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うろほろぞ
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1.ほんのりと紅い

 どこのホテルに長期滞在をするにしても、この気紛れな大富豪、モンテ・クリスト伯爵の行動は一緒だった。
 一番高い階を丸ごと買い上げ、元など解らないくらい改装してしまう。古代西洋を中心に、ありとあらゆる贅を尽くしたその場所だけ、物語の王宮から抜けでたような、夢のような美しさを誇る。バティスタンはその徹底ぶりに毎度の事ながら口笛を吹いてしまうくらいだ。

 何かと秘密主義で放任主義でもある伯爵家では、例えホテルだろうと、家来にも奴隷にも部屋が個別に与えられている。エデは与えられたその部屋で、ゆったりと美しい曲線を描く椅子に腰かけ、ただただ琴を奏でていた。ふと気配を感じて扉の方を見やると、主人が佇んでいた。仕事から帰ってきていたらしい。淡く、消え入りそうな微笑を浮かべ少女は囁く。
「お帰りなさいませ、伯爵。」
「相変わらず美しい調べだな、エデ……。」
 やや疲れが堪っているのか、伯爵の声には美しさはあれど冴えはなかった。エデはそれを悲しく思ったがあれこれ問いただすことは無く、少しでも主人の安らぎになればとまた琴を奏でる。それがありがたくもあるのだが、同時に辛く思うこともあった。
 不運な彼女の境遇を作ったのはフェルナンだが、彼女を傍目人形の様に扱っているのは自分で…少女から自由を奪っているのに間違いなく加担しているのだ。自分に心を許してくれているのも解る、そして進んで自分の人形になろうとしている事も。彼女と共にパリへ降り立つ日が来たなら言ってみようか、自由に生きてご覧と。命令ではない自分の意志で。私には未来は無いのだから。
 だがそれも、幼い彼女にはまだ先の話…。
「エデ。」
 もう一度声をかけて近寄る。不思議そうに見上げるエデの前に、ふわりと赤い薔薇の花が舞った。伯爵が買ってきたらしい(買わせたのかもしれないが、まぁそんな事はとりあえずどうでも良い)。
「まぁ…!」
 幻想的で美しいその光景に少女が目を見張ると、主人の真紅と黄金の瞳がうっすらと微笑む。
「綺麗だろう?お前の国ではあまり見られない花だと思ったが。花言葉はhaidee…お前の名と同じ意味だ。」
 それを聞いてふわーとエデがほんのり紅くなる。その可愛らしさに、演技ではなく口元が綻んだ。
「エデ、外には素晴らしい世界がある。お前はまだ曇りない目を持っている。今は私と一緒でも、いつか…」
「伯爵。」
 くい、とエデが伯爵の袖を持つ。か弱い力ではあったが、強い意志が伝わった。そして笑う、人形のように美しく。でも瞳には意思の色を湛えて。
「わたくしは伯爵にお遣え出来て幸せなのです。」
 ああ、だからいけないというのに。仕方ないなと苦笑をしながら、こちらを真っ直ぐに見つめてくるエデの額に、伯爵は軽い口付けを落とした。


****************
「エデ(heidee)」と言う名は貞節、純潔、無垢という意味だそうですね、素敵な名です。そして赤い薔薇(貞節)、その蕾(純潔)、葉(無垢の美しさ)で花言葉が網羅出来るそこらへんでも素晴らしい名です(笑)。他に薔薇と言えば情熱的な愛系統の花言葉もありますがね。


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 その日エデの部屋を訪ね、ふと壁を見ると…
 鞭が掛かってあった。

■Q. die Qual/試練、責め苦

 多少戸惑ったが微笑を浮かべ、ゆっくりと問題の品を指してエデに訊ねる。
「エデ…。あれは何だ?」
「鞭ですよ。」
 少女は儚げに微笑みながらもはっきりと答える。
 …それは解る、そうじゃなくて…いや違う、私の質問がおかしいのか。
「何故ここに鞭があるのだ?」
「テレザから頂きましたの。」
 テレザ。……ルイジ・ヴァンパの情婦だな。獲物をいたぶる事が趣味のサディスティックな美女だ。
 ルナでの冒険劇で悪役を演じさせた時、男爵がもう少し遅かったらアルベールは間違いなく傷物だっただろう、演技でも何でも手加減が出来ない女だから。私が内心どれ程慌てたかあの少年二人は解っていないに違いない。パリに着てからもヴァンパ一味には復讐の仕込みをある程度任せているし、屋敷に時折出入りしているのも知っている。が、何故にエデへ鞭など贈ったのだろうあの女は。
「鞭がどういう用途で使われているか知っているのか?」
「動物の調教道具、罪人への拷問具、中世の貴族には躾として用いた事もあるとか。テレザはそれを快楽の為に使うと言っておりました。」
 そこまで理解していて掛けてあるのか。呆然とエデの顔を眺め、鞭を眺める。少女がコレを嬉しそうに振るう姿とか全然想像が出来ない。私の想像力が貧困というより、意図的に想像することを止めているのだろう。そんな私の背中にエデがまた説明をかぶせる。
「少し手ほどきを受けたのですが、とても難しくて話にならず、彼女に笑われました。…今度は短い鞭を持ってきてくれると約束して頂きましたの、その服では振るいにくいからと、コルセットも作ってくださるそうですわ。」
 丁重にお断りなさい。服は自分の個性を理解してこそ映えるもので、お前には心底似合わないと思う。首を回る音が聞こえてきそうなくらいゆぅったりとエデに顔だけ向けて、本題に入る。
「何故、鞭の手ほどきなど?」
 すると少女は伯爵を穏やかに見つめながら、ゆっくりと答えた。
「『アンタは受身過ぎるから、いつか伯爵が逃げてしまうよ。体の良いように可愛がられ理屈をつけられ最後には捨てられるんだ。あのデコの怪物にも一度徹底的に痛い目、遭わせてやりな。』と。テレザはわたくしを心配して、わたくしに自己を表現する術を教えようとしたのでしょう。」
 ぼんやりとその説明を反復させる。言葉を紡ぐエデの表情の、何と消え入りそうな事か。
 成る程、テレザの言う事は間違いではない。少女も彼女の言葉が真実だと解っているのだろう。
 宜しい、宜しい。全て解ったよ愛しい子。しかしすまないが巌窟王と私は同じ身体に入っているので『徹底的に痛い目』に遭うのは一緒なのだよ。
「で、お前は私にコレを使いたいのか?」
「まさか、わたくしは使いません。」
 エデは年不相応の決意を滲ませた声で答えた。
「伯爵は本当に心を決めた時、きっとわたくしが何をしようと受け入れて下さらないでしょうから。」
 縛ろうが叩こうが、閉じ込めようが何をしようが、誰も彼を留めて置けないのだ。彼自身ですら。
「貴方の心の中にある鈍く光る刃の鋭さ、冷たさ、そして強靭さ。わたくしは解っているつもりです。」
 伯爵は何も答えない。彼は黙って、姫君の言葉を聞いている。
「この果てにあるものは決して穏やかな幸せではないことも理解しています。それに向かい歩む事が傍目からどんなに痛々しく映るかも。けれどそれで良いのです。わたくしは運命に沿いたいのではなく、貴方に添ってゆきたいのですから。」
 嗚呼。なんというかわいそうな子だろうか。あまりの痛々しさに目を細める。
 14歳。たったの14歳だ。だのにこの悲痛なまでの決意はなんだ。
 不幸は少女を、歪みにすら近い形で大人にしてみせた。でもそれすら、自分と共にあれるのなら不幸ではないと、事ある毎に微笑んで言って来る。それはとても哀しく痛々しい、だからこそ愛おしく、己の愚かさを認めていながら傍らに置くのだろう。
 ありがとう。お前の存在は、お前が考えている以上に私にとってかけがえのないものだよ。
「…それが望みなら、いくらでも側にいるが良い。」
 胸の内に溢れる言葉は口にすると随分素っ気無いものだった。
 しかし少女は、全てを解っているとでも言うように、嬉しそうに微笑むのだ。



「でも折角教わったのですから、ちょっと苦しい事があった時に試しにしてみようかとも思いますね。」
 …そうだな、そのくらいの遊び心は必要だ。だが試しでヒトをしばくものではないぞ。
 伯爵は一層青褪めた顔で微笑み、無言のまま、「止めて」とエデに訴えた。

***********
 伯爵はエデがどんな運命にも負けない子になって欲しいとは思うだけれど、
 彼女にとっては復讐鬼として生きる伯爵こそが「とんでもない運命」なので、
 何と言うか愚かで愛しくて哀れで、せめて強く在って欲しいと考えるけど、
 だからって鞭で男を手懐けるような女にはなって欲しくない複雑な心境。
 …だと、良いな。もうそろそろオフィシャルの原型留めていません(元々☆)

25/07/2006.makure

■L. das Licht 光

 日没間近の美しい黄昏時、鴎が飛びたつ季節。

 海辺が見える人気の無い場所に停められたのは漆黒の車。
 二人乗りの高級車ブガッティ・アトランティック・クーペから降り立ったのは、吸血鬼と見まごう様な恐ろしさと美しさを兼ね揃えた貴族の男。向かえの扉にゆったりと近づきドアを開けてやり手を差し伸べる。それに重ねられる手は、紅梅重ねのエキゾチックな衣装がよく似合う少女のもの。
「ご覧。陽の光は美しいだろう?」
 そう言って男はもう殆ど癖になってしまっている、影の在る微笑みをした。
 時折、何の気紛れか、男は少女を連れて外へ出る。外の光に憧れる心を格別持っている訳ではない少女でも、この時間は好きだった。
 ゆっくりと沈んでゆく陽の何と美しいことか。長く尾を引く薄橙の光が目に眩しい。男は長く美しい手でそっと太陽を指した。
「お前の眼差しにあの天球は答えてくれよう。お前に光を注いでくれよう。」
「…そのわたくしのお隣に居る伯爵には、光が届かないと仰るのですか?」
「いつか話した通り。私の体はもはや人ではなく、心は私自身で錠をかけた。生の賜物も温かさも、ただ無残なものとしてしか受け取れないこの私の上に、あの気高い天球はもはや、光を注いではくれまい。」
 男が言っていることはきっと間違いだが…彼の固定された価値観の中ではその色こそが真実なのだろう。
「……それは、あまりに哀しいと想いませんか。陽の光は等しくあるもの。どうして貴方だけを避けたりするでしょう?今の御自分が見えませんか?ならばわたくしが見たままをお話しましょう。」
 エデは伯爵をまっすぐ見上げて、一つ息をついてから微笑んで話し始めた。
「伯爵。貴方は今、わたくしと共に陽の光の元に居ます。貴方は光に柔らかく彩られて、肌の冷たさは和らぎその影は山吹、髪は蘇芳。過去の貴方の色でしょうか、とてもよくお似合いで…。それは間違いなく、陽の贈り物です。」

 ふ、と目が少し見開き、口が動く。自虐にも似た哀しい笑みだ。
「面白い。一時だけでも、人間に戻れたかのような錯覚を覚えるな。」
「心の錠を開けてくださいませ。後は、貴方の御心次第…。」
 男の顔が淡く歪んだ。エデは哀しい顔を一瞬浮かべて、すぐに仄かな笑みを作る。解っているのだ、お互いを縛る鎖は、心に絡んで喰い込み血を流していることを。抱えた闇は底へ底へと沈んで、もうどうにもならなくなっていることくらい。好んでこの世界に居るんじゃない。ただ、何を見てもこの世界に還ってしまうだけなのだ。暗く冷たい牢獄に、復讐という業火の海に。
「でも…」
 独りは淋しいから。全て、最後は独りになるとしても、今は共に。
 貴方がわたくしを想い陽の元に連れて来て下さるなら、貴方と共に光を浴びましょう。
 貴方が復讐という業火の海に身を投げ入れるなら、貴方と共に罰を甘受しましょう。

 少女は彼の本当の心が、痛みが、苦しみが、痛いほど同調してしまうものだから。
 だから彼を咎めることも光をあてようとも思わず、また思う資格が無いと感じてしまう。
 けれど、この痛みが解るから、彼と共に在れることが赦される気がした、そしてそれだけが望みだった。
「どこに在っても、わたくしの心は永遠に貴方と共に。」


16/03/2006.makure

■K.das Kind 子ども

伯爵の手記より

○月×日。
 フェルナン・モンデゴの犠牲になった、ジャニナの王女を買った。名をエデ、年のころは4つ。共に売られた母親は絶望と憎悪の果てに死んだとのことだ。
 「生き証人」として、復讐の時まで記憶が鮮明か否かの不安はあるが仕方がない。却って幼い子供の方がより残酷に相手を攻撃できるかもしれない。だが復讐はまだ時期ではない、情報も準備も足りない。フェルナンは王妃と王女を売った金と、戦役の英雄として、また何か行動を起こすはずだ。友から教えられた智恵と、目の当たりにしたあの戦乱で、フェルナンの行動はこれで終わらないと思った。奴がここまで全てを利用して、何を始めようというのか。
 しかし、そんなことは問題ではない。機会を息を潜めて待っていよう。奴が最後の最後でという所で、何もかもを奪い去ってみせよう。私も、全てを利用して。

○月×日
 早速問題が起こった。エデは私以外の者を見もしないというのだ。ただただ俯いているだけという。私にも、敬愛と悲しみの目を向けるだけで、声を出すことはしない。まだ、心の傷と折り合いがつかぬらしい。癒すことも乾くことも不可能であろうが、納得しないことには先に進めはしない。

○月×日
 ベルッチオがエデに食事を持って行き続けているが、相変わらず食べないと言う。もう4日にもなる、そろそろ限界だろう。食事以前に、スパタ号にまだ慣れないのか、与えた部屋にも隅でうずくまり何もしない。そのまま塞ぎこまれては困るので、ジャニナの品を数点、部屋に置いてみる。宮殿の品であったという琴は手渡しでくれてやった。少女は目を見開き、琴を握り締め、そのまま、無表情のまま頬に涙を零し続けた。その姿は、実に痛々しい。私はまた静かな怒りを湛えた。
 泣くことすら、素直にできぬというのか、4歳の少女が。子供から表情を消し去る行為に何の意味があるというのだフェルナン。お前には5つの息子がいるのだろう、その子供を通して何も感じないのか。お前は一体どこへ行ってしまったのか、もう私には解らない。いや…解りたくも無い。

○月×日
 私にしか懐かぬのなら仕方がないので、食事と就寝の時は傍にいてやることにした。椅子に座っているだけで、彼女がこちらを向けば微笑むだけなのだが、それだけでも少女は十分らしい。食事もか細いものではあったがとるようになってきた。残った食事は厨房でバティスタンが全て平らげているという、相変わらずな男だ。だが、廃棄するよりは、エデもバティスタンも心持ちが楽であろうから、咎めることは止めておいた。常に食事の時に傍に居てやると、逆に私がいつ食事をとるか不安に思うらしい。こちらを伺うような目線を投げかけてくる。その度、私は持っている薬を取り出し、だから安心するがいいと努めて優しく言い聞かせた。それでも納得しなかったので、また仕方がなく彼女が食事を取っているときは私も一緒に薬を摂取するようになった。
 こちらばかりが妥協していると思うのは気のせいか。

○月×日
 エデが夜中にいきなり泣き出した。言葉は混乱して乱雑なため理解し難いが、ここ数日子供らしくない大人しさであった為、少し安心する。が、あまりに酷いのでなだめようと軽く頭を撫でてやる。こちらを驚いたように見詰めて、感情が抑えきれなくなったようでこちらに抱きついてきた…と思ったらそのまま固まってしまった。
 見るとこの肌のあまりの冷たさに凍えたらしい。慌てて(勿論、眉一つ動かさなかったが)バティスタンに湯を持ってこさせたら熱湯を持ってきた。どうしてこの男はこうもピントが合わないのか。仕方がないので私が湯水の中に腕を突っ込んで程よく冷やし、布を暖めて看病してやる。自分の結晶肌をここまで切なく思ったのは初めてだ。血が通わない身体なので、許してもらいたい。

○月×日
 少女を買ってから数ヶ月、今日は私らしくもなく嬉しい出来事があった。
 エデは最近よく私の後ろをついて回るようになったのだが…私は復讐の計画を練ったり情報を整理したり、友と折り合いをつけているだけで、私の周りにいても楽しいものは何も無いはずなのだが、後ろにいるだけで良いらしい。まるで背後霊だが、不快な気持ちにはならなかった。
 振り向いて眺めるとまっすぐにこちらの瞳を見つめてくる。薄く笑うと笑い返す。それが不思議だったのか、ふとエデの唇が動いた。
「…伯爵?」
 ささいなことだが全身が総毛立つような錯覚を覚えた。始めて私の名前(適当につけた爵位だが)をエデが呼んだのだ。淡いソプラノの声が美しい。前から慕っている素振りは見せていたが同時に恐れていたようであったので、声はか細く、こちらの名前を口にすることはなかったのだから感動して当然だろう。これはあれだろうか、始めて子供にパパと呼ばれるような感動だろうか。違うようにも感じるが一番近い感情はそこだろう。また凍えられたら大変なので抱き締めこそしなかったが、一人なら感動に身を任せるところだ。
 可愛いと思う。実の娘を育てているような錯覚にも陥る。寡黙で表情が乏しいが(私にもアリにも言えるが)、素直で真面目で、美しい魂だ。…運命にもしもなどという言葉は通用しないが、もしも私がエドモンのままで生きていたのなら、メルセデスと共にこの様に子供のささいな行動に一喜一憂したのだろうか?あのままなら私は船長なのだから、滅多に妻と子には会えないだろう。子供は私を慕うか嫌うかどちらかになるだろう…あとは完璧に客扱いされるか、だ。帰ってくる度に未知の世界の話や、物珍しい品を見せながら話せば、子供が少年なら嬉々として慕ってくれるだろうか?と一通り空想してみる。だがこう考えても実におぼろげに霞むだけで何の感情も湧かない。想像以上にイフでの生活は、私から夢想や甘さを消し去っていたらしい。
「いかがなさいました?伯爵。」
 不審に思ったらしいエデが尋ねてくる。ああ可愛い、もうどうでも良いとまで感じた。34歳(友を入れると約1000歳)にもなって何を考えているのだか馬鹿馬鹿しい。

○月×日
 私はあまり温度を感じない体になったのだが、最近は解るようになってきた。エデが普段より私に近づいて来たなら今は暑い、逆に私から離れるなら寒いのだ。正直、解った途端に虚しくなった。子供はなんて素直で正直なのだろう、残酷だ。船内の温度を今までより平均2度上げることに決めた。

○月×日
 必要に迫られて一家総出で宴に出ることになった。皆正装に着替える。エデは普段見慣れている私やベルッチオを物珍しくみた後、普段と全く変わらない姿でいるバティスタンの傍に寄り、じっとアリが出てくるのを待っていた。アリは私が買い取った辺境惑星の者で、人型をしているが人間ではない。それでスーツを着たらどうなるのだろうと少女なりに考えているのだろう…特に足が。アリの足は軟体のまま大きく弧を描いている、靴はどんなのだろうと考えると止まらない気持ちはよく解る。私も彼を死から救ったのは、彼の悲惨な人生を酌んだこともあるが、どちからと言えば気紛れで、更に言うとその姿に少し興味を覚えたからである。僕として甲斐甲斐しく働いている彼にこのことを言ったら流石に不躾というものであろう。
 そう考えているうちにアリがやってきた。格別なんてことのない、普通の正装だった。靴は爪先が軽くめくれている程度である。彼は軟体なので、多少体を曲げたりしても何の不都合ないのだ。
 エデが一瞬つまらなそうな顔をしたのを私は見逃さなかった。
 最近エデはバティスタン達ともうまく行くようになったらしい、良いことだ。

○月×日
 友は私に自由をくれた。智恵と力、それに時間。これで全てを利用し、傷つけ、彼奴らから何もかもを奪って、終わることの無い苦痛を与えるつもりだ。エデもまた、その道具に過ぎないはずなのだ。だが、どうしてだろうか?復讐にこの幼い少女を、私は贄として捧げることを、心の奥底で恐れている。
 友は私の一番近い場所に在って、『私が私でなくなる時』まで、ただ見守ってくれると約束してくれた。モンテ・クリスト伯がモンテ・クリスト伯でなくなる時、それは復讐が完遂された時に他ならない。その時は心も身体も凍りついた魂も、全て友にくれてやろう。契約のままに。だが…
 エデ、お前がこの気持ちに縛られることはない。
 純粋で美しい魂よ、お前はお前の気持ち一つで羽を持てる、何にでもなれるのだ。

 パリに着いたら、今一度問おう。自由を捨ててまで、私についてくるのかと。
 それでも共に歩みたいと言うのなら、もう何も言いはしない。お前の望むようにすれば良い。

 だが私は祈らずにはいられない。
 お前の未来が希望に溢れることを、お前が幸せになれるようにと。

********************
伯爵はマメな男だと勝手に思っています。後、ロマンティストで詩人ですよね。
エデとは父娘で同士で、何よりお互い愛おしい存在であったら良いな…。しかし馬鹿馬鹿しい(笑)


■J.der Jungfrau 乙女

 伯爵が仕事等の為に外出をする時、バティスタンは留守番を言いつけられる方が多かった。
 まぁそっちの方が気楽ではある。
 ベルッチオは伯爵の従者としては古参だし、強面ではあるが自分より百倍礼儀正しい奴だ。アリは正直何だか良く解らんがやはり古参だし、自分より千倍礼儀正しい奴だ(無口で憎めない顔つきだから、勝手にこちらがそう思っているだけかもしれないが)。その二人で事足りる。故に自分を連れて行くなど荒っぽい事がある時くらいか。
 まぁ別にホント気楽なので構いはしないが。
「…。」
 そんな訳で現在も留守番真っ最中だ。地下宮殿に咲き誇る花をボンヤリ見ながら暇を持て余している。
 暇だ。ありえないくらい暇だ。
 かといって今日は別に買出ししたい物はないし、家事をするなど冗談ではない。遊びに行っても構わないが…そこまで考えて、ちらと傍らに居る姫君を見やる。
 花に囲まれ、白雪の肌に翡翠の髪をした気高さ溢れる少女。部屋に居ようが偽りの陽の元に居ようが、琴を片手に佇む姿は変わらない。
 実年齢に不釣合いな大人しさに最初は戸惑ったりもしたが、交流を重ねてゆけば幼さや可愛らしさも確かに存在している事が解る。ただ、そうならない状況に置かれて来て、今も置かれているという事なのだろう。それを可哀想とか不幸だと言うつもりは無い。そんな意見は、優しさですら無いのだから。

「…。」
 彼女は相変わらず穏やかに存在するばかり。作り物、人形と言われていた事を思い出す。
 そんな事は無い、そんな事は無いのに…確かにこの様を見ると、そう考えられても仕方が無い。
 無性にざわつくものを感じて、彼女に声をかける。
「…このコスモス綺麗っすねぇ、ひぃさま。」
 凄い語りかけだ。
 しかし微笑んでゆっくりとこちらを振り向いた姫君が突っこんだのはそこではなかった。
「バティスタン、これはコスモスではなく、マーガレットですよ。」
「げ。」
 失策だ。ただの花と言っておけば良かった。そうすればこんなささやかな恥をかかずに済んだものを。
 固まっているバティスタンに少し声を出して微笑みながら、さりげなくフォローを入れる。
「ここには季節がありませんから、間違えてしまうこともあるでしょう。」
 そうなのだ。この地下宮殿には星図が巡り回ってはいるが、同じところを繰り返すだけで進まない。
 故にこの世界は一番美しい姿のまま、時を淀めて存在する。花もまた同じ。
「じゃあこいつらずーっと飽きずに咲いてるんですね。」
 地下宮殿が綺麗だとは思え、どこか恐ろしいと感じるのは、そのせいかもしれない。
 ただ時折眺めていたら桃源郷のように美しい場所でも、そこでずっと暮らしてゆけば歪みばかりが目につき、優しい光にただ憐憫の情しか抱かず、やがては何も感じなくなってしまうのだろう。
「いつか、必ず枯れてしまいます。偽りでも生きているのなら。」
 姫君はそう言って、沢山の花を茎の部分から手折る。そしてくるくると編み上げる。
「どんなに輝かしいものをそのままにしておきたくても、叶わないことは良く知っていますから」
 出来上がったのは花冠。やがては枯れると解っていながら、ずっとこのままで在りそうな美しさで。
「だからこそ一生懸命に、こんなに美しく咲き誇っているのかもしれませんよ。」
 姫君のささやかな遊び心だろう、それをおもむろにバティスタンに被せようとして手を伸ばした。
 しかし身長差が災いして、頭の上に置くことが叶わず、ぽすりとリーゼントにかかる結果になった。
 黒髪に黄色の花が目立ちまくり、何と言うかコメントに困る可愛らしさがある。お互いに固まってしまった。
「……ごめんなさい。」
 少し目を泳がせて、俯く。手が申し訳なさそうに彷徨っているのが可愛らしい、声も少し震えている。
「笑いたきゃ笑ってもいいんですぜ。」
 とゆーか笑って頂きたい。このままでは自分が居た堪れない。
 ほら、と言わんばかりに肩に手を置くと、姫君は驚いて反射的に相手を見上げる。
 そしてその顔と頭を確認すると、困ったように、面白そうにクスクスと笑い出した。
 それで構わない。あーどうもどうも、とバティスタンも笑い出す。
 しかしあまりにも笑われるので、とうとうその花冠を自ら取り、姫君に被せてやった。
 笑いながら花冠に白い手を添える姫君の姿は、とても可愛く、幸せそうなのに。
 全てが有効期限付きだということが歯痒い。しかもその期限は、もうじき訪れる。

 このままで居れたら良いのにな

 でもそれはきっと出来ない
 停滞を赦されない体、平穏を赦さない心をもった彼女の主人が良しとしないから
 彼女の一番大切なかの人がそれを最も愛し、それを最も憎んでいるから
 嗚呼、このどうしようもない歯痒さをどこにぶつければ良いものか
 彼女?主人?それとも運命?または何も思いつかない自分自身か。
 そこまで思考を回して止めた。元来インテリは苦手だし、答えなんてありやしない。

 自分は復讐劇では裏方だし動機もない。故に時折、彼等が愚かしく見える事すらある
 でも、だからこそこの家で復讐に縛られていない自分が出来ることをしようと思う
 この痛ましい程に気高き姫君の為に
 従者でも騎士でも道化師でも何でも構わない、彼女がその時一番求める立場で
 彼女が深い哀しみに落ちて、涙が止まらなくなるであろうその日まで


 少しでも多く笑っていられるようにと


*******************
 バティさんはどっちかっつーと伯爵よりエデの為にあの家に居る気がしますTV版。
 いや伯爵の事も大事でしょうが、復讐<アリ<伯爵<兄貴<ご飯<<<<<ひぃさまだよね?
 やがては哀しみの先に存在する未来にも、視野を向けて頂くのが希望ですビバ捏造未来。

05/12/2006.makure

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