいちゃんがいつも見ているのと一緒なの」
「何一人だけ楽してんだよ。桐生さん、こんなガキそこら辺に投げ飛ばしてもかまわねーよ」
「そんなことしたら皐月が可愛そうだろう」
「そやで。皐月ちゃんは堂島家のお姫様なんやから」
 なぁ?と言って、薫は皐月に笑いかけた。
――お姫様。
 その女の子なら誰しも憧れる単語を自分に向けられて、皐月は更に上機嫌だ。満面の笑みでうんっと大きく頷く。
 実際のところ、堂島家だけでなく東城会のお姫様的ポジションだったりするのだが。
 人当たりのいい遥の血を引いているお陰か、本部詰めの構成員どころか幹部にも皐月は中々受けがいいのだ。何と言ってもあの真島とも『お友達』の仲なのだ。人当たりの良さは遥以上かもしれない。
 ようやく拝殿の前に進み出る事が出来た。
「皐月ちゃん、やり方分かるかい?」
 お賽銭用の小銭を皐月に渡しながら弥生が尋ねると、皐月は小さく頭を振った。
「いいかい。二回お辞儀をして、二回手をパンパンッて叩いて、お願い事を言ったら、もう一度お辞儀をするんだよ」
 弥生が説明をするも、皐月はピンッと来ない顔で見つめている。
「分からなかったら俺達がするのを真似すればいい」
「そやで、ゆっくりやるしな。お姉ちゃんの真似するんやで」
「うん」
 大人達がゆっくりとやる動作を一生懸命真似しながらも、皐月は何とか付いて行っている。
「えっと、パンッパンッなの」
 小さなもみじの手で、真剣にお祈りをする皐月の姿を横目で微笑ましく大人達が見守る。
「神さんにちゃぁんとお願い事を言うんやで」
 柏手を打ち終わった皐月に、そっと薫が告げる。
 皐月は力強く頷いて、あらん限りの声を張り上げた。
「かみさま、かみさま、あのね!!皐月、赤ちゃんがほしいの!!くださいなの!!ぜったい、ぜったいほしいの!!できたらおんなのこがいいの!!やくそくなの!!」
「皐月!!」
「パパにおねがいしたらダメって言われたの!だからかみさまにおねがいするの!どうか、皐月に赤ちゃ……」
 全て言い終わらない内に皐月は大吾に横抱えにされて、その場から強制連行させられた。
 何て事を大声で言ってんだ。大吾は走った時に出た汗と冷や汗が混じったものを手で拭った。
 並んでいる後ろの人達から、忍び笑いが洩れ聞こえた。きっと結構後ろまで聞こえていたに違いない。
「大吾さん、はい、お神酒。皐月は甘酒ね。熱いからふうふうするのよ」
「一馬の分ももろうて来たで」
 遅れてやって来た女性群は、神社で配っているお神酒と甘酒を持って来た。それを受け取りながら、大吾は膝上で遥から渡された甘酒をのん気に啜っている皐月の後頭部を軽く叩いた。
「お前なぁ、寿命が縮んだじゃねーか。ああいう事を大声で、言うんじゃねーよ」
 小突かれた皐月は不満気な目で、振り返った。
 皐月にしてみれば、お願い事を言えと言われたから言ったまでの事で怒られる要素はどこにもないのだ。
 パパもダメ、神様もダメ。ダメダメ尽くしではどうしようもないではないか。
 皐月は俄かに顔を曇らせた。
 そんな皐月を見ながら、桐生と大吾は顔を見合わせながらお神酒を口に運んだ。お互い、苦笑いが頬に落ちた。
「じゃあ、皐月が赤ちゃんつくるの!どうやったら赤ちゃんできるの?」
 怒られ、しょげて、甘酒をじっと見つめていた皐月が思いついたように顔を上げた。
 散々悩んだ結果導き出された彼女の結論は、『皆ダメならいっそう、自分で作ってしまえ!』であった。それを聞いた男達は文字通り吹き出した。
 ありがたいお神酒が口から間欠泉のように吹き出る。
「ねぇ、ねぇ。どうやって赤ちゃんつくるの?パパ」
「お、まっ……な、なにぃ?」
 焦って咳き込む大吾に構わず、皐月は問い掛ける。
「桐生のおじいちゃん、どうやったらいいの?」
 自分に振られる前に消えようと思っていた桐生は、浮かし掛けた腰のまま固まる。
 逃げんなよ。大吾は皐月に聞かれぬようそっと小声で悪態を吐く。
 皐月は桐生の心情を知っているのかいないのか、大吾の膝の上から元気に飛び降り、桐生のズボンの裾を掴んでせがんだ。
 キラキラと純粋な瞳を向けられ、桐生は押し黙る。
 何と言って聞かせたらいいのやら……。まさか具体的に教える訳にもいくまい。
 あー。だの、うー。だの声にならない声を出し、もしかしたら最強の敵かもしれない者と対峙している。
 大吾は面倒くさ気に乱暴に頭を掻いた。
 そして、おもむろに立ち上がりスタスタと歩き出した。
「だ、大吾逃げる気か!?」
 一人取り残された焦りからか、大吾の背中に声をぶつけた。大吾は特に慌てる風でもなく、チラリと後を振り返り、
「皐月、綿菓子もリンゴ飴も焼きそばも、クレープ屋も閉まるぞ。買わなくていいのか?」
 ぞんざいに告げた。
 その言葉にハタと皐月は我に返る。
 赤ちゃんも欲しいが、目の前にある出店の食べ物の誘惑の方が強い。
 桐生のズボンの裾を振り解くと、危なっかしい足取りでトテトテと大吾の後を追いかける。
「パパ、かってくれるの?」
「あ~、お前がいい子にしているんだったらな」
 さっきはダメって言ったのに。大吾の変わり身に皐月は歓喜の声を上げる。
 直ぐに桐生達も追い付いた。
 約束通り綿菓子を買って貰い、リンゴ飴もベビーカステラも買って貰った。大事そうに抱え込み車の中で皐月は眠ってしまった。些かはしゃぎ過ぎた様だ。
 大吾の膝を枕にして小さく眠る皐月に、大吾は優しく背中を撫でた。
 皐月を挟んだ向こう側で遥が、思い出し笑いを零しているのを横目で睨み付けた。
 大吾はチラリと視線を下に動かす。小さな寝息を立てて幸せそうに眠る娘。
 なんの夢を見ているのだか、時折口をムニャムニャと動かしている。
「赤ん坊か……」
 大吾は口の中で呟く。
 欲しくない訳ではないが、こればっかりは自然の事でどうにもならない。
 この今はまだ小さい皐月に赤ん坊が宿るのは何時の事か、そしてその相手は?そう考えると何故だか無性に腹ただしくなった。
 思わず、車の中だという事を忘れ前の助手席のシートを蹴っ飛ばした。
「六代目!?」
「大吾さん?」
 運転手と遥が大吾の突然の行動に目を剥いた。
 大吾はその言葉にハッとし、罰が悪そうに口許に手を当て外の景色を見る振りをした。その中でも皐月は目覚めない。
 随分、大したタマだな。心中で苦笑いを零しながら、皐月の将来出て来るであろう顔も分からない男に対して、明確な殺意をこの時抱いた。
 
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 黒紋付袴姿に黒礼服の男達でその場はひしめき合っていた。どことなく緊張感を漂わせているのは、今日が年の初めの大事な顔合わせの日だからだろう。
 本部の奥、座敷の間で東城会の幹部等が集まり、会長である堂島大吾に一年で初めての挨拶をする大事な日だ。
 小波の様な囁きごとが、ある瞬間をもってピタリと静まる。
 衣擦れの音、床を踏みしむ足音。
 六代目東城会会長のご登場である。
「新年、明けましておめでとうございます」
 一人の男の口上を皮切りに、男達は一斉に頭を下げ挨拶をする。それはまるで、大波がうねりをあげ岩に勢い良く打ち上げるような感覚だ。
「六代目……」
 男が顔を上げて次の言葉を続けようとした時、男の口は止まった。否、正確には口だけではない。全ての体の器官と男の周りの時が止まったと言ったとしても決して過言ではない筈だ。
 挨拶を上げるべく代表者がいつになっても何も言わないのを不審に思って、他の男達も窺うようにそろりそろりと上目で上座を盗み見る。
 そして、同じく時を止まらせた。
 上座に座っているのは東城会六代目会長堂島大吾。ではなく、赤の振袖を着てちんまりと布団の上に置物の様に収まっている。
「うん。あけましておめでとうございます、なの」
 上座に座るそれは、恐らく誰かに教わったのだろう。丁寧に三つ指をついて深々と頭を下げた。拍子にお尻が上に突き上げてしまったのは、愛嬌なのかもしれない。
「……六代目、ずいぶん可愛らしく小さくなって……」
 動揺を隠し切れずに発した言葉は震えていた。
 呆然とする男達の中、誰より先に覚醒した男がいる。柏木修である。
 彼はすっくと立ち上がり、上座に座っている皐月に近付いた。なんだって、こんな所に皐月がいるのか……。彼は軽い眩暈を覚えながら、皐月の前で膝を折った。
「皐月ちゃん」
 柏木は小声で話しかける。
 怒りを面に出さないよう、極力注意を払いながら。
「柏木のおじいちゃん、あけましておめでとうございます。なの」
「あ、うん。明けましておめでとう。大吾はどうしたのかな?」
 皐月はちょこんと可愛らしく首を傾げる。
「パパ、おでんわ中」
 このクソ忙しい時に。内心舌打ちをしつつ、柏木は優しく問い掛ける。
「誰にか、分かるかい?」
「龍司おじちゃんなの。なんかね、すっごくおこってるの。皐月、龍司おじちゃんだいすきだから、おこっちゃいやなの……」
――近江に?まさか、あいつ喧嘩を仕掛ける気なんじゃないだろうな。
 ようやく昔ほどではないにしろ、基盤も固まって来たという時に喧嘩を仕掛ける様な能無しではこの先、トップとしては失格だ。
 形作る大変さを大吾は身に染みて分かったと思っていたが、どうやら自分は大吾を買い被り過ぎたようだ。
 柏木は震える手で拳を作った。
「せっかく、皐月がとうじょうかいに『ゆうし』してあげようとおもったのに……」
 が、この言葉に柏木は目を見開く。いや、柏木だけでない。幼児の口から思いもかけずに出た『ゆうし』という言葉に皆耳を疑い、上座に視線を一斉に向けた。
 『融資』という言葉を漢字では言えていないにしろ、どうやら皐月が言っているのはこの『融資』で間違いないらしい。
 皐月はませた仕草で、腕を胸の前で組んだ。
「とうじょうかいはお金がなくてたいへんって、龍司おじちゃんが言うから。皐月、おとしだまもらったからとうじょうかいに『ゆうし』するの。そしたらパパ達、おしごとできるんでしょ?」
 子供のお年玉位で、東城会の資金が回ったらそれは世の中安泰である。
 事の成り行きを全て理解した男達は、怒りに震える手で拳を握る。
 これがあの男なりの冗談だと分かってはいるが、こんな小さな子に言うべき話ではない事位少し考えれば分かる筈である。
 馬鹿にされた悔しさを抑えギリギリと唇を噛み締める男達の背中には、肉眼で見ることが出来ない青白い炎が昇り立つ。
「あんの、近江のクソガキャァ……」
「よりにもよって、六代目のお嬢さんになんて事吹き込むんだ」
「馬鹿にしやがってぇ」
 各々思い思いの言葉を吐いている所へ、龍司への電話が済んだ大吾がようやく姿を現した。
 不穏な空気が満ちている部屋に、訝しげに思いながら入ると、自分が座るべく上座に皐月がチョコンと座っているのを目にした。
「お前!」
「パ……」
「六代目!!」
 大吾が皐月への説教を始めようと口を開いた所で、幹部の一人に遮られた。その声音は、尋常でないほどに怒気を含んでいる。
 自分を見つめる目も、正月早々血走っている。
 男は、にじり寄る様に大吾へと膝を進めた。
「六代目、今年こそ近江をぶっ潰しましょう!」
「はぁ?」
「ここまで馬鹿にされて、黙っていられるかってんだ!なぁ?」
 一人が賛同を求めると、全員が一斉に頷く。
 皆、気持ちは一緒らしい。
「何の話を……」
「金がない。金がない。っていつまでも昔の事をネチネチと」
 一人が呟いた言葉を大吾は聞き逃さなかった。
 元凶は未だ、座布団の上に主然として座っている皐月の様である。
 皐月は、男達のただならない気配を感じオロオロとしている。どうやら、子供心にも大好きなパパ達と龍司達が喧嘩をしようとしている分かった様だ。
「パパ……」
 不安気に瞳を揺らし大吾を見上げて来る皐月に、大吾は微苦笑を浮かべながら、
「お前のせいだっつーの」
 額を指で弾いた。
 東城会今年の年始は、『打倒近江』に一致団結する男達の熱い姿で幕を開けた。
 

 夕飯を食べ終え、そろそろ風呂にでも入るかと重い腰を上げた時、大吾の膝上に座っている皐月と目が合った。
 何となく言わなくてはいけないような気がして、
「一緒に風呂に入るか?」
 返事はきっと決まっている。
 大きな瞳を輝かせて、『うんっ』と元気に言う筈だ。
 皐月を風呂に入れるのは面倒でもあったが、たまの家族サービス。普段、触れ合いたくとも中々出来ない皐月とのスキンシップだ。
「やっ!皐月、パパと入らないの」
 しかし、返って来た言葉は大吾の予想を大きく外してくれた。
「何でだよ」
 大吾は振り向いた皐月の額を指で軽く弾く。
 その場にいた全員は皐月の急な父親離れに呆気に取られているようだ。固唾を飲んで親子の遣り取りを見守っている。
 皐月は弾かれた額を撫でながら、頬を膨らませた。
「だって、パパきたないんだもん」
「なっ……」
「あしたから、皐月のおようふくパパといっしょにあらわないでね。あらったらメッ!!なの」
 まるで女子高生のような事を言う皐月に、大吾は信じられない者を見るような目で皐月を見つめる。
 今の今まで大吾の後を付いて歩いて、幾ら大吾が邪険に扱おうともチョコチョコと付いて回る。しかも嬉しそうな笑みを浮かべて。
 そんな大吾大好きな皐月が、いったいどんな心境の変化だ?と皆が皆訝しく思っている中、大吾は荒々しく席を立った。
「ああ、ああ、汚くて悪かったな。頼まれてもお前とはもう一緒に風呂なんか入ってやらねーからな!!」
「うん。けっこうなの」
 威勢よく捨て台詞を吐いた大吾だったが、皐月の無情な一言によろけて柱に頭をぶつけてしまった。

 風呂から出て寝酒の一杯でもやろうかと冷蔵庫からビールを出し、リビングへと向かった。その足が、リビングに入る手前でピタリと止まる。
「よぉ、大吾。ひっさしぶりやのぅ?」
 気軽に右手を挙げて挨拶をする、大阪訛りの大柄な男。
 まるでこの家の主だと言わんばかりにソファーの真ん中に陣取って、皐月を膝に乗せて寛いでいる。
どうやってここに来たのか?誰が家に上げたのか?この男も自分と同じで、正月は何かと忙しい筈だ。
「お前、どうやって来たんだ?」
 大股で近付き、男の胸倉を掴んで無理矢理立たせた。
 家の主の様な顔をしてふんぞり返っているのも気に食わなかったが、それよりなにより、皐月をまるで自分の娘の様に膝の上に乗せているのが気に食わなかったのだ。
「パパ、龍司おじちゃんいじめちゃメッ!」
「そやで。未来の息子に対して、あんまりな扱いやんか。なぁ?皐月」
 聞き逃せない単語を拾い、胸倉を掴んだまま力任せに龍司を揺すぶった。
「な、誰が『未来の息子』だ!テメー、っざけたこと言ってんじゃねーー!!」
「いやいやいや、お義父さん。ホンマのホンマにわしと皐月の仲を認めて貰おう思って、こうして新年早々、東京にわざわざ来てまんのや」
「認める訳ねーだろ!!何で俺が、同い年の野郎に『お義父さん』って呼ばれなくちゃなんねーんだ!!」
「パパ、龍司おじちゃんと皐月……みとめてくれないの?」
「誰が認めるか!!」
 冗談にしては性質が悪過ぎる。否、真実であるなら尚更悪い。
 体中から嫌な汗が出て来る。
「大吾。ここで皐月ちゃんと郷田が結ばれれば、日本の極道の頂点にお前はなれるんだぞ」
 どこから入って来たのか、柏木・桐生がいつの間にか大吾の後ろに立っていた。
「ふざけんな!娘犠牲にして、取った頂点なんざ嬉かねーよ!!――大体、桐生さんあんただって、皐月が嫁に行くのは嫌だろうが」
 桐生に話を振ると、桐生は目に手を当て、何かに耐えるように歯を食いしばりながら、
「お、俺は……皐月が幸せならそれで……」
 肩を震わせながら、搾り出すように言った。
 泣いてんじゃねーか。半ば呆れながら、大吾は昔憧れた男の背中を見つめた。
「とにかく、絶対に俺は反対だからな!!反対だ、反対!!どうしてもって言うなら、俺を殺してからにしろ!!」
「パパ、おとなげないの」
「しゃあないなぁ、皐月。ほな、駆け落ちでもしよか?」
「かけおち!?」
「そや、わしと二人手に手を取って大阪の近江本部まで駆け落ちや」
「うわーーい!!かけおちなの!龍司おじちゃんといっしょなの!!」
「こら、待て、皐月。誰が龍司なんかにやるって言った!?」
 大吾の怒号を背に受けながら、二人は仲良くスキップしながら堂島家の玄関から出て行った。
 スキップ?関西の龍が幼女とスキップだって?色々な意味で夢であって欲しいと祈りながら、大吾は消えて行く二人の背中に向かって絶叫する。
「待てコラ、皐月ぃぃぃぃぃぃ!!!!!」

「……ぜ、たい……。嫁になんか、行かせない、からな……」
「パパ、パパ、おきてなの。おこたでおネンネしてると、おかぜひいちゃうの」
 小刻みに揺す振られて、大吾は跳ね起きた。
 目を開けた先に、皐月がいた。自分を心配そうに見下ろしている。思わず、手を伸ばして力任せに抱き締めた。
「夢、かよ」
 ホッと胸を撫で下ろす。
 夢であって良かった。否、あんな事は夢以外に有り得ない。それを現実と思ってしまっていた自分の愚かさに涙が出て来る。
「パパパパ、くるしいの!桐生のおじいちゃんたすけてなの!!」
「桐生の、おじいちゃん?」
 桐生という単語を聞いて、瞬時に頭が覚醒した。ガバッと勢いよく体を起こして辺りを見渡すと弥生に遥、桐生に柏木に薫までいる。恐らく年始の挨拶に来たついでに、皐月の顔を見に来たのだろう。柏木と桐生はすっかり、皐月のおじいちゃん振りが板に付いている。
 皆が何故だか生温い視線を自分に向けているのは気のせいだろうか?
「まぁ、大吾も年始の挨拶やら何やらで忙しかった訳ですし、姐さんここは一つ大目にみてやって下さい」
「娘を手放す気持ちが少しは分かった様だな、大吾?」
「それにしても、うちのお兄ちゃんと皐月ちゃんが結婚やなんて……。お兄ちゃん何気にロリコン設定されてるし」
 いや、まさか。夢の中で言っていた事、まんま寝言で言っていたわけないよな……。額からと言わず全身から嫌な汗が噴出して来る。今度こそ現実に。
「あのね、パパ。皐月、龍司おじちゃんだいすきだけど、もっともっとパパのことだいすきだからおよめには行かないの」
 大吾はがっくり肩を落とした。
 やっぱりすべて寝言で言っていたらしい。それもこの面子の前で。
 新年早々最悪の事態に、最早何を言う気力もない。
「まさか、これが初夢って言う訳じゃないよな……」
 滅相にもないことを口の中で呟き、力なく笑う。が、どうにもこうにも払拭出来ない思いを抱え、大吾は深く項垂れる。
 一体、どこからが夢なのかそこからしてあやふやだ。
「皐月、一緒に風呂に入るか?」
 まさかと思いつつ、勇気を振り絞って聞いてみる。
 これで嫌だと言われた日には、どうしようもない。皐月は桐生の膝の上に座り、窺うように桐生を見上げた。
 何だか分からないが、とてつもなく嫌な予感がする。
「悪いな、大吾。皐月はさっき俺と風呂に入ったんだ」
「そうなの。桐生のおじいちゃんとはいったの。だから、パパとはいっしょにはいらないの」
「さっき、あんたが炬燵でうたた寝している時に入ったんだよ。皐月ちゃんがあんたを一生懸命起こしたのにあんたは起きやしなかったからね」
「またこんど、いっしょにはいってあげるから泣かないでパパ」
「泣いてねーっつーの!!」
 しかもまたもや、上から目線。
 あの夢といい、今年も皐月に振り回されそうな一年になりそうだ。
 
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「あけまして、おめでとうございますなの」
 この日の為に弥生が買った赤い晴れ着を身を纏い、皐月は行儀良く三つ指ついて挨拶する。が、如何せんそこは幼児だ。頭を下げると代わりにお尻が持ち上がる。
 思わず噴出しそうなのを堪えて、上座に座る大吾は神妙な顔を作る。
「おめでとう」
 大吾は神妙な顔のまま、皐月を手招きする。
 着慣れない着物に手こずりながらも、皐月は大吾の目の前に進む。
 着物の袂をまさぐり、白い小さい袋を大吾は差し出した。皐月はキョトンとした目でその袋を見守る。どうやら皐月にとって、それは生まれて始めてのお年玉のようだ。
 受け取っていいものかどうか、悩んでいるようでもある。
「どうした?いらねえのか?」
 いつまで経っても、受け取らない皐月に怪訝な声を掛ける。
「もらってもいいの?」
 皐月の言葉に大吾は面食らったように目を見開いた。こういったことは自然、知っていくものではなかったか、そうでなければ母親か誰かが教えるものではなかったか。
 皐月は大吾の返事をもじもじしながら大人しく待っている。
 大吾は小さく息を吐いた。
 そして、
「ああ、いいんだ」
 膝の上に置いてある小さな手を取り、その手の平にぽち袋を握らせてやる。
「大事に使うんだぞ」
「?ありがとうなの」
 またお尻を突き出したお辞儀をして、皐月は小さな足音を立てて弥生の許へと駆けて行った。弥生は食べ終わったおせちの片付けをしていた。
 皐月の手に握られている小さなぽち袋を見つけると、前掛けで手を拭いて皐月の目線と合わせるべく膝を折った。
「おばあちゃん、パパにもらったの」
「あらぁ~、皐月ちゃん良かったねぇ」
 うんっと頷く皐月の目はキラキラ輝いている。本当に、この時期の子供の目は皆一緒である。
 弥生の手伝いで一緒に片付けをしている若い者も、皆微笑ましく皐月を見つめている。
「それじゃあ、私も」
 着物の袂からこちらは皐月が大好きな猫のキャラクターが描かれたぽち袋を取り出した。
「キリィちゃんなの!」
 皐月の目がさらに輝く。
 小躍りしながら受け取って、今まで手に持っていた大吾からのお年玉をそこら辺に放り投げた。
 ギョッとしたのは大人達だ。今の今までお年玉を放り投げる子供は見た事がない。慌てて若い者が皐月が落としたお年玉を拾い上げる。
「お嬢、大事に使いませんといけませんよ」
「つかうの?なにを?」
 皐月はキョトンとした目を向け、小首を傾げる。
「え?何をって……」
「お嬢、それ、何だか分かってますよね?」
 ぽち袋に視線を移し、暫し沈黙した後、
「キリィちゃんのふくろ」
 見たまんまの答えを出す皐月に、その場にいた者は全員ずっこける。
 お年玉はその袋の中にこそ意義があるものだ。しかし、人生初体験の皐月にはそれがまだ分かっていないようである。
 ただ、袋の可愛さ豪華さにその意義を見出してしまったようだ。
「おやおや。皐月ちゃんにはお年玉を教えていなかったかねぇ」
 コロコロと笑いながら、弥生はぽち袋の中身を見せた。中からは五千円。幼児にあげるにしては少し多い金額である。
 初孫という事もあって、大分奮発したようだ。
「おかね?」
「そうだよ。これはね、皐月ちゃんが大きくなって必要になった時の為に貯金をしとくんだよ」
「そう言って、俺、母ちゃんに年玉巻き上げられたわ」
「俺も」
「で、後で通帳見ると微妙に減ってんだよな」
「そうそう!貯金すらされてなかったりとかな」
「そうなの?」
 若い者のお年玉談義を耳にした皐月は俄かに不安そうに瞳を揺らす。
 余計な事を言うんじゃないよ!と言わんばかりの剣幕で、睨み付け若い者を眼光一つで黙らせる。まだまだ弥生の威厳は東城会に確かに存在している。
「そんなことしないよ。これは皐月ちゃんにあげたお金だからね、皐月ちゃんが好きなように使いな」
「いいの!?」
「ああ、いいよ。好きな物を買うもよし、お菓子を買うもよし。好きにお使い」
「うん!皐月、好きにする!!」
「何をだよ?」
 面倒な年始の挨拶をこれからする大吾はやや不機嫌だ。
 折角の正月、ゆっくりのんびりと過ごしたいところだが、この特殊な稼業はそうもいかない。義理だなんだとをやたらと重んじるのだ。
 悪い事だとは思わないが、面倒だと思うことは暫しである。
「あ、パパ!あのね皐月ね、お年玉ね、皐月の好きにしていいっておばあちゃんが言うから、好きにするの!」
「はぁ?」
 皐月の話す事は内容が見えない。
 腕を組み、憮然と見下ろす大吾に皐月は貰ったばかりのお年玉を全て大吾へ渡した。
「何だよ?俺にくれるのか?」
 だとしたら、親として少しだけ嬉しい事かもしれない。
 まぁ、煙草銭位にはなるかもな……。そんな事をぼんやりと思いながらも、親として後でちゃんと貯金しといてやろうと考えていると、
「ううん。これね、とうじょうかいにあげるの。でねでね、これね、ゆうしするからね。あとで利息付けて返してなの」
「はあ?」
「とうじょうかいはおかねがなくてたいへんなんでしょ?だから、皐月これとうじょうかいにあげるの。でも、あとでかえしてくれないとこまるの。これって『ゆうし』っていうんでしょ?」
「ど、どこでそんなこと聞いた?」
 大吾の頬が目に見えて痙攣を始める。
 気付いているのかいないのか、皐月は嬉々として犯人の名を口にした。
「龍司おじちゃんなの。おじちゃん、とうじょうかいしんぱいしてたの。やさしいね?」
「ど・こ・が・だーー!!」
 大吾の怒声が元日の堂島家に響いた。
 その後、凄い剣幕で大阪の近江連合に電話をし、その結果年始の挨拶行事にものの見事に遅刻をし、正月早々柏木に説教された大吾の姿が東城会の会長室で見られたとかなんとか。
 勿論、皐月の東城会への融資の話は丁重にお断りをされた。
 

 しなやかな指が小さな頭を優しく捕らえる。
「はい。ジッとしててねぇ、いい子ねぇ」
 女の人が使う様な柔らかい声音で、その男はリズミカルな音を立て鋏を動かす。
 大きな椅子に、大きな鏡。
 ここに来ると少しだけ大人びた様な気がして、自然背筋が伸びるのだ。
 用事が終わった皐月は他の所には目もくれず、一直線にとある場所に向かう。後ろで、弥生の叱責が飛んだが、今の皐月にはそれに耳を傾ける一瞬すら惜しいのだ。
 小さい足で、力強く大地を蹴りながら皐月は大きな建物の中へと入った。道すがら、建物内部で働く者達に声を掛けられたが、それら全てを振り切って皐月は一番奥の大きな扉の前まで息せき切ってやって来た。
 はぁはぁと荒く浅い呼吸を繰り替えし、扉の脇に居る男を見上げる。
 開けて欲しいのだが、息が上がってしまい言葉を発する事が困難なのだ。
 皐月の大きな瞳。それが何を言わんとしているのか、男には理解出来たのか、何も言わずにノックをし、中から声がしたのを確認してから、静かに扉を開いた。
 礼の代わりに、小さな頭を下げて皐月は開いた扉の中へ迷うことなく入る。
 小さな来訪者に、奥の机で仕事をしていた男はあからさまに不機嫌な顔になった。
「なんで、また来てんだよ。お前は」
 皐月は机の前からぐるりと回って、男の、実の父親の前に出た。
 余程急いで駆けて来たのだろう。まだ呼吸が戻らないらしく、唾を飲み込んだり深呼吸をしたりと色々忙しい。
「おいこら、何でまたここに来たんだよ?」
「あの、あの……あのね!」
 皐月は一生懸命話そうと試みる。が、上手く舌が回らない。
 少しだけ大人になった自分を一番に見て貰いたくて、弥生におねだりして、一生懸命駆けて、ここまで来たのに……。
 中々理由を話さない皐月に、腕を組んで訝しげに見下ろす大吾の目に苛立ちの色が見え始めた。
「お前なぁ。用がないんだったら、来んなって言ってんだろ!?ここはガキの遊び場じゃねーんだよ」
「ち、ちがうの!そうじゃないの!!」
 中々言いたい事も言えず、気付いて欲しいのに全く気付いてくれない大吾に、皐月の心は悲しみに満たされ様としていた、その時、
「おや?今日はずいぶん可愛らしいお客様が来ているんだな?」
「柏木さん」
 大吾の足許で今にも泣きそうな顔した皐月が声の方に体を向けると、そこには紳士然とした柏木がゆったりとした笑みを浮かべて立っていた。
「柏木のおじいちゃん!」
 俄かに顔を輝かせて、皐月は嬉しそうに柏木に近付く。
「こんにちは、皐月ちゃん。今日は大吾の監視役かい?」
「何だよ、その『監視役』っていうのは?」
 聞き捨てならない言葉に、あからさまにムッとした表情の大吾が柏木に問う。
「大吾がしっかりと六代目として仕事をしているかどうか……。姐さんが付けたお目付け役」
「っば!冗談じゃない!お目付けやってやってんのは、コッチの方だ!今日は何かしらねーけど、いきなり来やがったんだ」
「そうなのかい?皐月ちゃん」
 いきなり仕事場に来るのは禁止だった。その事は皐月も良く分かっていて、滅多な事では仕事場には来ない。そういった所はしっかりと教育されていて、年の割りに分別がきちんとついている子だ。
 柏木の目にも、おしゃまだが決して大人達を困らせる事をする様な子には映らなかった。
 それなのに、ここに来たという事はよっぽど何かあったに違いない。
 柏木はマジマジと怒られはしないかと不安気に瞳を揺らす皐月を見つめ、そこでふといつもと違う彼女に気付く。
 そして、どうして皐月がアポもなしにここに来たのかを瞬時に理解した。それは大吾には到底気付く事など出来ない些細なものだった。
 皐月の視線に合わせるように膝を折り、優しい笑みを浮かべた。
「今日の皐月ちゃんは随分お姉さんなんだね?」
 その一言で、皐月の顔はパァッと明るくなる。嬉しそうな、擽ったそうな何ともいえない表情で、エヘヘと、照れたように笑う。
「見違えたよ。とっても可愛いから」
「あのね、あのね。今日ね、おばあちゃんがいいところにつれていってくれたの」
「ああ、とっても素敵な所だったんだね?」
「わかるの?」
「分かるとも。皐月ちゃんをとっても素敵なお姉さんに変えた所なんだからね」
 全く二人の世界で、大吾の入る場所が一つだってない。それに、微かに苛立ちを覚えながらも大吾は素知らぬ振りを決め込んで、机を指で叩く。
 大体……と、大吾は心の中で一人ごちる。
 今日の皐月も昨日の皐月も全くどこも、一ミリだって同じじゃねーか。どこが『お姉さん』でどこらへんが『素敵』なのだか、教えて頂きたい。頭の天辺から足の爪先まで眺めて、大吾は興味なさ気に頬杖を付き、ふんっと鼻を鳴らした。
「パパはね、分かってくれないの」
 皐月の声音が急に落ちた。
 寂しそうに、時折鼻を啜る音をさせるのは、今にも泣きそうなのを必死に堪えているのかもしれない。
 大吾は皐月の急変に自身でも知らぬ内に、身を乗り出していた。
「さつきがね、いいところに行って、おねえさんにしてもらったのに……。きづいてくれないの……。さつきのパパなのに」
「だ、そうだぞ。大吾」
「ああ?」
 そのままの格好で、再度繁々と見つめるが、やはり皐月は皐月だ。どこも何も変わってはいない。
「分かんないの?」
 沈黙に耐えられなくなった皐月が、恐る恐る口を開く。
 いや、ここで正直に答えたら皐月が泣き出すのは火を見るよりも明らかだ。思わず、正直に口走りそうになった言葉を飲み込んで、大吾は首を振った。
「何言ってんだ?俺を誰だと思ってんだよ。東城会六代目だぞ?んなこと、最初っから分かってたっつーの」
「とうじょうかいろくだいめは、かんけいないとおもうの……」
 間髪入れず、的確な突っ込みが入る。大吾はそれを煩そうに、顔の前で手を振った。
 大体、何だってんだ。変わっただの、気付かないだの。大吾は忌々しげに心の中で舌打ちをする。女が気付いてくれないとかそういった事を言う時は大抵、つまらない事だと分かっている。やれ口紅の色を変えてみただの、髪型を変えてみただの。それらの変化は男から見れば大して何も変わってない。しかし、女という生き物は、そういう細かな所を気付いてくれる男を望むのが常だ。
 大吾はそこまで考えて、ハタと気付いた。そして、顎を軽く撫でながら、勝ち誇った顔で大様に告げた。
「テメーの頭がいつもと違う事位、部屋に入って来た時から知ってるっつーの!」
 その言葉に、皐月の顔が今までにない位に輝く。
 口を小さく開けたまま柏木を見上げると、彼は小さく頷いて小さな背中を押した。それが合図であるかのように、皐月の小さな体は駆け出し、大吾の膝上にジャンプして飛び乗った。
「お前はぁっ!急にそういう事すんじゃねーよ!あぶねーだろ!」
 口ではそう言いつつも、ちゃんと皐月を抱きかかえたのは流石である。
 皐月はエヘヘとはにかんだ笑いをしながら、大吾をひたと見つめ、
「やっぱり、パパは皐月のパパなの。皐月のことちゃんと見てくれているの」
「当ったり前だろうが、バーカ」
「バカ言う方がバカなの。パパがバカなんだもん」
「テメー、自分の親ぁ捕まえて、バカとはなんだ。バカとは!」
「お止め!廊下までバカな声が響いているよ!二人とも、ここが何処だか分かってんだろうね!!」
 大分遅れて、弥生が中へ入って来た。
「皐月ちゃん、ここに来る時にした約束忘れたのかい?」
 大吾の膝の上ではしゃいでいた皐月は、その言葉にピタリと動きを止める。
 渋る弥生に『大人しくするから』と頼み込んでようやく連れて来て貰ったのだが、大吾に会った瞬間にその事は頭の隅にもなかった。
 寂しげに大吾の膝の上から降りる。その背中には哀愁が漂っていて、思わず大吾は手を伸ばしかけた。
「約束、忘れたのかい?」
 弥生の言葉に小さな頭を、弱々しく振る。
「おばあちゃん、ごめんなさいなの……」
「分かればいいんだよ。それで、大吾は気付いてくれたかい?」
「うんっ!パパはやっぱり皐月のパパなの!入ったときから、分かってたんだって!すごいね、まほーつかいみたい!」
「へぇ?入った時から~?あんたにしては随分と勘が良いじゃないか?」
「うっせー!そんな妙ちくりんな頭な奴が勢い良く入ってくれば、嫌でも目に付くだろ!普通!!」
「みょう、ちくりん……」
 言った後、しまったと口を押さえるが時既に遅し、皐月は大吾が言った言葉に深く傷付いた顔をし、口をへの字にして、小刻みにフルフルと震えだした。
「みょうちくりんなあたまじゃないもん!皐月、おねえさんだもん!!おばあちゃんに、キレイキレイにしてもらったんだもん!!」
 うわーんっと、けたたましい声を上げ。耳を劈く様な大音響で皐月は勢い良く泣き出した。
 
 その後、大吾が幾ら宥めすかし、玩具やお菓子でご機嫌を取ろうとも、皐月の機嫌は1ヵ月大吾に対してのみ良くなる事はなかった。
 
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