契約。
「…サニー、サニー、サニーちゃぁん?」
豪奢なソファに凭れた白いクフィーヤの男は妙な節を付けて傍らの少女に声を掛ける…が、そんな男に目をやる事もなく---少女は花を活けていた。
大輪の、少女の瞳と同じ深紅の薔薇。
「…まだ、怒っているのかい?」
その言葉にぴくりと肩を震わせて、ようやく少女は男に向き直る。
「いいえ。わたくし怒ってなどいませんわ、セルバンテスのおじさま」
「…そうかい?」
顎下で指を組んで肘掛けに肘をつき、その男には珍しく----本当に珍しい事だが----困ったような顔で少女に微笑み掛けた。
「確かに…アルがパーティーに参加出来なかったのは残念だったけどね。
でも、プレゼントは呉れただろう?」
ボンボン・ショコラのアソートボックスだっけ?いつものだけれど----
「…わたくし、もうお菓子を戴いて喜んでいるような子供ではありませんわ」
つん、と少し拗ねたように視線を外した少女が子供っぽくて。
男は声を立てて笑った。
「解っているよ。
…私の差し上げたベルジャン・レースのハンカチは…気に入って貰えただろうね?」
「ええ、それは」
勿論。
少し慌てたように向き直る。そんな少女に男はにこやかに笑い掛ける。
「…では、もう赦してやってお呉れ。
急な任務で、適任者はアルしか居なかった」
仕方なかったのだよ-----
「でも」
少女は、俯いて唇を噛む。
「あの日、父様はお休みだったのですわ。
前日…プレゼントは何が欲しいと仰って---」
急な問いに詰まった少女を見て、父親は珍しく、こう提案した。
---急には決まらんか。ならば、明日見に行くか。
天にも昇る気持ちだった。
多忙で…些かワーカホリック気味な父が、自分に目を向けて呉れた事が嬉しかった。
楽しみで楽しみで寝付かれない程で------翌日。
目を覚ますと、父親は出動した後だった。
「仕方が無い事なのは、解っているのですわ…でも」
でも。
パーティーが終わり、夜も更けて------明方。
やっと戻った父親は、全身に傷を負い大量の出血をし、輸血されながらストレッチャーの上----だった。
「…死んでしまうかと…思っ……」
ぼろぼろと、大粒の涙が少女の頬を伝う。
「…おいで」
男に促されるままに、少女は男の肩口に顔を押し付けた。
少女の柔らかな髪を梳きながら、男は宥めるように少女に話し掛ける。
「…サニー、大丈夫だよ。
アルは…私達は十傑集だ。そう簡単には死にはしないよ」
頑丈だからね。
「安心していい---そう、我がBF団の医療班は国警よりもずっと技術が上なんだ」
元より紅い目をもっと紅くして、少女はくすんと鼻を鳴らした。
「…本当ですか」
「勿論だとも!」
詐欺師の微笑みで男は少女の涙をそっと拭い取る。
「それにね、アルは本当に強いんだ」
今回はちょっぴり不覚をとったけれど------
「それはそれは、強くて。見ていて嬉しくなる位なんだよ」
男は目を細めて実に楽しそうに、嬉しそうに笑う。
「いつか、君にも見せてあげたいな----アルの闘いはとても素晴しいからねぇ。
そう、君がもっと…自分の力を上手くコントロール出来るように成ったら」
連れていってあげるよ。
くすりと、泣き顔のままで少女も微笑む。
「…狡いわ」
「うん?」
「だって、おじさまったら----」
本当に父様の事お好きなんですもの。
「あぁ、そうだねぇ。好きだねぇ---
取りあえず、会って無かったら此処には居ないかなって位には好きかなぁ?」
それはBF団に、と云う事か---それともこの世に、と云う事なのか。
物騒な事を云って、男はあははと笑った。
「だからね、サニー」
約束しよう。
「私が生きている限り、アルを死なせたりはしないよ」
男の思いも掛けぬ真剣な眼差しに、少女も知らず顔を引き締める。
「…本当ですか」
「誓おう」
そして、しめやかに契約は成されたのであった。
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「サニー」
おじさま…
「契約は果たされたよ」
ええ。
「しかし、済まないな。
もう、この契約を更新してあげる事は出来ないんだ」
ええ。
「済まないな…」
いいえ、いいえ…!
ありがとう、ございました。
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そして、微笑みの気配を残して白い残像は、晴れた空に消えた。
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