金色の
「どうしたお嬢さん、こんな所で護衛も連れずに―――」
どこか寂しそうに見えたその小さな背中にそう声を掛けると、振り返った
少女の驚くくらい強い眼差しに見据えられて、俺は少し身体を退いた。
「侍女が、死んだ。私の身代わりに」
短く吐き捨てるように言ったその言葉から、この少女がこの宮中で、侍
女を持てる程度の身分にあって、絶えずその身に危険が付き纏う様な
立場にあることがわかる。
「とりあえず座ったらどうです、顔色が悪い」
俺が庭に置かれた石椅子を指して言うと、少女は鬱陶しげに眉を寄
せた。
「…で、こんな所で一人寂しく泣いてたってぇ訳ですか」
「―――無礼な男だな、貴様。私が泣いていた様に見えるか」
「見えませんな。どっちかって言やあ殺した奴の息の根を止めてやるって
感じですかね」
「ああ。出来ることならそうしてやりたいが…私はここから出られない」
深く考えずに言った言葉を軽く肯定されて、俺は少なからず戸惑った。
「…まあ、仕えた相手にそこまで言って貰えりゃあそいつも本望でしょう」
「死んで…本望もなにもあるものか」
ああ、こりゃあなにを言っても聞かねえな…俺が肩を竦めてうすく笑うと、
少女はちらりとこっちを見て、その服…おまえは軍人か?と訊いてきた。
「ええまあ。役付きでもなんでもない平民出の一兵卒ですが―――」
「死ねば将軍も歩兵も変わりない」
「…はあ、そりゃあまあ、そうですね」
小賢しいことを言いやがる、そう内心舌打ちしながら頷くと、少女は真
っ直ぐ前を見つめたまま、ひとり言の様に言う。
「この世界では…あと何人死ねば民は幸せになれるのだろうな。それと
も永遠に続く果てしない犠牲の上にしか、民の安寧は有り得ないのだ
ろうか…」
「…ええと、そりゃあ…なんとも」
面倒臭ぇのに声掛けちまったな…喉の奥で呟いて顔を上げると、いくら
か低く、それでもしっかりした声で少女は続けた。
「―――私はあと何人、殺せばいい」
そういう事か…俺は自分の察しの悪さに呆れる気持ちで少女を見た。
「そればっかりは誰にもわかりませんな。ただ、国の政を担うあなた方の
四肢として働くのも俺達民草の仕事なんです。だからあんた達は…そ
んなこたぁ気にせずに、国を―――世界を、上手く回す事だけ考えてく
れてりゃそれでいいんですよ」
「そうか…」
我ながら上手くまとめたもんだ、そう思いながら口端を弛めると、そいつ
は揶揄を含んだ口調で、貴公の御高説を拝聴出来て光栄の極みだ、
と慇懃に言った。
その可愛げのねぇ言い様に顔を顰めた俺を見て鷹揚に笑う少女の元
に、安堵の声を上げて駆け寄ってくる衛兵の姿があった。
「―――ああ殿下!こちらにおいででしたか…お捜し申し上げました。
あの様なことが起きたばかりだと言うのに…クシャナ殿下の御身に何か
事あってはと―――」
「…なんだって?」
「大事無い、この者が護衛として付いていた。そう心配するな」
「…このお嬢さんが、クシャナ殿下だと―――?」
「無礼者が!なんという口のきき方…貴様一体どこの隊の所属だ!」
「止めろ、よい。忌憚ない、中々に面白い意見を聞かせて貰った礼だ。
無礼の数々は不問に処す」
間抜け面でその姿を凝視している俺に、その少女は―――クシャナ
殿下はそう言うと、衛兵と共に宮中へと消えて行った。
六年後、出自やら血統やらに煩い役付きへの昇進人事で、異例の
決定があった。
トルメキア帝国辺境派遣軍参謀、これが今日から俺の肩書きだとよ。
その後、同日付で同軍司令官になった上官に挨拶に行った俺は、そ
こでもう一度、そいつに間抜け面を披露する羽目になった。
「―――クシャナ、殿下…」
「おまえがクロトワか。そう堅苦しく構えられても困るのだが―――木偶
の様に突っ立っていられるのも困りものだな。とりあえず座れ」
「…は」
「何をそう驚いているのだ。たまには飾り物でない司令官が居ても可笑
しくはないだろう」
「…は」
椅子の肘掛に置かれたその腕が、澄んだ金属音を響かせる。
「…」
「―――どうした。そんなに珍しいか、私のこの義肢が」
あの時と同じ様に、揶揄を含んだ口調でそう言って笑う殿下の顔を見
て、俺もほんのちょっと口端を持ち上げた。
「…いや、俺も司令官になりゃあ黄金で鎧の一つでも作れるものかと
思いましてね」
肩を竦めてそう返すと、彼女は目を見開いて暫く俺を凝視してから横
を向き、くつくつと喉を鳴らせた。
「…っく、ははは!ああ出来るだろうさ、私の座るこの玉座を脅かす程
の働きをすれば叶うだろう―――出自だの血統だのに拘る馬鹿者共
に一泡吹かせてやるがよい!」
言に劣らぬ働き期待しているぞ、殿下はそう続けて部屋を出て行った。
あの少女が失った、その腕一本分くらいの覚悟は俺にだってあるだろう
―――白布から覗く金色を遠く見ながら、俺は自分の左腕を撫でた。
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