青い手とバルサです。
作品の中ではバルサって処女だと思うんですが…5話見たらこんな
妄想が。
集落から離れた場所に崩れかけた小屋が建っていた。その人々から見捨て
られたような小屋の外に馬が二頭繋がれている。小屋の中には蠢く影。偶に
差し込む月光でそれが男と女だと分かる。
聞こえてくるのは苦しげな息遣い。だが時折聞く者が羞恥を覚えるような
甘い声も上がった。
「も…いいかげんにし…」
「これくらいで音を上げるなんて、おまえらしくもない」
組み敷いていた女の身体を抱きかかえるようにしたまま上体を反転させ、
男は女に自分の身体を跨がせた。
「ちょっと」
瞬間たじろぐ女をよそに、その細い腰を掴んで下から突き上げた。
「ああっ」
しなやかな背が反り返る。豊かな乳房が前へと突き出され、ひどく淫猥な
光景だった。
誘われるように両胸に手を伸ばし、突き上げる腰はそのままに、思うさま
揉みしだく。張りのある肉が手の平でたわむ感触を男は楽しんだ。
「いいのか?」
「う、るさ」
「俺の腹が水浸しだ」
男の言葉どおり、その腹は女がこぼした蜜で濡れていた。恥ずかしさから
か女が身を捩る。仕置きのように乳首を摘まみ上げると、接合した部分から
さらに蜜が溢れ出した。
「素直になったらどうだ、バルサ」
腰を小刻みに揺らす。男の陰毛が女の固くなった陰核を擦りあげ、思わぬ
快感を呼び起こす。女はその感覚を追って自ら無意識に腰を揺らしたことに
気づいていなかった。その様子に男が哂った。
「もっと乱れてみろ」
夜闇に浮かび上がる女の白い身体が快楽に溺れるさま見てみたかった。
男が激しく腰を突き上げ始めた。女の腰を掴み奥へ奥へと侵入する。時に
円を描くようにすると、思わぬ場所を抉られた女が堪え切れずに声を上げた。
「ああっ…んっ、んっ」
甘く高い女の声が、切羽詰ったようなものに変わる。男は心得たように腰
を打ち付ける。肉のぶつかる音と、淫靡な水音と、男と女の熱い息遣いが響
き渡る。
「んっ、んっ、あっ、ああっ…!」
ひと際高く女が声を上げた。その背が反り、長い髪が男の脚に触れた。
びくびくと締め付ける女の内側の感触を楽しみながら、男は女の反った背
を支えたまま再度床に組み敷いた。
「!!やめ、あっ、ああっ」
達したばかりの身体を正面から貫かれ、途切れない快感から逃げようと女
が男の胸を叩く。
「こんなんじゃ全然足りない」
「ああんっ、あっ…ああんっ」
男は女の両膝の裏を両肩に付くくらいに押さえつけた。女の性器が濡れて
光っている。そこに男の赤黒い性器が出入りを繰り返す。その都度女のそこ
は蜜を吐き出した。
――― このままよがり殺してしまいたい。
淫猥な光景を目にしながら男はそう思った。何度も極みに導いて、自分の
与える快楽のうちに命を奪ってしまいたい。
男が内臓まで抉ろうとするかの勢いで女を突き上げる。女の唇から喘ぎ声
が止まらなくなった。うねるような襞の動きで、女の絶頂が近いことが分か
った。
最奥まで貫いた。
「あぁっ…!!」
女が啼いた。男の肉を強く締め付け、びくびくと内部が痙攣する。
官能に耐える顔をする女が愛しく、男は吸い寄せられるように唇を重ねて
いた。それは身体の繋がりを幾度か持った男と女の初めての口付けだった。
女の目が見開かれる。男は内部に放ちたい気持ちを抑え、女の腹に放った。
「いい女だ」
「冗談はよしとくれよ」
荒かった息が整った女は、床から身を起こし支度を始めた。無駄のない身
体にはたくさんの傷痕があり、女の生き方を物語っていた。
「こんなに逞しくて淫蕩で…あの男は知ってるのか?」
男の一言に女ははっと顔を上げる。小さいときから自分を見守り続けてく
れている大切な男の顔が思い浮かぶ。
その好意を知っていながら自分はこの男とこうして身体を結んでいる。
「おまえは何を恐れているんだ、短槍使いのバルサよ。その心のまま、あ
の男の腕に抱かれればよいものを」
「よけいな…ことだよ」
服を着終えた女は、最後に長い髪を後ろでひと括りに結わいた。
「よけいなこと、ね」
男が女の身体を引き寄せる。
「痕を残さないように気を使っているというのに、つれないことだ。何な
らこの首筋に髪を下ろさねばならぬ痕でも残してやろうか」
「やめっ!」
男の唇がうなじを這う感触に女が身を翻した。首筋に手をあて息を乱す女
を男が笑う。
「心と身体が矛盾してこそ人間だ。今日のところは許してやろう」
男も身支度を始めるのを見て女がほっと息をつく。
まだ夜明けまでは遠い時間帯、男と女はそれぞれの馬の手綱を握っていた。
「今日のことは先日の馬の借りだ」
「おまえは律儀で可哀想な女だな、バルサ」
男は鐙に足をかけ馬に跨った。
「身体が乾いたらいつでも呼ぶことだ。貸し借りなく応じてやるぞ」
「…何のことだ」
「俺の前では普通の女で構わんということだ。淫らなおまえも知っている」
女は口を引き結び何も言わなかった。
口元で笑った男も何も言わず、馬を走らせてその場を去った。
「…普通の女、か」
熱の引いた身体を自分の腕で抱きしめる。ふと、唇に男のそれの感触を思
い出す。これまで一度もなかった行為。
女は指先で唇を辿った。しかし、何かを吹っ切るように右手の甲でそれを
拭った。
――― そんなもの、今更なれやしないよ。
自嘲気味に哂った女は馬に乗り、日の出の遠い夜の闇に消えていった。
〈終〉
作品の中ではバルサって処女だと思うんですが…5話見たらこんな
妄想が。
集落から離れた場所に崩れかけた小屋が建っていた。その人々から見捨て
られたような小屋の外に馬が二頭繋がれている。小屋の中には蠢く影。偶に
差し込む月光でそれが男と女だと分かる。
聞こえてくるのは苦しげな息遣い。だが時折聞く者が羞恥を覚えるような
甘い声も上がった。
「も…いいかげんにし…」
「これくらいで音を上げるなんて、おまえらしくもない」
組み敷いていた女の身体を抱きかかえるようにしたまま上体を反転させ、
男は女に自分の身体を跨がせた。
「ちょっと」
瞬間たじろぐ女をよそに、その細い腰を掴んで下から突き上げた。
「ああっ」
しなやかな背が反り返る。豊かな乳房が前へと突き出され、ひどく淫猥な
光景だった。
誘われるように両胸に手を伸ばし、突き上げる腰はそのままに、思うさま
揉みしだく。張りのある肉が手の平でたわむ感触を男は楽しんだ。
「いいのか?」
「う、るさ」
「俺の腹が水浸しだ」
男の言葉どおり、その腹は女がこぼした蜜で濡れていた。恥ずかしさから
か女が身を捩る。仕置きのように乳首を摘まみ上げると、接合した部分から
さらに蜜が溢れ出した。
「素直になったらどうだ、バルサ」
腰を小刻みに揺らす。男の陰毛が女の固くなった陰核を擦りあげ、思わぬ
快感を呼び起こす。女はその感覚を追って自ら無意識に腰を揺らしたことに
気づいていなかった。その様子に男が哂った。
「もっと乱れてみろ」
夜闇に浮かび上がる女の白い身体が快楽に溺れるさま見てみたかった。
男が激しく腰を突き上げ始めた。女の腰を掴み奥へ奥へと侵入する。時に
円を描くようにすると、思わぬ場所を抉られた女が堪え切れずに声を上げた。
「ああっ…んっ、んっ」
甘く高い女の声が、切羽詰ったようなものに変わる。男は心得たように腰
を打ち付ける。肉のぶつかる音と、淫靡な水音と、男と女の熱い息遣いが響
き渡る。
「んっ、んっ、あっ、ああっ…!」
ひと際高く女が声を上げた。その背が反り、長い髪が男の脚に触れた。
びくびくと締め付ける女の内側の感触を楽しみながら、男は女の反った背
を支えたまま再度床に組み敷いた。
「!!やめ、あっ、ああっ」
達したばかりの身体を正面から貫かれ、途切れない快感から逃げようと女
が男の胸を叩く。
「こんなんじゃ全然足りない」
「ああんっ、あっ…ああんっ」
男は女の両膝の裏を両肩に付くくらいに押さえつけた。女の性器が濡れて
光っている。そこに男の赤黒い性器が出入りを繰り返す。その都度女のそこ
は蜜を吐き出した。
――― このままよがり殺してしまいたい。
淫猥な光景を目にしながら男はそう思った。何度も極みに導いて、自分の
与える快楽のうちに命を奪ってしまいたい。
男が内臓まで抉ろうとするかの勢いで女を突き上げる。女の唇から喘ぎ声
が止まらなくなった。うねるような襞の動きで、女の絶頂が近いことが分か
った。
最奥まで貫いた。
「あぁっ…!!」
女が啼いた。男の肉を強く締め付け、びくびくと内部が痙攣する。
官能に耐える顔をする女が愛しく、男は吸い寄せられるように唇を重ねて
いた。それは身体の繋がりを幾度か持った男と女の初めての口付けだった。
女の目が見開かれる。男は内部に放ちたい気持ちを抑え、女の腹に放った。
「いい女だ」
「冗談はよしとくれよ」
荒かった息が整った女は、床から身を起こし支度を始めた。無駄のない身
体にはたくさんの傷痕があり、女の生き方を物語っていた。
「こんなに逞しくて淫蕩で…あの男は知ってるのか?」
男の一言に女ははっと顔を上げる。小さいときから自分を見守り続けてく
れている大切な男の顔が思い浮かぶ。
その好意を知っていながら自分はこの男とこうして身体を結んでいる。
「おまえは何を恐れているんだ、短槍使いのバルサよ。その心のまま、あ
の男の腕に抱かれればよいものを」
「よけいな…ことだよ」
服を着終えた女は、最後に長い髪を後ろでひと括りに結わいた。
「よけいなこと、ね」
男が女の身体を引き寄せる。
「痕を残さないように気を使っているというのに、つれないことだ。何な
らこの首筋に髪を下ろさねばならぬ痕でも残してやろうか」
「やめっ!」
男の唇がうなじを這う感触に女が身を翻した。首筋に手をあて息を乱す女
を男が笑う。
「心と身体が矛盾してこそ人間だ。今日のところは許してやろう」
男も身支度を始めるのを見て女がほっと息をつく。
まだ夜明けまでは遠い時間帯、男と女はそれぞれの馬の手綱を握っていた。
「今日のことは先日の馬の借りだ」
「おまえは律儀で可哀想な女だな、バルサ」
男は鐙に足をかけ馬に跨った。
「身体が乾いたらいつでも呼ぶことだ。貸し借りなく応じてやるぞ」
「…何のことだ」
「俺の前では普通の女で構わんということだ。淫らなおまえも知っている」
女は口を引き結び何も言わなかった。
口元で笑った男も何も言わず、馬を走らせてその場を去った。
「…普通の女、か」
熱の引いた身体を自分の腕で抱きしめる。ふと、唇に男のそれの感触を思
い出す。これまで一度もなかった行為。
女は指先で唇を辿った。しかし、何かを吹っ切るように右手の甲でそれを
拭った。
――― そんなもの、今更なれやしないよ。
自嘲気味に哂った女は馬に乗り、日の出の遠い夜の闇に消えていった。
〈終〉
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『秘め事』
(加賀編後日談)
初めて触れたあの男(ひと)の唇。
それは思いの外柔らかくて、この人の身体の中にもそんな部分があるのだと知った。
「寝込み、襲っちゃった」
離した唇に残る温もりが、密やかな行為への罪悪感を感じさせる。
(でもいいよね……この位。だって私は)
薄々感じていた淡く切ない想い。
ただそれは亡くした父への憧憬や、母を失った孤独からくる依存心との境界が酷く
曖昧で、ずっと向き合うことを恐れていた。
だからなのかもしれない、あの時私が独りで行こうと決心したのは。
そう全てを対等にする事は出来なくとも、せめて気持ちだけは憧れや依拠している
部分を取っ払いたかった。
――今度会った時には自らの足で立ち、卍さんと向き合えるだけの女になりたい
「……少しはなれた?」
膝の上の暢気な寝顔を見下ろす。
そして鼻の大きな傷にそっと指を這わし、跡をなぞってみた。
(駄目、かな。結局最後の最後には、また助けて貰っちゃったから)
それでもこの数ヶ月は、確かに私の中で大きな変化をもたらしてくれたと思う。
(卍さんはかけがえのない存在なんだって、思い知らされた。そして一人の男として――)
「好き」
小さな告白。
さっきの口付け同様、寝ている隙を狙って吐き出してしまった想いにまたも微かな罪悪感。
(でも今の私にはコレが限界だもん、な)
分かっている、まだその時ではないという事を。
もっともっと、今よりもっといい女になるその日までこの想いを伝えてはいけないのだ。
「今度は私が守るよ」
もし起きていたら笑われるかもしれない台詞が、自然と口へと上る。
全ての発端だった『仇討ち』よりも、私の心は卍さんの存在そのモノに重きを変えていた。
「にゃ~~」
「しーっ」
唇に指を充て、縁側の床下から不意に姿を覗かせた一匹の黒猫に向け合図を送る。
「‥‥‥‥」
黒猫は此方の意図を察してくれたのか、不思議そうに何度か首を傾げると再び床下へと
戻って行った。
(ご免、でも今は――)
訪れた静寂の中、今一度視線を膝に戻す。
(ただ静かに……眠らせてあげたいんだ)
それからの私はジッと静かに、彼が目覚めるその時が来るのを見守り続けていた。
(加賀編後日談)
初めて触れたあの男(ひと)の唇。
それは思いの外柔らかくて、この人の身体の中にもそんな部分があるのだと知った。
「寝込み、襲っちゃった」
離した唇に残る温もりが、密やかな行為への罪悪感を感じさせる。
(でもいいよね……この位。だって私は)
薄々感じていた淡く切ない想い。
ただそれは亡くした父への憧憬や、母を失った孤独からくる依存心との境界が酷く
曖昧で、ずっと向き合うことを恐れていた。
だからなのかもしれない、あの時私が独りで行こうと決心したのは。
そう全てを対等にする事は出来なくとも、せめて気持ちだけは憧れや依拠している
部分を取っ払いたかった。
――今度会った時には自らの足で立ち、卍さんと向き合えるだけの女になりたい
「……少しはなれた?」
膝の上の暢気な寝顔を見下ろす。
そして鼻の大きな傷にそっと指を這わし、跡をなぞってみた。
(駄目、かな。結局最後の最後には、また助けて貰っちゃったから)
それでもこの数ヶ月は、確かに私の中で大きな変化をもたらしてくれたと思う。
(卍さんはかけがえのない存在なんだって、思い知らされた。そして一人の男として――)
「好き」
小さな告白。
さっきの口付け同様、寝ている隙を狙って吐き出してしまった想いにまたも微かな罪悪感。
(でも今の私にはコレが限界だもん、な)
分かっている、まだその時ではないという事を。
もっともっと、今よりもっといい女になるその日までこの想いを伝えてはいけないのだ。
「今度は私が守るよ」
もし起きていたら笑われるかもしれない台詞が、自然と口へと上る。
全ての発端だった『仇討ち』よりも、私の心は卍さんの存在そのモノに重きを変えていた。
「にゃ~~」
「しーっ」
唇に指を充て、縁側の床下から不意に姿を覗かせた一匹の黒猫に向け合図を送る。
「‥‥‥‥」
黒猫は此方の意図を察してくれたのか、不思議そうに何度か首を傾げると再び床下へと
戻って行った。
(ご免、でも今は――)
訪れた静寂の中、今一度視線を膝に戻す。
(ただ静かに……眠らせてあげたいんだ)
それからの私はジッと静かに、彼が目覚めるその時が来るのを見守り続けていた。
『孤独』
「眠れねえな……」
冴えた目が薄汚れた天井を凝視し続ける。
眠れないから変な事を考えちまうのか、
それとも変な事を考えちまうから眠れんのか、まったくわけが分からねえ。
「この薄っぺらい布団……腰が痛くてたまんねえぜ、ったくよ」
自分を誤魔化す様に、俺は眠れない原因の矛先を他所に向け目を閉じる。
『千人の悪党を斬る』
それはこのくだらねえ世とおさらばするのに自ら課したモノだが、
それで俺は本当に死ぬことが叶うのだろうか。
閑馬との戦いの後、それまで漠然として掴み所の無かったモノが急に現実味を
帯びて俺の胸をザワつかせている。
『二百年の孤独』
無限の時を生きる事の寂しさ、苦しさ……そして虚しさを見せつけられた。
「くくく、何を怖がっているんだか……今更」
薄暗い部屋に自嘲する声が微かに響く。
町を喪ったあの日から、いやそもそも妹が狂っちまう前から独りきり
だった筈だ俺は。
(そうだ、独りで生きていく覚悟は出来ていた。千人殺した所で本当に死ねるたぁ
思っちゃいない。――だが、)
この次に誰かを喪った時、俺も奴の様になっちまう様な気がした。
一体誰を?
「けっ……何を今更……くだらねえ事考えてんだ俺は。くそっ、寝よ寝よ!」
寝返りを打ち心で悪態を吐きながら、瞼をきつく閉じる。
(まったくあの馬鹿に付き合いだしてからロクな事考えねえ)
脳裏に過ぎるのは必死に俺を助けようとしたアイツの顔。
(あれは用心棒として都合のいい俺に、死んで欲しくなかっただけさ。
わかっている、わかってはいるがそれでも俺はまた――)
うっすらと目を開き、視界に映る煤けた障子を見つめる。
「失くしたくねえやっかいモノが出来ちまったまったじゃねえか」
がしがしと無造作に頭を掻きながら起き上がると、俺はそっと静かに
障子を開けた。
(ったく幸せそうに寝てやがるぜ)
暗闇に慣れた目が、まだ僅かに幼さを残す寝顔を見下ろす。
「お前を死なさねえよ、絶対に。そして死ぬなよ」
湿った畳に片膝を着き、ゆっくりと手を伸ばし、
「俺の為に……な」
布団に流れ落ちる黒髪を一房掬い上げた。
そして柔らかな感触を優しく握り締めると、
そのままゆっくりと手の甲をアイツの頬へと触れさせる。
滑らかな肌から伝わる温もり
『現在(いま)』を精一杯に生きているコイツの、美しさと強さの証。
そしてそれもまた何時かは俺の前から消えて亡くなり、孤独は必ず訪れる。
無限の孤独
だが今はまだ――
(独りにするな)
そっと頬を摩る。
(それが人の心に勝手に住み着いちまった責任だ。
まったく人の覚悟をあっさりとぶっ潰してくれたぜ、まったく)
「んっ……ま…んじ…さん」
ピクッ!
(起きてんのか!?)
不意に小さな唇が震える様に俺の名を呟きだし、慌てて手を引っ込めた。しかし、
「う……ん…、飲みす…ぎは…身体に毒だって…ば」
(何だ寝言か……脅かしやがって)
どうやら気付かれてはいないようだった。
「ったく夢の中でまで人に指図するか?コイツは……くっくっ」
ホッとしちまったせいか、思わず腰をついて一人苦笑する。
「はぁ~~やれやれ……よっと」
ひとしきり笑い終えた俺は、息を吐いて立ち上がり障子へと近づき部屋を後に
しようとした。だが、
「………」
取っ手に手をかけたまま暫しその場に立ち尽くし、背後から微かに聞こえてくる
安らかな寝息に目を閉じ耳を傾ける。
(嬉しいもんなんだな……誰かの夢に現れるってのは)
この世で独りきりでないと感じる喜び。
「だから手放せねえんだろうな……俺は」
アイツの寝顔に惹かれて今一度振り返った。
「凛――」
小さく呟くと俺はそっと部屋を後にし、またあの薄っぺらな布団へとその身を
投げ出していた。
(お前の暢気な寝顔を見たら……ねむ…くなっ……)
自然と意識が混濁し始め、漸く俺は深い眠りへと落ちていくことが叶った。
「眠れねえな……」
冴えた目が薄汚れた天井を凝視し続ける。
眠れないから変な事を考えちまうのか、
それとも変な事を考えちまうから眠れんのか、まったくわけが分からねえ。
「この薄っぺらい布団……腰が痛くてたまんねえぜ、ったくよ」
自分を誤魔化す様に、俺は眠れない原因の矛先を他所に向け目を閉じる。
『千人の悪党を斬る』
それはこのくだらねえ世とおさらばするのに自ら課したモノだが、
それで俺は本当に死ぬことが叶うのだろうか。
閑馬との戦いの後、それまで漠然として掴み所の無かったモノが急に現実味を
帯びて俺の胸をザワつかせている。
『二百年の孤独』
無限の時を生きる事の寂しさ、苦しさ……そして虚しさを見せつけられた。
「くくく、何を怖がっているんだか……今更」
薄暗い部屋に自嘲する声が微かに響く。
町を喪ったあの日から、いやそもそも妹が狂っちまう前から独りきり
だった筈だ俺は。
(そうだ、独りで生きていく覚悟は出来ていた。千人殺した所で本当に死ねるたぁ
思っちゃいない。――だが、)
この次に誰かを喪った時、俺も奴の様になっちまう様な気がした。
一体誰を?
「けっ……何を今更……くだらねえ事考えてんだ俺は。くそっ、寝よ寝よ!」
寝返りを打ち心で悪態を吐きながら、瞼をきつく閉じる。
(まったくあの馬鹿に付き合いだしてからロクな事考えねえ)
脳裏に過ぎるのは必死に俺を助けようとしたアイツの顔。
(あれは用心棒として都合のいい俺に、死んで欲しくなかっただけさ。
わかっている、わかってはいるがそれでも俺はまた――)
うっすらと目を開き、視界に映る煤けた障子を見つめる。
「失くしたくねえやっかいモノが出来ちまったまったじゃねえか」
がしがしと無造作に頭を掻きながら起き上がると、俺はそっと静かに
障子を開けた。
(ったく幸せそうに寝てやがるぜ)
暗闇に慣れた目が、まだ僅かに幼さを残す寝顔を見下ろす。
「お前を死なさねえよ、絶対に。そして死ぬなよ」
湿った畳に片膝を着き、ゆっくりと手を伸ばし、
「俺の為に……な」
布団に流れ落ちる黒髪を一房掬い上げた。
そして柔らかな感触を優しく握り締めると、
そのままゆっくりと手の甲をアイツの頬へと触れさせる。
滑らかな肌から伝わる温もり
『現在(いま)』を精一杯に生きているコイツの、美しさと強さの証。
そしてそれもまた何時かは俺の前から消えて亡くなり、孤独は必ず訪れる。
無限の孤独
だが今はまだ――
(独りにするな)
そっと頬を摩る。
(それが人の心に勝手に住み着いちまった責任だ。
まったく人の覚悟をあっさりとぶっ潰してくれたぜ、まったく)
「んっ……ま…んじ…さん」
ピクッ!
(起きてんのか!?)
不意に小さな唇が震える様に俺の名を呟きだし、慌てて手を引っ込めた。しかし、
「う……ん…、飲みす…ぎは…身体に毒だって…ば」
(何だ寝言か……脅かしやがって)
どうやら気付かれてはいないようだった。
「ったく夢の中でまで人に指図するか?コイツは……くっくっ」
ホッとしちまったせいか、思わず腰をついて一人苦笑する。
「はぁ~~やれやれ……よっと」
ひとしきり笑い終えた俺は、息を吐いて立ち上がり障子へと近づき部屋を後に
しようとした。だが、
「………」
取っ手に手をかけたまま暫しその場に立ち尽くし、背後から微かに聞こえてくる
安らかな寝息に目を閉じ耳を傾ける。
(嬉しいもんなんだな……誰かの夢に現れるってのは)
この世で独りきりでないと感じる喜び。
「だから手放せねえんだろうな……俺は」
アイツの寝顔に惹かれて今一度振り返った。
「凛――」
小さく呟くと俺はそっと部屋を後にし、またあの薄っぺらな布団へとその身を
投げ出していた。
(お前の暢気な寝顔を見たら……ねむ…くなっ……)
自然と意識が混濁し始め、漸く俺は深い眠りへと落ちていくことが叶った。
『酔』
「前々から思っていたんだけど」
手にした杯を掲げながら、女は隣に座る男の方へと視線を流した。
白い肌を酔いで赤らめ、まどろむ瞳をキュッと猫の様に細めるその姿は、
大抵の男ならば魅せられていた――筈。
だが話を振られた当の本人はと言うと、
「んぁ?」
コレと言った関心も見せないまま生返事だけをし、後は唯ひたすら
空いた杯を満たす事にのみ集中していた。
「……あのねぇ~万次さん」
込み上げてくる怒りに肩を震わせながら、百琳は男の手から酒瓶を取り上げ、
「こんなイイ女無視して呑み続けているんじゃないっつうの!」
大きな声を上げ攻め立てる。
すると久しぶりの酒に完全にイカれてしまっていた卍は、
鬼のような形相を作り、
「てってめーが持ってきたんだろうが!よこせっ!!」
声を荒げ女へと掴みかかろうとした。
だが百琳はその手をヒョイとかわし、酒瓶を抱えたままの状態で
スクッと椅子から立ち上がり、
「……起こしてくる」
先程までとは一転した低い声音で、独り言のような呟きを洩らした。
「はぁ!?」
突然の事に呆気にとられた卍は、傍らに立つ女を見上げ思わず絶句する。
(まずっ!コイツの酒癖の悪さを忘れていたぜ)
完全に座りきった目を見上げながら、彼は襲い来る嫌な予感に脂汗を流した。
そして次の瞬間、その予想は現実となる。
「凛ちゃん起こして、言いつけてやる」
まさに後悔先に立たずであった。
女はメソメソと泣くそぶりを見せながらも、長机の向こうの障子戸へと走り出し、
「酷い!酷いのよっ万次さんってば、私の事苛めるの~」
等と、とんでもない事を今度は喚き散らし始めたのだ。
「何訳の分かんねぇー言い掛かり付けてんだっ、てか静かに知ろっ!!」
止めている本人が一番煩い事実に気付きもぜず、男は大慌てで酔っ払いの腕を
掴み力任せに捻じ伏せた。
だがそんな彼の行為は報われる事はなく……それどころか、
「きゃぁ~痛いっ痛いっ!凛ちゃん助けて」
相手の悪態に拍車を掛けるだけであった。
「あ~くそっ!……悪かった、俺が悪かった。ちゃんと話聞いてやっから、兎に角座れ」
不本意だった。それでも卍はその気持ちを必死で押し殺す。
(酒の為だ、堪えろ……堪えろ)
凛の有り金が底を付いた今、彼はこの暫く振りの酒(しかも上物)を
楽しむ時間を必死に守ろうとした。
「座れ?」
乱れた金色の髪の下から、鋭い視線が男を見据える。
「座って……くれ」
眉間に皺を寄せながら、なけなしの自尊心を投げ捨てる卍。
「くれ、か。……アンタにしちゃ頑張った方ね、きゃはははっ」
(……このアマ、殺す)
掴んでいた腕を思わず圧し折りそうになった彼は、
頬を引きつらせて女の細腕を解いた。
「ほら、ご褒美」
ドンッと机に瓶を置き、女はさっさと自分の席へと再び腰を落ち着け、
立ち尽くす男に艶然とした微笑みを向ける。
案の定その表情から、先程の涙がやはり嘘であった事を察した卍は、
大きな溜息を溢しつつも乱暴に腰を下していった。
そしてこの鬱憤をどうにか晴らすべく、目の前に置かれた酒瓶を掴み
「で、一体何だってんだ」
適当な言葉を口にしながら、漸く取り戻した酒を杯へと注いでいく。
「万次さん……不能?」
「ブッ―――ッ!」
勢いよく酒を噴出す卍。
だがそんな惨事を百琳は気にも留めず、己の髪をいじりながら楽しげに話し続ける。
「ってかさ、まさかアッチ(男色)系なんじゃないでしょうね」
「どこをどう見て、そんな発想が飛び出してくんだっ!」
卍は手にした杯を叩きつけ、女の方へと唾を飛ばして怒鳴り散らした。
「だって変だと思わないかい?」
男の勢いとは対照的にノンビリとした口調で、百琳は相手の顔を見据え、
「凛ちゃんから聞いてみるとアンタ、女買っている様子も無いし。今だってほら」
髪をゆっくりと掻き揚げながら、艶っぽい視線を送る。
「こんな良い女が酔っていんのに、口説くそぶりも見せやしない。枯れるにしちゃ
若いでしょうが、一応」
「誰が良い女だってんだ」
「何か言った、今」
「……一応は余計だって言ったんだ。一応は」
危く地雷を踏みそうになり、慌てて視線をかわす卍であった。
「大体お前の所にだって、女と無縁そうな奴居るだろうが」
「ああ……アレ、ね。アレはほら、半分出家しちゃっている様なもんだから」
脳裏に浮かぶ顰め面の禿げ頭に、百琳は思わず苦笑を洩らした。
「別に女嫌いってわけじゃねえよ。……ただ今はその気が沸かねえだけさ」
卍は再び酒を手にし、杯へと注ぎなおす。
「今は、か。じゃあ最後にしたのって何時」
(何時……そういや、随分と女の柔肌とはご無沙汰だな。てか――)
「お前がそんな事聞いてどうすんだぁ、ったくよ」
男は女のペースに流されてしまいそうな思考を戻し、畳み掛けるように
話を打ち切ろうとした。
だがそれでも尚、女はこの話題を続けたいらしく
「もしかして……さ、それって……り…んちゃんに、会うま……」
閉じてしまいそうな瞼の下の瞳を卍へと向け、優しい微笑を浮かべながら
話しかける。
「何だって此処で、アイツの名前が――」
ピクリと眉を吊り上げた卍は、酒瓶を置き百琳の方を見返した。
「ぐー……」
「ちっ、寝ちまいやがったか」
桃色の頬を腕に乗せ静かな寝息を洩らすその姿に、卍は苦虫を噛み潰す。
そして溢れ返る杯を手にし、
「金がねぇからだ」
まるで溜息を溢すように小さく呟いた。
己の洩らした言葉に酒が幾つかの波紋を作るのをジッと見つめる、それは
まるで自分の心の中をも波打ち広がっていく。すると、
『嘘つき』
しっかりとした口調の女の声が、不意に耳をついた……様な気がした。
だから男は無意識に身を固くし耳を澄ましてみるが、聞こえてくるのは穏やかな
寝息だけであった。
(何をそんなにオタついていんだ、俺はよ)
杯を一息に煽る。
「こんな上物で、悪酔いしちまったってか。くくくっ」
卍はまるで自らを嘲る様に喉を鳴らし、緩慢な動作で立ち上がった。そして、
(妹に欲情する訳ねぇだろう、それじゃ犬畜生以下だぜ)
着物の合わせから覗かせた右手を、無精髭でザラつく顎へと伸ばし
ボリボリと掻きながら部屋を後にした。
ひんやりとした夜風を求め――
「前々から思っていたんだけど」
手にした杯を掲げながら、女は隣に座る男の方へと視線を流した。
白い肌を酔いで赤らめ、まどろむ瞳をキュッと猫の様に細めるその姿は、
大抵の男ならば魅せられていた――筈。
だが話を振られた当の本人はと言うと、
「んぁ?」
コレと言った関心も見せないまま生返事だけをし、後は唯ひたすら
空いた杯を満たす事にのみ集中していた。
「……あのねぇ~万次さん」
込み上げてくる怒りに肩を震わせながら、百琳は男の手から酒瓶を取り上げ、
「こんなイイ女無視して呑み続けているんじゃないっつうの!」
大きな声を上げ攻め立てる。
すると久しぶりの酒に完全にイカれてしまっていた卍は、
鬼のような形相を作り、
「てってめーが持ってきたんだろうが!よこせっ!!」
声を荒げ女へと掴みかかろうとした。
だが百琳はその手をヒョイとかわし、酒瓶を抱えたままの状態で
スクッと椅子から立ち上がり、
「……起こしてくる」
先程までとは一転した低い声音で、独り言のような呟きを洩らした。
「はぁ!?」
突然の事に呆気にとられた卍は、傍らに立つ女を見上げ思わず絶句する。
(まずっ!コイツの酒癖の悪さを忘れていたぜ)
完全に座りきった目を見上げながら、彼は襲い来る嫌な予感に脂汗を流した。
そして次の瞬間、その予想は現実となる。
「凛ちゃん起こして、言いつけてやる」
まさに後悔先に立たずであった。
女はメソメソと泣くそぶりを見せながらも、長机の向こうの障子戸へと走り出し、
「酷い!酷いのよっ万次さんってば、私の事苛めるの~」
等と、とんでもない事を今度は喚き散らし始めたのだ。
「何訳の分かんねぇー言い掛かり付けてんだっ、てか静かに知ろっ!!」
止めている本人が一番煩い事実に気付きもぜず、男は大慌てで酔っ払いの腕を
掴み力任せに捻じ伏せた。
だがそんな彼の行為は報われる事はなく……それどころか、
「きゃぁ~痛いっ痛いっ!凛ちゃん助けて」
相手の悪態に拍車を掛けるだけであった。
「あ~くそっ!……悪かった、俺が悪かった。ちゃんと話聞いてやっから、兎に角座れ」
不本意だった。それでも卍はその気持ちを必死で押し殺す。
(酒の為だ、堪えろ……堪えろ)
凛の有り金が底を付いた今、彼はこの暫く振りの酒(しかも上物)を
楽しむ時間を必死に守ろうとした。
「座れ?」
乱れた金色の髪の下から、鋭い視線が男を見据える。
「座って……くれ」
眉間に皺を寄せながら、なけなしの自尊心を投げ捨てる卍。
「くれ、か。……アンタにしちゃ頑張った方ね、きゃはははっ」
(……このアマ、殺す)
掴んでいた腕を思わず圧し折りそうになった彼は、
頬を引きつらせて女の細腕を解いた。
「ほら、ご褒美」
ドンッと机に瓶を置き、女はさっさと自分の席へと再び腰を落ち着け、
立ち尽くす男に艶然とした微笑みを向ける。
案の定その表情から、先程の涙がやはり嘘であった事を察した卍は、
大きな溜息を溢しつつも乱暴に腰を下していった。
そしてこの鬱憤をどうにか晴らすべく、目の前に置かれた酒瓶を掴み
「で、一体何だってんだ」
適当な言葉を口にしながら、漸く取り戻した酒を杯へと注いでいく。
「万次さん……不能?」
「ブッ―――ッ!」
勢いよく酒を噴出す卍。
だがそんな惨事を百琳は気にも留めず、己の髪をいじりながら楽しげに話し続ける。
「ってかさ、まさかアッチ(男色)系なんじゃないでしょうね」
「どこをどう見て、そんな発想が飛び出してくんだっ!」
卍は手にした杯を叩きつけ、女の方へと唾を飛ばして怒鳴り散らした。
「だって変だと思わないかい?」
男の勢いとは対照的にノンビリとした口調で、百琳は相手の顔を見据え、
「凛ちゃんから聞いてみるとアンタ、女買っている様子も無いし。今だってほら」
髪をゆっくりと掻き揚げながら、艶っぽい視線を送る。
「こんな良い女が酔っていんのに、口説くそぶりも見せやしない。枯れるにしちゃ
若いでしょうが、一応」
「誰が良い女だってんだ」
「何か言った、今」
「……一応は余計だって言ったんだ。一応は」
危く地雷を踏みそうになり、慌てて視線をかわす卍であった。
「大体お前の所にだって、女と無縁そうな奴居るだろうが」
「ああ……アレ、ね。アレはほら、半分出家しちゃっている様なもんだから」
脳裏に浮かぶ顰め面の禿げ頭に、百琳は思わず苦笑を洩らした。
「別に女嫌いってわけじゃねえよ。……ただ今はその気が沸かねえだけさ」
卍は再び酒を手にし、杯へと注ぎなおす。
「今は、か。じゃあ最後にしたのって何時」
(何時……そういや、随分と女の柔肌とはご無沙汰だな。てか――)
「お前がそんな事聞いてどうすんだぁ、ったくよ」
男は女のペースに流されてしまいそうな思考を戻し、畳み掛けるように
話を打ち切ろうとした。
だがそれでも尚、女はこの話題を続けたいらしく
「もしかして……さ、それって……り…んちゃんに、会うま……」
閉じてしまいそうな瞼の下の瞳を卍へと向け、優しい微笑を浮かべながら
話しかける。
「何だって此処で、アイツの名前が――」
ピクリと眉を吊り上げた卍は、酒瓶を置き百琳の方を見返した。
「ぐー……」
「ちっ、寝ちまいやがったか」
桃色の頬を腕に乗せ静かな寝息を洩らすその姿に、卍は苦虫を噛み潰す。
そして溢れ返る杯を手にし、
「金がねぇからだ」
まるで溜息を溢すように小さく呟いた。
己の洩らした言葉に酒が幾つかの波紋を作るのをジッと見つめる、それは
まるで自分の心の中をも波打ち広がっていく。すると、
『嘘つき』
しっかりとした口調の女の声が、不意に耳をついた……様な気がした。
だから男は無意識に身を固くし耳を澄ましてみるが、聞こえてくるのは穏やかな
寝息だけであった。
(何をそんなにオタついていんだ、俺はよ)
杯を一息に煽る。
「こんな上物で、悪酔いしちまったってか。くくくっ」
卍はまるで自らを嘲る様に喉を鳴らし、緩慢な動作で立ち上がった。そして、
(妹に欲情する訳ねぇだろう、それじゃ犬畜生以下だぜ)
着物の合わせから覗かせた右手を、無精髭でザラつく顎へと伸ばし
ボリボリと掻きながら部屋を後にした。
ひんやりとした夜風を求め――
『壊れ始めた箍(タガ)』
「よおっ、傷の具合はどうだ」
立ち昇る湯気の向こうから男の声が聞こえる。
「結構いい感じね。湯治場なんて初めてだけど、凄く気に入っちゃった」
白い肌をホンノリと桜色に染め、少女は背中越しに声の主へと返事を返した。
そのよくとおる声を響かせて。
「ったく、あんだけ寄り道に反対していたくせに」
「う…それは……だって無料(ただ)とは思わなかったし」
男の指摘に少女は湯へと沈み込みながら、小さな声で自分を擁護する。
「まあ確かに下諏訪の宿場の方なら、それなりの宿代も取られていただろうけどな」
――下諏訪。
其処は甲州道の終点にして、中山道中の宿場町として多くの旅人で賑わう湯治場であった。
そして諏訪湖のほとりで漸く再会を果たした卍と凛の二人は、
紆余曲折な話し合い(?)を経た結果、その下諏訪からは少しばかり奥まった所にある
この秘湯へと足を運んでいたのだ。
閑話休題。
「でしょう!少ない旅賃の遣り繰りを思うと、ほんとっ頭痛いわ……って卍さん」
「んあ?」
凛の小言が始まるのを察知してか、気の無い返事をする卍。
「ちゃ~んと見張ってくれてるんでしょうね……『一応』用心棒なんだし」
「おめえの色気のねえ身体じゃ、そこらに居る猿も振り向かねえよ」
「それってどういう意味よっ!」
バシャリと勢いよく湯を跳ねさせ、凛はその場で仁王立ちになった。そして、
「こ…これでも近頃は……こう、胸とか腰とか――え、猿?」
濡れた自分を見下ろしながら胸元や腰に手を廻してみるが、何かにふと気付いたらしく、
その動かし続けていた手を休め、ゆっくりと後方へと振り返る。
「何だ、間の抜けた顔して」
白いモヤの中に浮かび上がったシルエットが、
瞳と口とを大きく開けたまま静止する彼女に声をかけた。
すると、
「コレは空いた口が塞がらないって状態で…えっと…それより卍さん?」
徐々に思考を取り戻し始めた唇が、静かに男へと問い返したかと思うと、
次の瞬間――
「何て格好で突っ立ってんのっっっ!馬鹿、変態、助平」
盛大な罵声を発し、そのまま豪快な水音を鳴らししゃがみ込んでしまった。
共に湯浴みに興じていた猿達は言うまでも無く、
近くの森で寛いでいた他の動物達までもが一斉に逃げだす。
「煩せえな……お前こそ馬鹿か?服着て入れる訳ねえだろうが」
フンドシ姿のまま、卍はウンザリ顔で右耳を指で抑える仕草を見せた。
「そういう事を言ってんじゃない!」
的外れな男の言葉に、危く逃げ込んだ湯から又も立ち上がりそうになるのを堪え、
代わりに凛は精一杯声だけを張り上げる。
「ああコレも脱げって事だな」
「だめ!それだけは絶対取っちゃ駄目っ!」
男が腰に手を伸ばすと、凛は慌てて目を閉じその行為を止めにかかった。
「ってことは、この侭ならいい訳だ」
「へっ?」
彼女が薄く目を開けると、無精ヒゲの顔がニヤリとした笑みを浮かべ、
「よっと……」
悪びれる風も無く、ゆったりとした動作で湯へと浸かり始めた。
「ふ~……確かにおめえの言うとおり、コイツは中々効く。…なあ、凛」
「‥‥‥‥‥‥」
卍の言葉に反応もせず背を向けたままの姿で凛は、岩場の陰にそっと身を隠し寄せる。
その態度に溜息を溢した卍は、
「怒ってんのか?……ったく仕方ねえだろう、ほれっ」
岩の向こうから手を伸ばし、晒された彼女の項に触れた。
「ひゃっ!」
温もる肌を突然ヒンヤリとした感覚が襲い、凛は小さな悲鳴を上げ
固くなだったその身を震わせる。
「結構冷えてんだろう?……それに見張りなら此処でも十分果たせるから、そう心配しなさんなや」
岩に肩肘を突き、彼は指先で瑞々しい少女の感触を堪能しながら暢気に話し掛けた。
……次第に赤味を増す肌の変化を目で楽しみながら。
「なあ?凛」
名を呼び、項から背筋へと緩やかに一筋描く。
「も…もうわかったから……んっ、手…退けて。く…くすぐったい」
――ビクンッ
と、一際大きく身を慄かせた凛は、震える声で男の動きを止めさせる。
「ああ」
その言葉に従った卍は少女から手を離し、
固い岩に背を預ける格好で大人しく湯に入り直した。
そして何事も無かった様に、湯煙の向こうにある景色を眺める。
――山の秋は、江戸のそれよりも鮮やかに移ろっていく。
「もう怒ってないから……けど、その代わり」
漸く解放され息を整え終えた彼女は、仕切りなおす様に口を開いた。
「其処から動かない事。いい?」
「へいへい」
「それから、モチロン……」
「‥‥‥‥‥‥」
「どうした、それとも俺に反応して欲しいのか?お前」
喉を鳴らす独特の笑いを浮べ、卍は岩の向こうに居る相手をからかった。
「違います。……もういい、私先に出るから」
「凛」
アッサリとした彼女の様子に拍子抜けし、卍は思わず振り返る。
「どうぞごゆっくり」
「待てって…おい凛」
んな急に動くと滑るぞ――そう彼が言い掛けたその時である、
「きゃっ!」
滑る底面に足を取られた凛は、平衡感覚を失いギュっと目を閉じた。
だが、
「相変わらずだな、おめえは」
彼女の全身を包み込んでいたのはお湯では無く、男のガッシリとした両腕であった。
凛はおそるおそる瞼を上げ、肌に感じる体温をその目で確認する。
「卍さん?」
「大丈夫…か」
ふと見上げた先で見つけた呆れ顔があまりに近く、彼女は直ぐに俯いてしまった。
そうして漸く自分が今、この男に後ろから抱きしめられている事に思い至り、
お湯の熱さとは全く異なる熱に、全身を一気に火照らす。
男の厚い胸と、肌に食い込む節くれだった指の感触……そして吐息の微かな震えもが直に伝わってきた。
「う…うん、ありがとう。……でも、嘘つき」
「なにがだ?」
ワザとなのだろうか――卍は真っ赤に染まる凛の形良い耳に唇を寄せ問いかけた。
「こ…こっち来ちゃ駄目だっ……て言った」
「仕方ねえだろう」
くすぐったさに身じろぎしながら懸命に話す彼女を、彼は楽しそうに眺める。
「それに――」
そこで一旦言葉を切った凛は暫しの逡巡を経て、廻された男の固い二の腕に爪を食い込ませながら、
「反応してる」
柔らかな双丘に押し当たる異物の存在を口にした。
「……ば~か、そりゃあ俺じゃなく脇差しだ。期待させて悪いがな」
「!!!!」
「痛っ!」
いきなり何の前触れも無く卍の腕を鋭い痛みが襲いかかり、思わず力を緩めてしまう。
そして次の瞬間、勢いよく浴びせかけられた湯に視界を奪われ、
「このっ大馬鹿っ!」
「がはっ……」
少女の怒鳴り声を耳にしながら、思い切りその横っ面を叩かれ吹き飛ばされてしまった。
「お先に、卍さん」
完全に男が浮上してこれない状態なのを確認し、凛はその場を後にしていく。
……もちろん今度は慎重に。
そうして1分後。
「…………んん……ぷはっ……へへへっ」
危く失いかけた意識を取り戻し、何とか溺死だけは回避した卍は身体を起こし
額に張り付く前髪を掬い上げながら苦笑を浮かべた。
「そろそろヤバそうだな、俺も」
そうぼやいて、先程噛み付かれた傷を探して視線を腕へと辿らす。
だが確かにあった筈の歯型は既に跡形も無く綺麗に消え、卍にはそれが妙に残念に感じられた。
「確かにお前の言うとおり、嘘つき…だな。けど、今頃は気付いてっかな?」
岩の上に置かれた『打刀』を見遣り、ボリボリと頭を掻く。
そして身体に篭る熱が鎮まるまでの暫し間、独りボンヤリと暮れ行く秋空を眺め続けた。
「よおっ、傷の具合はどうだ」
立ち昇る湯気の向こうから男の声が聞こえる。
「結構いい感じね。湯治場なんて初めてだけど、凄く気に入っちゃった」
白い肌をホンノリと桜色に染め、少女は背中越しに声の主へと返事を返した。
そのよくとおる声を響かせて。
「ったく、あんだけ寄り道に反対していたくせに」
「う…それは……だって無料(ただ)とは思わなかったし」
男の指摘に少女は湯へと沈み込みながら、小さな声で自分を擁護する。
「まあ確かに下諏訪の宿場の方なら、それなりの宿代も取られていただろうけどな」
――下諏訪。
其処は甲州道の終点にして、中山道中の宿場町として多くの旅人で賑わう湯治場であった。
そして諏訪湖のほとりで漸く再会を果たした卍と凛の二人は、
紆余曲折な話し合い(?)を経た結果、その下諏訪からは少しばかり奥まった所にある
この秘湯へと足を運んでいたのだ。
閑話休題。
「でしょう!少ない旅賃の遣り繰りを思うと、ほんとっ頭痛いわ……って卍さん」
「んあ?」
凛の小言が始まるのを察知してか、気の無い返事をする卍。
「ちゃ~んと見張ってくれてるんでしょうね……『一応』用心棒なんだし」
「おめえの色気のねえ身体じゃ、そこらに居る猿も振り向かねえよ」
「それってどういう意味よっ!」
バシャリと勢いよく湯を跳ねさせ、凛はその場で仁王立ちになった。そして、
「こ…これでも近頃は……こう、胸とか腰とか――え、猿?」
濡れた自分を見下ろしながら胸元や腰に手を廻してみるが、何かにふと気付いたらしく、
その動かし続けていた手を休め、ゆっくりと後方へと振り返る。
「何だ、間の抜けた顔して」
白いモヤの中に浮かび上がったシルエットが、
瞳と口とを大きく開けたまま静止する彼女に声をかけた。
すると、
「コレは空いた口が塞がらないって状態で…えっと…それより卍さん?」
徐々に思考を取り戻し始めた唇が、静かに男へと問い返したかと思うと、
次の瞬間――
「何て格好で突っ立ってんのっっっ!馬鹿、変態、助平」
盛大な罵声を発し、そのまま豪快な水音を鳴らししゃがみ込んでしまった。
共に湯浴みに興じていた猿達は言うまでも無く、
近くの森で寛いでいた他の動物達までもが一斉に逃げだす。
「煩せえな……お前こそ馬鹿か?服着て入れる訳ねえだろうが」
フンドシ姿のまま、卍はウンザリ顔で右耳を指で抑える仕草を見せた。
「そういう事を言ってんじゃない!」
的外れな男の言葉に、危く逃げ込んだ湯から又も立ち上がりそうになるのを堪え、
代わりに凛は精一杯声だけを張り上げる。
「ああコレも脱げって事だな」
「だめ!それだけは絶対取っちゃ駄目っ!」
男が腰に手を伸ばすと、凛は慌てて目を閉じその行為を止めにかかった。
「ってことは、この侭ならいい訳だ」
「へっ?」
彼女が薄く目を開けると、無精ヒゲの顔がニヤリとした笑みを浮かべ、
「よっと……」
悪びれる風も無く、ゆったりとした動作で湯へと浸かり始めた。
「ふ~……確かにおめえの言うとおり、コイツは中々効く。…なあ、凛」
「‥‥‥‥‥‥」
卍の言葉に反応もせず背を向けたままの姿で凛は、岩場の陰にそっと身を隠し寄せる。
その態度に溜息を溢した卍は、
「怒ってんのか?……ったく仕方ねえだろう、ほれっ」
岩の向こうから手を伸ばし、晒された彼女の項に触れた。
「ひゃっ!」
温もる肌を突然ヒンヤリとした感覚が襲い、凛は小さな悲鳴を上げ
固くなだったその身を震わせる。
「結構冷えてんだろう?……それに見張りなら此処でも十分果たせるから、そう心配しなさんなや」
岩に肩肘を突き、彼は指先で瑞々しい少女の感触を堪能しながら暢気に話し掛けた。
……次第に赤味を増す肌の変化を目で楽しみながら。
「なあ?凛」
名を呼び、項から背筋へと緩やかに一筋描く。
「も…もうわかったから……んっ、手…退けて。く…くすぐったい」
――ビクンッ
と、一際大きく身を慄かせた凛は、震える声で男の動きを止めさせる。
「ああ」
その言葉に従った卍は少女から手を離し、
固い岩に背を預ける格好で大人しく湯に入り直した。
そして何事も無かった様に、湯煙の向こうにある景色を眺める。
――山の秋は、江戸のそれよりも鮮やかに移ろっていく。
「もう怒ってないから……けど、その代わり」
漸く解放され息を整え終えた彼女は、仕切りなおす様に口を開いた。
「其処から動かない事。いい?」
「へいへい」
「それから、モチロン……」
「‥‥‥‥‥‥」
「どうした、それとも俺に反応して欲しいのか?お前」
喉を鳴らす独特の笑いを浮べ、卍は岩の向こうに居る相手をからかった。
「違います。……もういい、私先に出るから」
「凛」
アッサリとした彼女の様子に拍子抜けし、卍は思わず振り返る。
「どうぞごゆっくり」
「待てって…おい凛」
んな急に動くと滑るぞ――そう彼が言い掛けたその時である、
「きゃっ!」
滑る底面に足を取られた凛は、平衡感覚を失いギュっと目を閉じた。
だが、
「相変わらずだな、おめえは」
彼女の全身を包み込んでいたのはお湯では無く、男のガッシリとした両腕であった。
凛はおそるおそる瞼を上げ、肌に感じる体温をその目で確認する。
「卍さん?」
「大丈夫…か」
ふと見上げた先で見つけた呆れ顔があまりに近く、彼女は直ぐに俯いてしまった。
そうして漸く自分が今、この男に後ろから抱きしめられている事に思い至り、
お湯の熱さとは全く異なる熱に、全身を一気に火照らす。
男の厚い胸と、肌に食い込む節くれだった指の感触……そして吐息の微かな震えもが直に伝わってきた。
「う…うん、ありがとう。……でも、嘘つき」
「なにがだ?」
ワザとなのだろうか――卍は真っ赤に染まる凛の形良い耳に唇を寄せ問いかけた。
「こ…こっち来ちゃ駄目だっ……て言った」
「仕方ねえだろう」
くすぐったさに身じろぎしながら懸命に話す彼女を、彼は楽しそうに眺める。
「それに――」
そこで一旦言葉を切った凛は暫しの逡巡を経て、廻された男の固い二の腕に爪を食い込ませながら、
「反応してる」
柔らかな双丘に押し当たる異物の存在を口にした。
「……ば~か、そりゃあ俺じゃなく脇差しだ。期待させて悪いがな」
「!!!!」
「痛っ!」
いきなり何の前触れも無く卍の腕を鋭い痛みが襲いかかり、思わず力を緩めてしまう。
そして次の瞬間、勢いよく浴びせかけられた湯に視界を奪われ、
「このっ大馬鹿っ!」
「がはっ……」
少女の怒鳴り声を耳にしながら、思い切りその横っ面を叩かれ吹き飛ばされてしまった。
「お先に、卍さん」
完全に男が浮上してこれない状態なのを確認し、凛はその場を後にしていく。
……もちろん今度は慎重に。
そうして1分後。
「…………んん……ぷはっ……へへへっ」
危く失いかけた意識を取り戻し、何とか溺死だけは回避した卍は身体を起こし
額に張り付く前髪を掬い上げながら苦笑を浮かべた。
「そろそろヤバそうだな、俺も」
そうぼやいて、先程噛み付かれた傷を探して視線を腕へと辿らす。
だが確かにあった筈の歯型は既に跡形も無く綺麗に消え、卍にはそれが妙に残念に感じられた。
「確かにお前の言うとおり、嘘つき…だな。けど、今頃は気付いてっかな?」
岩の上に置かれた『打刀』を見遣り、ボリボリと頭を掻く。
そして身体に篭る熱が鎮まるまでの暫し間、独りボンヤリと暮れ行く秋空を眺め続けた。