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「延王が、近々また、お相手をして下さるそうだ」
 驍宗がそう言ったのは、正寝でいつものように夕餉をとっているときだった。戴国の
王朝はようやく落ち着き、国は確実に年毎に富んでいく。民の顔が皆、明るくなった頃
のことである。
「雁に、お出かけになるのですか」
 李斎は訊いた。相手は五百年の大王朝、国王同士、武人の誼で打ち合いをするとなれ
ば、新王朝の泰王が訪ねるのが筋というものだろう。
 うむ、と驍宗は頷いた。
「そう長くは国を空けられぬが、あまり短くても失礼に過ぎよう、まぁ行き帰りを入れ
て八日ほどになるかな…行くか」
「わたくしが、ですか」
 李斎はすこし驚いて目を見開いた。
「留守は宰輔がしっかりしているから心配はない」
「でも…」
 てっきりその宰輔、泰麒を同行すると思ったのだ。驍宗は少し意地の悪い顔をしてみ
せた。
「暴君の夫に、他国への旅行にまで付き合わされるのは嫌かな」
「そのようなことを」
 言って、李斎も軽く、王を睨んだ。
 驍宗が鴻基を離れるたび、いまだに悪夢が襲う。大丈夫ですよ、そう言って幼い麒麟
の肩を抱き、文州鎮圧に赴く王を見送り、そしてそれきり見失った長い歳月…。それは
その数倍の時間が過ぎたいまでも、まだ李斎の中で、遠い過去の幻影ではない。ひとり
白圭宮に残されるたび、夜の閨室(けいしつ)は冷たく、心は寒寒とし、帰りを待ち侘
びる。そして、驍宗はそのことを誰よりよく知っている。
「延王には、治世五百十有余年、いまだに王后をお持ちではない」
 唐突な言葉に、李斎が首を傾けると、驍宗は涼しい顔で言った。
「だから、后を同行してみせびらかしてやる」
 李斎は呆気にとられ、それから苦笑した。
「お忘れですか。私は延王とは面識があります。それも、一番病み衰えたおりにお会い
しているのですよ。今更私などお連れになっても、なんだ、というお顔をなさいますよ。
到底、みせびらかすなどということには、なりませんでしょう」
 驍宗はいっかな意に介さぬ風であった。
「いや。妻を持つことがどんなによいものか、見せつけてやるのだ」
 この方は…と、李斎は心底呆れた。どうしてときどき、これほどまでに、子供じみて
いらっしゃるのだろう。
 名君である。賢帝である。他国にまで聞こえる並びなき武人である。そしてかつて、
日々思い知らされた人間の器というものの決定的な違い…。
 だが、伴侶になってみれば、見えない欠点も見えてくる。本当に、時折呆れるほどに
驍宗は李斎に対しては、子供に見えるところを隠さない。近頃ではむしろ泰麒の方が、
余程分別くさくて大人らしい、と思うことさえあるくらいだ。
 李斎は、ひとつ溜息をついて答えた。
「謹んでお供いたします」
「そうか」
 驍宗は満足そうに、杯を上げた。
 一端言い出したら、後に引く夫ではない。それももう、とっくに分かっている。


 玄英宮の前庭に、勝負の席が設けられた。貴賓席には、李斎と、延麒六太が見守る。
 尚隆が、まず一本とった。彼は得たりと笑みを浮かべた。
 ところが二本目は、造作もなく驍宗がとってのけた。
 油断した、そう尚隆が思ったのは確かである。驍宗は肩で息をしていたが、顔には明
らかに余裕があった。
「もう一本!」
「望むところ」
「参る!」
 気迫の声が上がり、剣が打ち込まれる。火花が散り、刃が薙ぎ払われ、再び合う。
 すさまじい打ち合いになった。
 いささかの休みもなく刃が交わされる。一方が詰めるかと思えば、他方が詰め寄り返
す。果てしがなかった。
 長い長い時間が経過した。二人とも目は血走り、息は聞こえるほどに上がっているが、
それでも足元は揺るがない。
「やあぁぁあつ!」
 気合を込めて尚隆が剣を振り下ろした。
 がっきとその刃がとめられる。
 唸るような声を発しながら、二人が刃を合わせたまま睨み合う。
「ちょっと、やばくねぇか」
 六太が、つぶやいた。
 二人とも完全に頭に血が上っているのが、距離があってもはっきり分かる。
 実力は明らかに拮抗していた。
 す、と六太の隣りの李斎が立った。六太は不思議そうに李斎を見上げた。
 日頃から兵の訓練試合に使われているこの前庭には、幾種類もの武器が置いてある。
 李斎は席を立つと、側の壁にあった、一振りの剣の柄を握った。
 そのまま真っ直ぐ二人に歩み寄る。
「おい!危ねえよっ」
 六太や小官たちの止める間もあらばこそ、李斎は二人に駆け寄った。そして、四五間
手前で立ち止まると、右腕の残肢にその鞘を払うや、何の躊躇もなく、それを、二人め
がけて投げつけたのだ。
 ひっ、と周囲の叫びが上がった。
 剣は打ち合う両王の足元、二人のちょうど真中に突き立った。
 とっさに、刃を合わせていた両名が、一歩同時に飛び退(すさ)る。
「いい加減になさいませ!」
 李斎は声高に言い放ち、二人をねめつけた。
 全身汗みずく、息を切らした両王は、やっと正気に戻って李斎を見た。
「李斎…」
 かすれた声に呟いたのは驍宗、口をぽかんと開けて見やったのは尚隆。
「お二人とも、ご自身を何とお心得か。真剣にて、ご勝負なされるは、ご勝手。なれど、
共に国には並びなき御身、民にとってかけがえのない君主であらせられることをお忘れ
ですか!これ以上の打ち合いにて、お怪我でもなされて何とされます。この勝負、引き
分けということで、わたくしにお預けくださいませ!」
 李斎を見つめていた二人は、互いを見た。
「まいったな…」
 苦笑いに、剣を引いたのは尚隆である。それを見て驍宗も笑みを浮かべ、剣を鞘にお
さめると頭を下げた。
「いささか、夢中になりすぎました。ご無礼を」
「なんの、お互い様だ。奥方が止めてくれなければ、血をみるまでやっていた」
 そして、李斎に向かい朗らかな声で笑いながら言った。
「お礼申し上げる!見事な裁きだった」
 李斎は頭を垂れ、跪いた。
「出すぎたことを致しました。どうかご容赦下さりませ」
 尚隆はまた笑い声を立て、驍宗を見やった。
「この続きは、酒で決めぬか。それならば奥方もお許し下さろう」
 驍宗は笑んで頷いた、
「望むところでございます」
 黙って尚隆を追い越し、跪いている李斎が立つ手助けをしてやり、何の言葉を交わす
でもなく、一緒に幕屋の方に去って行く二人を見ながら、尚隆は首を振った。
「ああいう細君なら、俺も欲しいものだな」
「ま、尚隆には無理だね」
 と、いつのまに側に来ていたものか、六太が言った。
「なんでだ」
「だって尚隆、女に甲斐性ねぇもん」
「こいつ」
「いてっ」 
 延麒の頭をひとつ張って、再び、驍宗と李斎に目をやった尚隆は、ひとりごちた。
「しかし、いい女だな」



 なぜこんなに寒いのだろう…。
 北東の極国、戴国はけっして気候に恵まれた国ではない。冬には全土が氷雪に閉ざさ
れる。だが今は、その戴の短い夏であった。比較的天候に恵まれた首都鴻基の、しかも
雲海によって下界と隔てられた、ここ白圭宮が、それほど寒いはずはないのだった。
 李斎は起き上がって、薄物を纏うと、広い部屋の中を見渡した。そこは正寝と呼ばれ
る王の私室に使われる建物のひとつにあり、慣例どおりに後宮を使うことを、断固拒否
した王が、李斎を迎える際、官の反対を押し切って用意させた部屋々々のひとつだった。
 泰王が日頃住まう建物と同棟で、しかも近接しており、そのため互いの生活を人を介
さなくても把握できる。そのことは、通常の夫婦と余り変りのない、つましくも安らか
な暮らしを二人に与えていた。
 その夫が出かけて半月になる。
 ――なんなら花影のところにでも、泊りに行くといい。
 そう、言われていた。言われたときは、内心、その言葉に反発したものだ。それほど
心弱い自分だとは思わなかった。留守を守れないほど気弱だと思われるのは、いまだに
武人としての矜持の消えぬ李斎には不本意だった。
 だが今になって、李斎は、自分の心を持て余していた。驍宗に心根を看破されていた
ことを認めないわけにいかなくなった。
 本当に、花影の官邸にでも行けばよかった。今日は特にそう思う。賢くもの柔らかな
年上の親友。彼女と語り合い、笑い合っていれば、少しはこの寒々しい心が紛れたろう
か。
 ――主上は、大丈夫ですよ。
 驍宗を見送る李斎にそう言ったのは、泰麒だった。すらりと背の伸びた麒麟はやはり、
李斎の心を見透かしたかのように、言ったものだ。
 李斎は思い出して苦笑した。同じ言葉をかつての泰麒にかけたのは、自分であったの
に。
 それに、と、李斎は思う。今回驍宗は何も、内乱鎮圧に赴いたわけではない。たかが、
地方の視察に出ただけだ。それも青鳥は昨日、あと五日もすれば戻ると知らせてきたで
はないか。
 分かってはいても、心が冷えるのを止められない。自分はこんなにも驍宗を見失うこ
とに恐れを感じるのだと、今更の様に、あの悪夢の六年余りが甦るのだった。
 ふと、李斎は身体を硬くした。
 絹張りの牀の下に左腕をもぐり込ませ剣を取り出す。右脇に鞘を挟み、静かに払う。
払った鞘は音を立てぬよう、臥牀の上に置いた。
 王后の部屋とはいえ、警護は薄い。永らく阿選の恣にされていた宮中には、まだそれ
ほどに信の置ける者が少ないのだ。李斎につけられているのは、わずかに二人の小臣。
いずれも腕は立ったが、信が優先するので、如何せん、左腕を鍛えた李斎とさほどの差
はない。
 いま屏風(へいふう)の影に立った侵入者の腕次第では、彼らに一声も洩らさせず、
討ち取っていないとは断言できなかった。
「…誰かっ?」
 剣を構え、誰何の声を上げると、意に反し、屏風はゆっくりとたたまれた。
 月明かりに逆光の影は、両手を上げた。
 目を細めてその人影を見た李斎は、次に耳を疑う声を聞いた。
「勇ましい出迎え、いたみいる」
 李斎は呆然と剣を落とした。それは、あと五日経たねば聞かれぬはずの声ではなかっ
たか。
「だが、いま少し大僕たちを信じてやれ。私がいないので、一層緊張して警護をしてい
たぞ」
「主上…」
 李斎の声がかすれた。これは夢だろうか。
「…お戻りなさいませ」
 ようやく李斎は言った。うむ、と驍宗は答える。
「台輔の使令を借りて、五日の道程を駆け戻ってきた。供は置いてきた。ゆるゆる帰っ
て来いと言い置いてな。――半月は長い!用が済んだら、もう待てなくなった」
 驍宗は朗らかな笑い声を立てた。
「どうした、李斎。そなたの顔見たさに戻ったのだ。明かりをつけてよく顔を見せてく
れ」
「…かしこまりまして」
 李斎は震え声に言うと背を向け、明かりの用意をした。
 深夜の正寝の一隅に、幸福で暖かな明かりがそっと灯った。
「かわりはないか」
 驍宗は李斎の頬に手を当ててきいた。
「…はい」
 驍宗は、その赤褐色の髪を手で梳いた。
「心配をかけたか」
「…」
 李斎は言葉にならなかった。ただ広い胸に顔を俯けた。驍宗は大きな手でその背を抱
いた。
「会いたかったぞ」
「…はい」
 李斎は顔を上げた。涙がこぼれた。
「李斎は泣き虫になったな」
 李斎は泣き笑いにそれを認めた。
「…はい」
 驍宗は再び李斎を抱きしめた。
「すまぬ」
 李斎は無言でかぶりを振った。どれほど心配で不安だったか、それを他ならぬ驍宗が
分かってくれている。それで、十分であった。
 驍宗は、この半月の出来事を事細かに話してきかせた。李斎は嬉しく耳を傾けた。
 正寝に灯された明かりは、この夜、中々消えなかった。



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 王は二人を立たせると、雪の残る垂州の土を踏みしめ、そのまま強い腕に抱き取った。
「苦労を…かけた…!」
 いまや右腕のない王師六将軍のひとりと、すっかり背の伸びた細い麒麟の肩を抱いて、
真実の泰王は、喉をつまらせてつぶやいた。
 八州の師と民をもって瑞州に攻め込み首都鴻基を奪還、白圭宮に逆賊阿選の首があげ
られたのは、それから三月後のことである。




 弘始七年九月、戴国に黒麒生還す。翌四月、上、垂州に跡を復す。百官、兵、全土
の民、これを喜び、その麾下に加わること夥し。同七月、上、一軍をもって瑞州に攻め
入る。禁軍、これを止むること能わず、自ら上の軍に下りて鴻基を降伏せしめ、謀反の
罪により、丈阿選、宮城に於いて梟首さる。上、宰輔をともない、玉座を奪還、以って
国土を安寧せしむ。                       『戴史乍書』


 鴻基に戻って間もなく、李斎は、驍宗に、故郷の承州に戻り、もとの州師にて、望ま
れれば新兵卒の訓練の補助でもしようと考えている旨、そのため仙籍を返上したい旨を、
官を通して正式に願い出た。
 すると、非公式に王から直截に面会を求められ、久々に正寝に出向くこととなった。
驍宗は開口一番、李斎の申し出を却下した。
「仙籍を返上することは許さぬ。そなたには以後もこの白圭宮にとどまって貰いたい」
「それは台輔の為ですか?しかし台輔はもう大人です。私がお側にいる必要はもう…」
「いや。私の為だ」
「主上の…?しかし私は…」
「王后を引き受けてはもらえまいか」
 オウコウ…そんな官職名があっただろうか。李斎が真っ先に考えたのはそれだった。
 それが「王后」だと理解したとき、李斎の目に厳しい光が浮かんだ。
「主上におかれては、この右腕をお憐れみですか?これは私ひとりの存念の結果、主上
がお気にかけられる問題ではございません。おそれながら、ただいまのお言葉は、この
李斎への侮辱です。公の役に立たなくなったからといって、憐憫をもって后(きさい)
にして頂くことをどうして望みましょうか」
「憐憫でも同情でもないと言ったらどうする」
 驍宗は柔らかな眼差しで、静かに見返した。
「以前から女としても欲しいと思っていたのだが。…気がつかなかったのか」
「まさか」
 は、と驍宗は笑った。
「李斎の字(あざな)は伊達ではないとみえる。姿、李花にして、男に洌なること斎人
の如し」
「私の字は、女にあらずというほどの意でつけられたものです。形(なり)は女でも武
勇にすぎて、誰も私を女としては見ない、だから男とは無縁だと」
「そうではない、男達が思いをよせても、おまえが無意識に撥ね返すからだ」
「そのようなことは」
「現に私は以前、正寝での深夜に及ぶ執務のおり、蒿里が下がった後、幾度その髪に触
れてみたいと思ったか分からぬ」
「ご冗談でございましょう」
「冗談なものか」
 驍宗は真摯な顔になった。
「だが、当時そなたは六将軍のひとりだった。そなたを女として望めば、数少ない信に
足る有能な重臣を失わねばならぬ。それは出来なかった」
「今なら出来るとおっしゃるのですか。利き腕を失い、将として役立たなくなった。主
上はもっと李斎をお分かりだと思っておりました。隻腕でもわたくしは武人でございま
す。後宮に入り、多くの女人方と主上の寵を争うなど、向いていようはずもありません」
「早とちりも甚だしいぞ、李斎。私がいつ後宮を使うと言った、あんなところは私には
必要ないものだ。早々に閉めて、必要なら官庫にでも使ってやる。私が欲しいのは妻だ。
妻(さい)はひとりでいい。部屋も、官たちがどう言おうと、この正寝の内に用意する。
どうだ、私は男として不足か。待たされるのは好まぬ。王后を受けるは否か応か、この
場で答えてみよ」
 その覇気の苛烈さに気圧されて、李斎は思わず答えていた。
「…是!(はい)」
「よし」
 驍宗は破顔した。彼はその昔、彼の小さな麒麟を抱き上げて言ったと同じ言葉を朗ら
かに口にした、
「礼を言う、李斎!お前は武人なのに、男を見る目がある」
 そしてその自信に満ちた笑い声を、正寝中に響かせた。




 宰輔である泰麒を呼び、驍宗が李斎を王后として迎えることになった、と報告したの
は、話の決まった翌日の午後のことであった。
「ああ、やっぱりそうですか。よかった」
 泰麒は別段驚くふうもなく、二人を見比べて微笑んだ。驍宗は訝しく泰麒を見た。
「やはり、とはなんだ蒿里」
「ぼく、もうずうっとそうなればいいなって思ってたんです」
 頬をこころもち紅潮させて、泰麒がそう言うので、驍宗と李斎は顔を見合わせた。
「だって、李斎はぜんぜん気付いていなかったふうだったけど、驍宗さまはずっと李斎
のこと、気にかけておられたし…。ああ、ずっとっていうのは少し違うかな、多分王に
なられて白圭宮にお入りになった頃から…。最初は、李斎をいつも呼んで下さるのは、
僕のためかな、って思ってたんですけど。だって李斎と僕が一緒にいると、驍宗さまは
いつだって満足そうにしてらしたから」
「蒿里、おまえ…」
 驍宗は、自分でも覚えのなかったことを指摘され、やや困惑したふうだった。
「とくに李斎が王師の将軍になって、鴻基に来たときは、それはもう嬉しそうでいらっ
しゃいました。僕も有頂天になるほど嬉しかったから、そのときは気付かなかったんだ
けれど、後になってみると、主上もはしゃいでいらしたなって思えたし…なにより」
 と、泰麒は淡々と続けた。
「夜の執務のとき、李斎が側にいると、ときどき僕ごしに李斎のこと、ちらちらご覧に
なられるんですよね。それで、僕、ああ主上は李斎のことが、お好きなんだなぁ…って」
「もう、いい」
 驍宗は顔をしかめ手を振った。麒麟である宰輔が、どんなにその姿が幼くとも只者で
はないことはよく理解していたつもりの驍宗だったが、当時まだ稚かった、あの小さな
子に完全に看破されていたとは思いもよらなかったのだ。横で李斎はただぽかんとして
いる。
 泰麒はにっこりして、跪くと拱手した。
「泰王、ならびに泰后妃、このたびは誠に慶賀に存知上げます」
朝自宅にて遙と


「おじさん、おはよう♪」
妙に機嫌が良い。
「??元気だな、おはよう」
「あのねあのね」
「…あっ、ああ」
「お夕飯、弥生のおばさん家で食べよう」
「…………なに??」
驚き。
「もう。だから今日のお夕飯は弥生の」
「いや、それは分かったが…あね、会長の自宅でって事か?」
それはつまり、関東最大極道組織『東城会本部』。
「うん、そう。おばさんがご飯作ってくれるんだって♪」
「はっ!?会長が??」
「おばさんのご飯美味しいんだよ~」
「…………なんだって??」
ちょっと待て。
「あのね、おばさんのケーキとか混ぜご飯とか卵焼きとか」
メニューばらばら。
「……遙」
「なに??」
小首かしげ。
「今までも会長のトコでメシ食べた事あるのか?」
「うん」
「………」
絶句。
「たまにねおばさんが電話くれて、今日はウチで昼どうだい?って。夜の時もあるけど」
凄く嬉しそう。
「………でんわ??」
「おばさん、メール可愛いんだよ♪♪」
「……えっ?!」
「最近はねぇ、デコメールって使うんだけどね」
携帯を取り出しぽちぽち。
「…でこめーる…」
でこっぱち??
はげ??
「ほら、可愛いでしょ」
画面を大公開。
なにやらちらちら動く可愛い動画と文面。
「………最近のメールはカラフルだな…」
理解が出来ません。
「おじさんだけだよ~。文字だけのメールくれるの」
ちょっとだけ不満げ。
「…すまん…」
しゅん。
「真島のおじさんも、大吾おにいちゃんも、龍司おにいちゃんもあと」
「まだ居るのか???」
どびっくり!
ちらりと顔見て、うふふ。
「後は、内緒」
女の子ですから。
「おい、遙…」
ぱぱはショックです。
「学校終わったらメールするね。今晩は夜のお仕事入れちゃ駄目だよ」
約束。
「あ、ああ。…分かった」
「やった。じゃ、私学校行ってるね」
「気をつけてな」
「はぁ~い。おじさんも気をつけてね」
行ってきます。
がちゃり、ぱたん。
「……会長の料理?」
どうにも微妙。
「にしても、遙のメール相手…」
もやもや。









午前中、東城会本部にて


とことこ。
「会長に礼でも…」
「桐生さんっ」
ばたばた。
「…ん?ああ、大吾」
驚き。
「悪い、今晩のたんっ…」
慌てて口を押さえ。
「??今晩の??」
どうしたんだ?
「…い、や…なんでもねぇよ」
あからさまに知らんぷりぷり。
「…大吾…」
眉寄せてむっ。
「人を呼び止めておいて、言いかけるのまで止めるったぁどういう事だ?」
「……んな、怒るなよぉ」
困りました。
「なんだってんだ?」
「ごめんっ。ホント何でもねぇんだよ」
平謝り。
「なんて言うか、言葉のあや??」
「…今晩のって、言いかけただろう?」
許しません。
「っぁ…。…だからホントに何でもねぇんだって」
勘弁してくれよぉ。
「俺と遙が夕飯を会長のトコで食わせてもらう事か?」
「…夕飯?…っ、え、あ。…そうそう」
盛大にうんうん。
「俺も一緒に食うはずだったんだけど、外せねぇ打ち合わせが入っちまってさ」
「お前も忙しいからな」
「そうなんだよ。絶対に今晩は何も入れるなって言ってあったはずなんだけどさ」
「…?。まぁ、仕事だから仕方ねぇだろう」
「そうなんだけどさ!でも、ほらやっぱり今日だからっ」
「は?今日??」
「そう今日って……いっ、いや…別に…」
思わず後ずさり。
「…変だぞ、大吾…」
「んな事ねぇよ?至って俺は普通」
うんうん。
「そうか??」
「そうそう。まぁ、とにかくそういう訳でさ」
「ああ、遅れるって事だな」
「そう。で、今からちょい買い物して打ち合わせの準備して、で、打ち合わせして…」
「買い物まで組長のお前がやるのか?…代わりに俺がしておくぞ?」
何を買うんだ?
「はぁっ?駄目駄目!」
「どうしてだ?」
「だって、き…………とにかく、これは俺が買うんだ」
きっっぱり。
「一体なんなんだ?」
何時にもまして変だぞ。
「…そんなに俺、何時も変か?」
しょんぼり。
「…い、や…んなことねぇが…」
拙い。
「……」
物凄く不信な眼差し。
「……とにかく、夕飯に遅れる事は会長に俺から伝えておく」
「…ん、頼んだぜ桐生さん。ほらおふくろ、そういうトコうるせぇからさ」
ま、いいやと溜息。
「ガキの頃なんて夕飯に遅れただけで食わせて貰えなかったんだぜ」
「まぁ、メシの時間なんてそういうモンだろう。ひまわりでもそんな感じだったからな」
「俺もそうだし、親父もさ。…ま、っても親父は女のトコしけこんでて遅れるってぇのが多かったから…」
自虐ネタ?
妙に気まずい空気。
「……とっ、とにかく。俺遅れるけどさ、絶対行くからな!」
力こもってます。
「あっ、ああ。分かった…」
何をそんなに??
「楽しみにしてるぜ、桐生さん」
にこにこ、嬉しそう。
「??分かった。俺も楽しみにしてる」
「んじゃ、また夜にな」
手をぱたぱた振って走り去る。
「………夕飯だろ?」
なんだか変な気合。
「そんなに会長は、遙のためにメシに気合を入れてくれてるのか?」









昼前、東城会本部正面玄関


「この時間まで待ったが会長は帰らない、か…」
煙草ぷかぷか。
「今晩の礼を、言いたかったんだが、仕方ないな」
灰皿で煙草消す。
だだだだと足音。
「んっ?」
「桐生ちゃんっ!発見や!!」
腕がしっ。
「はっ!?兄さんっっ??」
ええええ??
「捕獲完了やぁ~~~」
楽しそう。
ずるずる引きずり。
「ちょっ、何するんですか?兄さんっっ」
状況判断が出来ません。
「ええからええから。今日は夜まで、いや明日の朝までわしに付き合ってやぁ~」
「はいっ!?」
「車待たせとるから、ほな行こか」
にかり。
「駄目ですっっ。今晩は遙と約束が」
無理矢理立ち止まり。
「ほなら、嬢ちゃんも一緒でええわ」
うんうん。
「そういう問題じゃないんですよ」
「………あれやろ?」
かなりいやいや口調。
「会長とぼんとめし」
「…良く知ってますね?」
驚き。
「嬢ちゃんからメール来たからなぁ…」
頭ぼりぼり、微妙な顔。
「遙から?」
「今晩の…」
「今晩の??」
顔をじぃっと。
「……なっ、なんですか?」
動揺。
「今日で、今晩、や」
「??今日の今晩は…夜、ですよね?」
確かにその通り。
大きな溜息。
「ちゃうわ。今日で今晩、が大事なんや。ま、今日なら何時でもええけどな」
「今日で今晩で、今日なら何時でも??」
どういう事??
「今日ゆう日が、大事なんや」
「………どうしてですか?」
「どうしてやと思う?」
ぐいと顔を覗いてにやり。
「……わ、かりません、が…」
「なんで?」
「なんで、と言われまして、も…」
しどろもどろ。
二度目の盛大な溜息。
「あんなぁ…わし、桐生ちゃん大好きやで」
いきなり告白。
「…はっ?なんですか突然??」
驚き。
「したら今日は独り占めしたいやん?」
「…はぁ?…」
だから今日って何?
「せやけどなぁ、わし桐生ちゃんが大事にしとる嬢ちゃんに嫌われたないねん」
これも本音なんです。
「ありがとう、ございます…」
「ちゅう事は、あれやあれ」
仕方ないなぁ。
「あれ?ですか…」
なにがあれ?
「今晩はわしが折れるわ…」
「…はぁ…」
もう何がなんだか根本から分かりません。
「ほんま珍しいんやで、わしが折れるいうんわ」
確かに珍しい。
「ほなら、また夜な?」
「…え??兄さんも会長と夕飯を?」
本当に??
「楽しみにしとるで?」
にやにや。
「は、い…。俺も、楽しみにしてます」
「ま、期待しとってやぁ」
「何をですか?」
「今晩わしが用意するもんに、や」
「兄さん、料理でも作るんですか?」
それは相当意外。
「わし、料理するなら桐生ちゃんがええなぁ」
「……俺を料理してどうするつもりなんですか?」
眉寄せてむっ。
くすくす。
「そら、料理したらする事一つやろ?」
「……」
「美味しくいただくだけ、や」
耳元で囁き。
「…っ!兄さん、そういう冗談やめてくださいっ」
「何時でもわし、本気なんやけどなぁ」
にやにや。
「兄さんっっ!」
「はいはい。ほな本気で怒られんウチに退散するわ~」
手を振って歩いていく。
見送り。
「全く。…しかし楽しみに?俺が??」
なんで??








午後、堂島組事務所にて


ぴんぽーん。
どかどか。
人の話し声。
ばたばたと階段を上がる音。
「……なんだ?」
ドアこんこん。
「どうした?」
がちゃり。
「すみません、叔父貴。あの、これ宅急便です」
はいどうぞ。
10センチ四方程度の箱。
「は?俺に??」
受け取り。
「じゃ、失礼します」
がちゃ。とんとん。
「……俺に?」
あて先は桐生一馬様。
「誰からだ…」
差出人は無記名。
不審…。
「爆弾とかじゃ、ねぇだろうな…」
耳をつけて確認。
無音。
「……」
ぶんぶん振ってみる。
特に変化なし。←危険行為。
「…ったく、なんだってんだ」
がさがさ。
かぱ。
「??」
クッション材が一杯。
「????」
ごそごそ。
細長いネックレスの箱と薄い箱。
「はぁ??」
とりあえず開けてみましょう。
「…金の、ネックレス??」
なんだか妙に見覚えがあるような。
「で、こっちは……大阪行きの新幹線チケット??」
もう1人しか居ません。
携帯取り出し、ぽちぽち。つつつつつつつ、かち。
「てめぇ」
『ああ、桐生はん。届いたんか?』
くすくす。
「お前なぁ、なんだアレは」
『気に入ってもらえませんでしたか?』
指で摘んでネックレスぶらぶら。
「これか、それともチケットか?」
『勿論、両方ですわ』
「誰が気に入るか」
『アレですか?もっと太いほうが良かったですか?』
「…龍司…。冗談は」
『見覚え、ありますやろ?』
くすり。
「……てめぇと同じ、型、だろ?」
『ああ良かったわ。忘れられてたら泣こうか思いましたわ』
「…忘れてれば良かったな…」
『つれないわぁ、桐生はん』
あはははは。
「で、これは送り返しても良いんだな?」
盛大な溜息。
『そない事言わんと貰ってや』
「貰ういわれがねぇ」
『………ぷっ』
吹き出し。
「なんだ?何笑ってる??」
眉寄せて不機嫌。
『ほんま嬢ちゃんの言うとおりやなぁ、と思いまして』
「遙の?」
なんだって?
『今晩、東条で夕飯やる言う事らしいですが』
「なに?どうしてお前が??」
『一応、嬢ちゃんからお誘いきましてん』
「お前に?」
それはびっくり。
『せぇっかくのお誘いやったけど、流石にこっちからは行けん言う事で断ったんやけど』
「そりゃ当然だ」
『代わりにプレゼントだけ送らせてもらいましたわ』
にこにこ。
「…だから、どうして断るが俺へのプレゼントになるんだ?」
げんなり。朝から訳が分からない…。
『…内緒、ですわ』
「お前も内緒か…」
『ちゅうわけで、お願いがあるんやけど』
ふふふふと妙に不審な笑い声。
「…なんだ?」
『嬢ちゃんにしっかり桐生はんへプレゼント贈った言う証拠に、今晩だけでええからネックレス着けて行ってもらえませんか?』
「なにぃ?」
冗談じゃない。
『せやけど、そうやないとわし嬢ちゃんとの約束破った事になってまうわ』
「俺が知るか」
『頼むわ桐生はん。嬢ちゃん、悲しませたくないやろ?』
伝家の宝刀。
「…………分かった、今晩だけだぞ」
しぶしぶ。
『ほなら良かった。じゃ、また』
「あっ、おい。このチケット」
ぷち。つーつーつー。
「あの野郎…」
溜息。
「仕方ねぇなぁ…」
遙の為ですから。








夜、東条会本部○○会場。

テーブルにはいかにも手作りなパーティ料理。
「おじさん、お誕生日おめでとう~」
うわぁい。
「遙ちゃんから聞いてね、内緒で用意したんだよ」
にこにこ。
「…遙、会長…」
びっくり。
「ごめんね、おじさん驚かせたかったの」
天使の笑顔で小首かしげて。
「いや、そんな事ないぞ。ありがとう、遙」
嬉しいよ。
「良かった。でも大吾おにいちゃん遅くなるんだよね」
「ああ、仕事でって事だ」
「真島のおじさんはもうすぐ来るって」
「兄さんもか」
「プレゼント持ってくるって♪大吾おにいちゃんも」
「プレゼント…」
昼間の2人の不審な言葉の意味。
「ああ、それで…」
くすり。なんだか嬉しい。
「龍司おにいちゃんは送るって言ってたけど」
「ああ、龍司からはこれを貰ったぞ」
首の金の鎖、ちゃり。
「あ、ホントだ。綺麗だね。似合うよ、おじさん」
「……そうか、…ありがとう…」
微妙。
「来たでぇ~~~」
闘技場並みに派手な登場。
ぱんぱかぱぁ~ん。
「あ、おじさん~~」
「嬢ちゃん、お待たせやぁ~。桐生ちゃんも、………」
どかどか、ぴたり。
「…なんです?兄さん???」
顔が怖いです。
「……兄さん??」
「…なんや、それ?」
「はい?」
指差し。
「そないモン、しとったか?」
金の鎖のネックレス。
「あ、ああ。もらい物ですよ」
郷田龍司からの。
「……………外した」
「綺麗だよね、ネックレス」
にこにこ光線発射。
「…うっ。……そ、そや、な…」
これ以上の言葉は言えない。
「おじさんに似合うよね?そう思わない、真島のおじさん♪」
「…………似合うとる…かも、しれん、な…」
遙は恐らく最強です。
「桐生さんっ!」
どかりとドア開け。
「あ、大吾おにいちゃん」
「ああ、遙。速攻で仕事終わらせて来たぜ」
「すごいすごい」
きゃぁ。
「おい大吾。ホントに大丈夫なのか…」
「ああ、大丈夫。しっかり終わらせて来たぜ…って、真島の叔父貴、顔怖いけどどうしたんだ?」
ちらり。
「…いや、俺にも良く…」
「顔が般若に見えるけど…。まぁ、イイか。それより、俺か…………って」
視線がぴたり。
「どうした??」
「……桐生さん、これ…なんだよ?」
「ん?ああ、貰いモンだ」
郷田龍司からの。
「…………んなモンはずしっ」
「大吾おにいちゃんも、これおじさんに似合うと思うでしょ?」
二発目にこにこ光線発射。
「………………うっ。……た、たぶん……」
もう一度言いますが、遙は最強です。
そうして般若の隣に不動明王。
双方共に、顔が怖いです。
「…なんだ?どうしたんだ??」
「えへへへへ」
「遙?」
「ま、そういう事だね」
「会長??」
なにがどうしてそう言う事?
「だってねぇ、おばさん」
「そうだよ。あの2人を揃えたら五月蝿いに決まってるからね」
「…はい?」
「みんなで楽しくおじさんの誕生日を祝いたかったの」
「でもあれが揃ったら難しいからねぇ」
「??」
「だから大人しくさせるなら、っておばさんが教えてくれたの」
「近江のぼんにはちょっと協力してもらったのさ」
亀の甲より年の功。
「でもちょっと可哀相…」
ちらり。
「そうだねぇ。灸を据えすぎたかねぇ」
溜息。
「ええと…」
「おじさん、2人からプレゼント貰ってきなよ」
ほらほら。
「そうすりゃ少しは治るだろうよ」
行きなよ。
「あ、っ。…はい、それじゃ…」
いまいち意味が分からないけれど。
見送って、2人でくすくす。
「真島のおじさんも、大吾おにいちゃんも、可愛いよね」
「まぁ、男なんてぇのは単純な生き物だからね」
「桐生のおじさんもかなぁ?」
「あれは…鈍感って言うんだよ」
「あはは、そうかも。でも…大好き…」
誰よりも。
一番。
きっとずっと。
こっそりと隠したプレゼントを手に持って。
「後で私も渡すんだ♪」
「きっと一番喜ぶよ」
「ホント?そう思う?」
「当たり前だろ。大事な遙からのプレゼントだ」
「うん」





大好きな大好きな、貴方の大切な日に心を込めてプレゼントを



終わり




はぁ、とついたため息は桐生のせい。
今日は休みと言っていたくせに、急な呼び出しだとか言っちゃって。朝早くから出ていってしまった。
明日は一緒に動物園にでも行こうねって、約束していたのに。
お弁当だって、昨日の晩から用意していたのに。

「おじさんの馬鹿…」

ベットに身を投げ出して、恨み言を言ってみる。
けれど、桐生が一生懸命堅気の仕事で頑張っているのは自分のためだと知っているから、直接言うことはできなかった。
それでもまだ子供だから…桐生を仕事にとられて、腹が立つ。
本当に腹が立つのは桐生じゃなくて、桐生の仕事。

いっそ友達と遊びに行こうか、とも思ったけれど。
電話をかけても、留守か親と出かけるか。こんな日に限っていつも遊ぼうと言ってくる男の子でさえ、友達と何処かに出かけてしまったらしい。
ついてない日は、本当についてない。

「一人でデパートにでも行こうかなぁ…お洋服見て、苺サンデー食べて…」

前に桐生と行ったとき、とても楽しかったのを覚えている。
けれど…隣に誰もいなくてはつまらない。

「あーあ…暇だなぁ…」

携帯を放り投げて、ゴロリと仰向けになる。そのまま桐生が帰ってくるまで寝ているかなと目を瞑りかけて、はっと身を起こした。

微かに震える携帯が、着信を知らせてしる。

遥は急いで携帯をとると、その相手にドキリと胸を高鳴らせた。


『着信:真島』


『よぉ、遥ちゃん』

「どうしたの?こんな時間から」

いたって冷静に応える振りをしているけれど、心臓は爆発寸前。
ちょっと、まずいくらいに。
真島はそんなことに気づくはずもなく、電話の向こうでヘラヘラしている。

『いま暇やねーん。ちょっと遊んでぇな』

「………暇って、今日から現場だって言ってたのに」

だから、あえて電話しなかった。
仕事の邪魔をして、うっとおしい奴だと思われたくなかったから。

『ええねんええねん。ワシの分までみんな頑張っとるから』

だから遊ぼうやぁ、と真島は笑った。
こんな人でも舎弟たちは、命を捧げるが如く慕っている。それはもう、カリスマ並に。
だからちょっと可哀想…と思いながらも、大丈夫かと遥はもう何も言わなかった。
それに…せっかく、真島は自分に誘いをかけてきてくれたのだから。

「うん、いいよ!いまどこ?」

『現場の近くの公園や。こないだ言ったとこ、覚えとるか?』

「うん、大丈夫!じゃあいまから行くね」

『おう!…あ、そんでな…』

「うん?」

『桐生ちゃんも、一緒に来れるかなぁ?』

シン、と時間が止まったような気がした。
わかってはいたことだけれど、心臓が痛い。苦しい。
桐生と会う口実が、いつも自分と遊ぶことだと…遥が気づいていないはずがなかった。

少し、手に力が入る。


「ごめんね?おじさん、今日は急な呼び出しがあって。お仕事に行っちやったの」

『…さよか。残念やなぁ』

「私だけだけど、いい?」

『ええ?!遥ちゃん何言うとんの!!もともと遥ちゃん誘ったんやないか!』

当たり前やろ、といい言葉が、嬉しくて…辛い。
でも、それでも。




「うん!じゃ、すぐ行く!」




一番のお気に入りのワンピースを着て、薄いピンクのリップを塗って。
髪止めはいつもとは、違うやつにした。

好きな人と会うから、少しでも綺麗に見せたくて。


例え、その人の心がこちらへ向かなくとも。


あの人が買ってくれた赤い自転車に乗って、いま、会いに行く。



嘘をついた日
ver.2



「おじさん、嘘ついてるでしょう?」
遥がそう言う度に俺はまたかと思い、これ以上ない居心地の悪さを感じる。

ため息をついた俺はいつものようにこう返事をした。
「嘘なんて何もないぞ」

「嘘! ぜーったい嘘! だっておじさんのいつもの癖が出てるんだもん」
‘癖’とは遥曰く、俺が嘘をついている時に必ずするある仕草の事らしいのだが…

「おい遥。まず言っとくが俺はお前に嘘をついてなんかないぞ。それを断っといた上で聞くが、どんな癖のことを言ってるんだ?」
遥はぷいとそっぽを向き、
「…教えない」
と一言だけ呟いた。
「教えろ…遥」
「駄目」
「遥」
「ダメダメダメダメぜーったい駄目!」
遥は首を大きく振った。
「だっておじさんにそれを教えるとするよ、そしたらその癖をしないようにって気をつけるでしょう?」
当たり前だ。
「おじさん不器用だから気をつけようってしたらね動きがあやしくなって余計に嘘ついてるってバレちゃうよ? それでもいいの?」
大の男を小馬鹿にするにも程がある。
俺はため息混じりに、
「もう勝手に言っとけ…」
と遥に何か言い返す気力さえ失った。
「で、今日はどんな嘘をついてるのかなぁ…」
その言葉を残しながら遥は立ち上がり、俺の反撃を待たずに自分の部屋へと去ってしまった。


さて、ここからが俺の‘嘘’の始まりだ。

しばらくしてから押し入れの上、遥の手の届かない所に隠してあったものを取り出した。
それを机の上にコトンと置き、今日の主役がやってくるのを待つ。

ガチャリとドアが開くとその人物は目を丸くしながらこちらに近付いてきた。
「何これ?」
机の上を指して遥が聞く。

「…お前にだ」
遥はその言葉に驚き、赤いリボンがかかった箱を大きな瞳でしげしげと見つめた。
「私に?」
まるで仕掛けられた罠でもあるように少し遠回りに眺めていた遥だったが急に足取りをはやめて机の前にちょこんと座り込んだ。

「誕生日おめでとう」
すぅと息を吸い込み決心した俺は、滅多に言わない祝いの言葉を遥に送る。
「ありがとう」
遥の素直な返事がいやに身に染みた気がした。

「これを隠そうとして嘘ついてたんだね…おかしい」
くすくすと笑いながら遥はプレゼントを開けていく。
「遥…これ以上俺を馬鹿にするな…」
「馬鹿にする訳がないでしょう?」
そう言って見つめてきた瞳がいたずらな光を見せたかと思ったら遥は軽くウィンクをした。
俺はふっと鼻で笑うしかなかった。

「でもこういう嘘は嬉しいな… また来年もお願いしようかなぁ…」
「調子のいい奴だな…」
俺は少しあきれて遥の頭をぽんと叩いた。


遥とこれからまた一年を楽しく過ごせるようにと改めて思える今日は彼女の生まれてきた日。

あわよくば来年の今頃には癖が直って嘘がばれないようにとも祈ったが、さてどうなる事やら…
同じように居心地が悪くなっても下手な嘘をつかなければいけない日となるのだろうか。
でも楽しい一日には変わりないだろう。

そう思った俺は改めて遥に向き合いこう言った。

「これからまた一年よろしくな…」

すると返事はこうだった。

「うん、いいよ」

なんだそのそっけない返事は?
俺はあまりの事に眉間に皺を寄せた。
人を馬鹿にするにも程があるぞ…

だが俺の眉間の皺は遥の喜ぶ顔に徐々に消されていく。

この笑顔をまた一年、傍で見られるようにと願う今日は嘘をついた日。










Fin


2007.6.22





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