はぁ、とついたため息は桐生のせい。
今日は休みと言っていたくせに、急な呼び出しだとか言っちゃって。朝早くから出ていってしまった。
明日は一緒に動物園にでも行こうねって、約束していたのに。
お弁当だって、昨日の晩から用意していたのに。
「おじさんの馬鹿…」
ベットに身を投げ出して、恨み言を言ってみる。
けれど、桐生が一生懸命堅気の仕事で頑張っているのは自分のためだと知っているから、直接言うことはできなかった。
それでもまだ子供だから…桐生を仕事にとられて、腹が立つ。
本当に腹が立つのは桐生じゃなくて、桐生の仕事。
いっそ友達と遊びに行こうか、とも思ったけれど。
電話をかけても、留守か親と出かけるか。こんな日に限っていつも遊ぼうと言ってくる男の子でさえ、友達と何処かに出かけてしまったらしい。
ついてない日は、本当についてない。
「一人でデパートにでも行こうかなぁ…お洋服見て、苺サンデー食べて…」
前に桐生と行ったとき、とても楽しかったのを覚えている。
けれど…隣に誰もいなくてはつまらない。
「あーあ…暇だなぁ…」
携帯を放り投げて、ゴロリと仰向けになる。そのまま桐生が帰ってくるまで寝ているかなと目を瞑りかけて、はっと身を起こした。
微かに震える携帯が、着信を知らせてしる。
遥は急いで携帯をとると、その相手にドキリと胸を高鳴らせた。
『着信:真島』
『よぉ、遥ちゃん』
「どうしたの?こんな時間から」
いたって冷静に応える振りをしているけれど、心臓は爆発寸前。
ちょっと、まずいくらいに。
真島はそんなことに気づくはずもなく、電話の向こうでヘラヘラしている。
『いま暇やねーん。ちょっと遊んでぇな』
「………暇って、今日から現場だって言ってたのに」
だから、あえて電話しなかった。
仕事の邪魔をして、うっとおしい奴だと思われたくなかったから。
『ええねんええねん。ワシの分までみんな頑張っとるから』
だから遊ぼうやぁ、と真島は笑った。
こんな人でも舎弟たちは、命を捧げるが如く慕っている。それはもう、カリスマ並に。
だからちょっと可哀想…と思いながらも、大丈夫かと遥はもう何も言わなかった。
それに…せっかく、真島は自分に誘いをかけてきてくれたのだから。
「うん、いいよ!いまどこ?」
『現場の近くの公園や。こないだ言ったとこ、覚えとるか?』
「うん、大丈夫!じゃあいまから行くね」
『おう!…あ、そんでな…』
「うん?」
『桐生ちゃんも、一緒に来れるかなぁ?』
シン、と時間が止まったような気がした。
わかってはいたことだけれど、心臓が痛い。苦しい。
桐生と会う口実が、いつも自分と遊ぶことだと…遥が気づいていないはずがなかった。
少し、手に力が入る。
「ごめんね?おじさん、今日は急な呼び出しがあって。お仕事に行っちやったの」
『…さよか。残念やなぁ』
「私だけだけど、いい?」
『ええ?!遥ちゃん何言うとんの!!もともと遥ちゃん誘ったんやないか!』
当たり前やろ、といい言葉が、嬉しくて…辛い。
でも、それでも。
「うん!じゃ、すぐ行く!」
一番のお気に入りのワンピースを着て、薄いピンクのリップを塗って。
髪止めはいつもとは、違うやつにした。
好きな人と会うから、少しでも綺麗に見せたくて。
例え、その人の心がこちらへ向かなくとも。
あの人が買ってくれた赤い自転車に乗って、いま、会いに行く。
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