「が、ガラシャ様っ!」
突然大声で呼ぶ蘭丸に驚いて、ガラシャはびくりと面を上げた。
「な、なんじゃ、いきなり・・・。驚くではないか」
「も、申し訳ございません・・・。
ですが、その・・・、ついでですから、もう一ヶ所、ガラシャ様に癒してもらいたいところがあって・・・」
恥ずかしそうに言葉を続ける蘭丸を見て、なんだそんなことかと思いながら、
ガラシャは一旦外した腕輪を片方だけつけた。
「構わぬぞ。今日はそちには・・・、本当に世話になってしまったからのう。申してみい」
「で、では遠慮なく・・・」
蘭丸が何故か腕輪をつけている方とは反対の腕を、傷む部分に誘導する。
───そこは、彼の左胸だった。
「・・・?特に傷はないようじゃが・・・」
訝しがるガラシャに、触れている腕から蘭丸の激しい心音がどくどくと聞こえてくる。
「・・・えっ・・・?」
その感覚に、ガラシャは震えるような何かを感じたような気がした。
「・・・ガラシャ様・・・」
「な、なんじゃ・・・」
左胸に当てた彼女の手を握り締めながら、彼はそっと彼女の近くへと寄ってくる。
「痛いのです、ここが。貴女様を見る度に、想う度にずきずきと疼くのです。
今日もこちらに参られると聞いてすごくすごく蘭は嬉しくて・・・、嬉しくて、胸が痛むのです」
ちゃり、と外れたままのサスペンダーが音を立てる。
頬を赤くして切実に訴えてくる彼に、ガラシャは目眩を覚えそうだった。
───なんてことだ。あんなににっくき敵だったのに。
逃げられず、逃げたいとも思えず。気づけば組伏され、蘭丸の顔が真上にあった。
「無理にとは申しません、けれど、・・・ずっとずっと、お慕い申しておりました・・・。
光秀様から聞く貴女様のお話が、楽しみで仕方がありませんでした・・・。
初めて会った時から、蘭はずっと貴女様を見るたびに、想う度に胸を痛めておりました・・・!」
訴えるかのように切々と言葉を紡ぐ蘭丸に、ガラシャの胸はぎゅうと締め付けられる。
これが彼の感じている痛みなのだろうかと、ふと彼女は思った。
「私は・・・、そちのことが憎くてたまらなかった。父上を取られてしまったような気がして・・・。
でも、・・・でもどうして・・・?今は私も胸が痛む・・・。」
泣き出しそうなくらいに顔を歪ませて、蘭丸はガラシャのか細い体を思い切りぎゅうと抱きしめた。
「・・・ん、んっ・・・」
余りの力強さに息が止まる思いをしながらもガラシャはそれがとても嬉しくて、
やはりありったけの力で彼を抱きしめる。
細くて、少し硬い体。男なのだと、改めて実感する。
しばらく上に下にと体勢を変えながらお互いの体を抱き寄せた後、蘭丸が躊躇いがちにガラシャに尋ねた。
「あ、あの、・・・唇を重ねても、良いですか・・・?」
「む・・・、ぅふ・・・、ぅ・・・」
押し付けられるように唇を重ねられ、
ガラシャは多分に息苦しさを覚えながらも、必死で蘭丸に答えた。
乱れた髪からは頭飾りが外れ、赤い髪があちらこちらへと遊んでいた。
そのうちに開いた口の隙間から舌を差し込まれ、ガラシャの体がびくりと跳ねる。
「んふ、む・・・ぅ!」
カチカチと音を立てて当たる歯が、ゆるりと舐められる口内が、彼女体に徐々に熱を与えていった。
ぴちゃぴちゃと音を立てる互いの唇がどうにもいやらしい。
やがて互いに空気がどうしても必要だとなったときに、やっと彼らは唇を離した。
「・・・っぷ・・・はぁ・・・っ!!」
お互い息を荒げながら、必死に新鮮な空気を肺に流し込む。
「はぁ・・・ぁ・・・、も、申し訳ございません、無理をさせてしまって」
顔を赤くして涙を滲ませているガラシャを見て、蘭丸は済まなそうに頬を撫でた。
「あ、あの、初めてだったので・・・。・・・言い訳にもなりませんが・・・」
少々情けない顔をしながら蘭丸が再度彼女を抱きしめる。
ガラシャは彼の背中をゆっくりさすりながら、構わぬよと笑った。
「・・・胸の痛み、少しは収まったか?」
蘭丸の耳元で、彼女が呟く。
「収まったというよりも、緊張しすぎて心の臓が飛び出しそうです」
同じく顔を赤くしながら、蘭丸が困ったように笑った。
「私は・・・、もっともっと胸が痛くなった。」
再びぎゅっと彼の体を抱きしめて、ガラシャは熱に浮かされたようにそう囁く。
「が、ガラシャ様、」
「のう、蘭丸・・・」
一旦体を離し、起き上がって彼女は彼の顔を見据える。
そして胸元の赤いリボンを、自分からしゅるりと解いた。きっちりと閉じていた胸元が、
少しだけ緩くなって白い喉元が顔を出す。
「私の胸の痛みを治すことが出来るのは、きっと、・・・いや、ただ一人、そちだけじゃ。
斯様に幼い体ではそちにとって不足なのかもしれぬが・・・」
「滅相も御座いません、ガラシャ様!」
皆まで言わせず蘭丸が声を上げる。
「私にとって貴女様は・・・。・・・その、憧れていた、大切な人だから」
膝をついてにじり寄り、そっと少女を抱きしめる。
「お願いです、ガラシャ様の全てを・・・、蘭にお見せください」
「・・・うん」
本当に小声で、ガラシャはそれだけ言った。
それはもし見る人が見れば、ある種の禁忌を感じるのかもしれない。
年端もいかない、美しい少年少女が西洋人形のような服を脱がしあい、
そして伸びきっていないほっそりとした肢体をぎこちなく、しかし激しく絡ませる。
どことなく倒錯的な二人の秘め事は、初夏の輝かしい太陽から隠れた部屋の陰の一室で
ひっそりと、しかし熱を持って続けられていた。
どうやって脱がしたら良いのか分からないガラシャのドレスを、蘭丸は苦心しながらもなんとか剥いてゆく。
見たこともない女体と触れたこともないそれの感触に胸を焦がしながら、
必死に彼女の服に手をかけていく彼を、ガラシャは期待と不安の表情で黙って見つめていた。
やがて最後の衣類を手間をかけながらも慌しく脱がせると、そこから白く柔らかいガラシャの肢体が浮かび上がった。
蘭丸は初めて見る女子の体を食い入るようにじっと見つめた。
反対にガラシャは、恥ずかしさに頬を染めて目を瞑る。
薄く肉がついた彼女の体は、未発達だがそれがまた儚げな魅力を醸し出している。
幼い乳房の真ん中には、薄桃色の頂きが控えめに色づいていた。
ただ好奇心で、蘭丸は不躾に二つの乳房をぎゅうと握ってみる。
「や・・・痛・・・!」
閉じていた目を見開いて、ガラシャが呻くように声を上げた。
「も、申し訳ございません!」
慌てて手を離し、今度はそっと掌で包んでみる。
外側は柔らかくふにふにしていて、内側は少し硬いしこりがあるように感じられた。
「・・・柔らかい」
蘭丸は乳房の少し温かくすべすべしている肌触りとその肉感に感動しながら、恐る恐る、しかし何度も掌で撫で回した。
「ぁ・・・や、・・・な、何かこそばゆい様な・・・、へ、変な感じがするのじゃ・・・」
一方でガラシャは、彼の掌に時々触れる先端に妙な感覚を覚えていた。
手や指が通り過ぎる度に、びくりと小さく体を震わせる。
それに気づいた蘭丸は掌で乳房を揉みしだきながら、指先で先端をくりくりと押さえた。
「ひゃっ・・・!?ん・・・ぁ・・・、ふ・・・」
むずがゆいような気持ち良さを感じて、ガラシャは戸惑いながら声を上げる。
その様子を見ながら蘭丸は、今度は胸元にちゅ、と口付け、先端を舌先でゆっくりと舐めあげた。
「んやあっ、や・・・、な、なに・・・、ぁ・・・!」
そんなガラシャに心奪われ、彼は激しく乳房に唇を落とす。
片方を指先で捏ね繰り回し、もう片方を唇と舌で吸ったり舐めたり、
あるいは優しく噛み付いたりすると、彼女は困ったように身を捩じらせた。
「いぁ・・・っ、ふ・・・ん、ぁあっ、か、噛んだら、駄目・・・!」
ちりちりと体の奥底に火花を散らされているような快感を覚えながら、ガラシャは必死で声を上げた。
更に蘭丸は首筋を舐め上げ、鎖骨に舌を這わせガラシャの体を堪能する。
「ら、蘭丸に・・・、食べられてしまいそうじゃな・・・」
息も絶え絶えに苦笑しながらガラシャが言うと、
「私はこれからガラシャ様をいただいてしまうのですよ」
と彼は笑って、再度彼女に強い接吻をした。
喘ぐガラシャに気を使いながら、蘭丸は手を少しずつ下に持っていき、秘部へ触れようと試みる。
すると意外にもあまり抵抗なく、彼女の両足はするりと彼の手を通してくれた。
見ることが出来ないので、太ももを撫でていた手を確認するように少しずつ上に持っていくと、
いきなりぬめっとした感触が指先に触れる。
「うわっ!」
これには蘭丸が驚いて、思わず声を上げてしまった。
「す・・・、すまぬ、あの、・・・ら、蘭丸・・・」
涙目になってあたふたとするガラシャを見て、傷つけてしまったような気がした蘭丸は、慌てて声を上げた。
「いえ、あの、私も初めてですから、その色々と驚くことも多くて・・・。・・・すいません。」
言って恥ずかしそうに目を伏せる。
「・・・でも、こうなっているということは、気持ちが良いということなのですよね?」
ぬるぬるとしているそこを探索するように指でにちにちと触れながら、彼は確認するように彼女を見上げた。
「こ、これが、気持ち良いというのかは・・・、私も初めてだから分からんのじゃが・・・」
困ったように彼を見返して、ガラシャは蘭丸の空いている手を自分の下腹部にそっと置いた。
「・・・ここら辺の中の方が、疼く様な、じりじりと炙られているような気になってしまう・・・」
無邪気に伝えてくるそんな彼女を愛しく思って、蘭丸は彼女の名を呼んで何度も何度も抱きしめた。
ガラシャもそれが嬉しくて、彼の頬に自分の頬を満足そうに摺り寄せる。
ひとしきりそうやって互いの体温を感じた後、蘭丸は恐る恐るガラシャに尋ねた。
「あの・・・、蘭は何度も言うように初めてにございますから、
ガラシャ様にはつらい思いをさせてしまうかもしれません。
それでも懸命に励みます故・・・、・・・よ、宜しいですか?」
必死の様相で睨み付ける様に見てくる蘭丸を可愛らしく思いながら、
ガラシャは満面の笑みを浮かべて顔を縦に振った。
「・・・それでは、参りますね」
ズボンを脱ぎ、下穿きを取って全裸になった蘭丸は、
すっかり膨張しきったそれをそっと、ガラシャの蜜壷の入り口に押し当てた。
「ひ・・・!?ゃぁああああああっ・・・!!」
それまで感じていた甘ったるい疼きとは全く違う、
ただただ自分を引き裂くように進入してくる異物に、ガラシャは痛みを覚えて悲鳴を上げた。
堪える余裕もなく涙を零して、縋る様に蘭丸の背中を必死で抱きしめる。
「ぁう・・・、申し訳ございません・・・!」
反対に蘭丸は、蜜壷の肉圧にこれまでにない、初めての快感を覚えていた。
それでもガラシャを少しでも苦しめないようにと、あくまでじりじりと自身を埋め込んでいく。
それは数分にも満たない時間だったが、二人にとっては恐ろしく長い時間。
「・・・これで、全部です・・・」
脂汗で額に張り付くガラシャの前髪をそっと掻き分けて、蘭丸は喘ぐように言ってガラシャに笑いかけた。
「ふ・・・ぁ・・・。き、きついものじゃのう・・・」
苦しそうにしながらもなんとか笑みを返そうとする彼女が痛々しくて、蘭丸は何度もガラシャの唇に口を寄せた。
そして少しずつ、動かしていく。
「きゃ・・・、ひん!やっ!あぅっ!」
擦れる度に激痛を感じ、奥を突かれる度にほんの少しの快楽を感じながら、
自分の体に夢中になる蘭丸を、ガラシャは離れないようにぎゅっと抱きしめる。
それに答えるように、蘭丸の腰使いは少しずつ激しさを帯びていった。
「いぁ、んっ、ら、蘭丸、・・・お、奥が・・・、きもち、いいかも・・・!」
余りに必死で返事が出来ない蘭丸は、腰をどっぷりとガラシャに打ち付けることでその要望に答えた。
「あっ・・・!ぁ、んはっ、ん、ら、んまる・・・!」
「・・・ふ・・・ぅ、ガラシャさ、ま・・・!」
まじないの様に二人とも互いの名を呼び続けながら、次第に高みへと昇っていく。
やがて蘭丸の腰使いが一層激しくなると、ガラシャは甘い声を上げながら身悶えた。
「やぁ・・・!蘭丸、奥が、・・・奥が気持ちいいのじゃ・・・!!」
「は・・・っ、ん、ガラシャ様・・・!」
「んやっ、はぅ!ああっ・・・!す・・・ご・・・!」
痺れる様な快感に酔いしれるようになった頃、蘭丸が困ったように鳴いた。
「すいませ・・・、も、もう気持ちよくて・・・」
「ふぁ・・・?なに・・・・・・、・・・っひゃあっ!」
顔を真っ赤にして、切なく口を開けながら彼はガラシャの中に自分の精を注ぎ込む。
生暖かい感触と、びくびくと震える彼のものをガラシャは感じとった。
「ぁ・・・、ガラシャ様・・・。申し訳ございません・・・」
今日何度も口にしている謝罪を述べながら、蘭丸は彼女の胸に顔を埋めた。
優しい気持ちになりながら、ガラシャはそんな彼の頭を宥める様に何度も撫でてやる。
気持ちよさそうにまどろむ蘭丸を見ながら次第にガラシャも眠くなり、二人は繋がったまま眠りに落ちていくのだった。
「で、結局信長んとこへの訪問は滞りなく済んだのかね」
「まあ、な・・・」
数日後の同じ場所で落ち合ったガラシャと孫市は、先日話し合った信長へのお礼訪問の話になっていた。
今日のガラシャは落ち着いた赤を表立たせたいつもより少し派手目の装いだったが、
子供っぽく見えることもなく、艶やかな雰囲気に仕上がっていた。
少しばかりガラシャを心配していた孫市は、予想外のガラシャの反応に肩透かしを食らったような気になってしまう。
「あんなに蘭丸のことを気にしてたってのに意外だな。
・・・もしかして話してみたら予想外にいい男だったもんで、仲良くなっちまったりしたのか?」
「べ、別にそういうわけではないが・・・、・・・まぁ、色々分かった気がする・・・」
言いにくそうに眉をしかめながら、孫市の顔を見ずに返事をするガラシャに、彼はどことなく寂しさを感じてしまう。
「ふぅん?まっ、仲良きことは良きことかな、ってな。下手に険悪な関係よりかは、良かったのかもしんねーな」
「そうかもしれぬのう・・・」
上の空で返事をし続けるガラシャにいい加減苛立ちを覚え、何かを言おうとしたときに、
突然彼女は孫市を真剣な表情で見つめてきた。
「孫市・・・」
「な、なんだ?いきなり真面目な顔しやがって」
言われて少し顔に憂いを見せながら、それでもガラシャは彼を見つめた。
(・・・なんだぁ?こりゃ・・・)
彼はそんな彼女の表情に、幼くも妙な色気を感じ取ってどきりとしてしまう。
「怪我も病気もしておらぬが、私は最近いつも胸を痛めてしまう・・・」
自分の胸元にそっと手を置いて、ガラシャは伏し目がちに呟いた。
その淑やかな仕草に、孫市は思わず唾を飲んで見つめることしか出来ない。
「そちも、このように胸を痛めることがあるのか?どうしたら、独りでこの痛みを和らげることができると思うか?」
縋るような目つきで見てくる彼女から目を逸らして、こりゃ骨抜きだと彼は心の中で舌を巻いた。
「どーしようもねーだろ。・・・そういうことは張本人に聞いてみるこったな」
いまいち曖昧な答えに的を得なかった彼女は、釈然としない顔でありながらもとりあえず相槌を打った。
それから数分話した後自分の理性に危険を感じてしまった孫市は、
用があるからなどと適当に言葉を並べ立て、逃げるようにして里へと馬を走らせた。
(──あんな餓鬼まで女にしちまうたぁ、織田家の魔性ってのはつくづく恐えもんだ)
半ば何かに呆れながら、孫市は胸中で嘆息して独りごちる。
「あー、でも、俺が教えてやるってのも有りだったよなぁ、絶対」
ちょっとだけ悔しそうに呟いた声もすぐに風と共に消え去って。
蝉の鳴き声が本格的な夏の到来を告げるように忙しなく鳴き続ける、そんな夏の午後だった。
最後の小話のラストは
「蝉たちが本格的な夏の到来を告げるようにして忙しなく鳴き続ける、そんな夏の午後だった。」
が正しい表記であります。すませんorz
注意点に入れるの忘れてた・・・。
つガラシャが過度にゴスロリですorz
ガラシャを見た瞬間にゴスロリだ!と思ったために、
ガラシャの心情などを表すことが出来るような色のかわいいゴスロリ服(脳内)を着せてみました・・・。
萌えてくれれば幸いかと。
光秀の娘っちゅーことで蘭丸と接点ありそうだなと思ったのと、
二人ならなんか若いエロさがでそうと思って書きました。
以前投下したのも蘭丸メインだったのでそろそろ他キャラ書きたいです。
読んでくださった方はどうもでした。
名無しに戻りますノシ
突然大声で呼ぶ蘭丸に驚いて、ガラシャはびくりと面を上げた。
「な、なんじゃ、いきなり・・・。驚くではないか」
「も、申し訳ございません・・・。
ですが、その・・・、ついでですから、もう一ヶ所、ガラシャ様に癒してもらいたいところがあって・・・」
恥ずかしそうに言葉を続ける蘭丸を見て、なんだそんなことかと思いながら、
ガラシャは一旦外した腕輪を片方だけつけた。
「構わぬぞ。今日はそちには・・・、本当に世話になってしまったからのう。申してみい」
「で、では遠慮なく・・・」
蘭丸が何故か腕輪をつけている方とは反対の腕を、傷む部分に誘導する。
───そこは、彼の左胸だった。
「・・・?特に傷はないようじゃが・・・」
訝しがるガラシャに、触れている腕から蘭丸の激しい心音がどくどくと聞こえてくる。
「・・・えっ・・・?」
その感覚に、ガラシャは震えるような何かを感じたような気がした。
「・・・ガラシャ様・・・」
「な、なんじゃ・・・」
左胸に当てた彼女の手を握り締めながら、彼はそっと彼女の近くへと寄ってくる。
「痛いのです、ここが。貴女様を見る度に、想う度にずきずきと疼くのです。
今日もこちらに参られると聞いてすごくすごく蘭は嬉しくて・・・、嬉しくて、胸が痛むのです」
ちゃり、と外れたままのサスペンダーが音を立てる。
頬を赤くして切実に訴えてくる彼に、ガラシャは目眩を覚えそうだった。
───なんてことだ。あんなににっくき敵だったのに。
逃げられず、逃げたいとも思えず。気づけば組伏され、蘭丸の顔が真上にあった。
「無理にとは申しません、けれど、・・・ずっとずっと、お慕い申しておりました・・・。
光秀様から聞く貴女様のお話が、楽しみで仕方がありませんでした・・・。
初めて会った時から、蘭はずっと貴女様を見るたびに、想う度に胸を痛めておりました・・・!」
訴えるかのように切々と言葉を紡ぐ蘭丸に、ガラシャの胸はぎゅうと締め付けられる。
これが彼の感じている痛みなのだろうかと、ふと彼女は思った。
「私は・・・、そちのことが憎くてたまらなかった。父上を取られてしまったような気がして・・・。
でも、・・・でもどうして・・・?今は私も胸が痛む・・・。」
泣き出しそうなくらいに顔を歪ませて、蘭丸はガラシャのか細い体を思い切りぎゅうと抱きしめた。
「・・・ん、んっ・・・」
余りの力強さに息が止まる思いをしながらもガラシャはそれがとても嬉しくて、
やはりありったけの力で彼を抱きしめる。
細くて、少し硬い体。男なのだと、改めて実感する。
しばらく上に下にと体勢を変えながらお互いの体を抱き寄せた後、蘭丸が躊躇いがちにガラシャに尋ねた。
「あ、あの、・・・唇を重ねても、良いですか・・・?」
「む・・・、ぅふ・・・、ぅ・・・」
押し付けられるように唇を重ねられ、
ガラシャは多分に息苦しさを覚えながらも、必死で蘭丸に答えた。
乱れた髪からは頭飾りが外れ、赤い髪があちらこちらへと遊んでいた。
そのうちに開いた口の隙間から舌を差し込まれ、ガラシャの体がびくりと跳ねる。
「んふ、む・・・ぅ!」
カチカチと音を立てて当たる歯が、ゆるりと舐められる口内が、彼女体に徐々に熱を与えていった。
ぴちゃぴちゃと音を立てる互いの唇がどうにもいやらしい。
やがて互いに空気がどうしても必要だとなったときに、やっと彼らは唇を離した。
「・・・っぷ・・・はぁ・・・っ!!」
お互い息を荒げながら、必死に新鮮な空気を肺に流し込む。
「はぁ・・・ぁ・・・、も、申し訳ございません、無理をさせてしまって」
顔を赤くして涙を滲ませているガラシャを見て、蘭丸は済まなそうに頬を撫でた。
「あ、あの、初めてだったので・・・。・・・言い訳にもなりませんが・・・」
少々情けない顔をしながら蘭丸が再度彼女を抱きしめる。
ガラシャは彼の背中をゆっくりさすりながら、構わぬよと笑った。
「・・・胸の痛み、少しは収まったか?」
蘭丸の耳元で、彼女が呟く。
「収まったというよりも、緊張しすぎて心の臓が飛び出しそうです」
同じく顔を赤くしながら、蘭丸が困ったように笑った。
「私は・・・、もっともっと胸が痛くなった。」
再びぎゅっと彼の体を抱きしめて、ガラシャは熱に浮かされたようにそう囁く。
「が、ガラシャ様、」
「のう、蘭丸・・・」
一旦体を離し、起き上がって彼女は彼の顔を見据える。
そして胸元の赤いリボンを、自分からしゅるりと解いた。きっちりと閉じていた胸元が、
少しだけ緩くなって白い喉元が顔を出す。
「私の胸の痛みを治すことが出来るのは、きっと、・・・いや、ただ一人、そちだけじゃ。
斯様に幼い体ではそちにとって不足なのかもしれぬが・・・」
「滅相も御座いません、ガラシャ様!」
皆まで言わせず蘭丸が声を上げる。
「私にとって貴女様は・・・。・・・その、憧れていた、大切な人だから」
膝をついてにじり寄り、そっと少女を抱きしめる。
「お願いです、ガラシャ様の全てを・・・、蘭にお見せください」
「・・・うん」
本当に小声で、ガラシャはそれだけ言った。
それはもし見る人が見れば、ある種の禁忌を感じるのかもしれない。
年端もいかない、美しい少年少女が西洋人形のような服を脱がしあい、
そして伸びきっていないほっそりとした肢体をぎこちなく、しかし激しく絡ませる。
どことなく倒錯的な二人の秘め事は、初夏の輝かしい太陽から隠れた部屋の陰の一室で
ひっそりと、しかし熱を持って続けられていた。
どうやって脱がしたら良いのか分からないガラシャのドレスを、蘭丸は苦心しながらもなんとか剥いてゆく。
見たこともない女体と触れたこともないそれの感触に胸を焦がしながら、
必死に彼女の服に手をかけていく彼を、ガラシャは期待と不安の表情で黙って見つめていた。
やがて最後の衣類を手間をかけながらも慌しく脱がせると、そこから白く柔らかいガラシャの肢体が浮かび上がった。
蘭丸は初めて見る女子の体を食い入るようにじっと見つめた。
反対にガラシャは、恥ずかしさに頬を染めて目を瞑る。
薄く肉がついた彼女の体は、未発達だがそれがまた儚げな魅力を醸し出している。
幼い乳房の真ん中には、薄桃色の頂きが控えめに色づいていた。
ただ好奇心で、蘭丸は不躾に二つの乳房をぎゅうと握ってみる。
「や・・・痛・・・!」
閉じていた目を見開いて、ガラシャが呻くように声を上げた。
「も、申し訳ございません!」
慌てて手を離し、今度はそっと掌で包んでみる。
外側は柔らかくふにふにしていて、内側は少し硬いしこりがあるように感じられた。
「・・・柔らかい」
蘭丸は乳房の少し温かくすべすべしている肌触りとその肉感に感動しながら、恐る恐る、しかし何度も掌で撫で回した。
「ぁ・・・や、・・・な、何かこそばゆい様な・・・、へ、変な感じがするのじゃ・・・」
一方でガラシャは、彼の掌に時々触れる先端に妙な感覚を覚えていた。
手や指が通り過ぎる度に、びくりと小さく体を震わせる。
それに気づいた蘭丸は掌で乳房を揉みしだきながら、指先で先端をくりくりと押さえた。
「ひゃっ・・・!?ん・・・ぁ・・・、ふ・・・」
むずがゆいような気持ち良さを感じて、ガラシャは戸惑いながら声を上げる。
その様子を見ながら蘭丸は、今度は胸元にちゅ、と口付け、先端を舌先でゆっくりと舐めあげた。
「んやあっ、や・・・、な、なに・・・、ぁ・・・!」
そんなガラシャに心奪われ、彼は激しく乳房に唇を落とす。
片方を指先で捏ね繰り回し、もう片方を唇と舌で吸ったり舐めたり、
あるいは優しく噛み付いたりすると、彼女は困ったように身を捩じらせた。
「いぁ・・・っ、ふ・・・ん、ぁあっ、か、噛んだら、駄目・・・!」
ちりちりと体の奥底に火花を散らされているような快感を覚えながら、ガラシャは必死で声を上げた。
更に蘭丸は首筋を舐め上げ、鎖骨に舌を這わせガラシャの体を堪能する。
「ら、蘭丸に・・・、食べられてしまいそうじゃな・・・」
息も絶え絶えに苦笑しながらガラシャが言うと、
「私はこれからガラシャ様をいただいてしまうのですよ」
と彼は笑って、再度彼女に強い接吻をした。
喘ぐガラシャに気を使いながら、蘭丸は手を少しずつ下に持っていき、秘部へ触れようと試みる。
すると意外にもあまり抵抗なく、彼女の両足はするりと彼の手を通してくれた。
見ることが出来ないので、太ももを撫でていた手を確認するように少しずつ上に持っていくと、
いきなりぬめっとした感触が指先に触れる。
「うわっ!」
これには蘭丸が驚いて、思わず声を上げてしまった。
「す・・・、すまぬ、あの、・・・ら、蘭丸・・・」
涙目になってあたふたとするガラシャを見て、傷つけてしまったような気がした蘭丸は、慌てて声を上げた。
「いえ、あの、私も初めてですから、その色々と驚くことも多くて・・・。・・・すいません。」
言って恥ずかしそうに目を伏せる。
「・・・でも、こうなっているということは、気持ちが良いということなのですよね?」
ぬるぬるとしているそこを探索するように指でにちにちと触れながら、彼は確認するように彼女を見上げた。
「こ、これが、気持ち良いというのかは・・・、私も初めてだから分からんのじゃが・・・」
困ったように彼を見返して、ガラシャは蘭丸の空いている手を自分の下腹部にそっと置いた。
「・・・ここら辺の中の方が、疼く様な、じりじりと炙られているような気になってしまう・・・」
無邪気に伝えてくるそんな彼女を愛しく思って、蘭丸は彼女の名を呼んで何度も何度も抱きしめた。
ガラシャもそれが嬉しくて、彼の頬に自分の頬を満足そうに摺り寄せる。
ひとしきりそうやって互いの体温を感じた後、蘭丸は恐る恐るガラシャに尋ねた。
「あの・・・、蘭は何度も言うように初めてにございますから、
ガラシャ様にはつらい思いをさせてしまうかもしれません。
それでも懸命に励みます故・・・、・・・よ、宜しいですか?」
必死の様相で睨み付ける様に見てくる蘭丸を可愛らしく思いながら、
ガラシャは満面の笑みを浮かべて顔を縦に振った。
「・・・それでは、参りますね」
ズボンを脱ぎ、下穿きを取って全裸になった蘭丸は、
すっかり膨張しきったそれをそっと、ガラシャの蜜壷の入り口に押し当てた。
「ひ・・・!?ゃぁああああああっ・・・!!」
それまで感じていた甘ったるい疼きとは全く違う、
ただただ自分を引き裂くように進入してくる異物に、ガラシャは痛みを覚えて悲鳴を上げた。
堪える余裕もなく涙を零して、縋る様に蘭丸の背中を必死で抱きしめる。
「ぁう・・・、申し訳ございません・・・!」
反対に蘭丸は、蜜壷の肉圧にこれまでにない、初めての快感を覚えていた。
それでもガラシャを少しでも苦しめないようにと、あくまでじりじりと自身を埋め込んでいく。
それは数分にも満たない時間だったが、二人にとっては恐ろしく長い時間。
「・・・これで、全部です・・・」
脂汗で額に張り付くガラシャの前髪をそっと掻き分けて、蘭丸は喘ぐように言ってガラシャに笑いかけた。
「ふ・・・ぁ・・・。き、きついものじゃのう・・・」
苦しそうにしながらもなんとか笑みを返そうとする彼女が痛々しくて、蘭丸は何度もガラシャの唇に口を寄せた。
そして少しずつ、動かしていく。
「きゃ・・・、ひん!やっ!あぅっ!」
擦れる度に激痛を感じ、奥を突かれる度にほんの少しの快楽を感じながら、
自分の体に夢中になる蘭丸を、ガラシャは離れないようにぎゅっと抱きしめる。
それに答えるように、蘭丸の腰使いは少しずつ激しさを帯びていった。
「いぁ、んっ、ら、蘭丸、・・・お、奥が・・・、きもち、いいかも・・・!」
余りに必死で返事が出来ない蘭丸は、腰をどっぷりとガラシャに打ち付けることでその要望に答えた。
「あっ・・・!ぁ、んはっ、ん、ら、んまる・・・!」
「・・・ふ・・・ぅ、ガラシャさ、ま・・・!」
まじないの様に二人とも互いの名を呼び続けながら、次第に高みへと昇っていく。
やがて蘭丸の腰使いが一層激しくなると、ガラシャは甘い声を上げながら身悶えた。
「やぁ・・・!蘭丸、奥が、・・・奥が気持ちいいのじゃ・・・!!」
「は・・・っ、ん、ガラシャ様・・・!」
「んやっ、はぅ!ああっ・・・!す・・・ご・・・!」
痺れる様な快感に酔いしれるようになった頃、蘭丸が困ったように鳴いた。
「すいませ・・・、も、もう気持ちよくて・・・」
「ふぁ・・・?なに・・・・・・、・・・っひゃあっ!」
顔を真っ赤にして、切なく口を開けながら彼はガラシャの中に自分の精を注ぎ込む。
生暖かい感触と、びくびくと震える彼のものをガラシャは感じとった。
「ぁ・・・、ガラシャ様・・・。申し訳ございません・・・」
今日何度も口にしている謝罪を述べながら、蘭丸は彼女の胸に顔を埋めた。
優しい気持ちになりながら、ガラシャはそんな彼の頭を宥める様に何度も撫でてやる。
気持ちよさそうにまどろむ蘭丸を見ながら次第にガラシャも眠くなり、二人は繋がったまま眠りに落ちていくのだった。
「で、結局信長んとこへの訪問は滞りなく済んだのかね」
「まあ、な・・・」
数日後の同じ場所で落ち合ったガラシャと孫市は、先日話し合った信長へのお礼訪問の話になっていた。
今日のガラシャは落ち着いた赤を表立たせたいつもより少し派手目の装いだったが、
子供っぽく見えることもなく、艶やかな雰囲気に仕上がっていた。
少しばかりガラシャを心配していた孫市は、予想外のガラシャの反応に肩透かしを食らったような気になってしまう。
「あんなに蘭丸のことを気にしてたってのに意外だな。
・・・もしかして話してみたら予想外にいい男だったもんで、仲良くなっちまったりしたのか?」
「べ、別にそういうわけではないが・・・、・・・まぁ、色々分かった気がする・・・」
言いにくそうに眉をしかめながら、孫市の顔を見ずに返事をするガラシャに、彼はどことなく寂しさを感じてしまう。
「ふぅん?まっ、仲良きことは良きことかな、ってな。下手に険悪な関係よりかは、良かったのかもしんねーな」
「そうかもしれぬのう・・・」
上の空で返事をし続けるガラシャにいい加減苛立ちを覚え、何かを言おうとしたときに、
突然彼女は孫市を真剣な表情で見つめてきた。
「孫市・・・」
「な、なんだ?いきなり真面目な顔しやがって」
言われて少し顔に憂いを見せながら、それでもガラシャは彼を見つめた。
(・・・なんだぁ?こりゃ・・・)
彼はそんな彼女の表情に、幼くも妙な色気を感じ取ってどきりとしてしまう。
「怪我も病気もしておらぬが、私は最近いつも胸を痛めてしまう・・・」
自分の胸元にそっと手を置いて、ガラシャは伏し目がちに呟いた。
その淑やかな仕草に、孫市は思わず唾を飲んで見つめることしか出来ない。
「そちも、このように胸を痛めることがあるのか?どうしたら、独りでこの痛みを和らげることができると思うか?」
縋るような目つきで見てくる彼女から目を逸らして、こりゃ骨抜きだと彼は心の中で舌を巻いた。
「どーしようもねーだろ。・・・そういうことは張本人に聞いてみるこったな」
いまいち曖昧な答えに的を得なかった彼女は、釈然としない顔でありながらもとりあえず相槌を打った。
それから数分話した後自分の理性に危険を感じてしまった孫市は、
用があるからなどと適当に言葉を並べ立て、逃げるようにして里へと馬を走らせた。
(──あんな餓鬼まで女にしちまうたぁ、織田家の魔性ってのはつくづく恐えもんだ)
半ば何かに呆れながら、孫市は胸中で嘆息して独りごちる。
「あー、でも、俺が教えてやるってのも有りだったよなぁ、絶対」
ちょっとだけ悔しそうに呟いた声もすぐに風と共に消え去って。
蝉の鳴き声が本格的な夏の到来を告げるように忙しなく鳴き続ける、そんな夏の午後だった。
最後の小話のラストは
「蝉たちが本格的な夏の到来を告げるようにして忙しなく鳴き続ける、そんな夏の午後だった。」
が正しい表記であります。すませんorz
注意点に入れるの忘れてた・・・。
つガラシャが過度にゴスロリですorz
ガラシャを見た瞬間にゴスロリだ!と思ったために、
ガラシャの心情などを表すことが出来るような色のかわいいゴスロリ服(脳内)を着せてみました・・・。
萌えてくれれば幸いかと。
光秀の娘っちゅーことで蘭丸と接点ありそうだなと思ったのと、
二人ならなんか若いエロさがでそうと思って書きました。
以前投下したのも蘭丸メインだったのでそろそろ他キャラ書きたいです。
読んでくださった方はどうもでした。
名無しに戻りますノシ
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明智ガラシャ。明智十兵衛光秀の娘。
東洋人にしては珍しく赤みのかかった朝焼け色の髪は、
同じ年頃の女性たちより少し短めに切りそろえられている。
父親、光秀譲りの顔立ちは均整に整っており、誰が見ても息を呑むほどの美少女だ。
特筆すべきはその服装。
異国や南蛮に興味を持っていた彼女は着物ではなく、西洋の服を自ら好んで身につけていた。
初めて彼女を見るものに、それはかなりの驚きを印象付けるのだが、
一方で新鮮な美しさを見つけてしまったような気持ちも抱かせていた。
実際髪色が少し違うガラシャに、それは着物よりも良く似合っているように見える。
真面目な父親も、その所為かは知らないが特に口やかましく咎め立てすることもなかった。
父親が仕える尾張の大名織田信長は、南蛮の服を好んで身につけ、
またそれがとても映える彼女を気に入って、新しい服を贈ってくれたりもした。
傅く女中たちは目新しくも美しい彼女の衣装を好んでくれるものが多かった。
彼女たちはそれが良く似合うガラシャをまるで着せ替え人形のようにして、
毎日ことさら美しく飾り立てた。
父親譲りの少し憂いを帯びた顔立ちとは裏腹にとても活発なガラシャは、
動きにくい衣服に身を包むのは結構な面倒ではあったが、
そうやって自分を可愛がってくれる彼女たちをとても好んでいた。
つまり彼女は今のところとても幸せだった。
──彼の存在を知るまでは。
「───孫市!!」
抜けるような青空に植えられたばかりの稲が風なびく田園から少し離れた石垣に、
ガラシャは馬に乗ってこちらに向かってくる男に手を振って迎えた。
季節は初夏。まだ春の名残を残した少し涼しい風が、
夏の気温を滲ませる空気に微熱を感じる彼女の頬を通り過ぎてゆく。
そんな彼女の前で男は馬からゆっくり降りて、けだるそうに片手をあげた。
「よう、ガラシャ。相変わらず元気そうだな。今日もまた可愛らしい事で」
少しのびた無精髭が生える顎をさすりながら、男、雑賀孫市はガラシャを見やった。
南蛮製の小さめではじきの長い傘は白く、日差しを受ける部分の淵に
白と金が折り合わされたレースが装飾されている。
それに合わせているかのように、(いや、実際女中が合わせたものではある)
彼女の服装も白を基調とした清純かつ華やかな装いになっていた。
ただ丁度膝丈で途切れているふわふわとしたスカートが、
彼女の活発さを表しているようにも見える。
孫市の視線に少し顔を赤くしながら、ガラシャは困ったように呟いた。
「じょ、女中たちがやたら着替えに凝ってしまってな。
本当ならばもっと動きやすい格好が良いのだが、どうも断りきれなくて・・・」
「はははっ、まぁ愛されてるって事じゃないか。良いことだよ」
そんなガラシャにひとしきり軽く笑いかけ、孫市は彼女の頭をぽんぽんと撫でた。
薔薇の花束を模した白い頭飾りの生地の感触と、ガラシャのすこし猫っ毛の髪の
柔らかい感触が冷たく彼の手に感じる。
ガラシャは暖かく大きいその手をくすぐったそうにしつつも、大人しくしていた。
「で、今日は一体どうした?話があると言っていたが」
最後にぽふっと頭を優しく叩いて、孫市はガラシャに言った。
途端にガラシャの顔色が曇る。
拗ねた様に唇を突き出して下を俯くその少女らしい仕草に苦笑しながら、
孫市は再び馬に乗り、ガラシャに手を差し伸べた。
「少しばかり散歩でもしてみないか?今日は天気もいいし、楽しめそうだ」
そんな孫市の気遣いを感じ取ったガラシャは、済まなそうに微笑んでその手を取る。
孫市はガラシャを引き上げ、自分の前に乗せるとゆっくり馬を走らせた。
そのうち、閉じた傘の柄を手でもてあそびながら、ガラシャがおずおずと口を開く。
「実は・・・な。」
(なぁんだ、結局まだまだ父親離れ出来てないって話じゃないか)
夕暮れの帰り道に馬を走らせながら、孫市は今日のガラシャの話を反芻していた。
簡単に述べることが余りにも簡単すぎる。
織田信長の小姓、森蘭丸が気に入らないという話だった。
──理由は自分の父親と余りにも親しすぎるから。
確かにそう自分の年と変わらない少年と自分の父親が仲良くしているということは、
娘にとっては不愉快なことなのかもしれない。──その少年が美しいのであれば尚更。
(しかし所詮は信長の小姓だからな。光秀とどうこうっていうのは有り得ない話だろ)
孫市にとって衆道とは全く理解できないものではあったが、
この時代にはびこっている間柄であることは否定できない。
それでも、圧倒的な力を持つ者の小姓と光秀に睦み事があるとは考えられなかった。
残虐な魔王の機嫌を損なえば、死ぬことさえ楽には許されないであろうことは明らかである。
しかしそのような生々しい話を年端もいかない少女に話すのは気が引けたので、
同じ斉藤家から信長に仕えた間柄なのだから、
多分に親しいのも無理はないのかもしれないとだけ言って宥めておいた。
ガラシャは信長からもらった頭飾りの礼に今度父親と行くのだが、
行きたくないといって終始拗ねていた。
そんなそぶりからしてまだまだ、彼女は父親離れには暫く縁がなさそうである。
まあそれもまた可愛らしいと、孫市は思っているのだが。
それにしても──、と孫市は独りごちる。
(森蘭丸ねぇ・・・。黙ってりゃ女にしか見えない麗しの麒麟児ってか。
織田家の人間は信長といい濃姫さんといい人間離れしたやつらが多いが・・・)
良くも悪くも、彼、森蘭丸は人に何がしかの感情を持たせる人間だと、孫市は思っていた。
清廉潔白な性格であるが故に、彼自身では気づかぬうちに人は少しずつ、彼に魅せられて行く。
(あいつも結局魔王の魔性を持ちあわせてる・・・ってことなんだろうかね)
信長の圧倒的な存在感、そして濃姫の堕ちていきそうな妖艶さを思い出し、
少し身を震わせながら、孫市は蘭丸をそう評した。
「まぁガラシャに・・・、何もなきゃいいんだがね」
少々過保護すぎると思いつつも、孫市はそれだけぽつりと呟いて
暮れ行く街道を走る馬に少し強く鞭を入れた。
その日も快晴だった。
信長に頭飾りの礼に参った明智親子は、それぞれ輿から降り、安土城へと入城する。
出発前からどことなく不機嫌な様子をちらほらさせている娘を気にしながら、光秀は諭すように声をかけた。
「お珠、今日は信長様にお礼に来ているのですから、粗相の無い様にして下さいね」
「・・・分かっております、父上」
それがまたなんとなく癪に障って、ガラシャは一層不機嫌な声で返した。
光秀は軽く嘆息して、信長の待つ客間へと足を運ぶ。
父の様子を感じ取ったガラシャは、半ばむしゃくしゃしながらそれに続いた。
そして最初に出迎えてきた人間を見て、ガラシャの心境は一層波立つことになる。
「光秀様、ガラシャ様、よくぞいらっしゃいました!」
ガラシャにとっては今一番遭いたくない人物、森蘭丸だ。
女子のような細い体、そして白い肌が、眩しい日の光を浴びて淡く朱に染まっている。
流れるような黒髪は一つに結われ、彼が動くたびにきらきらと光を零した。
「久しぶりですね、蘭丸。元気にしていましたか?」
うってかわってガラシャの父は、懐かしそうに目を細め、蘭丸にゆるりと笑いかけた。
(・・・どうして父上はあの小姓にああも優しい笑みを向けるのじゃ・・・!)
むっとしながら、ガラシャはそんな二人のやりとりを妬ましげに見つめる。
その視線に気づいた蘭丸が、ガラシャのほうに邪気のない笑みを返してきた。
「ガラシャ様も、随分お久しぶりでございますね!・・・相も変わらず南蛮の服が良くお似合いになっておられます」
上手いこと言うものだと内心で舌を出しながら、ガラシャはあくまで淑やかに微笑んだ。
「勿体のうお言葉にございます。
今日は信長様からいただいた頭飾りをつけたところを是非お見せしたいと思うて参りましたのじゃ」
信長からもらった花と蝶をモチーフにした黒の頭飾りは
濃い紫とやはり黒のレースが外側に満遍なく縫われており
暖色の多かったガラシャの服から合うものを探すのはどうやら一苦労だったようだ。
それでも女中たちは綺麗にガラシャを着飾ってくれた。
黒を基調とした今日の服は、ところどころが濃い目の暗い青と黒のレースに飾られている。
胸元の赤いリボンが印象的だ。
ガラシャが動く度に揺れるスカートは真ん中から凸型状に白が見えるようになっている。
寒色を好む信長様なら好んでくれるかもしれないと、光秀も嬉しそうに微笑んでいた。
あの時は、私も楽しかったのにとガラシャは思う。
「今日はガラシャ様に合わせて、蘭丸も斯様な装いにして参りました。
信長様がたまにはこういった装いも興があって良いと言われ、着けてみたのですが・・・」
少しばかり恥ずかしそうにしながら、蘭丸は困ったように頭を掻いた。
彼の服装も確かに西洋風なものだった。
胸元からフリルのついた白いブラウスに、サスペンダーのついた膝丈までのズボン。
そして黒い長めのマント。和風な顔立ちの彼だが、気品あるせいかとても良く似合っている。
「ええ、とても良く似合っておりますよ」
ガラシャが何か言おうとする前に、光秀が優しくそう言った。
(ち・・・父上の・・・、馬鹿っ!!!!)
心底蘭丸を憎たらしいと思いながら、彼女は適当に蘭丸を誉めたて、
二人の少し後をとぼとぼとついていった。
もう帰りたいと、何度も何度も思いながら。
「なんとも美しいことよのう、これで贈った甲斐もあったということよ」
パチリと扇を顔の前で広げて、信長が面白そうにくすりと笑った。
「ふふ、光秀、遠いところからわざわざご苦労だったわね。
でも良いものを見ることができて私も嬉しいわ。・・・好きよ、綺麗なものって」
足を崩し、肘置きについた手に顔を委ねながら、濃姫がやはり面白そうにくすくすと笑う。
「勿体のうお言葉に存じます、わが娘も同じ所存かと。・・・お珠」
「はい。信長様、濃姫様、此度は斯様に貴重なものをわざわざ有難うございました。
私も大変気に入っております。後生大事に使わせていただきます」
言って、頭を伏せる。が、すぐに面をあげよと言われ、信長と対面した。
それからは信長と光秀のやり取りになる。
光秀がお礼の茶器を渡したり、二人で次の戦に向けての話をしたりしていた。
その間、ガラシャは二人の後ろに控える蘭丸を見る。
一言も発せず、また綺麗に伸びた背筋を曲げず、
正座で信長と濃姫を見つめる彼は確かに綺麗だとは彼女も思った。
しかしその美貌のせいで自分より彼のほうが父親に可愛がられているのかと思うとまた苛々と心が泡立つ。
(なんとか父上とあやつを遠ざける方法はないものか・・・)
ぼんやりとそのようなことを考えているうちに、信長の言葉が耳に入る。
「さて、光秀。そちに少々込み入った話がある。」
と、直ぐに濃姫が信長をちらりと横目で見て言った。
「そう、じゃあ私、これから着物屋でも呼んで新しい服の買い付けでもしようかしら。
・・・ガラシャ、貴女も一緒に如何?」
妖艶な視線を、ガラシャは真正面から向けられる。
「わっ、私はその、遠慮しておきますのじゃ、そんな・・・」
同性であるのに何故かどきどきしてしまって、ガラシャは声を上擦らせてそう答えた。
「遠慮なんて、しなくて良いのに・・・。でも、貴女が気に入りそうな服はなさそうだものね。
じゃあ・・・、蘭丸。ガラシャの相手をして差し上げなさい。・・・粗相のないようにね」
聞いてガラシャは顔を青くする。
彼といるくらいなら一人のほうがよっぽどマシだと思うのだが、
流石に二度も断る気にはなれず、彼女はただ無言を通すしかなかった。
蘭丸は二つ返事でそれに答え、お城の案内でも致しましょうか、
といってどこか嬉しそうに、にこりとこちらに微笑みかけてきた。
「それじゃあ、とりあえずこの場はお開きね。・・・楽しかったわ」
濃姫の声を合図に、各々立ち上がって別室に移る。
それを呆然と見送る中、にっくき相手は楽しそうな足取りでこちらに向かってきた。
「安土城は広く、風情の良いところも数多くあります。さて、どこから参りましょうか」
悪気のない笑顔に、ガラシャは少しばかり引きつった笑みを返すしかなかった。
傍目から見ると二人はまるで西洋貴族の一室にいる子供たちのようだった。
広い城内をしとやかに歩く蘭丸と、見慣れぬ城の物珍しさに多少の興奮を覚えながら
とたとたとついていくガラシャは、通り過ぎる家臣たちを驚かせ、そして和ませた。
当の本人たちは、非常に楽しそうに城内探索を行っていた。
最初はしぶしぶと蘭丸の案内に付き従っていたガラシャだが、
安土城の普通の城とは少し違った装いに驚き、
丁寧に解説してくれる蘭丸にあれやこれやと疑問をぶつけた。
そう、気づくとすっかりガラシャは蘭丸に対する不快な気持ちを忘れていたのだ。
「・・・で、ここが秀吉様の住まいですね。今は遠征中にてこちらにはおられませんが。
さて、昼時ですし少し一休み致しましょうか。
近くに私の住居がありますので、おもてなしさせていただきますよ」
「ありがたいのう、それでは早速参らせてもらうのじゃ!」
嬉しそうに蘭丸を見上げて、ガラシャがにっこりと微笑む。
蘭丸は対してどこか照れたように微笑しながら、彼女を自分の母屋へと案内した。
少し早い昼食を二人で食べ、最後に出された餡蜜を口にしているうちに、ガラシャは突然思い出した。
(はっ!・・・わ、私は何をしておるのじゃ!蘭丸は私の父を私から奪ったにっくき敵だというのに!!)
我に返って、思わず蘭丸を見つめる。
当のにっくき敵は同じく餡蜜を上品に口に運びながら、にこにことガラシャの様子を見ていた。
「・・・そちは何を面白いと思ってそう笑いながら私を見ておるのじゃ?」
途端に態度が気に入らなくなって、ガラシャはじとりと蘭丸をねめつける。
「も、申し訳ございません!そ、その、ガラシャ様がとても・・・いえ・・・、その・・・」
幾分語尾を濁しながら、蘭丸は身を縮こまらせて平に謝った。
その余りにも実直な態度に再び毒気を抜かれたガラシャは、嘆息して手をひらひらと振る。
「もう良い、・・・面をあげい。別に怒っていたわけではないのじゃ。
・・・いや、そうでもないけれど、・・・ううんと、・・・とにかくもう良い」
それだけいって、一気に餡蜜の汁を飲み干した。
言われたとおりに面を上げた蘭丸は、不安そうに訊ねてくる。
「美味しゅうございましたか?」
「勿論じゃ。甘くて冷えていて、とても美味しかった。有難う、蘭丸」
「・・・はい!」
たったそれだけの言葉で嬉しそうに笑う蘭丸に少しどきりとしながら、ガラシャも改めて彼に微笑を返した。
「そちは父上と仲が良いと聞く。父上がいつも世話になっておるの」
「そんな、勿体無いお言葉にございます。それに、世話をかけているのは蘭のほうです」
縁側に腰をかけのんびりとまどろみながら、毒気は抜かれたもののやはり気になる本音を、
ガラシャはできるだけ包み込むようにして言ってみた。
「父上とはどれくらいの縁なのじゃ?」
・・・少々露骨だったかのうと言った後に後悔しながら、ガラシャは返事を待つ。
「そうですね、斉藤家時代からの、もう随分長い縁になりますよ」
それを聞いて、彼が生まれる前の自分の父親のことも知っているのかと思うと、
ガラシャは少し複雑な気持ちになった。
自分だけ仲間はずれのような、そんな気分。
「光秀様とは志を共にしている同士だと、蘭は思っております。
これからも末永く、共に信長様をお守りしていけたら、と願っておりますよ」
その言葉を聞いて、ガラシャの心が更に萎む。
(父上が蘭丸を可愛がるのは、こういうわけなのじゃな・・・。
こやつは私なんかより、ずっとずっと、・・・大人で、賢くて、強くて・・・)
「ど、どうしました、ガラシャ様?どこかお加減でも・・・?」
急に顔色を暗くしたガラシャに驚き、蘭丸は慌ててあたふたと問いただした。
彼女はただ黙って、膝を抱えてそっぽを向く。
「ガラシャ様・・・」
しばしの沈黙の後に、彼女が寂しそうにぽつりと呟いた。
「そちが父上に慕われている理由が、分かった気がする」
その言葉だけで、聡い蘭丸は彼女が何を考えているか、すぐに感じ取ってしまった。
「ガラシャ様」
相変わらずそっぽを向いたままの彼女に近寄って、穏やかに蘭丸が述べる。
「ガラシャ様がお生まれになられた時、誰よりも喜んでおられたのが光秀様でした。
小さい頃から今日まで、会うたびに蘭丸は光秀様からガラシャ様のお話を嬉しそうにされるのです。
土産に簪を買って帰ろうかとか、たびたび相談までされたほどですよ?」
それから再び、二人の間に沈黙が生まれる。蘭丸は心配そうに、横向くガラシャを見つめた。
ガラシャは今までの自分の余りに子供っぽい考えに自己嫌悪で押しつぶされそうだった。
けれどもやはり、素直に蘭丸に謝ることが出来ない。
相も変わらず意地っ張りで、子供っぽい自分。
堂々巡りする思考の中で、ガラシャはただただ涙を出さないよう、必死にこらえることしかできない。
──と、ふと部屋の上座に、自分より倍の丈はあるくらいの長い刀が目に入った。
「・・・蘭丸」
ふいに聞こえた声に、蘭丸ができるだけ優しく聞こえるように返事を返す。
「如何なされました?」
「あれは、そちが使う刀なのか?」
彼女が指差す方向を見ると、そこには愛刀、神剣カムドが収められていた。
「ええ、戦で使っている私の刀にございます」
何故いきなりそんなことをと思いつつも素直に答えると、
彼女はいきなりすっくと立ち上がって、自分に向かって宣言してきた。
「勝負じゃ!蘭丸!!!!」
時刻は昼を少し過ぎた頃だろうか。
天辺に上がった太陽の下で、蘭丸はどうしてこんなことになってしまったのだろうと愛刀を片手に考えていた。
少し離れた所で立っているのは尊敬する人物の娘。
黒地に金が薄く混じった帯から、二つの不可思議な腕輪を装着して戦闘体制に入っている。
何度か彼女に会った経験はあるが、互いに仕合うのはこれが初めてだ。
(・・・初めても何も、一生こんな経験なくてよかったのだけど・・・)
げんなりした表情で輝く愛刀を見つめながら、
とりあえず適当に相手をして勝たせれば気が済むだろうと蘭丸は展開を考える。
「蘭丸!手抜きをしてはただではおかぬからな!!」
「・・・・・・。」
がっくりと、蘭丸は肩を落とした。
一方ガラシャは、体を動かせるということで多少気分の切り替えになっていた。
(これで勝っても負けても、蘭丸に謝ろう。このように不甲斐ないままでは明智の娘として立つ瀬がない・・・)
そう決心して、ガラシャはにじりと構えを取る。
日頃の訓練での体術師に教わったとおり、ガラシャは念じて腕輪から光の帯を発生させた。
「!」
それを見て、蘭丸も覚悟を決める。
(女心というものはさっぱり分からないが、こうなった以上、真剣勝負しかない・・・!)
「蘭丸、参ります!」
「ガラシャ、参る!!」
お互い名乗り合って、仕合の火蓋は切られた。
遠くから放たれた真空波を身軽に飛び越えて、ガラシャは蘭丸の懐に忍び入り、打撃を打ち込もうとする。
が、それに気づいた蘭丸は刀を縦に構えて防御を取った。
ガギン!と鉄のぶつかり合う様な音がして、腕輪から発する帯と刀の間に火花が散る。
「・・・なかなかやるのう」
「ガラシャ様こそ・・・!」
一旦離れて間合いを取り、ガラシャが大きく跳躍してそのまま拳から衝撃波を撃とうとした次の瞬間。
すっぽーーーーん!
「「・・・へっ!?」」
声は二人同時に上がる。
なんと伸ばしたガラシャのか細い腕から、少し大きめの腕輪がすっぽ抜けてしまったのだ。
「しっ、しまった・・・!そういえば先生が少し大きめのものだからと言っていたような・・・!」
空中であたふたしている内に、もう一方の腕輪にも変化が起こる。
ガラシャの念を基点に発動する腕輪が、純粋に彼女の混乱に陥っている思念を汲み取ってしまったのだ。
「きゃ、きゃああああっ!?」
腕輪を中心にして、ガラシャの体がぐるぐると振り回される。
「ガラシャ様っ!?」
防御を構えていた蘭丸が、驚いて構えを解いた瞬間だった。
「きゃああああ~~~~~!!!」
「ええええっ!?」
全身に光を帯びたガラシャが、蘭丸一直線に体当たりをかましてきたのだった。
「いっ、いたたたた・・・」
濛々と土煙が上がっているのを感じながら、ガラシャはゆっくりと身を起こす。
あれほど激しく下に叩き落されたような感じであったのに、ほとんど無傷であるようだった。
激しい落下音で何事かと駆けつけてくる人々の声を聞きながら、どうしたものかと起き上がろうとしたその時。
「きゃあああっ!!」
縁側に駆けつけた女中が悲鳴を上げる。
「ら、蘭丸様っ!!」
視線は自分の下。
見ると土煙晴れたそこには、ガラシャの下敷きになって気を失い、倒れている蘭丸の姿があった。
「ら、蘭丸っ!?」
慌てて飛び起き、蘭丸から下りる。
頭をかき抱き何度も何度も名前を呼ぶと、小さく呻きながら彼は目を開いた。
「う・・・、こ、これは・・・」
「蘭丸っ!無事か!?」
「ガラシャ様・・・」
ぎこちなく辺りを見回して、ガラシャの顔を見ると彼はにこりと笑い、その後大きくため息を付いた。
「・・・全くなんて無鉄砲な技なのでしょう。ガラシャ様らしいといえば、らしいですが」
「ち、ちがっ、あれは失敗したのじゃっ!」
「分かっておりますよ」
土と砂にまみれた顔を再び微笑に変えて、蘭丸は起き上がりガラシャの頭をそっと撫でた。
「ご無事で何よりです」
ガラシャは今度こそ本当に、泣き崩れた。
「腕輪のことなど蘭はさっぱりわかりませぬが、
やはり自分に合った物を選んだほうが宜しいですよ?
戦場ではそういう言い訳は通用しないのですからね」
「・・・わかっておるのじゃ、そちには、本当に迷惑をかけた・・・」
「光秀様のご息女ですし、これくらいなんでもありませんよ。
信長様との手合わせではもっと酷い目にあっておりますから」
言ってくすくすと蘭丸の肩が揺れる。
特に打ち所は悪くなかったものの、背中に大きな擦り傷が出来てしまった蘭丸の手当てを、
ガラシャは自ら進んですることにした。
申し訳なさと気恥ずかしさで、胸がいっぱいになってしまう。
「・・・これで、大丈夫だ。」
腕輪の術式の一つである治癒である程度傷をふさぎ、ガラシャはふうと一息つく。
蘭丸は少し振り返って礼を言った。そして新調されたブラウスに袖を通そうとする。
「今日は、本当に悪かったのじゃ」
後ろから蘭丸の肩をぎゅうと掴んで、ガラシャは謝った。
良いのですと言いながら彼はガラシャに向き直り、ブラウスを羽織ながらにこにこと微笑む。
相変わらず邪気のない笑顔が胸に突き刺さり、ガラシャはまた涙腺が緩んでしまう。
───と、ふいに彼の腹の近くに大きな傷が見えて、ガラシャはびくりと身を硬くした。
その視線に気づいて、蘭丸が当たり前のように説明をする。
「ああ、だいぶ前の戦の時の傷です。今はもう痛みもしませんよ」
「戦・・・」
そういえば背中にも、大なり小なりの切り傷や撃たれたような後が見受けられた。
薄い肉付きの均整の取れた白い肉体が戦で傷つけられることの惨さに、ガラシャは思わず眉をひそめる。
そしてその腹の傷を、そっとなぞった。
「え・・・、が、ガラシャ様っ!?」
上擦る声に気づきもせず、ガラシャは独りごちる様に呟いた。
「父上にも、・・・あるのだろうか・・・」
それを聞いて蘭丸は真剣さを取り戻して、ガラシャの手をそっと握る。
「それはございますでしょう。あのお方は私以上に戦を切り抜いてきたお方。貴女様を、
──お守りするために」
その手は孫市より小さくて、細くて・・・
───しかし同じくらい、暖かかった。
その感触に小さな疼きを覚えながら、ガラシャはなんとなく、蘭丸の手を握り返した。
それに驚いて視線を向けてくる蘭丸を見ずに、ガラシャは俯くことしか出来なかった。
東洋人にしては珍しく赤みのかかった朝焼け色の髪は、
同じ年頃の女性たちより少し短めに切りそろえられている。
父親、光秀譲りの顔立ちは均整に整っており、誰が見ても息を呑むほどの美少女だ。
特筆すべきはその服装。
異国や南蛮に興味を持っていた彼女は着物ではなく、西洋の服を自ら好んで身につけていた。
初めて彼女を見るものに、それはかなりの驚きを印象付けるのだが、
一方で新鮮な美しさを見つけてしまったような気持ちも抱かせていた。
実際髪色が少し違うガラシャに、それは着物よりも良く似合っているように見える。
真面目な父親も、その所為かは知らないが特に口やかましく咎め立てすることもなかった。
父親が仕える尾張の大名織田信長は、南蛮の服を好んで身につけ、
またそれがとても映える彼女を気に入って、新しい服を贈ってくれたりもした。
傅く女中たちは目新しくも美しい彼女の衣装を好んでくれるものが多かった。
彼女たちはそれが良く似合うガラシャをまるで着せ替え人形のようにして、
毎日ことさら美しく飾り立てた。
父親譲りの少し憂いを帯びた顔立ちとは裏腹にとても活発なガラシャは、
動きにくい衣服に身を包むのは結構な面倒ではあったが、
そうやって自分を可愛がってくれる彼女たちをとても好んでいた。
つまり彼女は今のところとても幸せだった。
──彼の存在を知るまでは。
「───孫市!!」
抜けるような青空に植えられたばかりの稲が風なびく田園から少し離れた石垣に、
ガラシャは馬に乗ってこちらに向かってくる男に手を振って迎えた。
季節は初夏。まだ春の名残を残した少し涼しい風が、
夏の気温を滲ませる空気に微熱を感じる彼女の頬を通り過ぎてゆく。
そんな彼女の前で男は馬からゆっくり降りて、けだるそうに片手をあげた。
「よう、ガラシャ。相変わらず元気そうだな。今日もまた可愛らしい事で」
少しのびた無精髭が生える顎をさすりながら、男、雑賀孫市はガラシャを見やった。
南蛮製の小さめではじきの長い傘は白く、日差しを受ける部分の淵に
白と金が折り合わされたレースが装飾されている。
それに合わせているかのように、(いや、実際女中が合わせたものではある)
彼女の服装も白を基調とした清純かつ華やかな装いになっていた。
ただ丁度膝丈で途切れているふわふわとしたスカートが、
彼女の活発さを表しているようにも見える。
孫市の視線に少し顔を赤くしながら、ガラシャは困ったように呟いた。
「じょ、女中たちがやたら着替えに凝ってしまってな。
本当ならばもっと動きやすい格好が良いのだが、どうも断りきれなくて・・・」
「はははっ、まぁ愛されてるって事じゃないか。良いことだよ」
そんなガラシャにひとしきり軽く笑いかけ、孫市は彼女の頭をぽんぽんと撫でた。
薔薇の花束を模した白い頭飾りの生地の感触と、ガラシャのすこし猫っ毛の髪の
柔らかい感触が冷たく彼の手に感じる。
ガラシャは暖かく大きいその手をくすぐったそうにしつつも、大人しくしていた。
「で、今日は一体どうした?話があると言っていたが」
最後にぽふっと頭を優しく叩いて、孫市はガラシャに言った。
途端にガラシャの顔色が曇る。
拗ねた様に唇を突き出して下を俯くその少女らしい仕草に苦笑しながら、
孫市は再び馬に乗り、ガラシャに手を差し伸べた。
「少しばかり散歩でもしてみないか?今日は天気もいいし、楽しめそうだ」
そんな孫市の気遣いを感じ取ったガラシャは、済まなそうに微笑んでその手を取る。
孫市はガラシャを引き上げ、自分の前に乗せるとゆっくり馬を走らせた。
そのうち、閉じた傘の柄を手でもてあそびながら、ガラシャがおずおずと口を開く。
「実は・・・な。」
(なぁんだ、結局まだまだ父親離れ出来てないって話じゃないか)
夕暮れの帰り道に馬を走らせながら、孫市は今日のガラシャの話を反芻していた。
簡単に述べることが余りにも簡単すぎる。
織田信長の小姓、森蘭丸が気に入らないという話だった。
──理由は自分の父親と余りにも親しすぎるから。
確かにそう自分の年と変わらない少年と自分の父親が仲良くしているということは、
娘にとっては不愉快なことなのかもしれない。──その少年が美しいのであれば尚更。
(しかし所詮は信長の小姓だからな。光秀とどうこうっていうのは有り得ない話だろ)
孫市にとって衆道とは全く理解できないものではあったが、
この時代にはびこっている間柄であることは否定できない。
それでも、圧倒的な力を持つ者の小姓と光秀に睦み事があるとは考えられなかった。
残虐な魔王の機嫌を損なえば、死ぬことさえ楽には許されないであろうことは明らかである。
しかしそのような生々しい話を年端もいかない少女に話すのは気が引けたので、
同じ斉藤家から信長に仕えた間柄なのだから、
多分に親しいのも無理はないのかもしれないとだけ言って宥めておいた。
ガラシャは信長からもらった頭飾りの礼に今度父親と行くのだが、
行きたくないといって終始拗ねていた。
そんなそぶりからしてまだまだ、彼女は父親離れには暫く縁がなさそうである。
まあそれもまた可愛らしいと、孫市は思っているのだが。
それにしても──、と孫市は独りごちる。
(森蘭丸ねぇ・・・。黙ってりゃ女にしか見えない麗しの麒麟児ってか。
織田家の人間は信長といい濃姫さんといい人間離れしたやつらが多いが・・・)
良くも悪くも、彼、森蘭丸は人に何がしかの感情を持たせる人間だと、孫市は思っていた。
清廉潔白な性格であるが故に、彼自身では気づかぬうちに人は少しずつ、彼に魅せられて行く。
(あいつも結局魔王の魔性を持ちあわせてる・・・ってことなんだろうかね)
信長の圧倒的な存在感、そして濃姫の堕ちていきそうな妖艶さを思い出し、
少し身を震わせながら、孫市は蘭丸をそう評した。
「まぁガラシャに・・・、何もなきゃいいんだがね」
少々過保護すぎると思いつつも、孫市はそれだけぽつりと呟いて
暮れ行く街道を走る馬に少し強く鞭を入れた。
その日も快晴だった。
信長に頭飾りの礼に参った明智親子は、それぞれ輿から降り、安土城へと入城する。
出発前からどことなく不機嫌な様子をちらほらさせている娘を気にしながら、光秀は諭すように声をかけた。
「お珠、今日は信長様にお礼に来ているのですから、粗相の無い様にして下さいね」
「・・・分かっております、父上」
それがまたなんとなく癪に障って、ガラシャは一層不機嫌な声で返した。
光秀は軽く嘆息して、信長の待つ客間へと足を運ぶ。
父の様子を感じ取ったガラシャは、半ばむしゃくしゃしながらそれに続いた。
そして最初に出迎えてきた人間を見て、ガラシャの心境は一層波立つことになる。
「光秀様、ガラシャ様、よくぞいらっしゃいました!」
ガラシャにとっては今一番遭いたくない人物、森蘭丸だ。
女子のような細い体、そして白い肌が、眩しい日の光を浴びて淡く朱に染まっている。
流れるような黒髪は一つに結われ、彼が動くたびにきらきらと光を零した。
「久しぶりですね、蘭丸。元気にしていましたか?」
うってかわってガラシャの父は、懐かしそうに目を細め、蘭丸にゆるりと笑いかけた。
(・・・どうして父上はあの小姓にああも優しい笑みを向けるのじゃ・・・!)
むっとしながら、ガラシャはそんな二人のやりとりを妬ましげに見つめる。
その視線に気づいた蘭丸が、ガラシャのほうに邪気のない笑みを返してきた。
「ガラシャ様も、随分お久しぶりでございますね!・・・相も変わらず南蛮の服が良くお似合いになっておられます」
上手いこと言うものだと内心で舌を出しながら、ガラシャはあくまで淑やかに微笑んだ。
「勿体のうお言葉にございます。
今日は信長様からいただいた頭飾りをつけたところを是非お見せしたいと思うて参りましたのじゃ」
信長からもらった花と蝶をモチーフにした黒の頭飾りは
濃い紫とやはり黒のレースが外側に満遍なく縫われており
暖色の多かったガラシャの服から合うものを探すのはどうやら一苦労だったようだ。
それでも女中たちは綺麗にガラシャを着飾ってくれた。
黒を基調とした今日の服は、ところどころが濃い目の暗い青と黒のレースに飾られている。
胸元の赤いリボンが印象的だ。
ガラシャが動く度に揺れるスカートは真ん中から凸型状に白が見えるようになっている。
寒色を好む信長様なら好んでくれるかもしれないと、光秀も嬉しそうに微笑んでいた。
あの時は、私も楽しかったのにとガラシャは思う。
「今日はガラシャ様に合わせて、蘭丸も斯様な装いにして参りました。
信長様がたまにはこういった装いも興があって良いと言われ、着けてみたのですが・・・」
少しばかり恥ずかしそうにしながら、蘭丸は困ったように頭を掻いた。
彼の服装も確かに西洋風なものだった。
胸元からフリルのついた白いブラウスに、サスペンダーのついた膝丈までのズボン。
そして黒い長めのマント。和風な顔立ちの彼だが、気品あるせいかとても良く似合っている。
「ええ、とても良く似合っておりますよ」
ガラシャが何か言おうとする前に、光秀が優しくそう言った。
(ち・・・父上の・・・、馬鹿っ!!!!)
心底蘭丸を憎たらしいと思いながら、彼女は適当に蘭丸を誉めたて、
二人の少し後をとぼとぼとついていった。
もう帰りたいと、何度も何度も思いながら。
「なんとも美しいことよのう、これで贈った甲斐もあったということよ」
パチリと扇を顔の前で広げて、信長が面白そうにくすりと笑った。
「ふふ、光秀、遠いところからわざわざご苦労だったわね。
でも良いものを見ることができて私も嬉しいわ。・・・好きよ、綺麗なものって」
足を崩し、肘置きについた手に顔を委ねながら、濃姫がやはり面白そうにくすくすと笑う。
「勿体のうお言葉に存じます、わが娘も同じ所存かと。・・・お珠」
「はい。信長様、濃姫様、此度は斯様に貴重なものをわざわざ有難うございました。
私も大変気に入っております。後生大事に使わせていただきます」
言って、頭を伏せる。が、すぐに面をあげよと言われ、信長と対面した。
それからは信長と光秀のやり取りになる。
光秀がお礼の茶器を渡したり、二人で次の戦に向けての話をしたりしていた。
その間、ガラシャは二人の後ろに控える蘭丸を見る。
一言も発せず、また綺麗に伸びた背筋を曲げず、
正座で信長と濃姫を見つめる彼は確かに綺麗だとは彼女も思った。
しかしその美貌のせいで自分より彼のほうが父親に可愛がられているのかと思うとまた苛々と心が泡立つ。
(なんとか父上とあやつを遠ざける方法はないものか・・・)
ぼんやりとそのようなことを考えているうちに、信長の言葉が耳に入る。
「さて、光秀。そちに少々込み入った話がある。」
と、直ぐに濃姫が信長をちらりと横目で見て言った。
「そう、じゃあ私、これから着物屋でも呼んで新しい服の買い付けでもしようかしら。
・・・ガラシャ、貴女も一緒に如何?」
妖艶な視線を、ガラシャは真正面から向けられる。
「わっ、私はその、遠慮しておきますのじゃ、そんな・・・」
同性であるのに何故かどきどきしてしまって、ガラシャは声を上擦らせてそう答えた。
「遠慮なんて、しなくて良いのに・・・。でも、貴女が気に入りそうな服はなさそうだものね。
じゃあ・・・、蘭丸。ガラシャの相手をして差し上げなさい。・・・粗相のないようにね」
聞いてガラシャは顔を青くする。
彼といるくらいなら一人のほうがよっぽどマシだと思うのだが、
流石に二度も断る気にはなれず、彼女はただ無言を通すしかなかった。
蘭丸は二つ返事でそれに答え、お城の案内でも致しましょうか、
といってどこか嬉しそうに、にこりとこちらに微笑みかけてきた。
「それじゃあ、とりあえずこの場はお開きね。・・・楽しかったわ」
濃姫の声を合図に、各々立ち上がって別室に移る。
それを呆然と見送る中、にっくき相手は楽しそうな足取りでこちらに向かってきた。
「安土城は広く、風情の良いところも数多くあります。さて、どこから参りましょうか」
悪気のない笑顔に、ガラシャは少しばかり引きつった笑みを返すしかなかった。
傍目から見ると二人はまるで西洋貴族の一室にいる子供たちのようだった。
広い城内をしとやかに歩く蘭丸と、見慣れぬ城の物珍しさに多少の興奮を覚えながら
とたとたとついていくガラシャは、通り過ぎる家臣たちを驚かせ、そして和ませた。
当の本人たちは、非常に楽しそうに城内探索を行っていた。
最初はしぶしぶと蘭丸の案内に付き従っていたガラシャだが、
安土城の普通の城とは少し違った装いに驚き、
丁寧に解説してくれる蘭丸にあれやこれやと疑問をぶつけた。
そう、気づくとすっかりガラシャは蘭丸に対する不快な気持ちを忘れていたのだ。
「・・・で、ここが秀吉様の住まいですね。今は遠征中にてこちらにはおられませんが。
さて、昼時ですし少し一休み致しましょうか。
近くに私の住居がありますので、おもてなしさせていただきますよ」
「ありがたいのう、それでは早速参らせてもらうのじゃ!」
嬉しそうに蘭丸を見上げて、ガラシャがにっこりと微笑む。
蘭丸は対してどこか照れたように微笑しながら、彼女を自分の母屋へと案内した。
少し早い昼食を二人で食べ、最後に出された餡蜜を口にしているうちに、ガラシャは突然思い出した。
(はっ!・・・わ、私は何をしておるのじゃ!蘭丸は私の父を私から奪ったにっくき敵だというのに!!)
我に返って、思わず蘭丸を見つめる。
当のにっくき敵は同じく餡蜜を上品に口に運びながら、にこにことガラシャの様子を見ていた。
「・・・そちは何を面白いと思ってそう笑いながら私を見ておるのじゃ?」
途端に態度が気に入らなくなって、ガラシャはじとりと蘭丸をねめつける。
「も、申し訳ございません!そ、その、ガラシャ様がとても・・・いえ・・・、その・・・」
幾分語尾を濁しながら、蘭丸は身を縮こまらせて平に謝った。
その余りにも実直な態度に再び毒気を抜かれたガラシャは、嘆息して手をひらひらと振る。
「もう良い、・・・面をあげい。別に怒っていたわけではないのじゃ。
・・・いや、そうでもないけれど、・・・ううんと、・・・とにかくもう良い」
それだけいって、一気に餡蜜の汁を飲み干した。
言われたとおりに面を上げた蘭丸は、不安そうに訊ねてくる。
「美味しゅうございましたか?」
「勿論じゃ。甘くて冷えていて、とても美味しかった。有難う、蘭丸」
「・・・はい!」
たったそれだけの言葉で嬉しそうに笑う蘭丸に少しどきりとしながら、ガラシャも改めて彼に微笑を返した。
「そちは父上と仲が良いと聞く。父上がいつも世話になっておるの」
「そんな、勿体無いお言葉にございます。それに、世話をかけているのは蘭のほうです」
縁側に腰をかけのんびりとまどろみながら、毒気は抜かれたもののやはり気になる本音を、
ガラシャはできるだけ包み込むようにして言ってみた。
「父上とはどれくらいの縁なのじゃ?」
・・・少々露骨だったかのうと言った後に後悔しながら、ガラシャは返事を待つ。
「そうですね、斉藤家時代からの、もう随分長い縁になりますよ」
それを聞いて、彼が生まれる前の自分の父親のことも知っているのかと思うと、
ガラシャは少し複雑な気持ちになった。
自分だけ仲間はずれのような、そんな気分。
「光秀様とは志を共にしている同士だと、蘭は思っております。
これからも末永く、共に信長様をお守りしていけたら、と願っておりますよ」
その言葉を聞いて、ガラシャの心が更に萎む。
(父上が蘭丸を可愛がるのは、こういうわけなのじゃな・・・。
こやつは私なんかより、ずっとずっと、・・・大人で、賢くて、強くて・・・)
「ど、どうしました、ガラシャ様?どこかお加減でも・・・?」
急に顔色を暗くしたガラシャに驚き、蘭丸は慌ててあたふたと問いただした。
彼女はただ黙って、膝を抱えてそっぽを向く。
「ガラシャ様・・・」
しばしの沈黙の後に、彼女が寂しそうにぽつりと呟いた。
「そちが父上に慕われている理由が、分かった気がする」
その言葉だけで、聡い蘭丸は彼女が何を考えているか、すぐに感じ取ってしまった。
「ガラシャ様」
相変わらずそっぽを向いたままの彼女に近寄って、穏やかに蘭丸が述べる。
「ガラシャ様がお生まれになられた時、誰よりも喜んでおられたのが光秀様でした。
小さい頃から今日まで、会うたびに蘭丸は光秀様からガラシャ様のお話を嬉しそうにされるのです。
土産に簪を買って帰ろうかとか、たびたび相談までされたほどですよ?」
それから再び、二人の間に沈黙が生まれる。蘭丸は心配そうに、横向くガラシャを見つめた。
ガラシャは今までの自分の余りに子供っぽい考えに自己嫌悪で押しつぶされそうだった。
けれどもやはり、素直に蘭丸に謝ることが出来ない。
相も変わらず意地っ張りで、子供っぽい自分。
堂々巡りする思考の中で、ガラシャはただただ涙を出さないよう、必死にこらえることしかできない。
──と、ふと部屋の上座に、自分より倍の丈はあるくらいの長い刀が目に入った。
「・・・蘭丸」
ふいに聞こえた声に、蘭丸ができるだけ優しく聞こえるように返事を返す。
「如何なされました?」
「あれは、そちが使う刀なのか?」
彼女が指差す方向を見ると、そこには愛刀、神剣カムドが収められていた。
「ええ、戦で使っている私の刀にございます」
何故いきなりそんなことをと思いつつも素直に答えると、
彼女はいきなりすっくと立ち上がって、自分に向かって宣言してきた。
「勝負じゃ!蘭丸!!!!」
時刻は昼を少し過ぎた頃だろうか。
天辺に上がった太陽の下で、蘭丸はどうしてこんなことになってしまったのだろうと愛刀を片手に考えていた。
少し離れた所で立っているのは尊敬する人物の娘。
黒地に金が薄く混じった帯から、二つの不可思議な腕輪を装着して戦闘体制に入っている。
何度か彼女に会った経験はあるが、互いに仕合うのはこれが初めてだ。
(・・・初めても何も、一生こんな経験なくてよかったのだけど・・・)
げんなりした表情で輝く愛刀を見つめながら、
とりあえず適当に相手をして勝たせれば気が済むだろうと蘭丸は展開を考える。
「蘭丸!手抜きをしてはただではおかぬからな!!」
「・・・・・・。」
がっくりと、蘭丸は肩を落とした。
一方ガラシャは、体を動かせるということで多少気分の切り替えになっていた。
(これで勝っても負けても、蘭丸に謝ろう。このように不甲斐ないままでは明智の娘として立つ瀬がない・・・)
そう決心して、ガラシャはにじりと構えを取る。
日頃の訓練での体術師に教わったとおり、ガラシャは念じて腕輪から光の帯を発生させた。
「!」
それを見て、蘭丸も覚悟を決める。
(女心というものはさっぱり分からないが、こうなった以上、真剣勝負しかない・・・!)
「蘭丸、参ります!」
「ガラシャ、参る!!」
お互い名乗り合って、仕合の火蓋は切られた。
遠くから放たれた真空波を身軽に飛び越えて、ガラシャは蘭丸の懐に忍び入り、打撃を打ち込もうとする。
が、それに気づいた蘭丸は刀を縦に構えて防御を取った。
ガギン!と鉄のぶつかり合う様な音がして、腕輪から発する帯と刀の間に火花が散る。
「・・・なかなかやるのう」
「ガラシャ様こそ・・・!」
一旦離れて間合いを取り、ガラシャが大きく跳躍してそのまま拳から衝撃波を撃とうとした次の瞬間。
すっぽーーーーん!
「「・・・へっ!?」」
声は二人同時に上がる。
なんと伸ばしたガラシャのか細い腕から、少し大きめの腕輪がすっぽ抜けてしまったのだ。
「しっ、しまった・・・!そういえば先生が少し大きめのものだからと言っていたような・・・!」
空中であたふたしている内に、もう一方の腕輪にも変化が起こる。
ガラシャの念を基点に発動する腕輪が、純粋に彼女の混乱に陥っている思念を汲み取ってしまったのだ。
「きゃ、きゃああああっ!?」
腕輪を中心にして、ガラシャの体がぐるぐると振り回される。
「ガラシャ様っ!?」
防御を構えていた蘭丸が、驚いて構えを解いた瞬間だった。
「きゃああああ~~~~~!!!」
「ええええっ!?」
全身に光を帯びたガラシャが、蘭丸一直線に体当たりをかましてきたのだった。
「いっ、いたたたた・・・」
濛々と土煙が上がっているのを感じながら、ガラシャはゆっくりと身を起こす。
あれほど激しく下に叩き落されたような感じであったのに、ほとんど無傷であるようだった。
激しい落下音で何事かと駆けつけてくる人々の声を聞きながら、どうしたものかと起き上がろうとしたその時。
「きゃあああっ!!」
縁側に駆けつけた女中が悲鳴を上げる。
「ら、蘭丸様っ!!」
視線は自分の下。
見ると土煙晴れたそこには、ガラシャの下敷きになって気を失い、倒れている蘭丸の姿があった。
「ら、蘭丸っ!?」
慌てて飛び起き、蘭丸から下りる。
頭をかき抱き何度も何度も名前を呼ぶと、小さく呻きながら彼は目を開いた。
「う・・・、こ、これは・・・」
「蘭丸っ!無事か!?」
「ガラシャ様・・・」
ぎこちなく辺りを見回して、ガラシャの顔を見ると彼はにこりと笑い、その後大きくため息を付いた。
「・・・全くなんて無鉄砲な技なのでしょう。ガラシャ様らしいといえば、らしいですが」
「ち、ちがっ、あれは失敗したのじゃっ!」
「分かっておりますよ」
土と砂にまみれた顔を再び微笑に変えて、蘭丸は起き上がりガラシャの頭をそっと撫でた。
「ご無事で何よりです」
ガラシャは今度こそ本当に、泣き崩れた。
「腕輪のことなど蘭はさっぱりわかりませぬが、
やはり自分に合った物を選んだほうが宜しいですよ?
戦場ではそういう言い訳は通用しないのですからね」
「・・・わかっておるのじゃ、そちには、本当に迷惑をかけた・・・」
「光秀様のご息女ですし、これくらいなんでもありませんよ。
信長様との手合わせではもっと酷い目にあっておりますから」
言ってくすくすと蘭丸の肩が揺れる。
特に打ち所は悪くなかったものの、背中に大きな擦り傷が出来てしまった蘭丸の手当てを、
ガラシャは自ら進んですることにした。
申し訳なさと気恥ずかしさで、胸がいっぱいになってしまう。
「・・・これで、大丈夫だ。」
腕輪の術式の一つである治癒である程度傷をふさぎ、ガラシャはふうと一息つく。
蘭丸は少し振り返って礼を言った。そして新調されたブラウスに袖を通そうとする。
「今日は、本当に悪かったのじゃ」
後ろから蘭丸の肩をぎゅうと掴んで、ガラシャは謝った。
良いのですと言いながら彼はガラシャに向き直り、ブラウスを羽織ながらにこにこと微笑む。
相変わらず邪気のない笑顔が胸に突き刺さり、ガラシャはまた涙腺が緩んでしまう。
───と、ふいに彼の腹の近くに大きな傷が見えて、ガラシャはびくりと身を硬くした。
その視線に気づいて、蘭丸が当たり前のように説明をする。
「ああ、だいぶ前の戦の時の傷です。今はもう痛みもしませんよ」
「戦・・・」
そういえば背中にも、大なり小なりの切り傷や撃たれたような後が見受けられた。
薄い肉付きの均整の取れた白い肉体が戦で傷つけられることの惨さに、ガラシャは思わず眉をひそめる。
そしてその腹の傷を、そっとなぞった。
「え・・・、が、ガラシャ様っ!?」
上擦る声に気づきもせず、ガラシャは独りごちる様に呟いた。
「父上にも、・・・あるのだろうか・・・」
それを聞いて蘭丸は真剣さを取り戻して、ガラシャの手をそっと握る。
「それはございますでしょう。あのお方は私以上に戦を切り抜いてきたお方。貴女様を、
──お守りするために」
その手は孫市より小さくて、細くて・・・
───しかし同じくらい、暖かかった。
その感触に小さな疼きを覚えながら、ガラシャはなんとなく、蘭丸の手を握り返した。
それに驚いて視線を向けてくる蘭丸を見ずに、ガラシャは俯くことしか出来なかった。
月明かりの眩しい夜だった。
こんな夜は奇襲に向かない。
明日はもう少し曇るといい、と市は思った。
隣にどっかりと腰を下ろす兄も、おそらく同じ事を考えているだろう。
いったいいつから自分は、血にまみれた戦場の事ばかりを考えるようになったのか。
ふぅとため息をついたところで、目の前に盃が差し出される。
酌をせい、と無言の命に従って、手にしたどぶろくの徳利を傾けると、とっと軽い音を立てて強い酒が盃へと注がれた。
皆から鬼と恐れられる兄は、ぺろりと舐めた後にぐいとそれを一気に煽って月を見上げた。
市もそれに倣って、少し欠けたそれを見上げる。
なぜか見覚えのある月だった。
――お月さまはまるでお義姉さまのよう。
気まぐれに夜道を照らすそれに、人は魅せられ惑わされる。
美しくて艶やかな、義姉のようだ。
そして今、おそらく濃姫と行動を共にする光秀も、月夜のようにどこか寂しげだ。
信長は闇だ。
月や月夜と似て非なる、完全な闇。
相容れずに脱離をしたのも無理からぬ事実かもしれない。
また盃が目の前に差し出される。
本来なら、戦の前夜に兄へ酌をするのは濃姫の役目だったはずなのだ。
だけどここに濃姫はいない。
いないどころか、明日はきっと明智の陣営に彼女はいる。
妻をも打つ覚悟を、兄は決めているに違いない。
その決断は、おそらく容易だったろう。彼は鬼であるのだから。
「お兄さまは……」
それでも聞いてみたくて、恐る恐る口にする。
「お義姉さまを、」
――斬るの?
――……愛して、いるの?
どちらを先にたずねようか、逡巡をした隙にぐいと手首を引かれて上体が傾いた。
大きな手のひらが、市の細く白い首にかかる。
ぎし、と骨の軋む音が脳髄に響いてぎくりとする。
ぎりぎりとその手で持ち上げられ、頚部が圧迫されて血の巡りが止まった。
目の前が白く濁る。
「お、に……さま?」
空気のような細い声を絞り出し、恐ろしいほど冴え冴えと光る兄の眼を見つめる。
雄々しい眉が何か言いたげにひそめられ、触れてはならなかったのだ、鬼の怒りを買ったと理解し、ぞっと背筋が凍った。
片腕一本で、このままここで殺される。
こんなにも容易く、この命は終わるのだと、半ば諦めかけたところで、乱暴に床に叩きつけられた。
息を吸う暇もなく、ずしりと下半身が圧迫される。
ぼやける視界を懸命に凝らせば、細い腰の上に馬乗りになった兄が、にやりと口元を歪めていた。
「……のう、市よ」
息苦しさに返答ができぬ市を無視して、信長は淡々と言を続ける。
「長政は、よい夫であったか?」
見開いた両目に映ったのは、信長のつめたい嘲笑だった。
長政は間違ってなどいなかった。
今でも市はそう信じている。
鬼である兄に、まっすぐに生きた長政を嘲る資格などありはしない。
ありったけの敵意を込めて、市は信長を睨んだ。
実兄の手で愛しい夫を殺され、自ら果てる事も許されず濃姫に生かされた。
その後幾度となく自害を試みても叶わず、死に場を求めて戦場へと舞い戻った。
いつか何処かのつわものが、自分を長政の元へ送ってくれる。
それだけを夢見て、戦場で舞った。
同時に、信長を守り助く事だけが生き甲斐となった。
兄は憎い。
憎いけれどこんなにも愛しいのだ。
たった一人残された、近しい肉親を、どうしても殺したいとは思えないのだ。
けれど兄は同じようになど市を見てはいない。
簡単に市を殺すだろう。
それを騙るかのように喉の奥でくっと笑うと、おもむろに夜着の袷に手を伸ばし乱暴にはぎとった。
「お兄さま!?」
「申してみよ。長政はうぬをどう愛でたのだ?」
こうか、と耳元で低く囁いて、兄の熱い舌が首筋をねっとりと舐めあげた。
身体がぞわりと震え、市は懸命にがっちりとした体駆を押し退けたが、つめたく痺れた身体はまったく言うことを聞かない。
もともとの体格差も手伝って、市はただ、信長に文字通り弄ばれる。
「いやっ、やめて……お兄さま、許して……ッ!」
大きなてのひらに余る乳房も乱雑に揉みしだかれて、痛みを覚えて顔をしかめた。
「こう、か?」
骨ばった手が無遠慮に下肢へと延びて、何の準備も整わぬ秘壺へと強引に入り込んだ。
「いッ」
高く叫びだしそうになる声を何とか抑えた市を一別して、満足そうに信長が口を歪める。
「うぬはいつ信長を裏切るのだ?」
ぴちゃり、と卑猥な音を立てて、桃色に淡く色付いた乳頭をきつく吸い上げられた。
「あぁっ、……え?」
「構わぬ、申せ。次はいつ、裏切るのだ?」
顔を必死に上げても、伏せられた兄の表情は窺えない。
光秀は、謀反を起こした。
濃姫は、信長を殺したがっている。
蘭丸ももういない。
鬼はどんどん孤独になっていく。
先端をきゅっと指の腹で押されて、市の背中がびくんと震えた。
「ッは、あたしは……!」
もう裏切らない、など、思い浮かべただけで空々しい。
続きを待つように、兄が顔を上げた。
ゆるゆると、上体を起こして信長の下から華奢な身体を引きずり出す。
向き直って居住まいを正した。
「あたしにも、」
ぐっと何かがこみ上げてきて言葉に詰まる。
熱い、熱い何かが。
兄は怪訝そうに顔を歪めた。
その首筋に、ふわりと縋り付く。
「もう、お兄さましかいない……」
やっとそれだけを言って、返事などは聞きたくないとばかりに市は熱いくちびるを自ら重ねた。
*
男のものを咥えるのは初めてだった。
予備知識は持っていたものの、いざ実践をしようとすると長政は頑なに拒んだ。
どんな事柄であれ理由であれ、拒まれるのは嫌いだった。
兄は市が突然に身をかがめても、片眉をちらりと上げただけで何も言わなかった。
恐る恐るぺろりと舐めても、兄もその身体も無表情を保ったままだ。
思い切ってぱくりと咥えると、思いがけず喉の奥に先端がぶつかり咳き込んだ。
「ぅ……ごめ、なさい、……」
熱い大きな手のひらが、無言で市の背を撫でる。
幼い頃から兄が大好きだった。
一番目の兄よりも、三番目の兄よりも、その他沢山いる兄弟の誰よりも、この兄が大好きだった。
市に一番沢山のことを教えてくれたのは、信長だった。
誰よりも兄は賢いと信じていたから、父や家臣が信長をうつけ呼ばわりする理由が全く判らなかった。
信長が織田を継ぎ、ついに桶狭間で武勲を挙げたときには心が震えて、喜びでどうにかなってしまうのではと思ったほどだ。
それ以来、憂いてばかりだった市の心が、やっと単純な悦びを受け入れている。
兄の婚礼も、己の縁談も、嬉しいはずなのに心が重たかった。
なにか難しい事がいつも付いて回って、素直に悦ぶべきなのか図りかねた。
愛しい人はもう兄だけだ。
その事実が、皮肉にも心の箍を外している。
時折、歯が肉棒にぶつかり信長の身体がびくりと震えた。
叱られる、と身を硬くするものの、兄は何も言わなかった。
逆に不安になり、顔を上げる。
「……お兄さま?」
珍しく楽しげに笑った兄に、ひょいと身体を抱き上げられて狼狽する。
「えっ……なぁに?」
そのまま後ろから抱きすくめられて、身動きが取れなくなる。
熱い舌が肩から首筋を這い、耳たぶを甘く噛まれてびくびくと身体が震えた。
「愛らしいものよな」
低い声が耳元から直接脳天へと響き、触れられてもいないのに市の身体は敏感に反応を示す。
兄は喉の奥でいつものように笑って、手を再び下肢へと伸ばした。
「あっ、だめっ」
拒否の言など鼻にもかけず、長い足で市の細い足を固定して秘部へと触れる。
先ほどとは打って変わってあふれ出す蜜を、その指に絡めとって秘肉を弄る。
「あっ、んぅ! やっ、やぁ……」
くちゅりという卑猥な水音と、堪えきれない嬌声が混じって己の耳に届く。
首を振ってせめて聞こえぬように、とかすかな抵抗を試みるが、兄の厚い胸板と、しっかりと筋肉のついた腕が暴れさせぬようにと力を込める。
「やぁッ、おにい、さま……ふ、ああっ!」
細い悲鳴を漏らして、市の身体が弓なりに逸れる。
二・三度身体を震わせたのち、ぐったりと力を抜いて兄にもたれかかった。
汗ばんで身体が、ぴたりと兄の肌に吸い付くようで心地いい。
厚い胸板に、頬を摺り寄せる。
そんな妹の額を、兄がまるで幼子にするかのように優しく撫でる。
数回手のひらが往復したところで、そっと硬い床に寝かされた。
膝の裏を抱え上げられて、身体が強張ったが、その気配を敏感に察した兄が一瞥をよこしたた。
咎められた気がして、萎縮する。
ふうと息を吐いて、全身から力を抜いた、その瞬間、真ん中から引き裂かれるような痛みが訪れた。
「ひっ……あ、ああッ」
それでも不思議と、奥まで貫かれて全身から汗が噴出した。
女の身体など、こうも都合よく出来ている。
兄が自分の上で動くたびに、今まで出した事もないような甘い声が口から漏れるのだ。
熱に浮かされながら、人形のように揺れる己の白い足をどこか冷静に見つめる。
背徳を感じながらも、禁忌を乗り越えるのはこんなにも簡単で、湧き上がる熱は夫婦の営みとなんら代わりはない事実を不思議に思う。
ずんと深く貫かれて足が揺れる度に、
普段は鎧に隠れている兄の胸板が想像以上に傷にまみれている、とか、
握るものもすがるものもなく置き場を失った両手の所在、とか、
遠い昔、たった一度だけ負ぶわれた時と同じ暖かさで、兄は鬼だけれども確かに生きているのだ、とか――。
脈絡もなく思いを巡らせた。
*
少し身体が軋んだような気がして、意識が浮上した。
冷えた身体に先程はぎとられた夜着がふわりとかけてある。
顔を傾ければ間近に、月光を仰ぎながら酒を舐める兄の姿が目に入る。
兄ならば女を全裸で放置しそうなものなのに、意外な気遣いに少し驚いた。
しかし兄が何かするたびに、同じ事をされたかと、ここにはおらぬ義姉に問掛ける。
優しくされても、手ひどく扱われても、だ。
ああでもその前に、あの義姉なら情事の最中に気を失うことなどなさそうだ。
くすりと笑うと、兄がちらりとこちらを見た。
お互いの眼がぶつかりあったものの、発するべき言葉は何も見当たらなかった。
身を起こそうと上体をひねると、内腿をどろりと生暖かいものが伝った。
「…………子種……」
身篭ったらと口にする前に、兄がいつものつめたい口調で一言、産めばよい、とこちらを見たまま呟いた。
鬼と呼ばれる兄の子を産むのは、この修羅からの脱却か、それとも更なる深みへの序章か。
どちらでも、兄の側にいられればそれでよい。
淡い月明かりのなか、市は小さく頷いた。
*
以上です。
本能寺で蘭丸が敗走したら、安土城で応援してくれるのは市だけだったorz
で思いついたネタでした。
お付き合いありがとうございました。
こんな夜は奇襲に向かない。
明日はもう少し曇るといい、と市は思った。
隣にどっかりと腰を下ろす兄も、おそらく同じ事を考えているだろう。
いったいいつから自分は、血にまみれた戦場の事ばかりを考えるようになったのか。
ふぅとため息をついたところで、目の前に盃が差し出される。
酌をせい、と無言の命に従って、手にしたどぶろくの徳利を傾けると、とっと軽い音を立てて強い酒が盃へと注がれた。
皆から鬼と恐れられる兄は、ぺろりと舐めた後にぐいとそれを一気に煽って月を見上げた。
市もそれに倣って、少し欠けたそれを見上げる。
なぜか見覚えのある月だった。
――お月さまはまるでお義姉さまのよう。
気まぐれに夜道を照らすそれに、人は魅せられ惑わされる。
美しくて艶やかな、義姉のようだ。
そして今、おそらく濃姫と行動を共にする光秀も、月夜のようにどこか寂しげだ。
信長は闇だ。
月や月夜と似て非なる、完全な闇。
相容れずに脱離をしたのも無理からぬ事実かもしれない。
また盃が目の前に差し出される。
本来なら、戦の前夜に兄へ酌をするのは濃姫の役目だったはずなのだ。
だけどここに濃姫はいない。
いないどころか、明日はきっと明智の陣営に彼女はいる。
妻をも打つ覚悟を、兄は決めているに違いない。
その決断は、おそらく容易だったろう。彼は鬼であるのだから。
「お兄さまは……」
それでも聞いてみたくて、恐る恐る口にする。
「お義姉さまを、」
――斬るの?
――……愛して、いるの?
どちらを先にたずねようか、逡巡をした隙にぐいと手首を引かれて上体が傾いた。
大きな手のひらが、市の細く白い首にかかる。
ぎし、と骨の軋む音が脳髄に響いてぎくりとする。
ぎりぎりとその手で持ち上げられ、頚部が圧迫されて血の巡りが止まった。
目の前が白く濁る。
「お、に……さま?」
空気のような細い声を絞り出し、恐ろしいほど冴え冴えと光る兄の眼を見つめる。
雄々しい眉が何か言いたげにひそめられ、触れてはならなかったのだ、鬼の怒りを買ったと理解し、ぞっと背筋が凍った。
片腕一本で、このままここで殺される。
こんなにも容易く、この命は終わるのだと、半ば諦めかけたところで、乱暴に床に叩きつけられた。
息を吸う暇もなく、ずしりと下半身が圧迫される。
ぼやける視界を懸命に凝らせば、細い腰の上に馬乗りになった兄が、にやりと口元を歪めていた。
「……のう、市よ」
息苦しさに返答ができぬ市を無視して、信長は淡々と言を続ける。
「長政は、よい夫であったか?」
見開いた両目に映ったのは、信長のつめたい嘲笑だった。
長政は間違ってなどいなかった。
今でも市はそう信じている。
鬼である兄に、まっすぐに生きた長政を嘲る資格などありはしない。
ありったけの敵意を込めて、市は信長を睨んだ。
実兄の手で愛しい夫を殺され、自ら果てる事も許されず濃姫に生かされた。
その後幾度となく自害を試みても叶わず、死に場を求めて戦場へと舞い戻った。
いつか何処かのつわものが、自分を長政の元へ送ってくれる。
それだけを夢見て、戦場で舞った。
同時に、信長を守り助く事だけが生き甲斐となった。
兄は憎い。
憎いけれどこんなにも愛しいのだ。
たった一人残された、近しい肉親を、どうしても殺したいとは思えないのだ。
けれど兄は同じようになど市を見てはいない。
簡単に市を殺すだろう。
それを騙るかのように喉の奥でくっと笑うと、おもむろに夜着の袷に手を伸ばし乱暴にはぎとった。
「お兄さま!?」
「申してみよ。長政はうぬをどう愛でたのだ?」
こうか、と耳元で低く囁いて、兄の熱い舌が首筋をねっとりと舐めあげた。
身体がぞわりと震え、市は懸命にがっちりとした体駆を押し退けたが、つめたく痺れた身体はまったく言うことを聞かない。
もともとの体格差も手伝って、市はただ、信長に文字通り弄ばれる。
「いやっ、やめて……お兄さま、許して……ッ!」
大きなてのひらに余る乳房も乱雑に揉みしだかれて、痛みを覚えて顔をしかめた。
「こう、か?」
骨ばった手が無遠慮に下肢へと延びて、何の準備も整わぬ秘壺へと強引に入り込んだ。
「いッ」
高く叫びだしそうになる声を何とか抑えた市を一別して、満足そうに信長が口を歪める。
「うぬはいつ信長を裏切るのだ?」
ぴちゃり、と卑猥な音を立てて、桃色に淡く色付いた乳頭をきつく吸い上げられた。
「あぁっ、……え?」
「構わぬ、申せ。次はいつ、裏切るのだ?」
顔を必死に上げても、伏せられた兄の表情は窺えない。
光秀は、謀反を起こした。
濃姫は、信長を殺したがっている。
蘭丸ももういない。
鬼はどんどん孤独になっていく。
先端をきゅっと指の腹で押されて、市の背中がびくんと震えた。
「ッは、あたしは……!」
もう裏切らない、など、思い浮かべただけで空々しい。
続きを待つように、兄が顔を上げた。
ゆるゆると、上体を起こして信長の下から華奢な身体を引きずり出す。
向き直って居住まいを正した。
「あたしにも、」
ぐっと何かがこみ上げてきて言葉に詰まる。
熱い、熱い何かが。
兄は怪訝そうに顔を歪めた。
その首筋に、ふわりと縋り付く。
「もう、お兄さましかいない……」
やっとそれだけを言って、返事などは聞きたくないとばかりに市は熱いくちびるを自ら重ねた。
*
男のものを咥えるのは初めてだった。
予備知識は持っていたものの、いざ実践をしようとすると長政は頑なに拒んだ。
どんな事柄であれ理由であれ、拒まれるのは嫌いだった。
兄は市が突然に身をかがめても、片眉をちらりと上げただけで何も言わなかった。
恐る恐るぺろりと舐めても、兄もその身体も無表情を保ったままだ。
思い切ってぱくりと咥えると、思いがけず喉の奥に先端がぶつかり咳き込んだ。
「ぅ……ごめ、なさい、……」
熱い大きな手のひらが、無言で市の背を撫でる。
幼い頃から兄が大好きだった。
一番目の兄よりも、三番目の兄よりも、その他沢山いる兄弟の誰よりも、この兄が大好きだった。
市に一番沢山のことを教えてくれたのは、信長だった。
誰よりも兄は賢いと信じていたから、父や家臣が信長をうつけ呼ばわりする理由が全く判らなかった。
信長が織田を継ぎ、ついに桶狭間で武勲を挙げたときには心が震えて、喜びでどうにかなってしまうのではと思ったほどだ。
それ以来、憂いてばかりだった市の心が、やっと単純な悦びを受け入れている。
兄の婚礼も、己の縁談も、嬉しいはずなのに心が重たかった。
なにか難しい事がいつも付いて回って、素直に悦ぶべきなのか図りかねた。
愛しい人はもう兄だけだ。
その事実が、皮肉にも心の箍を外している。
時折、歯が肉棒にぶつかり信長の身体がびくりと震えた。
叱られる、と身を硬くするものの、兄は何も言わなかった。
逆に不安になり、顔を上げる。
「……お兄さま?」
珍しく楽しげに笑った兄に、ひょいと身体を抱き上げられて狼狽する。
「えっ……なぁに?」
そのまま後ろから抱きすくめられて、身動きが取れなくなる。
熱い舌が肩から首筋を這い、耳たぶを甘く噛まれてびくびくと身体が震えた。
「愛らしいものよな」
低い声が耳元から直接脳天へと響き、触れられてもいないのに市の身体は敏感に反応を示す。
兄は喉の奥でいつものように笑って、手を再び下肢へと伸ばした。
「あっ、だめっ」
拒否の言など鼻にもかけず、長い足で市の細い足を固定して秘部へと触れる。
先ほどとは打って変わってあふれ出す蜜を、その指に絡めとって秘肉を弄る。
「あっ、んぅ! やっ、やぁ……」
くちゅりという卑猥な水音と、堪えきれない嬌声が混じって己の耳に届く。
首を振ってせめて聞こえぬように、とかすかな抵抗を試みるが、兄の厚い胸板と、しっかりと筋肉のついた腕が暴れさせぬようにと力を込める。
「やぁッ、おにい、さま……ふ、ああっ!」
細い悲鳴を漏らして、市の身体が弓なりに逸れる。
二・三度身体を震わせたのち、ぐったりと力を抜いて兄にもたれかかった。
汗ばんで身体が、ぴたりと兄の肌に吸い付くようで心地いい。
厚い胸板に、頬を摺り寄せる。
そんな妹の額を、兄がまるで幼子にするかのように優しく撫でる。
数回手のひらが往復したところで、そっと硬い床に寝かされた。
膝の裏を抱え上げられて、身体が強張ったが、その気配を敏感に察した兄が一瞥をよこしたた。
咎められた気がして、萎縮する。
ふうと息を吐いて、全身から力を抜いた、その瞬間、真ん中から引き裂かれるような痛みが訪れた。
「ひっ……あ、ああッ」
それでも不思議と、奥まで貫かれて全身から汗が噴出した。
女の身体など、こうも都合よく出来ている。
兄が自分の上で動くたびに、今まで出した事もないような甘い声が口から漏れるのだ。
熱に浮かされながら、人形のように揺れる己の白い足をどこか冷静に見つめる。
背徳を感じながらも、禁忌を乗り越えるのはこんなにも簡単で、湧き上がる熱は夫婦の営みとなんら代わりはない事実を不思議に思う。
ずんと深く貫かれて足が揺れる度に、
普段は鎧に隠れている兄の胸板が想像以上に傷にまみれている、とか、
握るものもすがるものもなく置き場を失った両手の所在、とか、
遠い昔、たった一度だけ負ぶわれた時と同じ暖かさで、兄は鬼だけれども確かに生きているのだ、とか――。
脈絡もなく思いを巡らせた。
*
少し身体が軋んだような気がして、意識が浮上した。
冷えた身体に先程はぎとられた夜着がふわりとかけてある。
顔を傾ければ間近に、月光を仰ぎながら酒を舐める兄の姿が目に入る。
兄ならば女を全裸で放置しそうなものなのに、意外な気遣いに少し驚いた。
しかし兄が何かするたびに、同じ事をされたかと、ここにはおらぬ義姉に問掛ける。
優しくされても、手ひどく扱われても、だ。
ああでもその前に、あの義姉なら情事の最中に気を失うことなどなさそうだ。
くすりと笑うと、兄がちらりとこちらを見た。
お互いの眼がぶつかりあったものの、発するべき言葉は何も見当たらなかった。
身を起こそうと上体をひねると、内腿をどろりと生暖かいものが伝った。
「…………子種……」
身篭ったらと口にする前に、兄がいつものつめたい口調で一言、産めばよい、とこちらを見たまま呟いた。
鬼と呼ばれる兄の子を産むのは、この修羅からの脱却か、それとも更なる深みへの序章か。
どちらでも、兄の側にいられればそれでよい。
淡い月明かりのなか、市は小さく頷いた。
*
以上です。
本能寺で蘭丸が敗走したら、安土城で応援してくれるのは市だけだったorz
で思いついたネタでした。
お付き合いありがとうございました。
「んっんあっあん!」
「稲…私はもう…。」
「はぁ…はぁ…信之様…信之様ぁ…。私も…。」
「うむ。わかった。一気にいくぞ。」
「はぃ…。」
二人の接合部からぐちゅぐちゅといやらしい音を立てながら、信之は突く速度を上げた。
「くっ、ふぁっ、あっあっあんっあぁん!私…もう…果ててしまいますぅ!」
「いいぞ。一緒に迎えよう…稲。」
「あ、あん、あああああああああ!」
「くっ……」
二人は同時にイキ、稲の膣からは愛液と白濁液が流れ落ちた。
「…………はっ、ここは…………。」
今稲がいる所は関ヶ原の陣営、丁度家康が将に向かい、打倒三成を唱えている所だった。
「稲よ…夫婦の営みはどうであったか?」
と、父である忠勝が顔をねじ曲げながら言った。勿論顔は引きついている。
家康を始めとする将達は顔を赤くしながら、あるいは不自然な前屈みになりながら、別の方向を見ていた。
「も…もしや…夢?」
最近戦続きで夫婦として時間を共にする事が無かったらしい。
そのためその夢を見て、しかも恥ずかしい寝言を周りに聞かせていたのだ。
「も、ももも、申し訳ございません!」
そう理解した稲姫は、顔を赤くし、慌てながら恥ずかしそうに詫びるのであった…。
「稲…私はもう…。」
「はぁ…はぁ…信之様…信之様ぁ…。私も…。」
「うむ。わかった。一気にいくぞ。」
「はぃ…。」
二人の接合部からぐちゅぐちゅといやらしい音を立てながら、信之は突く速度を上げた。
「くっ、ふぁっ、あっあっあんっあぁん!私…もう…果ててしまいますぅ!」
「いいぞ。一緒に迎えよう…稲。」
「あ、あん、あああああああああ!」
「くっ……」
二人は同時にイキ、稲の膣からは愛液と白濁液が流れ落ちた。
「…………はっ、ここは…………。」
今稲がいる所は関ヶ原の陣営、丁度家康が将に向かい、打倒三成を唱えている所だった。
「稲よ…夫婦の営みはどうであったか?」
と、父である忠勝が顔をねじ曲げながら言った。勿論顔は引きついている。
家康を始めとする将達は顔を赤くしながら、あるいは不自然な前屈みになりながら、別の方向を見ていた。
「も…もしや…夢?」
最近戦続きで夫婦として時間を共にする事が無かったらしい。
そのためその夢を見て、しかも恥ずかしい寝言を周りに聞かせていたのだ。
「も、ももも、申し訳ございません!」
そう理解した稲姫は、顔を赤くし、慌てながら恥ずかしそうに詫びるのであった…。
「俺なしでもやってける自信ってのをな・・・」
来るべき栄光は目の前にあった。視界がぼやけ、やがて薄れていく。
「酒池肉林・・・ちょっと夢見ちまったぜ」
5人・・・。体力が持たない、そう判断したのは間違いではなかったはずだ。
あの休憩は必然のものだったのだ。戦略的撤退といってもいい。
だが帰ってきてみれば、そこにあったのは酒池肉林などではなく
「修 羅」
地獄が始まった。殴られ、斬られ、蹴られ、踏まれ・・・。
「俺としてはこういうのも・・・」
強がりのセリフが最後まで言えない。痛みの中に虚しさが宿る。
罵声が止まない。そこまで悪い事だったのか、男なら誰だって夢見るはずだろう?
(悪ぃ秀吉・・・。先に逝くわ・・・)
力尽きた。地面に突っ伏して、男は静かに息を引き取った・・・ように見えた。
「孫!孫、起きるのじゃ!」
どうやら天国に着いたようだ。身体の感覚がない。ということはつまりこれが霊体の感覚なのか。
「起きろー!孫ーっ!」
誰だうるさい。ようやく地獄から抜け出せたってのに少しは安堵をよこしてくれ。
「死ぬな孫!こんなところで死んでは、未来永劫世間に顔見世できぬほどカッコ悪いぞ!」
死ぬな?カッコ悪い?何言ってるんだ、俺はもうぽっくり逝っちまった。
それにカッコ悪いだって?ハッ、この天下無双の色男・雑賀孫市に向かってそれはなしだぜ。
「むむ~、ダチの言う事が聞けぬのかー!?」
ダチ?・・・この声、まさか・・・?
何だ、何か身体に力が戻って・・・。
「傷はまだ痛むか?孫」
山のほとりの山小屋で孫市はガラシャの手当てを受けていた。
孫市は生きていた。目覚めた時にその場にいたのはガラシャのみ。
他の美女たちは孫市が力尽きるなり早々と引き上げていった。天下一の美女決定戦は思わぬ横槍・孫市の存在により次回持ち越しとなったそうだ。
「当たり前だろ・・・。マジで死ぬかと思ったぜ」
「元はといえば孫が悪いのじゃ。皆を閉じ込め一体何を企んで・・・」
「男の夢だ」
「むむ~、わらわには理解できぬ!皆、ひどく嫌がっておったぞ。その鬱憤を晴らすかのように執拗に執拗に倒れた孫を皆で嬲っておった。
本当に今、孫が生きているのは奇跡としか・・・」
「はは、ざまぁないな。だが俺は諦めねぇ・・・!次こそは必ず・・・!」
孫市の目に再び炎が宿る。熱く、メラメラと燃え上がる。
「こんな傷だらけになってもまだ夢を諦めぬのか・・・」
「夢を失っちまったら、俺達男はおしまいなんだよ」
「ところで・・・」
救急用具を床に置き、ガラシャは孫市のほうに向きかえる。
「その夢とやらは一体何なのじゃ?」
「・・・・」
少し間を置いて、孫市がニヤリと笑う。
「なんだ、お前何もわかってなかったのか・・・」
「天下一との呼び声高い皆を集め・・・一体何をしようとしていたのじゃ?体力が持たぬとか何とか・・・一騎打ちでもする気だったのか?」
「馬鹿言え。俺は女性を傷つけるようなことしないさ」
「では、何を・・・」
ガラシャが真っ直ぐに孫市を見据える。いかにも興味津々といったカオだ。
「教えられないな、お前には」
「何故じゃ?」
「お前だからだ。まだ早い・・・かもな」
「意味が分からぬ。ダチなのに言えぬのか?」
ズイズイとガラシャの顔が孫市に近づく。その表情は真剣そのものだ。
「ダチだから・・・いや、違うな。秀吉には普通に話せる」
「秀吉はよくてわらわはダメなのか?・・・しょんぼりなのじゃ」
「ん~~・・・」
孫市が立ち上がり、ニ三歩下がりガラシャの姿をまじまじと見つめる。
「何じゃ孫、もったいぶらず早く話さぬか!話してくれないならもう手当てはせぬぞ!」
(へぇ、意外と女性らしい身体じゃないか。出会った頃から少し成長したか?身体のあちこちが痛ぇが、こいつ一人相手するぐらいなら・・・)
ポン!と突然孫市がガラシャの肩を叩く。
「こっち・・・一緒に来てくれるか?」
「・・・?別に構わぬが?」
ガラシャも見たことがないほどの孫市の真面目な表情だった。あの信長を暗殺しようとした時よりも真剣に見えた。
ただ、包帯グルグル巻きなのであまり決まっていない。孫市が差し出した手を、何の疑いもなく握り返すガラシャ。
孫市が瞬時に寝室の場所を察知し、ガラシャの手を引きながら歩き出す。ガラシャも全く勘付かず、そのまま二人は寝室に消えた。
「ここで何をしようと言うのじゃ?」
ガラシャは寝台に腰を降ろし、自分に背を向け外を見つめる孫市に話しかけた。
孫市は腕組みをしながら、黄昏ている。
「孫?」
「なぁ、お嬢ちゃん・・・」
「何じゃ?」
「・・・何て言ったらいいのかわかんねぇ」
巻かれた包帯をスルスルと外していく孫市。
「・・・?」
孫市が僅かに俯く。ガラシャの混乱は更に深みを増している様だ。
「やっぱ何て言ったらいいのかわからねぇ。けどよ、何か今はお前を普通のダチとして見れねないんだお嬢ちゃん」
「それはどういう意味じゃ?」
「俺はこのままじゃお前と一緒にいられねぇ」
孫市が振り向く。
「な、突然何を言う孫!わらわが嫌いになったのか?あんな風にみんなを集めてボコボコにしたのを怒っているのか?」
孫市は無言のままガラシャに近づく。ガラシャはたまらず立ち上がる。
「あれは確かにやりすぎじゃった。それは謝る!まさか皆があそこまでやるとは思わず・・・」
「違ぇよ」
「え?」
「ダチのままじゃいられねぇ。俺の中でお前はもうダチじゃねぇ、一人の女だ」
「へっ?」
ガラシャが呆け面を浮かべる。
「何時でも何処でも側にいてくれたお前を俺は愛しちまった。ダチだ、ダチだって思ってきたけどよ。もう無理だぜ」
「・・・・・」
ガラシャはポカンとしたまま動かない。
(やばいな、アホ面浮かべてやがる。ちょっといきなりすぎたか?我ながら無理のある流れだぜ。ったくコイツ相手じゃやりにくいったらないぜ)
「ま、孫・・・わらわは・・・えっと、その・・・」
一歩、二歩。ガラシャは下がって孫市から顔を背ける。
「思えばあの出会いが運命の始まりだったんだ。・・・最初は子どもだの守備範囲外だのなんて思ってたけどよ、そりゃ間違ってたんだ」
「孫・・・」
ガラシャは背けていた顔をゆっくりと孫市に向けなおす。
その頬は微かに紅の色を含み、彼女の心がいかに動揺し、また高揚しているかが感じ取れる。
「だからよお嬢ちゃん・・・いや、ガラシャ、今ここで・・・俺とお前のダチとして一線、超えさせてくれないか?」
孫市はガラシャの双肩を掴み、全く力を有していないその身体をグッと引き寄せる。
「な、いいだろ?」
「孫、わらわは・・・んっ!」
ガラシャが口を僅かに開き、絞り出すような声を出した刹那、孫市はその口を自らの唇で塞いだ。
反射的にガラシャの二の腕が孫市の身体を押し返そうとするが、意味のない抵抗だった。
それどころか逆に孫市に押し込まれ、ストンと寝台に腰を落としてしまう。
「俺に任せてくれりゃいい。はじめてだろ?よくしてやるからな」
「わらわで・・・わらわでよいのか、孫?世間にはもっと魅力的な女性がたくさんおるのでは・・・」
「何言ってんだ、お前だからだよ。お前じゃなきゃダメなんだ、自信持てよ」
孫市にとっても少し不思議だった。いつものようにキザでキメた言葉を考えても、ガラシャ相手では何か違う。
素直に、自然と一つ一つのセリフが流れてくる。とても滑らかにそして綺麗に孫市はガラシャに我流の”愛”を伝えていた。
「お前はまだ経験がない。だから俺に任せときな」
「りょ、了解なのじゃ・・・」
孫市がガラシャの隣に腰を降ろし、再び二人は唇を重ねる。
ガラシャは目を瞑り、その感触に浸る。二人の静かな呼吸に、静寂に包まれた寝室はやがて熱を帯びてくる。
その熱を察知するや否や、孫市は間髪おかずに舌を浸入させる、眉をピクリと震わせてガラシャもそれを受け入れる。
じっくりと全てを確かめ合うように、孫市はガラシャの口唇を味わう。
「・・・ぷはっ、中々積極的だな。吸い付いて離さねえ」
「孫の舌・・・温かかった」
「当然だ、冷たい舌なんて死んでる奴以外持ってないだろ?」
ガラシャの肩に回されていた孫市の右腕が、スルリとガラシャの腋の下を潜り、小振りな胸を撫でる。
「ひゃっ!ま、孫、そこは・・・」
右側を通り越し左側の膨らみを服の上から撫で回す。
「すげぇ、心臓ドクンドクン言ってんな。緊張してるのか?」
「当然なのじゃ・・・こんなことされて緊張せぬ女子などおらぬ」
「だな。相手はしかもこの俺と来た」
指の一本一本でふにふにと小さな丘をほぐす。ガラシャの発展途上の持ち物は衣服の上からでも心地よい触感を孫市に与えていた。
堪らず孫市の右腕は布の隙間をすり抜け、直接ガラシャの肌を這っていく。
「やっ、くすぐったい・・・!」
「それがじきによくなる」
慣れた手つきでガラシャの着物をはだけていく孫市。普段あまり露出していない若さ全開の肌が、次第に露になっていく。
程なくして上半身の衣服は剥がれ、ガラシャは顔を真っ赤に染める。
「まだまだちっちゃいな、ここは」
人差し指で胸の柔肌をぷにぷにと突付く。
「まだまだこれから成長するのじゃ・・・ん!」
キュッとその先端を摘むと、ガラシャが小さく嬌声をあげる。
指で挟み、力を加えながら細かく擦るように撫でまわす。するとその先端は素直に固く尖り始める。
「知ってるか?気持ちよくなると、ここは固くなるんだ」
「知らぬわそんなこと・・・くぅっ」
「いい感じだ」
胸は小さいが決して幼児体系という訳ではない。鍛えているのこともあってか、腰のくびれはなかなかどうして見事である。
その腰回りを軽く愛撫した後、いよいよ孫市のゴッドハンドはガラシャの秘部へと狙いを定める。
「孫、そこは・・・」
「じっとしてな」
妙な形をした下着の紐を解き、いよいよ神秘への扉が開く・・・かに思えた。
「・・・ん?なんだ下にもう一枚履いてんのか」
「と、当然じゃ。それ一枚じゃスースーして気持ち悪いぞ」
「そうか。ま、今日は全部脱いじまうんだけどな?」
「うぅ・・・わらわは恥ずかしくて死にそうじゃ」
もう一枚の下着の見た目は至極普通のものだった。光秀の娘だけあって、質は中々にいいものを履いてるらしい。
だが既にその表面には、薄っすらと愛液のしみが浮かび始めている。
「お、嬉しいねぇ。感じてくれてんだな」
「・・・?」
「もっとよくしてやるからな」
ガラシャの脚を開かせ、布の上から、二本の指で恥丘を優しくなでる。
まだ誰の指も受け入れた事がないであろうそこは、反応に困るかのように何の動きも起こさない。
だがしかしガラシャの吐息が次第に熱くなるように、ピタリと閉じた割れ目よりやがて蜜が滲み始める。
その滲みは程なくしてしみとして白い布を染めていく。その様子にガラシャは益々顔を紅くする。
「孫・・・んっ、孫、聞いておるか?」
「何だ?何も聞かれてないような気がするんだが」
「このしみは・・・ぅんっ、一体何・・・って人が話してる時くらい指を止めぬか?んっ!」
「これは愛の印さ。そして指は止めらんねぇ」
脚を閉じようとするガラシャだが、孫市はそれを許さない。
それどころか、二本の指はついにガラシャの秘部に直接触れようとしていた。
「いくぜ、ガラシャ」
もはや止める物などなにもなかった。下着に隙間を作り、そこから孫市の指が侵蝕していく。
ねとりと濡れたガラシャの秘部、その中心となる割れ目からはまだまだ甘い蜜が漏れてくる。
「ん、んぅっ!・・・ま、孫ちょっと休憩を・・・」
「何言ってんだ」
蜜は溢れるように零れてくるが、まだまだそこは不慣れな蝕みを受け入れられず、膣内への入り口は指を受け入れない。
「もっとほぐしてやらなきゃな」
まるで何かの職人のように固く閉じた花弁たちを丁寧に解していく孫市。
秘裂から漏れ出した透明の粘液が指を覆い、やがてその指の動きは滑らかになっていく。
「ぁっ・・孫・・・何か妙な気分になってきたのじゃ」
「感じるっていうんだ、それは」
ガラシャの状態を表したのか、秘部からはくちゅっと小さな滴の音が放たれる。
「ちょっと痛いかもしれないが、我慢してろよ?」
「うむ・・・」
愛液を目一杯に浴びた指が、火照ったガラシャの膣内への埋まっていく。
意外にもすんなりとガラシャの割れ目は孫市の指を受け入れた。
次第に指は膣内でスライドを開始する。それに連れくちゅくちゅと粘液が混ざり合う淫靡な音が、段々と大きくなっていく。
「んっ、はぅ!ぁ、あぁ・・・」
ガラシャの喘ぎは激しさを持ち、目は半分虚ろになってきている。時が近づいているのかもしれない。
「ま、孫・・わらわ、わらわもう・・・っ!」
「お、マジかよ?よ~しよし、我慢しちゃダメだぜ、素直にイッちゃいな?」
ガラシャの哀愁と悦びの双方を映し出す表情に、孫市はより一層の勢いで指を動かす。
「あっ・・!ま、孫・・・あ、あぁ・・・!んんんっッ!」
ガラシャの身体が強張り、何かを噛み締めるように大きく震える。
「はぁっ・・・あっ」
口元からは唾液が垂れ、目を閉じ、秘部ははしたない程の愛液を垂れ流していた。
ガラシャ、始めての絶頂だった。
瞬間が終わると、ガラシャはくてんと身体を孫市に預ける。
未だ荒い息と高い体温が、ガラシャの心を孫市に伝えていた。
「孫・・・」
「よかったろ?お嬢ちゃん、だがまだまだこれからだぜ?」
「少し休憩を・・・」
「ダ~メだって」
すっかり力の抜けたガラシャの身体を布団の上へと寝かせる孫市。
ガラシャ、大人への階段はまだまだ続く────。
来るべき栄光は目の前にあった。視界がぼやけ、やがて薄れていく。
「酒池肉林・・・ちょっと夢見ちまったぜ」
5人・・・。体力が持たない、そう判断したのは間違いではなかったはずだ。
あの休憩は必然のものだったのだ。戦略的撤退といってもいい。
だが帰ってきてみれば、そこにあったのは酒池肉林などではなく
「修 羅」
地獄が始まった。殴られ、斬られ、蹴られ、踏まれ・・・。
「俺としてはこういうのも・・・」
強がりのセリフが最後まで言えない。痛みの中に虚しさが宿る。
罵声が止まない。そこまで悪い事だったのか、男なら誰だって夢見るはずだろう?
(悪ぃ秀吉・・・。先に逝くわ・・・)
力尽きた。地面に突っ伏して、男は静かに息を引き取った・・・ように見えた。
「孫!孫、起きるのじゃ!」
どうやら天国に着いたようだ。身体の感覚がない。ということはつまりこれが霊体の感覚なのか。
「起きろー!孫ーっ!」
誰だうるさい。ようやく地獄から抜け出せたってのに少しは安堵をよこしてくれ。
「死ぬな孫!こんなところで死んでは、未来永劫世間に顔見世できぬほどカッコ悪いぞ!」
死ぬな?カッコ悪い?何言ってるんだ、俺はもうぽっくり逝っちまった。
それにカッコ悪いだって?ハッ、この天下無双の色男・雑賀孫市に向かってそれはなしだぜ。
「むむ~、ダチの言う事が聞けぬのかー!?」
ダチ?・・・この声、まさか・・・?
何だ、何か身体に力が戻って・・・。
「傷はまだ痛むか?孫」
山のほとりの山小屋で孫市はガラシャの手当てを受けていた。
孫市は生きていた。目覚めた時にその場にいたのはガラシャのみ。
他の美女たちは孫市が力尽きるなり早々と引き上げていった。天下一の美女決定戦は思わぬ横槍・孫市の存在により次回持ち越しとなったそうだ。
「当たり前だろ・・・。マジで死ぬかと思ったぜ」
「元はといえば孫が悪いのじゃ。皆を閉じ込め一体何を企んで・・・」
「男の夢だ」
「むむ~、わらわには理解できぬ!皆、ひどく嫌がっておったぞ。その鬱憤を晴らすかのように執拗に執拗に倒れた孫を皆で嬲っておった。
本当に今、孫が生きているのは奇跡としか・・・」
「はは、ざまぁないな。だが俺は諦めねぇ・・・!次こそは必ず・・・!」
孫市の目に再び炎が宿る。熱く、メラメラと燃え上がる。
「こんな傷だらけになってもまだ夢を諦めぬのか・・・」
「夢を失っちまったら、俺達男はおしまいなんだよ」
「ところで・・・」
救急用具を床に置き、ガラシャは孫市のほうに向きかえる。
「その夢とやらは一体何なのじゃ?」
「・・・・」
少し間を置いて、孫市がニヤリと笑う。
「なんだ、お前何もわかってなかったのか・・・」
「天下一との呼び声高い皆を集め・・・一体何をしようとしていたのじゃ?体力が持たぬとか何とか・・・一騎打ちでもする気だったのか?」
「馬鹿言え。俺は女性を傷つけるようなことしないさ」
「では、何を・・・」
ガラシャが真っ直ぐに孫市を見据える。いかにも興味津々といったカオだ。
「教えられないな、お前には」
「何故じゃ?」
「お前だからだ。まだ早い・・・かもな」
「意味が分からぬ。ダチなのに言えぬのか?」
ズイズイとガラシャの顔が孫市に近づく。その表情は真剣そのものだ。
「ダチだから・・・いや、違うな。秀吉には普通に話せる」
「秀吉はよくてわらわはダメなのか?・・・しょんぼりなのじゃ」
「ん~~・・・」
孫市が立ち上がり、ニ三歩下がりガラシャの姿をまじまじと見つめる。
「何じゃ孫、もったいぶらず早く話さぬか!話してくれないならもう手当てはせぬぞ!」
(へぇ、意外と女性らしい身体じゃないか。出会った頃から少し成長したか?身体のあちこちが痛ぇが、こいつ一人相手するぐらいなら・・・)
ポン!と突然孫市がガラシャの肩を叩く。
「こっち・・・一緒に来てくれるか?」
「・・・?別に構わぬが?」
ガラシャも見たことがないほどの孫市の真面目な表情だった。あの信長を暗殺しようとした時よりも真剣に見えた。
ただ、包帯グルグル巻きなのであまり決まっていない。孫市が差し出した手を、何の疑いもなく握り返すガラシャ。
孫市が瞬時に寝室の場所を察知し、ガラシャの手を引きながら歩き出す。ガラシャも全く勘付かず、そのまま二人は寝室に消えた。
「ここで何をしようと言うのじゃ?」
ガラシャは寝台に腰を降ろし、自分に背を向け外を見つめる孫市に話しかけた。
孫市は腕組みをしながら、黄昏ている。
「孫?」
「なぁ、お嬢ちゃん・・・」
「何じゃ?」
「・・・何て言ったらいいのかわかんねぇ」
巻かれた包帯をスルスルと外していく孫市。
「・・・?」
孫市が僅かに俯く。ガラシャの混乱は更に深みを増している様だ。
「やっぱ何て言ったらいいのかわからねぇ。けどよ、何か今はお前を普通のダチとして見れねないんだお嬢ちゃん」
「それはどういう意味じゃ?」
「俺はこのままじゃお前と一緒にいられねぇ」
孫市が振り向く。
「な、突然何を言う孫!わらわが嫌いになったのか?あんな風にみんなを集めてボコボコにしたのを怒っているのか?」
孫市は無言のままガラシャに近づく。ガラシャはたまらず立ち上がる。
「あれは確かにやりすぎじゃった。それは謝る!まさか皆があそこまでやるとは思わず・・・」
「違ぇよ」
「え?」
「ダチのままじゃいられねぇ。俺の中でお前はもうダチじゃねぇ、一人の女だ」
「へっ?」
ガラシャが呆け面を浮かべる。
「何時でも何処でも側にいてくれたお前を俺は愛しちまった。ダチだ、ダチだって思ってきたけどよ。もう無理だぜ」
「・・・・・」
ガラシャはポカンとしたまま動かない。
(やばいな、アホ面浮かべてやがる。ちょっといきなりすぎたか?我ながら無理のある流れだぜ。ったくコイツ相手じゃやりにくいったらないぜ)
「ま、孫・・・わらわは・・・えっと、その・・・」
一歩、二歩。ガラシャは下がって孫市から顔を背ける。
「思えばあの出会いが運命の始まりだったんだ。・・・最初は子どもだの守備範囲外だのなんて思ってたけどよ、そりゃ間違ってたんだ」
「孫・・・」
ガラシャは背けていた顔をゆっくりと孫市に向けなおす。
その頬は微かに紅の色を含み、彼女の心がいかに動揺し、また高揚しているかが感じ取れる。
「だからよお嬢ちゃん・・・いや、ガラシャ、今ここで・・・俺とお前のダチとして一線、超えさせてくれないか?」
孫市はガラシャの双肩を掴み、全く力を有していないその身体をグッと引き寄せる。
「な、いいだろ?」
「孫、わらわは・・・んっ!」
ガラシャが口を僅かに開き、絞り出すような声を出した刹那、孫市はその口を自らの唇で塞いだ。
反射的にガラシャの二の腕が孫市の身体を押し返そうとするが、意味のない抵抗だった。
それどころか逆に孫市に押し込まれ、ストンと寝台に腰を落としてしまう。
「俺に任せてくれりゃいい。はじめてだろ?よくしてやるからな」
「わらわで・・・わらわでよいのか、孫?世間にはもっと魅力的な女性がたくさんおるのでは・・・」
「何言ってんだ、お前だからだよ。お前じゃなきゃダメなんだ、自信持てよ」
孫市にとっても少し不思議だった。いつものようにキザでキメた言葉を考えても、ガラシャ相手では何か違う。
素直に、自然と一つ一つのセリフが流れてくる。とても滑らかにそして綺麗に孫市はガラシャに我流の”愛”を伝えていた。
「お前はまだ経験がない。だから俺に任せときな」
「りょ、了解なのじゃ・・・」
孫市がガラシャの隣に腰を降ろし、再び二人は唇を重ねる。
ガラシャは目を瞑り、その感触に浸る。二人の静かな呼吸に、静寂に包まれた寝室はやがて熱を帯びてくる。
その熱を察知するや否や、孫市は間髪おかずに舌を浸入させる、眉をピクリと震わせてガラシャもそれを受け入れる。
じっくりと全てを確かめ合うように、孫市はガラシャの口唇を味わう。
「・・・ぷはっ、中々積極的だな。吸い付いて離さねえ」
「孫の舌・・・温かかった」
「当然だ、冷たい舌なんて死んでる奴以外持ってないだろ?」
ガラシャの肩に回されていた孫市の右腕が、スルリとガラシャの腋の下を潜り、小振りな胸を撫でる。
「ひゃっ!ま、孫、そこは・・・」
右側を通り越し左側の膨らみを服の上から撫で回す。
「すげぇ、心臓ドクンドクン言ってんな。緊張してるのか?」
「当然なのじゃ・・・こんなことされて緊張せぬ女子などおらぬ」
「だな。相手はしかもこの俺と来た」
指の一本一本でふにふにと小さな丘をほぐす。ガラシャの発展途上の持ち物は衣服の上からでも心地よい触感を孫市に与えていた。
堪らず孫市の右腕は布の隙間をすり抜け、直接ガラシャの肌を這っていく。
「やっ、くすぐったい・・・!」
「それがじきによくなる」
慣れた手つきでガラシャの着物をはだけていく孫市。普段あまり露出していない若さ全開の肌が、次第に露になっていく。
程なくして上半身の衣服は剥がれ、ガラシャは顔を真っ赤に染める。
「まだまだちっちゃいな、ここは」
人差し指で胸の柔肌をぷにぷにと突付く。
「まだまだこれから成長するのじゃ・・・ん!」
キュッとその先端を摘むと、ガラシャが小さく嬌声をあげる。
指で挟み、力を加えながら細かく擦るように撫でまわす。するとその先端は素直に固く尖り始める。
「知ってるか?気持ちよくなると、ここは固くなるんだ」
「知らぬわそんなこと・・・くぅっ」
「いい感じだ」
胸は小さいが決して幼児体系という訳ではない。鍛えているのこともあってか、腰のくびれはなかなかどうして見事である。
その腰回りを軽く愛撫した後、いよいよ孫市のゴッドハンドはガラシャの秘部へと狙いを定める。
「孫、そこは・・・」
「じっとしてな」
妙な形をした下着の紐を解き、いよいよ神秘への扉が開く・・・かに思えた。
「・・・ん?なんだ下にもう一枚履いてんのか」
「と、当然じゃ。それ一枚じゃスースーして気持ち悪いぞ」
「そうか。ま、今日は全部脱いじまうんだけどな?」
「うぅ・・・わらわは恥ずかしくて死にそうじゃ」
もう一枚の下着の見た目は至極普通のものだった。光秀の娘だけあって、質は中々にいいものを履いてるらしい。
だが既にその表面には、薄っすらと愛液のしみが浮かび始めている。
「お、嬉しいねぇ。感じてくれてんだな」
「・・・?」
「もっとよくしてやるからな」
ガラシャの脚を開かせ、布の上から、二本の指で恥丘を優しくなでる。
まだ誰の指も受け入れた事がないであろうそこは、反応に困るかのように何の動きも起こさない。
だがしかしガラシャの吐息が次第に熱くなるように、ピタリと閉じた割れ目よりやがて蜜が滲み始める。
その滲みは程なくしてしみとして白い布を染めていく。その様子にガラシャは益々顔を紅くする。
「孫・・・んっ、孫、聞いておるか?」
「何だ?何も聞かれてないような気がするんだが」
「このしみは・・・ぅんっ、一体何・・・って人が話してる時くらい指を止めぬか?んっ!」
「これは愛の印さ。そして指は止めらんねぇ」
脚を閉じようとするガラシャだが、孫市はそれを許さない。
それどころか、二本の指はついにガラシャの秘部に直接触れようとしていた。
「いくぜ、ガラシャ」
もはや止める物などなにもなかった。下着に隙間を作り、そこから孫市の指が侵蝕していく。
ねとりと濡れたガラシャの秘部、その中心となる割れ目からはまだまだ甘い蜜が漏れてくる。
「ん、んぅっ!・・・ま、孫ちょっと休憩を・・・」
「何言ってんだ」
蜜は溢れるように零れてくるが、まだまだそこは不慣れな蝕みを受け入れられず、膣内への入り口は指を受け入れない。
「もっとほぐしてやらなきゃな」
まるで何かの職人のように固く閉じた花弁たちを丁寧に解していく孫市。
秘裂から漏れ出した透明の粘液が指を覆い、やがてその指の動きは滑らかになっていく。
「ぁっ・・孫・・・何か妙な気分になってきたのじゃ」
「感じるっていうんだ、それは」
ガラシャの状態を表したのか、秘部からはくちゅっと小さな滴の音が放たれる。
「ちょっと痛いかもしれないが、我慢してろよ?」
「うむ・・・」
愛液を目一杯に浴びた指が、火照ったガラシャの膣内への埋まっていく。
意外にもすんなりとガラシャの割れ目は孫市の指を受け入れた。
次第に指は膣内でスライドを開始する。それに連れくちゅくちゅと粘液が混ざり合う淫靡な音が、段々と大きくなっていく。
「んっ、はぅ!ぁ、あぁ・・・」
ガラシャの喘ぎは激しさを持ち、目は半分虚ろになってきている。時が近づいているのかもしれない。
「ま、孫・・わらわ、わらわもう・・・っ!」
「お、マジかよ?よ~しよし、我慢しちゃダメだぜ、素直にイッちゃいな?」
ガラシャの哀愁と悦びの双方を映し出す表情に、孫市はより一層の勢いで指を動かす。
「あっ・・!ま、孫・・・あ、あぁ・・・!んんんっッ!」
ガラシャの身体が強張り、何かを噛み締めるように大きく震える。
「はぁっ・・・あっ」
口元からは唾液が垂れ、目を閉じ、秘部ははしたない程の愛液を垂れ流していた。
ガラシャ、始めての絶頂だった。
瞬間が終わると、ガラシャはくてんと身体を孫市に預ける。
未だ荒い息と高い体温が、ガラシャの心を孫市に伝えていた。
「孫・・・」
「よかったろ?お嬢ちゃん、だがまだまだこれからだぜ?」
「少し休憩を・・・」
「ダ~メだって」
すっかり力の抜けたガラシャの身体を布団の上へと寝かせる孫市。
ガラシャ、大人への階段はまだまだ続く────。