忍者ブログ
Admin*Write*Comment
うろほろぞ
[35]  [36]  [37]  [38]  [39]  [40]  [41]  [42]  [43]  [44]  [45
×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。

「ジョニー、大好き!」
「ねぇねぇジョニー、僕今日ね……」
「ジョニー、ケーキ作ってみたの!」

 少女のそんな明るい声が、今も耳に残っている。明るい瞳で、よく変わる表情で、いつも彼のそばにいた少女。彼が戦うときは、幼い華奢な手で武器を取って、共に肩を並べた少女。

「いつもそばにいるんだから」

 そんなことを言って、どこか大人びた表情で微笑んで。そんな表情を見るたびに、彼が、彼こそが、彼女に置いていかれる気がしていたのを、彼女は知っているのだろうか。どんどん大人に――女になっていく、そんな彼女を見るたびに、いつも寂しさを覚えていたことを、彼は否定するつもりはない。

 空の、その清冽な青さを見上げ、彼はサングラスの奥の目を細めた。彼女と出会った五月の空は、今は眩しいほどの青さだけど、あの時は、雨が降っていた。優しい五月の雨。甘い雨音にひかれるように、外を歩いて、そして、雨の下たった一人で町中にたたずんでいた、あの小さな背中を見つけたのだ。雨に打たれて、空をあおいで、あの少女は誰を捜していたのだろう。

 その答えを、彼は知っていた。

「感傷的すぎやしないか?」

 サングラスを、ついと上げ、彼は独白した。もうすぐ、彼女が出て来る。彼の手から放れようとしている、彼の――少女が。
 だが、少女の隣に立つのは、もはや彼ではない。教会の扉を開け、共に歩んでいくのは、彼ではなかった。
 彼は唇に、そっと触れた。



「愛してる、ジョニー、いつまでも」

 先日、彼の元に現れた彼女がくれたキス。唇に押しつけられた、一瞬だけの、甘さ。

「おっと……いいのかい? あいつってもんがいるのにさ」

 おどけたように言った彼に、

「私は、あの人といくの」

 彼女は微笑んだ。子供を見る大人の女性のような笑い顔で。首に巻きつけられた腕の細さ。頬に触れた柔らかな髪。
 15の若造に戻ったような、そんな戸惑った気持ちで、彼は彼女の華奢な身体をただ見ていた。

 するり、と彼女は離れる。

「祝ってよ、ジョニー。幸せにって」
「メイ?」
「まだ、ジョニーの口から、聞いてない。私はあの人といくの。言って、幸せにって」
「メイ――」
「きっと、式なんて来てくれないんでしょう。ここで別れたら、もう、会ってくれないんでしょう。空に帰って、もう、二度と――」

 一瞬、彼女のその大きな瞳から、涙がこぼれるかと思った。だけど、彼女は泣かなかった。しょうがないんだからジョニーは、そんな目で見て、全身で彼の言葉を待っていた。

 五月の陽射しを髪に編み込ませて、梢に煌めく緑のように瞳を輝かせて。そうして立つ彼女はとても綺麗だった。

 もう、あの雨の中のように、彼女は独りじゃない。雨に打たれる肩に、傘を差しのべてくれる人が大勢いる。そして、たとえ、誰もがそばにいなくても、彼が離れても、緊張した面もちで彼にメイとのことを告げたあの若者が、真っ先に彼女に駆けよるだろう。

「違うだろ?」

 彼女の髪に触れ、そっと撫でながら、彼は言った。

「空は、お前にとっても帰る場所だろう? それなら――いつだって、空に俺はいるさ。
 そして、もし――」

 続けようとした言葉を、彼はのみこんだ。ただ彼女に笑いかける。
 彼女は吃驚したように目を見張って、

「意地悪、いつもそうなんだから!」

 すねたように、彼のよく知っている言い方で言った。

「もういいよ! ジョニーは照れてるだけだって僕わかってるもん」
「おいおい、メイ、別に俺ぁな、」
「ふーんだ、いいわけしても無駄だよーだ」

 幼く言って、彼女は笑った。
 少女だった自分に別れを告げるように、それから、彼女は、飛空挺で過ごした日々のように、笑って、にぎやかに騒いで、ジョニーといつものように呼んで、そして、最後に一粒だけ涙をこぼした。

「愛してる、ジョニー、いつまでも。僕はあの人と行くけれど、ジョニーといた空は忘れない」



 別れを告げて去った少女を見送って、そうして今日という日を迎えて、たった一人外に立つ彼は、あの日、とうとう口にしなかった言葉を風に乗せた。

 扉は、そろそろ開かれるだろう。

 彼には、婚礼をあげた二人が幸せに輝いて出てくるさまが、鮮やかに思い描けた。
 サングラス越しの、陽射しが、眩しい。

「これからは、もう――その男がお前を守ってくれるさ。だが――だが、もし、どうしてもお前が俺の助けを求めることがあるのなら……」

 目を見張って、彼を見上げていた、子供のような彼女の表情を思い出して。

「そのときは、すぐに行ってやるさ、お前のもとに」

 彼は、二人を見ることなく、身をひるがえした。
 空はどこまでも青く、その青さに、彼の胸が痛んだ。だが、目を伏せることはしない。空は、彼のもっとも愛しているものなのだから。

 メイ。お前が望むから、俺は何でもしてやるよ。父親としてお前に接したときのように、お前の小さな手を握って眠ったときのように。
 でも、お前はもう小さな女の子じゃない。

 彼は――感傷的すぎるな、と、また、呟いて、苦笑すると、彼の娘の結婚を祝福する教会から離れていった。彼の、帰るべき場所、少女と過ごした場所、あの空に、戻っていくために。
PR
FC2 無料カウンター

FC2 ネットショップ開業






ザザー……


ある港町。船乗り達が色々なものが入った大きな箱を担いでせわしなく行き来している。その上では、ウミネコがミャアミャアと鳴きな
がら空を旋回していた。

ある若者が港の桟橋を散歩していた。青い空を見上げて、今日も暑いなあ、と呟く。服をぱたぱたやって服の中に風を送りながら海に目
をやると、波に揺れる水面が強い日差しを反射させて彼の目を灼いた。反射的に目を逸らすと、水平線の向こうにはバベルの塔のように
天高くそそり立つ入道雲。目下は快晴であるが、風向きを考えると明日くらいには雨が来るだろう。そんな事を考える。

と、水平線の上に黒い点のようなものが見えた。

「……ん?」



一隻の見慣れぬ船が港に向かってきていた。







    ★    ☆    ★    ☆




ある船の一室。
一人の男が机に向かってなにやら作業をしていた。黒いズボンに黒いベルト、膝下まである長い丈の黒いコートを裸の上に直接着るとい
う、なんだかよくわからない格好をしている。しかもこれまた黒いサングラスをかけており、机の上に置かれている周囲に長いつばのつ
いた黒い帽子は、もはや疑いようもなく男の物であろう。
時折垂れる前髪をうざったそうに払いながら、熱心に作業を続ける黒い男。なんだか奇妙な図であった。

扉の外でトタトタと誰かが走る音が聞こえて来る。その音は段々近づいてきて、やがて扉が勢いよく開いた。


バキィッ!!

ガスッ! ゴツッ!

「あがッ! いッ!いてェェエ!!??」


少々勢いが良すぎたようで、開いた扉は見事に男の後頭部に激突。男は机と椅子とその他周囲のものを巻き込んで崩れ落ちた。
悶絶する男に向かって、扉を開けた……もとい、蹴破った主が爽やかに言った。


「ジョニーったら、こんなとこで何やってんだよー! 暗いよー。 こんな日陰で遊んでないで、外に出よっ? ねっ、ボクと一緒に
夕陽を見ながら情熱的な一時を過ごそうよっ!」
「うるせぇェっっ!」


額と後頭部を押さえながら、ジョニーが怒鳴った。どうやら後頭部に受けた衝撃でつんのめって机にヘッドバットをかましたらしい。


「やだー、誰も見てないんだからそんな照れなくったってぇ♪」
「違うっつってん……あーお前、また蝶番ちょうつがいブッ壊しやがったな! 何個目だと思ってんだ!」

過度の力を受けてイビツに変形してしまった金属片を見て、ジョニーが叫んだ。

「えーと……昨日2コ壊したからー、……、26コ目かな?」
「今朝もやったから27個だ! ったく……いっそドアはやめて開き戸にしちまうか……」
「あ、開き戸ってあの西部劇のバーみたいなアレ? いいねっ、そうしよっ!」

手放しで喜んでいる少女には反省する様子が微塵もない。ジョニーはがっくりとうな垂れた。こいつちっとも反省してやがらねぇ……。
少女に説教をするのを諦めて、散乱した机や椅子を元に戻し始めるジョニー。その背中に向かって少女が声をかける。


「ねージョニー、外に行こうよー」
「あー? 外に出ても夕陽は見えねえぜ、まだ10時だ。 つーか俺は今忙しいんだよ、ちょっとあっち行ってろ」

言いながら、ようやく元の配置に戻し終えた(扉以外)ジョニーは再び机に向かった
少女がジョニーの手元を覗き込む。

「何やってるの?」
「見りゃわかるだろ、旗だよ。 快賊旗。 こないだウミネコが突っ込んで破れちまったからな、補修ついでにちょっと改良を加」
「わージョニーったら顔に似合わず家庭的ー! 素敵っ! 尊敬しちゃう惚れ直しちゃうー!」
「お前は自分で話振っといてほったらかしかい!」

怒鳴るジョニーだが、少女には全く意に介した様子はなく、逆にジョニーにしがみ付いて肩に顔を埋めて離れようとしない。
ジョニーは既に少女に対して何かを諦めているようで、肩をすくめて再び作業に戻った。



そのまましばらくジョニーの作業が続く。彼の器用な針さばきは中々のもので、補修、補強、そしてちょっとした刺繍まで入れてしまっ
た。少女はうっとりとその作業に見とれている。
と、そこへ誰かが部屋の前を通りかかった。扉が壊れているのに気付いて部屋の中を覗き、少女の背中を見つけると、ため息をついて言
った。


「メイさん、またやっちゃったんですね……」
「あっ、ディズィー!」

その場違いに明るい声に、ディズィーは思わず苦笑いを浮かべた。バンダナから伸びる青い髪とリボンを巻いた尻尾を揺らしながら部屋
に入る。

「これで27個目ですよね……」
「うーん、ジョニーの事となるとついつい我を忘れてやっちゃうんだよね……。 ごめんね、また直してくれない?」
「「はぁ……」」

ディズィーとジョニーのため息が重なる。

「ディズィー、悪いが頼む」
「いえ、それは構いませんけど……、でも蝶番、確かあと3つしかありませんよ」
「まあもうすぐ町につくから大丈夫だと思うが……」
「とりあえず後で直しておきますね」
「おう、助かる」
「サンキューッ、ディズィー!」


「「はぁ……」」







    ★    ☆    ★    ☆







船籍不明の船がやって来たという事で港町は騒然となったが、しかしその騒ぎはすぐに収まった。船籍が判明したからだ。
謎の船を確認してすぐ、港からは使いとして船を出した。十分な警戒をしつつその船に接触し、そして身元を確認したのである。


ジョニー快賊団。


義賊として名を馳せており、その組織は、創始者のジョニー以下全て身寄りを失った戦災孤児で構成されている。
中でもジョニーとメイの両名はその筋ではかなり有名で、賞金取りまがいの事をして各地を回っているのである。この地にも何度か訪れ
た事はあった。



「なんでボク達だってわかんなかったんだろうね?」
「旗をつけてなかったからだろうな」
「あ、そっか」
「お前さんが邪魔すっから遅くなったんだぞ」
「ごめんごめん。 さ、降りよっか! まずは蝶番だねっ!」
「お前さん聞いてねぇな……」





    ★    ☆    ★    ☆




ところが、ここで問題が発生した。



ジョニーとメイを先頭に快賊団の面々が船を下りると、各々が思い思いに久々の陸で小休止をとっていた。
しかし、突然船の方が何やら騒がしくなった。

「……ん? なんかあっちの方で騒いでねぇか?」
「うん、そうだね……なんだろ? 行ってみよっか」

ジョニーとメイが並んで歩くと物凄い身長差があった。ジョニーは184cmの長身であり、一方のメイは158㎝、頭一つ分違う。
喧騒に近づいてきた辺りで、突然ジョニーが立ち止まった。サングラスの下で目がスッと細められる。
メイも立ち止まり、何事かとジョニーを見遣る。ジョニーが何かを言うのを待っているようだった。
しかし、突然ジョニーの顔は緩み、笑いながら言った。

「あーんだよ、あいつら転んでもみくちゃになってんじゃねーか……しょーがねぇなァ。。 おいメイ、もう戻ってていいぞ」
「……? うん……」

怪訝そうな顔をしたものの、ジョニーがそう言うのならば、といった感じで踵を返すメイ。そしてジョニーは喧騒の中へ入って行った。



ジョニーには見えたのだ。喧騒の中で人の輪ができていたのを。そして、その中には、ディズィーがいた。
それだけで、大体の予想はついた。


「チッ、こんなとこメイが見たらブチ切れて大暴れしかねねェしな……。ここは俺がなんとかするしかねぇか……」



人ごみを掻き分けて喧騒の中心へ辿り着くと、ディズィーを快賊団の女の子達が守るように立っていて、それに詰め寄るように港の人間
が押し寄せていた。双方譲らずに激しく言い争っているが、はっきり言って平行線で、とても決着が着くとは思えない。ディズィーはジ
ョニーの姿を認めると、救いを求めるような目で彼を見た。ジョニーは頷いた。


「あー、あー、ちょっとてめェら聞いてくれ」
「なんなんだあんたは!」
「俺はこの船の責任者だ」

それは静かな声だったが、不思議とよく透った。
周囲がどよめく。帽子、サングラス、服、そしてその手に握られた刀に視線が移る。
群集から一人の男が一歩前に出た。どうやらそいつが港の責任者のようだった。

「あ……、あんたがジョニーか」
「そうだ。 なんなんだ、この騒ぎは?」
「そ、そうだ! おいアンタ、こいつはなんだ?!」

言って男はディズィーを指差した。ディズィーがビクリと身を固くする。

「尻尾が生えてるじゃないか。 人間じゃない、ギアなんだぞ! あんたが戦災孤児を集めてるのは知ってるが、なんでこんな奴が混じ
ってるんだ!」

男の発言に同調するように、人ごみから「そうだそうだ!」「ギアなんか連れてくんな!」等という罵声が飛び交った。中には耳を覆い
たくなるような言葉もあった。男勝ち誇ったように言い放った。

「さあ、ギアを引き渡してくれ!」

ディズィーが俯き、快賊団の女の子達の顔が怒りに朱に染まる。今にも爆発しそうだったが、ジョニーが腕を上げてそれを抑える。

「俺は戦災孤児を集めているわけじゃない、居場所をなくした者に居場所を作ってやっているだけだ。 それはギアだろうと人間だろう
と、関係無い」
「ギアと馴れ合うつもりか? 滅茶苦茶だ! ギアは人間の敵なんだ。 知ってるぞ、アンタの親父だってギアに殺されたんだろう!」
「……なんだと……?」

ジョニーの声に気が篭る。サングラスに隠れて見えないが、しかし男はその視線に射抜かれて一瞬声を失った。

「……っひ」
「ギアが本当に人間の敵なら、俺達と彼女はどうなんだ。 俺達は実際に彼女と一緒にいて、そしてうまくいっている。 何の問題もな
い……彼女は俺達の仲間だ。 何も知らんくせに知ったような口を利くなッ」
「し、しかし……こ、この町の人は、そう思うかどうか……」
「…………」

急にしどろもどろになった男を見て、後ろで様子を見ていた快賊団の雰囲気がようやく緩んできた。そして、

「ジョニーさん……」

ディズィーの目の端には雫が溜まっていた。その言葉は、彼女が生まれてからずっと求めていた言葉だったのだ。
そして、そのお陰で勇気が出た。涙を拭うと、ディズィーは意を決して立ち上がった。


「あ、あのっ……」


視線が一瞬に集まる。怯え、戸惑いながらも、ディズィーは言った。


「私……皆さんに何かをしようという気は全くありませんが、でも、ギアというだけで怯えさせてしまうんです。 それはもう仕方のな
い事……。 だから、私は船で待ってますから、快賊団のみんなは町に行ってて下さい。 私は船でお留守番をしてますから……」
「……ディズィー」


サングラスごしに、ディズィーとジョニーの目が合う。「いいんです」、とディズィーは微笑んだ。
それは、未だ悲しみも湛えてはいたが、しかし納得が済んだ目だった。諦めではなく、納得を。


「……そういう事で、どうにかならねぇか?」

ジョニーが港の責任者の男に向き直って言う。
男も、なんというか、納得はいかないが、これ以上ゴネるとなんだか取り返しのつかない事になりそうに感じたので、

「……やむを得ん」

と呟いた。そして「しかしここにギアがいると町の人間に知れたら、すぐに出て行ってもらうぞ」と付け加えた。




こうして、騒動は双方が妥協する形でひとまず落ち着いた。








    ★    ☆    ★    ☆





騒ぎを片付けて戻ると、メイが頬を膨らませて待っていた。


「ジョーニーおーそーいーよー……」
「おー、わりぃわりぃ」
「あれ、ディズィーは? 下りたら蝶番買いに行くって言ってたのに」
「……あー、あいつならちょっと体調崩して船に残ってるから俺達で買いに行って来ようぜ」
「え? そうなの? ディズィー大丈夫かなぁ……」






    ★    ☆    ★    ☆





夜。


一日行動を共にしたジョニーとメイは、宿をとって休む事にした。


「やったっ! ジョニーと一緒の部屋だーっ!」
「あーうるせぇ……くそっ、部屋さえ空いてれば二部屋取ったんだが……」
「わーいっ!」





    ★    ☆    ★    ☆





「さて、明日も早い事だしそろそろ寝るか……ん?」

ベッドに腰掛けたジョニーが違和感に気付く。

「……何してる、メイ?」
「ぎくっ」

膨らんだ布団の中から声が聞こえた。しかし、そのまま黙り込む。
……しーん。

「…………」
「…………」

しーん。

「…………」
「…………」

しーん。


「何やってんだっつってんだよ!」

がばっ!

「きゃーん! ジョニーのエッチー!」
「えっ、あっ、ええっ!?」

沈黙に耐え切れずにジョニーが布団を捲り上げると、そこには全裸のメイがいた。

「きゃー! えっちーすけっちーわんたっちー!」
「3年たったらモンチッチ……って違うだろオイ!」
「なんでジョニーが怒ってんのよー逆ギレだよー」

一瞬パニックに陥ってしまったジョニーだったが、すぐに冷静に戻った。というのも、メイが意外と普通だったからだ。


…………。


「……ちょっと待て」
「はい、なんでしょう」

ベッドの上に座り、布団で前を隠しながらメイが応える。

「そこは誰のベッドだ?」
「ジョニーのです」
「お前のベッドは?」
「あっちのです」
「お前がいるべき場所は?」
「ここのです」
「なんでだよ!」

なんだかよくわからない空気になりつつジョニーが突っ込む。

「だってー、ジョニーの場所はボクの場所だもんっ」
「『だって』って全然順接になってないじゃねぇか!」
「えー、いいじゃんいいじゃーん! ねぇジョニー、一緒に寝よ♪」

そう言うと、メイががばっとジョニーに抱きついた。

「お、おい……」
「しなだれかかってくるメイを思わず抱きとめたジョニーは、思いのほか柔らかいその肌に思わず……」
「勝手なナレーションを入れんな!」
「でもその手はなんなの?」
「ん? ……あ」

ジョニーは自分がメイを抱き締め返している事に気付いていなかった。

「ジョニーったら、積極的なんだから……♪」
「あ、いや、これはその……」

手は離したものの、バツが悪そうに頭をかくジョニー。視線はちらちらとメイの裸体へ行っている。
メイはここぞとばかりに畳み掛けた。

「ね、ジョニー……、お願い……」
「メ、メイ……」






    ★    ☆    ★    ☆







「……で、なんでわざわざ服着させるの?」
「読者の想像力を膨らませるためだ」
「読者?」
「ま、気にすんな。 俺の趣味でもある」
「やーん、ジョニーったら……」

そう言ってメイは少し頬を朱に染める。”どうでもいい”みたいな反応をされるとそういう事に対して恥ずかしさはあまり感じないのだ
が、こうやって意識されると、逆にとても恥ずかしくなる。


(う、うわー、どうしよ……いざとなると……)


半ばパニックになってジョニーに背中を向けてしまうメイ。心臓に手を当てて落ち着こうと深呼吸をする。


吸ってー、


吐いてー。


吸ってー、


吐いてー。


吸ってー、


吐「メイ?」


激しく咳き込むメイ。ジョニーは不思議そうにそれを見ている。

「メイ?」
「いきなり話し掛けないでよぉっ! もうっ、ジョニーったらっ!」
「……なんかよくわからんが、まあそれじゃ」


ぱくっ、といった感じでメイを抱き締めるジョニー。
メイは、せっかく落ち着けた心臓がまた一気に高鳴るのを感じた。ジョニーからメイを抱き締めたのは初めてだった。

「ジョニー……?」
「咳き込んじまって……酸素が足りないなら、俺が人工呼吸してやるよ」

気障っぽくそう言うと、メイの反応を待たずにジョニーはメイの唇を奪った。


「…………ん」
「……ちゅ……チュッ……」


そのままキスは大人のキスへと変わっていく。子供のような矮躯のメイと普通人に比べて背の高い方であるジョニーとが抱き合うと、メ
イの小ささが一層際立って、まるで幼い子供を抱いているような背徳感をジョニーに感じさせた。


「れろ……むぅ……」
「……ん……ちゅっ……」


これが初めてのキスであるメイは、しかしそうとは思えないほど積極的にジョニーを求めた。
やがて唇をジョニーが離すと、二人の唇をツーっと唾液の線が結んだ。メイが名残惜しそうにジョニーを見上げる。


「もっといい事してやるから……」
「じょにぃ……」






    ★    ☆    ★    ☆




ジョニーの手がメイのベルトを外す。メイはされるがままにぼんやりとそれを見ている。
ベルトを外し終え、足を撫でさすりながらスパッツを脱がせにかかった。
ふくらはぎから太股、外側、内側、マッサージをするように行ったり来たりする。メイは相変わらずぼんやりしていた。内腿で少し指を
立ててみると、メイがピクリと動いた。ジョニーは満足げに、再び愛撫を再開する。

「ふぁ……はぁ……」

いつの間にかメイの唇が開いていた。頬は紅潮し、目は潤んでいる。ジョニーはスパッツを脱がせた。それだけでまたメイは反応した。
そのままワンピースの服も取り去ると、アンダーシャツとショーツだけになる。メイは横を向いた。顔が真っ赤になっているのを自覚し
ていた。


アンダーシャツの上からささやかな双丘に触れると、メイの眉が寄った。そのまま円を描くように撫でてやると、メイは下唇を噛んで声
を必死に抑えた。
その反応を見るのはかわいくて楽しかったが、必死そうな顔を見ているとこのまま焦らすのもかわいそうに思えたので、ジョニーはアン
ダーシャツも脱がしてしまった。これでメイは下着だけになった。


「へ、変かな……?」
「ん?」

メイはスポーツブラをつけていた。胸はまだそんなに膨らんでいないからだったが、メイはその事を気にしているようだった。

「ジョニーも、胸おっきい方が好きだよね……」
「まあな」

ジョニーが正直に応えると、メイは悲しそうな顔をした。

「ごめんね、これからもっとおっきくなるから……」
「ちっちゃいのも嫌いじゃねぇからいいよ」


そう言うと、ジョニーはスポーツブラの中に手を入れた。


「ひゃっ!」
「感度が良ければそれでいい……」
「じょっ……ふぁっ……やぁっ!」


片手で胸をいじりつつ、空いた手で器用にブラを脱がせてしまう。これでメイがつけている衣類はショーツだけとなった。



胸を揉みながら、もう一方の手が遂にメイの秘部に向かった。
ショーツの上からそっと筋を撫でると、既にメイはもう濡れているようだった。


「気持ちいいか?」
「ん……、じょ……ぃ……」


息も絶え絶えに、メイは答える。


「なあメイ」


ジョニーは訊ねた。


「……怖くないのか?」
「……ジョニーなら、いいの」
「……そうか」


メイは子供のような思考をする。わがままで手がつけられない問題児だ。しかし、情熱的で一途でもある。
メイは続ける。


「ボクにはジョニーがいるの。 ボクにはジョニーしかいらないの。 ジョニーならボクはなんでもいいの」
「……メイ」
「ね、だから、離れないでね? ずっと傍にいてね? ボクを嫌いにならないでね?」
「……わかったよ」
「……ジョニー」


メイの瞳から涙が溢れた。それが何故だかメイにはわからなかったが、しかし涙は止まらなかった。
それは、ジョニーを心の底から愛した証だった。それを失う事が恐ろしくて、それで流れた涙だった。



ジョニーがショーツを取り払った。メイの部分が露になる。
指でそこを刺激してみる。

「あぁんっ! ……ふぁっ!」

メイは体を弓なりに逸らせて感じた。その部分はもはやビショビショになっている。



挿入は座位で行う事にした。ジョニーとメイの体格差ならそれが一番いいように思えたからだ。メイを抱いてやれるからだった。


「行くぞ……」
「うん」


ずっ



メイの処女が散った。その証がジョニーの腿を伝って下に垂れたが、メイはあまり痛みを感じなかった。喜びだけだった。
また一滴、涙が頬を伝った。


「痛いのか?」
「ううん……嬉しいだけ……」


そうか、と言ってジョニーはメイにキスをした。なんと言っても直後は痛いだろうというジョニーの配慮だった。


(たばこの匂い……、ボクの匂い……。ボクを拾ってくれたひと。ボクに名前をくれたひと。いちばん大事なひと……)


「ジョニー」
「ん?」
「動いていいよ」
「……ん」
「ボクで気持ち良くなってね」
「……ん」


ジョニーがそっと動き出す。メイはひり付くような痛みを覚えたが、しかし唇を噛み締めて堪えた。
キスをする。唾液の交換をすると溢れた唾液が口の端から顎を伝って結合部へ落ちた。それから、何故かあまり痛みを感じなくなった。


「ちゅっ……ちゅば……」
「っはぁ……はあっ……んぁっ……」


いつしか、メイは自分からも腰を動かしていた。ジョニーの首に手を回し、ジョニーの目を見つめながら、メイは行為に溺れた。



「はぁん!ふぁっ、やあ、ふぁっ!」


「はっ、あっ!んんっ!んあっ!」


淫猥な音が部屋に響いたが、メイの耳にはもはやその音すら聞こえなかった。あるのはただ二人の鼓動と、息遣いだけだった。


「ジョニー気持ちい……?」
「ん?」
「ボクの、中……気持ちい、かなっ?」
「……ああ……」
「……ふぁっ……!? 中で……おっきくっ……!」


そして……二人の距離が狭まっていく。


「じょっ、にぃっ、こわいよっ、何かっ……、ジョニー!」
「大丈夫、俺はここにいるから……メイ、そろそろいくぞっ……」
「じょにぃ……好きっ、だいすきぃっ……!!」
「クッ……!」


どくん!


そしてジョニーは、メイの中で果てた。






    ★    ☆    ★    ☆





そしてまた海の上。相変わらず子供のようなやり取りをしているジョニーとメイの前をディズィーが通りがかった。


「あ、ねえ、メイさん。 あの港町で何かあったんですか?」
「え、え!? な、何にもないよっ! ディズィーがなんでそんな事知ってるのっ!?」
「こ、こらテメェ墓穴掘ってんじゃねェ! あ、いや、なんでもないんだ。 しかしディズィー、なんでそう思ったんだ?」
「あ、別にたいした事じゃないんで……あ、いや。 あの港町を出てから、メイさんが扉を壊す事がなくなったから……」
「「あー。」」

メイとジョニーの声がハモる。

「……?」
「ああ、うん、すっげぇ説教しといたからな、俺」
「そ、そうそう。 ……はぁ。凄かったぁ、ジョニーの説教……」
「ば、ばか……!」
「……???」


そそくさと立ち去る二人を不思議そうに見送るディズィーであった。


「でも……この買い置きの50個の蝶番、どうしよう……」


支えてくれる


心にもないことをしてしまった。
桐生一馬は一人帰路に着きながら思っていた。



そこは部屋から程近い食堂だった。
時折遥と二人で夕食をとることもあるなじみの所だ。
切り盛りする夫婦を遥はお父さん、お母さんと呼んでいた。

いつも余り人のいない時間に利用するのだが、
その日はなぜか席を探さないといけない程だった。

「ごめんね遥ちゃん、相席でお願い」

そうおかみさんから言われて、テーブル席に桐生と二人で着いた。
前には若いカップルが座っていた。

桐生は周りとなるべく目を合わさない様に席へ着いた。
しかし目の前のカップルの女と目が合った。
するとその女は、
「こわい…」
と言い、よそを見ながらタバコふかしていた隣の男にわざとらしく寄り添った。

すると男が桐生に、
「連れに何してくれんだよぉー」
と突っかかった。

「いや、俺は何もしてない」
「怖がってんだろうが」
「何もしてねえ」
「あやまれよ」
「……すまなかった」
「そんな謝り方じゃ足りねえんだよ!」
周りが水を打ったように静まり返っていた。

「遥、帰ろう」
「おい、逃げる気かよ」
「すまなかったって言ってるだろう」
「だからそれじゃ、だめなんだよ!」

「…やっつけてよ」
小声で遥がつぶやいた。

「遥…、バカなこと言うんじゃない」
「こんなやつすぐだよ。弱っちいよ。こんなこともういやだから早く片付けてよ」

パンっと歯切れのいい音が響いた。
遥が打たれた頬に手を当て、桐生を強い目で見つめた。
黙って椅子をガタンと鳴らし、遥は店を足早に出て行った。

厨房の中にいた主人が何事かと出てきた。
「おにいさん、もうそれくらいにしてやってくれないか?
 この人も謝ってる事だし、お姉さんもそれでいいだろ?」
女が居心地の悪そうな顔をしつつ、隣の男と目を合わせた。
二人は金をテーブルの上に置いて、店を出て行った。

「すいませんでした、迷惑掛けて」
「あんたも災難だったねえ。あんなやつほっとけばいいんだよ」
頭を下げて桐生は店主に謝った。

店を出たものの足取りは重かった。
いつも自分のせいでトラブルに巻き込まれるが、
遥があんな口調で言うのは初めてだった。
こんなこともういや…
その言葉が重くのしかかった。

遥は家へちゃんと帰ってるだろうか。
日はとうに暮れて、周りにはところどころにしか街灯はない。

桐生は家の階段前にうずくまる小さな陰を見た。
犬の頭を黙って撫でながらしゃがんでいたのは遥だった。
初めて会ったときから比べると大きくなったが、
こうして見ているとまだまだ子どもだと桐生は感じた。

黙って近付いた。
気配に気づいた犬が首を向けたので遥も振り向いた。

「あのね、ごめんなさい。さっきはあんな事言って」
「俺も謝んなきゃいけない。いつも俺のせいで変なことに巻き込んで」
「いいの。会った時から守ってもらってなきゃ今の私はいないんだから、
 感謝してるの。いつもね」
そういいながら、遥は照れ半分の子どもらしい笑顔を見せた。

「俺がお前を守りたいって決めたんだ。これからもそう思ってる」
「…ありがとう」
さらに笑顔になった遥からは少し大人の表情が垣間見えた。

これからもよろしくね。
遥はそう言いながら二人で階段を上っていった。




ことんという桶を置く音が鳴り響きあう温泉宿。
“男” “女”と書かれたのれんの前で立っている親子風の二人がいる。



いつも一緒



さすがに9歳の遥を男湯には連れては行けないよな…
そう桐生は考えていると、
「私、一人で大丈夫だから行ってくるね」
と遥がさっさと先にのれんをくぐって行ってしまった。

家では一人で入ってはいるものの、ここは温泉場。
中は広く、家とは違って危ない事もあるだろう。
こういう時に母親が居れば…と改めて思ってはみたものの、
こればかりはどうしようもない事だからと桐生ものれんをくぐって浴場に足を踏み入れた。

思った以上に中は広かったが、人が居ない時間を見計らって来たため男湯に人気はなかった。
隣の女湯とは高い塀で仕切られているものの、天井までは区切られておらず声がよく聞こえる。
男湯とは一転して女湯からはにぎやかな雰囲気が伝わってきた。

一方、背中の龍を今日は隠す事もなくゆっくりと心置きなく大きな湯船につかった桐生は、
静かに目を閉じて体を休ませていた。


「おい、桐生。最近どうだ?」
「なんだ、伊達さんこそどうしたんだ?」
いきなりの電話。
そしてその相手が伊達だとわかってさらに桐生は驚いたが、
伊達は続けざまに用件だけを簡単に話し始めた。
要は沙耶との旅行に行けなくなったので代わりにいかないかという誘いの電話だった。
あまり気がすすまなかったが、
「遥のためにも休みくらいどっかに連れて行ってやれ」
と一方的に押し付けられたように遥と二人で来たのだった。


そんな事を思い出していた桐生は女湯からの声でハッとした。
「大丈夫?」
という女の声が何度か聞こえた。
「誰か、おかあさんいませんか? この子のおかあさ~ん」
と呼びかける声が続く。
しかしその声に答える人物は現れない。
もしや、という感情が桐生に沸き起こる。
早く見つかってくれないものかと胸が落ち着かない。
その思いとは裏腹に、誰も名乗り出る事もなく、時だけが過ぎていく。
「…いないみたい」
「とりあえず外に連れていったほうがいいんじゃない?」
「宿の人に言ったらどうかしら…」
そんな話し声が浴場内から遠ざかっていくのがわかった。

その声を聞き終わるや否や、ざばんと背中で湯を切った桐生は急いで上がり浴衣を羽織った。
胸の奥でよからぬ想像ばかりが通り過ぎていく。



予感は的中した。

「遥!」
ぐったりと横たわった遥が旅館の従業員の腕に抱かれていた。
「お父さんですか?」
「…はい…」
「湯あたりしたみたいよ…」
横で心配そうに見ていた年配の女性が桐生に声を掛けた。
「すみませんでした。ご迷惑をおかけしました」
従業員とその女性に礼を言った桐生は遥を背中に乗せてもらい部屋に帰っていった。

道すがら、負ぶさっている遥から小さな声が桐生の背中を伝わってきた。
「ごめんね…」
「…大丈夫か遥?」
「うん。さっきお水もらったから」
「そうか…お前無理するなよ」
「……」
「どうして倒れるまで我慢したんだ?」
「だってね…だって、いっつも一馬が100数えてから出て来いって言うから…」
「馬鹿だなお前は…」
桐生は変わらずその足取りをすたすたと進める。
「今日もちゃんとね、一馬との約束を…約束を守ろうと思ったの…」
「遥…」
桐生の歩みが少しゆっくりとなった。
「ごめんなさい…」
「いや、いいんだ」
遥は話しながらもぐったりと体の重みを桐生に預けていた。
そんな遥を桐生はその後ろ腕にしっかりと背負いなおした。

部屋に着いた桐生は遥を布団の上に優しく下ろすと氷で冷やしたタオルを額に当ててやった。
見つめる遥の頬は赤く、未だに息も少し荒かった。

しばらくして息も落ち着いた遥が桐生へ向かって言った。
「冷たくて気持ちいい…」
「これでも飲め」
桐生は冷えたお茶を遥の上半身を支え起こして飲ます。
「もう、大丈夫だよ」
「遥、お前、温泉なんて初めてだから、無理したんだな」
遥がこくりと頷いた。
「すごく熱かったよ温泉」
「まあそんなもんだからな…」
「やっぱり家がいいね…」
「そうか」

お茶を一口飲んで再び横たわった遥が布団の中から目だけをそっと覗かせて桐生を見つめる。
「ねえ、帰ったら一緒にお風呂入ってくれる?」
「そうだな…二人で100数えるか?」
「うん」
「よしわかった。じゃあ帰るまでゆっくり休め、遥」
遥が嬉しそうに赤い顔に笑みを咲かせた。


「おじさん、嘘ついてるでしょう?」
遥がそう言う度に俺はまたかと思い、これ以上ない居心地の悪さを感じる。

ため息をついた俺はいつものようにこう返事をした。
「嘘なんて何もないぞ」

「嘘! ぜーったい嘘! だっておじさんのいつもの癖が出てるんだもん」
‘癖’とは遥曰く、俺が嘘をついている時に必ずするある仕草の事らしいのだが…

「おい遥。まず言っとくが俺はお前に嘘をついてなんかないぞ。それを断っといた上で聞くが、どんな癖のことを言ってるんだ?」
遥はぷいとそっぽを向き、
「…教えない」
と一言だけ呟いた。
「教えろ…遥」
「駄目」
「遥」
「ダメダメダメダメぜーったい駄目!」
遥は首を大きく振った。
「だっておじさんにそれを教えるとするよ、そしたらその癖をしないようにって気をつけるでしょう?」
当たり前だ。
「おじさん不器用だから気をつけようってしたらね動きがあやしくなって余計に嘘ついてるってバレちゃうよ? それでもいいの?」
大の男を小馬鹿にするにも程がある。
俺はため息混じりに、
「もう勝手に言っとけ…」
と遥に何か言い返す気力さえ失った。
「で、今日はどんな嘘をついてるのかなぁ…」
その言葉を残しながら遥は立ち上がり、俺の反撃を待たずに自分の部屋へと去ってしまった。


さて、ここからが俺の‘嘘’の始まりだ。

しばらくしてから押し入れの上、遥の手の届かない所に隠してあったものを取り出した。
それを机の上にコトンと置き、今日の主役がやってくるのを待つ。

ガチャリとドアが開くとその人物は目を丸くしながらこちらに近付いてきた。
「何これ?」
机の上を指して遥が聞く。

「…お前にだ」
遥はその言葉に驚き、赤いリボンがかかった箱を大きな瞳でしげしげと見つめた。
「私に?」
まるで仕掛けられた罠でもあるように少し遠回りに眺めていた遥だったが急に足取りをはやめて机の前にちょこんと座り込んだ。

「誕生日おめでとう」
すぅと息を吸い込み決心した俺は、滅多に言わない祝いの言葉を遥に送る。
「ありがとう」
遥の素直な返事がいやに身に染みた気がした。

「これを隠そうとして嘘ついてたんだね…おかしい」
くすくすと笑いながら遥はプレゼントを開けていく。
「遥…これ以上俺を馬鹿にするな…」
「馬鹿にする訳がないでしょう?」
そう言って見つめてきた瞳がいたずらな光を見せたかと思ったら遥は軽くウィンクをした。
俺はふっと鼻で笑うしかなかった。

「でもこういう嘘は嬉しいな… また来年もお願いしようかなぁ…」
「調子のいい奴だな…」
俺は少しあきれて遥の頭をぽんと叩いた。


遥とこれからまた一年を楽しく過ごせるようにと改めて思える今日は彼女の生まれてきた日。

あわよくば来年の今頃には癖が直って嘘がばれないようにとも祈ったが、さてどうなる事やら…
同じように居心地が悪くなっても下手な嘘をつかなければいけない日となるのだろうか。
でも楽しい一日には変わりないだろう。

そう思った俺は改めて遥に向き合いこう言った。

「これからまた一年よろしくな…」

すると返事はこうだった。

「うん、いいよ」

なんだそのそっけない返事は?
俺はあまりの事に眉間に皺を寄せた。
人を馬鹿にするにも程があるぞ…

だが俺の眉間の皺は遥の喜ぶ顔に徐々に消されていく。

この笑顔をまた一年、傍で見られるようにと願う今日は嘘をついた日。


  • ABOUT
うろほらぞ
Copyright © うろほろぞ All Rights Reserved.*Powered by NinjaBlog
Graphics By R-C free web graphics*material by 工房たま素材館*Template by Kaie
忍者ブログ [PR]