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ことんという桶を置く音が鳴り響きあう温泉宿。
“男” “女”と書かれたのれんの前で立っている親子風の二人がいる。



いつも一緒



さすがに9歳の遥を男湯には連れては行けないよな…
そう桐生は考えていると、
「私、一人で大丈夫だから行ってくるね」
と遥がさっさと先にのれんをくぐって行ってしまった。

家では一人で入ってはいるものの、ここは温泉場。
中は広く、家とは違って危ない事もあるだろう。
こういう時に母親が居れば…と改めて思ってはみたものの、
こればかりはどうしようもない事だからと桐生ものれんをくぐって浴場に足を踏み入れた。

思った以上に中は広かったが、人が居ない時間を見計らって来たため男湯に人気はなかった。
隣の女湯とは高い塀で仕切られているものの、天井までは区切られておらず声がよく聞こえる。
男湯とは一転して女湯からはにぎやかな雰囲気が伝わってきた。

一方、背中の龍を今日は隠す事もなくゆっくりと心置きなく大きな湯船につかった桐生は、
静かに目を閉じて体を休ませていた。


「おい、桐生。最近どうだ?」
「なんだ、伊達さんこそどうしたんだ?」
いきなりの電話。
そしてその相手が伊達だとわかってさらに桐生は驚いたが、
伊達は続けざまに用件だけを簡単に話し始めた。
要は沙耶との旅行に行けなくなったので代わりにいかないかという誘いの電話だった。
あまり気がすすまなかったが、
「遥のためにも休みくらいどっかに連れて行ってやれ」
と一方的に押し付けられたように遥と二人で来たのだった。


そんな事を思い出していた桐生は女湯からの声でハッとした。
「大丈夫?」
という女の声が何度か聞こえた。
「誰か、おかあさんいませんか? この子のおかあさ~ん」
と呼びかける声が続く。
しかしその声に答える人物は現れない。
もしや、という感情が桐生に沸き起こる。
早く見つかってくれないものかと胸が落ち着かない。
その思いとは裏腹に、誰も名乗り出る事もなく、時だけが過ぎていく。
「…いないみたい」
「とりあえず外に連れていったほうがいいんじゃない?」
「宿の人に言ったらどうかしら…」
そんな話し声が浴場内から遠ざかっていくのがわかった。

その声を聞き終わるや否や、ざばんと背中で湯を切った桐生は急いで上がり浴衣を羽織った。
胸の奥でよからぬ想像ばかりが通り過ぎていく。



予感は的中した。

「遥!」
ぐったりと横たわった遥が旅館の従業員の腕に抱かれていた。
「お父さんですか?」
「…はい…」
「湯あたりしたみたいよ…」
横で心配そうに見ていた年配の女性が桐生に声を掛けた。
「すみませんでした。ご迷惑をおかけしました」
従業員とその女性に礼を言った桐生は遥を背中に乗せてもらい部屋に帰っていった。

道すがら、負ぶさっている遥から小さな声が桐生の背中を伝わってきた。
「ごめんね…」
「…大丈夫か遥?」
「うん。さっきお水もらったから」
「そうか…お前無理するなよ」
「……」
「どうして倒れるまで我慢したんだ?」
「だってね…だって、いっつも一馬が100数えてから出て来いって言うから…」
「馬鹿だなお前は…」
桐生は変わらずその足取りをすたすたと進める。
「今日もちゃんとね、一馬との約束を…約束を守ろうと思ったの…」
「遥…」
桐生の歩みが少しゆっくりとなった。
「ごめんなさい…」
「いや、いいんだ」
遥は話しながらもぐったりと体の重みを桐生に預けていた。
そんな遥を桐生はその後ろ腕にしっかりと背負いなおした。

部屋に着いた桐生は遥を布団の上に優しく下ろすと氷で冷やしたタオルを額に当ててやった。
見つめる遥の頬は赤く、未だに息も少し荒かった。

しばらくして息も落ち着いた遥が桐生へ向かって言った。
「冷たくて気持ちいい…」
「これでも飲め」
桐生は冷えたお茶を遥の上半身を支え起こして飲ます。
「もう、大丈夫だよ」
「遥、お前、温泉なんて初めてだから、無理したんだな」
遥がこくりと頷いた。
「すごく熱かったよ温泉」
「まあそんなもんだからな…」
「やっぱり家がいいね…」
「そうか」

お茶を一口飲んで再び横たわった遥が布団の中から目だけをそっと覗かせて桐生を見つめる。
「ねえ、帰ったら一緒にお風呂入ってくれる?」
「そうだな…二人で100数えるか?」
「うん」
「よしわかった。じゃあ帰るまでゆっくり休め、遥」
遥が嬉しそうに赤い顔に笑みを咲かせた。





2006. 9. 5




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