見るだけでうっとりするようなベンジャロン焼の茶器は、タイに出張してきたセルバン
テスからの土産だ。お礼に、早速、金縁の絢爛な茶器で紅茶を淹れると、男は満足そうに
茶を啜った。
「やっぱり、サニーが淹れてくるお茶が一番美味しいよ」
「ありがとうございます。でも、おじ様のお土産のお陰ですわ。こんなに素敵な器、見た
ことありませんもの」
「嬉しい事を言ってくれるね、サニーは」
セルバンテスは心底から嬉しそうに笑った。
「でも、君と二人きりでいるなんて知ったら、アルベルトに怒られるかな。あいつ、今頃
はよりによってデスクワーク中だもんなあ」
「仕方ありませんわ。孔明様の邪魔をなさるから」
「あの策士に唯々諾々と従う奴もいないよ。あんな単純な嫌がらせ、黙ってやり過ごせば
いいのに、わざわざ真に受けて……、まあ、そこがアルベルトらしいんだけどね」
「父はおじ様の大のお気に入りですものね」
「でも、私のものじゃないよ。君と扈三娘のものだよ」
「いいえ、母のものですわ、父は」
少女の断言に、セルバンテスはくすりと笑った。
あの頃、盟友はたしかに恋をしていた。そして並み居る先祖の廟の中に、更にどでかい
墓を造ったのだ。セルバンテスも一度花を捧げに行った事があるが、豪勢な廟所の前で思
わずあんぐりと口を開けてしまった程だ。昔、タージマハールを悪趣味だと唾を吐いたよ
うな男が、である。最愛の王后を失ったシャージャハーン帝の気持ちもこんなものだった
のだろうと、セルバンテスも思わず納得してしまった。だが、暫くして取り壊したという。
何かを悟ったのだろうか。今では小さな廟に花を捧げには行く事はない。
「じゃあ、君は? サニーは誰のものなんだい?」
セルバンテスは詠うように言った。
「さあ…? でも、私はおじ様たちのものですわ。とても可愛がっていただいてますもの」
「本当にそう思うのかい?」
ちらり、と紅玉のような瞳に光が走った。少女は紅茶に砂糖を入れようか考えるような
仕草で、クフィーヤの男を見上げた。
「そうですわね…、私は私のものですわね、きっと」
「きっと、かい。あやふやだなあ」
セルバンテスは水煙草(シーシャ)吸って、椅子の背凭れに身体の重みを預けた。
「あら、おじ様ほどではありませんわ」
「私が? あやふや? そうかな、こんなにはっきりしている人間は他にはいないと思う
けどね」
「ふふっ、おじ様ったら、そうやって私も惑わしますの?」
「大丈夫、君には私の力なんて通じないよ。だって、通じていたら、私の隣にきてくれる
筈だからね」
サニーは立ち上がって、セルバンテスの隣に行った。
「こうやって?」
「そう、こうやって…」
褐色の手が伸びて、少女の白い頬を包み、もう片方の頬に口付けた。腕の中でサニーは
思わず身をよじった。
「――おじ様の口、くすぐったい」
「あれ、髭もじゃって訳じゃないけどなあ」
笑って顎を撫で、セルバンテスは少女を解放した。
「…貴様、何をやっている!?」
突然、地の底から響くような声音に振り返ると、仁王立ちした盟友が立っていた。背後
から黒いオーラが出ている。
「お父様…」
「あれ、アルベルト? 仕事は終わったのかい?」
「このロリコンがーーー!!!」
「わー、誤解だってば!」
「うるさい!!」
次の瞬間、衝撃派が炸裂し、セルバンテスと一緒に円卓が木っ端微塵に吹っ飛んだ。
しかし、ベンジャロン焼の茶器だけは何故か無事であったという。
終
テスからの土産だ。お礼に、早速、金縁の絢爛な茶器で紅茶を淹れると、男は満足そうに
茶を啜った。
「やっぱり、サニーが淹れてくるお茶が一番美味しいよ」
「ありがとうございます。でも、おじ様のお土産のお陰ですわ。こんなに素敵な器、見た
ことありませんもの」
「嬉しい事を言ってくれるね、サニーは」
セルバンテスは心底から嬉しそうに笑った。
「でも、君と二人きりでいるなんて知ったら、アルベルトに怒られるかな。あいつ、今頃
はよりによってデスクワーク中だもんなあ」
「仕方ありませんわ。孔明様の邪魔をなさるから」
「あの策士に唯々諾々と従う奴もいないよ。あんな単純な嫌がらせ、黙ってやり過ごせば
いいのに、わざわざ真に受けて……、まあ、そこがアルベルトらしいんだけどね」
「父はおじ様の大のお気に入りですものね」
「でも、私のものじゃないよ。君と扈三娘のものだよ」
「いいえ、母のものですわ、父は」
少女の断言に、セルバンテスはくすりと笑った。
あの頃、盟友はたしかに恋をしていた。そして並み居る先祖の廟の中に、更にどでかい
墓を造ったのだ。セルバンテスも一度花を捧げに行った事があるが、豪勢な廟所の前で思
わずあんぐりと口を開けてしまった程だ。昔、タージマハールを悪趣味だと唾を吐いたよ
うな男が、である。最愛の王后を失ったシャージャハーン帝の気持ちもこんなものだった
のだろうと、セルバンテスも思わず納得してしまった。だが、暫くして取り壊したという。
何かを悟ったのだろうか。今では小さな廟に花を捧げには行く事はない。
「じゃあ、君は? サニーは誰のものなんだい?」
セルバンテスは詠うように言った。
「さあ…? でも、私はおじ様たちのものですわ。とても可愛がっていただいてますもの」
「本当にそう思うのかい?」
ちらり、と紅玉のような瞳に光が走った。少女は紅茶に砂糖を入れようか考えるような
仕草で、クフィーヤの男を見上げた。
「そうですわね…、私は私のものですわね、きっと」
「きっと、かい。あやふやだなあ」
セルバンテスは水煙草(シーシャ)吸って、椅子の背凭れに身体の重みを預けた。
「あら、おじ様ほどではありませんわ」
「私が? あやふや? そうかな、こんなにはっきりしている人間は他にはいないと思う
けどね」
「ふふっ、おじ様ったら、そうやって私も惑わしますの?」
「大丈夫、君には私の力なんて通じないよ。だって、通じていたら、私の隣にきてくれる
筈だからね」
サニーは立ち上がって、セルバンテスの隣に行った。
「こうやって?」
「そう、こうやって…」
褐色の手が伸びて、少女の白い頬を包み、もう片方の頬に口付けた。腕の中でサニーは
思わず身をよじった。
「――おじ様の口、くすぐったい」
「あれ、髭もじゃって訳じゃないけどなあ」
笑って顎を撫で、セルバンテスは少女を解放した。
「…貴様、何をやっている!?」
突然、地の底から響くような声音に振り返ると、仁王立ちした盟友が立っていた。背後
から黒いオーラが出ている。
「お父様…」
「あれ、アルベルト? 仕事は終わったのかい?」
「このロリコンがーーー!!!」
「わー、誤解だってば!」
「うるさい!!」
次の瞬間、衝撃派が炸裂し、セルバンテスと一緒に円卓が木っ端微塵に吹っ飛んだ。
しかし、ベンジャロン焼の茶器だけは何故か無事であったという。
終
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