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神室町ヒルズの真下。
飛び交う怒号と人々。
赤いサイレンが近づき、救急車に搬送される桐生一馬。



ヘリより降り、携帯電話を操作しながら走る伊達と遥。
息を切らせながらパトカーに乗り込む。



遥:(泣きじゃくり)おじさんが、おじさんが死んじゃったらどうしよう?

伊達:(遥を抱き締めてその背中を何度も撫で)大丈夫、大丈夫だ!! だって、今までだって大丈夫だたじゃねえか? あんな丈夫な男がくたばるわけねえよ

遥:(さらに大きな泣き声)今までは! そうだよ今までは、だよ!!

伊達:え?

遥:(伊達の肩に取りすがる)だってもうおじさんは今までのおじさんじゃないもの

伊達:(運転手に怒鳴る)代われ!! 俺が運転した方が早ぇ!!



大病院のロビー。
駆けつけた須藤を見て長椅子から立ち上がる伊達。
伊達に寄り添う須藤。


須藤:伊達さん!

伊達:須藤?! お前、大丈夫なのか? こんな所に来て

須藤;(寂しそうに)今、現場は一課が仕切ってますので

伊達:(悔しそうに顔を歪ませる)

須藤:ですので、私はこちらへ。けど、こちらの方がよかった。あなたの傍を……離れたくない(辺りを見回して伊達に軽く抱きつく)

伊達:須藤……

須藤:(抑えつつも強い口調で)ほかの誰かがあなたを取り調べる……耐えられません、そんなの……考えただけでも狂いそうだ……

伊達:(須藤の額に自分の額を軽く押し付けてから、身体を離す)バカだな……(ハッとして)そういや、聴取、あるよな? 当然

須藤:ええ。落ち着いてからでも構いませんよ。あの子も

伊達:あの子?

須藤:澤村遥さんです。一応現場に居合わせたことになるますので

伊達:(眉をしかめて)別にその必要ねえだろ? ヘリ自体なかったことにすりゃいいじゃねえか?

須藤:まあ、私もそうしたいのは山々ですが、伊達さんけっこう無茶言いますね

伊達:(ぐったりした様子で)だって、お前ぇ、これからの仕事考えてもみろよ?

須藤:伊達さんが気になさることはありませんよあなたはもう一般人なんですから

伊達:おい?

須藤:(毅然とした態度で)全ての責任は――私が

伊達:(きっぱりと)バカ野郎! 俺たち二人の事件だ!!

須藤:伊達さん……

伊達:ああ、あと、瓦のオッサン

須藤:(冷たく)その付け足し、無用です

伊達:……お前なあ

須藤:そう言えば、澤村遥さんはご一緒ではないんですか?

伊達:ああ、今、トイレだ……確かにちょっと遅いな(真顔で)色んな事が起こった後だ、貧血起こして倒れてるのかもしれねえ!

須藤:どちらのお手洗いですか?

伊達:(駆け出して)あっちだ!




女子トイレ
個室をひとつひとつノックする伊達と後ろにつく須藤



伊達:遥、おい、遥! 大丈夫か?

須藤:そこも返事がありませんね(一番奥の個室のドアを引き)ここ、鍵が閉まってます

伊達:よし。(大声で名前を呼びノックする)遥! おい、大丈夫か? 遥!!

須藤:(首を横に振る)倒れているのかも

伊達:(舌打ちをして)よし、ブチ破るぞ

遥 :(消え入りそうな小さい声で)……止めて

須藤と伊達、同時に顔を見合わせる

遥 :(泣き声で)お願い……向こうに行って……

伊達:(安堵のため息を吐いて)何だ、遥……お前、泣いてたんだな?

遥 : ……

伊達:桐生が心配なのは分かるけどよ、大丈夫だ! あの男は体力があり余ってるからな。今はICUだけどよ、すぐに良くなる! な、遥? 泣き顔見られたくないってのは、分かるけどよ、お前の姿が消えたら俺らが心配するだろ?

須藤:いえ、私は別に……

伊達:てめえ、ブン殴るぞ!

須藤:(別に悪びれず)すみません

伊達:(やさしい声で)だから、遥、出てきてくれ? 一緒に桐生の手術が終わるの待とう

遥: (ぐすぐす泣きながら)だめ……出て行けない……

伊達:何言ってんだ? (やさしく笑いながら)お前は泣いたって十分かわいい顔してんだから。恥ずかしがんな!

遥: (さらにしゃくり上げて)

須藤:(伊達の前に割り入って)失礼します。澤村遥さん? 警視庁の須藤です。以前の事件であなたの身元を確認しましたが、あなたは現時点でもう10歳でいらっしゃいますね?

伊達:(目を丸めて)何言ってんだ? 須藤

須藤:(クールに)あなたにとってお恥ずかしい質問かもしれません。ですから、イエスなら1回。ノーなら2回。ドアをノックして下さい

伊達:(わけが分からないように)おい?

須藤:(クールな調子のままで)初潮が訪れましたか?

遥 :(控えめに1回ノック)

伊達:(無言で目を見開く)

須藤:必要なものを売店で私が買って参ります。伊達さんはロビーに連れ出しますので、そのまま5分ほどお待ち下さい

遥 :(強い調子で1回ノック)



ICU前のロビー。
長椅子にかけてタバコを吸う伊達。
須藤の姿を見て顔を上げる。


伊達:遥は?!

須藤:必要なものは全てお渡ししました。今はご自分で処置なさっている頃でしょう(クールに)

伊達:そ、そうか……悪かったな(恥ずかしそうに俯き)俺が気づいてやれなちゃいけなかったのにな……娘持ってる親なのに……(がっくり)

須藤:(伊達の真横にかけ)女子の第二次性徴は毎年低年齢化しています。伊達さんがお気づきになれなかったのも無理もありません。それに、今は学校のほうでも性教育が為されているはずです。大丈夫でしょう

伊達:け、けどよ……(はっと顔を上げる)遥!

遥 :(病院のロゴの入ったトーとバッグを持って)あの……(泣きはらした顔で)

伊達:(跪いて遥を軽く抱き締め)遥、大丈夫だったか?

遥 :う、うん。でも……私、びっくりして……それで……(また目に涙をためる)

須藤:(立ち上がり)どこか痛いところなどはありませんか?

遥 :(須藤を見上げて)大丈夫です……

須藤:(長椅子を促してそうですか、では、どうぞこちらにおかけ下さい

伊達:(怪訝そうに須藤を見ながら自分も遥の隣にかける)

須藤:(遥の隣にかけて)おめでとうございます澤村遥さん。これであなたは生殖能力のある立派な大人の女性です(クールに)

遥:(呆けて)

伊達:(慌てて)お、おい須藤!! お前何言ってんだ?

須藤:理解が必要です。ご自分の身に起こったことに関して理解することが(遥の向こうの伊達を見つめ)唯でさえ彼女は親以外の異性と過ごしているわけですから

伊達:だからってそんな言い方することねえだろ!

須藤:一般的に生理の出血は7日から10日続きます

伊達:(顔を赤くして)須藤!!

遥 :それ……保体の時習った……

須藤:だったら、処置の仕方は分かりますね?

遥 :大体……

伊達:(須藤を指差し)おい遥、腹が立ったら言え! この男、ブン殴ってやるから!

須藤:伊達さん、ひどいですね

遥 :(だんだん元気になってきて)ううん。ぜんぜん。須藤さんて学校の先生みたい

伊達:そ、そうか

須藤:澤村遥さん

遥: はい?

須藤:忘れないで頂きたいのは、あなたはもう大人の、立派な一人の女性だということです

遥: えっ?

伊達:須藤?

須藤:確かに現時点のあなたは、選挙権もなければ、勤労の義務も発生しません。広義の意味では大人ではないかもしれない。けれども!(いつになく強い調子で)あなたはもう男性のとの間に子供を授けられる身体です。無論、未成熟のあなたの身体が、妊娠、出産を行うのはとても過酷なことですし、法的にはまだ許されません。しかし、身体的にはあなたは一人前の女性なんです

伊達:須藤(苛苛した様子で)

須藤:(遥を見つめ)狭山薫さんとも、十分に張り合えます

遥: (ハッとしたように目を見開く)

伊達:(須藤の首ねっこを掴み、ずるずると壁際に追い込み背中を押さえつける)

須藤:そんな……伊達さん……女性の見てる前で……

伊達:お前は何を言ってるんだ?! さっきから

遥: (考え込んでいる)

伊達:大体桐生は父親代わりの男だぞ? ワケわかんねえこと言って、遥を混乱させるんじゃねえ!

須藤:お言葉ですが伊達さん、(首だけ振り返り)澤村遥さんは一人の女性として桐生一馬に特別な感情を寄せています

伊達:何言ってんだ? てめえ(すごんで)

須藤:(怯まず)ヘリの時、気づきませんでしたか?

伊達:何?

須藤:あなたの説得に応じなかった二人を見つめるあの表情は親を慕う少女ものではありませんでした。男を愛する一人の女性でした

伊達:そんなバカな……

須藤:私には分かります

伊達:何故だ?

須藤:私もあなたに10年以上も片思いを寄せていましたから。片恋する人間は簡単に見分けられます

伊達:そ、それは――

須藤:ちょっと、すみません。これ以上何もできないのであれば、この体勢はつらいだけです(伊達の身体の下から抜け出し)付け加えて、澤村遥さんの初潮はおそらく桐生一馬が狭山薫さんを選んだことに起因しているとみてよいでしょう

伊達:(だんだん刑事の目になってきて)何だと?

須藤:突発的な環境の変化、及び過度のストレスは身体に並々ならない影響を与えます。この為修学旅行やサマーキャンプなどに女児の子供を送り出す際にはその機関は生理の用意を義務付けられます。また、そういった指導も必ず

伊達:続けろ

須藤:澤村遥さんは再びヤクザの抗争に巻き込まれました。しかしながら彼女が本当にストレスを感じたのは、桐生一馬に裏切られたことです。それも、目の前でね

伊達:(考え込んで)

須藤:通常初潮の平均年齢は12歳前後です。しかし、これはかなりの個人差を有します。10歳で初潮を迎える少女も少なくありません。しかし、澤村遥さんの身長を慮るに、やや、早い

伊達:わかった、もういい(少し考えこんで)遥

遥: 何? 伊達のおじさん(いつもの笑顔で)

伊達:桐生の手術、まだかかりそうだ。食堂が開いてるけど、何か食いに行くか?

遥: ありがとう、伊達のおじさん。でも私ここでおじさんを待ちたいの。須藤さんと二人で行って来て

伊達:そうか……

須藤:では行きましょうか? 伊達さん

伊達:アホか! お前ぇ!! 遥一人置いて行けるか? パンでも何でも買って来い!!

遥: (二人を見てくすくす笑う)

須藤:(気にせず)では何か買って来ましょう。伊達さんはおにぎりとサンドイッチどちらがいいですか?

伊達:ん、そうだな。米だ米

須藤:かしこまりました。澤村遥さんは何か食べたいものはありますか? 菓子パンなども売ってましたが

遥: 私、クリームパンが食べたい!

須藤:かしこまりました(背を向けて)

遥: (立ち上がって)須藤さん!!

須藤:(立ち止まる。首だけ振り返って)何か?

遥 :ありがとう……

須藤:(向き直って)礼を言われるほどのことはしていません

遥: うん! でも、ありがとう!(ぺこっと頭を下げて)

須藤:澤村遥さん……

遥: はい?

須藤:個人的見解ですが、私は狭山薫さんよりあなたの方が美人だと思います(再び背を向けて)では

伊達:うわ……

遥: どうしたの? 伊達のおじさん

伊達:珍しいんだよ! 須藤が女褒めるなんて!!

遥: そうなの?

伊達:ああ。明日は魚が降ってくるかもしれねえ

遥: 何それ(笑いながら)?

伊達:あいつ女嫌いなんだよ

遥: その分伊達のおじさんが好きなんでしょ?

伊達:(ばつが悪そうに)

遥: (口笛を吹くように口を尖らせて)ヒュー、ヒュー

伊達:コラ! 大人をからかうんじゃねえぞ(ふと、自分がさっき言った台詞を思い出す『女褒めるなんて』)ああ……

遥: どうしたの?

伊達:いやあ(困ったように笑って)いつの間にか俺も遥を女扱いしてたみてえだ







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「白粉花」






久しぶりに賽の河原へと伊達は出向いた。
ちょうど、賽の河原のアジトの入口にいた遥が伊達を見つけ、嬉しそうに駆け寄ってくる。
「伊達のおじさん!」
「おう、遥。久しぶりだな」
「うん」
「変わったことねぇか?」
遥の頭を優しく撫でながら伊達が問う。
「大丈夫だよ」
「そうか」
伊達は辺りをぐるりと見回すと直ぐに、遥に桐生の事を聞いた。
「桐生はどうした?」
「おじさんは少し用があるからって、朝から出かけた」
「入れ違いか、仕方ねぇな」
頭の後ろに手をやると、伊達はやれやれと溜息を吐いた。


もうそろそろ夏も終わろうかという頃だった。
河原のあちらこちらに雑草が咲き、その中に咲く赤紫や黄色の花が目を引く。
「可愛いお花でしょ?」
遥はその花を気に入っているらしく、伊達に向かって花を指差した。
「へぇ……こりゃ、あれじゃねぇか」
伊達は面白いものを見つけたというように、悪戯っぽい笑みを浮かべた。
ゆっくりと花に手を伸ばす伊達を見て、遥が声を上げる。
「お花、ちぎっちゃ駄目だよ!」
慌てたように遥が叫んだが、それにも動じず、伊達の手が花の上で小さく動いた。
「ひどいよ!伊達のおじさんの馬鹿!」
伊達の腕に取りすがるようにして、遥が叫ぶ。
「安心しろ、遥?」
「……伊達のおじさん……?」
「摘んじゃいねぇよ」
ほら、と開いた伊達の掌には直径1センチ程の黒い粒がひとつ、乗っていた。
「これ、なに?」
「ああ、こりゃ種だ」
「種……?」
「見てろよ、遥」
伊達はその種を口元に持ってゆくと、それを奥歯の横でがり、と齧った。
遥は伊達のその予想外の行為にただ驚き、それを黙ったまま見詰めている。
伊達が噛み砕いた黒い種子は二つに割れ、その中に白いものが見えた。
その種子を再び掌に戻すと、伊達はその割れ目を指で一層広げた。
「ホラ、見てみろ遥」
「あ……」
伊達は指で、種子の中から出てきた白い粉状のものを指先で擦り取る。
「『おしろい』って知ってるか?」
遥がこくりと頷く。
「女の人が、お化粧に使う…」
「ああ」
今度は伊達が頷いた。
「この花はおしろいばなって言ってな、種の中に白粉の原料が入ってんだ」
「白粉……」
「そうだ。面白いだろ?」
「うん!」
遥は伊達の手から受け取った割れた種をまじまじと見つめた。



「伊達のおじさん!見て、こんなにたくさん」
両手を開いて遥が花から集めた種を見せた。その小さな両手で種は左右に転がる。
「ああ、良かったな」
「いっぱい集めたら、白粉になるね!」
「そうだな」
遥の弾んだ様子に伊達も自然と顔が綻ぶ。やはり遥も年頃の女の子なのだと実感する。
「──けど、遥はそういうもんつけなくてもきっと別嬪になるな」
その言葉に、はにかんだように遥が俯いた。伊達もそんな遥に優しい笑顔を向ける。
遥は伊達を見上げて、その名を呼んだ。
「ん?」
遥の位置まで屈んだ伊達の耳に入った遥の可愛い言葉。
伊達はああ、と頷いた後、もう一度笑った。



数時間後には所用を終えた桐生が戻り、アジトの部屋は3人の笑い声が響いていた。
遥はベッドの上でポケットの中をごそごそと探っている。
チラチラと桐生を見ては、その後、また伊達に視線を移す。
桐生はそんな遥の様子が気になって仕方ないようだった。しきりに遥を気にしている。
「どうかしたか?遥」
「別に!なんでもないよ、ね、伊達のおじさん?」
「ああ」
二人の間に流れる独特の雰囲気に、桐生は僅かに首を捻った。
「伊達さん、ちょっと」
桐生は伊達のシャツの袖を引っ張った。小声で伊達に詰問する。
「んん?」
「あんた、遥に一体何したんだ?」
「何って、何がだよ」
そう桐生に言われてちらりと遥に目をやると、遥は伊達にそっと目を合わせ、楽しそうに笑った。
「目がな」
「目ぇ?」
「ああ…あんたを見る目が、今日はちょっと違うぜ?」
「そうかぁ?」
伊達は至って平然と返事をする。しばらく考えてから、おもむろに口を開いた。
「実はな」
伊達は桐生に耳を寄せると、今日の出来事を簡略に伝えた。桐生の目が大きく見開かれる。
「おい、伊達さん」
やや不機嫌そうに目を細めると、桐生は伊達に顔を近づけて声を絞り出す。
「遥には、まだそういうのは早いんじゃねぇか?」
その、いかにもふて腐れた様子に伊達がクッ、と笑う。
「妬くな妬くな」
「……そんなんじゃねぇけどよ」
短い髪を掻きながらも、桐生は呻いた。
それから間を置かずに、桐生は再び伊達を横目で見つつ、伊達に聞こえるくらいの小声で呟く。
「……あんた、結構手ェ早いよな」
「だから、何がだよ!」
桐生がいやに絡んでくるのに閉口した伊達は、チッと舌打ちをした。
「遥の気も知らねぇで」
「何だ?そりゃどういうことだ、伊達さん?」
「さぁ」
肩を竦め、とぼけた様に伊達が返事をする。


『おじさんに、白粉つけたら見せてあげようかな…』


あの時、遥の可愛らしい言葉が伊達の耳元で囁かれたのだ。まるで秘密の言葉のように。
「伊達さん!」
「刑事にゃ、守秘義務ってのがあってな」
伊達はこの話はここで終わりとばかりに胸ポケットから煙草を取り出し、そっと咥えた。






支えてくれる


心にもないことをしてしまった。
桐生一馬は一人帰路に着きながら思っていた。



そこは部屋から程近い食堂だった。
時折遥と二人で夕食をとることもあるなじみの所だ。
切り盛りする夫婦を遥はお父さん、お母さんと呼んでいた。

いつも余り人のいない時間に利用するのだが、
その日はなぜか席を探さないといけない程だった。

「ごめんね遥ちゃん、相席でお願い」

そうおかみさんから言われて、テーブル席に桐生と二人で着いた。
前には若いカップルが座っていた。

桐生は周りとなるべく目を合わさない様に席へ着いた。
しかし目の前のカップルの女と目が合った。
するとその女は、
「こわい…」
と言い、よそを見ながらタバコふかしていた隣の男にわざとらしく寄り添った。

すると男が桐生に、
「連れに何してくれんだよぉー」
と突っかかった。

「いや、俺は何もしてない」
「怖がってんだろうが」
「何もしてねえ」
「あやまれよ」
「……すまなかった」
「そんな謝り方じゃ足りねえんだよ!」
周りが水を打ったように静まり返っていた。

「遥、帰ろう」
「おい、逃げる気かよ」
「すまなかったって言ってるだろう」
「だからそれじゃ、だめなんだよ!」

「…やっつけてよ」
小声で遥がつぶやいた。

「遥…、バカなこと言うんじゃない」
「こんなやつすぐだよ。弱っちいよ。こんなこともういやだから早く片付けてよ」

パンっと歯切れのいい音が響いた。
遥が打たれた頬に手を当て、桐生を強い目で見つめた。
黙って椅子をガタンと鳴らし、遥は店を足早に出て行った。

厨房の中にいた主人が何事かと出てきた。
「おにいさん、もうそれくらいにしてやってくれないか?
 この人も謝ってる事だし、お姉さんもそれでいいだろ?」
女が居心地の悪そうな顔をしつつ、隣の男と目を合わせた。
二人は金をテーブルの上に置いて、店を出て行った。

「すいませんでした、迷惑掛けて」
「あんたも災難だったねえ。あんなやつほっとけばいいんだよ」
頭を下げて桐生は店主に謝った。

店を出たものの足取りは重かった。
いつも自分のせいでトラブルに巻き込まれるが、
遥があんな口調で言うのは初めてだった。
こんなこともういや…
その言葉が重くのしかかった。

遥は家へちゃんと帰ってるだろうか。
日はとうに暮れて、周りにはところどころにしか街灯はない。

桐生は家の階段前にうずくまる小さな陰を見た。
犬の頭を黙って撫でながらしゃがんでいたのは遥だった。
初めて会ったときから比べると大きくなったが、
こうして見ているとまだまだ子どもだと桐生は感じた。

黙って近付いた。
気配に気づいた犬が首を向けたので遥も振り向いた。

「あのね、ごめんなさい。さっきはあんな事言って」
「俺も謝んなきゃいけない。いつも俺のせいで変なことに巻き込んで」
「いいの。会った時から守ってもらってなきゃ今の私はいないんだから、
 感謝してるの。いつもね」
そういいながら、遥は照れ半分の子どもらしい笑顔を見せた。

「俺がお前を守りたいって決めたんだ。これからもそう思ってる」
「…ありがとう」
さらに笑顔になった遥からは少し大人の表情が垣間見えた。

これからもよろしくね。
遥はそう言いながら二人で階段を上っていった。





ことんという桶を置く音が鳴り響きあう温泉宿。
“男” “女”と書かれたのれんの前で立っている親子風の二人がいる。



いつも一緒



さすがに9歳の遥を男湯には連れては行けないよな…
そう桐生は考えていると、
「私、一人で大丈夫だから行ってくるね」
と遥がさっさと先にのれんをくぐって行ってしまった。

家では一人で入ってはいるものの、ここは温泉場。
中は広く、家とは違って危ない事もあるだろう。
こういう時に母親が居れば…と改めて思ってはみたものの、
こればかりはどうしようもない事だからと桐生ものれんをくぐって浴場に足を踏み入れた。

思った以上に中は広かったが、人が居ない時間を見計らって来たため男湯に人気はなかった。
隣の女湯とは高い塀で仕切られているものの、天井までは区切られておらず声がよく聞こえる。
男湯とは一転して女湯からはにぎやかな雰囲気が伝わってきた。

一方、背中の龍を今日は隠す事もなくゆっくりと心置きなく大きな湯船につかった桐生は、
静かに目を閉じて体を休ませていた。


「おい、桐生。最近どうだ?」
「なんだ、伊達さんこそどうしたんだ?」
いきなりの電話。
そしてその相手が伊達だとわかってさらに桐生は驚いたが、
伊達は続けざまに用件だけを簡単に話し始めた。
要は沙耶との旅行に行けなくなったので代わりにいかないかという誘いの電話だった。
あまり気がすすまなかったが、
「遥のためにも休みくらいどっかに連れて行ってやれ」
と一方的に押し付けられたように遥と二人で来たのだった。


そんな事を思い出していた桐生は女湯からの声でハッとした。
「大丈夫?」
という女の声が何度か聞こえた。
「誰か、おかあさんいませんか? この子のおかあさ~ん」
と呼びかける声が続く。
しかしその声に答える人物は現れない。
もしや、という感情が桐生に沸き起こる。
早く見つかってくれないものかと胸が落ち着かない。
その思いとは裏腹に、誰も名乗り出る事もなく、時だけが過ぎていく。
「…いないみたい」
「とりあえず外に連れていったほうがいいんじゃない?」
「宿の人に言ったらどうかしら…」
そんな話し声が浴場内から遠ざかっていくのがわかった。

その声を聞き終わるや否や、ざばんと背中で湯を切った桐生は急いで上がり浴衣を羽織った。
胸の奥でよからぬ想像ばかりが通り過ぎていく。



予感は的中した。

「遥!」
ぐったりと横たわった遥が旅館の従業員の腕に抱かれていた。
「お父さんですか?」
「…はい…」
「湯あたりしたみたいよ…」
横で心配そうに見ていた年配の女性が桐生に声を掛けた。
「すみませんでした。ご迷惑をおかけしました」
従業員とその女性に礼を言った桐生は遥を背中に乗せてもらい部屋に帰っていった。

道すがら、負ぶさっている遥から小さな声が桐生の背中を伝わってきた。
「ごめんね…」
「…大丈夫か遥?」
「うん。さっきお水もらったから」
「そうか…お前無理するなよ」
「……」
「どうして倒れるまで我慢したんだ?」
「だってね…だって、いっつも一馬が100数えてから出て来いって言うから…」
「馬鹿だなお前は…」
桐生は変わらずその足取りをすたすたと進める。
「今日もちゃんとね、一馬との約束を…約束を守ろうと思ったの…」
「遥…」
桐生の歩みが少しゆっくりとなった。
「ごめんなさい…」
「いや、いいんだ」
遥は話しながらもぐったりと体の重みを桐生に預けていた。
そんな遥を桐生はその後ろ腕にしっかりと背負いなおした。

部屋に着いた桐生は遥を布団の上に優しく下ろすと氷で冷やしたタオルを額に当ててやった。
見つめる遥の頬は赤く、未だに息も少し荒かった。

しばらくして息も落ち着いた遥が桐生へ向かって言った。
「冷たくて気持ちいい…」
「これでも飲め」
桐生は冷えたお茶を遥の上半身を支え起こして飲ます。
「もう、大丈夫だよ」
「遥、お前、温泉なんて初めてだから、無理したんだな」
遥がこくりと頷いた。
「すごく熱かったよ温泉」
「まあそんなもんだからな…」
「やっぱり家がいいね…」
「そうか」

お茶を一口飲んで再び横たわった遥が布団の中から目だけをそっと覗かせて桐生を見つめる。
「ねえ、帰ったら一緒にお風呂入ってくれる?」
「そうだな…二人で100数えるか?」
「うん」
「よしわかった。じゃあ帰るまでゆっくり休め、遥」
遥が嬉しそうに赤い顔に笑みを咲かせた。





2006. 9. 5




お題で、吾朗×一馬+遥です。

久しぶりにこの3人を書いてみようかと。
TDL・・・・すみません。
すっとばして違うの書いてしまいました・・。

ちょこっとだけ積極的になりつつあるにいさんが書けたかなと。
遥と仲良しなのは相変わらずですけどね。
そして微妙に長いので二つに分けました。
・・・・・・・どど、どうぞ最後までお付き合いください。







「喧嘩は買い取り不可となっております」






なんや微笑ましいなぁと、吾朗は乗っている黒塗りのリムジンの窓から呟く。


本日吾朗は一馬に代わり組のちょっとした会合に出るため珍しく黒いスーツの上下で車の後部座席に座っていた。

丁度渋滞にはまり停車している車の窓から何の気なしに外を見れば、通りの向こうを遥に手を引かれて歩いている一馬が居る。
遠目にも嬉しげに歩く遥となんだか微妙に戸惑ったような一馬の二人連れは親子にしてはなんだか変、と言われそうだが二人の関係を知っている吾朗にしてみれば微笑ましく平和そのものだ。

そもそも何故吾朗が一馬の代わりに滅多に出る事のない会合に出席する事になったかという理由は遥のお願いから始まる。



「おじさん、週末なんだけどね」
「どうした遥?」
「八百屋のおばさんに映画のチケット貰ったの。それでね」
「ああそれは良かったな。・・それで、なんだ?」
「あのね・・」
「友達と行くのか?あんまり遅くなるんじゃないぞ」
「ううん。あのねおじさん、一緒に行かない?」
「・・・俺と?」
「うん、ダメ?」
「・・・・・・い、いや。だが俺じゃなく友達とのほうが遥も楽しいんじゃないのか?」
「友達はみんな塾とか家族と出かけるんだって」
「・・・そうか・・・・」
「おじさん、お仕事ある?」
「・・・・・(確か会合が入っていたような)・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・。・・・真島のおじさん、行ってくれるかなぁ・・・」



と、携帯を眺めて呟いた遥の一言で一馬は映画行きを承諾する事になる。

ちなみに遥が吾朗の名前を出したのは計算ずくだ。

遥にとってみれば一馬が一生懸命仕事をしている事は理解をしている。だから普段は我が侭と言う事を殆ど言わない。けれどやっぱりたまには大好きな一馬とお出かけしたいと思っても責められないだろう。

まぁそこで吾朗の名前を的確に出す辺り女の子は怖いという気もするが。


そして翌日には一馬は吾朗に週末の組の会合に代わりに出席してもらえないかと遥とのやり取りを交えお願いをすることになった。


勿論、遥の最後の一言は言わずに、だ。


もしそんな事を言ったら吾郎はほなら自分が遥ちゃんと一緒に行くわと満面の笑みで言う事は目に見えていて、そんな事態になったら一馬の方がそもそも会合に出席していられない。
間違いなく一馬も一緒に行ってしまう。

つまりは3人で映画行き。

本末転倒もいいところだ。

「そういうわけで、申し訳ないんですが兄さんに週末の会合に出て欲しいんです」
「ああ・・・まぁ、遥ちゃんのためならしゃぁないなぁ・・」

吾朗の言葉に一馬は素直に頭を下げる。

「本当にすみません。ありがとうございます」


「・・・・・・ま、当然一つ貸しっちゅう事やな♪」


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・はい・・」


一馬は頷くしかない。

そうしなければ遥との約束を反故にすることになり、遥と吾朗が映画に行く事になってしまう。そうなったら一馬は会合に・・・と、前述したので止めておこう。

しかしとんでもなく大きな借りを作ってしまったのではと一馬は一抹の不安を覚える。


なにせ借りを作った相手が相手だ。


そのうち借りの事は忘れてくれないかなと、限りなくありえそうも無い希望を一馬は持っているのだが恐らく無理だろう。



「ど~んとこっちは任せて、遥ちゃんと楽しんできぃや」


「ありがとうございます」


そして妙に素直に笑顔を向ける一馬に思わず吾朗も笑み返してしまう。



「しかし映画デートとはええのう」

「デートと言うのかどうか・・」

「・・・あない可愛い遥ちゃん独り占めや。何時もの調子で喧嘩なんか買わへんように気ぃつけや」


犬も歩けば棒に当たるといいたくなるほど、一馬が道を歩くと喧嘩を売られる。


それはもう大盤振る舞い年末バーゲン状態だ。


堂島組幹部として正式に極道に復帰してから大分顔を知られたのか回数は減ったが、何故かまだまだ無くなる事が無い。

一馬にしてみればどうして自分だけと言う思いがあるのだが、周囲にしてみれば妙に頷けたりする。



そう結局桐生一馬という男は強い。
そして強い男を倒せば名前が上がる。



簡単な力の論理から一馬は常に喧嘩を売られる立場になっているのだ。


ならば同程度の実力を持つ吾朗は何故売られないのかと言うと、まぁ言うまでも無く誰だって名前は上げたいが死にたくはないと言うところだろう。


「買う気は無いんですが・・・」
「売る気満々なヤツラやからなぁ」
「今回は昼間で映画ですからそんなに無いと思うんですが」


「・・・・・・ま、気ぃつけや」


「はい」


甘い甘いでぇ~桐生ちゃん!とキメ台詞を言いたいところを吾朗はぐっと抑えて気遣う言葉をかける。
先ほど妙に素直に向けられた笑顔が今回の遥との映画を一馬自身も楽しみにしている事を示していて、流石の吾朗も水を刺す台詞はいえなかった。
そんなかんだで週末、吾朗は着慣れないスーツに身を包んで車に乗り込み渋滞にはまり窓の外を見たら遥に腕を引かれた一馬を発見したと言うわけだ。



「・・・・ん?」



相変わらずのろのろとしか動かない車に吾朗は通りの向こうを歩く遥と一馬を見物していた。


「・・ああ、アホやなぁ桐生ちゃん。立ち止まらなええのに・・・売られとるわ、喧嘩」


丁度わき道に入る辺りを遥に手を引かれて歩く一馬は無意識でそちらの方へ視線を向けていた。すると運悪くいかにもな少年と目が合う。そこからは何時ものパターンだ。



「まぁ、問題ないやろけどな。・・・ほんま難儀な星の下の生まれたわ・・」



呟くと丁度渋滞を抜けたのか車が本格的に動き出す。
事の次第は夜にでも聞こうと吾郎は一人頷いて窓の外から視線を離した。




事の次第は夜にでも聞こうと吾郎は一人頷いて窓の外から視線を離した。






「喧嘩は買い取り不可となっております」2






吾朗が会合を終え堂島組事務所に戻ったのは夜10時過ぎだった。


詰めている組員に一馬と遥が2階の事務所で待っていると聞き吾朗はきっちり締めたネクタイを五月蝿そうに緩めなが2階へ向かった。
なんや待っててくれたんやて、とドアを開けながら言いかけた吾朗は口に手を当てて静かにと言いたげな一馬の姿に口を噤む。


「すみません、遥が待ちくたびれて・・」


小声で言う一馬の示す先には一馬の膝に身体を預けた天使の寝顔の遥が居る。


「・・・・」

「土産遥が渡したいって言うんで。さっきまで起きてたんですけど」

「ああ、遊びつかれたんやなぁ」

「そうらしいです」

「可愛い事してくれるわ。ほんま、ええ子やなぁ」

そういう吾朗の言葉に嬉しげに一馬は目を細める。


なんだかちょっと親子の図的になっている気がするが、それはここではあえて触れないでおこう。


「そらそうと、やっぱり昼間喧嘩売られてたやろ?」

しゅるとネクタイを取り上着を脱ぎながら言う吾朗に一馬が首を傾げる。

「兄さん、なんで知ってるんですか?」
「丁度車で通りかかってな。・・・で、どないした?」


「・・・・・・いえ、実は」


なんだか微妙な苦笑いを一馬は浮かべる。


「なんや?」
「まぁ何時ものような感じだったんですが、今日は遥が」

「遥ちゃんが?」


「こう、間にいきなり入ってきて『今日は喧嘩は買取不可です!映画間に合わなくなっちゃうからダメ!!』って・・・・」


「・・・・・・・・・・・・・・・・・」


「・・・・流石に俺も相手もなんというか、まぁ・・・」


容易に想像できる情景に吾朗は声を殺して肩を震わせ笑い出す。



遥らしいというか遥だからできたという、とにかくなかなかかっこいい。



ようやくで笑いを治めて吾朗は未だ眠りの中の遥をそっと撫でる。


「肝座っとるわ。ええ女になるでぇ、遥ちゃん」


そうしてちゅと軽いキスを遥の髪の毛に落とす。
その吾朗の行動に驚いたのは一馬だ。


「なにするんですかっ?」

「ん?ええやん、減るもんでもなし」


「・・・・・・・・そうですが、遥が起きます」


明らかに一馬の目はそんな事しないで下さいと言っている。

大事な大事な、古臭い表現で言うなら目の中に入れても痛くないほど大切な遥に兄貴分とはいえそう言う事をされると父親代わりとして面白くない。


ふぅんと幾分吾朗は不満げに目を細め、眉を寄せている一馬を見遣りほならと笑う。



一馬の中の警報が鳴り始めるより先に吾朗の手が一馬の両手首を掴んだ。



「にっ・・」


「あんま動くと、遥ちゃん起きるで」


「ちょっ、なにを・・」


「しぃ~や、しぃ~」


ぐと一馬の身体を押さえつけるように掴んだ手に力をこめながらにこにこと楽しげに吾朗は一馬に顔を寄せる。


一馬的には絶体絶命だ。


吾朗を突き飛ばす事も可能だがそれではもれなく遥が起きる。

べつに起きても構わないと思うが、どうしたのと遥に訊ねられて口下手の一馬ははぐらかせる自信が無い。

だからささやかな抵抗とばかりに思い切り顔を背けて無駄とは知りつつ小声で抗議の言葉を口にする。


「どうして何時も何時も人の事からかうんです!?」
「おもろいからや」

速攻で返答をするあたり面白具合の良さが伺える。

「俺は面白くありません」
「当たり前や。わしがおもろいんやから」
「・・・・・・・・・・・」


「それとな」


ちゅと背けられた一馬の耳元へ唇を押し当てながらくくと吾朗は笑う。


「まじめぇにやりたいんやけど、桐生ちゃん分かってないからなぁ」


「んっ、ちょ・・なにを。にいさんっ」


「こういう機会でもないとできへんしな。・・・チャンスは逃がさない主義なんや」


「ほんっ、とに、やめてくださいっ・・」


一馬の耳元の柔らかい皮膚の上を吾朗の舌が動く。その感触と囁く声とかかる息が逃げられないもどかしさと相まってぞくぞくと一馬の背筋を粟出させた。





「・・・・・・お・・眠り姫が起きそうやな・・」





不意に吾朗は一馬から離れちらと遥に顔を向ける。

「っ、え!?」

もぞと一馬の膝の上の遥が動き、まだ眠そうに目を擦りながら身体を起こす。


「あれ、真島のおじさん・・・」


「お目覚めやなぁ。どや、今日は楽しかったか?」
「・・・うん。楽しかったよ。真島のおじさん、本当にありがとう」

「ん?なんでや?」

「だっておじさんのお仕事代わってくれたんでしょ。だから、ありがとう」

にこりと天使の笑みを向ける遥につられるように吾朗も笑みを返す。

「可愛い遥ちゃんのためやからな」
「えへへ、嬉しいな。それでね、お土産あるの」

ごそごそとカバンから小さな袋を遥は取り出し、吾朗へ手渡す。



「あのねお揃いのストラップなんだ」



「・・・・・・・・・・なにっ!?」



先ほどまで傍観を決め込んでいた一馬が何かに気付いたように声を上げる。



「うわびっくりした、どうしたのおじさん?」
「ほんまや。なんやねん桐生ちゃん」

「・・・遥、そのストラップって昼間一緒に買った物か?」

「うんそうだよ」

笑顔で頷く遥にやっぱりと一馬は目線を落として溜息をつく。


そうストラップは3人お揃いの物だ。


そういえば遥がもう一つを買っていたような気がすると一馬はぼんやり思い出すがその時は誰にだろうと大して疑問には思わなかった。

ちなみにこういうところを深く考えないのは一馬の悪い癖と言えるかもしれない。


「3人でお揃いで色違いだよ。おじさんも真島のおじさんも大事にしてね」
「おう、大事にさせてもらうわ」

「・・・・・・・・・・・・・・大事にする・・」

「??どうしたのおじさん?」
「なんや元気ないでぇ?」

「・・・・・・・・」

どうしてこれほど遥は兄さんに懐いているのだろうと一馬は遥の将来に不安を感じてしまう。
将来遥が彼氏だと連れてくる男が兄さんのようなタイプだったらどうすれば良いんだ、とまるっきり父親な悩みが急に沸きその不安に負けて一馬は口を開く。




「・・遥、お前兄さんのような男が好きなのか?」




若干十歳の女の子に聞くような質問でもないとは思うが、至って一馬は真面目だ。
ぱちくりと遥は目を瞬かせそれから一馬と吾朗の顔を交互に見て、くすりと大人びた笑みを見せる。


「うん、好きだよ」


「・・・・・・・・・」



「でもね、一番好きなのはおじさんだよ」



え?と驚いたような一馬の頬に遥は小さくキスをしてえへへと何時ものように笑う。


「・・・遥・・・・」


一馬にしてみればパパが一番好きと言われているのと同じだ。
遥の意図を若干勘違いはしているが、本人が感動しているのだから余計な事は無しとしよう。


「桐生ちゃんだけずるいわ。二番目のわしにはちゅ~してくれへんのか?」


そんな二人にすいと吾朗が遥の隣にしゃがみ込み遥の顔を覗けばあははと遥は笑って吾朗の頬へ同じようにキスする。


「ほならお返しや」


隻眼を細めて吾朗は笑い慣れた仕草で遥の頬へキスを返す。
はっきり言ってこの二人の方が一連の仕草が様になっている。




「・・・・・・兄さん。遥はダメですからね」




そんな二人の様子に眉を寄せて一馬は吾朗に近寄ると遥に聞こえないような小声で囁く。

幾らなんでも十歳の女児相手にというか、そもそも一馬は勘違いしてる。大きな大きな勘違いだ。

一瞬呆気に取られたように一馬を見てから吾朗はにやりと口の端で笑うと一馬の耳元へ口を寄せる。




「・・ほなら・・・桐生ちゃんがええわ」




ほんの僅か耳に触れるくらいまで唇を寄せて囁くとぺろと悪戯のように一馬の耳を舐める。

「っつ!!」

不意の事に一馬は飛びのくように身体を離し、どうしたの?という遥の視線に言葉を失う。


「・・・・・・・・・・いや、なんでもない」


咎めるように一馬は視線だけを吾朗に向けるが吾朗は何知らぬ顔でその視線を流し、壁の時計に顔を向ける。

「もうこない時間や。とりあえずそろそろ帰ろか?」

送らせるで~という吾朗に遥は笑顔で答え、一馬は大分微妙な顔でありがとうございますと頭を下げる。
ほなら帰ろうやと遥と一馬を促しながら吾朗は一言、一馬に囁く。




「そうそう。一つ貸しがあること、忘れんとってや桐生ちゃん」
















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