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うろほろぞ
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(子エデ、伯爵家です。)

■B. die Begegnung / 出会い、邂逅

「え…。」
 伯爵は虚を突かれたという具合に呟いて、目の前の一手を眺めている。別に眺めた所で死んだ石が生きる訳ではないが…ぼやーと一通り眺めてから、白石を持ってまたぼやーと眺めている。碁盤に展開されている宇宙に全然ついて行っていないのが良く解る。
 自分たちの横には様々な知的遊戯が転がっていた。トランプ、将棋、チェス、UNO、オセロ…尽く負けた伯爵が次に出してきたのが囲碁だった。オセロですら負けるのだ、囲碁なんて一番先読みの能力を試されるのだからやめた方が良いと心の中で思ったのだが、相手は主なので仕方がない。普段はサラサラっと勝つくせに、今日は長考が多くこちらの罠にもあっさりひっかかり何度も硬直する。からかっているのかと思いきやどうも本気らしい。原因を打ちながら考えて、出てきた答えは『ひょっとしたら巌窟王の智慧を借りずにやっているのではないか』だった。主が仮面をつけずにこちらに向かってきているのかと思うとどこか嬉しくもあったが、そうなると次は別の疑問が湧いてくる。何でこんなに拘るのだろうと。用事が沢山あるベルッチオを引き止めゲームを始めて大分経つ。あまり主人は無駄な事をしたがらない、無駄な事にすら理屈をつけるのに…打ちながらベルッチオは悩んでいた。ゲームの最中にそんな悩みを抱えられる程に伯爵は正直、弱かった。


「ベルッチオ。」
 己の名を呼ばれた。伯爵が投了したのではなく、扉の向こうからアリと一緒に幼子が現れたのだ。翠玉色の髪をした美しい少女の名はエデという。一週間くらい前に、ここにやってきた姫君だ。
 ベルッチオは我が耳を疑った。というのも、エデは普段伯爵にしか懐かず、己を見ても硬く微笑むだけだったから。
 そのエデが心なしか嬉しそうにベルッチオの名を呼び、
 ぱたぱたと駆けて来て、
 たすっ、と、
「!!!???」
 抱きついた。
「ベルッチオ、いつもありがとう。」
 ぎゃあああああーッ!!??
 …と、こんな事今まで無かったのでベルッチオは心の中で叫ぶ。ハッと主の反応を恐れて様子を窺うが、伯爵は微笑んで二人を眺めていた。どうもこの展開を仕立てたらしい。だから、この部屋にずっと引き止めていたのか。…随分下手な引き止め方だったが。
「食事や、お世話や、いつもありがとう。」
 出てきたのは覚えたてのフランス語。発音は決して流暢ではないが、暖かみがある美しい調べだった。
「プレゼントを用意したの。」
 きゅー、と抱きしめてから顔を上げて微笑む。ああ可愛い。しかし手には何も持っていないし、プレゼントとは一体何だろうと思案する。そのベルッチオの表情を見てという訳ではないが、エデの表情も少し曇った。
「あ…ぁ…。」
 戸惑い声を彷徨わせ、難しそうな顔をして暫く黙る。「ざんねん」と呟いて微笑み直してから、柔らかい旋律をLa la la…と歌いだした。ベルッチオはその唄に目を見開く。
 それはとても懐かしい、故郷の子守唄だった。
「おやおや…。」
 伯爵は困ったように指先を顎に当てて微笑む。何度か自分が枕元で歌ってやったのだが、どうも異国の言葉で全て歌うのは、少女には酷だったらしい。だがその懐かしいメロディーだけでも、ベルッチオには十分暖かすぎるプレゼントだったようで、少女を抱きとめている背中の雰囲気が何だか穏やかで、微笑ましい。
 やがて2番に入り、段々声が小さくなったかと思うと、それも聴こえなくなった。
「どうした?」
「…自分で子守唄を歌い自分で眠りました。」
 何だそれは。可笑しくてつい声を漏らして笑う。
「エデはお前を嫌ってなどいない。言葉の壁が厚く、上手くお前に気持ちを届けられないだけだ。」
 多国の言語を扱える伯爵、言葉を必要としないアリとは接する事は出来ても、ベルッチオとは中々交流を持てなかった。
 ジャニナとフランスでは言語が違う。環境ががらりと変わり、過去の傷も癒えない彼女には酷だっただろう。その中で気を使い、何かとジャニナの風習に従って、祖国風の料理を出してくれるベルッチオをどうして嫌うだろうか。
「私からフランス語を習う時、エデの最初の目標はお前に感謝の気持ちを示す事だった。可愛いだろう。だがお前の母国語がフランス語でなく今では絶滅しかかっているコルシカ語と解り残念そうにしていたよ。流石にコルシカ語までは手が回らず、お前の国の子守唄でせめてものお礼にしたかったそうだ。Nanna d'Aitoni、母国の子守唄を嫌いな人間など居ない。」
 歌詞の意味は解っていないようだけれどな、と笑いながら言う。
 ベルッチオはエデを膝の上に置き、愛し気に頭を撫でてやる。伯爵はのほほんとそんな二人を眺めていたが、やがて笑顔のまま絶対零度の声で釘を刺した。
「手を出したら許さんぞ。」
 出す訳ないでしょうが。

 …ベルッチオは強く、主の独占欲の木目細かさを再確認した。

***********
 文字だと、いつもアリが微妙すぎる立場にあるんだ…。
 ジャニナは元々ギリシャの国だけれど、宇宙なんだから何語なのかなーというか、あの世界の地球ヨーロッパ系しか存在しなさそうだけれど。
 共通宇宙語でも楽しいかもですが、折角星を跨ぐのだったら、やっぱり言語の壁はしてみたいよね。

04/07/2006.makure

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(13幕回想の伯爵とエデ出会いから派生です。)

 エデは伯爵を嫌悪している感じではないのだが今ひとつ心落ち着かないという様子で、今自分の手を引いて歩く彼と口づけを受けた左手を交互に眺めて付き従ってゆく。人で溢れた市場を抜け、港に泊めてあったファラオン号に付くまで、二人は黙ったままだった。

■ri:理由の欠片をひとつ下さい

 ファラオン号は宇宙船、という事になるのだろうが、少女は外装を見た時から驚いてしまった。かつての王宮での生活を振り返っても、ここまで豪奢で立派な船は無かった。中に入り廊下を進みながら回りを眺めていると、驚きは疑念にまで上り詰める。これは船なんてものではない。動く城だ、存在する芸術だ。あまりの非現実さ、夢の世界に少女は軽く身震いした。このまま天国に行くのではないだろうか。不安になり伯爵の手を知らず知らず強く握る。彼は少し振り返って、「驚いたのか?」と静かに笑った。
 ついたのは客間の入り口、そこには不思議な印象を湛えた、緑色の従者が待っていた。二人を確認するとゆったりと礼をする。

「アリ。彼女がジャニナの姫君だ。湯浴みの場へ連れて行ってやれ。」
 私は少し仕事の整理をしよう、と伯爵が付け加えると、急にエデがこちらにしがみついてきた。伯爵はようやくこちらに向かってきてくれたのかと少し安心した様子すら見せながら苦笑して、少女の頭を撫でながらゆっくりと話し出す。
「大丈夫だ、怖がることは無い。アリはとても穏やかで気のきく私の…家来だ。すまないなエデ、ここに女中は居ないのだ。私とアリ、そして今厨房に居るベルッチオという大柄な男だけでな。窮屈だろうが我慢しておくれ。一人で湯浴みは出来るか?それが終わったら昼食にしよう。」
 エデは精一杯首を横に振る。心配しているのはそこではないと言うように。そして怪訝な様子の伯爵へ縋るように見上げて口を開いた。
「ご主人さま。」
 ようやく聞けた姫君の言葉は、恐らく自分宛の呼称だろう。だか伯爵はそれが理解出来ず、凍てつく表情も隠そうとしなかった。少女も新しい主人の機嫌を損ねた事が解ったのか、脅えた様子ですぐさま訂正した。
「伯爵さま。」
 そうして小さい手で自らの首輪をずらし、磁気インクの刻印を晒して訴える。
「わたくしのリレキの更新を。」
 ああ。奴隷になった時に刻まれる磁気コード。そこの情報を更新しない事に奴隷としての恐れを抱いていたのか。今少女の主人は、少女ではないのだという事実をぼんやり思う。恐怖にしては弱々しく、媚びにしては切実な、本当に幼い少女のその態度。これ以上無い程に痛々しい微笑を浮かべて、やさしい声で伯爵は答えた。
「…エデ、私はお前をそういう風に扱おうとは思っていない。書面上の手続きは出来ているから安心して構わない。」
 だがこの答えで少女は満足してくれなかった。
「いや…いや…それはイヤです。こわい…。」
「どうしてそう思う?脅えているだけでは私には解らない。」
「……。」
「エデ?」
 必死に考えをまとめているようなので、はぐらかしもせず急かしもせず先を促す。必死に嫌われないような言葉を選んでいるのだろうか、それとも溢れてくる感情を何とか形にしようとしているのだろうか。伯爵の服の端を握りしめながら、暫くしてやっと、少女はぽつりと呟いた。
「…伯爵さまが来てくださって、うれしかった。」
 絞り出すような小さい言葉。後は堰を切ったかのような勢いで続ける。
「ずっと一緒にいます。お仕えいたします、わたくしのご主人さまは伯爵さまなのです。なのに、伯爵さまはわたくしがいらないのですか?すぐに売るおつもりだからご主人さまにならないのですか?わたくしは何で伯爵さまのお傍にいるのですか?ここにくるまで、手を引いて下さったのが、とても幸せだったから…でも…ええと…ああ。伯爵さま。わからなくてグラグラするのです。わたくしは今度は何になれば良いのですか?雑用ごと…ご奉公…それともお人形ですか?なぜ優しくして下さるばかりなのかがこわいです。お傍にいさせてください、だからリレキの更新を、貴方さまの奴隷にご命令を…。嬉しくて、夢のようで…刻印がないと消えてしまいそうで…。」

 最早ぐちゃぐちゃで、何を言わんとしているのか少女自身も解らなくなってきたのか最後になるにつれ段々声が小さくなった。伯爵は黙って全て聞き終えると、穏やかに目を閉じて頷いた。
「…此処に存在する理由が欲しいと…宜しい。」
 そう呟くと膝を折って座り込み、エデと目線を合わせる。驚く少女に笑ってやった。
「良いかエデ。一度しか言わないからよく聞くが良い。私は金でお前を買った、お前は奴隷で私は主人だ。だが私はお前を奴隷として働かせたり可愛がったりするつもりはない。確かにお前は奴隷だ、だかジャニナの姫君でもあるし、まず第一にお前自身でもある。だからそんなに不安がらなくとも大丈夫だ。」
 大きい目で一つ一つの言葉をしっかりを聞いてくる。この子は素直だ、そして賢い。
「お前が今此処にいる理由は二つある、一つは私の目的の為だ。お前の胸に巣喰う決意、私はそれを復讐と呼ぶが…お前と同じものを私も持っている。いつかその時が来たときお前の力を貸して欲しい。その為にも私は、お前への支援を惜しまないつもりだ。私は今までのお前のどの主人よりも辛い命を負わせる事になる。それでも構わないだろうか?」
 少女はしっかりと頷いた。伯爵はそれを見て、宜しい、と満足そうに答える。
「もう一つは、その理由が終わった時に話そう。」

 話せる時など無いと解っているくせにやさしい嘘をつく。もう一つの理由は私の我侭だ。その最初の理由が終わった時、私の終わりが来たときに、私の事を想いながら、お前がどこへでも羽ばたいていけるように。私が破滅しか生まなかった訳ではないと、強く生きて、その証明をしておくれ。
 こっちの方が、手前勝手で辛い命令な気もするが。
「だから安心するが良い、花が己の存在を自覚し樹から放れる事があっても、樹は枯れる時まで花を離しはしないのだから。…それに明日や一年後にすぐ別れる筈もない、お互いに存在しているのだから。」
 そうだろう?と微笑むと、伯爵が答えてくれたのが嬉しかったのか、少女もやっと穏やかに微笑んだ。
「…難しい話で頭が痛くなったか?」
「…少し。でも、大丈夫です。」
 ありがとうございます。なんて、礼を言う少女が可愛くて。
「怖かっただろう?不安を教えてくれた優しい子。お前は静かな勇気を持っているのだな。私にはお前が必要だ、そしてお前が愛しいよ。」
 ゆっくり頭を撫でて、そして抱きしめてやる。エデは最初緊張のせいか自分の胸の中で呼吸を止めてくれたため、慣れてくれるまで離してやらなかった。やがてケフっと息を吐き、ゆったりと落ち着いたのを確認してようやく開放してやる。何だか可笑しくて、自然に笑みが出てくるあたり、自分は世話のない奴なのかもしれない。
「さて。体が泥と油で辛いだろう、早く風呂に…」
「あ…。」
 立ち上がった所、再びエデから服の端をつかまれた。
「どうしたエデ?」
 不思議に思って訊ねてみたがまた少女は黙ってしまう。考えているからではなくて、言いたくても言いにくいのだというように、大きい目でこちらを見つめてくる。さて何だろう、今度は待っていても返事が来なさそうな様子だ。伯爵もそのままエデを見つめて黙り込んでいる。アリはそんな二人を黙って見守っている。
「……。」
「……。」
「……。」
 客間入り口にヒト3人揃って突っ立ちながら黙りこくるという変な事態になってしまった。もしベルッチオがここを通ったなら、テレパシー交流会か時間凍結大会かとにかく怪しい何かの儀式と勘違いし、えらくビックリして料理を落とす事だろう。
「……ああ…ははっ、解った。」
 その沈黙を破ったのは伯爵だった。可笑しそうに抑えて笑う。
「すまないアリ。風呂を強めに焚き直してはくれないか?それと私の着替えの用意も頼む。」
 アリは頷くと奥へ消えた。エデが嬉しそうに不思議そうに伯爵を見やるので、伯爵は苦笑して付け加えた。

「私が共に入ると、おそらく湯船の温度が下がるからな。お前に風邪を引かれたら堪らない。そうだろう?」


03/04/2007.makure

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