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十年物



「明晩、また包帯を替えに来ますので…それまでどうか安静に、参謀」
―――『安静に』っておまえ、この身体でどこをどううろつけってんだよ。


艦の味も素っ気もない天井をじっと見てるのもいい加減飽きて、それ
でも折れた肋骨はちょっと油断すると容赦なく肺を刺す。
つまりこのボロ雑巾みたいなてめえの身体は、おまえに言われるまでも
なくここでこうして安静にしてる他ねえんだよ―――そんなことを考えな
がら、俺はそいつの出て行った扉に目を向けた。
「最悪だぜ…まったく」
しかもなんだ、また明日包帯を替えに来るだと?咳払い一つでひでぇ
地獄を味わってるってのに冗談はよせ。
『負傷兵の手当てはおろそかにするな、それがクシャナ殿下の通達で』
「…クシャナも余計な事言ってくれたもんだ」
ああ、そういやあの顔暫く見てねえなぁ…そう続けて、俺は目を閉じた。


近くで人の動く気配がして薄く目を開けると、そこには『暫く見てねえ』
その女が立っていた。
「起きたか、クロトワ」
「…」
「なんだ、どうした?」
「いや、ちょっとタイミングが良過ぎて不気味だったと言いますか…」
俺がそう言って笑うとクシャナは微かに眉を寄せる。
「それにしても丸一日飲まず喰わずでよく眠っていられるものだな」
「丸一日…ってえと今はもう夜ですか」
ほんの一瞬目を閉じただけのつもりが丸一日、その結構な眠り様に自
分でも呆れた。
「食事だ。嫌でもなにか腹に入れておけ―――いや、その前にまず包
帯を替えておこう」
クシャナは食事を俺の膝の上に置くと、包帯を二巻き手に取った。
「…殿下、なにをなさってるんで?」
「胸の包帯を替える。身体を起こせ。ああ、食事をこぼすなよ」
「さっきの―――いえ、昨日の兵士はどこ行ったんですか、殿下がこん
な衛生兵まがいの事をせずとも―――」
「食糧が底をついたのだ。最低限の兵士以外は皆、この艦の者達と
食糧調達に出ている」
「なるほど…で、使える者は殿下でも使え、と。それじゃあ負傷兵はさ
ぞかし恐縮したでしょうな」
顔を顰めて身体を起こした俺を見ると、クシャナは軽く口端を上げた。

新しい包帯が俺の胸の前を何度か行き来した後、背中でクシャナが
小さく鼻を鳴らした。
「なんです?」
「おまえもそれなりに軍人らしい身体をしているではないか。『叩き上げ
の参謀』というのも伊達ではないな」
「はあ?」
「背の古傷の事だ」
「傷―――ああ、それですか。残念ながらそりゃ戦傷って訳じゃあない
んで」
「だがただの擦過傷というものでもないだろう。私には剣傷に見えるが」
「まあそれには違いないんですがね。昔、ちょっと…女に刺されまして」
「はは!女に背後から刺されるとはおまえらしいな、クロトワ!それでそ
の女とはその後どうした?」
包帯の端を留めたクシャナが呆れた様に笑いながら立ち上がる。
「さあて…恐らく亡国の土の下で静かに眠ってるんじゃないかと」
そう返すと、クシャナは幾分険しい顔で俺を見た。
「俺が殺した訳じゃありませんよ。つまり―――かれこれもう十年前に
なりますか。下士官の頃に派遣された某国で住民を広場に集めたん
ですがね、その中の数人が短剣なんかの武器を隠し持っていた様で、
飛び出してきた女に後ろからやられたんです」
「…住民に対する武装解除の徹底が甘かったな」
「その武装解除の徹底を指示してる最中に刺されたんで」
「…我が国との盟約に異を唱える者だったのか、その女は」
「どうでしょうな。私の子を返せ、だの人殺し、だの言ってたんで…まあ
そういう事でしょう。捕らえようとしたら歯に仕込んでいた毒を噛んじまっ
たんで詳しいところはわからんままです」
そう経緯を説明して俺が膝の上のパンを一口頬ばってスープをすくうと、
クシャナは床の包帯を拾いながら、そうか、と短く呟いた。

「…今度のは何年位残りますかね」
暫くして俺が思いついた様にそう言うと、クシャナは、この程度の傷なら
直ぐに消えるだろう、と素っ気なく答えて扉の方に身体を向けた。
「そりゃ残念。『殿下をお守りした時の名誉の負傷だ』とか言っていい
勲章になると思ったんですが」
扉に手をかけたクシャナは大きく笑うと肩越しに俺を振り返った。
「そんな状態だというのに相変わらず口だけは減らんと見える。これなら
そう心配する事もないな」
「―――ふ、ははっ…痛!」
急に笑い出した俺へ訝しげな目を向けたクシャナに、痛む胸元を押さ
えながら、なんでもありません…となんとか返すと、可笑しな奴だ、と小
さく笑ってその姿は扉のむこうに消えた。
「心配、ねえ…」
足音が遠ざかるのを確かめてから小さく繰り返したその言葉に、折角
収まった笑いが再びじわじわとこみ上げてくる。抑えきれずに揺れる身
体はどこもかしこも軋んだ悲鳴を上げやがるし、折れた骨も神経に障
って仕方ねえ。
「…ッ、見舞いに来てんだか悪化させに来てんだか…あークソ、痛ぇ!」


それだってのに、明日もクシャナが来りゃあいい、だのとどこか本気で考
えてる自分がどうしようもなく可笑しくて、俺はそのままベッドに倒れた。





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