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うろほろぞ
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ユウジ君を忘れて
セルバンテスのおじさんと仲良くなって
お父さんが三つ目のロボを作り始めて

・・・そしてボクはここに来たときよりも大きくなった。




相変わらずボクの生活は『ふくめんの人』がお世話してくれてて食事もふくめんの担当の人が作ってくれて、服も用意してくれるんだ。あ、でも最近ボクは洗濯機の使い方おぼえたから自分で洗えるよ。干すのは・・・背がとどかないからやっぱりふくめんの人がやってくれてるけど。

それにいつもはふくめんの人だけどセルバンテスのおじさんもたまにボクに勉強を教えてくれるんだ。おじさんは学校の先生よりもずっとていねいに教えてくれるからボクは苦手だった算数が得意になった。だってロボットつくる人になるためには算数もできないといけないもんね。九九だって何も見ずにちゃんと言えるようになったもん。

ボクはこの生活は嫌いじゃないけど・・・うん、嫌いじゃないんだ、でもおじさんがいない間はずっとボクひとりだ。お世話してくれるふくめんの人はなんだか必要なことだけしかしゃべってくれないし遊んでくれないんだ。ゲームはあるけど毎日じゃあきちゃうしさ。おじさんがいるとすっごく楽しいのに、ボクひとりでいるのがなんだかとっても・・・さびしく感じるようになった。

「おじさん・・・ボク・・・ともだちが・・・」

ほしいって・・・言ってみようかな・・・。どうしようおじさん困らないかな。でもおじさん『大丈夫じゃないときはおじさんに言ってくれたまえ』って笑ってたから・・・言ってもいいんだよね?


「お友達が欲しいのかい?」

「・・・うん・・・・」

「おじさんだけじゃあダメかなぁ」

「え?・・・おじさんもボクのともだちだけど・・・」

「いやいや、ははは!冗談だよ大作君。近い年の子じゃないとね。うん、そうだねぇよし、毎日遊ぶことはできなくってもたまにで良ければ・・・なんとかしてあげよう」

「本当!?やったあ!」

「やっぱり独りじゃあ寂しいものね、おじさんもわかるよ」

ボクはうれしくって飛びはねちゃったよ。だってダメだと思ってたから。おじさんに言ってみてよかった・・・。





それから一週間してまたセルバンテスのおじさんがひょっこりボクに会いに来てくれた。
おじさんはいつもよりニコニコ笑っててうれしそうにしてるんだ。

「大作君、君とお友達になりたいって子を連れてきたよ・・・ふふふ、女の子なんだけど会ってくれるかい?」

え・・・えええ!えー!女の子ぉ・・・ボク、男の子だと思ってたのに・・・。べ、べつに嫌じゃないけどさ、ボクがまだ学校に行ってた時は女の子と遊んだことなんか無いんだもん。だって女の子とどうやって遊んでいいのかわかんないし・・・・。

「とっても可愛いんだよ?大作君に会えるのを楽しみにしてくれてたんだよ?」

・・・どうしようなんだかとってもきんちょうしてきた・・・。

「うん・・・・いいよ・・・」

そう言ったらおじさんがニッコリ笑って頭からかぶってるクフィーヤってやつを広げたら中から・・・女の子が出てきた。

「・・・こん・・・にちは・・・・サニー・・・です」

うっわー・・・・すっごく・・・その・・・かわいい・・・。お人形さんみたいな女の子だぁ・・・学校でもこんなにかわいい子いなかったよ?外国の人みたいに髪がふわっふわで色がキラキラしてて、目が大きくって・・・ボク初めて見たけど赤い色してる、ふしぎだなぁ。

「ようし、じゃああっちで遊んでおいで、もちろん仲良くだ」









「ボク・・・大作って言うんだ」

「・・・・・」

サニー・・・ちゃん、さっきからとってもはずかしそうにモジモジしてる。ボクもとってもはずかしいんだけど・・・どうしよう何しゃべっていいのかわかんないや。女の子だからゲームとかやんないだろうし、どうやって遊べばいいんだろ・・・。

「あ・・・あれさ・・・ボクが描いた絵なんだ」

たまたま目に付いた去年描いたボクの「かぞくの絵」を見せてあげたんだ。

「このすみっこの・・・セルバンテスのおじさまね?」

「うん!」

ゴーグルかけて真っ白い布かぶってて、長くてへんなヒゲだからすぐにわかるよね。サニーちゃんも知ってる人だからうれしそうに笑ってる。サニーちゃんフツーにしてるときもかわいいけど・・・笑ってるともっとかわいいなぁ。

「これなぁに?」

これ?ロボだよ、ボクお父さんが作ってるとってもとっても大きなロボットなんだ。

「ロボットが家族なの?」

そうだよ、おかしい?って聞いたらサニーちゃんは「ううん」って言ってくれた。


それをきっかけにボクはサニーちゃんといろいろお話したんだ、サニーちゃんもボクとおんなじでお母さん小さい頃に死んじゃっていないんだって。そしてお父さんとはなれて暮らしててやっぱりふくめんの人に囲まれてお世話してもらってるんだって。

ボクはなんだかうれしくなった。だってお母さんがいなくって仕事がいそがしいお父さんとあんまし一緒にいられないなんて・・・ボクと・・・似てるよね?

「サニーちゃんも何か描く?」

ボクはサニーちゃんとお絵かきして遊ぶことにした。この前セルバンテスのおじさんに買ってもらった36色もあるとっておきの色鉛筆をはじめて使ったんだよ。ボクは画用紙いっぱいにロボを描いてたんだけどサニーちゃんはたくさん人を描いてた、これだれ?ってきいたら「サニーのおじ様たちよ」って言うんだ。

セルバンテスのおじさんはすぐにわかったけど・・・他はわかんない、だれなんだろう。

「これはカワラザキのおじい様に幽鬼様、そしてこっちが怒鬼様に十常寺様に・・・」

すごい・・・サニーちゃんてこんなにおじさんがいるんだ・・・。ねぇこのピンク色の人はだれ?かみがすっごく長いの。

「樊瑞のおじ様よ、とってもおやさしくってサニーは大好きなの」

へぇ・・・いいなぁサニーちゃんこんなにたくさんおじさんがいて。ボクのおじさんはセルバンテスのおじさんしかいないもん。うらやましいなぁ・・・

「でも・・・サニーは大作君がいいなぁって思うの。だってパパといっしょに暮らしてるんでしょ?サニーは樊瑞のおじ様と一緒に暮らしてるけど・・・パパとは一緒に暮らしてないの」

なんで?やっぱりお仕事がとってもいそがしいから?

「たぶんそうだと思うんだけど・・・・サニーよく・・・わかんない・・・『おやこのえん』を切ってるからだろってレッド様が言ってたけど・・・ねぇ大作君、おやこのえんってなぁに?」

わかんない、なんだろう・・・。それ切ってるからサニーちゃんと暮らせないんだったら切ったのひっつければいいんじゃないかなぁ。ボクが持ってる工作用の接着剤でひっつくんだったら貸してあげてもいいよ?

ボクは机の引き出しから黄色いチューブに入った接着剤を取り出してサニーちゃんに貸してあげた。すぐにひっつかないんだったらセロテープで止めておけばいいんだ、しばらくすればたぶんしっかりひっつくよ。

「そうなんだ・・・サニーパパにお願いしてみるわ、ありがとう大作君」

「ひっつくといいね」

「うん」

ボクたちは絵を描きながらもっとお話をした。サニーちゃんはたくさんいるおじさんたちのことやちょっとこわいけど大好きなお父さんのこと。ボクは去年やった家出のこと話したらサニーちゃんすっごくおどろいてた、えへへ、家出やったからねサニーちゃんよりちょっと大人だよボクは。そうだ、サニーちゃんも家出やってみるといいよ?だってお父さんがきっと心配してサニーちゃんを探してくれるよきっと。

サニーちゃんまたわらった。

ボクはサニーちゃんはわらってるのがぜったいにいいと思う。


それから天気がいいから外に出て遊ぶことになってボクはサニーちゃんとふたりで原っぱへ行ったんだ。原っぱって言ってもボクの家、おじさんが「基地」って呼ぶ建物のすぐそばにあるんだ。でもそこで遊ぶときはいっつもふくめんの人が2、3人付いてきちゃうんだよ、なんでだろ。

真ん中におおきな木があってボクはそれにのぼれるんだよ?すごいでしょ・・・って・・・ええ!サニーちゃんすごい・・・のぼっちゃった・・・。

ボクはびっくりした、だって女の子って木登りしないって思ってたから。

「大作君もはやく!」

「うん、ちょっとまってて!」

いつものようにボクは木に足をかけてしがみつくように登っていったんだ

サニーちゃんが手を伸ばしてくれて、ボクはその手をにぎろうとした

その時、ボクは足をすべらせちゃって・・・

空にあるおおきな太陽が・・・・見えた



「きゃあー!!大作君!!!!」



サニーちゃんがボクの名前をよんでさけんでるのが聞こえて

その時目の前が・・・ピカーってまっかっかになったんだ・・・



いたい・・・・・・・

足が・・・いたい・・・・いたいよぉ・・・お父さぁん・・・・

「貴様ぁ!サニー様に何をした!!!サニー様!おい救護班を呼べ!」

頭もいたい・・・・おじさぁん・・・・いたいよぉ・・・

「大・・・君・・・」

「サニー様!おい早くしろっそんな小僧はどうでもいい!!」

「だいさく・・・くん・・・ごめんなさい・・・」



サニーちゃん・・・・・・・・・












ボクが気づいたとき空に太陽は無くって・・・上は真っ白いてんじょうだった。

「大丈夫かい?大作君・・・」

おじさんだ、セルバンテスのおじさんだ。
おじさん、ボクどうしたの?サニーちゃんは?

「木から落ちちゃって足の骨を折っちゃったんだよ、まだ痛むかい?」

ほんとだ、ボクの左足がほうたいでグルグル巻きになってる。ううん、もう痛くないよ。それよりオデコがなんだかヒリヒリするんだ・・・ぶつけちゃったのかなぁ。でもおじさん、サニーちゃんは大丈夫?だって・・・ふくめんの人がすっごく・・・さけんでて・・・ボク・・・。

怖かった・・・

赤い光がピカーって光って・・・それになにかとんでも無い事をしちゃったのかなって、ふくめんの人がボクのことどうでもいい!ってさけんでる声聞いててすごく怖かったんだ。怖かったんだおじさん・・・。

「どうでもよくないから、大作君が謝ることはないんだよ、おじさんが・・・一番悪かったんだ・・・済まなかったね」

ボクは初めておじさんがためいきするの見た・・・どうしておじさんが悪いんだろう、悪いのボクなのに、足をすべらせて・・・きっとサニーちゃんも落ちちゃったんだ・・・そうだ、サニーちゃんは?ケガしてない?

「・・・・・大丈夫だよ、ちょっとお熱が・・・出てね、先にお家に帰ったんだよ。大作君のことをとても心配してて『ごめんね』って言ってたよ・・・・」

どうして・・・・どうしてサニーちゃんがあやまるの?おじさんがあやまるの?ボクもあやまって・・・なんだか変だよ。みんながあやまって変だよ。

「そうだね、変だね・・・」

絶対に・・・変だよ・・・・。





それから・・・二日たってセルバンテスのおじさんがボクがいる病室にやってきた。

「大作君、実はサニーちゃん、お父さんの仕事の都合で遠くへお引越しすることになったんだよ」

「・・・・そっか・・・・サニーちゃん・・・おともだちになれるって思ってたのに」

「・・・・・・・・・・・・・」

そうだ、ねぇおじさんこの前サニーちゃんに貸した接着剤、あげるよって言っといて欲しいんだけど。ボクはもう一個持ってるし。

「接着剤??」

うん、サニーちゃんがさ、切った『おやこのえん』っていうのをくっつけるのに使うから貸してあげたんだ。うまくひっつくといいんだけど・・・あれ紙と木の接着剤だから、プラモデル用のやつにすれば良かったかなぁ。ねぇおじさんはどう思う?

「いや、それでひっつくと思うよ・・・・」

おじさん、ボクを抱きよせてくれた。

そうだよ、ひっついてサニーちゃんはお父さんと一緒に暮らせるようになるといいんだ。

だよね、サニーちゃん。


バイバイ・・・サニーちゃん・・・。


バイバイ・・・・・・・・・・・。









ボクの左足についてた白いかたまりがとれて・・・

ボクは歩けるようになってからあの原っぱに行ってみた。



原っぱにあったはずの大きな木が無くなってた。

ううん、無くなってはなかったんだ。

上半分が無くなって根元がボロボロになって

雷が・・・落ちたいみたいに・・・なってた・・・。

オデコのヒリヒリはもう無くなったのに、またヒリヒリしだして・・・

あの赤い光を思い出した。

怖い、って思ってボクはもうその原っぱに行かなくなったんだ。










END


「きゃあー!!!大作君!!!!」

そのとき自分でもなにがどうなったのかってわからなかったの。
すっごく頭が熱くなって目の前が赤くなって・・・・

ドーンって大きな音がして・・・登ってた木が・・・

私が・・・サニーがしたの・・・・


ただ落ちそうになった大作君の手をつかんであげようって思ったのに
助けてあげようって思っただけなのに・・・・・・・・


「おい!救護班こっちだ!!サニー様を!小僧などどうでもいいっ」

「うわっだめだ、まだトランス状態で近寄れない!!」

「仕方ないっセルバンテス様をお呼びしろ早く!」

どうしたの?・・・どうしてみんな・・・・頭がいたい・・・いたい・・・パパぁ・・・

大作君・・・頭から血が・・・サニーが・・・サニーがしたの・・・・

「申し訳ございませんセルバンテス様!!少し目を離した隙にっ」

「こ、これはいかん!!サニー!!」

「セルバンテス様近づくと危険です!!」

「どけ!お前たちは下がっていろ!!」

おじ様・・・サニーどうしたの?

「こんなことになるとは・・・サニー!私の目を見なさいっ」

目・・・?おじ様・・・の?
おじ様の目・・・色が・・・・・・・・・・・・・

「そうだ私の目だけ見ていなさい、さあ大丈夫だから目だけを・・・」

なんだか身体が・・・
頭が・・・・軽く・・・・

「さあ早く運べっ、いいかレベル5の遮蔽治療室を使いVS03=Y型を5ml血液注射しろ。後で私もすぐに行く!・・・おい!何をやっている大作君も怪我をしているじゃないか!早く運ぶんだっ!!!」


だいさくくん・・・ごめんね・・・・・・・・・









サニー、夢をみたの



パパ・・・赤ちゃん抱きかかえて走ってる・・・・

まわりはこわれたたてものばっかりで

明かりがなくってまっくらで、火事なのかな、燃えてる火だけが明るいの

車も、電車もこわれてうごいてないの

人も・・・うごいてない人が多くって・・・・

たくさんたくさんうごいてない人がいて・・・

パパはその中を・・・サニーを抱きかかえて走ってるの・・・・










「サニーちゃん、気がついたかい?」

パ・・・・おじ様・・・うん・・・ここはどこ?病院?

「そうだよ、サニーちゃんちょっと熱がでただけなんだ。寝ていれば治るから」

・・・・・・そう・・・なの・・・うん、頭がとってもいたかったのにもうなんともなくなってる・・・・あ、おじ様大作君は?大作君ケガしたの、サニーの、サニーのせいでケガしたの!どうしよう!どうしようおじ様!

「違うよ、サニーちゃんのせいじゃあないから安心したまえ」

ううん、サニーがやったの。サニーが大作君にケガさせちゃったの。ほんとうにごめんなさい・・・・ごめんな・・・・さい。

「サニーちゃん・・・・」

おじ様、どうしてうつむくの?




それからサニーは大作君がいる「基地」の病院からいつもくらしている「本部」の「メディカルセンター」っていうところに運ばれたの。


樊瑞のおじ様が泣きそうな顔しておみまいにきてくれた・・・しんぱいかけてごめんなさいおじ様。ううん、もう頭はいたくないの。サニーもう大丈夫お熱下がったみたい。でももう少し寝てなさいってセルバンテスのおじ様が言ったから・・・はい。ありがとうございます樊瑞のおじ様。


それからサニーはひとりでいっぱい考えたの、大作君にあやまらなくっちゃ、血が・・・出てたもん・・・いたいよね・・・サニーをゆるしてくれるかな・・・。またいっしょに遊んでくれるかな・・・。こんど会ったとき大作君に「ごめんね」ってあやまって・・・そうだ、クッキーを持っていこう。チョコがついたクッキーなら大作君も大好きだよね?2人で食べてまたお絵かきしたいな。


「寝ていないのか」

「パパ!」

パパ来てくれたんだ、しんぱいかけてごめんなさい・・・。

「まったく・・・セルバンテスがなにやらコソコソしているかと思ったら・・・お前と、どこぞの子どもとを・・・こうなる可能性もあるのをわかっていながら何を考えているのだあの男はっ!」

パパ、セルバンテスのおじ様を怒らないで。サニーがわがまま言ってお願いしたの、おともだちが欲しいって。それで・・・それでセルバンテスのおじ様が・・・・。サニーが悪いの、ごめんなさい・・・。

「その子どもとどうなったのかは頭に直接見えたからな・・・わかった・・・・わかっている・・・セルバンテスは悪くない、ましてやサニーお前も何も悪くは・・・ない。謝る必要などどこにもない、謝らなくて・・・いい・・・」

パパ?どうしたの?

「本当に悪いのは・・・私だ」

どうして?

「私の子であり血を受け継ぐばかりに・・・」

???
どうして?パパが悪くってあやまるの??

「こんなことになるのなら・・・・・ずっと独りでいればよかったのだ・・・・・」

パパはサニーの横に座ってセルバンテスのおじ様みたいにうつむいたの。
サニーはパパの言葉がわからなかったけどとっても悲しくっなって

悲しくなって・・・


「あのねサニーパパの夢を見たの、パパが赤ちゃんのサニーを抱いて走ってたのよ?」

「夢・・・?・・・私が?」

「パパ、サニーを落とさないようにしっかり抱いてくれてたの、わかったの」

「そ、それは・・・まさか・・・」

「だからサニーは・・・・パパの子で良かったって、思ったの・・・」

「・・・・・・・・・・・・・・・・」

パパ変な顔になっちゃった。でも本当にそう思ったんだもん。
ね、パパ、パパ?・・・まだ変な顔になってる、うふふおかしいの。

あ、そうだあれをパパにわたさなきゃ・・・どこへ・・・あ、机の上にあった。
ねぇパパあれ使ってみて?


「なんだこれは」

「おともだちの子から貸してもらった接着剤、切っちゃった『おやこのえん』をこれでひっつければいいんだって。すぐつかなくってもセロテープで貼り付けておけばしっかりつくかもって、言ってたの」

「・・・・・・・・・・・・・・・・」

「パパ、これ使ってみてサニー『おやこのえん』ってわかんないから・・・

「・・・・・・・・・・・・そうか」

「ひっつくといいな・・・だってそれが切れてるからサニーはパパといっしょに暮らせないんでしょ?ひっつくとサニーはパパといっしょにいられるもの」

「・・・・・・・・・そう・・・・・・か・・」

パパ?

パパどうしたの?

大作君から借りた接着剤をパパはスーツのポケットにいれて「もう寝ていろ」ってサニーに言って出ていっちゃった。






それから三日たってセルバンテスのおじ様がサニーのおみまいにきてくれたの。もうサニー大丈夫なのに樊瑞のおじ様が「まだ休んでいなさい」って・・・おじ様って心配しすぎなの。

「ふふふ、いいじゃあないかサニーちゃん。でも本当に大丈夫かい?」

はい、セルバンテスのおじ様にも心配かけちゃって・・・

「いやいや、謝らないでくれたまえ。悪かったのはおじ様の方なのだから・・・」

ううん、違うの。パパはおじ様は悪くないって言ってたの。パパがねパパが悪いんだって・・・言ってたの・・・どうして悪いのかな・・・おじ様どうして?

「・・・・・・・・どうして・・・かな、おじ様にもわからない・・・・な・・・」

またおじ様うつむいちゃった・・・。ねぇおじ様大作君は大丈夫?

「ん?あ、ああ大作君は元気にしているよ、ところでね・・・・大作君なんだけど近いうちにお父さんのお仕事の都合で遠くへ引っ越すことになったんだよ・・・・」

「え、大作君が?・・・・そうなの・・・おともだちになれると思ったのに・・・」

「・・・・・・・・・・・・・・」

あ、そうだ大作君から借りた接着剤返さなきゃ・・・

「ああ、それならね大作君が『あげるよ』って言ってたからサニーちゃん使いたまえ」

「本当?おじ様大作君に『ありがとう』って言ってくれる?」

「もちろんだよ」

「それと・・・『ごめんね』って・・・」

「・・・・・・・・・・・・・・」













あれから・・・・・



あれからだいぶたつけどサニーはまだパパといっしょに暮らせないでいて

でも

すぐにひっつかなくってもセロテープで止めておけばそのうちひっつくんだって大作君が言ってたからもう少し時間がかかるんだと思うの。




きっとサニーのパパがセロテープで止めてくれてるから、大丈夫よね?大作君。






END






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イギリス、ロンドン。

 ヨーロッパで尤も人口密度が高いと言われる都市は、それでも郊外へ行くにつれ人と家の密集率を下げていく。中心地から南下する事車でおよそ、三十分。点在する家屋敷の一つに、十八世紀中頃に建てられたと思しき貴族の館があった。普段は静かに佇む破風のある館は現在、多くの客の訪れにより賑やかな活気を得ている。客の半数は若者で、館の次期当主の友人達である。

「しかしアーサー、名うての遊び人も遂に年貢の納め時だな。噂では全てのガール・フレンドとの仲を清算したそうだが、本当かね?一人二人は残しているのではあるまいな」

「真逆!今の僕は本当にエリー一筋なんだぜ?過去は過去、これからはこれからって事で彼女も納得してくれている。だから要らぬ邪推で僕らの仲を引き裂こうとしても無駄だぞ、アンソニー」

「それはそれは……しかし、気になるのは君のハートを射止めた麗しのレディがご尊顔さ。ミス・ウォーレンの名前だけは予々聞いているが、誰も君の婚約者を直接知っている人間がいないからね。一体どれ程の美人なのか、早く僕らにも拝ませてくれ」

「冗談じゃない。君らの様な女たらしに紹介したら最後、折角の僕の愛しい人を奪われてしまうではないか……まあ、残念ながら、どちらにしてもお披露目は暫しお預けさ。トラブルに巻き込まれれたとかでね、到着が遅れると連絡があった。もう暫くは辛抱してもらうよ」

 友人に囲まれて次期当主は、如何にも幸せそうな顔で祝辞を受けている。その様子をやや離れた場所から観察する影が、一つ。

 客の殆どがタキシードでイギリス人である中、白いクフィーヤに金色のイガールを嵌めたアラブ風の男は、明らかな異彩を放っていた。にも関わらず、この場にいる事が当然といった態度で溶け込んでいる。

(これから始まる宴に、彼は一体どの様な顔をしてくれるだろうね)

 『眩惑のセルバンテス』が表の顔において多少の関わり合いのあるイギリス貴族の、その息子の公約披露パーティは冗長で、退屈であった。欠伸を噛み殺しながらセルバンテスは、今回の任務における最後の仕事を決行する時刻を待つ。セルバンテスは薄い笑みを口の端に浮かべながら、パーティーの客達と談笑を交わし合う。

(どう転んでも、結果、この屋敷は一時間も待たず跡形も無く消え去る)

 相手との会話を楽しんでいる風に見せ掛けながら、セルバンテスは窓の外をちらりと見遣る。

 窓の外遠く、広がる緑豊かな公園の向こう。遠くに見えるテムズ川の水面は灰色の空を映しとり、沈んだ暗い色をしていた。

 

 その半日前、霧が街を覆う朝。

ロンドン市内。

 テムズ川の辺り、チャリング・クロス駅に程近い小道を貴族らしき男が供も連れず歩いている。紅玉色の双眸の、どことなくオリエンタルな雰囲気を纏う黒髪の男は、迷いの無い足取りで目的地へと向かっていった。

 やがて男は、立ち並ぶ建物の中に隠れる様にして建っている、こじんまりとした教会の前で足を止める。

 男は、『衝撃のアルベルト』は教会を見上げながら、懐から葉巻を取り出し銜える。

 比較的新しい作りの-とはいえ十九世紀中頃の様式だー教会は、存在を強く主張するでなく背の高い建物と建物の間に埋もれていた。観光地化されていない、地元民の為の教会である。 

 白塗りの木製ドアのノブに手を掛け、開ける。

 蝶番の軋む音を静寂に包まれた建物の中に響かせ、アルベルトは戸を閉める事もせずに真っ直ぐと中へ入っていく。照明が点いていない為、そして外の天候の悪さと立地の悪さも手伝ってか内部は殆ど日が射さず薄暗い。ただ、入り口から見て正面にはめ込まれたステンドグラスから、微かな光が照らしているだけである。聖母の姿を描いた、色とりどりのガラスから射し込む光を受けながら、祭壇に祈りを捧げる尼僧の姿がある。

「ここは神への祈りを捧げる場所。タバコは、お控えくださいませ」

 葉巻の煙を漂わせながら近付いてくるアルベルトに、尼僧はそう告げた。ゆっくりとした仕草で立ち上がり振り返るも、目元は頭巾に隠れ見えない。両手で持ったクルスを胸に掲げ、尼僧は赤やオレンジの光を浴び、静かに淡い薔薇色の唇を微笑ませる。

「お見受けしました所、信者の方では無いご様子ですが……当教会には、どういった御用向きでしょうか?」

「メアリ・カーターだな?」

 女の言葉を無視し、アルベルトは白煙を吐き出す。

「人民解放運動組織『小さな黒い羊』ロンドン支部実動部隊チーフ、『劫火のメアリ』に相違ないな」

「……何の、事でしょうか」

 一瞬。尼僧、否、女の口元が強張る。

「どなたか、どなたか別の方とお間違えではございませんか?」

「儂と共に来てもらおう。無論、お前に拒否権は無い。質問も同様受け付けぬ」

「意味が……訳が、分かりません。私は、ただの無力な神の僕の一人にすぎません」

「つまり」

 声を擦れさせ戸惑う尼僧姿を意に解する事も無く、アルベルトは葉巻をくわえたまま右手を女の背後にあるステンドグラスの下、壁にかけられた十字架へ向け突き出す。

 「逆らうならば、こうだ」

 アルベルトの言葉が終わるよりも早く、その掌から生じた衝撃波が教会の壁とキリストの首から上が粉微塵に砕く。砕かれた色鮮やかなガラス片が光の反射を微かに受けながら宙を舞い、十字架はT字型、ギリシア十字の形となり床に鈍い音を立て落下する。

 アルベルトは重ね、宣告する。

「抵抗するだけ時間の無駄と知るが良い。そして儂は気が長く出来てはいない」

「何という……何という、神を恐れぬ行い……」

 後ろを振り返った女は、それでもまだ尼僧めいた口調で十字を切る仕草をする。その、右手が銀色のクルスを握っている。

「貴方には、必ずや天罰が下りましょう……今、この時この場所で!」

 アルベルトが動くのと同時に、女は手の中のクルスの、クルスに似た何かのスイッチを押す。

 爆音の後、建物は原形を留めず崩れ落ちた。

 

 正午よりも少し前。明かりの無い暗い廃屋の二階にて、窓辺に立つセルバンテスは見知った気配を感じ、視線を窓の外の景色から気配の方へと動かす。

「待たせたな」

「何、大して待っちゃいない。それよりも、その格好はどうしたんだアルベルト?折角の男前が台無しでは無いか」

 暗がりの中から姿を現したアルベルトは、腕の中の荷をセルバンテスの足下へと転がし僅かに口の端を持ち上げ「少しな」と言った。

 セルバンテスの言葉が示す通り、アルベルトの姿はあまり上等とは言い難い物がある。スーツはあちらこちらと破け汚れており、革製の靴もまた同じく擦り傷だらけ。常にきっちりとセットされている髪型も、数本が解れ額に掛かっている。

「真逆、衝撃のアルベルトともあろう者がテロリスト如きに後れをとった、などと言うのでは無かろうな」

「当たり前だ。この女、儂から逃げようと根城の教会を前もって仕込んであった火薬で爆破させたが、それだけだ。問題はその後、国際警察機構がしゃしゃり出て来た事よ……殆どが雑魚で儂の敵ではなかったが、中に多少骨のあるのがいてな。撒いて来た」

「成る程。矢張り連中も静観に徹しはしない、か」

「要らぬ荷さえ無ければ、撤退などせずに済んだのだがな」

「それは残念」

 くくく、と低く笑いながらセルバンテスは足下に転がされた女の頭を鷲掴み、顔を無理矢理持ち上げる。意識を失っている女は、それに抗う事も出来ずされるがままになっている。煤に汚れた人形めいていた美しい顔に、軽くウェーブの掛かった乱れた長い黒髪が頭巾の中から零れはらりと落ちる。

「さて、爆破魔で放火魔の素敵なレディにおいで頂いた訳だが……本当に、孔明が言う通りこれが高名なる占い姫に繋がっているのかねえ」

「ふん。ならねば儂らの仕事にならん……そろそろ行くぞ。儂は、連中の目を引き付けておかねばならん」

「頼んだぞ、アルベルト……こちらの片が付き次第、迎えに行こう」

「抜かせ、セルバンテス。お前抜きでも連中を片を付けるは雑作も無い」

 ニタリ、と笑うアルベルトに応え、「そうだろうさ」と目を細め笑い声を上げる。

 セルバンテスが女から手を放し芝居じみた所作にて立ち上がれば、クフィーヤの裾が優雅に翻る。

「では……全ては我らのビック・ファイアの為」

「我らのビック・ファイアの為」

 アルベルトが再び闇の向こうへ去る姿を見届け、セルバンテスは、女を担ぎ……闇夜に、紛れた。

 

 重くたれ込める雲に遮られ未だ日が射し込まぬ、暗い午後。ロンドンの街は、深い霧に包まれたまま灰色の世界に沈んでいた。休日を楽しむ人々が多く街に集まるその時間、ハイド・パークの近くナイツブリッジ区の一角から爆音と共に煙が上がる。有り触れた日曜の午後を掻き乱す破壊を引き起こす張本人達は、僅かずつではあるがその破壊活動を南へと移動させていた。

 破壊者の一人は、アルベルト。そして、残るは。

「その首、貰い受けるぞ十傑集!!!」

「ふん!貴様如きにくれてやる程、この首、安くは無いわ!」

 霧の中より現れた、時代錯誤な鎧兜に身を包み剣を手に携えた男がアルベルトへと斬り掛かる。精悍な顔つきの男の名は、『鎮三山の黄信』。 国際警察機構に所属を連ねる者である。その黄信が矢継ぎ早に繰り出す一撃必殺の威力を持つ剣技を、アルベルトは全て紙一重に避けながら反撃のチャンスを窺う。が、アルベルトが攻撃を仕掛けようとする度、黄信の攻撃の隙間から幾筋もの矢が飛来しそれを阻む。

「衝撃の!貴様の得意は撃たせはせん!」

 弓を構え、鏃を番え、射する男の姿があるはアルベルトの背後。弓矢と言う長距離向きの武器を用いながらも、両の後ろ髪の端をピンと立たせ男は、攻撃の手を休める事無くアルベルトに付かず離れず至近距離からアルベルトを狙う。黄信が相棒『小李広の花栄』の放つ矢が、アルベルトを狙い定め離さない。どちらか片方のみを相手にしていては、埒が明かない。

「小賢しいぞ、鎮三山に小李広!!」

 避けきれぬのなら、両方を薙ぎ倒してしまえば良い。多少の攻撃をものともせず、アルベルトは両手に気合いを溜める。

「くらえッ!!!」

 渾身の力を込めた衝撃波が、矢を吹き飛ばす。そして、衝撃波に怯む事無く剣を突き出す黄信の腕へアルベルトの蹴りが入る。

「なんの、これしき!!」

 攻撃が効いていない事はあるまいが、黄信は剣を取り落とさずそのまま勢い良くアルベルトの脳天へと振り落とさんとした。瞬間、アルベルトは剣を避けようとした、のだが。

「花栄!」

「応よ!」

即座に、花栄の攻撃が黄信の頭部をギリギリ避け飛び来る。剣の切っ先が口に銜えた葉巻の先端を切り落とし、弧を描き飛来した矢が左上腕部に刺さる。と、同時にアルベルトの衝撃波が黄信を吹き飛ばし、後方の花栄にぶつかる。

「死ねい!!」

 空かさずアルベルトは両手をもって更なる衝撃波を出さんとするが、左腕に受けた傷に一瞬気を取られた隙に指南が二人は左右に別れアルベルトを狙う。花栄が射かける矢の雨は、下段の構えからアルベルトへと斬り上げてくる黄信には一本たりとも当たらない。ただ、アルベルトのみを正確に狙い二人の攻撃は繰り出される。

 気が付けば、アルベルトはテムズ川を背に立っていた。追いつめられた気は毛頭無い。しかし、その場に新たに現れた気配は、偶然とは思えぬタイミングで頭上から降って来た。

「済まぬ、遅れた」

「師匠!」

 新手の男は、黄信花栄の前に降り立ち、先端に無数の刺がある鉄の塊を付けた棒を手に構える。元は白かったらしい、所々に綻びの見えるマントを翻し、男は仁王立ちにアルベルトを見据える。

 対峙しただけで分かる。この男は、強い。アルベルトと互角に渡り合える程に。

 火の消えた中途半端な長さの葉巻を口から勢い良く吐き飛ばす。そのアルベルトの口元に、知らず笑みが浮かぶ。

「十傑集、衝撃のアルベルト……覚悟せよ。そして今日という日が貴様が命日と知れ」

「その台詞、そっくりそのまま貴様に返すぞ。九大天王、霹靂火の秦明!」

 次の瞬間、テムズの流れが真っ二つに割れた。

 

 そして時間は、冒頭部へ繋がる。

 セルバンテスはちらり、と時計を見遣れば針は六時十五分前を指している。

(そろそろ、か)

「少しばかり、失礼させて頂きますぞ」

 会話の相手に断りを入れ、セルバンテスは場を辞す。部屋を立ち去り際、忘れずに婚約披露パーティの主役に一言耳打ちをする。

「……………………」

 幸福だった筈の男の顔が色を無くし、硬直する。

 見る間に様子を変えた次期当主に、群がる友人達が怪しみセルバンテスに不審の視線を送る。視線を背に受け、セルバンテスは部屋を出る。

 歩く廊下の途中で、セルバンテスは『オイル・ダラー』から『眩惑のセルバンテス』へと自らを完全に切り替える。ゴーグルを掛け、不遜な顔を露にし自らに宛てがわれた客室の中へ足を踏み入れる。

 ゴシック調に設えた部屋の中央の天蓋付きのベットの上には、黒いスパッツに白いシャツを纏った二十代後半頃の女が腰掛けていた。女は険のある目付きでセルバンテスを正面から睨みつけ、口を一文字に結んでいる。

「ミス・ウォーレン、お初にお目に掛かる……ご機嫌は如何かね?」

「最悪よ」

 きっぱりと言い切り、女は肩に掛かったライトブラウンの長い髪を左手で払いながら立ち上がる。右手は、鎖によってベットの支柱の一つに繋がれており、鎖の長さが及ぶ範疇までしか女は移動する事は出来ない。その鎖の長さは、勿論、室内を自由に歩き回れる程もありはしない。

「こんな事をしなくても、私は逃げも隠れもしない」

「それは殊勝な心掛けだ。私は潔い女は嫌いじゃあない。しかし、だね。万が一という事もあったのでね、少々の我慢をして頂いた」

「一つだけ、聞かせて。貴方達、BF団はどこまでエレナの事を、私達の事を知っているのかしら?真逆、エレナの占いだけが貴方達の脅威になった訳では無いのでしょう?」

「さあて、ね。これから死に逝く者に、質問の答は不要だろう?私は、優しくは無いのでね。冥土の土産をくれてはやらぬのだよ……まあ、そんな事はどうでも良い。兎も角、占い姫に会わせてもらえないかね?それが私の仕事の一つなのだから。君がそれを拒否する事は無いとは思うがね、拒んだ時にどうなるかだけは一応言っておこう」

 鎖が擦れる音が、室内に小さく響く。

「『ゴードン男爵別荘「三破風館」、テロの標的にあい倒壊。男爵と次期当主アーサーは共に死亡。犯人は、婚約者のエリザベス・ウォーレン』……という記事が明日、ロンドン中の新聞の一面を飾る、とね」

「陳腐な脅し文句だこと。とてもBF団、十傑集とは思えないわ」

「相手を脅すにはね、分かり易いまでに単純な方が効果的だ」

「そうでしょうね。でもね、私にその脅しは無意味よ。だって、あんな男の命なんてどうでもいいもの……彼との婚約は全てエレナの指示、私を囮に貴方達をおびき寄せる。エレナと私の接点、私とメアリの接点。僅かに匂わせたその情報に、BF団の策士は必ずエレナの正体を看破すると、そして必ず接触を計ってくるだろうと……策謀を張り巡らせるのは、貴方達だけの専売特許では無いのよ」

 女は、挑戦的な眼差しでセルバンテスを見据える。チョコレート色の瞳に、暗い炎が灯る。

「そう。全てはBF団を葬る為。私、いえ、私達は世界の破壊者である貴方達を憎悪する者……復讐者の一人、よ」

「それはそれは。実に陳腐な、ありふれた理由だ」

「復讐の理由は、大方、分かり易いまでに単純なものだわ」

 女の目の色が、喋っている間に変わって行く。明るい茶の色から黄色、黄金、そして最後に銀色に。髪の色もまた同様で、何時の間にか柔らかい光沢を放つ蜜色へと変じている。

「エレナに、会いなさい。貴方の望み通りにね」

 顔立ちが、身体付きが。女のそれが見る間に別の者へと変化して行く。6フィート(180センチ前後)近くあった筈の女の身長は1フィートも縮み、魅惑的な身体特徴も今や凹凸をすっかりと無くしている。今や、セルバンテスの目の前にいるのは先程までの女とは別人の、十四五歳の少女であった。ビスク・ドールにも似た、愛らしい顔立ちに軽くウェブした髪、ローズ・ピンクのリボンと揃いの色のドレス。透き通りそうなまでに色の白い手に掛かっていた無骨な鉄製の手鎖は、大きさが合わなくなった故に音を立て床に滑り落ちる。

 少女は転がした鈴に似た声を無感情に発する。

「お初にお目に掛かる」

「君が、占い姫……メアリ・カーター、エリザベス・ウォーレン、アン・クリスティの名を持つ者か。いやはや。幾つもの隠れ蓑の中に身を隠し、決して表に本体の姿を見せはしない。これでは、中々見付けられない筈だ。誰も所在を知らぬ希代の占い姫に、この様な変身能力があるとは、確かに誰も思いはすまい」

「イヴ・ハドソンが抜けている……が、確かに。我はその名で呼ばれし者。世に、占いの姫と知られし者。どこにも、存在しない者」

 赤い靴が、一歩、また一歩とセルバンテスへと歩み近付く。

 セルバンテスへ歩み寄る少女の、蜜色の髪がふわり、と舞い上がる。白銀色の瞳に強い意志の光を宿し、『占い姫』は凛とした態度でセルバンテスに対峙する。

 ヨーロッパ、特にイギリスはロンドンにて高名の占い姫、エレナ。

 素性、国籍、人となりの一切が含めて謎に包まれた、神秘の姫君。

 BF団にとって、国際警察機構と手を組まれては一番厄介な人物。

 『空ろの占い姫・エレナ』。

 少女は、堂々たる態度で感情の浮かばぬ幼い顔をセルバンテスへと向けている。

「我が名はエレナ。BF団に全てを奪われた女達を身に抱えし者。復讐の代行者……眩惑のセルバンテス、まずは貴公が命、貰い受ける」

「おやおや。これではすっかりと立ち場が逆だ。しかし、君に何が出来るというのかね。私を葬る方法を、得意の占いで知ったとでも言うのかい」

 くっ、と喉を鳴らし、セルバンテスは懐から拳銃を取り出す。1980年代後半に製造されたドイツ製の自動拳銃は、テロリストの女が所有していた物の一つだ。その銃口を、エレナの額に突き付ける。

「これも君の予測の範疇かい、占い姫」

 突き付けられた拳銃に怯えもせず、エレナは無表情にセルバンテスを見上げている。

「現在」

 エレナは淡々と、外見にそぐわぬ年寄りじみた物言いにて言葉を繋ぐ。

「貴公が盟友、衝撃のアルベルトは国際警察機構と交戦中なのは知っておろう」

「うん?それがどうしたのかね?」

「相手は国際警察機構が指南、鎮三山の黄信に小李広の花栄。十傑集ならば、後れをとる相手では無い。しかし、そこに九大天王が加わったならば、如何かな?」

「何?」

「昨日、メアリが衝撃のアルベルトに捕われる直前、我が名において梁山泊に情報を流した。韓信元帥へ直接に此度の貴公らの行動を予測も含め全て、な。丁度一人、九大天王がヨーロッパに来ていたらしい。今日の朝着でこちらへ遣わすと言うておった」

 そこで、エレナは言葉を切りる。 セルバンテスもエレナも、微動だにする事も無く二人の間に沈黙が訪れる。

(成る程。今回のアルベルトと私の配置、孔明め九大天王が来ると分かっていた上での事か。まあいい。此度の作戦、どの様な裏を隠しているかは知らんが……ビック・ファイア様が為というならば、精々景気良く踊ってやろうじゃないか)

 セルバンテスはそして、たっぷりの自信と共に言葉を紡ぐ。

「アルベルトは強い。指南だろうが九大天王だろうが、何人が束になってかかっても彼を止める事は出来んよ。そう、我らがビッグ・ファイア様でも無い限り……そして無論、この私とて女一人に容易く殺されはしない。さあ、占い姫。その細腕で、どうやって私を殺すかね?」

「選り取り見取り、幾らでも」

「冗談にしては気が利いている、とは言い兼ねるな。ほんの少しばかり未来が読める、姿を自在に変化させる程度の能力でこの私が倒せると言うのかね?確かに、私にはアルベルト程の攻撃力は無い。しかしだな、占い姫」

 そこまで余裕と不敵の笑みを浮かべ続けていたセルバンテスが、顔から表情をふっと消し言葉を途中で止める。そして次の瞬間、セルバンテスの激昂がエレナへ向け放たれる。

「十傑集を、眩惑のセルバンテスを甘く見ないで頂こうか!!!」

「笑止」

 動く、二人。

 そして、火薬の炸裂する音が、館内に響き渡った。

 

 同時刻、テムズ川はバターシ区側辺り。

「おのれ、霹靂火!!」

「衝撃、貴様をこの先へは行かせはせぬぞ!!」

 アルベルトの攻撃を去なしながら、男、『霹靂火の秦明』が手に握った狼砕棒を繰り出す。棒の先端の刺がアルベルトの身体に一つ、二つ、傷を増やしていく。対するアルベルトの衝撃波は建物を破壊し地面を梳るも、秦明に致命傷どころか殆どといっていい程にダメージを与えるには至っていない。

(チィッ……)

 九大天王。国際警察機構において十傑集と互角に闘える、唯一の存在。

 それでも、僅かにアルベルトが押され気味なのはどうした事か。まるでアルベルトの手の内を知り尽くしているかの様に、攻撃を見透かされる。

 それ故に、秦明の指示で占い姫の元へ向かう黄信花栄の二人をアルベルトは阻む事が出来無かった。斯くなる上は、目の前の敵を早々に打ち倒し二人の後を追わねばならない……のだが。拳と棒の応酬は、未だ終わる兆候を見せない。

 秦明の腹部を、首を、そして頭をアルベルトの手刀及び拳が狙い、繰り出される。攻撃の幾つかは、当たっている。しかし、秦明が身体を僅かに反らしアルベルトの攻撃の勢いを殺す為、手応えは全く感じない。攻撃を先の先まで読めなければ、出来はしない芸当だ。

 右の蹴りを難なく躱し、秦明はアルベルトの背後を取る。

「衝撃のアルベルト、何故は知らぬが貴様は我弟子の一人に闘い方が似ているな……お陰で非常に、遣り易い」

 嘯く秦明の棒が、アルベルトの右肩を、左脇腹を、貫く。

「まあ、貴様と違い山の野猿も同然の男だが」

「この儂を、野猿と一緒にするかアッ!!!」

 後方へ飛び退いて一端秦明から距離を取り、アルベルトが吼える。同時に、両手から渾身の力を込めた衝撃波を撃つ。秦明は向かい来る衝撃波に微動だにもせず、剣を構える。

「はァッ!!!」

 大地に突き立てられた棒の先端から生じた雷光の一筋が、衝撃波を切り裂きながら走りアルベルトへと走り来る。

「させるか!!!」

 アルベルトが右手を、雷に、衝撃波を集中させる。

 アルベルトと秦明の間で衝撃と雷がぶつかり合い、火花が激しく散った。
「アハハハハッ!!!他愛無いわね、BF団!この程度でもう終わり!?」

 爆風と粉塵の舞う室内、修道服を纏った黒髪の女が無反動砲の砲身を肩に担ぎ洪笑を響かせる。

「やれやれ。パンツァーファウストを担いで高笑いとは。随分、大したシスターだな……『劫火のメアリ』の名は伊達では無いと、そう言う事か」

「地獄へ堕ちなさい!!!」

 セルバンテスに照準を合わせ、マッド・シスターは先程と同じに無反動砲の引き金を引く。響いた爆音は、発射砲から弾頭が飛び出した時が一つと、弾頭が部屋の壁に着弾し破裂した時の二つ。だが、その間隔の短さに間近にいた人間はその轟音の凄まじさ故、二つの区別を付ける事は出来なかっただろう。

「とんだじゃじゃ馬娘だな……アルベルト程じゃあ無いがね」

 半壊した館の瓦礫の上に立ち、セルバンテスはクフィーヤの裾を大仰な仕草で翻す。女は、矢張り無傷で瓦礫の上に立っている。発射砲をぞんざいに投げ捨て、スカートの内側から取り出したサブ・マシンガンとハンドガンを両手に構える女に、セルバンテスは嘲笑を浴びせかける。

 その時。

 二つの影が現れ、セルバンテスを牽制する様に女の右に左に降り立った。

「お待たせ致した、占い姫殿」

「後は我らに任されよ……って、何だあ、こりゃ。ひっでえ有様だな」

 二人の闖入者が、素っ頓狂な声を上げる。守るべき相手が率先して周囲を破壊し暴れているのだから、無理も無い。二人の男、黄信に花栄は辺りの状態を見回しながら困惑の表情を浮かべている。

「これは、あの男の所行ですかな。それとも、貴女の仕業か」

「それが何か」

 黄信の詰問に、女は素っ気ない態度を取る。女の顔は不機嫌さに歪み、目には憎しみの色が滲んでいる。が、二人の一歩後ろにいる女の表情を黄信も花栄も見てはいなかった。だから、両手の獲物を女が自分に向けられている事に露程も気が付かず、花栄は呆れ混じりの声色で肩を竦める。

「聞いてた話と随分違う姫さんだな、アンタ。派手にぶっ放してよォ……これじゃまるでテロリストだァな」

「大当たりだよ、国際警察機構諸君。彼女は彼の悪名高き『劫火のメアリ』その人さ」

「嘘を申せ!貴様が世迷い言、耳を貸す我らと思うたか!!」

「全く……しかし、この状況的には灰色もいい所だ……なぁ、姫さん。どうなんだ?」

 セルバンテスの言葉に、黄信が眉間に皺を寄せ花栄が目を剥き振り返る。しかしながら、時既に遅し。女がサブ・マシンガンのトリガーを引いた。国際警察機構も、真逆味方に攻撃されるとは思わなかったのだろう。背後からの攻撃に、なす術も無く崩れ落ちる。

「くっ……真逆」

「マジ……かよ」

「エレナは、貴方達が言う所の占い姫が言う事には、国際警察機構がいれば万が一にもしくじらず十傑集を倒せるだろう、って言ってたけど。悪いわね、私はBF団の次に国際警察機構は大嫌いなの。だから、暫くそこで大人しくしていてくれる?あのオジサンを始末したら、じっくり念入りに爆殺したげるから」

 黄信の頭を兜越しに踏み付け、女は更に追加の鉛を数発両手両腕両足に満遍なくくれてやる。

「黄信!テメエ、よくも……クッ」

 等しく、花栄にも同様に弾丸を打ち込み動きを奪い、女はサディスティックな笑みを満面に浮かべる。そして黄信を足蹴にしたままセルバンテスの方を向き直る。

「お待たせ。殺し合いを再開しましょうか?」

「ハーッハッハッハ!!こいつは愉快だ。連中も折角、アルベルトを振り切ってここまで来たというのに、守る相手に倒されていては世話が無いな、全く!……さて、レディ。女の相手は気が進まぬが、何、これもビック・ファイアの為だ。君の中身、次いでに足下も連中も全員、きっちりまとめて死んでもらおう」

 空々しい口上を述べた後、セルバンテスは拳銃を構え女へ向け銃弾を撃ち込む。同時に、女の手の中の銃火器も一斉に火を噴かせる。雨に霰と降り注ぐ弾丸を、避ける必要も無しとばかりにセルバンテスは女へ向けて突っ込んで行く。

「ベス!!!」

 黒髪の女が声を上げると、セルバンテスがその懐へ飛び込む寸前に姿はエリザベス・ウォーレンと呼ばれる女へと変じる。先程、セルバンテスがエレナに銃口を突き付けていた時と同じだ。あの時もエレナからメアリ・カーターへと瞬時に姿を変え、セルバンテスに反撃したのだ。

 女は、キツい眼差しでセルバンテスを睨む。

「その手に、掴まりはしないわ」

 ライトブラウンの長い髪が宙で跳ねた、と思うよりも速く、女の左手はセルバンテスの右手首を掴み捻り上げる。そしてそのまま一本背負いで勢い良く投げ飛ばす。セルバンテスは空中で身体を捻り、地面に着地しようとするが寸前にて女が背後に回り込み、背中に掌底を打ち込んだ。

 セルバンテスは倒れ込みそうになる身体を押さえ踏ん張るも、左膝が、砕けたコンクリートの上に付く。

「エレナの言う通り、多少のイレギュラーはあったけれど貴方なら何とか私たちでも倒せそうね」

「……先程も言ったが、私を甘く見るな。十傑集を、少々齧った程度の武術、多少の火薬で簡単に降せると思うな」

「そうね。私も別に貴方を侮っている訳では無いわ。ただ、ね。幾ら貴方でも、一対六で闘って生き延びるのは難しいでしょう?」

 クス、と背後の女の声が笑う、表情は分からない。セルバンテスは左膝を付いた姿勢のまま、緩慢と顔を上げ視線を前へと向け、威風堂々宣言する。

「君らの占い姫の真似では無いが、私はここに予告しよう。この手の拳銃、カートリッジに残された弾丸の残りは後、四発。その弾が尽きるまでの間に、君は死ぬ、とね」

「……挑発のつもりかしら」

「いいや。事実だ!!」 

 拳銃を右手に握ったまま、セルバンテスの肘が後方へ飛ぶ。セルバンテスの攻撃を軽く避け、女は左足を振り上げる。ハイヒールの尖った踵部分が、セルバンテスの右肩に食い込む。女の攻撃に怯まず、セルバンテスは左手で女の左足首を掴む。

「ッァアッ!!!」

 肉の、焼け焦げる臭いが辺りに立ちこめる。女の左足が僅かに宙に浮き、空かさず、セルバンテスの右手が女の心臓を狙いトリガーを引く。が、左足の激痛を堪え、女は刹那のタイミングで身を捩り弾丸を避け残る右足でセルバンテスの左腕を蹴り上げた。

「クッ……!」

「残り、三発」

 両足を取られバランスを崩した女が、仰向けに倒れ込む。セルバンテスは無防備な女の右胸に、銃口を押し当てる。

「テメエが死ね!!」

 ライトブラウンの長髪がボブ・カットの赤毛に変わり、新たな女が現れる。そして、赤毛女の投げたスローイング・ナイフが同じ軌道で二本ずつ、セルバンテスの眉間、喉、心臓を狙い飛来する。

「おっと、君はナイフ使いか。しかし、だね。レディがそんなはしたない口を利くものではない……品の無い女は、嫌いだな」

 手の中の拳銃でナイフを弾き落とし、セルバンテスは悠然とした所作で立ち上がる。

 地を転がりセルバンテスから距離を取る女の姿はキュロットにティーシャツとボーイッシュなもので、剥き出しの左足は何の跡も無く綺麗だ。先程セルバンテスがエリザベスと名乗る女に与えた火傷の跡は、微塵も残っていない。

 新たな女は、不敵なまでに勝ち気な笑みを浮かべ、腰の後ろに装備していたナイフを抜き構える。途中で歪曲した形の刃渡7インチ程の、ククリと呼ばれるナイフだ。

「誰もテメエに好かれたいなんざ、思っちゃいないサ」

 一発、二発。

 セルバンテスの撃つ弾丸をナイフで弾き、赤毛の女はそのままセルバンテスに斬り掛かる。が、その動きに鋭さは無く、セルバンテスは余裕でその攻撃を躱しナイフを握る左手に手刀を入れる。ナイフは、重い音を立て瓦礫の上を転がり落ちる。

「止したまえ。君の腕では、私に擦り傷一つ付けられはしない……先程までの二人の方がまだ、多少の手応えがあった」

「それは光栄ね」

 セルバンテスが女の手を掴むよりも速く、赤毛が、再びライトブラウンに変化する。そして一瞬の間に、女の両手がセルバンテスの首を掴み締め上げる。

「さよなら、眩惑のセルバンテス」

「それは、どう、かな」

 女に首を絞められたまま、抵抗する素振りも見せずにセルバンテスはニタリと嗤う。

「チェック、メイトだ」

「この期に及んで何を言……う?」

 セルバンテスの首を絞める女の手の力が緩み、その顔には驚愕の色が浮かぶ。女の脇腹は赤く染まり、背中側から突き抜けたナイフの刃先が僅かに覗いて見える。赤毛の女が使っていた、あのナイフだ。

 女の背後には何時の間にか、蒼白い顔をしたタキシード姿の若い男が、へばりつく様にして立っていた。男の手の中には、今女の背に突き刺さっているナイフの柄が握られている。

「エリザベス……僕を裏切ったな、エリザベス」

「アー……サー……ッグ……な、ぜ」

「私とした事がすっかりと忘れていたよ。君の仮初めの婚約者を小道具の一つとして配しておいた、と君に告げておくのをね」

「眩惑、を」

「そう。それが私の名。忘れず、頭に刻み込んでおくが良い……どんな気分だい?偽りの婚約者に、刺し殺されるのは」

「嘘、吐き、ね」

 セルバンテスの問い掛けには答えず、女は最後の力を振り絞って後ろの男を殴り倒し、血反吐を吐きながら非難の声を上げる。

「拳銃、の、弾で、私を……殺すの、ッ、では、無か、ったの……か、しら?」

「おやおや。君には文脈を読解する能力が無いのかね、エリザベス君。私は『この手の拳銃、カートリッジに残された弾丸の残りは後、四発。その弾が尽きるまでの間に、君は死ぬ』と言ったのだぞ?誰も、拳銃をもって君を殺すとは言っていない。そして、この中に弾丸はまだ残っていて、君は今まさに死なんとしている……何処にも間違いは無く、私の予告通りだろう?」

 瓦礫の上に落ちている、先程弾き返したスローイング・ナイフの内の一本を拾い上げながら、セルバンテスは女の足に目を遣る。女の左足には、セルバンテスが掴んだ時の焼け爛れた跡があった。

(思った通り。中にいる他の女と変わったからと言って、怪我が治る訳では無い。一つの身体の中にありながら、全てを共有している訳でも無い。孔明が言っていた「肉体は容れ物に過ぎない」の言葉の意味が、漸く分かったよ)

 口元が薄く、嗤う。

「さあ、他の女諸共に、死んで頂こうか」

「ッ……!!!卑怯、者……!!!」

 大量の血を流しながら、それでも気力だけで立っている女の喉に、セルバンテスはナイフを突き立てる。女の姿が、見る間に別の女のものに変わって行く。黒髪で修道服の、テロリストの女に。

「私を倒そうと思うならば、耳は塞ぐべきだったな……私は眩惑のセルバンテス。言葉が、武器の一つなのだよ」

「お、のれェッ!!!」

 そして、セルバンテスは女の背に刺さったままであったダガー・ナイフを力任せに抜き取り、女の首を再び掻き斬る。

 姿が変わる度、三度。

 女の流す血が、無機質なコンクリートを赤く、染めた。

 

「どうした、衝撃。手の内出し尽くしたか」

 アルベルトと秦明の闘いは、小一時間程前から膠着状態に陥っていた。アルベルトの繰り出す衝撃波は秦明が雷撃に阻まれ、秦明が放つ雷撃もまた同様に衝撃波が打ち消す。その繰り返しが続き終わりを見せない為である。

「貴様に心配をされる程墜ちてはいないぞ、霹靂火」

 口内に溜まった血を地面へ吐き飛ばし、アルベルトは胸ポケットのハンカチーフで口元を軽く拭く。

(キリが、無い……だが勝機は、ある)

 考えながら、アルベルトは何度目になるか分からない攻撃を秦明に仕掛ける。幾度も幾度も仕掛けたアルベルトの攻撃は、徐々にではあるが秦明を押し始めている。その手応えを、アルベルトは感じていた。

 秦明の攻撃はアルベルトと同じ、受け身に回らぬ積極的なもの。アルベルトの攻撃を、直線に直線を重ねた雷そのもののジグザグな動きで避け、棒をアルベルトへと打ってくる。秦明の狼砕棒による攻撃パターンは、突き、薙ぎ、そして打撃の三つ。棒という武器の性質上、初撃さえ崩せば脇に幾ばくかの隙が生まれる。そこが狙い目である事は、初めから解っていた。ただ、相手もそれを解っている故に中々狙えずにいただけの事。

(崩しに、行く)

「そろそろ、終わりにしよう」

「望む所よ」

 勢いを付け、棒を片手で回転させながら秦明はジグザグの動きでアルベルトへ打ち込んでくる。その秦明の攻撃をギリギリの間合いで避け、アルベルトは棒の先端鉄の刺が付いた部分を躊躇いも無く握り掴む。棒を掴んだ血塗れの右手がその先端を砕き、左手が秦明の胴へと衝撃波をぶち込む。

「何のこれしき、怯むに足りず!!!」

 短く、軽くなった棒を構え直し、秦明が傾きかけた形勢を押し戻さんと突きを乱打してくる。だが、若干の長さと重量、破壊力を欠いた狼砕棒は、本来の力を発揮しきれない。棒は、容易くアルベルトに蹴り上げられ、高く鈍色の空へと舞い上げられる。

「むうっ!?」

 その舞上げられた棒を、霧の中から現れた白い影が宙で掴み、地に降りる。

 新手を警戒し、秦明は飛び退きアルベルトから間合いを取る。

「貴様、眩惑か!!」

「ふふふ……迎えに来たぞ、アルベルト。遊び足りないだろうが、残念ながらそろそろ時間だ」

 アルベルトの横に並び立ち、セルバンテスは薄く笑みを浮かべ手の中の棒をへし折り、捨てる。セルバンテスの姿を認めたアルベルトは、懐のケースから葉巻を取り出し、銜える。

「分かっておる……霹靂火、勝負は次までお預けだ」

 火を点けた葉巻から紫煙が立ち上り、アルベルトの口から白煙が吐き出される。

「次が、あったならな」

「このまま逃がすと思うか、衝撃眩惑!!!」

「逃げる?違うな。目的を達し、この地にいる理由が無くなった為に帰還するのだよ。君は自分の部下の心配でもしているがいい。今頃、瓦礫の下で死にかけている筈だ」

 セルバンテスの、クフィーヤの長い裾が翻ると同時に二人の姿が霧の中に溶け、その場から消えた。後には、強く奥歯を噛み締め険しい表情をした秦明だけが、残された。

 

 ロンドンからの帰り、空の上にて。

 セルバンテス所有のセスナ機は、ロンドンを出立し某所にあるBF団本拠地へと向かっていた。その機内、葉巻を吹かし一息吐くアルベルトの前に、セルバンテスは今回の仕事の成果を傍らから取り出し見せる。アルベルトはその品を見るなり瞳を数度瞬かせ、眉間に皺を寄せる。

「……この人形が、か?聞いていた話と違うな。今回の任務、占い姫の捕獲とその関係者の抹殺及び関連施設の破壊、では無かったのか」

「ああ。その通りだよ、アルベルト。正しく、もってその通り」 

 蜜色の長い髪に白銀の瞳、レースをたっぷりとに使用したローズ・ピンクのドレスを纏ったビスクドール。人形はあちらこちらと泥に埃にまみれ、顔には幾筋かのヒビが入っておりアンティーク・ドールとしての価値を下げている。しかしながらその姿は、先程までセルバンテスが相手にしていた占い姫のものそのままであった。

 セルバンテスはクツクツと声を立て笑いながら、機内添乗員に飲み物を頼み不可解な物を見る目で人形を眺めるアルベルトに説明をする。

「これが、占い姫の正体。成れの果て、とも言えるがね……この中に四人の女が入っていたのさ。国際テロリスト、メアリ・カーター。上流貴族、エリザベス・ウォーレン。傭兵、アン・クリスティ。イギリス諜報部員、イヴ・ハドソン。いずれも、ここ数年の間にロンドンでBF団に始末された筈の女ばかりさ」

「回りくどい。説明をする気があるなら、簡潔かつ分かり易くしろ」

 アルベルトの一睨みを軽く受け流し、セルバンテスは軽く肩をそびやかす。

「はいはい、分かった分かった……つまり、BF団に殺された恨み辛みの高じた女の幽霊が、この人形に取り憑いて復讐の機会を窺っていたって事さ。人形自体も、占い姫を名乗り自分の意志で動いて喋っていたが、あれは占いなんてものじゃない。あれはそう、どちらかと言えば情報の組み立てによる推理だな。私との会話の中でも、『らしい』、『だろう』と不確定な表現で先の予測を語っていた。彼女の先読みは全てが断言であり確定である、と謳われている占い姫がだぞ?怪訝いじゃないか」

「ふむ。それで、何だと言うのだ」

「だからね、人形はただ人形でしかなく人形以外に成り得ない、そう私は結論付けた。自分でまともにものを考える事の出来ない人形如き、妄執に囚われた亡霊に我らを振り回す事が出来る筈もない。黒幕はこれとは別にいる。そう、人形を操る、人形遣いがね……おっと、話が逸れたな、元に戻そう。黒幕たる人形は元々人の姿に似せて作られた物故古来から魂が宿り易い、と言われている。だからまあ、人形に取り憑いた幽霊が人の振りをするなんて事も、あるんだろうさ。おまけにこの人形本体も希少価値が付加しているアンティーク。それが自分の意志で動き喋る、ときた。今は、孔明から渡された樊瑞特製の札を貼っているからただの人形に見えるが、捕まえるまでの暴れぶりは中々見物だったぞ……そうそう、確か日本ではこういう物を、ツカ、いや、ツキ……違うな。そう、ツケモノカミ、と言うらしいな。随分前にレッドから聞いた事がある、気がする」

「ツケモノ?それは、野菜の発酵食品では無いか?」

「うん?……まあ、そんな事はどうでも良いじゃないか」

 首を傾げるアルベルトの突っ込みを、セルバンテスは不確かな記憶を誤魔化す様に躱した。そして、添乗員の運んで来たブランデーのグラスを口に運び、僅か舌を潤した。

「しかし……幽霊、人形、人形遣い。非科学的な事この上無いもののオンパレードだな。幽霊などという存在、俄に信じる事は出来ん。第一、お前は人形が動いて喋ると言うが、それは人工知能を搭載したロボットだろう」

「そう言われても、事実なのだから仕方が無い。ほら、この通り。これには人工知能どころか、ロボットの部品は一つも詰まってはいない。精々言うなら、人間に成ろうとして誰にも成れなかった、人形だったモノの成れの果て、だな」

「む……」

 もげかけていた人形の足に頭部をもぎ取り、セルバンテスはその中身をアルベルトへと曝してみせる。ビスクドールの身体には綿、陶器部分の割れ目から覗いて見える頭の中身は空洞だ。それを己の目で確認し、アルベルトは黙りこくる。

 自分の手で壊した人形を、元に戻せはしないセルバンテスはあっさりと、傍らに置いてある先程まで人形を入れていた鉄製の手提げ箱の中に放り込む。重い音を立て箱が閉まる音を聞いた後、まだ納得しきれていない様子のアルベルトが再び口を開く。

「それで、お前は先程人形遣いがいる、と言ったが……それは結局誰だったのだ」

 アルベルトの問いに、セルバンテスはそれまで饒舌に語っていた口を閉ざし、深く何かを考え込み始める。

(孔明の思惑通り、と言うのが気に食わないが……現時点において、利害は大きく外れてはいない。ならば、敢えて乗せられてやるのも一興か)

「セルバンテス」

 再度、アルベルトの促す声に、セルバンテスは声のトーンをそれまでよりも僅かに落とし、言う。

「アルベルト。君は『ロンドンの名探偵』、『霧のファントム』の名で呼ばれる人物の噂を聞いた事があるかね?」

「ああ。イギリスにおけるBF団活動を阻む、正体不明の人物だろう……あのレッドが、暗殺どころか居場所も正体も掴めなかった、と聞いている」

「その通り。そしてだね、アルベルト。十中八九、この人形の遣い手は霧のファントムだろうと私は読んでいる。今回の任務はファントムの尻尾を掴む為のもので、孔明はファントムを狩る作戦の下準備の為に我らを配したのでは無いか。ならば」

 セルバンテスは一度そこで言葉を切り、目を薄く細める。

「そうだとするのならば……私たちは遠く無い将来、再びロンドンの地へ来る事になるのだろうな」

「儂らに、そのファントムとやらを始末する任が下されるとは限るまい」

「いや、間違いなくこれは私たちの仕事だ。相手は知略に長けた人物、だが孔明はその能力上現場に出張る事は出来無い。ならば、全ての下準備が整った時必要とされるは『眩惑のセルバンテス』、心理攻撃に長けたこの私だ。そしてその私と組めるのは『衝撃のアルベルト』、君しかいないのだからね……これは必然、だろう?」

 セルバンテスはそして、アルベルトの方へと顔を向ける。

 その表情は、口の端をつり上げてはいても目を笑わせてはいない。アルベルトは短く「そうか」、と答える。

「それがビック・ファイアが為ならば、どうという話では無い。我らはただ、任務をこなすそれだけだ」

「ああ。その通りだ」

 そこで、セルバンテスは派手な音を立て両手を一度、叩く。それと共に表情は既にいつもの掴み所の無い飄々としたものに戻り、先程までのシリアスさは微塵も残さず消えている。

「さあ、仕事の話はこれでお終い。本拠地へ戻り、これを届け報告が済んだら我らは晴れて楽しい休暇に突入だ。明日から三日間、私と君とサニーちゃんの三人で、ニースでのんびりとした時間を過ごすその計画の打ち合わせをしないとね」

 セルバンテスの言に、アルベルトが飲みかけのブランデーをうっかりと気管に入れかけ、咳き込む。

「大丈夫かい、アルベルト?」

「なッ……ちょっと待てセルバンテス!サニーが来るなど、儂は聞いていないぞ!!」

「ああ、そりゃあ言ってないからね。先にそれを言ったら君は断るだろう?だから、今まで言わないでおいたのさ……おっと、今更キャンセルなんて言わせないよ?アルベルトの首に縄を掛けてでも連れて行くと、私はサニーちゃんに約束しているんでね。父親と過ごす誕生日、最高のプレゼントだろう?」

「うっ………………今回、だけだぞ」

 長い沈黙の後、アルベルトは不承不承の顔と声で諾と答える。表に見せている程、アルベルトはサニーと過ごす休暇を嫌がっているのでは無い。ただアルベルトは、仕事が多忙が原因で滅多に会わぬ故、子どもの扱い方が分からぬ故にサニーへの接し方に困っているだけだ。十傑集、衝撃のアルベルトも、サニーに関してはやや不器用な父親になってしまう。

 そのアルベルトを見遣り、セルバンテスは満足そうに笑う。

「了解、盟友殿」

 先の事よりも、今は目の前の休暇。

 セルバンテスが僅かに傾けたグラスの中で氷がぶつかり合い、小さな音を立てた。

 




 

 ヨーロッパ方面のとある支部での研修を終え、戴宗は今更のように息を吐いた。
 北京支部からの迎えは明日の昼頃になるという。すでにレポートの提出も済んでいる。そんなワケで街に出かける事にした。

 異国の街は、夕暮れ前だというのに化物や魔物で溢れていた。
「なんだい?こりゃあ…」
 楊志が驚いたように声をあげた。彼女とは今回の研修で行動を共にしていた。
 女とはいえ背が高く、長い六角棒を手に辺りを見回す姿には迫力がある。一方、戴宗は見た目はひょろりとした痩せ型で、ちょいと猫背。常に酒を入れた瓢箪を手離さない。そんな二人の風体は、こちらの支部では必要以上に目立っていた。
 しかし、今日のこの街ではそんな事はなさそうだ。
「あぁあ…今夜はあれだ。ほれ、ハロウィンとか言うヤツだ」
 顎を指で掻きながら戴宗が呟く。
「ハロウィン?」
「まぁ祭だな。この辺りの国の。何でも遠い昔にゃ今日が一年の終わりでよ。その夜には死人が生き返って家に帰ってきたり、魔物が出たりするんだとさ」
「死人が生き返るだって?」
 表情が厳しくなる楊志に、戴宗は笑みを向ける。
「だから昔話よぅ。で、そん時に悪さされねぇように、こっちも化けモンの形ィして、逆に威かしてやったてぇ事らしい」
「ふうん」
 なんだいそりゃあ…と言わんばかりに鼻を鳴らす楊志に、戴宗は片頬を上げて苦笑する。
 あの重い六角棒を軽々と片手で振り回す彼女なら、蘇った死人だろうが魔物だろうが平気だろう。
 さすがは国際警察機構のエキスパートと言う所か。
「まぁいいじゃねぇか。元はともかく、今は祭になってんだからよ。楽しもうぜ」
「何さ。そりゃあ呉先生の受け売りかい?」
「ばれたか」
 戴宗は大袈裟に顔をしかめると、肩を竦めた。
 こちらの支部に研修で赴く事が決まった時、日程を見ていた呉学人が『ああ…ハロウィンですね』と呟いた。
 その懐かしそうな声音に惹かれて、何か?と訊ねたのだ。
『お祭ですよ』
 蘇る死人だの魔物だのという話に、胡乱気な顔をした戴宗に呉は微笑みながらそう言った。
『子供たちが、とても楽しみにしている祭です』と。

 魔物たちが闊歩する街を染めていた昼間の残照が消え、夜の帳が下りる。あちこちにオレンジ色のカボチャを刳り貫いて細工したランタンが置いてあり、ロウソクの灯が揺れていた。
 薄く明るさが残る空には、まだ星の姿は無い。逢魔が時。
「ん?」
 不意に楊志が怪訝そうに首を傾げ、足早に歩き出す。
「どしたい?」
 後に続きながら問い掛ける戴宗に、楊志は振り向きもせず答えた。
「ありゃあ、迷子じゃないかい?」
「迷子ォ?」
 楊志の目指す方を見る。雑踏の中、次から次へと流れてくる人に巻き込まれながら、魔女の格好をした幼い少女が不安そうに周りを見回していた。
 その目は泣き腫らしたのか真っ赤だ。
「だな。おお?」
 こりゃヤベぇと呟いて、戴宗は走り出す。酔っているのか、変に浮かれた数人が少女を取り囲むのが見えたのだ。
 神行太保の二つ名は伊達では無い。人ごみを縫い、あっと言う間に酔払いとその少女の間に割って入った。
「何だぁ?お前は~」
 妙に間延びした声で骸骨が怒鳴りつけた。その横では白いゴムマスクをつけた奴が、チェンソーを振り回して威嚇している。他の奴も似たり寄ったりの仮装で、皆、顔が見えなかった。
「まぁまぁ。顔が見えねぇからって、おイタはいけねーよなぁ」
「何だとぉ!」
 ひょろりとした風貌の戴宗に、数でも勝ると驕っているのが見え見えの態度で怒鳴りつけ掴みかかって来た。
「おおっと。喧嘩はよそうや。今日は祭だ。楽しむのが本分だろォ?」
「うるせぇ!」
 骸骨が拳を振り上げたその鼻先に、風を切る音と共に太い六角棒が突き立った。
「この子に何か用かい?」
 頭ひとつ高い所から降る、怒りを含んだ低い声。恐る恐る見上げる酔払いたちを、楊志が睨み付けていた。
 後も見ずに逃げてゆく酔払いたちを見送りながら、戴宗は苦笑した。
「助かったぜ。ありがとよ」
「どうって事無いさ」
 軽く鼻で笑った楊志は、戴宗の後ろで震えている幼い少女の前に片膝をつく。
「怪我ァ無いかい?もう大丈夫だからね」
 顔を覗きこむようにして優しく声をかけると、少女の目にみるみる涙が溢れだす。
「ああヨシヨシ。怖かったねぇ」
 抱き寄せて背中をあやすように叩いてやると、少女は楊志の豊かな胸に顔を埋めて泣き出した。落ちた魔女のトンガリ帽子を手に、戴宗はその様子を呆けたような顔で見ていた。
 少女を胸に抱き寄せた楊志の顔は優しくて、なんだかひどく懐かしい。ああそういえば、以前どこかで見た救世主とやらのおっ母さんの像に似ているのだと気付いた。
「何見てンのさ?」
「ん~?ああ・・・」
 まさか見惚れていたとは当の本人に言えず、戴宗はごにょごにょと言葉を濁す。
「いや・・・この子の連れはどこ行ったのかな~・・・と思ってよ」
「そうだねぇ・・・」
 まだ小さくしゃくり上げている少女を身体をそっと引き離して、涙を拭いてやる。
「お嬢ちゃん、お名前は?」
「・・・サニー」
 鈴を転がすような可愛い声が、少し舌足らずの発音で答える。
「サニーちゃんは、一人で来たのかい?」
「ううん。おじさまと来たの」
 おじさまねぇ・・・と戴宗が溜息交じりに呟くのが聞こえた。
 どうやら良いとこの世間知らずのお嬢様らしいと、楊志も小さく溜息を吐く。たくさんのモンスター達や色とりどりのお菓子に目を奪われて、気が付いたら繋いでいた手を離していたという所だろう。
「いっしょに来たおじさまは、どんな格好してたんだい?」
「カボチャ大王!」
 カボチャ大王ねぇ・・・と呆れたように呟きながら、戴宗は辺りを見回す。カボチャなら辺り一帯数限りなくランタンが置いてある。
「しょうがないねぇ」
 おじさまの顔を知ってるのはお嬢ちゃんだけだからと、楊志は少女を抱き上げると肩車をした。
「きゃあv」
「遠くまで見えるかい?」
「はい!」
 とても良いお返事をして、少女は嬉しそうに目を輝かせた。
「それじゃあ、カボチャ大王のおじさまを探すかねぇ」
 小さな魔女を肩車して、楊志と戴宗はモンスター達が闊歩する街を、再び歩き始めた。

 いつの間にか昇った月が、辺りを明るく照らす。今夜は満月だった。
 それを見上げ、楊志は小さく舌打ちをする。
「かなり遅くなっちまった。きっとサニーちゃんのママは心配してるよ」
「サニーにママは・・・いないの」
「ええ?」
 肩車した少女を見上げる。
「お空のお星さまになったの・・・」
 ポツンと答えた声は小さく、湿っていた。
「じゃあ・・・パパと二人だけなのかい?」
 ううん・・・と小さな声が返ってくる。
「パパはサニーといっしょにいられないからって・・・」
「それで、おじさまと・・・か」
 戴宗が納得したように呟いた。
「・・・・・・」
 立ち止まった楊志は、意を決したように頷くと、人波から外れた場所に移動して少女を肩から下ろす。
 辺りはかなり広いカボチャ畑。月の光に照らされて、そこかしこに転がったカボチャが光っていた。
「サニーちゃん」
 不思議そうに見上げる少女の前に身を屈めて、懐から取り出した物を差し出す。
「これ、あげるよ。持ってきな」
「なあに?」
 渡された物を掌に乗せて、しげしげと眺める。小さくて平たい、少し歪なまあるい物。
 それは護符だった。
「おい楊志。そりゃあ一清道人が、おめぇに・・・」
「いいんだよ。あたしは自分の身ぐらい、自分で護れる。でもこの子は」
 そうじゃないだろ?と笑ってみせた。
「あのね、それはお守りなんだよ」
「おまもり?」
「そう。サニーちゃんを悪い事から護ってくれるんだ」
「わるいこと?」
「そうさ。悪い事を遠ざけて、良い事を呼ぶんだよ」
「ふうん」
 意味は解らなくても、自分の眼を覗き込むようにして話しかける楊志の真摯さは伝わったのだろう。少女はにっこりと花が咲くように笑った。
「ありがとう。おねえさま」
 小さな手を伸ばして楊志の首に抱きつくと、その頬にキスをした。

 不意に。
 項の毛が逆立つような殺気を感じて、戴宗は身構えた。
「なんだい?」
「敵だ!」
 二人を庇うように前に出る。
 刹那。天に掛かる月を裂く様に大気が音をたて、地面を穿つ。
「ちぃ!」
 土煙の向こう、満月を背に立つ影が在った。
 そのシルエットは見間違えようも無い。
「まさか!衝撃の・・・」
「パパっ!」
 その嬉しそうな声に、金縛りに遭った様に固まってしまった戴宗と楊志の後から、少女が駆け出してその影に飛びついた。
「ぱ、パパだぁ~~!!?」
 素っ頓狂な声を上げる戴宗を、少女を抱き上げた影が睨むのが逆光なのにわかる。
 光る紅い瞳。間違えようも無い。
 BF団の超A級エージェント、衝撃のアルベルトだ。
「まさか貴様らと一緒だったとはな…」
 いつもの地を這うような声が呟く。そんなアルベルトに、少女は嬉しそうに抱きついていた。
「え・・・マジで?マジでおっさんの娘?!何?おっさん、所帯持ちだったのかぁ?」
「五月蝿い!」
 声と共にかざされた右手の掌底には、空気の渦が赤黒く歪む。 
 


「パパ」
 少女が思い出したように、握っていた手を開いて見せる。
「ほらこれ。おねえさまにいただいたの」
「ん?」
 何だ、と言う様にアルベルトの片眉が上がる。小さな掌にあったのは、先刻渡した護符だった。
「おまもりです。サニーをわるいことからまもってくれるの」
 すごいでしょ?パパ、と微笑む娘にアルベルトは応えない。
 ただジロリと紅い瞳が、戴宗たちを睥睨する。
「衝撃の…」
 戴宗は気が気ではなかった。BF団屈指の超A級エージェントが、たとえ子供にでも国際警察機構からの物を受け取るだろうか?・・・と。
 しかし今ここで取り上げたら、この少女が傷つくのは確実だ。この子の泣き顔は見たくない。
 ハラハラしている戴宗たちの事など知らぬ気に、紅い瞳は厳しいままだった。
 が。
「そうか。大切にするがいい」
「はい!パパ」
 嬉しそうに輝いた少女の瞳も同じ紅。
 ああ本当にこの二人は親子なんだな・・・と、唐突に戴宗は納得した。

 緊張感を含んだ、それで居て何か毒気を抜かれたような微妙な空気がお互いの間を流れていたが、少女には関係無い。父親に抱かれたまま、楊志に笑顔を向けた。
「さよなら、おねえさま。」
「良かったねぇ。パパが迎えに来てくれてさぁ」
「うん!」
 このまま和やかに別れるのが得策なのは解っていた。しかし・・・
 どうしても気になる事が。
「あんたがパパだって事はだ。おじさまってなァ・・・」 
「私だよ」
「うわっ!」
 いつの間にか背後に、白いクフィーヤの男が立っていた。頭に大きなカボチャが乗っている。
「まさかっ・・・!眩惑の・・・」
「セルバンテスのおじさま!」
 少女の嬉しそうな声に、クフィーヤを翻して駆け寄って行った。
「サニーちゃ~ん!探したよー。無事で良かった~」
「元はと言えば貴様が・・・!」
「ごめんよ、アルベルト~。でも、どーしてもサニーちゃんにハロウィーンのパーティが見せたくてさぁ。だから君が一緒に来れば良かったんだよ~。狼男の仮装も似合ってたし」
「まだ言うか・・・ッ」
「えー、だって~・・・ん?何、サニーちゃん」
 少女が手にした物を見せる。
「え?何?お守りなんだ~。あのお姉さまに貰ったの。そう。良かったねぇ」
 とても秘密結社の超A級のエージェントが2人も絡んでいるとは思えない状況に、呆けたように見ている戴宗と楊志の前で、嬉しそうに話かける少女にセルバンテスはいちいち頷いていた。
「うん?いいよ。サニーちゃんのお願いなら、何でもきいてあげる」
 ふわりと白いクフィーヤが翻り、戴宗と楊志の前にきれいにラッピングされた包みが差し出された。
「な、何でェ」
「カボチャ大王からのプレゼントだよ。決まってるだろ」
 受け取りたまえ・・・と目が促すのに、戴宗と楊志は顔を見合わせた。
「大丈夫。毒なんか入って無いから」
 にこやかに、しかし声を潜めて先を続ける。
「これで貸し借り無し・・・て事だよ」
「ああ・・・なるほどなァ」
 戴宗もにやりと笑うと包みを受け取った。
「おっと、これも返しとくわ」
 ずっと手にしていた魔女のトンガリ帽子をお返しに渡す。あっさりと受け取ったセルバンテスは、それを少女の頭に恭しく被せた。
「それじゃあ帰ろうか。イワンがパンプキン・プティング作って待ってるからねぇ」
「はい」
 父親に抱かれたまま幸せそうに小さな手を振る少女に、戴宗と楊志も手を振る。
「じゃあな。お嬢ちゃん。もう迷子になるんじゃねぇぜ」
「元気でね。うんとパパに甘えておやり」
「うん!」
 大きく頷いた少女の笑顔を最後に、秘密結社BF団の超A級エージェント2人は姿を消した。

「可愛い子だったねぇ」
 夜空を見上げ、楊志が呟く。
「ああ、まぁなァ」
 あの衝撃のアルベルトが親父とは・・・
 妙な敗北感を感じるのは何故だ?と戴宗は大きな溜息を吐いた。
「やっぱハロウィンの夜にゃァ、魔物がでるんだなぁ」
「そうだね」
 くすりと楊志が笑う。


 空にはハロウィーンの満月が輝いていた。





 - end -






選択



―あの人は誰?
―知らない。私は知らない。



地球に再び動力が戻ってから7日。
アルベルトの忘れ形見の赤い瞳は閉じられたままで、後見人樊瑞はその傍らに佇んでいた。
「サニー」
赤い瞳の主に言葉をかけるも、返事はない。
いつもなら「おじ様」と、はにかんだ笑みを返してくるこの幼子が、今は寝台の上に表情なく横たわっている。

アルベルトが行方不明になった時、父を救うため樊瑞の力になりたいと、
サニーは自ら望み証言に立った。
サニーが十傑集の揃う場に出たのは初めての事で、その手は冷たく足は震えていた。
そこで浴びせられた策士の辛らつな言葉。
「そんな父は―」
思わず口をついて出た言葉は樊瑞によって制された。
戸惑うサニーを包み込む大きな手と優しい表情。
それにサニーは安堵する。
すべてはおじ様に任せておけばいいのだとそう思った。

しかし相手は策士諸葛孔明。
BFの威を借るその者にBFに忠誠を誓う樊瑞が逆らうすべはない。
アキレスによってサニーは捕らえられ、策士の人形としてBFに扮せられた。 
自我の封じられた状態で、それでもサニーは必死に樊瑞に助けを求めた。
サニーにあったのは樊瑞への絶対的な信頼。
"おじ様”なら必ず助けてくれるとそう信じていた。
盲目的に。
だが、樊瑞はそれを知りながら目をつぶった。
それは主に対する盲目であり、すべては十傑集混世魔王としての判断で
そこにサニーの愛する“おじ様”の姿はなかった。

そしてサニーは壮絶な父の死を目の当たりにし、術を解かれた後に意識を失った。
その意識は7日を経た現在も戻っていない。
医者の話によると意識が戻る戻らぬは本人次第との事だった。

―サニーを篤く守り育ててきたつもりがこの結果。
樊瑞は大きく息を吐き、先日のレッドとのやりとりを思い返していた。



「足でまといになった者の口から秘密が漏れぬよう始末するのは忍の鉄則。
それに素晴らしきをあのまま生かしておいて何の利がある?
BF団に。ましてBFにだ。それはいつもお主が言っていることではないか。」

十傑集の一人素晴らしきヒィッツカラルドは、敵の能力者のテレポートに巻き込まれ半身が岩と同化した。
その始末を己がつけたと報告したのは帰還したマスク・ザ・レッドだった。
詳しい経緯を聞くため、十傑集のリーダーである樊瑞はレッドを執務室に呼んだのだ。

「生き残り生き恥を晒すより、十傑集のまま散った方が奴の名誉だろう?そうは思わないか?」
レッドにそう問われた樊瑞は何も言い返すことが出来ず、ただ唸った。
眉間に刻まれる深い皺。
「反応が実にお主らしいな。」
レッドは苦笑しながら、ふと思いついたようにこう切り出した。
「そう言えばお主が育てている衝撃の娘、あれ以来意識が戻らぬと聞いたが。」
眉間の皺を益々深め、樊瑞はただ「ああ」と相槌打った。
レッドは頷き、さらに続けた。
「その幼子にとって衝撃の死はさぞかし辛きことだったのだろう。将来戦いに身をおくとわかっていながらなぜ仮初の幸せなど見せた。幸を知らなければ“不幸”になることもないというのに。」

それは樊瑞も考えるところであった。
サニーは衝撃の娘として強大な力を持っていた。
それゆえ策士からは十傑集候補としての早期育成を要請されていた。
しかし樊瑞は時期尚早だと訴え、この10年自分の下で慈しみながら娘のように育ててきた。
樊瑞はせめて幼い間だけでもサニーに人並みの幸せを味わわせてやりたいと願い、それを実行したのだった。
その結果サニーはBF団に身を置きながら、血や戦、死とは無縁の世界に生きてきた。

だが所詮は仮初の夢の城。
眩惑の死によりすべてのまぼろしは消え去り、
幼いサニーにいきなりつきつけられたのは辛い現実だった。
そしてそれをうまく受け止められずにいるうちに今度はテレパスで繋がった父までも失った。
サニーがすべてを投げ出し己の殻に籠もるのは半ば当然といえる。
―自分は間違っていたのではないか。
樊瑞は何度も自分に問うてみた。未だその答えは出ていない。

「私は生まれながらに忍として育てられたのでな。もの心ついた時にはすでに血の味を知っていたぞ。」
それを聞き、樊瑞の眉がひそめられたのを見るとレッドは再び苦笑した。
「いやいや同情は無用。それがこの身に背負った道だ。そう育ててくれた事に恩すら感じている。その幼子をお主がどうしようと勝手だが――これ以上まぼろしを見せてなんになる。
苦しめたくないと思うなら、いっそ抱いてしまえばよいではないか。快楽に身を任せるのも悪くはないぞ?」

それに―とレッドは樊瑞の耳元で囁いた。

「馬鹿な!」
思いがけず露出する己の生の感情。
不快と困惑が樊瑞を支配する。
「報告は以上だ。では失礼する。」
そんな樊瑞を他所に、レッドはそう告げると姿を消した。
口元には笑みを湛えて。
樊瑞の耳に残るレッドの言。

―仙道だった主なら閨での所作は誰よりも心得ていよう。



部屋に響く時を告げる鐘の音。
早くも7日目の日が暮れる。
外では太陽は恐ろしく赤く、そして静かに燃えている。
沈み行く太陽を見やり、樊瑞はまた大きく息を吐く。
まもなく部屋には闇が訪れようとしていた。


白い煙がたなびいている。
火薬と血、そして人の焼ける匂い。
さまざまな匂いが混じり合うここは戦場だった。
砂の上に男が一人横たわっている。
白いクフィーヤを朱に染めたその姿は、まるで砂漠に咲いた一輪の花のよう。



降下する救援部隊。
それが男の目には風に吹かれる綿毛のように白く美しく映る。
― 春眠暁を覚えず だっけ・・・か。
それは男の会議中の欠伸に対して、樊瑞がかけた言葉だった。
それがふと脳裏をよぎる。
― 確かにその通りだ。眠くて、とても目を開けていられない。
砂漠は穏やかな春の訪れとは無縁だが、男にとってそれはどうでもいい事だった。

「今日はとてもいい日だ。よく晴れて、砂嵐もない。さぞかし空からは下がよく見えるだろうねぇ。」
― そう思わないか、アルベルト。
男はうわ言のように宙に言葉を投げた。

この男を盟友と呼んだ男は今この場にはいない。
いないことが男にとっては幸いであった。
上手く逃がした。
そしてその結果として男はここに横たわっている。
― 神行太保君、君に彼はやらないよ。
男はにやりと笑い―実際には表情を変えることなどすでに出来はしなかったが―
それから満足げに息を吐いた。



アルベルトの赤い瞳が好きだった。
鋭く光り、目の奥にまで焼きつくその赤。
抉り出しいっそ自分だけのものにしてしまおうかと、何度思ったことだろう。
だからその片方が失われたのはとても許せることではなく、奪った男への憎悪に燃えた。
仕返しに彼の一番大切なものを汚してやった。
壊してもよかったが、それでは一瞬でつまらない。
男がアルベルトに与えた屈辱を思うと、腹の虫が収まらなかった。

苦しめばいい。
いとおしい者が負った心と体の傷。
男は、なぜ傷を負ったのが自分ではないのかと嘆き、自分の無力さを嫌というほど思い知る。
そして駆られるだろう、深い怒りと憎しみに。
しかしその時、それを向けるべき相手はもうどこにもいないのだ。
握り締めた拳はむなしく空を切る。
それを思うと可笑しくてたまらなかった。
― いい気味だ。



奪われた瞳は横たわる男の手の中にあった。
赤い瞳は濁り、もうそこに輝きを見出す事はできない。
とんだお笑い種だ。
狼に食われた赤い瞳を取りかえそうとして自ら狼の牙に落ちるなど。
だが捨て置けはしなかった。
そして瞳の主は逃げおおせた。それでこの男は満足だった。

濁った瞳に映る自らの顔。
あの輝きを放つのは持ち主の中でないと駄目らしい。
抉らないで正解だ。
そんな事を思ううち、もう一つの赤い瞳を思い出した。

― サニーちゃん、泣くかなぁ・・・
夢を見ている彼女を起こしてしまうのは忍びない。
それがいい夢ならなおの事。
だが、もう誰にも止める事など出来はしない。
彼女には目覚めの時がやって来た。
そして自分には眠りの時が。

「アルベルト、眠ったら夢に見るのは君がいいなぁ。」
そう、いつもの調子でおどけてみた。

くだらん

それは彼の常套句。
聞こえるはずのない返事、それを聞いた気がした。
まぼろしだろうが男は構わなかった。

― まぼろしに始まりまぼろしに終わるのも悪くはない。

白い煙に包まれて、男は静かに眠りついた。
男がその眠りから覚める事は二度となかった。


彼は夢へと還っていった。



「サニーちゃんはいい目を持っているね。アルベルトにそっくりだ。これからはその目で物事をしっかり見るんだよ。」
― 君は大きくなったらきっと素敵なレディになるだろうな。
そう言い笑ったセルバンテス。
その訃報がサニーの耳に届いたのはつい先ほどの事で、
共に任務についていたアルベルトは右目を失う重傷との事だった。
― セルバンテスのおじ様は自分の死を悟ってらっしゃった。
サニーにはそう思えてならなかった。



小さな頃から知っていた父の盟友。
サニーには、いつも父の隣にいるセルバンテスが羨ましく思えた。
初めて心に抱いたのは軽い嫉妬。
そして次に抱いたのは恐怖であった。
彼の背後にある影のようなもの。それをサニーは常に感じていた。
そのゴーグルの奥から覗く目が怖いと、サニーが樊瑞のマントに逃げ込んで身を隠す度、
セルバンテスは可笑しそうに笑っていた。
しかし影はそこに佇むだけで、自分には何もしないとわかってから、
サニーは次第にセルバンテスに近づくようになった。
彼はサニーの赤い瞳を好きだと言って、彼女の前ではいつも優しく紳士に振舞った。
自分を小さなレディとして扱ってくれるこのセルバンテスを、サニーは今では愛していた。
父と母と、「大好きなおじ様」の次に。

最後に会ったのは任務の前々夜。
樊瑞の居城をアルベルトとセルバンテスが訪ね、まもなく酒盛りが始まった。
サニーは三人に挨拶をし、ベッドに向おうとしたところを彼に引き止められて、そして言われたのだった。
これからは自分の目で物事をしっかり見よと。



涙は後から後から出た。
とても止まりそうにはない。
いっそこれが夢ならば―
サニーはそう思ったが、樊瑞に強く抱きしめられた体は熱く、痛い。
これは紛れもない現実だった。

夢の終わり。

現実の始まり。

幸せな日々は行ってしまった。
そして二度と帰る事はない。

狼に食べられてしまった魔法使い。
かけられた魔法から目覚めた眠り姫。
そこで待っていたのは別れと深い悲しみだった。

小さな赤い瞳が雨を降らす中、空はこれ以上ないほど晴れ渡り、そこにたなびく一筋の白い雲。
それはまるで白い布を纏った魔法使い。



おとぎ話をしてあげようか?
それとも魔法をかけようか?



しかし、そのおどけた声を聞く事はもう二度と出来はしなかった。
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