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 王は二人を立たせると、雪の残る垂州の土を踏みしめ、そのまま強い腕に抱き取った。
「苦労を…かけた…!」
 いまや右腕のない王師六将軍のひとりと、すっかり背の伸びた細い麒麟の肩を抱いて、
真実の泰王は、喉をつまらせてつぶやいた。
 八州の師と民をもって瑞州に攻め込み首都鴻基を奪還、白圭宮に逆賊阿選の首があげ
られたのは、それから三月後のことである。




 弘始七年九月、戴国に黒麒生還す。翌四月、上、垂州に跡を復す。百官、兵、全土
の民、これを喜び、その麾下に加わること夥し。同七月、上、一軍をもって瑞州に攻め
入る。禁軍、これを止むること能わず、自ら上の軍に下りて鴻基を降伏せしめ、謀反の
罪により、丈阿選、宮城に於いて梟首さる。上、宰輔をともない、玉座を奪還、以って
国土を安寧せしむ。                       『戴史乍書』


 鴻基に戻って間もなく、李斎は、驍宗に、故郷の承州に戻り、もとの州師にて、望ま
れれば新兵卒の訓練の補助でもしようと考えている旨、そのため仙籍を返上したい旨を、
官を通して正式に願い出た。
 すると、非公式に王から直截に面会を求められ、久々に正寝に出向くこととなった。
驍宗は開口一番、李斎の申し出を却下した。
「仙籍を返上することは許さぬ。そなたには以後もこの白圭宮にとどまって貰いたい」
「それは台輔の為ですか?しかし台輔はもう大人です。私がお側にいる必要はもう…」
「いや。私の為だ」
「主上の…?しかし私は…」
「王后を引き受けてはもらえまいか」
 オウコウ…そんな官職名があっただろうか。李斎が真っ先に考えたのはそれだった。
 それが「王后」だと理解したとき、李斎の目に厳しい光が浮かんだ。
「主上におかれては、この右腕をお憐れみですか?これは私ひとりの存念の結果、主上
がお気にかけられる問題ではございません。おそれながら、ただいまのお言葉は、この
李斎への侮辱です。公の役に立たなくなったからといって、憐憫をもって后(きさい)
にして頂くことをどうして望みましょうか」
「憐憫でも同情でもないと言ったらどうする」
 驍宗は柔らかな眼差しで、静かに見返した。
「以前から女としても欲しいと思っていたのだが。…気がつかなかったのか」
「まさか」
 は、と驍宗は笑った。
「李斎の字(あざな)は伊達ではないとみえる。姿、李花にして、男に洌なること斎人
の如し」
「私の字は、女にあらずというほどの意でつけられたものです。形(なり)は女でも武
勇にすぎて、誰も私を女としては見ない、だから男とは無縁だと」
「そうではない、男達が思いをよせても、おまえが無意識に撥ね返すからだ」
「そのようなことは」
「現に私は以前、正寝での深夜に及ぶ執務のおり、蒿里が下がった後、幾度その髪に触
れてみたいと思ったか分からぬ」
「ご冗談でございましょう」
「冗談なものか」
 驍宗は真摯な顔になった。
「だが、当時そなたは六将軍のひとりだった。そなたを女として望めば、数少ない信に
足る有能な重臣を失わねばならぬ。それは出来なかった」
「今なら出来るとおっしゃるのですか。利き腕を失い、将として役立たなくなった。主
上はもっと李斎をお分かりだと思っておりました。隻腕でもわたくしは武人でございま
す。後宮に入り、多くの女人方と主上の寵を争うなど、向いていようはずもありません」
「早とちりも甚だしいぞ、李斎。私がいつ後宮を使うと言った、あんなところは私には
必要ないものだ。早々に閉めて、必要なら官庫にでも使ってやる。私が欲しいのは妻だ。
妻(さい)はひとりでいい。部屋も、官たちがどう言おうと、この正寝の内に用意する。
どうだ、私は男として不足か。待たされるのは好まぬ。王后を受けるは否か応か、この
場で答えてみよ」
 その覇気の苛烈さに気圧されて、李斎は思わず答えていた。
「…是!(はい)」
「よし」
 驍宗は破顔した。彼はその昔、彼の小さな麒麟を抱き上げて言ったと同じ言葉を朗ら
かに口にした、
「礼を言う、李斎!お前は武人なのに、男を見る目がある」
 そしてその自信に満ちた笑い声を、正寝中に響かせた。




 宰輔である泰麒を呼び、驍宗が李斎を王后として迎えることになった、と報告したの
は、話の決まった翌日の午後のことであった。
「ああ、やっぱりそうですか。よかった」
 泰麒は別段驚くふうもなく、二人を見比べて微笑んだ。驍宗は訝しく泰麒を見た。
「やはり、とはなんだ蒿里」
「ぼく、もうずうっとそうなればいいなって思ってたんです」
 頬をこころもち紅潮させて、泰麒がそう言うので、驍宗と李斎は顔を見合わせた。
「だって、李斎はぜんぜん気付いていなかったふうだったけど、驍宗さまはずっと李斎
のこと、気にかけておられたし…。ああ、ずっとっていうのは少し違うかな、多分王に
なられて白圭宮にお入りになった頃から…。最初は、李斎をいつも呼んで下さるのは、
僕のためかな、って思ってたんですけど。だって李斎と僕が一緒にいると、驍宗さまは
いつだって満足そうにしてらしたから」
「蒿里、おまえ…」
 驍宗は、自分でも覚えのなかったことを指摘され、やや困惑したふうだった。
「とくに李斎が王師の将軍になって、鴻基に来たときは、それはもう嬉しそうでいらっ
しゃいました。僕も有頂天になるほど嬉しかったから、そのときは気付かなかったんだ
けれど、後になってみると、主上もはしゃいでいらしたなって思えたし…なにより」
 と、泰麒は淡々と続けた。
「夜の執務のとき、李斎が側にいると、ときどき僕ごしに李斎のこと、ちらちらご覧に
なられるんですよね。それで、僕、ああ主上は李斎のことが、お好きなんだなぁ…って」
「もう、いい」
 驍宗は顔をしかめ手を振った。麒麟である宰輔が、どんなにその姿が幼くとも只者で
はないことはよく理解していたつもりの驍宗だったが、当時まだ稚かった、あの小さな
子に完全に看破されていたとは思いもよらなかったのだ。横で李斎はただぽかんとして
いる。
 泰麒はにっこりして、跪くと拱手した。
「泰王、ならびに泰后妃、このたびは誠に慶賀に存知上げます」
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