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白い煙がたなびいている。
火薬と血、そして人の焼ける匂い。
さまざまな匂いが混じり合うここは戦場だった。
砂の上に男が一人横たわっている。
白いクフィーヤを朱に染めたその姿は、まるで砂漠に咲いた一輪の花のよう。



降下する救援部隊。
それが男の目には風に吹かれる綿毛のように白く美しく映る。
― 春眠暁を覚えず だっけ・・・か。
それは男の会議中の欠伸に対して、樊瑞がかけた言葉だった。
それがふと脳裏をよぎる。
― 確かにその通りだ。眠くて、とても目を開けていられない。
砂漠は穏やかな春の訪れとは無縁だが、男にとってそれはどうでもいい事だった。

「今日はとてもいい日だ。よく晴れて、砂嵐もない。さぞかし空からは下がよく見えるだろうねぇ。」
― そう思わないか、アルベルト。
男はうわ言のように宙に言葉を投げた。

この男を盟友と呼んだ男は今この場にはいない。
いないことが男にとっては幸いであった。
上手く逃がした。
そしてその結果として男はここに横たわっている。
― 神行太保君、君に彼はやらないよ。
男はにやりと笑い―実際には表情を変えることなどすでに出来はしなかったが―
それから満足げに息を吐いた。



アルベルトの赤い瞳が好きだった。
鋭く光り、目の奥にまで焼きつくその赤。
抉り出しいっそ自分だけのものにしてしまおうかと、何度思ったことだろう。
だからその片方が失われたのはとても許せることではなく、奪った男への憎悪に燃えた。
仕返しに彼の一番大切なものを汚してやった。
壊してもよかったが、それでは一瞬でつまらない。
男がアルベルトに与えた屈辱を思うと、腹の虫が収まらなかった。

苦しめばいい。
いとおしい者が負った心と体の傷。
男は、なぜ傷を負ったのが自分ではないのかと嘆き、自分の無力さを嫌というほど思い知る。
そして駆られるだろう、深い怒りと憎しみに。
しかしその時、それを向けるべき相手はもうどこにもいないのだ。
握り締めた拳はむなしく空を切る。
それを思うと可笑しくてたまらなかった。
― いい気味だ。



奪われた瞳は横たわる男の手の中にあった。
赤い瞳は濁り、もうそこに輝きを見出す事はできない。
とんだお笑い種だ。
狼に食われた赤い瞳を取りかえそうとして自ら狼の牙に落ちるなど。
だが捨て置けはしなかった。
そして瞳の主は逃げおおせた。それでこの男は満足だった。

濁った瞳に映る自らの顔。
あの輝きを放つのは持ち主の中でないと駄目らしい。
抉らないで正解だ。
そんな事を思ううち、もう一つの赤い瞳を思い出した。

― サニーちゃん、泣くかなぁ・・・
夢を見ている彼女を起こしてしまうのは忍びない。
それがいい夢ならなおの事。
だが、もう誰にも止める事など出来はしない。
彼女には目覚めの時がやって来た。
そして自分には眠りの時が。

「アルベルト、眠ったら夢に見るのは君がいいなぁ。」
そう、いつもの調子でおどけてみた。

くだらん

それは彼の常套句。
聞こえるはずのない返事、それを聞いた気がした。
まぼろしだろうが男は構わなかった。

― まぼろしに始まりまぼろしに終わるのも悪くはない。

白い煙に包まれて、男は静かに眠りついた。
男がその眠りから覚める事は二度となかった。


彼は夢へと還っていった。



「サニーちゃんはいい目を持っているね。アルベルトにそっくりだ。これからはその目で物事をしっかり見るんだよ。」
― 君は大きくなったらきっと素敵なレディになるだろうな。
そう言い笑ったセルバンテス。
その訃報がサニーの耳に届いたのはつい先ほどの事で、
共に任務についていたアルベルトは右目を失う重傷との事だった。
― セルバンテスのおじ様は自分の死を悟ってらっしゃった。
サニーにはそう思えてならなかった。



小さな頃から知っていた父の盟友。
サニーには、いつも父の隣にいるセルバンテスが羨ましく思えた。
初めて心に抱いたのは軽い嫉妬。
そして次に抱いたのは恐怖であった。
彼の背後にある影のようなもの。それをサニーは常に感じていた。
そのゴーグルの奥から覗く目が怖いと、サニーが樊瑞のマントに逃げ込んで身を隠す度、
セルバンテスは可笑しそうに笑っていた。
しかし影はそこに佇むだけで、自分には何もしないとわかってから、
サニーは次第にセルバンテスに近づくようになった。
彼はサニーの赤い瞳を好きだと言って、彼女の前ではいつも優しく紳士に振舞った。
自分を小さなレディとして扱ってくれるこのセルバンテスを、サニーは今では愛していた。
父と母と、「大好きなおじ様」の次に。

最後に会ったのは任務の前々夜。
樊瑞の居城をアルベルトとセルバンテスが訪ね、まもなく酒盛りが始まった。
サニーは三人に挨拶をし、ベッドに向おうとしたところを彼に引き止められて、そして言われたのだった。
これからは自分の目で物事をしっかり見よと。



涙は後から後から出た。
とても止まりそうにはない。
いっそこれが夢ならば―
サニーはそう思ったが、樊瑞に強く抱きしめられた体は熱く、痛い。
これは紛れもない現実だった。

夢の終わり。

現実の始まり。

幸せな日々は行ってしまった。
そして二度と帰る事はない。

狼に食べられてしまった魔法使い。
かけられた魔法から目覚めた眠り姫。
そこで待っていたのは別れと深い悲しみだった。

小さな赤い瞳が雨を降らす中、空はこれ以上ないほど晴れ渡り、そこにたなびく一筋の白い雲。
それはまるで白い布を纏った魔法使い。



おとぎ話をしてあげようか?
それとも魔法をかけようか?



しかし、そのおどけた声を聞く事はもう二度と出来はしなかった。
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