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うろほろぞ
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 ヨーロッパ方面のとある支部での研修を終え、戴宗は今更のように息を吐いた。
 北京支部からの迎えは明日の昼頃になるという。すでにレポートの提出も済んでいる。そんなワケで街に出かける事にした。

 異国の街は、夕暮れ前だというのに化物や魔物で溢れていた。
「なんだい?こりゃあ…」
 楊志が驚いたように声をあげた。彼女とは今回の研修で行動を共にしていた。
 女とはいえ背が高く、長い六角棒を手に辺りを見回す姿には迫力がある。一方、戴宗は見た目はひょろりとした痩せ型で、ちょいと猫背。常に酒を入れた瓢箪を手離さない。そんな二人の風体は、こちらの支部では必要以上に目立っていた。
 しかし、今日のこの街ではそんな事はなさそうだ。
「あぁあ…今夜はあれだ。ほれ、ハロウィンとか言うヤツだ」
 顎を指で掻きながら戴宗が呟く。
「ハロウィン?」
「まぁ祭だな。この辺りの国の。何でも遠い昔にゃ今日が一年の終わりでよ。その夜には死人が生き返って家に帰ってきたり、魔物が出たりするんだとさ」
「死人が生き返るだって?」
 表情が厳しくなる楊志に、戴宗は笑みを向ける。
「だから昔話よぅ。で、そん時に悪さされねぇように、こっちも化けモンの形ィして、逆に威かしてやったてぇ事らしい」
「ふうん」
 なんだいそりゃあ…と言わんばかりに鼻を鳴らす楊志に、戴宗は片頬を上げて苦笑する。
 あの重い六角棒を軽々と片手で振り回す彼女なら、蘇った死人だろうが魔物だろうが平気だろう。
 さすがは国際警察機構のエキスパートと言う所か。
「まぁいいじゃねぇか。元はともかく、今は祭になってんだからよ。楽しもうぜ」
「何さ。そりゃあ呉先生の受け売りかい?」
「ばれたか」
 戴宗は大袈裟に顔をしかめると、肩を竦めた。
 こちらの支部に研修で赴く事が決まった時、日程を見ていた呉学人が『ああ…ハロウィンですね』と呟いた。
 その懐かしそうな声音に惹かれて、何か?と訊ねたのだ。
『お祭ですよ』
 蘇る死人だの魔物だのという話に、胡乱気な顔をした戴宗に呉は微笑みながらそう言った。
『子供たちが、とても楽しみにしている祭です』と。

 魔物たちが闊歩する街を染めていた昼間の残照が消え、夜の帳が下りる。あちこちにオレンジ色のカボチャを刳り貫いて細工したランタンが置いてあり、ロウソクの灯が揺れていた。
 薄く明るさが残る空には、まだ星の姿は無い。逢魔が時。
「ん?」
 不意に楊志が怪訝そうに首を傾げ、足早に歩き出す。
「どしたい?」
 後に続きながら問い掛ける戴宗に、楊志は振り向きもせず答えた。
「ありゃあ、迷子じゃないかい?」
「迷子ォ?」
 楊志の目指す方を見る。雑踏の中、次から次へと流れてくる人に巻き込まれながら、魔女の格好をした幼い少女が不安そうに周りを見回していた。
 その目は泣き腫らしたのか真っ赤だ。
「だな。おお?」
 こりゃヤベぇと呟いて、戴宗は走り出す。酔っているのか、変に浮かれた数人が少女を取り囲むのが見えたのだ。
 神行太保の二つ名は伊達では無い。人ごみを縫い、あっと言う間に酔払いとその少女の間に割って入った。
「何だぁ?お前は~」
 妙に間延びした声で骸骨が怒鳴りつけた。その横では白いゴムマスクをつけた奴が、チェンソーを振り回して威嚇している。他の奴も似たり寄ったりの仮装で、皆、顔が見えなかった。
「まぁまぁ。顔が見えねぇからって、おイタはいけねーよなぁ」
「何だとぉ!」
 ひょろりとした風貌の戴宗に、数でも勝ると驕っているのが見え見えの態度で怒鳴りつけ掴みかかって来た。
「おおっと。喧嘩はよそうや。今日は祭だ。楽しむのが本分だろォ?」
「うるせぇ!」
 骸骨が拳を振り上げたその鼻先に、風を切る音と共に太い六角棒が突き立った。
「この子に何か用かい?」
 頭ひとつ高い所から降る、怒りを含んだ低い声。恐る恐る見上げる酔払いたちを、楊志が睨み付けていた。
 後も見ずに逃げてゆく酔払いたちを見送りながら、戴宗は苦笑した。
「助かったぜ。ありがとよ」
「どうって事無いさ」
 軽く鼻で笑った楊志は、戴宗の後ろで震えている幼い少女の前に片膝をつく。
「怪我ァ無いかい?もう大丈夫だからね」
 顔を覗きこむようにして優しく声をかけると、少女の目にみるみる涙が溢れだす。
「ああヨシヨシ。怖かったねぇ」
 抱き寄せて背中をあやすように叩いてやると、少女は楊志の豊かな胸に顔を埋めて泣き出した。落ちた魔女のトンガリ帽子を手に、戴宗はその様子を呆けたような顔で見ていた。
 少女を胸に抱き寄せた楊志の顔は優しくて、なんだかひどく懐かしい。ああそういえば、以前どこかで見た救世主とやらのおっ母さんの像に似ているのだと気付いた。
「何見てンのさ?」
「ん~?ああ・・・」
 まさか見惚れていたとは当の本人に言えず、戴宗はごにょごにょと言葉を濁す。
「いや・・・この子の連れはどこ行ったのかな~・・・と思ってよ」
「そうだねぇ・・・」
 まだ小さくしゃくり上げている少女を身体をそっと引き離して、涙を拭いてやる。
「お嬢ちゃん、お名前は?」
「・・・サニー」
 鈴を転がすような可愛い声が、少し舌足らずの発音で答える。
「サニーちゃんは、一人で来たのかい?」
「ううん。おじさまと来たの」
 おじさまねぇ・・・と戴宗が溜息交じりに呟くのが聞こえた。
 どうやら良いとこの世間知らずのお嬢様らしいと、楊志も小さく溜息を吐く。たくさんのモンスター達や色とりどりのお菓子に目を奪われて、気が付いたら繋いでいた手を離していたという所だろう。
「いっしょに来たおじさまは、どんな格好してたんだい?」
「カボチャ大王!」
 カボチャ大王ねぇ・・・と呆れたように呟きながら、戴宗は辺りを見回す。カボチャなら辺り一帯数限りなくランタンが置いてある。
「しょうがないねぇ」
 おじさまの顔を知ってるのはお嬢ちゃんだけだからと、楊志は少女を抱き上げると肩車をした。
「きゃあv」
「遠くまで見えるかい?」
「はい!」
 とても良いお返事をして、少女は嬉しそうに目を輝かせた。
「それじゃあ、カボチャ大王のおじさまを探すかねぇ」
 小さな魔女を肩車して、楊志と戴宗はモンスター達が闊歩する街を、再び歩き始めた。

 いつの間にか昇った月が、辺りを明るく照らす。今夜は満月だった。
 それを見上げ、楊志は小さく舌打ちをする。
「かなり遅くなっちまった。きっとサニーちゃんのママは心配してるよ」
「サニーにママは・・・いないの」
「ええ?」
 肩車した少女を見上げる。
「お空のお星さまになったの・・・」
 ポツンと答えた声は小さく、湿っていた。
「じゃあ・・・パパと二人だけなのかい?」
 ううん・・・と小さな声が返ってくる。
「パパはサニーといっしょにいられないからって・・・」
「それで、おじさまと・・・か」
 戴宗が納得したように呟いた。
「・・・・・・」
 立ち止まった楊志は、意を決したように頷くと、人波から外れた場所に移動して少女を肩から下ろす。
 辺りはかなり広いカボチャ畑。月の光に照らされて、そこかしこに転がったカボチャが光っていた。
「サニーちゃん」
 不思議そうに見上げる少女の前に身を屈めて、懐から取り出した物を差し出す。
「これ、あげるよ。持ってきな」
「なあに?」
 渡された物を掌に乗せて、しげしげと眺める。小さくて平たい、少し歪なまあるい物。
 それは護符だった。
「おい楊志。そりゃあ一清道人が、おめぇに・・・」
「いいんだよ。あたしは自分の身ぐらい、自分で護れる。でもこの子は」
 そうじゃないだろ?と笑ってみせた。
「あのね、それはお守りなんだよ」
「おまもり?」
「そう。サニーちゃんを悪い事から護ってくれるんだ」
「わるいこと?」
「そうさ。悪い事を遠ざけて、良い事を呼ぶんだよ」
「ふうん」
 意味は解らなくても、自分の眼を覗き込むようにして話しかける楊志の真摯さは伝わったのだろう。少女はにっこりと花が咲くように笑った。
「ありがとう。おねえさま」
 小さな手を伸ばして楊志の首に抱きつくと、その頬にキスをした。

 不意に。
 項の毛が逆立つような殺気を感じて、戴宗は身構えた。
「なんだい?」
「敵だ!」
 二人を庇うように前に出る。
 刹那。天に掛かる月を裂く様に大気が音をたて、地面を穿つ。
「ちぃ!」
 土煙の向こう、満月を背に立つ影が在った。
 そのシルエットは見間違えようも無い。
「まさか!衝撃の・・・」
「パパっ!」
 その嬉しそうな声に、金縛りに遭った様に固まってしまった戴宗と楊志の後から、少女が駆け出してその影に飛びついた。
「ぱ、パパだぁ~~!!?」
 素っ頓狂な声を上げる戴宗を、少女を抱き上げた影が睨むのが逆光なのにわかる。
 光る紅い瞳。間違えようも無い。
 BF団の超A級エージェント、衝撃のアルベルトだ。
「まさか貴様らと一緒だったとはな…」
 いつもの地を這うような声が呟く。そんなアルベルトに、少女は嬉しそうに抱きついていた。
「え・・・マジで?マジでおっさんの娘?!何?おっさん、所帯持ちだったのかぁ?」
「五月蝿い!」
 声と共にかざされた右手の掌底には、空気の渦が赤黒く歪む。 
 


「パパ」
 少女が思い出したように、握っていた手を開いて見せる。
「ほらこれ。おねえさまにいただいたの」
「ん?」
 何だ、と言う様にアルベルトの片眉が上がる。小さな掌にあったのは、先刻渡した護符だった。
「おまもりです。サニーをわるいことからまもってくれるの」
 すごいでしょ?パパ、と微笑む娘にアルベルトは応えない。
 ただジロリと紅い瞳が、戴宗たちを睥睨する。
「衝撃の…」
 戴宗は気が気ではなかった。BF団屈指の超A級エージェントが、たとえ子供にでも国際警察機構からの物を受け取るだろうか?・・・と。
 しかし今ここで取り上げたら、この少女が傷つくのは確実だ。この子の泣き顔は見たくない。
 ハラハラしている戴宗たちの事など知らぬ気に、紅い瞳は厳しいままだった。
 が。
「そうか。大切にするがいい」
「はい!パパ」
 嬉しそうに輝いた少女の瞳も同じ紅。
 ああ本当にこの二人は親子なんだな・・・と、唐突に戴宗は納得した。

 緊張感を含んだ、それで居て何か毒気を抜かれたような微妙な空気がお互いの間を流れていたが、少女には関係無い。父親に抱かれたまま、楊志に笑顔を向けた。
「さよなら、おねえさま。」
「良かったねぇ。パパが迎えに来てくれてさぁ」
「うん!」
 このまま和やかに別れるのが得策なのは解っていた。しかし・・・
 どうしても気になる事が。
「あんたがパパだって事はだ。おじさまってなァ・・・」 
「私だよ」
「うわっ!」
 いつの間にか背後に、白いクフィーヤの男が立っていた。頭に大きなカボチャが乗っている。
「まさかっ・・・!眩惑の・・・」
「セルバンテスのおじさま!」
 少女の嬉しそうな声に、クフィーヤを翻して駆け寄って行った。
「サニーちゃ~ん!探したよー。無事で良かった~」
「元はと言えば貴様が・・・!」
「ごめんよ、アルベルト~。でも、どーしてもサニーちゃんにハロウィーンのパーティが見せたくてさぁ。だから君が一緒に来れば良かったんだよ~。狼男の仮装も似合ってたし」
「まだ言うか・・・ッ」
「えー、だって~・・・ん?何、サニーちゃん」
 少女が手にした物を見せる。
「え?何?お守りなんだ~。あのお姉さまに貰ったの。そう。良かったねぇ」
 とても秘密結社の超A級のエージェントが2人も絡んでいるとは思えない状況に、呆けたように見ている戴宗と楊志の前で、嬉しそうに話かける少女にセルバンテスはいちいち頷いていた。
「うん?いいよ。サニーちゃんのお願いなら、何でもきいてあげる」
 ふわりと白いクフィーヤが翻り、戴宗と楊志の前にきれいにラッピングされた包みが差し出された。
「な、何でェ」
「カボチャ大王からのプレゼントだよ。決まってるだろ」
 受け取りたまえ・・・と目が促すのに、戴宗と楊志は顔を見合わせた。
「大丈夫。毒なんか入って無いから」
 にこやかに、しかし声を潜めて先を続ける。
「これで貸し借り無し・・・て事だよ」
「ああ・・・なるほどなァ」
 戴宗もにやりと笑うと包みを受け取った。
「おっと、これも返しとくわ」
 ずっと手にしていた魔女のトンガリ帽子をお返しに渡す。あっさりと受け取ったセルバンテスは、それを少女の頭に恭しく被せた。
「それじゃあ帰ろうか。イワンがパンプキン・プティング作って待ってるからねぇ」
「はい」
 父親に抱かれたまま幸せそうに小さな手を振る少女に、戴宗と楊志も手を振る。
「じゃあな。お嬢ちゃん。もう迷子になるんじゃねぇぜ」
「元気でね。うんとパパに甘えておやり」
「うん!」
 大きく頷いた少女の笑顔を最後に、秘密結社BF団の超A級エージェント2人は姿を消した。

「可愛い子だったねぇ」
 夜空を見上げ、楊志が呟く。
「ああ、まぁなァ」
 あの衝撃のアルベルトが親父とは・・・
 妙な敗北感を感じるのは何故だ?と戴宗は大きな溜息を吐いた。
「やっぱハロウィンの夜にゃァ、魔物がでるんだなぁ」
「そうだね」
 くすりと楊志が笑う。


 空にはハロウィーンの満月が輝いていた。





 - end -






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