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うろほろぞ
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長い夕日が裾を広げ、沈む気配もなく輝きを増す。
異な光に侵された人間界へとモリガン=アーンスランドは舞い降りた。
何かに惹かれ、はやる心を抑えながら。

地上を遠く睥睨して、そびえ立っていた白い城は
宇宙からの脅威に無残に砕け、瓦礫と化して横たわっている。

あの男が、本当にこんなにあっけなく倒されてしまったのなら、彼女一人の力では苦戦すること必至だ。
魔界全体の協力は望めない。有力貴族たちの中には、魔界を統率するアーンスランド家の弱体化を
ひそかに期待する向きもあるのだ。自分たちの手は汚そうとはせずに。
それでもモリガンにとって、闘いが厳しいものになるという見込みは
心を曇らせるというよりも、胸躍らせる興奮と歓びをもたらすものだった。

もしかしたら、彼にも自分と似た部分があったのかもしれない。
権力欲や勝利の味わい以上に、生命の輝きを感じる瞬間に魅せられているようなところが……。
やり方次第では、闘いの最中に身をおかなくても済む。敏く立ち回り、傍観者を決め込むことも出来る。
自らねじ伏せずとも、滅びるべきものは勝手に朽ちてゆくだけだ。そしてそれが相応しい。
ひとたび勝負に身を投じたのなら、善戦した、敢闘したなんて何の意味もない。
敗北したらそれが全て。それで終わり。そういう道を自分で選んだのだ。あの男も。
敗者への哀れみなど、持たない。


崩れた城の中で静かに横たわるその姿を見出したとき、不思議な感慨があった。

瓦礫も、やがては消えて塵になる。
この城も、彼の肉体も、人間界から消失し闇の奥に還っていくのだろうか。
魔界ではもう、その名が人の口に上ることもなくなる。

けれどあなたは後悔していないのでしょう。挑戦し続けて。敗れることを恐れはしなかったのでしょう。
あなたはまた長い眠りについて、いつの日にか目覚め、頂点を極めようとするの?
デミトリ……。

倒れた男のかたわらに跪き、そっとその体に触れる。
闘気が消え果て、精気も失われて、息もないように思われた。
冷えた心臓が闇の底で鼓動する響きが静かに伝わる。


衝撃が肩にかかった。
一瞬の間をおいて、焼けつくような鋭い痛みが走る。
――ッ。
息を詰め、痛みに耐えて吸血鬼の牙を受けたのだと気付いたときには
既に、がっちりと太い腕に捕らわれていた。

鋭く尖った牙先が、彼女の内に深く食い入る。
静かに強く吸いあげられ、喉元から熱と痺れが広がっていく。
不思議なほど危機感はなかった。
攻撃の意図はなく、溺れて孤立無援の状況で唯一つの光明を見出したように
よすがを求める舌が頼りなげに震える。

至上の美酒の味わいを堪能する余裕もなく、
ひたすら渇きを癒す水を欲して、生への執着を見せている。
苦しそうに息を荒げながら唇を離そうとはしない。
そんなにも求められて、自身が与えられるものなら、与えてやりたいとさえ感じ
モリガンは幼い命へ授乳するように、そっと自らを開いていった。

次第に活き活きとした精気が甦っていくのが感じられる。自分の血で。
消えていた気配が、空間を制するほどに色濃く満ちていく。
吸われているのに、そのエネルギーとオーラの高まりに、
魂まで熱く火照り、彼女自身の力が増していくように思われた。

「……あ…ぁぁ…」
モリガンの唇からは、艶やかな溜息が漏れた。
感じていたい。もっと。その強さと輝かしさを。それこそが望んでいた姿だった。
男の腕の中で詰まる息が、長い愛撫を受けているような響きを帯びる。

実際にそれ以上の昂ぶりを感じていた。漲る気迫が彼女を煽りたて身を捩らせる。
知らず知らずのうちに、その頸に腕を回し、抱き寄せて、甘い喘ぎ声を上げていた。
まるで愛を交し合っているかのように。

無心に血を吸っている彼の瞳はまだ何も映していない。
力を取り戻し、目覚めたとき、
彼女によって救われたと知ったら、誇り高き吸血鬼はどんな顔をするのだろうか。


「モリガン=アーンスランド……。何故、ここに」
目前の彼女の姿を認め、我に返った様子で、彼は口を開いた。
強く抱き合い、求め合っていたのが他人事のようだった。

「そうね、強い男にしか興味がなかったのに、おかしいわね……こんな負け犬のところに」
吸血鬼は口を拭う。
「……礼は、言わぬ」

「ふふ、本当に、変ね。あんまり退屈だから、あなたの行く末を見届けるつもりだったのかしら」
「私には未来がある……。お前も知るとおり、魔界を統べる王となる定めが」
あなたの未来……。
モリガンは微笑んだ。

嘲られたと感じてか、吸血鬼の口調が険しいものになる。
「我が力、疑うのなら……その体に直接教えてやってもよい」
「……違うの、そういう意味ではないわ」
「ではどういう意味だ」

生真面目な表情を向ける男に、悪戯心が芽生えたサキュバスは、黙って口付けた。
柔らかく触れ合わせた唇から、戸惑いは一瞬で消え去り、明確な意思を持って彼女の唇が塞がれた。
まだ血の匂いがする。
舌の先から鈍く響くような痺れは血の味のせいか、その情熱によるものなのか……
考える前に応じていた。やや性急に舌が絡めとられ、一瞬怯んだ隙に
彼女の体は素早く、弾き飛ばされるように倒され、開かれた両脚の間に漆黒の影が圧し掛かった。
闇の眼窩に紅い瞳が雄雄しい光を放ち、彼女を見下している。

「どのような形であれ、私に挑む愚か者がいるのなら、お応えせねばなるまい。
二度とふざけたまねをせぬよう、躾けねばな…。たとえそれがアーンスランド家のご令嬢であろうと、だ。
逃げたくなったのなら、今のうちだぞ」
「あなたのほうこそ、今ならまだ引き返せるのよ。笑ったりしないわ」
デミトリは唇の端を歪め暗い笑いを浮かべた。

その目を見据えたまま、踵でマントを捲り上げ、締まった脇腹にめり込ませる。
尖った踵の先で二度三度と往復させてから、柔らかい太股を当てる。
返礼に、躊躇することなく固く大きな膝を腹の上に乗せられ、動きを封じられてモリガンは呻いた。

「……くっ」
「媚を売って、手加減してもらえるとでも思ったのか」
細い足首を掴み、辱めるようにゆっくりと大きく開脚させる。
身じろぎもしない彼女の様子を眺めて、素肌に張り付いたコスチュームに手をかける。

向こう見ずな男……。傷も癒えないうちに、自ら淫魔の領域に飛び込もうとするとは、愚直なまでに。
デミトリ……。

「違うの……」
彼の動きに先んずるように肌を覆っていた蝙蝠たちが四散する。
膝の裏にかかった手に触れ、そのまま撫で下ろす。

誘惑の蜜を香らせ、潤った秘所に吸血鬼は冷ややかな一瞥をくれた。
「どういうつもりだ」
「わからないわ、私にも」
「わからない? ふふ」
彼女の手をとり、彼女自身のそこに触れさせた。
力のない指がぬるりと滑り、閉じた花弁を押し開く。豊かに分泌された蜜がぴちゃっと音を立てて指先を濡らす。
……は…っ…、とサキュバスは小さく息を吐いた。
「物を知らぬ小娘ではないつもりなら、言えるはずだな。どうしてこうなっているのか」

モリガンの唇がまた、微笑みながら閉じられようとするのを見て、掴んだ手に更に力が込められた。
抗うように引き合い、どちらの力の加減かわからないまま、指先が繊細な縁取りを刺激する。

「どうして……かしら。あなたに聞きたいくらいよ。あなたのほうが、私の血を吸ったのよ」
ヴァンパイアは不当な言いがかりをつけられたような顔をしたが、そうか、と言って
小さく口を開けた花芯に、同じ色をした爪の先がのめり込むのを押し止めて、彼女の濡れた指を口に含んだ。
すくんだ指先を逃さず、温い舌が巻きつく。

視線を絡ませながら、その長い指が秘所に潜り込んだ。螺旋を描き、なだめるように襞筋に沿う。
思わずあげそうになる声を、喉の奥に飲み込む。
粗暴なふるまいなら、黙って受け流すのはたやすいことなのに、おっとりと、
そこにあるだけで十分な絶妙の位置に駒を留め置かれると
声を抑えることはできても、内側の、心の震えを制することは難しかった。
緩慢な動きの周りに波立ち、細かな気泡を孕んでざわめいている。
次第に蕩け流れ落ちそうに潤んでいく瞳がじっと見つめられる。

徐々に感覚に支配され、双方の意識が触れ合ったそこに吸い取られていき
互いの視線が同じ分だけ揺らいだ。
目を伏せて、挟み込み、その感覚をきつく捉えなおす。
吸血鬼が熱のこもった吐息を漏らす。
来るべきものの訪れを知って
引き抜かれる指に奏でられるように、甘い息が長く伸びた。

目を閉じる。別の感触がとってかわり、左右に開かれた狭間を、牙を研ぐようにゆっくりと滑る。
じわりと熱い起伏が、脈打つ刃渡りが、血の滾りを感じさせながらほころびかけた花唇を舐め伝う。
「あ……、んッ……ぅん……」
感じやすく小さく膨らんだ先端を、つっと圧して、唾液のたれる接吻のように
粘液の糸を引いて、遠ざかる。
何度目にか、波が高まったとき、今までにない重い抵抗を感じた。背筋を慄かせ、予兆に手を差し伸べる。
内から溢れ出たものが待ちかねたように、その研ぎ澄まされた闘志をとろりと熱いうるおいで包み込み
更に昂ぶる彼女の内面へと導く。

張り詰めたものがすべてを切り拓き、柔らかな肌理さえ散らそうとする。
そのしたたかな歯ごたえをサキュバスは堪能した。圧力に屈せず、なおも中枢へ食いさがる堅靭な気性を。
闇の奥行きを測るように底をずんと連続して突き抜かれ、埋めた淵の縁まで消えない波紋が伝わる。
深く貫いた先がぐりぐりっと限界ににじり寄るように迫り、忍耐を削り取るように小刻みに退く。

「ンっ……う…」
息を押し殺した様子を眺め、
「遠慮することはない。先刻のように、あられもない声をあげてみたらどうだ。……もっとも助けは来ないが」


揶揄する男を見上げ、モリガンは囁いた。
「……来て。あなたに、来てほしいの」
自ら身を投げ出すように突き上げ、熱り立ったものを深く受け入れようとする。

「ふ、いい度胸だ。報いてやるべきかな」
打ち解けない大きな抵抗を抱えたまま、引きずられるように柔肌が闇に呑まれる。
啄ばまれる乳首の先から突き刺すような快感が咥えた硬さにまで響く。

「ん……ンっ、ぁあ…、あッ……」
「どうやら、ご令嬢の弱点を見つけてしまったようだが」
「あぁ、ん…デミトリ……」
甘えるように腕を絡め、白い腰が軽やかな動きで貪欲に悦楽を引き出そうと寄り添った。
蜜腺の涸れることもなく、一番強く擦れ合う感覚の最前線で
同じ沸点を持った二人の昂奮が滑らかに溶け始める。

「素直だな……。こういう時だけか?」
「いつも、素直なのよ。……素直ないい男にはね」
サキュバスの接吻をいなし、瞳を覗き込むように表情を窺う。
「そうか。……では、もっとそうなってもらおうか。体だけではなく」

彼女の細い体を片手で軽々と抱き上げて、青ざめた首筋を優しく何度も吸う。
その唇に触れられるたびに、もどかしくなるような痺れが走った。破られずとも、肌の下で求めに呼応するように
彼女の血が接吻の痕に忠実に溜まって薔薇色の標を残していく。無意識のうちに内部が鋭く収縮を繰り返し、
裏襞の充血を見せて捻れた花弁の間から、乳色の蜜汁がたれ落ちて吸血鬼の下肢を染める。
「あ…ぁ……ハっ……ぁ……ぅく……」
「実に素直だ。お前の血も、お前の体も、……私を知るほどに」
黒い爪が柔らかな尻肉を掴み広げ、奥まで容赦なく責め苛み、更に激しい律動を送り込む。

「……んう、っ、く……、あ、……あ、……ぃく、く、っうっ……あ、あ、あっ、は、ぁっ……」
悦楽の波に襲われながら、夢中でその体に抱きついた。
全身に滾る闘気が彼女の体をも包み込み、共鳴して、心地よく纏いつく。
「あ…ぁ、……」
絶頂の慄きを感じ取ってか、あるいは警戒しているのか。微かに勢いが弱まり、膝が落ちる。
あぁ、やめないで。最後まで、きて。あなたの力を感じたいの。デミトリ。
あなたを感じていたいの。


その体をモリガンは抱きしめた。深部に至るまで、脈動の一つ一つまでを。
「あなたの力で、こんなに高揚しているの。わかる、でしょう。ああ……、
して……、したいようにして。いいの。もっと、あなたが気持ちいいように動いて……。
さっきしたみたいに。ぁ……あッ、んん……ん、デミトリ…ぁふ……、いぃ」

豊かな胸が潰され膨らみきった乳首が固い胸板にちぎれそうなほどに擦られている。
幾重にも巻きついたサキュバスの豊かな内襞が、捕らえた獲物を逃さんとばかりに急激に締め上げ、
同時に勢いを増した激しい突き上げを受け軋み悲鳴を上げるかと思われた。

「ああっ、はぁっ、ぁぁあ……ぁッぃい……あああ」
再び、牙を深く受けた瞬間に達していた。
間髪をいれず、熱い迸りが彼女の最深部へとなだれ込む。
その熱さを受けて引き攣れる体がしっかりと抱き寄せられ、
続く豪雨のような奔流が途切れず絶頂を叩き込んだ。
急激に吸い上げられて意識が遠のく。
天地を失い揺らいだ体を抱きとめて
そっと唇が触れあい、さまよう手が包み込まれる。

沸騰した自身の血が熱く全身の血管を灼き燃え上がらせながら、吸血鬼に奪われ
同じほどの熱が是非なく惜しみなく注ぎ込まれている。

注ぎ込まれたのは、彼自身がもともと持っていたものであり、
またそれは彼女の内側で長い間滾っていた焔と同じものだった。
噴きだす傷を持たず、涙となって溢れ出すこともなく、行き場もないほどただ熱く燃えていた血と。
それが最奥の芯を響かせ、劣らぬ激しさで彼女の胸を打った。

与えながらそれ以上に浴する、無限にも思われる力、際限のない高まりを
ああ、……彼も感じているからか。重なった体が同時に雷に打たれたように震える。
互いに何も言わなかった。ただ抱き合い、舌を絡めたまま鼓動を感じている。
同じ熱量を共有し、内なる充溢に身を委ね、感応に痺れていく。


言うとおり、この男は本当にすべてを支配するのかもしれない。
彼が魔界を手にする時、この世界はもっともっと面白く、かいのあるものになるのかもしれない。
魔界の未来はそこに、かかるのなら――
そして、私は……?
とモリガンは考える。黙って身を引き、その行く末を見届けてやるのか。
人間界には人間界の、目覚め始めた輝きがある。
そのように、より相応しい場所で熱い魂がまた一つ、燃え果てるさまを見守るのか。


「まだ魔界を目指す気でいるのなら、私をどうするおつもりかしら?」
デミトリは不敵な笑みを浮かべた。
「私が真にすべてを支配する男だと、悟ったようだな」
小馬鹿にしたような口調だが、その裏には確乎たる信念が窺える。
「魔界にはもはやアーンスランドの威光は必要ない。
……お前の血は実に美味かった。魔王家一族のラベルなどなくともその価値は変わらぬ。
モリガン、選ばせてやろう。我が寵を受け生を全うするか、命を賭し全力で雌雄を決するかを」

「ふふっ、なかなかおもしろいご提案ね」
傷口に触れている、その手をそっと外して優しく包み込み、甘い声で答える。
「だけど、私がどちらを選ぶかは……はじめからお分かりのはずだわ」

「そうかな? どちらにしても、退屈はさせないつもりだが。
……まあせいぜいよく考えるがいい。城を追われるまでにな。お前に残された時間はそれほど多くはない」

「そう願っているわ。期待はずれに終わらないといいのだけど。
……本当に、飽き飽きしているのよ、今の魔界には。フフ……、しっかりね」
素直とはほど遠い態度で、吸血鬼はフン、と笑い視線を逸らせた。
終末の光が、傷ついた城を照らす。その地平を見据えている。


少なくともこの男は、腐りきった貴族の腰抜けどもや意気地なしとは違う。
魔界の支配者に敗れ去り、宇宙の支配者に叩きのめされても、
潰えることなく更なる野望に熱き命を燃やす。
見込みは間違っていなかった。確かに悪くない男だ。

彼が魔界を揺るがす時、この世界はもっともっと面白く、かいのあるものになるだろう。
退屈とは無縁に過ごせそうだ。殺し合う道を選んでも、違う道を選んでも、
あなたが本当に、すべてを手にする日が来るのなら……


けれど、
もしも私の心を手にしたら、
その高く固い志は、それでも揺らがずにいられるだろうか。
なお誇りを保ちその信念を貫いて、堕ちずにいられるものだろうか。

――そうは思わない。

だから、私は、
最後までこの心を渡さずにおく。自分からは決して。
欲しければ奪い取ってみせるがいい。臆することなく。
恐れを知らぬ吸血鬼、彼はきっと、必ず、そうするだろう。
確かに、私は知っている……。あなたの未来、あなたと私の、運命を。



<終>






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おとめの祈り

あなたに素敵な贈り物があるわ、と闇夜に淫魔が誘いかける。
甘い声に惑わされず、ただ一度でも抵抗できる者は果たしてどれだけいるのか。
狂おしき闇の調べに、耳を塞ぐだけの勇気があるものは。

「サキュバスのキスにはいささか食傷気味なんだがね」
「あら…、随分な言い草じゃない。多分、あなたがもっと好きなもの。
純潔の乙女の血と言ったら、いかが。目の色が変わったかしら…? ふふふ」

無垢の花嫁なのよ。まだ幼くて清い体のまま寡婦になってしまった――。
「男はどうしたんだ」
「新郎のほうは……戴いちゃったのよ、この私が」
――ふと見た窓辺にこの世のものとも思われない美しい淫魔が佇んでおり、
たちまち取り付かれた男は新床に花嫁を残して
その場で魂まで奪われ吸い尽くされてしまった――ということなのだった。
悪びれた様子もなく語る、淫蕩な隈が刻まれた白い頬をデミトリはまじまじと見つめなおした。

「しかし、君も随分罪なことをしているな。恨みを残して死んだ者が吸血鬼になったりする。
君につきまとったりするかもしれんぞ。気をつけたほうがいい」
「あら、そうなの?」
緑の目が瞬いて、そういう吸血鬼の顔を覗き込む。
「心当たりでもあるのかしら、フフッ。でも大丈夫よ。みんな、思い残すことはない幸せな表情をしているわ。
それはそうよねえ……最高の夢の中で永久の眠りにつくんですもの」
「わざわざ出向いてか、君もご苦労なことだ……」
「ね、狩りは嫌いじゃないでしょう? 行きましょうよ。早くしないと飛び降りちゃうかもしれないわ。
すごく可愛い娘よ。今なら白とブルーのおリボンもつけてあるのよ。
陰気な黒服に変わる前にぜひあなたに召し上がってもらいたいわ」

軽率に口車に乗せられるのは抵抗があったが、瞳を輝かせた淫魔を失望させるのも気が引ける。
何より差し出された贈り物とやらに少々興味をひかれるのも事実だった。
そもそも初夜とは血塗られたものなのだ。


犠牲者はまだ若い男だった。淫魔の弁明通り、呆けたような笑みを浮かべて
弛んだ口元からむき出しの下半身まで、得体の知れない夜露に濡れて横たわっている。
無様な姿――それでもお前は、さぞや幸せなのだろうな、と皮肉に眺める。
自分の妻も、人生も投げ出して。ほんの一時の気の迷いから全てを失うことになろうとも。
最も、それがお前の運命だったということか。
定めとはえてしてそのようなものだ、もがき逃れようとしても流れには逆らえない。
気を高め機が熟せばそれが己についてくるものだ……。
通り過ぎようとして、その場に吸い寄せられるように再び視線を戻す。


「とどめはさしていないから…ああ、まだ温かいわ」
淫魔の指に触れられると、哀れな生贄はそこだけは立派に主張した。
見せ付けるように、するりと白い肌を晒すと、男の股間に顔を近づけ
不気味に赤い舌を覗かせてぴちゃぴちゃと無邪気な音を立てる。
初めのうちこそ、乱れた髪の間から視線を投げかけて吸血鬼の様子を覗っていたが
やがて、その存在も忘れたように熱心に頭を上下させていく。
顔を上げ、口を放すと息を喘がせた。勢いなくどろりと滲み出したものが、唇の端から零れる。
「んん、なかなかいいお味…さすがに生きがいいわね」

握った手を放さずに、視線をこちらに向けて微笑むと、
背後に手をついて猥らに脚を広げ、指の先で蜜滴を光らせた花唇を無造作に左右に開く。
その隙間に挟み込むように、だが呑みこまず側面にあてて擦りあげ、恍惚の表情を浮かべる。
「はぁ…、ぁん…ん」
腰を浮かせ、先端にまで達すると、めくれ上がった花弁をひっかけて小刻みに揺さぶる。
頬に血の色を浮き立たせ、敏感な一点で昇りつめようとする。
滲み出た樹液と溢れる蜜とで、上向きの杭が滑って不規則な動きになる。
あん、
尖った乳首を摘んで捻っていた手で焦れたように掴みなおすと、一気に腰を沈める。
好き勝手に貪られている生贄への、哀れみなのか羨みか名付けようもないまま
居たたまれない思いに捉われて、デミトリはその光景から目を背けた。

そんな様子を視界の端に捉えて、からかうような声が更に高くなる。
「あ、ァあ…んん、また、おおきくなってるみたい……もっと、奥まできて欲しいわ…。
ぁぁ…、もうイきたいの。でも、このままじゃイけない……。ね、ここ…触って?」
乳房を寄せて悩ましげに身をくねらせる。
「なんなら、あなたも来てくれる……? こっち…」
目が合うと、デミトリの忍耐がそろそろ限度を迎えているのを察知したのか、さっと矛を納めて微笑む。
「ふふ、あなたのおやつは隣で待ってるわ、吸血鬼さん。さ、行って、どうぞ遠慮なく召し上がれ」

不本意なことながら、その言葉に解放されて彼はようやくその場を離れることが出来た。


処女の血を愛する吸血鬼にしてみれば、肉体そのものの味わいはあくまで副次的なものだ。
特に早摘みの純粋な新鮮さが魅力であるような娘においては、むやみに体を弄ると、
犯される恐怖と苦痛で生まれる澱んだ苦味が生き血の旨味をことごとく損なってしまう。
ごく稀に、闇に共鳴する血が愛撫に蕩けて濃厚さを増す例もあるが、ほとんどの処女はそうならない。
一生に一度しか採れない血の希少価値に比して、肉そのものへの執着は自然と薄らいだ。
本当にこれと見込んだ珠玉ならば、まず純潔の血を存分に味わい、新たな命を与えて城に迎え、
時間をかけて熟成させることもできる。そこまでの素材はそう多くはない。
すでに躾の行き届いたお気に入りは一通り揃い、充実のセレクションといえるものだった。

無意識のうちにサキュバスの媚態に煽られてなのか。今は若い娘の肌をも嬲りたい衝動を感じる。
灯の消えた寝室に、茫然自失の態で娘はいた。
虚ろな眼差しで闇に浮かぶ魔物の姿を見つめる。最早目に映るものを実感として受け入れられない様子だ。

寝台に座って、娘の顎を掴んで仰向かせた。
触れられて、はっと脅えた娘の体が固くなる。恐怖に引きつった喉。
稀に見る可憐な娘だった。悲痛な表情が美しさを際立たせている。
吸血鬼の花嫁の一人として城に迎えられる資格も充分にあった。
小さな唇が震えながら祈りを捧げている。

「君のお相手は魔女に連れ去られてしまったようだな」
滑らかな肌の感触を手のひらに感じながら首筋から肩へと撫で下ろす。
純白の下着の胸元に手がかかると更に身が固くなった。
「おゆるしください…」
脱がせかけた手を止めて、ゆっくりと頬を撫でる。
長い睫毛が震えるのを眺めながら待ち、手のひらが涙を吸い取って
頬の温度と同じくらいになじんだ時、そっと軽く唇の端に口をつけた。
次にそこからたぐりよせるようにして柔らかい感触を味わう。
「あぁ…んむ」
小さな声があがった。新たな涙が頬に零れ落ち、唇を濡らす。
その液体を吸う。ふっと力の抜けた体を抱き寄せ、ある程度の力強さで締め付けながら
萎縮した舌を追いかけて絡めとる。
呼吸を荒げ、張りのある胸が苦しげに揺れた。
このまま無下に散らすのは惜しいと思った。新たな命を授け、新たな歓びを教え、花開かせることも出来るのに。
淫魔の気まぐれで、このような運命を辿らされる娘。

情け知らずの淫魔に大切なものを永久に奪われてしまった者――。
思いがけない娘への共感が生まれる。
抱きあげると、娘は抗わずに縋りついてきた。潤んだ瞳が見上げている。
唇を触れ合わせたまま、太股の間に探りを入れようとしたが、ぴたりと合わせた膝と白い腿が侵入を阻む。
胴をしっかりと抱えなおして優しく脇腹を撫でながら、薄い包装を解いて、突き出した尻の間に逆の手を滑り込ませる。
今度はさしたる抵抗もなく柔らかな膨らみを帯びた花実の部分に到達することが出来た。
中指の先で軽く突かれて、観念したように太股の力が弛んだ。
閉じた瞼の下から涙が溢れ出している。
レースの隙間をくぐり、じかに触れた箇所は熱い涙に潤っていた。とめどなく零れ落ちる滴が指を濡らす。
はかない花びらの縁をゆっくりと辿ると娘の嗚咽が切なく高まった。
想い人と結ばれずに生娘のまま死ぬと精霊になって冥府を彷徨い続けるともいう。
すぐに会えるだろう。ちゃんとあの世に送ってやる。そう心を決めた。


目を閉じているように告げ、力のない細い腕を首にかけさせてから、一気に貫いた。
固く、歓びを知らない蕾が綻ぶ。異物を押し返そうとするような内部の抵抗がきつく娘自身の縛めとなっている。
仰け反った白い喉が震える。娘の腕が肩に絡みつきしっかりとしがみつく。
声にならないまま、男の名を呼んでいるのがわかった。
その口を柔らかく塞ぐ。こみ上げる思いが感じられる。けなげな娘が哀れで愛おしくなった。
わななく果実のような唇を小刻みに吸い、慈しんでいると
やがてたどたどしく、小さな舌が応えようとする。
愛おしさのあまり、細い首筋に牙を立てた。

うぐッ、と娘の背骨が反り、腰が落ちる。
吸い上げると、固い内壁が弛み弾力を増した。細かな漣と温かい潮が腰の上まで押し寄せるのを感じる。
その血は濃密なものだった。長熟に耐え、深みを増すことの出来る芯の強さがあった。
本当にこのまま城に連れ帰っても良いと思えた。
だが、すでに決めたのだ。思いを遂げさせてやると。この血と交わすのはただ一度きりだ。
喉を滑り、流れていく鮮やかな余韻を堪能しながら、長い痙攣の間その体を撫でてやった。
すがりつく指の力が弱まり、娘の肉体は急速に色と温もりを失った。


淫魔が冷ややかな笑みを浮かべて座っている。
その存在を失念するほどに没頭していたとは。
「随分と優しくしてあげてたじゃない、可愛い獲物には。
飲みしか興味ないなんていって…出されたお料理はやっぱり残さず召し上がるのね」
「…君に何がわかる。ずっと眺めていたのか。淑女のすることとも思えんな」
「誰のおかげでおいしい思いができたのか、忘れないで欲しいわ」
「君のおふざけには付き合いきれない」
「あらもうあなたも共犯じゃないの。デミトリ。ねえ、信じる? 本当はあなたが欲しかった、って言ったら…」
禍々しい笑みだった。

「だったら最初からそう言えばいい。わざわざこんなことをする必要はなかった。
おイタはそのくらいにして城に帰りたまえ、と言うところだがな。この娘の血が、君に贖いを求めている……」
「っは、なにもそんな持って回った言い方する必要もないわ」
強気な口調を崩さない淫魔だったが、
本性を現した闇の姿の吸血鬼に長い鉤爪で髪を梳かれ、
破瓜の血に濡れてそそり立つものを認めると、微かに身を強張らせた。
「そう固くならなくてもいい……モリガン、ここに来い。優しくしてやるから。…今宵は格別に」


「ぅン…」
「さっきの勢いで、腰を振ってみせてくれないのか」
「ぁぁ、だって…、いつものあなたより……ァあ、こ…んな、…き…つくて」
「君にはきっと気に入ってもらえると思っていたよ……。普段ご婦人方には披露しない、この姿も」
これもな、と声を顰めて付け加える。
「…今、突き当たってる…君の、奥の、奥の、入り口まで。わかるな? ここだ…。ここを…
どんな風にしたら、一番早く君の悔恨の涙が味わえるかな。壊れるまで突いてほしいか?
それとも、狂えるほど焦らされたい?」
「あん…、やさしく、してくれるって…言ったじゃない」
「優しいだろう、私は。君と違って。それに大事なことは忘れてない」

尖った爪が、竜頭を摘む動作で凝った乳先をくいくいと巻き上げる。
「ィ、あッ…、ぁ。ン、…。ぁあ…」
「……いけなかったんだろ、さっきは、な?」
「ン…ッ」
背けた頬に赤みが差す。
「ふふ、答えなくてもいい。かわいそうに、こんなにして」
ぷくんと膨れた一粒がつつきあげる度に硬さを増して舌の上に返る。
滑らかな肌に埋め込み均すように扱く。乳肉の震えがやがて全身にまで広がっていく。
喉の奥に消え入った声の代わりに、きゅんと縮み上がった内襞がすがりつき求めている。
駄目押しに腰をしならせ、行き詰まった先端で圧すると瞬時に中が極まった。
ッァ……。
仰け反る体を言葉通り優しく捕らえると、蕩けたサキュバスがくたりと腕の中に落ちてきた。


濡れた瞳の内に妖しい輝きが増している。
普段の姿に戻ったデミトリは引き寄せられるようにその瞳を見つめた。
揺らめく光にちろちろと、滾る思いに包まれた過敏な情緒の尖端を舐められているようだ。
唇が虚ろに開く。見つめあったままで唇を合わせ、痺れるような唾液を飲み込む。
唇を離すと、熱を帯びた下腹に響く低い声が漏れる。
「んふ、ねえもっと。もっと。優しくなくていいからきてよ……。もっと、奥まで…あなたを感じさせて」

「んぐ…く…ぅッッ、ぁ…」
即座に腰骨に叩きつけるように打ち込まれて、蕩けていた体がたちまち弾力を取り戻した。
髪がふわりと広がり、抑えた呻き声が零れる。
その両脚が体に絡みつき更に腰を引き付けようとするのを、足首を掴んで引きはがす。
肩まで持ち上げねめつけてから、腰を落とす。泣かせてやる。お前を。


ぎりぎりと軋みそうほどに圧し込み、追い上げているのに、ふてぶてしいまでの微笑みは口元から消えない気がした。
喉もとと同じ感触がする滑らかな膝裏の窪みを撫で、揺さぶりをかける。
「これでは? どうだ…」
「ぁぁ……、あなたが、びくびくって脈打ってるのまで、わかるわ…。あっっ、いいの…。はァ、熱くて、溶けちゃいそう。なかまで…」
腿の肉に弾ませるようにしてそのまま反復する動きに、艶めく声と豊かな襞目がいつになく従順につき従う。
「ん…っ、ッッ、い、かせて…。いい、そのまま、注ぎこんで、欲しいの、デミトリ、あなたが…」
足の指の先までが細かく震え悶えている。その一つ一つにちゅっと音を立てて接吻してやりながら囁く。
「君は時々、たまらなく可愛いことを言ってくれる…。だがな、まだゆるしてはやらん」
「あぁ。ぅぅん……ぃっちゃ…いっちゃう。……ぁ、ぁ、イぃ、く――。ん…んっ…」
どこか遠くの岸から流れてくるような、ビブラートのかかったその旋律を鼓膜と舳先とで聞きとどけてなお
身を攀じりわずかにかわそうとする最奥を頑強に制したまま、責め苛み続け――

「ぁ…ン…よすぎて……だめ…。ゆるして、ゆるして…よ、もう――も…ぅ」
ついにはすすり泣きになり宙にかげろう響きを、吸血鬼はかぐわしく利いた。
血に優る毒の甘さに溺れ始めて、とどめきれず溢れだすものと共に
胸の奥深く秘めた思いまでが飛沫になって迸る。
モリガン……。
「…ン、ぁ……、は……、っ、っ…」
滾る熱さを深底に受けて、その度に小さく息を喘がせながら、最奥で呑みくだすようにこくっこくっと喉が動く。
その熱に溶けた眼差しが彼の名を呼んでいる。その柔らかな内奥が彼を抱きこんで息をつく。
致死量を超え解毒することの叶わぬこの酩酊。
ああ、……。
だが……、ゆるすものか。お前が、完全にこの手に堕ちるまでは。


「あなたのこの体は、ついに花開くことなく実ることもない純潔の血で出来ているのね。ふふ。
とってもセンチメンタルで素敵じゃない? あはは…」
「何がそんなにおかしいのか私には全く理解できないが」
笑い転げるサキュバスを横目に、吸血鬼は取り澄ました表情を変えない。

「こう考えたらどうだ。全ての処女の体に、本来私のものである血が流れている、と。
……それをもとに還すだけだ」
口をつけずともその味わいはすでに知っている。
全ては、この手のうちにあり、そして生娘でなかった女など存在しないのだ。

「うふふ、でも、世の中にはあなたが未だかつて味わったことのない、
ついには征服しえない血があるって…思うこともあるでしょう?」

挑発するつもりの問いかけを
デミトリは聞いていないふりをして黙って流した。


三鞭酒

シャンパンフルートの細長いグラスを思わせぶりな仕草で指の間に挟み
すっと撫で上げて優しい動きでクリスタルの表面に指を絡める。
薄い縁を親指の爪の先が擦る。
握った手の中で泡が溢れて弾ける。
途切れることなく、ばら色の水面で飛沫をあげている。

その動きを、見るともなしにぼんやりと追っていた。
ふと見入っていたことに気がつかれ、かすかな動揺を覚えて
わずかに開いたままだった口からようやく小さな声を出す。
「そこ……、そこをずっと掴んでたらぬるくなる」

「え? ああ」
と初めて気がついたかのようなふりをしてあやしい笑い方をする。
「じゃあ、教えてよ。どこを掴めばいいのか」
「知っているくせに。だいたい、その手は何回使ったんだ」
「あなたが初めてよ。
……乾杯するなり物欲しそうな目でそこじゃなくて脚の付け根を握れ、なんて言う人は」
「そんなこと誰も言ってない。そもそもグラスの話だぞ」
あっけに取られた顔を見て、更にサキュバスが図に乗ってしまった。

「だからそう言ってたのよ、あなたの目が。……それ、戴いてもいいかしら?
こたえてよ。……フフ、もうお返事もできない?」
触れ合う箇所の温度を感じながら
どちらから手をつけるべきか、と一瞬彼は逡巡する。
泡が消えるのと、この夢が消え去るのとはどちらが先なのか。

「そんなに焦るな。私は逃げないし、まだ時間はたっぷりある」
調子に乗って動く手首を掴んで引き剥がす。
虚をつかれたような表情をする。
「もうちょっと待てないのか、いい子だから。ここを持つんだ。こっちは後でも味わえる」


そうして、彼は来た。
背後から腰を掴まれ熱い体温を感じる。
見つけたいものをそこに探しあてて、指の腹が確かめている。求めている徴を。
触れればわかる。どれだけ焦がれていたか。
触れなくてもわかる。もうその熱が近づくのを感じただけで、膨れ上がった蜜腺が溶け崩れている。
そこをかすめるように行き来する。
っ…。
声を抑えても体が勝手に反応してびくっと震える。
面白がっているに違いない。かすかな力で撫でながら指先が次第に邪まで執念深い性質を表していく。

そのままいいように蕩けさせられるのも癪だった。
「…ん…ふ、したかったの…? こんな風に。だったら、そう言いなさいよ…正直に。
やりたくてたまらなかった、って……。
ねえ。言って」

言われて初めて自身の気持ちに目を向けてみて、驚いたとでもいうように
動きが一瞬鈍くなる。迷っている様子だ。その心は既に知っている。
巧妙に隠したつもりでも、目を見ればそこに色濃い願望が表れている。
知っていることをあえて言わせ、意識させてから、おもむろに許してやることにする。
「言ってもいいのよ、この際。あなたの本当の気持ちを」


「こうやって、思い通りに……」
「思い通りに?」
「したかった。私の手の内に閉じ込めた君を、
何もしないうちから、こんなに……滴らせて、鼓動を早めて、震えている…君を、
……楽しませ、歓ばせて」
何かを堪えるように低く抑えた声に反応して、深い底でその入り口があえぐように開いたり閉じたりしているのがわかる。
薄い縁の円周を中指の先が辿る。最初は穏やかな直線で、やがてヘアピンカーブを描いてくるりと一周する。
欠けることのないように力を入れずに。
「ふふ…んん…」
揺れる体を、胴の周りに巻きついた腕がしっかりと抱える。指先に熱がこもる。
「泣かせて、叫ばせて」
二つの指が慇懃に迎え、わずかに起ちあがった形を示すようにミリ単位の動きで軽く扱きあげる。
「悶えさせて」
「……ぁ、あん…!」
「やりたかった……。
嫌というまで…酷くて、激しくて、できるだけ残忍なやり方で君を…。
殺してやりたくてやりたくてたまらなかった」
「ッあ」
思わず跳ねあがる体を両腕で痛いほどに抱きしめられる。
その手が胸を掻き毟り、心臓を握りつぶすように、あるいはその衝動を抑えようと、わなないている。
「は、……言ったぞ。正直に。お望みどおり」
かすれた囁きが耳を打つ。瞳が興奮に潤んだ。
「すてき。して。その通りに」
腰に巻きついた腕を撫で握り締めると、ふっとその力が緩む。
振り向いてその冷たい頬に口づける。
吸血鬼は黙ったまま怒りを抑えたような引きつった笑いを浮かべていた。
「してよ。あなたにそうされたい。私を目の前にして、そんなこと言える人初めてよ。
心の底で思っていてもそうそう口にできるものじゃない」

応えようとする愛撫が、非情な言葉とは相反する濃やかで優しい感触が欲望を更に増長させ、甘やかせる。
両頬を挟んで唇を吸われる。
ゆるやかな動きが舌先に執拗に絡みながらその苛立ちを告げ、息を詰まらせ苦しめる。
もうそれだけで快楽を酌む杯がいっぱいに満ちその縁に曲線を描いて盛り上がる。
わずかに身震いした瞬間に、たちまち決壊して内腿を流れ転がり落ちていく。
鉄の匂いがする赤黒い血を何より好む魔の触覚が
熱に疼いて蕩けた箇所を探してその身を浸そうと捩れている。
あ…ぁ…、ん。
直接触れていない深みにまで感覚が反映されて
もうその細く狡猾な舌が届くはずのない膣奥で跳ね、くねっているようにさえ感じられる。
意識するほどに激しく熱く調子づいて。
不安になるほど甘く柔らかく、のらりくらりと気まぐれに戯れているようでありながら
正しく地形を読みとって進むべき方向は誤らない。
過敏な弱所をそっと優しくいたわるふりをして、ひとたび気を許せば勝ち誇って制圧する。
もがく腕も囁きも絡め取られ、喉と臍の奥からしゃくりあげるような泣き声だけが粘膜に響いて伝わる。
ああ、これでは、完全にやられてしまう。今日は。彼がその気になったなら抗う術がない。
そして、その気でないわけがないのだ。もう立っていられない。頭の芯からよろめいている。
「あん…、待って…。殺す前にはちゃんと飲ませてくれるんでしょ……半(デミ)ボトルでは、足りないわよ」
「…君の最期の願いは聞き届けてやる」

腕をとって導かれ、熱く滾った情熱に表れたその心を握り締める。
「どうしたい?」
ぶら下がった耳飾りと魔物の牙が触れ合い、かちかちと音を立てている。
「ふふ」
応えずに撫でさする。呼吸が早まっている。
「言え……君の声を聞きたい。今度は君の番だ……私を喜ばせるようなことを言ってみろ。
こういう時にいつも君が言っているようなことを」
「多分あなたは喜ばないわ。ばかばかしいと思って」
「そうとも限らない」

指の間に乳首を根元から挟んでゆっくりと距離をとっていく。徐々に引かれた重さと切なさが強まる。
「あ…ふ…」
身を捩り逃れようとしても、かたくなにその距離を宙で保っている。
「好きなの。あなたと、こうするのが。何よりも」
「ふん。そうか?」
「お気に召さない? でも本当よ。あなたが欲しいの。もういいでしょう」
「私のが、だっただろ?」
「うふふ。でもそれだけじゃなくて。あなたが。私のものになってよ、観念して」
「君のものになった男の末路は…幸せな余生を送るとは聞かないな」
「人聞きの悪いこと言わないでよ。ちゃんと末永くかわいがってあげるわよ。たっぷりと」
「手に入れて君の望むものが、この私から得られると思うのか」
「思うだけじゃなくて知ってるわ。あなたが自分では気がついていないことも」

「君の言うのはこれだろ」
引き寄せられ、触れ合った。既に沸き返る蜜が表面を覆いつくし、くちゅくちゅと絡み合う。
「あっ。きて。は、あっっ。うっ」
「モリガン、残念ながら逆だ。君が私のものになるのだ。
これだけのことなら、こんなものなら、いつでもいくらでも与えられるのに」

先端で撫で回されていた部分がわずかに突っ張って抵抗する。
もうわずかに位置をずらせば次に進んでしまう。
互いにそれを待ち望んでいながら、相手に選択を委ね、己が元に降る瞬間を獲得しようとする。
高まり募る相手への期待と自己の忍耐でともに深まる吐息が滲みあう。
絡めた指を握り締め震わせて、その重圧に抗っているのか押し崩されるのを願っているのか。
やがてどちらからともなく、熱に触れて融ける雪のように自然に境界が揺らいでいく。
ぞわぞわとした感覚が背筋にも内襞にも伝わる。徐々に溺れ始めているような。
その重さがその質量が浸透していく。その感覚が伝える、鈍く厚みのある響き。
「う…ンッん…、あ、あ」
絡みつく肉襞を押し広げながらさらに深くその身を沈める。軽く上下に揺さぶりながら
奥に進む動きが息を乱す。
残響を感じる部分がある。このまま動かれたら、そこを攻められたら。
思わず想像しただけですでに腹筋が意思に反して縮み上がる。彼が腰をゆっくりと浮かせる。
「ぁ……ん」
それを捉えようとしても捉えられない、掴もうとしても掴みきれない感覚のもどかしさ、目尻に涙が滲む。
「今日は随分と脆いな。どうしてだろう」
辱め、煽り立てようというわけでもなく、自分に言い聞かせる独り言のように呟いている。
「あッッ、……。会いたかったから。言ったじゃない。あなたとするのが好きなの。わかったでしょ」
「ふ。そうか。会ってこんなふうにされたかったからか…。それはいい」
その言葉を試すように小刻みに振られる。上下に動き奥には進めない。ひっかかりを感じる部分が、
舌の表面のような細かい襞が、絡み噛みあって摩擦が強まる。
「ああ……それ、だ、め」
「先に進めたほうが宜しいか」
「よろしいか、じゃないわよ、あん! 知ってるくせに。ひ、ゃ…」
「素直に言わなければいつまでもこのままだ」
「いや、そんなの」
「私も、それは嫌だな」

「言っておくけど、あなたが我慢できなくなるほうがきっと先よ…」
「それはどうかな。でもそのつもりなら、まだ当分かわいい君は見られないのか?」
締め付けて捻ろうとしたが力が入らない。ぬるぬると滑る中がさらに感覚を高めて苦しめる。
「どうなんだ。せっかく恥を忍んで私の秘密を白状してやったかいがないな……。くく」
唇の端を歪めて自嘲的な笑みを浮かべるその目を、一種の感動を覚えて眺めた。
苛立ちが暗い翳りを落している。それが爆発するところまで引っ張れるだろうか。
いや、自分が我慢できなくなるのが先だ。きっと。
もう舌なめずりを繰り返してぴちゃぴちゃいう音が聞こえる。
「この期に及んでまだおあずけが必要なのかな、君には」
あと、ちょっと、ちょっと押されたら、回路が繋がり、声になって出てしまう。
意味がよくわからないまま覚えた何かのフレーズのように、無意識のうちにうわごとのように口走ってしまう。

「ああ、もう、お願いだから、そんな意地悪しないで来て。欲しい。ほしいの。奥にまで」
相手が相手なら、絶対に使わないのに。
もう声に出して言ってしまったらそんなことはどうでもいい。

彼は途端に気分を害したように見えた。あまりにわざとらしく響いてしまっただろうか。
「本当なのよ…ねえ」
冷たい石のような瞳の表面が何も映さず、無機質な光を放っている。
だが、すぐにそれが彼の回路を繋いだためだとわかった。
「モリガン……。今なら言えるか」
「いいわ、言ってあげる、特別に」
鼻先を舐めあげてやると、わずかに細めた目に逸る血気が覗く。
「君が普段は恥ずかしくてとても言えないようなことだ」
「なあに」
「言えるか? 私のものになると」
わずかな照れが儀式めいた場面と素振りを選んでいるが、その底にある心は戯れではない。
本当にかわいい。髪を撫でて耳元で囁く。
「あぁ。もう。そんなことなの? あなたの、ものよ。全て…。今はね。して。好きにして。感じさせて欲しいの。あなたを」
その一言一言を発するたび、ゆるりとだが確実に絡んで包囲している円環に、切れのある脈動が響くのが感じられた。
この高揚は自分のものなのか彼のものなのか……、まあ、もうどちらであっても構わない。戯れではないことが伝わっただろうから。
環が静かに閉じてしっかりと抱きしめる。今はまだ頼りない糸口を放すまいとして。
「よく言えたな。かわいい私のモリガン。では欲しいものをやろうか」
「あん、素敵。いいわ。あなたのが好き。きて。一番奥まで」
「ふふ、その調子だ。もっと私を喜ばせろ」
ん…!
ぬめりながら一杯に漲り奥まで到達したものが、熱く内部を圧倒する。突き当たって
空吹かしするように、あるいはたたらを踏んだように、揺らめいた体が乳首の先を優しく押して歪ませる。
内側から胸までこみ上げたその限界を感じたとき、一度、鋭く跳ねてから重く突き動かされた。
「う…んッ、ん、んんっ、いい。いいわ。ああ、あ…。…デミト…リ、すごく、いぃ、いい。ああ」
「これが好きだったのか」
「ん、好き。好き、そうされるのが。んくっ…あぁ」
腰の後ろに回された手がその下を更に引き寄せてウエストから折れた下腹部を平行に沿わせる。
衝撃を受け止めきれずに揺らいでいる胸も唇に挟まれて引き上げられ、歯にゆるく拘束されて逃げ場を失う。
狭い隙間に伸びた手が開かれた結び目に触れて、張り詰めた感覚を更に持ち上げる。そのまま指先が捻れていく。
「あっ、く…く、ん、それ、…たら、いっ、っっちゃう、ん、ん…」
「そんなに慌てなくてもいい…」
そういうくせに、突き入ったまま恥骨を擦りあげるように更に圧迫しながら、掴んだターンを逃さずに
一気に落とそうと仕掛ける。
その目論見通り、随分早く達してしまった。

「はぁ。……あなたを、ちょっと……見直したわよ。ふふっ」
まだ勢いを失っていないのを確かめて、蕩けた目つきで見上げる。
「まあどれだけ私を見くびっていたか、ということだな。
私のものになったなら、いつでもこうして可愛がってやるのに」


「可愛がって、もっと、死ぬほど。そうしたかったんでしょ」
誘うように伸ばした舌の先が、軽く閉じた唇の間に吸い込むように受け入れられる。
もう一方の果てで同時に行われていることの返礼をするように、柔らかく包み込みながら
吸い込まれて、唇が押し合う。踵で広い背中をそろそろと撫でてけしかける。

頬が火照っている。貫かれた箇所が、周りを熱で溶かしてしまいそうなほどに感じる。
触れ合っているところ、境界と輪郭の全てが液状に蕩けて今は凪いでいる。

ひとたび境界が揺らいだら、今度は競い合うように引き寄せようとする。
その隔たりは、何が、どちらが作っているものであったのか。
妥協できないプライドのせめぎ合い。だが、敗れ去ることを、死を恐れているためではない。
既に相手の手の内に堕ちていることを自覚していながら、もったいぶって
戦利品の引渡しをぐずぐずと先延ばしにしているような……。
あるいは、甘い褒賞をちらつかせて引き返すことのできない奥地にまで踏み込ませるか、
相討ちは覚悟の上で。そんなわだかまりも、このままいけば解けるものだろうか。

「あぁん、待って。まだ…動いちゃ、だめよ……」
「動いてるのは君だ……君のなかが動いてるんだ」
「…うそ」
「ふふ、嘘じゃない、…わからなかったのか?」
無数の繊毛がわずかに捩れながら蠕動しているような気がする。意識しないまま、途切れることなく。
「……ぁ」
意図しなかった深みにまで、悪しき血に侵されている。溶かされた箇所を制御することがかなわない。
「これでも、わからない?」
ずれが生じる。
浸っている部分がゆるんだ境界線をゆっくりと伝い、これまでに踏破した距離を示して回遊する。
遠く反発する弾力の強さと同時に包み込まれている温かさに皮膚も意思も流れ動いていくようだ。

それは意外なほどに心地よかった。感覚が麻痺しているのかもしれない。
どこか頸の裏の奥底からじんわりと眠気のような酔いが広がっていく。

いつの日か見た幻の光景なのか、それともつい先ほど実際に起こったことか――
鎖骨の上を這っていた唇が、首筋の柔らかな肌を上り、気づいた時には既に噛まれていた。
ちくりと棘がささったようなかすかな違和感が、次の瞬間に恐ろしい熱を持って膨れ上がり、激しい疼きに変わる。
破られた肌の表面は焼けつくように熱いのに、内側からは頭の芯まで凍りついたような悪寒に襲われている。
本心から、永遠に繋がれてしまいたいような気持ちがする。
全てを支配されて最後の血の一滴までも冷たい闇の底に引き摺られていく。
髪を掴まれ、硬い石の床に引き倒され――
何度も屈服させられて、でも決して精気を与えられることはない。
力が奪われる。意識までも奪われていく。そのだるさがもはや快感になってしまった。
ああ。もっと。
そうやって掴んでいて。私の全てを。あなたのものにして。

今なら理解できる。
吸血鬼の虜となったものは皆、心の底ではそうなることを待ち焦がれていたのだと。
自ら気がつかないほど、強く遠く探し求めていたからこそ、
かの姿を見出してしまうのだ……自身の暗く優しい闇の中に。
厳格で強い絶対的支配者の、危うく甘やかな誘いに、その冷たい命令に耳を傾けてしまう。
本当は血の儀式など改めて必要ないほどに、目が合ったときにはすでに絡み取られ繋がれている。
心を縛るのに道具はいらない。プロトコールを知るものだけが了解している。

何かを問われていたような気もするが、思い出すことができない。
もう既に引き返せない決定的な選択がなされた気がする。
あるいは、それは言葉にして発せられたものではないのかもしれない。
言葉で聞くのとは違うことを試されていたのかもしれない。


うっとりと虚ろになった存在を、ゆらぐ感覚を支え補うように、
その意志がそつなく導いていく。
折り目のついた書物の頁を無造作に繰るように開かれてしまった。
腰を下ろされたときには黙っていても読みなれた場所が提示されている。
倒した膝の間に、泉に口を漱ぎ礼拝するように身を伏せて、
あわせた唇がひそひそと彼らにしかわからない会話を交わす。
どこに何が記述してあるかは諳んじていて、
忘れてはいない、どんな小さな反応も残さず掬い上げ
幾重もの連なりの奥に秘めた蜜をつきとめて薫らせる。
思うようにならない体が、思考の速度は落ちているのに、
受ける刺激に対しては何倍にも鋭く反応する。

魂を売り渡した者の地獄への道のりを、再びその手強い円周を螺旋を描いて降ってゆく過程で、
段差につまづき意識ごとよろめく度に呼吸が止まりそうになる。
衝撃を避けて身を捩ると髪を引っ張り肩を掴んでまた同じところを通されてしまう。
何度繰り返されてもスムーズには通れない道なのに。もう、そこは。
音をあげるまでやめないつもりか……、
あげても許してもらえない。
これまでは相手を征服する行為であっても、征服されることはなかったのに。
果てもなく沈んでいくような感覚にとらわれ、その行き先にかすかな不安を覚えて思わずしがみつく。

「ぁあん、もう、嫌」
「嫌? フフ、いや、じゃないだろう? 君としたことが」
聞こえないほどの声で呟いたつもりだったのに、すぐに、背けた顔を顎を掴んで覗き込まれる。
「……いやなの。……泣いちゃうから」
「もう見た。君の可愛い泣き顔は」
「だめなの……いっちゃうから」
「いっちゃえばいい。今更恥ずかしくなったのか? この私にそうされているのが」
「さっさと殺されるほうがよっぽどましだったわ。こんな…辱めを受けるくらいなら」
「今までのは、私を騙すための策略だったと、演技だったとでも言い逃れるつもりだったのかな
……我を忘れた顔を見られるのがそんなに口惜しいことだとは」
膨らませた頬をつまんで引っ張られる。

「もう。黙って」
顔を見られないようにするつもりで、引き寄せて頬を合わせたのに、
熱を帯びているのを悟られたばかりか、更に耳の近くで囁き声が追い討ちをかける。
「くく、自分の姿だけを見ていたからだろう…? 鏡の代わりに、
この世で一番美しいのは君だと答えてくれる男どもを侍らせて、こうやって奉仕させながら」
「いい加減にしてよ」
「だが、心配することはない。私も彼らのうちの一人だ。誰よりも君の美しさと強さを崇めている…」
「そんなこと言って……許さないわ。あなただけは」
「特別扱いしてもらえるとは嬉しいな。モリガン……。そのまま、こっちを向いて。目を閉じるな。
君の顔を、その瞳を、見ていたい」
「……っ」
深く突き刺されて、言い返すこともできず、新たな傷から血が滲み出すように視界が澱む。
いい気になった吸血鬼が極まるべく始動する。
抉られる度に搾り出されるような喘ぎを止められない。

ああ、許せない。こんな思いをさせて。もう、ふざけてないで早く。
きて。あなたのが欲しいわ。あなたが私の中で拡がっていく感覚が好きなの。
私を呼びながら、喰いついて、私を傷つけてその悪しき血が侵していく。
あなたの、私に抗する強靭な意志に貫かれるのが何よりも好き。そしてそれを捻って捩って挫くのが。
いつかその冷たい胸に砕かれて散ってしまうのを夢に見ている。
もう焦らさないで。踏みとどまらなくていいわ。往き着くところまでいってもいい。


返り血を浴びたような生温かい感触が一瞬にして肌の上に拡がった。
重なる体の隙間に滲みこんでいく……わずかでも距離が生じたらたちまち熱を奪い去り
二人の間にはまた深い溝が生じ、凍り付いてしまうに違いない。

長い時間がたったような気がした。が、ほんの数秒であったのかもしれなかった。
なぜかその心を見てしまうのが怖い気がして、目を開けられない。
「……どうして? どうしてくれなかったの」
「魂まで吸い尽くされたら敵わないからな」
硬い声……それは趣向というようなものではなく、明らかに恐れだった。
「……こうしていつまでもやらなければ、まだ少しでも繋ぎ止めておけるのか?
君を手に入れるには……完全に屈服させるしか方法がないのかな。本当に殺してしまうか」
「ここにいるのよ。あなたの腕の中に。全てあなたのものじゃない。好きにしていいって言ったのに」
それを掴むことをためらっているのは誰なの。
心の中で呟いた。口に出しては言えない思いを。
まだ迷っているの。可愛いデミトリ。
もう一つ方法があるわよ。あなたが屈服すること。素直に。自分の心を認めて。
全部本当なのに。あなたが心を決めれば。
好きなの。こうしているのが。好きなの……。
あなたが。
まだ気がつかないの? それとも決心がつかないの?



表面をゆるく滑っている。水の皮膜が泡立てられる音色を響かせ千切れ滴になって飛び散る。
その声がだんだん余裕を失って、普段は聞けない思いつめた声音に変わる。
切ない吐息を飲み込んで舌の上で味わうと、痺れるほどに鮮やかな共感覚が拡がる。

意地の張り合いが馬鹿らしくなるほど、もうずうっとこうしていたい。
余計なことは言わなくてもよかったのだ。最初から。
ゆるやかに後退する動きに引き摺られて
その快感がどこまでも引き伸ばされていく。爪痕を残しながら、地平線の果てまでも。
傷つけられた部分に甘い樹液が滲む。想いが縺れて、更に肌を湿らせる。
視界が霞んで見えなくなるところまで行ってしまいたい。
思考も彼方に沈んで、この感触だけで息を繋ぐところにまで。

ねえ、わかる? こんなに。ねえ。
舐めあい擦れあう熱を帯びた肌の下に、香りたつ精血が更なる渇望を呼び覚ます。
どちらが征服するか、勝利を手にするかという次元を超えて、本能の飢えに駆られて
堪え性もなく、そこが接吻を繰り返している。吸い付きながら息継ぎも忘れて
引っ張り合い、もつれ合って、絡んでいる。互いに伸びて引かれて弾かれて。
ああ、まだ、これではまだ。飽き足りることを知らず貪りあっている。
相手の全てを汲みつくそうとするように。
しばし動きを休めた時でさえ、内側は治まることなくあがき続けている。
今はゆるく柔らかい水分と感情に包まれてうまく力を逃し滑っているが、
低く鈍い唸り声をあげてくすぶり踏みとどまっている互いの衝動が、一度噛み合ってしまったら
やはりどちらかを死に至らしめるまで止まれないだろう。


仰け反った背後で髪の先が着地するたびぱたぱたと音がする。
その度ごとに気持ちが強くなっていく。
もう、それなら……それでもいい。止まらないで。このまま沈んでもいい。
いいわ。
あなたの鼓動に揺られたい。いつまでもあなたのその拍子と速度で揺られていたい。
連れて行って。早く。したいのなら、抵抗する隙を与えずそうして。
束縛されたくはない。縛るのなら、息もつかせないほど
考える暇も抗う術もないほどに強く私の全てを握っていて欲しい。
わかる?
こんなに……。

「わかっている」
瞼を開くと目が合った。声に出して言ったつもりはないのに。
「わからないとでも思ったか」
あぁ…! 確信を持った響きに胸を打たれる。
「なに? 何がわかってるの? どうして?」
それでも聞いてみると、彼は意外そうな顔をした。
「ああ、もういい。目がそう言っていた…。わかっている…もういい、いくぞ」
小さな声でもう一度、いくぞ、モリガン、と呟いて息を吸い込み、目を閉じる。

きっちり咬み合うよう設計されたもののように、くっ、とそれが嵌まりこんだ。
もう滑る空間もたわむ有余もなく、ぴちりと塞ぎ尽くしたまま、そう言った通りに核心を衝いて
最初から自身の臓器の一つであったかのごとく内規を離れず精緻で凶暴な脈を着々と刻みあげる。
境界を突き破るのではなく癒着してしまったまま塵灰となそうとするように。
受け止めることがかなわないほどまで激しさを増して。
ああ、だけど、これでは……。共に砕けてしまうしかない。いいの?
もう無理。これ以上我慢できない。制御できない。いいの、それでも。
ちょっと、待って、待っ…て…。

「来い」
迸る瞬間に最大限の力を発揮して拡散した勢いが、最後の躊躇をも突き崩しなぎ倒して諸共に至らせる。
熱く噴き出し溶け出す流れが、もたらされたものなのか自らが融解したものなのか、もうわからないほどにまで。
目が眩むような閃光に射抜かれて一つに重なった胸が同じ鼓動を打っている。

あぁ。もう……このままでいたいわ。それでいいでしょう。
どちらがどちらのものでもない。もう離れられない。
こんな思いをさせるなんて。もう。赦してあげない。放してあげない。
まだ続いている、その脈が
最後の一滴まで吐き出して鼓動を止めるまで。

肩を掴んだ手がずるりと滑って力をなくす。転落してしまう…果てもなく。
このまま目が覚めたら消えてしまう、なにもかも。
今感じている、包み込まれている温もりも冷たい塊となって終わる。
――だからもう目を開けたくない。
停滞した世界のうちにまた失ってしまったものの数など確かめても意味がない。
待ってなどいられなかった。後にとっておいたりできなかった。
欲しいものはすぐに手に入れなければ気がすまなかったのだ。


重なる胸の間に隙間が生じ、汗に濡れた皮膚に冷たい空気を感じたと思った瞬間に
しっかりと抱きとめられた。
静かな呼吸を感じる。
その唇の形に触れていると、爪の先に噛み付かれた。
それだけの元気が残っているということか。
目を開け、ぐったりと弛緩した表情の吸血鬼をそこに見出す。
「ご気分はいかが?」
「…悪くない」
「それだけ?」
「…かなりいい」
「かなりね」
「最高だ、……と言ってやってもいい。今日目覚めてからは」
「目覚める前は?」
「夢の中だ」
「あら、夢は見ないと聞いたけど。何の夢?」
「知っているくせに」
「知らないわ」
「それなら、君には教えられないな。昼も夜も悩ませられる悪夢、と言っておこう」
「……うんざりしちゃうわね?」
「まったくだ」

私を求め、私を夢見ずにはいられないほど、その永遠とは暗いのか。

「心の底から同情するわ。でも私はご機嫌なの。寝かせておいた極上のボトルの栓を抜いた気分」
「で? どうだった……見掛け倒しか?」
「そんなに得意げな顔しないでよ。虐められたいの?」
反発しようとした開きかけた口が、黙って満足そうに閉じられる。
見つめていると、その瞬間が甦ってくる。こみ上げる感覚に思わず息をつく。
ぁ…。身動きすればこの手の内からこぼれすり抜けていってしまう…
あなたをこのまま捕まえていたいのに。
「あ、デミトリ…まだ……、まだ、抜いちゃいや」

感極まったように強く抱きしめられて、身悶えた一瞬のうちにやはりそれは抜け去ってしまった。
「あぁ…ん」
心残りの色を見た吸血鬼が、威厳を保って告げる。
「……おかわりをお持ちしよう。しばしおとなしく待ちたまえ」
「うふふ……負けず嫌いなんだから。知らないわよ。どうなっても」


夜明けが来る前に、その唇が、何か決定的なことを言いだすような予感がしていた。
わかっているなら言わないで。そこに踏み込んだら終わりだから。
彼の目が訴えるのを見た。言葉にして言うべきではないことを。
行くな。全てをやるから。私の元から去らないでくれ。と。

「楽しみは後にとっておくものじゃなかったの?」
跨いで、三本目を抜く。彼の気が変わったりしないうちに。
異論はなかった。

口金を外されて、内側から湧き上がる活力が早くも押し上げる勢いを手の内に感じる。
閉じ込められていた想いの圧力が高まり、栓が膨らんで盛り上がる。
一度に暴発させないように細心の注意を払いながら
手のひらでその抵抗力を味わい、愛おしいものを慈しむ。

「どうしよう? 今のあなたって本当に……、とってもスウィートだわ」
「たまにはいいだろ」
「そんなことでは、悪い魔物の格好の餌食ね。遠慮なく頂戴するわよ」
「好きにするがいい……気の済むまで」
その目があの時と同じく、陶然として指の先を眺めている。
「やっぱりそうして欲しかったんじゃない…」
頬をつつき、下唇を噛んで引っ張ると低く唸った。
「いいこと? 目を閉じてはだめよ、最後まで」
息を吐き出して瞬きする。それは一体抗議なのか承諾なのか。
ふふ。いつまでもつかしら。

どれほどのものか、
あなたがひとときの夢に陥落し膝をつくまでは。
私がその瞳の焔に永遠を見出し、全てを委ねて酔っていられる間は。
精命の純度を世の時間の尺度で測ってみても仕方がない。
500年も続かないことは知っているのだ、そんな単位でないことは。
500秒? 300秒?
もしかしたら、その半分でも足りてしまうほど?

そうして、彼は来た。変わらずに熱く、意外にゆるやかな流れで。
ついにはその両目を閉じて。
グラスの内側をゆっくりと長く跡を引いて垂れ落ちていく濃厚なワインの脚のように、
その想いがこの内面の襞と隔たりを埋め尽くして幾筋も流れていく。
白く瞼の裏を灼きながら。
抱きしめられる。二度と放すまいとするように。
愛しい…、私だけのもの。

えもいわれぬ至福の味がする。
それもそうだ。たとえ瞬きの一回の内のうたかたであろうと
至上の夢を――闇の祝福を受け世界を約束されたこの私を、
その胸に抱いている限りは、彼こそがこの世の全てを許された最も幸福な者。






ロタの商人に用心棒として雇われたジグロは、目的地の新ヨゴ皇国に辿り着くと、隊商からの報酬を受け取った。
「何かの縁があったらまた、よろしくお願いするよ。」
やや、白髪の混じった髪の商人は人のよさそうな笑みを浮かべると、ジグロに報酬の銅貨を渡した。
すると、商人の言葉を聞いたジグロは、その無愛想な顔を苦笑でゆがめた。
運命にいつ裏切られるか分からない仕事をしている用心棒の間では「また」なんて言葉は使わない。
それは、かつて「王の槍」というカンバルの武人として最高の地位にいたジグロにも等しく同じだった。
これでしばらくはヨゴで暮らせていける、そう思いながらうなずくと、ジグロは皮袋に銅貨を詰め込んだ。
ずっしりと重くなった財布に、少しばかり心が温まる。長い逃亡生活をしているジグロたちにとって、金は多ければ多いほどよかった。
ふっと、隣にいた少女が顔を上げた。
約束よりも多めの銅貨に気がついたのだろう、ジグロの横で大人しく付き添っていた少女は、ふっくらとした唇をつり上げ、うれしそうに微笑んだ。
利発そうな娘の名はバルサといった。あぶらっけのない黒髪をうなじで束ねた、12歳ほどのまだ幼さが残る少女だ。
バルサの瞳は若々しい精気にあふれ、キラキラと輝いていたが、その光は同じ年頃の女の子が持つような輝きではなかった。
ロタの商人は彼らと出会った頃を思い出していた。ジグロとバルサは、カンバル人の特徴のがっしりとした骨格を持っている。
一見すると、二人は親娘にも見えたが、同じ血をかよわせているというには、あまりにも似ていなかった。
そんなジグロたちが、子連れで護衛を引き受けたいと言った時には、この奇妙な二人組みに好奇のまなざしを向けたものだ。
しかし、その好奇心も護衛中のジグロのソツのない仕事ぶりを見ているうちに、どこかへ消え去ってしまった。
そもそも、用心棒家業を営む者たちの中で、のっぴきならない事情を抱えているのはジグロだけではなかったし、
彼の堅実な仕事ぶりを見ていれば、商人という仕事をしている男にとって、彼がどういう人間なのかも計り知ることができたからだ。
商人は軽く会釈をして足早に去っていくジグロたちを見送った。

街道をしばらく歩いていると、人通りがまだ少ない、安っぽい宿が立ち並ぶ道沿いに出た。
バルサは、養父のすり切れた旅衣をぐいっと引っ張り、ジグロの関心を惹きつけようとした。
「ジグロ」
彼はバルサの上気した頬に潤んだ瞳を見て、彼女が何を望んでいるかを悟り、立ち止まってため息をついた。
バルサは何も言わないジグロに焦れて、モジモジと身をよじると、ふくらみ始めた乳房を、ジグロの筋肉がついた太い腕に押し付けてきた。
魅力的で大きな瞳を見つめながら、ジグロはあの時のことを思い出していた。




去年の秋に初めて味わった歓びに、幼いバルサは目覚めた。

流れ着くまま立ち寄った酒場で用心棒を請け負ったジグロは、いつもどおりその仕事をこなしていた。
バルサは彼の背中を見ながら、まだ力になれぬ己の不甲斐無さをいつも以上に歯がゆく感じていた。
そんな彼女のぽっかりと空いた心の虚穴に目ざとく見つけた男は、よく回る口でバルサをたくみに路地裏へ誘い出し、人がいないことを確かめると牙を剥いたのだ。
恐怖と痛みが容赦なく体を貫ぬき、バルサは叫んだ。涙が頬を伝い、湿った髪と共にノドに絡みついた。
しばらく男はバルサの体を抱えて、せわしなく動きながら何かをうわ言のようにしゃべっていたが、バルサには理解できなかった。
彼女は白ばむ意識の中で、ぬちゃぬちゃとした不思議な液体にまじって赤い糸が股から滴り落ちるのを見た。
やがて、狼に貪り食われているように揺さぶられながらも、駆け巡る奇妙な感覚にバルサは熱に浮かれたように陶酔し始めた。
「はあ・・・あっ・・・」と突いて出てくる声に男は気をよくし、彼女の股座(またぐら)しゃがみこむと、今度は毛の生えていない亀裂をいやらしく舐めあげ始めた。
貪欲に貪りつくすケダモノに幼い少女はすでに抵抗する意思を失っていた。
バルサは先ほど享受していた感覚とは違った痺れが、まるでこだまして大きくなっていくような感覚にめまいを覚えた。
彼女は自分の恥ずかしいところが舐め上げられ、すすられるのをただ感じながら、ふとその一箇所にとてつもない快感を生み出す場所を知った。
そして、もっとそこをこすって欲しい、という渇望が湧きあがってくるのを感じた。すると、バルサの心を読んだように、男は指でその一箇所をこすりあげてきたのだ。
バルサは悲鳴を上げて、大きすぎる歓びに身を縮こませた。
やがて、執拗な責めの先に、高まり続ける快感が頭打ちになる「予感」がした。
(弾けてしまうッ・・・!)
バルサはわけがわからず、しびれる足を閉じようと股に力をいれてもがいたが、男はかまわず愛撫を続けた。かきむしるような焦りが、さらにバルサを高みへと引き上げた。
「ジグロ・・・ジグロ・・・・あ、あぁ・・・・ああ―――――!!!」
バルサの絶叫が、肌寒くなってきた秋の透き通った空気を引き裂いた。

ジグロは物事に動じない男だったが、服と髪を乱し帰って来た養女の姿を見たとたん、顔の血が一気に引いていくのが分かった。
バルサの身に何が起こったかを一瞬で見抜くと、心の動揺を隠して、荷物が置いてある宿に急いで連れ戻した。
バルサの腕を引きながらジグロは、後悔の念と怒りが喉から這い上がって螺旋のように絡み合い体から膨れ上がるような錯覚を感じていた。
行き場のない激情を必死に抑えつけながら宿場にもどると、ジグロはどうしていいかわからなかった。
とりあえず、傷ついたバルサを抱きしめると彼女の小さな頭が小刻みにゆらいだ。
 
あれ以来、バルサは女の歓びに溺れてしまった。時折、ジグロの寝床に忍び込むと、その官能的な唇で「して」とせがむようになったのだ。
ジグロは困ったように、顔をしかめるとバルサはかまわず、自分の股を衣の上からこすり始めた。
熱に浮かされたようにジグロを見ながらバルサは一心に自慰に耽った。
愛しい養女の痴態に耐えられなくなったジグロは、バルサを仰向けに寝かせると、衣をはだけさせ、まだ青い恥丘をぎこちなく、なで始めた。
バルサは目を閉じると快感に酔いしれた。罪悪感が、バルサの嬌声を聞くたびに剥がれ落ちた。
あとは転がり落ちるように、堕ちていくだけだった。




腹の底からムクムクと頭をもたげ始めた欲望を抑えながら、ジグロはやがてゆっくりとうなずくと、今度はバルサの腕をつかんで目の前に並ぶ宿の一軒に入っていった。
薄暗い中で、店番をしていた醜い老婆がずんぐりと座っている。老婆はまだ早すぎる来客に訝しむように、垂れ下がったまぶたの隙間から脂ぎった目を覗かせた。
胡散臭そうな視線にかまわず、ジグロはさきほどの報酬の銅貨を皮袋から取り出して数枚置くと、老婆はノロノロとした動作で後ろにかけてある木札を渡し、「3階だよ」とだけ言い残して、そのままどこかへ消えていった。
バルサはその木札にチラリと目をやってから繋いでいた手を放し、軽やかな足取りで右端にある階段を駆け上がっていってしまった。
ジグロがミシミシと音を立てながら古けた階段を上がると、バルサは先ほどもらった札と同じ模様がかかれた扉を見つけて、うれしそうに「ここだよ、ジグロ」と指をさして笑っていた。
ジグロがうなずくと、彼女は赤い髪留めをした黒いしっぽをゆらゆら振りながら、片足でトントンと床を叩くしぐさをした。
そんな様子に、心に流れる暖かいものを感じながら、ジグロはどうにもしまいこめずにいる罪の意識も感じて自嘲的な笑いを浮かべた。
左右を確認してから、引き戸になっている扉を開けると、空気中の湿気を吸い込んだ木の匂いがジグロの鼻をついた。
ざっと見渡した感じ、意外にも部屋の中はきちんと清潔に保たれているようだ。
広さはあまりないものの、ここを使う目的ゆえか、窓はかなり小さく作られていた。
そして、低めの寝台とふとんが一式、部屋の隅にひっそりと置かれていることに気がついた。
ヨゴ式は本来、床に敷物を引く習慣であるが、ロタやカンバルでは寝台を使う。
なるほど、ここはヨゴでも「わけあり」の者たちが集まるような宿であるから、こういった配慮があるのかとジグロは思った。
とりあえず、ジグロは短槍にひっかけていた頭陀袋を降ろすと、無造作に床に置いた。
それから窓の外をちらりと目をやって槍を壁に立てかけると、あぐらをかいて床に腰を下ろした。
すると、ひとしきり部屋を駆け回ったバルサが、座っているジグロの横に行き、両足を折り目正しくつけると、ちょこんと横に立つ。
落ち着きがない娘には目もくれずに、淡々とした動作で擦り切れた旅衣を脱ぎ始めた養父の姿に、バルサはじれったそうに眉をひそめた。
そしてなんと、彼の肩に自らの恥部を、ためらいもせずに押し付け始めたのだ。
これにはジグロも驚いて、ついついバルサの体を押し返してしまった。
とたん、彼女はほんの一瞬だけポカンとして口を開けたあと、そのやわらかい頬をぷぅっと膨らませて、弾けるように隅にある寝台に駆け込んでいった。
「・・・バルサ」
名前を呼ぶと幼い少女は顔をぷいっと壁に背けて、足をバタバタと揺らし始めた。
彼女にとって、安い宿に入ることはジグロと一緒になれる時間を楽しめるとこであると分かっていたから、部屋に入るなりすぐにでもジグロは自分をかまってくれると、心躍るような気持ちでいたのだ。
でも、一方のジグロは素っ気無い。
バルサはまるで燃え盛っていた炎に水をかけられたように、昂ぶっていた気分が急速にしぼんでいくのを感じた。
泣きまねをしてジグロを困らせてやろうかという考えが浮かんだが、すぐにハバレると思うとまた沈んでいった。
やがてバルサはスンと鼻を鳴らすと、そのまま寝台の上に綺麗に積まれた布団の上に顔を押し付けて、うずめたまま動かなくなってしまった。

(まったく、山の天気よりも変わりやすい奴め・・・)
どうも自分の失態でヘソを曲げたらしいバルサを窺いながら、ジグロは苦々しく思った。
昔から、女のこういった移り気な気性にはどうもついていけない。
笑ったかと思えば、いきなり機嫌を損ねたり、ジグロにとって女とは理解し難い生き物であった。
そして、それはより気性が激しい子供となるとさらに厄介だった。
カンバルにいたときも、女性と付き合う云々以前に姉妹間のやりとりですら不器用であったジグロは、こういった事柄には特に苦手意識を持っていた。
身近に人心を掴むのに長けていた弟がいた分、なおさら自分には向いていないと思えてくるのだ。
気兼ねなく話せたのは、親友の妹ぐらいだ。
(さて、この岩のように動かなくなった娘をどうしようものか。こうなったら、なかなか折れないぞ)
ジグロはバルサが自分と似て、非常に頑固なところがあるのを知っていた。
気ままで激しい気性を持つこの子供は猫と称するには収まりきらず、あまりにも「しつけのしがい」がありすぎた。




顎をさすりながら、ひとしきり思案すると、彼は自分の腰に巻いた帯をとくやいなや、ピクリともせずに寝台でうつぶせに寝ているバルサに覆い被さった。
ジグロは頑として伏した少女にかまわず腹に手を回すと、腰あたりを抱え上げ股の間に帯を挟み、そのままグイと持ち上げた。
「あっ・・・・・」
バルサは虚を突かれて、おもわず上半身を浮き上がらせてしまった。
しかし、それでもジグロには背を向けたまま顔を合わせようとはしない。
このまま、何も言うものかと心の中で意気込んだ次の瞬間、彼女の脳天を突くような刺激に喉がひくっと引っ込んだ。
ジグロがバルサの股座(またぐら)にはさんでいた帯をそのままに、こすりあげるように左右に動かし始めたのだ。今度はバルサがジグロの行動に驚く番だった。
前も後ろも、全部の性器が容赦なくこすりあげられた。
あまりの強い刺激に逃げたくなったバルサは帯をまたいで逃げようとしたが、ジグロはそれを見越してさらに強く帯を引っ張った。
「ああっ・・・!」
肉をえぐられるような感触に、バルサは弓のようにのけぞり、たまらずにあえいだ。
ひざまずいている自分の体は、いまや股にはさんだ帯に持ち上げられて浮いているのではないかという錯覚に陥いった。
ジグロがその太い腕で力強く帯をグイグイと食い込ませるたびに、バルサの衣もずれていき、白いモモがむき出す。
やがて、バルサの体が変調をきたした。自分の中でくすぶっていた炎が、そだ木をくべたように燃え上がり始めたのだ。
はぁはぁと肩で息をしないと溺れてしまいそうだ、とバルサはまどろむ意識の中で思った。
「気持ちいいか?」
ジグロの低い声が耳朶をなでる。なんとなくその声色に、からかう色が交ざっているのが悔しくて、バルサはギュっと唇を結んで首を振った。
顔を真っ赤にしながら必死に否定する愛娘の様子に、ジグロは胸が締め付けるモノの中に黒いモノが生まれるのを感じた。
「イヤ、イヤ・・・!こんなの、痛いだけだもん!」
少しずつ揺れ始めた腰に合わせて動く帯に、バルサは熱に浮かれたようにうわ言を繰り返す。
しっとりと濡れはじめた帯を見ながら、ジグロは背を向けていたバルサの体をグッと抱えると、こちらに向けさせた。
彼女はすでに汗だくになって衣をベッタリとまといつかせ、着物をはだけてみると、なかなかに色っぽい。
ジグロには、これが12歳の少女の醸す色気とは到底、思えなかった。
バルサは見られている感覚に恥じ入って、まぶたを伏せた。
顔見られたらきっとウソを見透かされてしまうと思ったし、それがたまらなくいやらしく思えたのだ。
ぎゅっと拳を握り締め、耐え忍ぶかのように目を閉じてみた。
すると、かえって快感の波が押し寄せてきたではないか。
バルサは自分の性器がヒクヒクと痙攣するのを感じた。そこに、無情にも帯が食い込んできて・・・
「はっ・・・あぁ・・・ン!・・・」
ジグロを視界の端に捕らえながら、彼女は天を仰いだ。
もうどうしようもなかった。打ち寄せては引いていく、そんな波に翻弄されながら、なんとなく物足りなさと歯がゆさを感じて、バルサは身をくねらせた。
「肩につかまっていろ」
情欲に体を抑えられなくなり、不安定に揺れ出したバルサを見ると、ジグロはそう言った。
その声は優しくバルサの心を包み、枷(かせ)を外す鍵となった。
バルサは自分を解き放った。もう我慢する必要はなかった。
「はああぁぁぁ・・・・!!ジグロ、もっと気持ちいいことし、て・・・ッ!」
一つに結んだ髪を野を駆ける馬のごとく振り乱して、バルサは腰を振りたてた。
一気にサカる雌へと昇華したのだ。
寝台が窮屈そうに、ギシギシと軋んだ。




肩にこもった強い力を感じながらジグロは、後ろに積んである布団を崩すとバルサを押し倒す。
もはや、服の機能を果たしていない着物を剥ぎ取ると、局部と乳房があらわれた。
ジグロはバルサの脚を軽く広げると、それをよく見えるように開くように言った。
そんなことを言われたのは初めてだったので、バルサは心臓が喉から飛び出しそうになった。
とたんに羞恥心が戻ってきて、彼女は急に脚を閉じたい衝動に駆られた。
ジグロは焦れている少女の尻を軽く揉むと、パチンと叩く。
そして、足首を掴むと容赦なく左右におもいっきり開いたのだ。
「ああっ!」
熱く湿った場所にひんやりとした空気があたり、バルサは自分の恥ずかしい所があられもなく晒されたのが分かった。
パックリと開いたバルサの「くち」は赤く充血し、はしたなくよだれを垂らしていた。
うう・・・とうめきながらも、自分のあそこがじんわり潤むのを感じた。

ジグロは、バルサの性器をしみじみと見るたびにいやらしく淫靡な性器だと思う。
今まで彼が経験した女は、慎み深い性格を写したように小陰唇というヒダで性器を隠しているのに対し、バルサは「うわついている」ように上に突き出す形で外性器がむき出しているのだ。
まるで触ってと言わんばかりのこの性器にそそられ、ジグロは幾度も誘惑に抗った。
熱く煮えたぎった自分のペニスを乱暴にブチ込み、壊れるほど腰を突き動かして、ほとばしる体液をこの小さな性器に注ぎこんでやりたい・・・。
その為なら、たとえ彼女がはらんだとしてもかまわない。そんな囁きが聞こえるようだった。
「ジグロ・・・」
バルサは反り返って白い喉を鳴らした。彼女は早く性器をいじって欲しくてたまらないのだ。
ジグロは、濡れそぼった膣口に指をあてがうと、一気に柔らかな割れ目に太い指を挿し込んだ。
くちゅくちゅとした水音が閑散とした部屋に響き渡った。






バルサは悲鳴をあげた。
「いいっ・・・・・!!」
深い歓びがバルサを満たし、溢れた。
いつもは槍を握る手は、バルサの深いところで暴れている、そう思うとバルサの膣口がきゅっと閉まった。
ジグロの指がまるで別の生き物のように、バルサの膣内をかき回す。
待ち望んでいた欲望が満たされるのを感じながら、バルサは髪を振り乱し、もだえた。
(気持ちいい・・・!気持ちいいよぅ・・・!)
ゴツゴツとした太い指でえぐられると、たまらずに膣が収縮しおびただしい愛液を排出したのが分かった。
もっと、かき回して欲しい、もっと・・・もっと・・・!
色欲にまみれた瞳を愛しい養父に向けると、彼女は腰を突き出してせがんだ。
自分は今、ジグロを誘惑しているのだ。
なんといやらしい・・・!
貪欲に食らい尽くそうとする姿にジグロは、心から興奮にうち震えた。
腹の底で渦巻いていた欲望が螺旋状の渦となって、背中を這い上がってくる。
自分の気分次第でこの幼き少女をズタズタに引き裂いて残酷な目に遭わせることができるのだ。
それはまるで、無力な獲物を前に、舌なめずりをするケモノの気分だった。
ジグロは危険な支配欲にとり憑かれながら、指を突き入れたまま彼女の外でひっそりとたたずんでいるクリトリスを口でくわえた。
そして、なぶるように舌で押しつぶすと、ついばんで口に含んだ。
「ひっ・・・」
ビクっとバルサの体の筋肉が収縮する。
中をくちゅくちゅとかき回しながら、小さく勃起したクリトリスを舐めているのだ。
彼は丹念にクリトリスを舐めあげていたと思えば、とたん噛むような強さで意地悪く転がす。
そして、挿入していた指を左右によじると膣内で蠢いていた肉に空気が混じり、わざと卑猥な音を出した。
ジグロのヒゲが当たるのを感じながら、中も外もいじられてバルサは気が狂う思いだった。
膣道の上に引っかかるよう、鉤形に指を曲げてかき回すとある部分に引っかけた。
奥まった所を指の腹でなでられると、ブルブルと全身が弾けるような気持ちよさが駆け抜けた。
わなわなと膣内が蠢く。
「イ、イク・・・ッ!ジグロ、そんなことしたら、イっちゃうよぉ・・・!」
尻が浮き上がるほど弄られ、のけぞりながら悩ましげに自らの限界を叫んだ。
バルサは高みに昇るにつれ、どうしようもなく足が痙攣するのを抑えることができなかった。
愛撫に朱に染め上がったバルサの亀裂はいまや、絶頂の時を迎えようとしていた。
おわりを感じ取ったジグロは、彼女の太ももをつかんで持ち上げる。
彼女の腰が浮き上がり、目の前にむき出しになったバルサの性器にしゃぶりつくと、一気にじゅるじゅると吸い上げた。
ねじ伏せられるような強烈な快感に、バルサは跳ね上がるように一気に飛翔した。
「ああ!いいっ!ソレ、いいの!・・・もうイク!いっちゃう!ああああ――ッ!!!!!」
ビクッビクッ
魚のように跳ねたバルサは、熟しきった赤い果実をヒクつかせながら、恍惚の表情を浮かべて達した。



水車小屋の戸を開けると、バルサは背負ってきたチャグムを床に下ろした。
「誰だいチャグムに酒なんて飲ませたのは…ほら、水飲みな、チャグム」
祭りの日だった。調子にのった村人に、しこたま酒を飲まされてしまったらしい。
「うう~ん母上、ははうええぇ…」
チャグムにいきなり抱きつかれ、バルサは床に倒れこんでしまった。
取り落とした湯飲みから水が飛び散った。
「ちょ、ちょっと…ああっ」
チャグムはバルサの着物の胸をはだけ、両乳房を掴み出した。
「チャグム、おやめ、おやめってば!」
「母上、離れ離れは、いやじゃ…」
「チャグム…」
チャグムの閉じた眦から涙が流れるのを見たバルサは、
彼を押しのけようとする手の力を思わず緩めた。
チャグムはまるで乳飲み子のようにバルサの乳首に吸い付いていった。
左の乳首を吸い立て、右の乳房をせわしなく揉みしだく。
「んっ…あ…ん…」
くすぐったいような、熱いような変な感じがした。
子宮がぎゅっと収縮すると同時に
秘部からあたたかいものが溢れるのを感じてバルサはとまどった。
「どうしよう…」
自分の胸を無心に吸い続けるチャグムの、まだ幼さの残る頭をそっと掌で包んでみる。
守ってあげたい、愛しく、儚い命。
「赤ん坊ってのは、こんな感じかねぇ…」


チャグムのするがままに任せ、彼を抱いたままバルサはやがて眠りに落ちた。

「バルサ、好きなんだ…好き…」

そのチャグムのつぶやきには、気付くことなく。


おしまい






224です。続きを書いてみましたが、
私はどうも肝心なところがあんまりエロく書けません。
神々の降臨を待っています。ヨロシク。


「チャグムのやつ、心配で眠れないんじゃないか? いや、もしかして、ま
だあちこち探し回っているかもしれない」
タンダは、チャグムが母から授かった耳飾りを手にしていた。
祭りも終わり、露天商達が引き上げたその後に、落ちていたのだ。
「それにしても、一体なんだってこんな大切なもの落としたりしたんだ」
チャグムが酔って倒れた時に、紐が何かに引っかかって外れたのだが、その
いきさつをタンダは知らない。
もう、夜も大分更けていたが、とにかく届けてやらねばと、タンダは水車小
屋への道を急いだ。

「バルサ、チャグムの……」
勢いよく戸を引き開けたタンダは、息を呑んだ。
そこには、豊満な乳房も露わに、チャグムを抱いて眠っているバルサがいた。
チャグムは片手でバルサの乳房を握ったまま、頬をもう片方の乳房にのせて
赤い顔をして眠っていた。まだ酔いが完全には醒めていないのだ。
チャグムに吸われ続けていたバルサの乳首は、少し腫れて艶のある緋色に染
まり、明らかにそうした行為の後と判る、淫靡な雰囲気を纏っていた。

「バルサ……!」
タンダはしょってきた荷物を投げ捨て、二人に駆け寄った。
「んん…?タンダかい…? 何をそんなに…あ!」
目を覚ましたバルサは、自分の置かれている状態がとんでもないものだとすぐに悟った。
チャグムが寝付いたら、そっと寝床に運んで今夜の事はなかったことにしよ
うと思っていたのに、チャグムに胸を吸われているうちに、今まで味わった
ことのない安堵感を感じ、自分が先に眠ってしまったのだ。タンダが入って
来たのにも気付かないなんて、どうかしてる。





「どういうことなんだ…!」
タンダはバルサ着物の裾を捲り上げ、服を引き剥がして下半身を露わにさせた。
「俺と暮らしたくないってのは、こういう理由だったのか!」
「ち、ちが、これは…」
タンダはバルサの両足首を掴んで高く持ち上げ、自らの怒張でバルサの秘部を貫いた。
バルサのそこは、チャグムの乳首への刺激で着物にまで染みとおるほど濡れ
そぼっており、タンダのモノはすんなりとバルサの中に飲み込まれていった。
「こんなに濡らして、おまえ、おまえってヤツは…!」
「ああっ…!…んん…」
チャグムが腹の上から半分ずり落ちた。バルサは片手でチャグムを支え、
もう片方の手で自分の体が揺れないように必死で堪えた。これではタンダの
激しく突き上げる腰の動きをもろに性器に受けてしまうことになる。が、
バルサはチャグムを起こしたくなかった。自分達のこんな姿を見せるわけには…。
「ンッ、ンッ、んん~~!!」
バルサは唇を噛んで声が出そうになるのを耐えた。
凄まじい快感だった。今までタンダと体を重ねたことは、何回かあった。
しかし、いつも彼は優しく、癒すように抱いてくれた。こんな風に激しく、
犯されるようにされたのは初めてだった。

「バルサ、いいって、気持ちいいって、言えよ、俺の方が、いいって!」
違うんだと、チャグムに乳房を与えていたのは母性からだとタンダに説明したかった。
しかし、口を開けば嬌声しか出て来はしない。
まるで拷問のようだった。

「あ…はあ…あ…あ…」
責め続けられ、バルサは頭がぼうっとして、何も考えられなくなってきた。
チャグムと自分を支える手の力も、だんだんと弱くなっていった。
「言えないのかよ、バルサぁ!」
激しく突き上げられ、とうとうチャグムの頭がバルサの胸からずり落ちた。
「うう~ん…バル…サ…」
チャグムが微かに目を開け、そして目の前のバルサの乳房を掴み、乳首を再び、口に含んだ。
「!!」
その瞬間、バルサは絶頂に達した。脳髄を、全身を、電流のように快感が駆け抜け、
膣が収縮してタンダの男根を強く締め付けた。

「うっ…!!」
タンダはバルサの胎内に精を放った。
バルサの子宮はビクビクと痙攣しながらタンダの精子を奥へ奥へと吸い上げてゆく。
「孕めよバルサ…俺の子を、孕んでくれ…」
タンダの目から、涙がポタポタとバルサの腹に幾粒も落ちた。

「馬鹿…」
ぼんやりと瞳を開き、荒い呼吸の中でバルサはそう一言だけ言うと、
酔いつぶれているチャグムが再び眠ってしまったのを見、
ふうっと息を吐いてそのまま瞳を閉じた。


終わり





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