幼い彼女の手は
「サニーちゃ~ん、セルバンテスおじさんだよ~。」
樊瑞の部屋へ唐突にやってきたのはセルバンテスだった。
といってもこの男の場合、唐突でなくやってくることはないのだが。
「セルバンテス…仕事はどうした?つい先ほど孔明に何か言われてはいなかったか?」
「んー、そんなことは忘れたねぇ。」
部屋の片隅に置かれているゆりかごへ男は躊躇なく進んでいく。
そうして、そっと中にいる赤ん坊を抱えた。
「セルバンテス?」
「…いやね、アルベルトが一ヶ月ほど任務で帰ってこないらしくてね。」
珍しいな、と言って樊瑞は自分のあごひげを撫でた。
長期の任務というものは、自分たち十傑集には滅多とないことだった。
十傑集にかかってしまえば時間をかけずとも終わらせることの出来るものがほとんどだったからである。
「そういうわけでね、」
「うむ。」
「その間に私のことを“パパ”と呼ばせられないかと思案中なのだよ。」
「…何をしようとしてるんだ貴様は。」
思わず頭を押さえる魔王。対して、あっはっはと笑う眩惑。
そしてさらに魔王は頭を押さえた。
「サニーはまだ喋れんのだぞ!?それにもし、お前を“パパ”なんて万が一呼ぶようになってしまったら…!……私は恐ろしくてアルベルトの前に姿を見せられん。」
「ふふ、アルベルトはびっくりするだろうね~。サニーちゃんが私のことを“パパ!”って呼ぶんだもんね~。樊瑞ならまだしも、私だもんね~。」
にやにやと至極楽しそうに、セルバンテスはサニーを眺めている。
でもなかなかドッキリとしては楽しいと思わないかい?と彼は赤ん坊に話しかけた。妻も子供もいない自分に、“パパ”と呼びかける存在を作る。そんなおかしくて馬鹿馬鹿しくてどうしようもなく滑稽なことをしたら、
…なんて、幸せだろうか。
『…あの子供は、まだ何の能力も表してはいないのですね?』
ついさっきの策士の言葉が頭に響く。
『なにかありましたら、必ず知らせてください。あの子供もいずれ、ビッグファイア様のために命をかけることになるでしょうから。』
訓練はなるべく早いうちからのほうがいいでしょう――そう言いながら去っていった策士。
分かっていたはずなのだ。この子もいずれ、自分たちと同じ運命を辿ると。
生まれながらにしてのBF団員なのだ。
これは必然であると。
「選択肢は、作ってあげたいがね…」
「ん?何のだ?」
「“パパ”と呼ばれるのが、私か君かアルベルトかっていう選・択・肢v」
今度こそがっくりと、魔王は頭を抱えた。
セルバンテスは赤ん坊を己が手で抱いたまま、じっと彼女の顔を眺めている。
なんとも幸せそうな平和な寝顔を晒しながら、赤ん坊は起きることもなくすやすや寝ている。
なあサニーちゃん。
おじさんとして、おじさんは目一杯、君が幸せに暮らせるように頑張るよ。
だから、幸せにおなり。
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