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「第一よぉ、なぁんで十傑集の娘がこんなところにいやがんでぇ」
鉄牛は目をギョロリと剥きサニーを見つめる。
当然サニーはおびえすすり泣きを始めた。
「おいおい、こんな小さな女の子を泣かすんじゃねえよ…長官、どうします?」
戴宗が振り向いて中条に指示を仰ぐが、中条も困惑顔である。
「とにかく、どういう経緯でこの子がここへきたのか話して…」
「サニー! サニーじゃないかぁ!」
中条の言葉をさえぎって飛び出してきたのは大作だった。
「大作くん? 大作くん、助けて…!」
ようやく見知った顔を見つけ、サニーは安心して泣き出した。
大作の視点では、厳ついおっさん連中がいたいけな少女をいじめているようにしか見えない。
大作はサニーを後ろにかばうように立ちはだかった。
「どぉしてサニーをいじめるんですかぁ!」
「あ、あのな大作、俺たちは別にいじめてたわけじゃ…」
戴宗が説明しようとするが大作は聞く耳を持たない。しかもすでにもらい泣きしているし。
しかしこんなときでも中条は冷静である。
「大作くん、君がその子を知っているのならどうしてここにきたのか、聞いてもらえないかな」
「サニーはスパイができるような子じゃありませぇん!」
どこにでも人の話を聞かない子供というのはいるものである。
これ以上は拉致が明かないと感じたのか、大作はサニーの手を取って走り出した。
「ロボこい! サニーを送り届けるんだぁ!」
大作がそう叫べば、ドックの壁を突き破ってロボの手が突っ込まれる。
大作はサニーと手をつないだままロボの手につかまれて、空の彼方へと飛び去ってしまった。
「ど、どこいっちまったんだ…」
戴宗が小さくつぶやく。
中条は顔を覆ってうずくまっている呉学人に気づいた。
「どうしたのだね呉先生。あの少女がこのドックになにか仕掛けたかと気になるのかね?」
「いいえ、いいえ」
呉学人は大きな袂で顔を覆ったまま首を振った。
「あの少女は十傑集衝撃のアルベルトの娘…ならば捕らえてこちらに有利な情報を引き出すことや、十傑集そのものをおびき出せたのではないかと思うと私は…私はなんということを…」
…アンタ、そんな腹黒なこと考えてたんかい…とその場にいた全員が、声には出さないが心の中で突っ込んでいた。


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ホームスイートホーム



「―――自分が、ですか」
「そう言ったつもりだが。おまえにそう聞こえなかったのなら、私の言葉が
足りなかったのかも知れんな―――」
「とんでもない、ただ本国への報告程度ならなにも俺でなくても事は足
りるんじゃあないかと思いましてね」
「『ただの報告』にはならんだろう。なにしろ本国のあの連中、下らん矜
持とやらを後生大事にしている様な馬鹿共ばかりだからな」
「…まあ、否めませんがね―――いえ、自分はそのような評を下す立
場にはありませんので、なんとも」
「…はは!だから貴様のような狸が相手で丁度いいのだ、クロトワ!」
「…そりゃ…自分にゃあ勿体ないお言葉で、殿下」


往復二日、報告に三日―――五日間に及ぶ任務を、クシャナ言うと
ころの『馬鹿共』相手にこなすのはやはりそれなりの激務だった。
「…あのジジイ共」
まったく、思い出してもむかっ腹の立つ。
結局のところ奴等も、現況報告とそれに基づいてクシャナが決定した
事項について文句のつけ様などないことはよくわかってるんだろう。
そう、わかっている。わかっていてそれでも、勿体ぶった態度で、礼儀上
だけはまだ奴等の同意を得なきゃならねえこっちの事情を盾に、ああだ
こうだと口をはさむ―――しかも最後は奴等お得意の嫌味付きで。
『あの方も我等の同意を求めるならば自ら足を運ぶのが道理であろう』
『このような所にわざわざおいで下さる程お暇ではないということでは?』
『ああなる程。それ故古参の参謀殿を遣わされたのだな』
『だが肩書きだけで使者の人選をなさるとは…まったく殿下らしい!』
『おや、それでは我等が彼の出自を問うている様ではありませんか』
『いやこれは済まぬ。どうかお気を悪くなされるな』
『いえ―――本来ならば、自分の様な平民出はこのような宮中深くへ
足を踏み入れること許されぬ身。それをこうして快くお迎え下さった閣
下のお心遣い、誠に痛み入ります』
そうして深く頭を下げた俺を見ると奴等は満足そうな笑みを浮かべた。

俺自身、ああいう事にはもう慣れて別段どうとも思わなくなっちまった。
それでもあんな胸の悪くなる様な顔を見ながら高価な酒を飲むよりゃ、
宿営地への帰途、どこかの店でいい女と談笑しながら飲む安酒の方
がよっぽど美味いだろう。
「―――ああクソ、今日はどこまでもついてねぇな」
俺があたりをつけていたその小国は、どうやら腐海に沈んだらしい。
「…ついてねぇのは、この国の連中か。まあこればっかりはどうにもならね
えからな」
眼下に広がる亡国の跡地に一瞥くれて、俺はそこを後にした。

「―――これは参謀殿!帰営は明晩の予定では?」
「まあいろいろあってな」
曖昧に返して窓のむこうに目を向けると、クシャナの部屋に灯が見えた。
「殿下はまだお休みではないのか?」
「はっ!先程食事を終えられ、今はお部屋で古文書をお読みです」
「そうか。ならば帰営のご報告だけでもしておこう」
部下にそう告げ廊下を進む内に、本国での三日間で腹の底に溜まっ
たどす黒い澱の様な物がふいにその存在を消した。
懐かしの我が家、か…俺は喉の奥で小さく笑って部屋のドアを叩いた。
「殿下、おくつろぎのところ失礼します」
返事のないそのドアに首を捻りながらもう一度それを繰り返すと、今度
は微かに返事らしいものが耳に届いた。
「殿下―――ああ、お休みでしたか。じゃあ明日また出直して―――」
「…クロトワか」
クシャナは背もたれに身体を預ける格好で、うすく目を開けそう呟いた。
「この馬鹿者…あの程度の連中を言いくるめるのにどれだけかかってい
るのだ」
「これでも殿下の仰った期日には間に合わせたつもりなんですがね…」
「おかげでこちらは普段おまえが片手間に揮う人事の采配に要らぬ労
を費やして、ほとほと疲れた…」
「そりゃあ申し訳ありませんでした」
苦笑いしながら椅子の前に進み出ると彼女は、どうかしているな、と言
葉を継いだ。
「は?」
「その程度の事でこうしておまえの夢…幻、を…みるとは」
「―――殿下、ちょっと失礼しますよ」
そう断って身体を屈めると、クシャナは目を閉じて規則正しい寝息をた
てている。
「やっぱりな…眠ってやがらぁ。ハッ!道理で随分可愛らしい事言ってく
れると思ったぜ」
声を殺して笑いながら屈めた身体を起こそうとして、ほの白いその肌が
目の端に留まった。
「なにも…外で安酒ひっかけてくることはねぇな。ここに帰ってくりゃそれな
りの酒と―――ちょっと見ねぇ様ないい女が揃ってらあ」
そう言って、椅子の横の小さな机に置かれた酒を一杯煽る。
無意識に、自分の右手がクシャナのその顔に伸びているのに気がつい
て、俺は薄明りの中暫く、それを他人の手でも見るようにみつめていた。

「―――おい!さっきのおまえ、ちょっと来い!」
「は!なんでありましょうか、参謀殿!」
「いいか、今日俺が帰営したことは誰にも言うな―――つまり今夜俺
はここに居なかったってことだ。わかったな」
「…は?」
「俺は当初の予定通り、明晩帰営する。わかったな?復唱してみろ」
「は…『参謀殿は予定通り、明晩帰営される』…で?」
「よし、それでいい。それとさっきのシップを出しておけ。直ぐに出る」
「は…承知、しました…」


不思議そうな顔で下がったそいつの後姿を見送って俺は天井を仰いだ。
「まったく―――『どうかしてる』のは俺の方だぜ…」






畏れ多くも、風の谷のナウシカで『クロトワとクシャナ殿下』を。
冷静に考えてみるとこの二人に胸が高鳴らなかったいままでの私が
おかしい。(冷静に考えてそれですか)
クロトワの「なにがあったんだか知らねえが…可愛くなっちゃってまぁ」は、
なんとも優しくていやらしくて最高です。
補足すると、もちろんクロトワは殿下に手を出したりはしてません。
ただ自分の中にそういう感情もあったということに驚いてるだけです。






金色の



「どうしたお嬢さん、こんな所で護衛も連れずに―――」
どこか寂しそうに見えたその小さな背中にそう声を掛けると、振り返った
少女の驚くくらい強い眼差しに見据えられて、俺は少し身体を退いた。


「侍女が、死んだ。私の身代わりに」
短く吐き捨てるように言ったその言葉から、この少女がこの宮中で、侍
女を持てる程度の身分にあって、絶えずその身に危険が付き纏う様な
立場にあることがわかる。
「とりあえず座ったらどうです、顔色が悪い」
俺が庭に置かれた石椅子を指して言うと、少女は鬱陶しげに眉を寄
せた。
「…で、こんな所で一人寂しく泣いてたってぇ訳ですか」
「―――無礼な男だな、貴様。私が泣いていた様に見えるか」
「見えませんな。どっちかって言やあ殺した奴の息の根を止めてやるって
感じですかね」
「ああ。出来ることならそうしてやりたいが…私はここから出られない」
深く考えずに言った言葉を軽く肯定されて、俺は少なからず戸惑った。
「…まあ、仕えた相手にそこまで言って貰えりゃあそいつも本望でしょう」
「死んで…本望もなにもあるものか」
ああ、こりゃあなにを言っても聞かねえな…俺が肩を竦めてうすく笑うと、
少女はちらりとこっちを見て、その服…おまえは軍人か?と訊いてきた。
「ええまあ。役付きでもなんでもない平民出の一兵卒ですが―――」
「死ねば将軍も歩兵も変わりない」
「…はあ、そりゃあまあ、そうですね」
小賢しいことを言いやがる、そう内心舌打ちしながら頷くと、少女は真
っ直ぐ前を見つめたまま、ひとり言の様に言う。
「この世界では…あと何人死ねば民は幸せになれるのだろうな。それと
も永遠に続く果てしない犠牲の上にしか、民の安寧は有り得ないのだ
ろうか…」
「…ええと、そりゃあ…なんとも」
面倒臭ぇのに声掛けちまったな…喉の奥で呟いて顔を上げると、いくら
か低く、それでもしっかりした声で少女は続けた。

「―――私はあと何人、殺せばいい」
そういう事か…俺は自分の察しの悪さに呆れる気持ちで少女を見た。
「そればっかりは誰にもわかりませんな。ただ、国の政を担うあなた方の
四肢として働くのも俺達民草の仕事なんです。だからあんた達は…そ
んなこたぁ気にせずに、国を―――世界を、上手く回す事だけ考えてく
れてりゃそれでいいんですよ」
「そうか…」
我ながら上手くまとめたもんだ、そう思いながら口端を弛めると、そいつ
は揶揄を含んだ口調で、貴公の御高説を拝聴出来て光栄の極みだ、
と慇懃に言った。
その可愛げのねぇ言い様に顔を顰めた俺を見て鷹揚に笑う少女の元
に、安堵の声を上げて駆け寄ってくる衛兵の姿があった。
「―――ああ殿下!こちらにおいででしたか…お捜し申し上げました。
あの様なことが起きたばかりだと言うのに…クシャナ殿下の御身に何か
事あってはと―――」
「…なんだって?」
「大事無い、この者が護衛として付いていた。そう心配するな」
「…このお嬢さんが、クシャナ殿下だと―――?」
「無礼者が!なんという口のきき方…貴様一体どこの隊の所属だ!」
「止めろ、よい。忌憚ない、中々に面白い意見を聞かせて貰った礼だ。
無礼の数々は不問に処す」
間抜け面でその姿を凝視している俺に、その少女は―――クシャナ
殿下はそう言うと、衛兵と共に宮中へと消えて行った。


六年後、出自やら血統やらに煩い役付きへの昇進人事で、異例の
決定があった。
トルメキア帝国辺境派遣軍参謀、これが今日から俺の肩書きだとよ。
その後、同日付で同軍司令官になった上官に挨拶に行った俺は、そ
こでもう一度、そいつに間抜け面を披露する羽目になった。

「―――クシャナ、殿下…」
「おまえがクロトワか。そう堅苦しく構えられても困るのだが―――木偶
の様に突っ立っていられるのも困りものだな。とりあえず座れ」
「…は」
「何をそう驚いているのだ。たまには飾り物でない司令官が居ても可笑
しくはないだろう」
「…は」
椅子の肘掛に置かれたその腕が、澄んだ金属音を響かせる。
「…」
「―――どうした。そんなに珍しいか、私のこの義肢が」
あの時と同じ様に、揶揄を含んだ口調でそう言って笑う殿下の顔を見
て、俺もほんのちょっと口端を持ち上げた。
「…いや、俺も司令官になりゃあ黄金で鎧の一つでも作れるものかと
思いましてね」
肩を竦めてそう返すと、彼女は目を見開いて暫く俺を凝視してから横
を向き、くつくつと喉を鳴らせた。
「…っく、ははは!ああ出来るだろうさ、私の座るこの玉座を脅かす程
の働きをすれば叶うだろう―――出自だの血統だのに拘る馬鹿者共
に一泡吹かせてやるがよい!」
言に劣らぬ働き期待しているぞ、殿下はそう続けて部屋を出て行った。


あの少女が失った、その腕一本分くらいの覚悟は俺にだってあるだろう
―――白布から覗く金色を遠く見ながら、俺は自分の左腕を撫でた。






揺籃



あの方は―――母上は、今でもあの部屋で一人、私を抱きしめてく
れているのだろうか。


「有能な参謀殿かと思えば王の勅命を受けた密使、寝返って我が部
隊に粉骨したかと思えば皇太子殿下に情報を洩らす―――まったく
あきぬ男だ、貴様は…」
シップの逆噴射で兄上のコルベットの攻撃を逸らしたその男に駆け寄
ると、そいつは虚ろな目でちらりと私を見た。
「―――」
「喋るな、どうせ声は出んのだ」
小声で制するとクロトワは目を閉じてゆっくりと息を吐く。
「気は保て。意識の無い男を担いで走るのは流石に負担が大きい」
そう声を掛けるとそいつは驚いた様に眉を上げ、ゆるゆると口を開いた。
「…動かすぞ、舌を噛まぬ様歯を食いしばっておけ」

蟲共が飛び交うその場所になんとか塹壕を見つけて滑り込むと、脇に
抱えたクロトワがガクリと身体を脱力させた。
「なんて様だ、クロトワ。おまえお得意の日和見主義はどこへいった?」
私が揶揄を含んだ調子でそう言うと、そいつは腕の中で微かに笑った
様だった。
「こんな場所でおまえの様な奴と…蟲に喰われて最期を迎えるなど思
いもしなかったが―――見てみろ、この蟲の数を」
「ああ…空、が見えねえ程…たぁ、こりゃまた壮観、ですな」
クロトワはそう言って私の腕の中で身動ぎすると、眉を寄せ低く呻いた。
「蟲が寄るぞ、騒ぐな」
「そうは…言ったってこの、数じゃあどう、せ―――」
そのまま顔を固まらせたクロトワを抱え直して眼前に目をやると、大きな
影と共に舞い下りた蟲が一匹、こちらを向いて口を開けていた。
―――不思議と、私の心中は穏やかだった。自分でも不思議でなら
なかったが、煩い程鳴っているであろう蟲鳴りも、周囲で上がる絶望の
悲鳴も、鉄を含んだ人血の生臭さも、なにもかもが何故か酷く遠い世
界の事の様に感じた。
「…何故だろうな」
ああそうか、これは穏やかというのではない、寧ろ空虚なのだ、そう思い
至って、私は小さく笑った。


『―――クシャナ、私のクシャナ。大丈夫、おまえは誰にも渡しません。
だから心配しないで、私の可愛いクシャナ…』
部屋に入った私に怯え、その手に抱いた人形を『クシャナ』と呼んで胸
に抱き寄せる母上を見る度、この人をこんな風にしてしまった父王や兄
上達への憎しみは増すばかりだった。
『大丈夫、おまえは私が守ってあげます。さあ泣かないで…』
そう言って胸に抱いた『クシャナ』に母上が聴かせてくれたあの歌の、な
んと優しかった事か。

そんな母上を、終ぞ一度も抱きしめる事が出来なかった己の弱さを思
いながら、私はその歌を口ずさんだ。
クロトワが途中何度か絶望的な表情でこちらを見上げたが、私が気に
せず歌い続けると諦めたのか、細く息を吐いてその目を閉じた。


「…上も、静かに…なった様で、殿下…」
暫くの後クロトワの言葉に空を見上げると、なるほど蟲共はもうその姿
を消していた。気がつけば空の端も陽の光で白んでいる。
「『上も』か…調子が戻ってきたではないか。死に損ねたな、クロトワ」
「殿下の腕の中で…美しい歌声を、聴きながら…死ぬのも悪くはない
か、とも、思ったんです…がね」
「ははっ!だから貴様は信用ならんというのだ!」
言いながら私が身体を揺らして笑うと、クロトワは唸り声を上げて私の
胸に倒れ込んだ。
「どうした、傷に響くか?そう忌々しげな顔をするな。生きてその身で痛
みを感じられる幸運に感謝するがいい」
「幸運、ですか…ね。折角ですが自、分には、そういう趣味は…ないも
んで…出来る事ならこのまま、殿下の胸、の―――」
半生半死の状態でまだこうして下らん軽口を叩けるこの男の図太さに
もう一度笑ってから、剣を突き勢いよく立ち上がると、支えを失くしたク
ロトワは地面に倒れて苦悶の声を上げた。
「それだけ喋れるのなら手を貸す事はいらんな。行くぞ、クロトワ。立て」
「…殿下、は―――俺を殺す気…なん、ですか…」
「殺しても死なぬ奴がなにを言う。だがいっそ一思いに殺してくれと言う
のなら叶えてやらんでもないぞ」
そう言って手を伸べるとクロトワは、それは…またの機会に、と小さく返
して私の手を掴んだ。


死に満ちたその一帯にありながら、私と、私が支えるその男の身体はま
だ温かかった―――その中身が如何に空虚なものであっても、身体は
まだ温かく、昇り始めた陽もやはり、未だその輝きを失ってはいなかった。







十年物



「明晩、また包帯を替えに来ますので…それまでどうか安静に、参謀」
―――『安静に』っておまえ、この身体でどこをどううろつけってんだよ。


艦の味も素っ気もない天井をじっと見てるのもいい加減飽きて、それ
でも折れた肋骨はちょっと油断すると容赦なく肺を刺す。
つまりこのボロ雑巾みたいなてめえの身体は、おまえに言われるまでも
なくここでこうして安静にしてる他ねえんだよ―――そんなことを考えな
がら、俺はそいつの出て行った扉に目を向けた。
「最悪だぜ…まったく」
しかもなんだ、また明日包帯を替えに来るだと?咳払い一つでひでぇ
地獄を味わってるってのに冗談はよせ。
『負傷兵の手当てはおろそかにするな、それがクシャナ殿下の通達で』
「…クシャナも余計な事言ってくれたもんだ」
ああ、そういやあの顔暫く見てねえなぁ…そう続けて、俺は目を閉じた。


近くで人の動く気配がして薄く目を開けると、そこには『暫く見てねえ』
その女が立っていた。
「起きたか、クロトワ」
「…」
「なんだ、どうした?」
「いや、ちょっとタイミングが良過ぎて不気味だったと言いますか…」
俺がそう言って笑うとクシャナは微かに眉を寄せる。
「それにしても丸一日飲まず喰わずでよく眠っていられるものだな」
「丸一日…ってえと今はもう夜ですか」
ほんの一瞬目を閉じただけのつもりが丸一日、その結構な眠り様に自
分でも呆れた。
「食事だ。嫌でもなにか腹に入れておけ―――いや、その前にまず包
帯を替えておこう」
クシャナは食事を俺の膝の上に置くと、包帯を二巻き手に取った。
「…殿下、なにをなさってるんで?」
「胸の包帯を替える。身体を起こせ。ああ、食事をこぼすなよ」
「さっきの―――いえ、昨日の兵士はどこ行ったんですか、殿下がこん
な衛生兵まがいの事をせずとも―――」
「食糧が底をついたのだ。最低限の兵士以外は皆、この艦の者達と
食糧調達に出ている」
「なるほど…で、使える者は殿下でも使え、と。それじゃあ負傷兵はさ
ぞかし恐縮したでしょうな」
顔を顰めて身体を起こした俺を見ると、クシャナは軽く口端を上げた。

新しい包帯が俺の胸の前を何度か行き来した後、背中でクシャナが
小さく鼻を鳴らした。
「なんです?」
「おまえもそれなりに軍人らしい身体をしているではないか。『叩き上げ
の参謀』というのも伊達ではないな」
「はあ?」
「背の古傷の事だ」
「傷―――ああ、それですか。残念ながらそりゃ戦傷って訳じゃあない
んで」
「だがただの擦過傷というものでもないだろう。私には剣傷に見えるが」
「まあそれには違いないんですがね。昔、ちょっと…女に刺されまして」
「はは!女に背後から刺されるとはおまえらしいな、クロトワ!それでそ
の女とはその後どうした?」
包帯の端を留めたクシャナが呆れた様に笑いながら立ち上がる。
「さあて…恐らく亡国の土の下で静かに眠ってるんじゃないかと」
そう返すと、クシャナは幾分険しい顔で俺を見た。
「俺が殺した訳じゃありませんよ。つまり―――かれこれもう十年前に
なりますか。下士官の頃に派遣された某国で住民を広場に集めたん
ですがね、その中の数人が短剣なんかの武器を隠し持っていた様で、
飛び出してきた女に後ろからやられたんです」
「…住民に対する武装解除の徹底が甘かったな」
「その武装解除の徹底を指示してる最中に刺されたんで」
「…我が国との盟約に異を唱える者だったのか、その女は」
「どうでしょうな。私の子を返せ、だの人殺し、だの言ってたんで…まあ
そういう事でしょう。捕らえようとしたら歯に仕込んでいた毒を噛んじまっ
たんで詳しいところはわからんままです」
そう経緯を説明して俺が膝の上のパンを一口頬ばってスープをすくうと、
クシャナは床の包帯を拾いながら、そうか、と短く呟いた。

「…今度のは何年位残りますかね」
暫くして俺が思いついた様にそう言うと、クシャナは、この程度の傷なら
直ぐに消えるだろう、と素っ気なく答えて扉の方に身体を向けた。
「そりゃ残念。『殿下をお守りした時の名誉の負傷だ』とか言っていい
勲章になると思ったんですが」
扉に手をかけたクシャナは大きく笑うと肩越しに俺を振り返った。
「そんな状態だというのに相変わらず口だけは減らんと見える。これなら
そう心配する事もないな」
「―――ふ、ははっ…痛!」
急に笑い出した俺へ訝しげな目を向けたクシャナに、痛む胸元を押さ
えながら、なんでもありません…となんとか返すと、可笑しな奴だ、と小
さく笑ってその姿は扉のむこうに消えた。
「心配、ねえ…」
足音が遠ざかるのを確かめてから小さく繰り返したその言葉に、折角
収まった笑いが再びじわじわとこみ上げてくる。抑えきれずに揺れる身
体はどこもかしこも軋んだ悲鳴を上げやがるし、折れた骨も神経に障
って仕方ねえ。
「…ッ、見舞いに来てんだか悪化させに来てんだか…あークソ、痛ぇ!」


それだってのに、明日もクシャナが来りゃあいい、だのとどこか本気で考
えてる自分がどうしようもなく可笑しくて、俺はそのままベッドに倒れた。





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