「ジョニー、大好き!」
「ねぇねぇジョニー、僕今日ね……」
「ジョニー、ケーキ作ってみたの!」
少女のそんな明るい声が、今も耳に残っている。明るい瞳で、よく変わる表情で、いつも彼のそばにいた少女。彼が戦うときは、幼い華奢な手で武器を取って、共に肩を並べた少女。
「いつもそばにいるんだから」
そんなことを言って、どこか大人びた表情で微笑んで。そんな表情を見るたびに、彼が、彼こそが、彼女に置いていかれる気がしていたのを、彼女は知っているのだろうか。どんどん大人に――女になっていく、そんな彼女を見るたびに、いつも寂しさを覚えていたことを、彼は否定するつもりはない。
空の、その清冽な青さを見上げ、彼はサングラスの奥の目を細めた。彼女と出会った五月の空は、今は眩しいほどの青さだけど、あの時は、雨が降っていた。優しい五月の雨。甘い雨音にひかれるように、外を歩いて、そして、雨の下たった一人で町中にたたずんでいた、あの小さな背中を見つけたのだ。雨に打たれて、空をあおいで、あの少女は誰を捜していたのだろう。
その答えを、彼は知っていた。
「感傷的すぎやしないか?」
サングラスを、ついと上げ、彼は独白した。もうすぐ、彼女が出て来る。彼の手から放れようとしている、彼の――少女が。
だが、少女の隣に立つのは、もはや彼ではない。教会の扉を開け、共に歩んでいくのは、彼ではなかった。
彼は唇に、そっと触れた。
「愛してる、ジョニー、いつまでも」
先日、彼の元に現れた彼女がくれたキス。唇に押しつけられた、一瞬だけの、甘さ。
「おっと……いいのかい? あいつってもんがいるのにさ」
おどけたように言った彼に、
「私は、あの人といくの」
彼女は微笑んだ。子供を見る大人の女性のような笑い顔で。首に巻きつけられた腕の細さ。頬に触れた柔らかな髪。
15の若造に戻ったような、そんな戸惑った気持ちで、彼は彼女の華奢な身体をただ見ていた。
するり、と彼女は離れる。
「祝ってよ、ジョニー。幸せにって」
「メイ?」
「まだ、ジョニーの口から、聞いてない。私はあの人といくの。言って、幸せにって」
「メイ――」
「きっと、式なんて来てくれないんでしょう。ここで別れたら、もう、会ってくれないんでしょう。空に帰って、もう、二度と――」
一瞬、彼女のその大きな瞳から、涙がこぼれるかと思った。だけど、彼女は泣かなかった。しょうがないんだからジョニーは、そんな目で見て、全身で彼の言葉を待っていた。
五月の陽射しを髪に編み込ませて、梢に煌めく緑のように瞳を輝かせて。そうして立つ彼女はとても綺麗だった。
もう、あの雨の中のように、彼女は独りじゃない。雨に打たれる肩に、傘を差しのべてくれる人が大勢いる。そして、たとえ、誰もがそばにいなくても、彼が離れても、緊張した面もちで彼にメイとのことを告げたあの若者が、真っ先に彼女に駆けよるだろう。
「違うだろ?」
彼女の髪に触れ、そっと撫でながら、彼は言った。
「空は、お前にとっても帰る場所だろう? それなら――いつだって、空に俺はいるさ。
そして、もし――」
続けようとした言葉を、彼はのみこんだ。ただ彼女に笑いかける。
彼女は吃驚したように目を見張って、
「意地悪、いつもそうなんだから!」
すねたように、彼のよく知っている言い方で言った。
「もういいよ! ジョニーは照れてるだけだって僕わかってるもん」
「おいおい、メイ、別に俺ぁな、」
「ふーんだ、いいわけしても無駄だよーだ」
幼く言って、彼女は笑った。
少女だった自分に別れを告げるように、それから、彼女は、飛空挺で過ごした日々のように、笑って、にぎやかに騒いで、ジョニーといつものように呼んで、そして、最後に一粒だけ涙をこぼした。
「愛してる、ジョニー、いつまでも。僕はあの人と行くけれど、ジョニーといた空は忘れない」
別れを告げて去った少女を見送って、そうして今日という日を迎えて、たった一人外に立つ彼は、あの日、とうとう口にしなかった言葉を風に乗せた。
扉は、そろそろ開かれるだろう。
彼には、婚礼をあげた二人が幸せに輝いて出てくるさまが、鮮やかに思い描けた。
サングラス越しの、陽射しが、眩しい。
「これからは、もう――その男がお前を守ってくれるさ。だが――だが、もし、どうしてもお前が俺の助けを求めることがあるのなら……」
目を見張って、彼を見上げていた、子供のような彼女の表情を思い出して。
「そのときは、すぐに行ってやるさ、お前のもとに」
彼は、二人を見ることなく、身をひるがえした。
空はどこまでも青く、その青さに、彼の胸が痛んだ。だが、目を伏せることはしない。空は、彼のもっとも愛しているものなのだから。
メイ。お前が望むから、俺は何でもしてやるよ。父親としてお前に接したときのように、お前の小さな手を握って眠ったときのように。
でも、お前はもう小さな女の子じゃない。
彼は――感傷的すぎるな、と、また、呟いて、苦笑すると、彼の娘の結婚を祝福する教会から離れていった。彼の、帰るべき場所、少女と過ごした場所、あの空に、戻っていくために。
「ねぇねぇジョニー、僕今日ね……」
「ジョニー、ケーキ作ってみたの!」
少女のそんな明るい声が、今も耳に残っている。明るい瞳で、よく変わる表情で、いつも彼のそばにいた少女。彼が戦うときは、幼い華奢な手で武器を取って、共に肩を並べた少女。
「いつもそばにいるんだから」
そんなことを言って、どこか大人びた表情で微笑んで。そんな表情を見るたびに、彼が、彼こそが、彼女に置いていかれる気がしていたのを、彼女は知っているのだろうか。どんどん大人に――女になっていく、そんな彼女を見るたびに、いつも寂しさを覚えていたことを、彼は否定するつもりはない。
空の、その清冽な青さを見上げ、彼はサングラスの奥の目を細めた。彼女と出会った五月の空は、今は眩しいほどの青さだけど、あの時は、雨が降っていた。優しい五月の雨。甘い雨音にひかれるように、外を歩いて、そして、雨の下たった一人で町中にたたずんでいた、あの小さな背中を見つけたのだ。雨に打たれて、空をあおいで、あの少女は誰を捜していたのだろう。
その答えを、彼は知っていた。
「感傷的すぎやしないか?」
サングラスを、ついと上げ、彼は独白した。もうすぐ、彼女が出て来る。彼の手から放れようとしている、彼の――少女が。
だが、少女の隣に立つのは、もはや彼ではない。教会の扉を開け、共に歩んでいくのは、彼ではなかった。
彼は唇に、そっと触れた。
「愛してる、ジョニー、いつまでも」
先日、彼の元に現れた彼女がくれたキス。唇に押しつけられた、一瞬だけの、甘さ。
「おっと……いいのかい? あいつってもんがいるのにさ」
おどけたように言った彼に、
「私は、あの人といくの」
彼女は微笑んだ。子供を見る大人の女性のような笑い顔で。首に巻きつけられた腕の細さ。頬に触れた柔らかな髪。
15の若造に戻ったような、そんな戸惑った気持ちで、彼は彼女の華奢な身体をただ見ていた。
するり、と彼女は離れる。
「祝ってよ、ジョニー。幸せにって」
「メイ?」
「まだ、ジョニーの口から、聞いてない。私はあの人といくの。言って、幸せにって」
「メイ――」
「きっと、式なんて来てくれないんでしょう。ここで別れたら、もう、会ってくれないんでしょう。空に帰って、もう、二度と――」
一瞬、彼女のその大きな瞳から、涙がこぼれるかと思った。だけど、彼女は泣かなかった。しょうがないんだからジョニーは、そんな目で見て、全身で彼の言葉を待っていた。
五月の陽射しを髪に編み込ませて、梢に煌めく緑のように瞳を輝かせて。そうして立つ彼女はとても綺麗だった。
もう、あの雨の中のように、彼女は独りじゃない。雨に打たれる肩に、傘を差しのべてくれる人が大勢いる。そして、たとえ、誰もがそばにいなくても、彼が離れても、緊張した面もちで彼にメイとのことを告げたあの若者が、真っ先に彼女に駆けよるだろう。
「違うだろ?」
彼女の髪に触れ、そっと撫でながら、彼は言った。
「空は、お前にとっても帰る場所だろう? それなら――いつだって、空に俺はいるさ。
そして、もし――」
続けようとした言葉を、彼はのみこんだ。ただ彼女に笑いかける。
彼女は吃驚したように目を見張って、
「意地悪、いつもそうなんだから!」
すねたように、彼のよく知っている言い方で言った。
「もういいよ! ジョニーは照れてるだけだって僕わかってるもん」
「おいおい、メイ、別に俺ぁな、」
「ふーんだ、いいわけしても無駄だよーだ」
幼く言って、彼女は笑った。
少女だった自分に別れを告げるように、それから、彼女は、飛空挺で過ごした日々のように、笑って、にぎやかに騒いで、ジョニーといつものように呼んで、そして、最後に一粒だけ涙をこぼした。
「愛してる、ジョニー、いつまでも。僕はあの人と行くけれど、ジョニーといた空は忘れない」
別れを告げて去った少女を見送って、そうして今日という日を迎えて、たった一人外に立つ彼は、あの日、とうとう口にしなかった言葉を風に乗せた。
扉は、そろそろ開かれるだろう。
彼には、婚礼をあげた二人が幸せに輝いて出てくるさまが、鮮やかに思い描けた。
サングラス越しの、陽射しが、眩しい。
「これからは、もう――その男がお前を守ってくれるさ。だが――だが、もし、どうしてもお前が俺の助けを求めることがあるのなら……」
目を見張って、彼を見上げていた、子供のような彼女の表情を思い出して。
「そのときは、すぐに行ってやるさ、お前のもとに」
彼は、二人を見ることなく、身をひるがえした。
空はどこまでも青く、その青さに、彼の胸が痛んだ。だが、目を伏せることはしない。空は、彼のもっとも愛しているものなのだから。
メイ。お前が望むから、俺は何でもしてやるよ。父親としてお前に接したときのように、お前の小さな手を握って眠ったときのように。
でも、お前はもう小さな女の子じゃない。
彼は――感傷的すぎるな、と、また、呟いて、苦笑すると、彼の娘の結婚を祝福する教会から離れていった。彼の、帰るべき場所、少女と過ごした場所、あの空に、戻っていくために。
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