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うろほろぞ
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6.あなたと共に


「伯爵と一緒に、お昼寝がしたいのです。」

 エデがこの船にやってきてから、一年くらい経ったか。
 髪も長くなり、心を許した者になら表情を見せたりと、日々成長(?)が見られるようになった。慣れて来た証なのか、普段大人しいのに、時折変な申し出を主人にしてくるようにもなった。例えば、こんな感じに。
 ソファに座っていた伯爵は、自分を見上げてくる少女に不思議そうに微笑みながら、
「…何故だ?」
 と質問してみる。最初のうちの脅えとか、怖い夢を見たとかではなく、ただ昼寝に誘われたことは始めてだったので、困惑より好奇心の方が勝ったらしい。
「わたくし、ここに来てから、伯爵がお休みになっているのみたことがないからです。」
 それはそうだろう、自分は寝ることが殆どないのだから。それは教えた筈なのだが…
「伯爵は夜、眠ることが叶わないとおっしゃってましたから、お昼寝なら大丈夫でしょうと。お誘いに来たのです。今度は、わたくしが伯爵にお話を聞かせながら、一緒に寝ましょう?」
 …考え方が幼くて素敵だ。ぱたぱたと一生懸命意見を言う姿も可愛い。
 自分が眠れるとは思わなかったが、付き合ってやる気持ちで頷く。エデは嬉しそうにして、うーんと考えこんだ。昔、母から聞いた物語の中で伯爵の気に入りそうなものを探しているらしい。そして自分のクッションを整えて、伯爵に寄り掛かりながら話し出す。
「こんなお話がありますの。……むかし人間は、よく人間を食べました。」
「…出だしから凄いものだな。」
 何だろう、その素晴らしい衝撃物語は。これから一緒に寝ようという人間に話す物語なのだろうか。そんな雰囲気をちゃんと感じたのか、あら?と言った表情で
「伯爵は、こういう話の方がお好きなのかと思いましたから。」
 苦笑するしかない。自分が時折、復讐鬼としての顔を滲ませるからそんな風に思われるのだろうか… それにしたって、その、何だ。かなり切ない。
「それはお互いが牛に見えるからなのです。ある日、一人のおとこが、やはり牛と間違えて、自分の弟を…」



「……で、人間が人間に見える…草、を…」
 やがて言葉の合間が長くなり、目もふわりふわりと焦点が合わなくなってきた。眠たくて来たのだから、話しているうちに眠たくなってしまったのだろう。頭を撫でてやると今にも夢の世界に行ってしまいそうだ。それに流されまいと、寝ぼけ眼で抗議される。
「お話が、まだ、おわっていないので…す」
「また今度頼もう。だから気にすることは無い。」
「…はい、おやすみなさいませ…」
 素直で可愛い。思考回路もうまく回らないらしい、冷たい手が気持ち良いらしく、柔らかく微笑んで、そのまま眠りに落ちる。その様子に苦笑して…掌に伝わる彼女の体温に懐かしさを、ふと、覚える。
 暖かい。…人としての暖かさ、もう自分にはないものだ。
 頭に不快ではない霧がかかる。浮遊感に近い感覚、久しぶりに眠れるのだろうか。
 無垢なエデに感化される様に寄り添いながら、目を閉じる。穏やかに意識が離れてゆくのを、伯爵は心地良く思った。

*******
エデの話は韓国の童話「ネギを植えた男」から。出だしはショッキングですが、良い話です。


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5.流れ星に願いを


地球から20数光年離れた、星しか無いこの世界を、男はよく訪れました。
その時は宇宙船の音楽も全て止めて、ただただ、その光を見るのです。
少女は彼と一緒に、同じ光を眺めることをしながら、その男の事を考えるのでした。

男の体と心は、もはや男のものではなく、人としての暖かさを持ってはいませんでしたが、
あの光の中では、そんな未来など知りもしないまま、幸せに笑っている人間としての彼が居るのです。
少女は男や自分の悲しい人生を運命なんて言葉で片付けたくはありませんでしたが、この光を見て、
隣にいる男を見ると、男の言う通り、「運命は動かし難い必然」で出来ているのかもしれないと、
少し悲しくなりながら思うのでした。
未来のことが決まっていると思いながらもその実、何も解っていない20数光年先の人々と、
これから光の中の彼らが、どんな運命を辿るか知って眺める、今の自分たちを考えると、思うのです。
運命は予め定められて、抗えないものなのかもしれないと。

少女はひょっとしたらここから更に数光年先に未来の自分が居て、今の自分を眺めているのかもしれないと、
くるりと後ろを振り返ってみました。そこには綺麗な星々が、光の渦を作っているだけなのでした。
少女は流れ星のようなその光をじっと見つめ、そしてゆっくりと視点を戻し、叶わないと想いながらも願うのでした。

光の中のあなたが、どうか幸せに暮らしますよう。あなたの未来が、どうか救いあるものでありますよう。
あなたにはこれから、想像を超える絶望が訪れるでしょう。身も心も凍えるような、深い闇を見るでしょう。
暗く爛れた悲愴と憎悪から這いずり出てきた時、かつて自分を蔑み哂い、過去のものとして斬り捨てるでしょう。
でも、笑顔と幸せを忘れないで下さい。例え人の心は移ろいやすいものでも、その気持ちは確かに在った事を。
その感情は確かに本物だったということを、思い出して下さい。20数年前のあなたの為に祈りましょう。
今のあなたの為に願いましょう。

光の中の男には、周りがとても美しく、当たり前のようなものだから、
宇宙に瞬く星の一つが、まさか男のためだけを思って淡く輝いているなどと、気付くわけもありません。
でも、少女はそれでも構いませんでした。男のために想わずにはいられなかったのですから。
何故なら隣にいる男は、不思議な表情を湛えたまま、切ないくらいまっすぐにその光を見つめるのですから。
強い想いには力があります。それはまじないに変わって男に届き、少しでも彼の闇を照らし、癒せるかもしれません。
それが出来るのならば、少女は何を惜しむでしょうか。

少女はゆるく目を閉じます。そして心の中で、今も呼びかけるのです。

伯爵、わたくしの声が聞こえましたか?今のわたくしの声が聞こえますか? と。


4.お茶会


 柔らかく、湯が流れる音がする。
 クッションの傍らで座り込みながらエデが茶の支度を進めていた。洗練された、何の淀みもなく動くその姿は、思わず見惚れるような美しさだった。

 普段なら茶の支度はベルッチオの役目だった。だから珍しくエデが進んで茶を煎れるというのだから、伯爵は彼女が何か想う所があるのだろうと緩く考えた。やがて慎ましく東洋の湯のみを白魚のような手で差し出される。湯の色は、どこまでも透明な金色。東方宇宙の茶特有の淡く、それでいて濃厚な香りは…伯爵の知らないものであった。
「………これは?」
「桃花茶と言って、古代宇宙での秘茶です。毎年、決められた最高級の桃の実を100日の間干して乾かし、茶の葉と化せしめるのです。」
 ほぅ、と感心したような呟きを一つ。そしてゆらゆらと陶器の湯を揺らす、まるでワインか何かを楽しむように。エデはさり気なく、伯爵のそんな様子を幸せそうに眺める。彼女は飲み物を飲んでいる伯爵がとても好きだった。伯爵はもう眠ることも無く、食事を取ることも無い。人として当然のことが無いということは、とても哀しいことだから。だから、せめて、と。いつも主には「せめて」「せめて」でしか、力にはなれないのだから。

 エデは微笑みながら、目の前の主人に、心の中で呟く。
 あなたの御友人が、これ以上あなたを切り裂きはしないよう。どうか、わたくしの気休めを、お許しください。
 …伯爵、桃花茶には、飲用した者に降りかかるあらゆる不幸を追い払うことが出来るそうですよ?

***********
 伯爵が飲んで消えないかだけ心配です。



3.内緒話し

「それでね、伯爵ったら、やけに見栄張っちゃって、可愛かったんだから!」
 クスクスクス。いかにも楽しそうにペッポはジャニナの茶を口に運びながらお喋りをする。話題は最近、伯爵がモルセール家を訪れた時の話だ。伯爵とベルッチオが出かけたのを良いことに、残りの皆で伯爵の話に花を咲かせているのである。何でも、アルベールとの約束に遅れそうだから慌しく馬車を突っ走って来ただの、いきなり部屋を暗くして登場したいと駄々をこねられただの(照明担当はペッポだったらしい)、皮肉に皮肉で返すだの、フェルナンと微妙に見栄張り大会を慣行しただの、まぁ出るわ出るわ。そして必ず、可愛いわよね、と締めるのだ。
「可愛いって言うのかよ、お前…。」
 優雅な仕草とは程遠い感じで紅茶を啜りながら伯爵のもう一人の家来、バティスタンが呟く。
「やぁねぇ、大人の男って、可愛い所あるのよ~。あんたも頑張ったら?そのままだとお調子者で終わるわよ?」
 話題の運び、悪戯っぽい目、可愛い表情。ペッポはどこからどう見ても女の子なのだが、彼女は何と男性なのだ。バティスタンは正直、伯爵がフランツに向けてついた嘘だろうと思ったのだが、どうにも本当らしい。少しばかり可愛いなと感じていた彼にとってやるせない重いものを背負ってしまい、それ以来どうも…彼女は苦手だ。
 そこまで考えて、ちらとエデを見やる。彼女は穏やかに、しかし楽しそうにペッポの話に耳を傾けていた。誰かから聞く伯爵の話がそんなに嬉しいものなのだろうか。相槌を打ち、笑い、そしてたまに先を促す。小悪魔っぽい活動的なペッポと、気高く大人しいエデでこんなに盛り上がるとは意外だった。良い友達になれるのかもしれない…などと、もうペッポが女の子であるように考えてしまっている自分に対して呆れ返る。
「エデも来れば良かったのに。あんなにお留守番してたら退屈だったでしょう?」
「はぁ!?ひい様、お留守番だったんですかい!?」
「ええ…。」
 ちょっと待て、話では伯爵は子供達と茶を飲み、アルベールにモルセール家を紹介され、家族と晩餐をして、更に元婚約者と語ったというのだ。その間ずっとこの少女を待たせたというのか。ベルッチオも待機組だったが、彼は馬車の運転の任務があったから良い、エデには何の用もないまま、憎い男の家庭に置いていたというのが解せない。
「そりゃあねえだろう!?何も用がないのなら俺たちと一緒に屋敷に来れば良かったじゃねぇスか!?ひい様が可哀想ってもんだ!」
 自分は伯爵に忠誠を誓っているし、一生仕えてゆく覚悟もある。だがエデの扱いだけはバティスタンの解らない世界だった。大切なら大切にすれば良い、でも何で、ここ一番ってところで扱いが荒いのだろう?伯爵なりの複雑な心境があるのだろうが、それでも、辛いものがあった。そこだけが主人への不服なところなのだ。
「わたくしは、伯爵の傍に居ることが幸せなのですよ?」
 エデはそんなバティスタンを咎めることもなく、柔らかく微笑んで諭す。ああ、こんな良い姫君なのに、伯爵の馬鹿。それとも主人と奴隷だからこれで良いのか。無性に腹が立ってしまう、茶で酔っ払ったのか、ここに伯爵がいないからか、思わず暴言が出てしまう。
「ひい様も言わなきゃいけませんよ!何で置いていくんですか伯爵の馬鹿とか、乙女心が解らんとか、ゴーイングマイウェイ過ぎですよとか、置いてくならちゃんと理由言ってくださいとか、そんなぞんざいに扱うとワタシ出て行きますよとか!伯爵は言わなきゃ解らない石頭な所があるからー……」
 二人の目線が自分からやや上に向けられたことに気付いて喋るのを止める。…心なしか、後ろが寒い。
「ほぅ?それはそれは、痛み入る言葉だな。」

 低い夜闇の声が響く。バティスタンは体中で絶叫した。軋む音が聞こえてきそうなくらいぎごちなーく首を回すと、この世のものとは思えない美しい微笑を湛えながらモンテ・クリスト伯が佇んでいた。目が全然笑っていないのが怖い。
「…私はパリに来てすぐ、あの男などにエデを会わせたくないから、暫く待ってもらっただけなのだが?」
「あら伯爵?お帰りなさいませ☆」
「お帰りなさいませ、伯爵。」
「……いえ…あー…っ。」
 この様子だと全部聞かれていただろう。いつから帰って来たんだ、タイミングが良すぎる。よもやずーっと前から扉の方にスタンバイしていたんじゃなかろうか。ありえそうで怖いなどとガクガク考える、自分の体も震えている。伯爵はそれを面白そうに眺めている…が、勿論目は笑っていない。ゆっくりと手を伸ばし、家来の肩に触れると、それだけでバティスタンは大きく跳ねた。
「伯爵、わたくし…。」
 何か言いかけたエデに目くばせをして、片方の手で静かに、というポーズを取る。
「安心しなさいエデ。私が仕置きなどという無意味なことをするわけないだろう?バティスタンは純粋にお前を心配しただけに過ぎないのだから。ただ、少し剣の稽古に付き合って貰うだけさ。」
 聞いてもいないのに『仕置き』なんて言葉が飛び出している。バティスタンの顔が伯爵と張り合えそうなほど青くなった。
「手加減はするな?バティスタン?」
 低い声で優しく囁き、にっこりと何の淀みも無い極上の笑みで家来をの目を見る…の割に手が家来の肩を鷲掴みしているために表情と仕草が合わない。何か怖い。
「や…す、すみませんでした伯爵!!勘弁して下せぇって!うわ!おっかねぇ!!ぎゃあああああ……ッ!!」
 その不思議な体制のまま主に引きずられエデの部屋を後にするバティスタン。情けない断末魔の叫びをお茶を片手に聞きながら見送る。やがて完全に聞こえなくなったところで二人顔を見合わせ、苦笑する。
「…こりゃ間違いなくお仕置きだわね。うーん、伯爵のようなタイプは怖いわ~、純粋さがねじくれまがっているから。」
 伯爵の姿が見えなくなってから、ペロっと舌を出してそんな事を言う。要領の良い子だ、バティスタンと違う。
「わたくし…傷の手当ての準備をしたほうが良いでしょうか?」
「そうかしら?何も動かない方が良いと思うわ。伯爵のただの嫉妬でしょ?あなたがそれほど大切ってことよ。素敵じゃない。」
 その言葉を聞いて、まずきょとんとし、ハっとして、最後に白い頬がみるみる赤く染まる。ペッポはこの微妙な二人が可笑しいらしく、またクスクスと笑う。何故だか幸せそうだった。
「まったく、可愛いわよね。」


2.伝えたいこと
(エデ7歳くらいで宜しくお願いします。慣れて来た子エデって事で。)

 それはファラオン号が中継ステーションから離れ、再び星の海に乗り出したときだった。
 ふわりと一瞬体が浮かぶような錯覚、次には外の世界は完全に暗闇と星だけになる。淡い光を放つ柱はその色を濃くし、豪華で美しい東洋的な船室は、一層幻想的な色合いを増す。船が動き出したのだと、幼い少女は思った。外を眺めていなければ、とても今自分が宇宙船に乗っているとは思えない。その考えは今でも変わらない。

「エデ。」
 主から声をかけられた。どこか悲しげな微笑で少女を見つめている。エデはそれが幸せでもあり、また切なくもあった。東方宇宙の着物に身を包んだ主人は、窓を目で差し「あれをご覧。」と優しく言った。そこには白を基調とした美しい星々の大河が横たわっていた。あまりの美しさに、エデは感嘆の声を小さく上げる。
「古代東洋で“天の川”と呼ばれていたものだ。知っているか?」
「はい。私の国にもその名と伝説がありました。ですが、こんなに間近で見たことはありませんでした。とても、とても美しいものですね…。」

 音も無い世界、絹色の闇が支配する世界。二人は黙ってその天の川を眺めていた。

「伯爵はわたくしに幸せになって欲しいのですか?」
 エデは小さく質問する。伯爵に届いたようだが、彼はゆっくりと目を伏せただけで、何も言わなかった。たとえ一時エデを絶望の淵から救ったのが自分とはいえ、再び更なる絶望に彼女を放り投げるのもまた自分なのだ。だから答えない、だから目を伏せるしかない。エデもそれを全て理解するにはまだ幼すぎたが、伯爵が自分を想っていることだけは感じることが出来た。だからこんな質問をして、答えがないのは肯定の意だと理解し、可憐な花のように微笑む。大人びた笑み、だがそれは無理して作られたものではない、だからこそ不思議に気高く美しく、見る者を惹きつける微笑だった。
「伯爵が幸せになって下されば、わたくしはもっと幸せです。」
 二人は雑談をすることなどは滅多になかった。傍に居れれば良いのだ。だから唐突に見える会話も、彼等の間では普通なものだった。
「伯爵が幸せなら、皆も、わたくしも、幸せなのですよ。」
 …やがて根負けしたように主が溜息を一つ零す。心地良い諦めの色が滲んでいた。愛し子の頭にそっと手を当て撫でてやる。少女は背が少し伸びていた、成長しているのだ。

 想いや幸せなど復讐の刃を鈍らせるだけ。それが解っているから斬り捨てて生きてゆこうとしている反面、それを望み、湾曲した形で求めている自分に呆れてしまう。そして居るだけでそれを望むまま与えてくれる、家来やこの少女が本当に大切な存在だった。
 いずれその想いすら打ち壊し、彼等に破滅と絶望を与えてしまう事が解っていても、救われないような別れをすることが解っていても。今は、せめて今だけは、彼等と少女の幸せを願ってやりたかった。そう思って出てきた声色はこれ以上ないくらい穏やかなもので、伯爵は心の中で驚いた。
「お前がそう思ってくれるという幸せがあるのに、これ以上どうやって幸せになれと?」

 途端、エデの頭の中が目を覚ました。伯爵が自分に対し幸せについて意見を求めている。これは…良い機会かもしれない。エデは少し前からずっと考えていた“お願い”を、主に対して進言する。
「ではベルッチオの料理を食べて下さいませ。」
「…ほぉ。」
 想像しなかった事を言われ、弛緩した思考も手伝い、多少間の抜けた声が漏れてしまった。しかし愛し子は真剣そのもので、具体案まで考えている。
「まずは皆で晩餐を囲みましょう、それに慣れたら朝起きたときに軽く食べるようにして、仕上げにその真ん中にまた食べる習慣をつけたら良いのです。」
 エデの持論で、薬が喉を通るなら、頑張れば食事だって通るはずとゆうのがあるらしい。それはありえないのだと自分の体について説明するのは、この幼い子には残酷であろうとためらわれて…そうなると、やはり苦笑するしかないのだ。
「伯爵はご存知ないかもしれませんが…ベルッチオが食事を下げ厨房に行くと、溜息を一つ、とてもやるせないのをつくのですって。わたくしバティスタンから聞きました。」
 あの家来は本当にどうしようもない話題しか少女にしないらしい。
「機会があれば厨房を覗いて下さいませ、これもバティスタンから聞いたのですが、いつもベルッチオは料理を作るときにお願いごとをするんだそうですよ。」
 あの屈強な男がお願いごと…いや差別する気は無いが、凄いメルヘンタッチで全然想像が出来ない、どんな光景だ、それは。伯爵が苦笑の表情のままで固まっていると、エデは「よろしければ今日一緒に覗いてみましょう。」と言ってきた。普段は大人しいのだが、やろうと決めたら聞かない子だとは知っていたので、小さい手に引っ張られながら、お忍びよろしく、ベルッチオが厨房に入るのを見計らって一緒に覗く。

「ベルッチオがいますよ伯爵、静かにしていましょうね。」
 エデはとても楽しそうだ。いくら大人びているといったって幼子には違いない、わくわくしているのだろう。伯爵としてもベルッチオが料理を作っている所なんて見たことがないので珍しいと言えばそうなのだが…。
 ベルッチオはてきぱきと5人分の晩餐を作っているらしい。格別怪しいことはないが、包丁で食材を切っている時に何かブツブツ言っている。包丁の小気味良い音でうまく聞こえないが、伯爵の聞こえが良い耳にはきちんと届いたようだった。

『食料廃棄が今日こそ一人分なくなりますように』

「………。」
 伯爵はゆるりと隣にいるエデに顔を向ける。エデには残念ながら“お願いごと”を聞き取れなかったが、伯爵の表情で察しがついたようだった。
「ね。伯爵に食事をしてほしいと、お願いごとしていましたでしょう。」
 自分の予想が当たったことでほんのり喜ぶ幼い少女の隣で、伯爵は青白い顔を一層青白くして微笑んだ。
「…今日くらいは善処しよう。」
 主の精一杯の譲歩を聞いて、エデは普段通り控えめではあったが、嬉しさで顔を輝かせた。

******

『得意分野はマーシャルアーツ(て何?)と料理!!しかし主人は食事しません!!』
…これは絶対切ないって…涙出るって。敬愛する主に得意なもので貢献出来ないって。
しかも本編でメルセデスのブイヤベースは食べたと言うんだから、悲劇性拡大!(笑)
頑張れエデ、伯爵は君には少し弱い筈だ。伯爵に強く進言できるのはアルと君くらいだ!

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