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 「 夏 ~ete~

― 泳ぎに行きたい・・・(涙) ― 」




花の都巴里の中心部、ギルド近くのオープンカフェ。

 今日も華やかな笑いが広がっていた。



「あーっ、このタンキニ可愛いアル!」

「そうね、でもやっぱり貴方の場合はこっちの大人っぽいデザインの方が似合うと思うわ?」

 と、今月発売した雑誌の今年流行の水着紹介ページを広げている美女ふたり。

「寧ろ、こういったタンキニのほうは彼女の方がイメージとしてもぴったりなのじゃないかしら?」

 その声に呼応するかのように横手からもう少し幼い声があがる。

「えーっ?どれどれ、見せてよ!」

 と覗き込んだ少女が「きゃーっかわいーっ!!」と歓声を上げて友人ふたりにも見せる。



 ミリア、紗夢、メイ、デイジー、エイプリル。



 このような美女と美少女たちが5人も集まっているのだ。当然道行く人間たちの視線を集めないわけがない。

 だが、本人たちは気にも留めずに今年の水着の形や柄、色などを銘銘批評し合っている。

 机の上、ジュースの入ったグラスの水滴がなんとも涼やかである。

「あ、ほんとだ。これだったらビキニ初心者なデイジーにもいいかもね?」

 これはエイプリルだ。

「え?あ・・で、でも・・・」

 とデイジーが躊躇する。

「だってこれ以上大人しいのにすると絶対地味になっちゃうよ、ねぇメイ?」

「そうそう。海なんだからハデなくらいがちょーどいいんだって!あ、でもこんなのじゃ絶対ジョニーを振り向かせられないよね・・・やっぱりもっとオトナっぽいのにしたほうがいいのかなー・・・?」

 ついでになかなか姦しいです。

「じゃ、じゃぁエイプリルも同じようなの着てくれる?」

 デイジーがおずおずと切り出してエイプリルが快諾する。

「同じってタンキニってこと?いいよ?じゃぁタンキニでおそろにしようよ!で、メイは?」

「んーじゃぁこれ!」

「・・・これはちょっと早いよ~・・・」

「えー?」

「どれアル?あー・・・たしかにちょっと早い気するネ。」

「あなたならその隣のもう少しスポーディなデザインにしたほうが似合うんじゃないかしら?」

 ミリアと紗夢も覗き込んでエイプリルに同調する。

「・・・う゛-・・・どーせ私は幼児体型よ~っ・・!」

 拗ねてしまったメイをとりなしていると側で自転車のブレーキ音が聞こえた。

「こんにちは、皆さんお揃いでどこか行く相談ですか?」

 今日も愛機(と書いてママチャリと読む)"ソル"にまたがって町内巡回をしていたカイが声をかけた。

 ちなみに<ママチャリ"ソル">さん、友情出演です。有難う御座います。

「あっ、カイさ~んっ・・・!!」

 紗夢が早速きゃぴきゃぴモードで反応した。つまり声のトーンが高いというアレだ。

 デイジーとエイプリルが「こんにちは」と挨拶を返しそれにカイが「こんにちは」と律儀に応える。

「うん!みんなで海にいくんだよ!」

「それで、どんな水着を着ていくか選んでいたのよ。」

 メイの返答にミリアが補足説明をする。

「へー、良いですね。今年の流行りというと・・・白とか、花柄とかそんな感じですか?」

「そうね、やっぱり今年もセパレートタイプが主流かしら?ビキニとかタンキニとか人気があるわ?」

「へぇ?」

 たんきにって何だろ?とは思ったが『そんなことも知らないの?』と言われるのは眼に見えているのであえて尋ねない。あとで同僚にでも訊いてみよう。

「そ、それでカイさんの好きな水着てどんなのアルか?」

「はい?」

 紗夢の質問は間違いなくカイ好みの水着を自分が着るという乙女心から発せられる質問なのだが、彼女にとって不幸なのは相手が鈍すぎることではある。

 つまりこの質問の主旨は当然"紗夢に着て欲しい水着はどんなのがよいか?"、だが。

「えーっと、そうですね・・・その人に似合う水着ならどんなのでも良いと思うのですが・・・」

 彼女の想いにも女性のファッションもわかっていない典型的なセリフであった。

 このセリフに女性陣が一斉に溜息をついた。

「・・・・え゛・・・・?」

 これみよがしに溜息をつかれて本気で戸惑っている野暮な男がひとりいる。

「・・・どんなのでも・・・てのが一番困るアル・・・」

「・・・これだから男ってのは・・・」

「ほんっと女心をわかってないよね~・・・」

「ゲンメツ~・・・!」

「・・・カイさん冷たいです・・。」

「・・・・う゛・・・っ・・・」

 それぞれ独りずつコメントしてもらいました。

「だ、だってそんなの男が見たってわからないですよ!?どう違うのか良くわからないし」

「貴方の好みでいい、って言ってるじゃない?色とかガラとかそういうので良いのよ?」

 ミリアがとりなしたがカイのピンチは変わらない。

「ほら、紗夢ならこんな色が似合うっていうあなたの持ってるイメージがあるでしょ?たとえばそういうものでもいいのよ?」

 実際女の水着に詳しい男のほうが珍しいのだ。詳しすぎる男なぞ場合によっては変態である。が、そんな言い分を聞く彼女たちではない!

「・・・え・・・えっと・・・・」

 かつての聖戦にてギアの集団に囲まれたときよりも、ジャスティス譲と対峙したときよりも、一度三途の川の側で花畑に囲まれたときよりも(*某ドラマCD参照)ロボカイくんに執拗に勝負しろコールされたときよりも、びらびらソルさんにギアを食わされかけたときよりも(*拙作『食』参照)・・・ぜぇぜぇ(息切れ)・・・苦境に立たされているかつての英雄殿。

―――・・・・・・し・・・しかたない・・・!!

 と、覚悟を決めると徐に手を上げてびしりと雑誌の一部を適当に指した。

「では、それで・・・!!」

 一斉に指先の雑誌モデルに視線があつまった。

「・・・・あ・・・・」

 女性陣が写真とカイの顔を何度か見比べて何故か驚嘆の顔をした。

「・・・そういう趣味とは・・・」

「・・・隅に置けないね・・・」

「え゛?」

 雑誌の記事が角度的にほとんど見えないカイはなにがなんだかよくわかっていない。

 ちなみに的確に指示したものが実は・・・というのはよくあるお約束でもある。

「・・・わ、わかたアル。がんばて着てくるアルよ・・・!」

「えらいな、紗夢さん・・・愛の力は偉大だね~・・・」

 何故か顔を赤くして決意を固めている紗夢としみじみ語るメイ。

 ―――・・・一体どんな水着なんだ!?

とカイがかなり本気で焦り始めたのだが女性陣は教えるつもりはないらしい。

「あ、そういえばカイさんって次のお休みいつなの?」

 ふとエイプリルが声をかけた。

「休み、ですか?」

「夏休みとかないの?」

「夏休みっていうと長期休暇ですか?あ、えっと再来週あたりに一週間ほどまとまった休みが取れる予定ですが・・・?」

「じゃぁさ、じゃぁ私たちと一緒に海いかない!?」

 メイの提案はおそらく殆どの男性陣にとっては魅惑的なものだったに違いない。

 何せ美女たちに囲まれて海に泳ぎに行くのだ。しかも旧知の仲だから気の置けない関係でもある。これ以上ないくらい美味しい状況ではないか。

「え?否その・・・」

 だが彼女たちの意に反してカイの返答は煮え切らなかった。

「すみません、たいへん素晴らしい御提案だとは思うのですが、私はちょっと遠慮させていただきます。」

「えーっ!?」

「どうしてですかぁっ!?」

 少女たちの悲鳴じみた抗議に「すみません」ともう一度謝るとカイは早速逃げの体勢に入った。

「ちょっと、海は遠慮します。それよりも勤務中なのでそろそろこの辺りで。」

 一見さりげに優雅っぽい動きだがどうみてもこの立ち去り方は慌てている。

「本当に申し訳ありません、お話のつづきはまたいずれ!!」

 と言うが早いがペダルに足をかけて漕ぎ出し始めた。気持ち立ち漕ぎだ。が。

「・・・早っ・・・・」

エイプリルの感想は正しい。

 1秒後には数メートル先にいるあたり人間の出すスピードではない。何故そこまで焦っているのだ、カイ・キスク?

「・・・甘いわね。」

 言うが早いがミリアが席を立った。

 その瞬間彼女の髪が数十メートル先を行くソル(ママチャリ)の後部車輪を捕らえた。

 たった数秒でもう数十メートル先を走っているカイの漕ぎぶりもすごいが後部車輪をジャストミートで捕らえたミリアもなかなかであるといえよう。

「うわっ!?」

 悲鳴を上げてカイが前のめりに投げ出される。

 ミリアがすぐに髪をソル(ママチャリ)から離した。

 いくつかの車の急ブレーキの凄まじい音が巴里の町を賑わした。

「ああ・・・っ・・・"ソル(ママチャリ)"が・・・・!」

 ちなみに悲鳴を上げているカイは受身を取って無傷ではあるが、ソル(ママチャリ)の方は哀れ大型車の餌食になってしまった。

 ・・・って友情出演の自転車を大破させてよかったのだろうか・・・(滝汗)

「殉職したようね?」

 いや、まだ生きてますから。

 とりあえず近くに歩いてきたミリアに抗議する。

「酷いですよ、ミリアさん!あなたのせいで「ソル・40代目(フィエルツィヒスト)(※VIERZIGST)」がダメになってしまったじゃないですか・・・!」

 「馬鹿野郎!」と怒鳴り声をあげていた運転手を黙らせて(をい)なんとか救出して見ると後輪が完全にひちゃげてしまっている。

「40(ふぃえるつぃひすと)?」

「今年に入ってからもう25代目です。それで先日警察庁の経理課のひとから小言をいわれたばかりだっていうのに、また文句言われる・・・。」

 っていうかママチャリ40代目って壊しすぎ。相変わらずソルさん愛されてないな。
(・・・友情出演なのに・・・)

「いいじゃない、ホームセンターで買えば。」

「・・・うわ、消費世代の発言・・・」

「まぁまぁ、形あるものはいつか壊れるわ?」

 いや、タイヤ替えればまだ使えますから。「それよりも先刻の話の続き。」

 ミリアに連れ出され・・・というかほぼ連行に等しい状況で先程のカフェに戻る。

『おっかえり~っ!』

 少女3人のユニゾンに出迎えられ、すっかり後輪が歪んでしまったソル(ママチャリ)を引きながらカイは溜息をついた。

 気分は吊るし上げである。

「待ってたよ~カイさ~んっ!」

「・・・・どうも・・・・。」

 嬉しくない!という反論を飲み込んで力なく挨拶する。

「・・・えっと、勤務中なのであまり御一緒はできないのですが・・・」

「いいじゃない、ちょっと遅めの昼休みってことにしちゃえば?」

 折角の牽制はあっさりミリアに崩される。「それか、この子たちに対しての職務質問という手もある、でしょ?」

 この子たちというのは御存知快賊団の少女たちだ。

 魅惑的に微笑まれてつい苦笑した。大粒の汗もついている。

「よくそんな言い分けが思いつきますね・・・」

「貴方の要領が悪いだけよ。」

「・・・はぁ、すみません・・・・」

「そこがカイさんの良いとこアルよ。」

「・・・紗夢さん・・・」

 「ありがとうございます」と笑顔を向けられて紗夢の瞳が釘付けになっている。

―――・・・やっぱりかっこいいっ!

 と見惚れている彼女の手は乙女御用達な祈りの形になっている。





「ここ、いいですか?」

 と、いきなり声を掛けられて紗夢は視線を上げた。

「え?あ、も、もちろんアル・・・!」

 カイはわざわざ紗夢の真向かいの位置に椅子を持ってきて腰を下ろす。他の少女たちの意味ありげな視線を感じたが気にする様子はない。

「それで、紗夢さんは本当に私のリクエストに応えてあんな水着を着てくださるおつもりなんですか?」

「だ、だってあれが良いって言ったのカイさんアルよ?」

 と、軽い非難を込めて言うとくすくすと笑いながら「冗談なのに」と返してくる。

「え?や、やっぱり冗談だたアル?」

「ええ・・・。本気にしてくれたんですか?可愛いなぁ、紗夢さんは?」

 抗議をすべきか一緒に笑おうか迷っていると不意にカイが紗夢の手をそっと取る。

「・・・阿・・・・」

「でも、嬉しかったですよ?私のために頑張って着てくださるといってくれたこと?」

「た、たいしたことじゃないネ?それより本当に海にいしょに来てくれるカ?」

「勿論。ああ、でも貴方の素敵な水着姿を間近で見られるなんて、私は世界一の幸せ者だな・・・。」

 と、彼女の手をそっと握り締めながらにっこりと微笑んだ。



 ・・・以上紗夢の妄・・・訂正、トリップ内容。





「・・・カイ同士、真好看(ステキ)!我愛・・・!ぶっ・・・」

 無意識的に抱きつこうとした紗夢はなぜかどこからともなく出てきたメイの碇によって阻まれる。

「そうそう、それで先刻の続き!なんで海嫌なの?」

 ちなみに現実世界のカイは少女三人に囲まれるかたちでつるし上げを喰らっている。

「嫌というか、何と言うか先ず水着を持っていませんし・・・・」

「買いにいけばいいじゃん?うんそうだ!今度の休みにでも一緒にいこうよ!?」

「・・・・え・・・えっと・・・」

「ね?決まり!大丈夫、絶対似合うのを選んであげるから!」

「そうそう!!」

 ヤバイ。これ以上いくと押し切られて否応でも海に連れて行かれる。

「すみませんっ・・・!どうしてもその、泳ぎに行くのだけは許してください!!」

「え?」

 さすがにここまで拒絶されるとは思わず女性陣はつい驚愕の眼でカイの顔を見ていた。

「・・・・・・・。」

「・・・どういう・・・こと・・・?」

覚悟を決めて白状することにする。

「その・・・恥ずかしながら、水が怖いんです・・・」

「水が怖い?」

「・・・泳げないってこと・・・?」

「いえ、その・・・昔は泳げたのですが・・・その、何年か前に溺れかけて以来、水が怖くなってしまったんです・・・。」

 衝撃の新事実。

「・・・あれは聖戦が佳境に入りかけた頃でした・・・・」





打ち捨てられているビルと呼ばれていた廃墟の数々。

黒く煤けたコンクリートの壁の合間に見える赤くくすぶる炎

。ここには破壊と死しかない。そんな光景が広がっている。





「このあたりのギアは大方殲滅しましたね、では次のポイントへ移動しましょう?」

「はい。」

 



眼の前は廃墟と呼ばれる世界。

眼の前は炎と瓦礫と屍と流血。

 とくに眼を引くのがギアと呼ばれるクリーチャーの死骸。



 その中で金色の髪と白いコート姿の彼は一際眼を引いた。

 若き指揮官の命令に異存を唱える者はいない。

「先鋒隊がいるのはここ、ドナウ河を渡った辺りです。」

 大勢の"大人"たちに囲まれている彼の姿は傍目には神々しく映りこそすれ決して異様にみえることはない。

 まだ成長期に入りかけた彼は側にいる背の高い茶色の髪の男から地図を受け取って隊員たちに指示してみせた。

 現在、彼、カイに付き従っているのは1小隊10人前後。あとの先鋒隊とは連絡をとりながら合流場所を目指す。

「かろうじて残されている橋がこのあたりにあるとのことですが、当然ギアからも発見されやすくなりますし、橋を落とされたら終わりです。くれぐれも移動は慎重にしてください。」

「はい。」

 といった指示をしながらドナウ河の川辺に来た。ドナウ河は歩いて渡ろうと思えば渡れないことはないが何も無理して骨を折る必要もないはずだ。

「・・・そうだな、すみませんが何人か船に戻って乗り物を持ってきてください。」

 そう言いながら手下の6人を選び出すと指示する。

「それから可能ならまだ無傷な橋がどこにあるのかを探索してきてほしい。我々もこの辺りを探していますのでまた端末に連絡してくださいね?」

「わかりました。」

「カイ様もお気をつけて。」

「ありがとう、よろしく頼みます。」

 立ち去る彼らの背を見ながら無事再会できることを祈っていると横手からぶっきらぼううな声が聞こえた。

「・・・今から船に戻るなんて、それこそ日が沈んじまうんじゃねぇか?」

 口をへの字に曲げての抗議だ。

「仕方ないだろ?これだけの大人数だし、橋がどこにあるのか正確な位置まではわからないんだ。歩くよりは車のほうが機動性に富んでいる?」

「だが、奴らに見つかる確立も高いぜ?」

「可能なら怪我人を回収しながら行きたいですし。」

「んなもん団長さんお得意の法術で治してやりゃ一発じゃねぇか?」

「・・・ソル・・・」

 いささかうんざりしたような口調で側の背の高い茶色の髪の男を見上げる。

「では逆に聞くがお前ならどうするつもりだ?徒歩で橋を探すのか?」

「んな面倒くさいことしねぇよ、泳ぎゃいい。」

「・・・・・・・。」

 泳ぐのはかなり厳しい距離かと思われる。

「却下だ。橋を渡った早々戦闘というケースもありうる。いきなり体力を損ねた不利な状況で戦うつもりか?」

「あ?これっくらいの距離を泳いだくらいでバテるのか?ひ弱だな!」

「馬鹿を言うな!しかもこれだけの装備でこの距離を泳ぐのだぞ、お前には常識っていうものがないのか!?」

「うるせぇな!だったら試してみりゃいいじゃねぇか?」

 それこそ馬鹿を言うな、と反論するまでもなくいきなり首根っこを猫つかみされた。

「え゛?」

「ほら行くぜ、坊や?」

「え゛?ちょっと待・・・・」

 あとの隊員たちが止める間もなくソルはカイをひっつかんだまま川岸に足をかけた。

「こういうのはお偉いさんが先にやってみせんとな?」

 そのままふたりでダイブ。

「うわああああ・・・・っ・・・・!!」



 ちなみに今来ているのは水着ではなく厚手のコートです。

 ついでにあちこちプロテクターなんてものが付いてます。



 どぼーん。



 つまり、水中でこの重量は通常レベルの水泳スキルの持ち主の場合ほとんどが沈む。

 「・・・ん、浮いてこねぇな・・・?」

 



当然この団長さんも沈む。







 以上回想終了。







「・・・と、まぁあの男に問答無用で水に投げ込まれて溺れかけて以来すっかり水が怖くなってしまい・・・」

 そりゃぁ嫌われもするわな、ソル・バッドガイ。

 



しゅんとしたその痛々しい様子に聞き手もつい言葉を止めていた。

「・・・可哀想・・・」

 デイジーがもらい泣きをしている。

「努力はしたのですがやはりどうしても水嫌いを克服できず・・・。」

 風呂や浅めのプールなら大丈夫だが海のようなところは砂浜でもキツイ。と結んだ。

「・・・・・。」

 沈黙が漂った。

 この場合は"だったら仕方ない"とか"海をやめてプールにする"といったコメントが返ってきそうなものだが。

 だが、彼女たちはちがった。

「まかせて!カイさんの"きょうふしょ"私が治してみせるネ!!」

「・・・え゛・・・・?」

 紗夢の笑顔にカイの声がひきつった。

「そうですよ、これを機に克服してしまいましょう!私も微力ながらお手伝いさせていただきます!」

 デイジーまでも意味不明な使命感に燃え始めた。

「え?い、いえ別に不便は感じていませんし・・・」

「何を言ってるんです、あなたのような職業の方ならいつ何時飛行機の上から海に放り出されないとは限らないんですよ?」

「・・・えっとその時は法術で飛べば・・・」

 それ以前にそこまでやったら某スパイアクション映画だ。

「没問題(のーぷろぶれむ)!」

「わ!?」

 紗夢がどさくさにカイの腕を取って請け負った。

「そんなの私が手取り足取り腰取りマンツーマンで教えてあげるヨ!」

「え?で、でも・・・」

「没問題、没問題。全然かっこ悪くないネ。」

「じゃぁ、海決定!」

 メイが明るくまとめた。

「え?あのまだ、決めてな・・・」

 ぽんっと肩に手を置かれてカイが振り向くとミリアの青い瞳があった。

「諦めなさい。人間切り替えも大切よ?」

「・・・切り替えって・・・」

 紗夢がにこにこと話しかける。

「まかせるヨロシネ、カイさん?こう見えても私泳ぎ得意ネ!もし溺れてもちゃんと助けてあげるヨ!」

「お、溺れても、って・・・!?あ、そ、その前に紗夢さん、あの、む、胸が・・・」

 腕を絡められるついでに彼女の胸が腕に触れてカイが顔を赤くしている。うーん・・・実にうらやましいキャラだ・・・。(そうか?)

 片や少女三人。

「よーっし、そうと決まれば早速ソルさんにも連絡しちゃお!」

「でも簡単に来てくださるでしょうか?」

「カイさんの水着姿が見れるヨって言えば一発で来るって!」

 相変わらず何かを勘違いしている。

 そんなやりとりを聞きながらミリアはひとり続きを読もうと雑誌をめくり始めた。

「今月の占い・・・11月・・・蠍座の彼の運勢・・・"色々な女の子たちに迫られてピンチの予感。貴女も気をつけて。"・・・」

 何気に雑誌の占いコーナーに眼を通したミリアがカイを眺めやった。





「・・成程、たしかに"女難の相"だわ・・・。」










「TNT」/東紅葉様




戻ります。
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 「 海 ~mer ~

― くどいけど「夏」の続編です。 ― 」




 と、いうことでやってきました夏の海!

 青い水平線に白い砂浜!色とりどりの水着!!

 理想的な海水浴場がここにある!!!





 とハイテンションなナレーションの幕開けです。

「うみだーっ!!」

「うみだねーっ!!」

 甲高い歓声と水着姿の華やかな集団。

「わーい、海だーっ!泳ごうよ~っ!」

 これはピンク色のスポーディなビキニをつけたメイだ。ワンポイントの胸元リボンが映えている。

「あ、その、わ、私やっぱりこの格好はちょっと・・・」

「大丈夫大丈夫!周りのひとたちより全然地味なくらいなんだから!」

 くすんだ青い色のタンキニ。ちなみにパンツ部分にフリルがついている。

初ビキニなデイジーに明るく請合う。ふたりともビキニ姿が健康的に映えている、

「ねっ、来てよかったでしょ!?」

 こちらはベージュのタンキニ姿。ヒモ飾りのついたブラと飾りのないパンツといった組み合わせが可愛らしいエイプリルがにこにこと横手を見上げると濃群青色のトランクスタイプの水着に白いウインドウブレーカーを羽織ったカイが曖昧に微笑んだ。

「え・・・ええ・・・まぁその・・・」

 砂浜で適当な日陰を作って色とりどりな水着を愛でるには異存はまったくないのだが問題はこの水。波だ。

「わ、私はその辺で荷物番でもやってますよ・・・」

 砂浜に打ち寄せてくるこの波にすら足をつけるのを戸惑ってしまう。

「おいおい、何呆けてるんだ、荷物番も何も海の家に預けてきたばっかりだろ?」

 これはジョニーだ。黒っぽいボクサータイプの水着1枚といつものサングラスである。

「い、いえですがその・・・ほらこうやってビーチボールとか飲み物とかおいておくからには・・・」

「往生際が悪いわよ、カイさん?」

 静かな突込みが聞こえた。

「・・・ミ・・・ミリアさんまで・・・」

 大きな花をあしらったワンピース。ただしかなり角度の高いハイレグ姿。

「そうアル!それより私がちゃんと教えてあげるネ?」

 紗夢の水着はというと白のハイレグビキニ。ちなみにきわどさはこのパーティ1である。

「・・・っ・・・!」

 大胆な水着姿に反射的にカイの頬に朱が差した。

対照的にジョニーがにやにやしている。

「へ~こんな美少女にマンツーマン指導してもらうってか?うらやましいねぇ?」

「どういう意味ですかそれは!?」

「いやいや、対して俺はこっちのお姫様たちのお守りだなって思ってな?」

 たしかに建前や名目はともかく実際的には少女たちの保護者でもある。

「ちょっとジョニー!?お守りってどういう意味よ!?こんなステキなレディに"お守り"はないんじゃない!?」

「いやいや、今のは言葉のあやだ。存分にエスコートさせていただきますよ、お姫様?」

「な~んか真意が感じられないなー!?」

 むくれるメイの横手でデイジーがきょろきょろと誰かを探している仕草をしている。

「どうしたの、デイジー?」

 とミリアが声をかけた。

「あ、ソルさんがいないなって思いまして・・・」

「・・・ソルさん・・・?」

「あ、なんでもないの、なんでも!」

「?そう?」

 エイプリルがあわててとりなす。幸いカイの耳には入っていないようだ。

「もーっ、だめじゃない、デイジー!ソルさんは内緒で呼んだんだから!」

「あ、そうか・・・」

 ちなみにカイさんは眼の前に迫ってくる大胆水着美女の艶姿にすっかり呑み込まれている。相変わらずよく言えば純粋。悪く言えばお子様な青年である。(合掌)

「しかし凄い水着だなあのビキニは?」 

 ジョニーが口笛を吹くとミリアが淡々と答えた。

「カイさんの趣味よ?」

「・・・WHAT?」

「好きな人の望む格好をしてあげたい、なんて乙女心のなせる技、じゃない?」

「・・・あの水着があの坊やの趣味だって・・・?」

 ジョニーはずり落ちかけたサングラスを慌てて直した。

「へー?こいつは認識を改めなきゃいけないねぇ?」

 そのワリにはどことなく反応が可笑しいが。

まぁ彼女たちの水着姿はこちらも眼の保養になる。





「ほら、ここなら足付くヨ!」

「は、はい・・・」

 紗夢に手を引かれながらカイはおそるおそる一歩進んだ。

 格好悪いがへっぴり腰で足を水につけている。まだ水はくるぶしにも届いていない。

「とりあえず腰が付くところまで進むアル!そこで泳ぐ練習するネ?」

「ほ、本気ですか・・・?」

「当然、そのために来たデショ??」

 と、言う紗夢の心中は「嬉しい」の一言が占めている。

一団を離れてのツーショット。しかも惚れている男とこうやって手を繋いでいるのだ。

―――・・・いつまでもこうしていたい・・・!

 に近い感情が流れている。

 こうして波打ち際を彼氏と供に歩く。なんて素敵なシチュエーションだろう!





「わっ!?」

 と、突然波に足を取られたのかカイがバランスを崩した。

「アイヤ・・・っ!?」

 反射的に伸ばした手が紗夢に絡みつくような形になりふたり思い切り転んでしまった。

 小さな波飛沫が波打ち際に上がった。

「わ、っ、すみません、大丈夫ですか・・・!?」

「ア・・・ア,疼~・・・ダ、だいじょぶ・・・」

 慌てて体を起こしながら謝罪するカイに同じく体を起こしながら笑顔で手を振る。

 ふたりの顔は至近距離にあった。

「・・・あ・・・」

「・・・あ・・・」

 どちらともなく動きを止めていた。

 潮騒の音が急に遠くに聞こえた。

「・・・紗夢さ・・・」

「あ・・・あの・・・?」

 小さく「すみません」と声が聞こえた。「え?」と意味を問いただす前に抱きしめられていた。

「あ、あのカイさ・・・!?」

「・・・・。」

 ゆっくりと体重をかけられて波打ち際に横たえられる。わずかに波に洗われる形になっている紗夢の長い艶やかな髪が波間に広がった。

「・・・紗夢さ・・・好きです・・・。」

 まっすぐに見つめてくる翡翠の瞳。切なく耳に聞こえる真摯な告白。

「・・・・カ・・・・カイ・・・さ・・・?」

 夢心地な気持ちのままその告白を聞く。

不安と歓喜の思いに声が震えた。

 手首をやんわりとつかまれてそのまま浜辺に押し付けられて動きを封じられるような形になった。互いの足は絡み合い、胸と胸が触れる。

自分の鼓動が相手に感じられているかのような錯覚を起こした。 

 翡翠色の瞳と茶水晶の瞳が絡み合い互いの姿を映した。

「赦してください、抑えが効きそうにありません、貴女が欲しくて溜まらない・・・・」

「・・・真的・・・?・・・嬉し・・・ヨ・・・」 

 容の良い唇から聞こえる言葉はどれもが待ち望んでいた言葉だ。嬉しさに声が震え視界が涙で曇る。

「・・・紗夢・・・」

「・・・ハイ・・・」

 その瞼が少しずつ閉じられ顔が近づいてくる。紗夢もそのまま瞳を閉じやがてくる瞬間に身体が自然に震えた。





 ・・・以上紗夢の妄・・・訂正、トリップ内容。







「カイ同士、我愛(あいして)・・・ぶっ!?」

「っ!?」

 紗夢がカイに感極まって抱きつこうとしてなぜかメイのシャチに阻まれた。

「メ、メイさん!?」

 慌ててカイが背後を振り返るとビーチボールを持ったメイが手を振って応えた。

「駄目だよカイさ~ん!ちゃんと貞操は護らなきゃ~っ!」

「は?『ていそう』?・・・って"貞操"ですか??」

 「何故?」と、わけがわからないという表情をありありとうかべている。そりゃそうだ。

「・・・那个儿童(あのガキ)・・・」

 紗夢がこっそりと悪態をついたが幸いそれは側の鈍感男には聞こえなかった。





 時を同じくして。

「見ツケタゾ、"かい"・・・」

 彼らの頭上の岩場から見下ろすひとつの影があった。「我輩ノれぞんでーとる・・・」

 金色の髪。メタルの肌。炎天下の最中でも白いコートを身に纏いしかもまったく"体温"が上がっていない様子である。ラジエーター内の水は絶好調らしい。

 見ての通りのロボカイだった。しかも自称が"我輩"の方。

 どうやらまだオリジナルを追いかけまわしていたようですな。

「クックック・・・此処デアッタガ百年目・・・」

 と、今時誰も使わないような言葉を使いびしぃっと指を下方へ突きつけ宣言した。

「かい!!我輩ト勝負シロ!!」

「・・・っ、ロボ・・・!?」

 頭上に見たくない影を見つけて眼に見えてカイの表情がげっそりとしたものになった。

「誰、アレ?」

 紗夢も眼をこらして「あーっ!」と叫んだ。

「あの時私の店焼いた奴ネ!?性懲りもなく現れたカ!?」

「今日コソ本気デ戦ッテモラウカラナ!!」

 と、びしいっと指を突きつけて宣言した。「覚悟シロ、かい!!」

「・・・何てしつこい奴なんだ・・・!」

や、あんた人のこと言えないから。

「正々堂々ト我輩ノ相手ヲシロ!イイカ、逃ゲルコトハ許サンゾ!!」

「何て奴!私のカイさんに手出しさせないアルヨ!?」

 ちゃっかりと自分のもの宣言している。

「問答無用!覚悟!!」

 逆光を煌かせながら「トウッ!」とロボカイが波間に向けてダイブした。

「・・・あ・・・」

「・・・あ・・・」

 沈むんじゃ?という突込みを二人が上げるまもなく遥か沖のほうにそのまま着水した。

 ドボンと水柱が二人の遥か前方で上がり。

「・・・・。」

「・・・・。」

沈黙。

「・・・」とふたりがつい様子を見守っていると再び水柱が上がった。

「!?」と見守っているとロボカイが一度海中から吹き上げられてもう少し横手に再び落ちていくのが見えた。

「・・・な、何アレ?」

 と、紗夢が誰にともなく訊こうとした矢先に何かが沖のほうから競り上がってくるのが見えた。

 それはザザザ・・・と波を書き分ける音を発しながら浜の方、二人に向かってやってくる。

「何アレ・・・!?」

 序序に速度を増しながら二人にむかって迫ってくる何者かにふたりの間に戦慄が走った。

―――・・・速い・・・!?

 紗夢がついカイにしがみつくようなかたちになり、カイは紗夢をかばうために半歩前に足を踏み出した。

 無論最終的にはふたりとも別個に戦うことはできるだろうがそういったことはあくまでも2次的な要素に過ぎない。

 ザバーっとふたりの前に頭ひとつ大きな水柱が立ち上がった。

 水柱がおさまり水が全て流れ落ちた向こうには良く知る顔があった。

「・・・・」

「・・・・」

 再び沈黙。

「・・・何やってんだ、おまえら?」

 茶色の髪に日焼けした肌。均整の取れた筋肉質な体躯。

 カイが呆然と誰何した。

「・・・そ・・・ソル・・・・?」

「応。」

 珍しく黒系プリント柄のトランクスタイプの水着を着ている。

「・・・えっと・・・お前も泳ぎにきてたのか?」

「否?・・・で、隣にいるのは中国娘だよな?そいつだけか?」

 脈絡のない質問に紗夢が口を尖らせる。

「そいつだけ、ってどいう意味ネ!?失礼、思わないカ!?」

「どういう意味って聞きたいのはこっちの方だ。手前が連絡をよこしたんじゃねぇか、果たし状ってな?」

 と、カイのほうを向いた。

「果たし状?」

「白ばっくれるな、すっぽかしたらデイジーたちがどうなるかわからないとか抜かしていたのは手前だろうが?」

 他の人間ならどうなっても構わないが泣き処のデイジーにコトが及ぶとなると話は別だ。

「おい、だから何の話だ?果たし状って、そんなもの書いた覚えはないぞ?」

「それ以前にナゼあんな所に居たネ?」

 紗夢が当然の疑問を呈する。「果たし状って海の中でやるノカ?」

「あ?だからこの場所を指定してきたのはお前らだろうが?で、思ったより早く着いちまったし、クソ暑いからそこで泳いでたんだよ。」

「・・・泳いでた・・・・?」

「どう見ても沈んでたネ・・・?」

 ふたりの突っ込みはスルーされた。

「そうしたらあんなガラクタがいきなり降ってきやがるし、冗談じゃねぇぜ。」

 とぼやいて「で、デイジーたちをどうする気だ?」と尋ねる。

 どうすると訊かれても。

「どうするもなにも、彼女たちならあっちで遊んでるぞ?」

 波打ち際でビーチバレーで遊んでいる姿。なかなか華やかである。

「・・・ちっ、あのクソガキ共が・・・つまりガセってことかよ・・・」

 悪態をつきながらソルはデイジーたちのほうへ歩いていこうとしてカイの水着姿に眼を留めた。

 濃群青色の水着に白いウインドウブレーカー。合わせ目からは細身の体躯が覗いている。

「・・・。」

「?」

 数秒眺めてソルはポンっとカイの肩に手を置いた。

「もっと筋肉つけろ、坊や。」

「―――・・・っ・・!!」

 フッと笑うと改めてデイジーたちのほうに歩いていった。

「馬鹿にするな、この無作法者!!」

「・・・まぁまぁ、人間胸板の厚さじゃないネ・・・」

 後ろから聞こえてくる怒声と紗夢がとりなす笑いを含んだ声。

 しかし胸板の厚い男性に憧れる女性の割合が多いともいふ。(合掌x2)

 歩いていくとほぼ同時に彼女たちも気がついたらしい。

「あ、ソルさんだ、やっほー!」と無邪気に手を振っている。

「・・・お前ら・・・ガセなんか捕まえさせやがって・・・」

「えー?でもカイさんの水着姿が見えたからいいでしょー?」

 あっけらかんというメイの笑顔にソルが意味不明という顔をする。そりゃそうだ。

「野郎の水着姿なんかみても楽しくねぇ。」

 さもありなん。「それよりもおまえらまでそんな格好しやがって・・・」

 そんな格好。最近主流のセパレート型水着。

「えへへ、かわいいでしょ?これはビキニだけど、あのふたりはタンキニなんだよ?」

 これはメイだ。

「たんきに?なんだそりゃ?」

「うわ、オヤジ発言キター・・・」

 これはエイプリルだ。

「おい、お前もだ!」

「は、はい!?」

 まさか視線を向けられるとはおもわずデイジーについ緊張が走る。

 ソルの口から飛び出た言葉はまたえらく時代がかっていた。





「年頃の娘が他人にあまり肌を見せるんじゃねぇ。」

「・・・は・・・はい・・・?」

 



 デイジーがきょとんという顔をつくった。



 ついでにその横でビーチバレーに付き合っているミリアとジョニーの会話を追記。

 ミリアが小首をかしげる。

「・・・ソルさんって時々お父さんな発言するわよね・・・?」

 特にデイジーに対して。

 それに対してジョニーはこともなげに答えた。

「ま、実年齢100数十歳のジジイだもんな。」

 何気に酷いことを言っていた。









 一方、

「解せないわ、人間たちはこんなことのどこがいいのかしら・・・?」

海底で。

「・・・ねぇパラケルス・・・?」

「・・・・・・しくしくしくしく・・・。」



 何故かABAがパラケルスと一緒に沈んでいた。


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「ジョニーさんっ!? 戻っていらしたんですか?」
タラップを上がると、驚いた表情をしたディズィーが出迎えた。
「ああ、予定が変わってな。 こっちは変わりはないか?」
「ええ、ありませんけれど… 随分と雨に降られたのですね、今、タオルを…」
辺りを見回したディズィーがタオルを見付けたと同時に、早速とメイが駆け寄って来た。
「ジョニー、おかえりっ! …うわわっ、ずぶ濡れじゃない、風邪引いちゃうよっ!」
身を翻したメイは椅子の背もたれに掛けられているタオルを掴み、ダッシュで戻って来る。 役目を失って立ち尽くしているディズィーに俺は軽く苦笑してみせた。 ディズィーも少しだけ肩を竦めて微笑った。
「はいっ、ジョニー、タオル!」
「ありがとさんよ」
メイから受け取ったタオルで水滴を払う。
「どうしたの? 今日は帰って来れないとか言ってたのに。 もしかして、作戦変更?」
「そういうこった」
「ええ~~っ!? あとは詰めるだけだって言ってたのにぃ? …でも、ジョニーだもん、ミスなんてするはずないし…」
心のままに豊かな表情を見せるメイにひとつ笑い掛ける。
「メ~イ、いいから艇を出す指揮を取ってくれ。 この国を出る」
メイは途端にあどけない表情を潜ませ、真剣な眼差しで頷いた。 メイは俺の声の調子に聡い。
「分かった。        ディズィー、索敵のモニター見ててもらえる? 怪しい影が映らないか見てくれるだけでいいから。 オクティを起こしたくないんだ」
この国の気候が合わないのか、オクティは少し体調を崩していた。 メイはそんなオクティを気遣っている。
「はい、それなら私にも出来ます」
「うん、お願い。 何かあったらすぐに教えて。 エイプリル! 舵、スタンバって!」
エイプリルが小走りに舵に向かうのを確認しながらメイは艇内通信のスイッチを入れた。
「ノーベル、予定変更で艇を出すよ! エンジン上げて、機関のチェックをお願い。 それからスタンバイ、ボクの指示を待って」
メイはキビキビと指令を出し、最後に俺に顔を向けた。
「ジョニー、準備が出来次第、すぐに浮上でいい?」
「それでいい、上げたら安全な高度を保ったまま北西へ向かってくれ」
「北西だね。 了解」
「頼むな、メイ」
「アイ・サー」
ピンとしたメイの立ち姿にひとつ微笑を送って、俺はブリッジを後にする。
メイならこの艇を立派に引き継ぐだろう。 だが、俺はそれを望んじゃいない。 メイには、いずれはこの艇を降りて、良い男と本当の恋をして、普通の結婚をして家庭を持ち、そうして幸せに暮らして欲しい。
メイはイイ女になるさ、赤いドレスは似合わなくても、本当にイイ女にな。 俺が育ててるんだからな。

直に艇はこの国の領空を出る。 次期大統領候補の妻が死んだんだ、警察が五月蝿くなる前にこの国を出るに越したことはない。
しばらくはこの国での仕事は様子見だな。 計画の練り直しが必要だ。

高度を上げた飛行艇の窓から見下ろせば、夜の闇に浮かぶ雨雲が見える。
地上からは見えなかった月はいつものように天に輝いている。

月に似ていると言っていたのはアクセルの野郎だ。

俺がサングラスをするようになったのは何時頃からだったかな。
何故サングラスをするようになったか、そんな理由は忘れちまった。
…多分な。
こうして部屋で独りで居る時は、昔と同じでサングラスなどしていない。
鏡を見れば昔と違う面が映る。 かなりイイ男だとは思うぜ。 当然だな、実際、俺様はイイ男だ。
ガキの頃の面影が残っているのかどうかは、俺には判らねぇ。 生憎と、その辺を指摘してくれるはずの奴はもうこの世にいないんでな。

気に入りのバーボンをグラスに注ぐ。
こんな夜はストレートがいい。
酒を憶えたのは早かったな、見つかっては親父に叱られたもんさ。

親父が死んだのは俺が13 歳の時だった。
俺は他人に心を開くことのないガキで、そんな俺に唯一愛情を注いでくれたのが親父だった。
可愛げのない俺の、どこが良かったのかは知らないが… 無償の愛ってヤツだ。
この歳になって思うが、親って奴はつくづく凄いもんだぜ。
親父を失って、俺はますます自分の殻に閉じ篭った。
いつしか物事を見る眼が出来て、戦争で親を亡くしたのは俺だけじゃないと、そんな当たり前のことに気付いた。
ようやく他人の痛みを知ることが出来るようになって、俺は親父のようになろうと思った。 俺に愛を注いでくれた親父のような男に。
「さあ お嬢ちゃん…いっぱい食べなさいね」
大きな体に、柔らかそうな真っ白い手。
笑うとしわの寄る、優しげな女性は、
この船――ジェリーフィッシュ快賊団――の母親兼賄い役であるリープさんであった。

そしてもうひとり。
「なんたって、リープさんの飯はマァ~ヴェラスにうまいからなぁ!」
そう云った男は、屋内に入ったというのに帽子もサングラスも取らず、
あろうことか裸にコート(!)を羽織った…、この人が ボクをここに連れてきた張本人だった。



―本 日 快 晴 !―




「ジョニー--ッ!!」
「なにしてるのぉ~?」
下から声が聞こえる。見なくてもわかる。メイだ。
その声の方には視線をやらずに、“来い”とも“あっちへ行け”とも取れないような、
中途半端に手をひらひらさせるだけの返事をする。

俺は、船のいちばん突先の いちばん高いところで風を受けていた。
空の遠く遠くを見据えながら…。


「ジョニーってば!」
それから間もなくして再び聞こえたメイの声は、自分のすぐ横からで、そして少し拗ねているようだった。
「お」
メイは、俺を風の盾にするように立っていた。
「もぅ…ボクのこと手であしらおうなんて酷いんだから!」
そういいながら、同じ空を見やる。
「あ!ジョニー、これ見てたんだね」
そう言われて、心の中でドキッとする。
―――これ・・…?
空の遠くを見据えるようにしながらも、本当は…俺は空に映した過去を見ていたから。
俺の動揺には気づかなかったらしい。
メイは手を翳すと、眉間にしわを寄せた。
「このまま進むと…1時間後には突風が吹き荒れる雲に…突入?」
もう一度…今度は、目前に広がるその空に目をやると、確かにそんな雲が遙か向こうで出始めているのがわかる。
自分の云ったことがあってるか、メイは目をきらきら輝かせて俺を見上げていた。

メイを見つけたあの日から…もう八年近く。
(バトルでも無いのに何故か)錨を持っていたメイの手は、か弱く小さく頼りなかった子どものそれの面影はない。
―――成長…してんだなァ。
年寄りにも思える感慨に耽りながら、その自分を押し隠して云った。
「そうさなァ…よくわかったな」
メイの頭を海賊帽の上から撫でる。
へへ…。
メイは腰に手を当てると、得意げに笑って軽く鼻をこする。
「ただし…正確には55分後だ!」
威張るなよ、…とばかりに、メイを撫でたその手でそのまま軽く小突いた。
「ちぇっ…」
悔しそうに口を尖らせながらも、表情は明るく、楽しそうだ。
「さすがジョニーだねっ!ボクももっと見習わなきゃ!」
そう言って微笑むメイの笑顔が深く心に突き刺さる。

「じゃぁ、エイプリルに云ってくるね!!」
「頼む」
メイは、元気良くすべり降りて行った。

メイが降りていったあとも、ジョニーはそこに佇んで空を見つめていた。
空を見つめながら、再び 遠いあの日を思いを馳せた。




…あの雨の日。
戦いの中で、そこだけぽつんと置き去りにされたような、寂しい街の片隅で。
壊れた壁に頭をもたげて、ぺたんと座りこんでいた少女。
俺が目の前に立っても、手を伸ばしても指先一つ動かさず、ただ目前を凝視していた。
しかし、その目には何も映っていないことは火を見るより明らかだった。
「レェイディーが台無しだな…」
ボロボロになった、もう服とは呼べないような布きれの下に見える白かっただろうスリップすら、血で赤く染まっていた。
顔についた血の飛沫跡を拭うようにして、頬に手を添える。
それでも、その少女は何も反応しなかった。

それから、だいぶ時間がたったのだと…思う。
俺は、そこでその少女と出会ったことがまるで運命の様にすら思えて、その少女をそのまま抱きかかえた。
少しサングラスをずらして、サングラス越しでない少女を見る。
そのとき初めて少女の瞳が少し動いたのがわかった。
哀しみを押し隠し、精一杯に微笑む。
「帰ろうな…」
それ以外に、その少女にかける適切なコトバを思いつかなかった。
「一緒に…帰ろうな」
そのとき…だった。
少女の大きく見開かれた目から、ひとすじの雫が零れ落ちた。
「………あ…」
虚ろに淀んでいた目には、哀しみ苦しみが涙とともに溢れ出て、
その少女は、声もあげずにひたすら泣きじゃくった。



連れて返った少女をリープさんに託すと、俺は飛行艇の食堂で二人を待った。
小一時間ほど経ったときに、やっとそのドアが開いた。
「お。」
吸いかけの煙草を灰皿で押し消して、こねていた椅子から立ち上がる。
リープさんがドアの向こうで、少女を中に入るように促している声が聞こえた。

足音もなく、おずおずと歩み入れる少女は…先ほどのボロボロだった姿からは想像つかないほどだった。
艶のある茶色い髪。赤く腫れた傷も多かったが、それが彩りにさえ思えるような真っ白な肌。
大きなシャツをワンピースのようにして、ウェストで縛っている。
「まぁ…座んなよレェイディー」
どうすればのかわからず廻りを見回す少女に、向かいの椅子を指さした。
少し俺に視線を向けてから、えっちらと椅子によじ登る。

「こんな可愛い子とはねぇ~」
調理室から食事を運び込むリープさんが、少女に優しい笑みを向ける。
「さあ お嬢ちゃん…いっぱい食べなさいね」
「なんたって、リープさんの飯はマァ~ヴェラスにうまいからなぁ!」
そう云っても何も出ませんよ…さっき食べたでしょう?と、すまして肩をすくめるリープさんの腕や顔には、
風呂や洗面所で奮闘したらしい跡でいっぱいだった。
「お疲れさま…だな」
「そんなことないですよ。おやすいご用です」
そう微笑んでから、ドアから出ていった。

沈黙の走る部屋。
「さて…」
俺のそのコトバに一瞬肩を震わせる。
何かあったか。戦災孤児なら当然のこととも云えた。
しかし、それには気づかない振りをして話を続ける。
「まぁ…喰え。ほんとに美味いから。冷めると半減するぜ?」
俯けていた顔を少し上げ、湯気が上がっている温かい食事と俺の顔を交互に見て、ゆっくりとスプーンに手を伸ばした。
ふーふーと、2、3度息を吹きかけ、恐る恐るスープを口に運ぶ。
そのひとくちで、少女の表情ははっきりと緩んだのが見てとれた。
ふたくち、みくち…と食べすすむうちに、こわばっていた表情も消えていった。
次々にプレートの上の食べ物を口へ運んでいく その様を眺めていると、こちらの顔までほころぶようだった。



やっと、少し落ち着いたような表情になったその少女に、俺は尋ねた。
「親は…どうした?」
その少女はカチャンッ…とフォークを落とすが、表情は変わらず、ただ首を横に振った。
「…そうか。悪い」
無造作に尋ねたことを恥じたが、とうの少女は少し表情を暗くした以外に変化はなかった。
「お前さんの名前は?」
首を横に振る。
「名前…無いのか?」
首を横に振る。
この調子で、何を聞いても首を横に振るばかりだ。
家も、住んでいた場所も、どこから来たのかも、どこの国の人間なのかさえ。
―――どういうことだ…?
嘘をついているようにも見えない。
ただどこか…
「まさか…何も思い出せない…のか?」
呆けた表情で、初めて首を立てに振った。
「あちゃぁ…これじゃあ家に帰してやりたくても…無理だなぁ…」
「………」
返事をする代わりに、なんの感情も湧かない顔で――当然だ。記憶がないのだから――ただ俺をちらりと見返した。


少女は、目の前で俺があたふたしているのもまるで気にせずに、出された食事を全て食べ終わろうとしていた。
その、最後のひとくちを口に入れたときだった。
「メイ…メイってのはどうだ?」
ふと、口をついて出た名前。
口をもぐもぐさせながら、少女は何を云っているのかさっぱりわからないという表情だ。
「お前さんの名前だよ、名前!名無しじゃ都合が悪いしな」
ごくんと飲み込むと、“な・ま・え”と、口の動きだけで云った。
「そ。メイっていい名前じゃないか?呼びやすいし、ぴったりだぜ。」
「ついでに誕生日…も覚えてないなら、5月5日はどうだい?今夜は歓迎会と一緒に誕生日会もできるしなぁ」
メ・イ…と、やっぱり声には出さずに繰り返す。
「俺は、ジョニーって名前だ」

「………じょにー?」
俺は耳を疑った。
「お前さん…しゃべれるのか!?」
返事の代わりに、俺の名前をたどたどしく呼ぶ。
「じょにー?」
「そして、お前さんは“メイ”だ!」
「……め、い…」

その瞬間。
振動と、バターン!という大きな音と共にドアがはずれ、快賊団の面々がリープさんの下敷きになって転がりこんで来た。
「な…なにやってんの?お前さん方…」
「いいえね…私は立ち聞きなんてやめなさいって云ったんですよ…ホホ」
そう云って汗を拭く仕草をするリープさんの下で、人が藻掻いているようだった。
「り、リープさぁん!!言い訳はともかく早くどいてぇ~」
「あ…あら失礼…」
リープさんがのっそり起きあがると、下から3人…フェービー、ノーベル、そしてジュライが現れた。
「だって新団員って云うから、どんな子かなぁって通りがかったついでに挨拶しよぅかと…」
ノーベルは頭を打ったのか、さすりながら立ち上がった。
「ノーベルだけずるいじゃんか~!そしたら団長が珍しくたじたじしてるみたいだったから…」
あはは!と笑い合うその様子をぼーっと眺めていた少女にジュライが目線を向けた。
「名前はなんてーの?」
俺が答えようとしたところを遮って、ノーベルが口を開いた。
「メイちゃんか~呼びやすいし、ぴったりだぜ~」
「確かに可愛い名前だけど、団長が取り繕うみたいに付け足してんのが笑えるよな!」
「そうそう。ぴったりだぜ~ってなぁ!」
「あっはははは!」
すっかり立ち聞きされていたらしい。
―――お前らァ…。
つい拳を握り締めたときだった。
「………はは…あははっ!」
メイが笑った。
声をあげて。初めて見せる笑顔だった。
「あたしはジュライ。よろしくね!」
「俺はノーベルだ。主にメカニック担当。よろしくなっ!」
「あと猫のジャニスってのが居るんだが…」
子ども同士だからか、すぐにうち解け合ってしまうのに水を差すように口を挟む。
「おいおい…ちょっと待て。まだ入団決定ってわけじゃ…」
そう云ってみるものの、立て板に水だった。
「団長~ぉ、今更それはないでしょ~!連れてきた時点で決まってるようなものじゃない!」
そう答えるジュライの向こうで、ノーベルがメイに尋ねる。
「ここに一緒に住んで快賊やるんだ。どうだ?いいだろう?」
「……、うんっ!」
細い両腕に力をこめると きりっとした表情で答えたメイに、フェービーも歩み寄る。
「わたしはフェービー。よろしくね。皆ジョニーに拾われてここに居るの。私も一緒よ」
そう言って微笑むフェービーにメイも微笑みを返す。
「それから快賊団の母親代わりの…もう会ってるわよね、リープさんよ」
にっこり笑って、リープさんが手を差し出す。
「食事はどう?口に合った?」
「…はい」
そう照れくさそうに答えたメイは、リープさんと握手したあと、おずおずとスープカップを差し出した。
「あの…スープが…」
すごく…美味しかったです…と言いかけるメイに
「おかわりいかが?」
と微笑むと…
「ください!」
メイが今日の一番大きな声で答えた。

そうして、皆が笑い合ったのだった。




―――ん~懐かしいねぇ。
そこまで回想したとき、船が向きを変えて動き出した。
操舵室に、エイプリルとメイの影が見える。

俺はメイを拾って、名前と誕生日と居場所を与えた。
しかし、それはお尋ね者という立場と、好む好まないに関わらず戦いの場へと赴くこともあるという面も持っていた。
「俺に拾われたのが…運の尽き…、ってな」
帽子のつばを軽く弾いて、それからゆっくりと甲板へ降りて行った。


それでも。八年という年月を、考えないではいられなかった。
メイがジャパニーズというリスクを背負っているとしても、人との…人としての幸せを追う権利はあるのだ。
「人としての幸せ…」
ジョニーは呟いた。
「八年…か…」
危険と隣り合わせの快賊という家業から、足を洗わせるいい時期…なのかもしれないねぇ…――



「…ジョニー、…今なんて云ったの?」

「………。飛行艇から降りないか?と云ったんだ」

突然、思ってもみなかったことを、大好きなその人から云われたメイは 立ち尽くすしかなかった。
「快賊なんて危ない職業やめてだな…人並みの幸せを…」
立ち尽くしたまま、その頬に涙が溢れた。
「なんで…なんでそんなこと云うの?」
やっとの思いで、棒のようになったかのような足を動かすと、コートの襟を掴んでジョニーに食い下がる。
「ねぇ、なんで?ボクなにかした!?」
必死のメイの視線に耐えられないジョニーは、サングラスの奥で目を逸らした。
「もう八年たった…お前さんも成長したから、ここらで下でいい生活してもいいんじゃないかと思ってな」
精一杯の明るい声で、事も無げに云う様を取り繕った。
メイは、すっ…と掴んでいたコートから手を放す。
「本気で…云ってるの?」
「………ああ」
最後通牒を突きつけられたメイは、ジョニーのバカっ!…と、それだけ言い捨てて自室へ走っていった。


「団長 ひっどーい」
すぐに団員に囲まれた。
「なんでメイにだけ、あんなこと云うのさ」
「な…なんだ、お前さんたち…聞いてたのかァ!?趣味悪ぃーぞ!?」
ぱかーん!と、皆から頭を叩かれる。
「団長…メイの気持ち考えて云ったの?」
エイプリルに尋ねられて、ごくんと唾を飲み込む。
「…ああ!考えたさ。だけどこのままじゃアイツは、快賊とジャパニーズ、二重のお尋ね者だ!」
そこまで云って、エイプリルを除く全員に再び叩かれた。
「それが考えてないっていうの!団長のヒトデナシ!」
――しかし、
エイプリルだけは気づいていた。
どんなに、“真面目に考えたけどおちゃらけてる”ふうを装って、掌を天に仰がせてはいても、
ジョニーの目は真剣なのだ、ということに…。



そのころ、メイは自室のベッドに突っ伏して泣いていた。
ひたすら、何も云えずに、ただ泣いていた。
哀しくて哀しくて、哀しくて。
部屋に誰かが入ってきたことにも気づかずに、ただ肩を震わせるだけだ。
「メイ…」
ベッドサイドから躊躇いがちに自分を呼ぶ声が聞こえ、真っ赤に腫らした目をしたメイがゆっくりと顔をあげた。
「あ…、…リープさん…」
そのリープを顔を見ると、また涙が思いきりあふれ出す。
「リープさぁんっ!」
リープの胸で再び泣き出すメイの頭を、ゆっくりと撫でながら云った。
「ジョニーも悪気があるわけじゃないんだよ」
「アンタの幸せを心から願ってるから、ああ云ってしまうんだ」
「不器用な子だよねぇ…ほんとうに」

慰められても猶あふれる涙を拭って、メイが少しだけ顔をあげる。
「ボクはね…人並みの幸せなんか欲しくない。ボクは…ボクの幸せが欲しいんだ」
「ジョニーが居て、リープさんが居て、みんなが居る」
「ここが、この快賊団がボクの幸せなのに…なのに…」
そこまで云って、再び顔を埋めた。
「メイ…」
慰める言葉を失ったリープは、メイの頭を撫で続けるだけだった。




ジョニーとメイの間には気まずい空気が流れたまま日は暮れ、闇が空を包んでも船内は妙な緊張に包まれたままだった。
二人とも食事に出ては来ず、それぞれの団員たちもどうすればいいのかわからず、
そのことに関して、皆は口を噤んだ。


「ジョニー…今…いい?」
ジョニーがノックの音を聞きつけてドアを開けると、そこには沈んだ表情のエイプリルが立っていた。
「いらっしゃい」
部屋へ招き入れる。
エイプリルは近くに誰も居ないのを確かめると、ドアを閉めてそのドアにもたれかかった。
「ジョニー…ホントに本気なんだね」
そこらにあった酒ビンからひとくち酒を喉に流し込んでから、、ジョニーは重たく口を開く。
「………ああ」
「その方がメイのためだって…?」
俯いて 少しの沈黙のあと、正直…わからねぇ。と、そう呟いた。
「ただひとつわかることは、快賊をやめれば賞金首としての価値はなくなるし」
「アイツも下に降りて、人並みの幸せが得られる…ってことだ」
もうひとくち酒ビンに口をつける。
「人並みの…幸せ…ね」
エイプリルが含みのある言い方をすると、ドアにある小窓のガラスを指で弾いた。

「だって…そうだろ?保護したあと…すぐに船を下りていれば、錨を振り回すような怪力にはならなかった!」
強い調子でジョニーは云う。まるで、自分に言い聞かせるように・・・・・・・・・・・・。
「でもそうしてたら、私はメイとは出会えなかった…」
ジョニーがエイプリルを拾ってきたのは、メイを見つけたそのほんの少しあとだったから。
「…エイプリル……、済まない」

「まぁ…あの怪力は生まれつきだと思うよ。まさかここに来たから鍛えたって、錨は…持てないでしょうよ」
「…そんなもんか?」
ジョニーのためにやらなきゃならない…って云われたら、仮に持てなくても、持てるように鍛えたでしょうけど。
エイプリルは、そう云いたくなるのを我慢して
「…たぶんね」
そう呟いた。

邪魔してごめんなさい。おやすみなさい。
少し寂しげな表情で挨拶をしたエイプリルが出ていった部屋は不思議な沈黙が残されて、
ジョニーは再び酒をあおった。
「メイには…下で人並みの幸せをつかんでほしい…それの何が悪い…」
そう呟いて、拳をベッドにたたきつける。
ぼすっ…と、叩き甲斐の無い音だけが返ってきた。

あれ以来、メイはほとんど口をきかなくなっていた。
空を見つめて、雲を見つめては、なにか考え事をしているようだった。
以前はメイがジョニーを追いかけていたのに、今はジョニーがひたすらメイを目線で追っている。
そうしていることに気づくたび、ジョニーは舌打ちしながら何かを自分に言い聞かせるようにメイから目を逸らした。



「ったく、団長もだらしないよな~。だらしないのは女性関係だけかと思ったが…」
ノーベルは壁に寄りかかって、呆れた…という仕草をしてみせる。
「まぁ…結局は団長も、純な少年…ってわけよね」
フェービーとセフィーが笑い合う。
そこで、ふとオクティが口を開いた。
「これも…。団長がだらしないのは、これも女性関係問題だからじゃないですか…?」
その言葉に、皆きょとんと目を丸くする。
オーガスだけが、ちょっと離れたところで、うなずいていた。
「オクティ…うがった意見云うじゃねーか!」
そうか!とばかりに、ポンッと手を打ち鳴らすと、ノーベルがオクティの肩を力強く叩いた。
「そういうことかぁ~」
団員たちがなんとなく納得し合い、団長もだらしないよね…と苦笑いを浮かべていると、
向こうでジョニーの声がして、思わず皆は振り向いた。


「メェー--イ!」
ジョニーがメイを呼んだ。
声もなく、目の辺りを赤くしたメイが、ドアの影から元気の欠片もない表情で姿を現した。
「天気もいいし、最近パッとしないし、ここらで一発勝負してみねーかァ?」
無理に明るく見せようとするジョニーの大降りな仕草が痛々しい。
誰のせいだ…ボソッと呟いてから、メイは口の端をキッとつり上げた。
「…いいよ」

「せっかくだしな…なにか賭けよーぜ」
メイは無言で錨の用意を始めている。
「何がいいかな~あ…」
ジョニーはメイをちらりと見やるが、メイはジョニーの方を一度も見ようとはしなかった。

メイが錨を担ぎ上げた瞬間にジョニーは
――自分でもわかってる――卑怯な賭を提案した。
「俺が勝ったら…お前さんが船を下り…」
言いかけたジョニーの言葉を、直ぐさまメイが遮った。
「ジョニーの…好きにすればいい」


ジョニーが戦いの舞台へあがってくることに気づくと、メイは直ぐさま人差し指一本を立て、ジョニーへ向けた。
「なんだい?一発でKOって云うのかァ?そうはいかないぜ」
おちょくって見せるジョニーに対して、周囲が唖然とするほどにメイは表情を浮かべず、ただ淡々としていた。
「誰もそんなこと云ってないよ」
冷たく言い放つ。

ひとつ大きくため息をつくと、メイは決心したようにゆっくりと話しだす。
「ボクは、ジョニーより先に一発ジョニーにお見舞いする」
「できるもんならなァ」
少し小馬鹿にしたような姿勢で、ちょい、と帽子のツバを上げたジョニーはそのあとの言葉に耳を疑った。
「でも、それ以上の反撃はしない。勿論ガードもね」
「…どういうことだ?」
眉間にしわを寄せて、メイを見下ろす。
メイは、錨で肩を軽く叩きながら、さも鬱陶しげに云った。
「鈍いなぁ。ジョニーに選ばせてあげるって云ってるんだよ」

「ジョニーがボクをどうしても船から降ろしたければ、そのまま攻撃を続ければいい」
「ボクはガードしないから、簡単だよね」

「ジョニーが、ボクを船に残してもいいって云うんなら、そのまま攻撃をしなければいい」
「タイムアップでボクの勝ちだ」

面食らったジョニーはちょっと考えながら、小指を耳に突っ込んで掻く振りをする。
「それじゃあ…賭けの意味…、なくないか?」
メイは俯いて、拳を震わせた。
「こんな勝負…最初からなんの意味もないんだ」
「ボクの人生を、ボクの意志を無視して、勝負なんて時の運で決めようなんて失礼だよ」
メイの唇が歪む。
「ボクをなんだと思ってるの?」
錨を勢いよく船に打ち付けて、目にはまた大粒の涙をためていた。


「はいはい。そのくらいでやめておきなさい」
リープさんが手を打ちながら、二人の間へ入り込んだ。
「勝負するのはかまわないけど、やるなら何か別のことでやりなさいね」
「ほらほら…メイは部屋へ戻ってなさい」
ジョニーに向かって構えてた足を引くと、メイは踵を返した。
「リープさん…ありがと。」
メイは、後ろからでもわかるほどに俯いたまま、小さく口を開いた。
「ボクとってもムカついて…もし戦ってたら、負けてあげたくても、我を忘れて滅多打ちにしちゃってたかもしれないから…」
そんなメイを後ろからそっと抱きしめると、その背中を押した。


メイが甲板を降りていったのを確認してから、ジョニーに向き直る。
「ジョニー。この勝負は貴方の不戦敗です」
なんで不戦敗なのか…わかるわよね?リープさんがそう目で訴える。
うっ…、と、痛いところをつかれたジョニーは気まずそうに、サングラスを押し上げた。
「団長かっこわるーい」
「ちょっと見損なったな」
団員に口々に云われて、後ずさる。
「だって…しょうがねえだろ…あの場合!」
思わずジョニーはそう言い訳・・・をしてしまった。
「何がしょうがないのかしらねぇ…まぁ、胸に手を当てて考えてみなさいな」
そんなジョニーにそれだけ言い残すと、リープさんは皆の背を押して船室の方へ降りていった。

「だって………なぁ…?」
行き場の無くなった台詞を、手すりに座っていたジャニスに向けたが、
ジャニスはジョニーを冷たく一瞥しただけで、さっさと毛繕いの続きをし始めた。

「………なぁ…」



―――“ボクをなんだと思ってるの…”ねぇ…。
「大切に思ってるんだぜぃ」
調子のいい言葉も、天に向けた両手も虚しく空を切る。

先ほどからジョニーは、メイの部屋の前の廊下を端から端へと行ったり来たりしていた。
ノックしようとしながらも、何度もその手を引っ込めては再び廊下を歩き出す、くりかえしくりかえし…。
―――なぁ~にがいけなかったんかなぁ…。
何回目と数えきれないほどジョニーがノックしようとドアに手をのばし、
しかし…とその格好で考え込むように佇んでいると、バン!と、勢いよくメイの部屋のドアが開いたのだ。

「その…ジョニーの云う“大切”って…なにがどう大切なんだかサッパリわかんないんだけど…」
そう呟くと、横目でジョニーを睨みつけた。
その瞳はたった今まで泣いてましたと云わんばかりに赤く、メイは鼻をすする。
「入ったら?人の気配がずっと行ったり来たりしてるから、ボク疲れちゃった」
それだけ云うと、ドアを開けたまま自分はさっさと部屋に戻って行った。

ジョニーにとって、こんなに暗くて怖いメイは初めてだった。
あの日…はじめて“船を下りろ”と云った日から、こんな顔しか見せてないメイ…。
さっきまで考えていたことはすっかり忘れて、
そんなことばかり考えながら、ジョニーはメイの後ろ姿を追って部屋へ入った。


招き入れられたものの、ふたりの間に気まずい沈黙が走る。
ジョニーは耐えきれずにわざと大きな音を立てるように、ベッドに腰掛けた。
しかし、“気まずい”と思ったのはジョニーだけだったようで、
メイは窓辺に寄っかかり頬杖をついて、変わらぬ冷たい表情で窓の外を眺めている。

「…なぁ、…メイ?お前さん…」
「ジョニー?」
諭すような言い方が気に障ったように、メイがジョニーの言葉を遮って振り返った。
まるで、
“聞きたくない”
と、そんな表情をしていた。
「ねぇジョニー、ボクが好き?」
恋人とかそういう意味じゃなくて、家族として仲間として…、慌ててメイは付け足した。
「勿論だ」
頬杖をついた手を離し窓ガラスを指でなぞるメイの、それに映る顔がにっこりと微笑んだ。
「じゃあ、ボクが大切?」
「決まってるじゃないか」
そう云って、歩み寄ったジョニーがメイの頭を撫でようとした時だった。

「ボク、船を…下りてもいいよ」
窓辺に手をついて、ジョニーの方に向き直る。
「ボクを殺してけしてくれたら、下りてあげる」
たじろぐジョニーを見つめるメイの瞳は、真剣そのものだった。
「じゃなきゃ…ボクを知ってる人、ボクを“メイ”だって知ってる人を、みんな消して」
「リープさんも、エイプリルも…みんな殺して」
窓辺に立ったメイの後ろから射しこむ月の光と、メイが俯いたせいで、その顔は影しか見えない。
こんなに側に居るのに、表情の見て取れないもどかしさに、ジョニーは震える手を隠すように拳を握り締めた。
「誰もボクをメイだって知らなくなったら…メイって云うボクは消えるから」
顔の影から一筋の、こぼれ落ちる雫が僅かに光った。
「そうしたら、船を下りてあげる」

伸ばしかけたジョニーの手は、メイの頭を撫でることはできずに、宙に浮かせられたまま。
言葉を失ったまま。
その場に立ち尽くした。

メイがそんなジョニーに勢いよく飛びつくと、不意をつかれ尻餅を付いたジョニーの上に座り込む形になる。
そして、その胸のなかでメイは泣くのだった。
「ボク、下りたくないよ。ここに居たいよ。ジョニーとみんなと居たいよ!」
「ジョニーも居ない、みんなも居ないボクなんか、そんなの…いらないっ…」
どんどん と、ジョニーの胸を叩く。
“ジョニーのバカ…”
そう繰り返した。
「メイ…」
泣きじゃくる少女を、ジョニーはそっと抱き寄せた。


少女の嗚咽がやみ、肩の震えが止まっても、ふたりはそのままで居た。
星が空を縫うように流れ、窓から差しこむ月の光は輝きを増して、少女の茶色い髪と細く白い肩を照らしていた。

「メイ…」
ゆっくりと、ジョニーは穏やかな声で話はじめた。
「メイ…俺は…あの日お前さんを黙ってかっさらってきちまった…」
「探せば親が居たかも知れない…兄弟が居たかもしれないのに、問答無用で連れてきたんだ」
「そして…お前さんを当然のように団員にしちまった。俺達が快賊だってことも…半分忘れて…な」
「済まなかった…」
抱きしめられ、ジョニーの胸に頭をもたげたメイは何も答えず、ただ黙ってそれを聞いていた。

「お前さんに名前をやったのも…お前さんを縛るつもりなんか毛頭なかった…」
「が、結果、そうなっちまったことも…本当のことだ」
優しくメイの頭を撫でながら、ジョニーが時折メイの名前を呼ぶと、
メイはそれに答えるように、握っていたジョニーの襟を強く握りなおす。
「お前さんに選択の余地を与えなかった。ここに居ることを強要しちまった」
「それも…済まなかった」

「だからァ…これは、俺様なりのケジメだったんだァ…な…コレが」
そのときはじめて、くすっ…と笑い声が聞こえる。
くすくすと笑いながら、ゆっくりとメイが顔を上げた。
「ジョニー…口調がいつもに戻ってるよ…」
「そ、そーかァ…?」
思いもしないメイの応えに、ははは…とジョニーが力無く笑ったときだった。
“ばっちー--ん!”
激しい音と共に、一瞬でその視界が真横へ移動した。
ふと我に返ると、メイが怒った顔で、赤くなった掌をこちらへ向けていた。
平手打ちをお見舞いされたのだった。
再び不意をつかれたジョニーは、唖然とした顔で自分の胸のなかにいるメイに目をやると、
ジョニーのコートを握って、その肩を震わせていた。
「ジョニーはひとりで背負いこみ過ぎなんだよ。もっと…自分のしたことを信じてよ!」

“ボクを拾って名前をくれたことを、ボクは心から感謝しているんだ”
“ここに来れたことを…後悔なんかするわけがない”“せめて、それだけは…信じて”
そう、強い瞳がジョニーに訴えかけた。

「ボクはジョニーに拾われる前の記憶は何も無い。でも…それを見つけようとも思わない」
「だって。ボクはジョニーとの記憶が…みんなとの記憶があれば、それでいいんだから」
メイが泣き笑いして、頷いた。
「ここに来て…これ以上無いくらいの幸せを…見つけたんだから」
ボクの幸せ。
そう云って、胸をそっとおさえる。
―――信じて。
“温かい感情が溢れる心、幸せなボク”

メイに暖かな安堵の色の でもどこか寂しげな目を向けて、メイがぽつりぽつりと話すのにジョニーは耳を傾けた。
「ボクはもう…とっくに選んでたよ」
「ジョニーが連れて返ってくれたあの日…ボクに名前をくれたあの日に…ね」
もう一度、ジョニーの胸に顔を埋めると、メイは呟いた。
「ジョニーのために…生きるって」

コトン…と、サングラスが床に置かれた。
ジョニーはメイの両肩に手をおくと、躰から少し離させてその顔をのぞきこむ。
「メイ…お前さんは…“我がジェリーフィッシュ快賊団の一員”…だな?」
メイが頷く。
「そうだよ。今までも…これからも…ずっと…」

「ずっと…」



「みんな、おっはよー!起きてー!」
空が明るみ始めた頃、朝も早くからメイが元気一杯に船を走り回っていた。
「すがすがしい朝だよっ!今日も元気に働こうねーっ!」
まだパジャマ姿のノーベルが目をこすりながら部屋から出てきた。その手には枕が抱えられている。
「メイ…うるさい」
あっ!ごっめーん!…とは云うが、あまり謝っているようには見えない。
そのまま甲板へと駆けだした。

―――ああ…いつものメイだ。


「どうしたの?昨日とは打って変わって…やけに元気じゃない?」
メイの大きな声で目を醒ましたらしい、
未だ寝ぼけ眼の団員達がのそのそと起き出してきて、勢いよく走り回るメイを見て意外そうな顔をする。
本心では、団長とどうなったの!?…と聞きたくて仕方ないようだが、
眠たい気持ちが先んじているのか、誰もはっきり尋ねようとはしなかった。
「うん…あのね!入団当初に立ち返って、新しい気持ちで頑張ろうかと思って!」
そう言ってメイがにっこりと笑う。
その様子で、団員たちもなんとなく察したようだった。
「あー…じゃぁ、メイ」
セフィーが声をかける。
「ん?なになに?」
「錨は置いといて…これ持ってくれる?」
はーい!と元気の良い返事とともに、メイがセフィーから受け取ったものは…
「何コレぇ…モップ!?」
「やっぱ新入りさんには、掃除から初めてもらわないとね!」
ジュライがにやり…とセフィーに笑いかけると、セフィーも笑顔で答えた。
「…です!」

「そんなぁ…ボクそんなつもりじゃ…」
眉を寄せると不満げに、両手に持ったモップを見てため息をつく。
が、団員は皆、同じ気持ちのようで、起こされた恨みも相まって皆がメイを見てにやにやしている。
「観念しなって!」
エイプリルがメイの肩を叩く。
「んもー!」

怒りながらも、メイは錨を使うようにモップを大きく弧を描かせて回し、肩に乗せた。
そして、外へ足を向けると、再び元気良く走り出した。

「本日快晴!メイも元気でーっす!」




甲板へ上がる階段の中程に立ち、それを眺めていたジョニーを見つけるとエイプリルはそっと歩み寄った。
「だーんちょvv」
エイプリルにおどけた声で呼ばれ、ジョニーは片眉をあげて苦笑しながら振り返る。
エイプリルも、ジョニーにならって、その横の手すりにもたれかかった。
「なにがあったかは聞きませんけどねー…まぁ、メイが元気になってくれて よかったよかった」
あんなに揉めたのが、昨日までのことだったとは…。
少し前にその姿をはっきりと顕した太陽の光は、階段までも差しこんで、
ジョニーはその光を遮るようにサングラスを押し上げて云った。
「済まなかった…なァ。他のレェイディーたちにも…伝えておいてくれ」
アイアイ。
そう手をにぎにぎっとして、頷いた。

甲板へと繋がる入り口のドアは開け放されていて、メイが忙しそうに右から左へ、また左から右へと
モップかけをしているのが目に入る。
「あーぁ、あんなに張り切って」
いつかコケるぞ…と、眩しく目を細めながらそんなメイを見つめたエイプリルが、ゆっくりと口を開いた。
「メイには…ジョニーが必要なんだよ。他の誰でもない…ジョニーが…居ることがメイの幸せ…」
―――違う?
…とでも云うふうに、ジョニーに人差し指を向ける。
「いや~、女の勘には適わないぜ…」
降参…、とばかりに、ジョニーは肩をすくめた。
―――実際、メイと居る時間はジョニーより長いんだから!
そんな風に笑って、エイプリルは来た階段を再び駆け上がって行った。

その後ろ姿を追って、ジョニーも甲板際まで階段を上る。
ふいにメイを心配する声と、笑い声が聞こえた。
団員たちに見守られながらモップをかけていたメイが、濡れた甲板で滑って転がったらしかった。
が、照れ笑いしながらすぐに立ち上がると、メイはまた再びモップを握って走り出す。

そんな、空に映える明るいオレンジ色の服を着た少女を…遠くから見つめた。


―――メイ…。
メイを…ここに留めておくことは、俺の我が儘だと思っていた。
あんな風に連れてきた、そのことが余計に俺を後ろめたくさせ、負い目を感じさせていた。
だから、突き放した。

…違ったんだな。
メイは…自分の意志で、自分のために、ここに居た…留まった。

いい天気だ。
風は良風。雲行きも上々。
空を仰ぐ。

そう…あの日…。
メイを瓦礫のなかから見つけたあの日は、哀しく冷たい雨の日だった。
しかし、その次の年からずっと…毎年必ずメイの誕生日には、見事な五月晴れを見せていた。
メイの心が、いつもそう晴れているのなら。
そう…なんど願ったことか。
それが少しだけ確信に変わった…五月のある日。




ボクはもう…選んでた。
見つけてた、ジョニーを。
ジョニーのために生きる、
ジョニーと共に生きる…って。
そして、わかってた。
―――それこそが、ボクの幸せなんだって。
















「ジョニーっ!?」
一人の少女が甲板を駆けていく。
「ジョニぃぃぃ~どこ~!?」



―Birth Day―




探し人を追いかけて甲板を降りようとしていた少女がふと立ち止まる。
「あ、メイ」
“ジョニー”を探しているらしいその少女は、“メイ”と呼ばれると振り向いた。
「ディズィー!ジョニー知らない?」
ディズィーは、大きな羽根と尻尾を揺らしながら、ジョニーからの伝言を伝える。
「先ほど出かけられました…ちょっと出てくるからメイに伝えといてくれ…って」
「そんなぁ…」
今にも泣きださんばかりに、自分の服の裾を掴む。
其の服は、そんなメイの表情とは裏腹に明るく綺麗な橙色をしていた。
「ジョニーってば、今日が何日だと思ってるのさぁ~……」
赤くした頬を膨らませて、甲板から降りていく。
「あ…あの…メイ!それでですね…」
もう、ディズィーの言葉は耳に入らなかった。
「それで…あの…夜には帰ってくるって…云ってたんですケド…聞こえてませんね…」



―――“たんじょうび”
ボクの“たんじょうび”は、ただの“たんじょうび”じゃないんだ。
ベッドに転がり込んだメイは、ぼすっ…と頭を枕に埋めた。
「ただの…たんじょうび…ってだけじゃ…な・い・ん・だ、ぞー!」
枕元にあるジョニーの写真の入ったフォトスタンドのガラスを爪で弾く。
「はーあ…」
しかしながら、いくら写真に物言いしても、写真は写真。
大きくため息をついた。
「ジョニーの…ばぁーか…」

ボクのたんじょうびは、ボクが、“ただ生まれた日”じゃないんだ。
ジョニーがボクを見つけてくれた日。
ジョニーがボクを拾ってくれた日。
ジェリーフィッシュ快賊団に連れて行ってくれた日。
ジェリーフィッシュ快賊団のメイが生まれた日。
…ジョニーがボクに“メイ”って名前をくれた日。

と く べ つ な 日 。

誰にも譲れない。
いちばん大切な日。
なのに…
なのに。ジョニーは。

「ぅえ~ん……」
部屋の隅の見えないところまで放り投げてしまいたかったフォトスタンドを、そうすることもできずに、抱きしめた。




次にメイの目に入った物は、暗い部屋と窓から射しこむ月明かりだった。
「あれ…もぅ夜か…」
あれから泣き寝入りしてしまったらしい。
涙が流れた跡のある少しピリピリする皮膚と、赤くなってるであろう目をこする。
「何時だろ…」
惰性的に呟く。
だって、ジョニーが居ないなら、今が何日の何時でも別に構わないのだから。
ハタとそのことに気づくと、時計にのばしかけた手を止め、ベッドの上に無造作に投げ出した。
「あーぁ…」
そうため息をついて寝返りをうったときだった。
そこにある筈のない、黒い大きな影が目に入る。
「………」
暗闇の中で目を凝らすと、ベッドサイドにジョニーが座っていたのだ。
「…ジョ、ジョニー!?」

「……ん…」
さっきまで気配もなく微動だにしなかった影が、のっそりと動き始める。
―――ああ…起きたかぃ。
そんな風にメイに目をやって、自らも眠気を覚ますように大きく伸びをした。
「お前さんがどんなに首を長くして待ってるかと思って帰ってきてみればァ…」
「気持ちよさそ~うに寝てるから、俺様もついウトウトしてしまってな」
そう云って、メイの頭をポンポンっと叩く。

小さい子をなだめるようにジョニーの手はメイに置かれたままだ。
メイは、口をへの字に曲げると、恨みがましそうな瞳でジョニーを見上げた。
―――寝てたんじゃない。
気持ちよさそうに寝てたわけじゃない!
ジョニーが居ないから…。
なんで、よりによってボクの誕生日に出かけるの?
ジョニーのばか!
「………」
もっともっと云いたいことはあったのに、当のジョニーを前にすると何も言えなくなってしまう。
「どうした?」
そう聞かれても
「なんでも…ない」
そう答えることしかできずに、しょんぼりと肩を落とした。
「…そうか」
「………」

あからさまに元気のないメイにジョニーは困ったような表情をしながら、未だ頭に乗せてあるその手に力をいれる。
くっ…と。
少しだけメイの頭が、額が上を向く。
「…あ……」
ひたいにかすかなくちびるのかんしょく。
「はっぴー…ばーすでぃ」
ジョニーが耳元で囁いた。
メイは真っ赤になって、さっきまでジョニーの唇が触れていた場所に手をあてる。
「ああ……あ・ありがと…」
メイはそのまま恥ずかしそうに俯くだけだ。
「“額じゃイヤ!”とか云わねーんだなァ、今日は」
「ん…」
メイは自分でも不思議に思ったが、
―――なんだか今日は、今はこの方が嬉しい。

「で。何が欲しいんだ?お姫様」
ジョニーが床に膝をつくと、メイの方が微かに背が高くなる。
窓越しの月の光を浴びたジョニーが、メイを見上げた。
「なんに…しようかな」
いつもと違う角度だと、なんだかジョニーもいつもと違うように見えて、どこか照れくさい。
その表情さえもが違って見える。
「なんでも。お姫様のお気に召すままに」
明るい月光のためにサングラスの奥がはっきりと見えないことに、メイは少しホッとした。

少し考えてから、メイはにっこりと微笑むと、両手を差し出して言った。
「抱っこ。それから、ジョニーの子守歌!」
意外な答えに、ジョニーがきょとんとして聞き返す。
「…そんなのでいいのかぃ?」
思わず聞き返しちまった…そんなジョニーの意外そうな顔に頬をふくらませると、
何も云わずに差し出した両手で、改めて催促をする。
「はいはい…」
苦笑しながらメイの躰を引き寄せると、十分に躰を預けられるようにしっかりと支えた。
何時もは、「子ども扱いしないでよぉ~!」と喰ってかかるのに…
―――やれやれ。レェイディーは複雑だ。
そんな風に肩をすくめた。

ジョニーの腕の中で、メイはあの日を思い出していた。
街は、見える全てが瓦礫の山で、感じられるものは、血と何かが焦げる臭いだけ。
どんより重くたれ込めた空と、其れを染めようとする赤い火。
どこか寒かったあの日。
どうしたらいいのかわからずに、
どうすることもできずに、
ただうずくまっていた。
そこに差し伸べられた大きな手。
自分を抱きしめてくれた大きな腕。
そのときから、それが世界の全てになった。

「ジョニー…」
ジョニーの肩に頭をもたげて、メイが呟く。
「ジョニー…ありがとう」
ジョニーの静かな子守歌が、メイを再び優しく包んだ。



一応、「お子さま扱いしてるけど、ジョニーは一番メイが大切&好き。でもそれを認めたくない」がうちのラインです。
でも今回はメイが異様にロリっぽいです。ガキどころか幼児並みです。年の差大好きですがやりすぎたかな。
シリアスでもメイシューズのピコピコが鳴るのを考えると洒落にならんけど楽しいな、とかつい考えてます。
ここまで読んで下さってありがとうございました。感想などお聞かせ願えれば幸いです。



目も覚めるような青白い月の中、買い出し帰りの夜道を歩く。
古い石畳が敷かれた路地に、二人の足音だけが響く。
こんな時間になる予定じゃなかったのに。

必要なモノは、すぐに揃った。でも、久しぶりに船を下りたんだから、遊ばなくっちゃねv
あっちの店やらこっちの店やらひやかして歩いてたら、いつの間にかこんな時間…
こんなに夜の気配が深まって。あんなに高く月が出て。

隣の同行者の方を見ると、ボクと同じ”しまった”って顔をして、帰り道を急いでる。
今日一日、ボクと一緒に街へ出て、はしゃいでたヒト。

あ~あ、どうせ夜道を歩くんだったら、ジョニーと二人きりがよかったのにっ。
それなのに、ジョニーは忙しいって。
じゃあ、一人で行くっていったら、それもダメ。
”ベィビィの一人歩きは、危険だぜ?”だって!!
完全に子供扱いなんだからっ!
それで、この”保護者”がついてきたんだけど…
この保護者、いっつもヘラヘラしてて、てんで頼りないんだから。
こんな、片田舎の町外れ、街灯だってほとんどないところで、何か出てきたらどーすんのよ!
…別に、コワイってわけじゃないよ?
ただ、何があるかわかんないじゃないっ?!
ちょっと、心細いかなって…
こんな、月明かりだけが頼りの夜に。
今日の保護者…アクセルは、ここへ来て、ずっと黙ったまんま。
ま、昼間にあれだけ騒げば疲れるよね。昼間のアクセルはしゃべり詰めしゃべりっぱなし。
ちょっと黙ってれば、イイ男なのにね。
今は、この、月明かりで照らされた風景を楽しむように歩いてる。



静かな夜。
二人分の靴音しかしない。
心細い夜道。
月光凍る青い夜。


…こんな夜、知ってる。
…ひとりぼっちだった夜。


シンと青白く光る帰り道。
ドキドキするぐらい、大きくて明るい月。
胸がギュッとなって苦しいぐらい。……苦しいよ。



 「…月はキライ」


 「…どうして?」



月は眩しすぎて、星が見えにくくなる
まるで、星が消えてしまったみたい

明るく照らす地上には、誰もいなくって、寂しくって、涙がでる
小さい頃、一人だったあの頃を、思い出す



「月は星を吸いとるでしょ?……ボクも吸いとられそうな気がする。吸いとられたのも気づかないで、いつの間にかひとりぼっちになるような気がする」
話してるうちに、いつの間にか涙眼になっていて。それを気づかれないようにするのに必死だった。だから月夜はキライよ。…見られちゃうじゃない。
「…そんなことないよ。だって月夜はね、相手ができる」
アクセルは、急に泣き出しそうになったボクを気にするふうでもなく、そう答えた。
「相手?」
何のことかわからず、キョトンと聞き返す。
「ダンスの相手さ。見てみなよ。ほら」
アクセルが指さすほうを見ると、足下に、長くのびる青い影。
「影?」
「それでは、一曲お願いします」
自分の影にきどって一礼。そしてゆっくりとワルツのステップを踏みだす。
「ワン・ツー・スリー  ワン・ツー・スリー…」
軽く眼を閉じるようにして、大げさな振り付けでニコニコ踊るアクセル。

 トン トン タン  トン トン タン

長い金の髪と赤いバンダナが、体が流れる方向へ、少し遅れてついてくる。

 トン トン タン  トン トン タン…

「あはは、アクセルっておかしいーっ」
思わず笑みがこぼれる。涙はいつの間にか消えていた。
「メイちゃんも踊らない?」
「えっ…」
ふわっと笑いかけられて、一瞬ドキッとしてしまう。
「ボク、踊れないよ…」
クルクル回ってるアクセルが、あんまり楽しそうで、なんだか身体は”踊りたい!”って言ってる。
…でも、自分は踊り方を知らないし、
「こんなに小さいんだもん…」
長い手足で、影も踊ってるようにみえるアクセルに比べて、自分の小さい身体は、なんだか滑稽に見えて。
いつも思ってる。オーガスのように背があれば。ジュンのように可愛くて。セフィーのようにおしとやかで。ディズィーのように素直になって。もっともっと大人なら。…ジョニーは振り向いてくれるんじゃないかなって。
「大丈夫さぁ!こう、まずお辞儀して、キック ターン 右足 左足 ぐるっと回ってさがる 蹴ってさがる かがむ どう、簡単しょ?んじゃ、手をここにおいて…」
ぼんやりと、考え事をしながら見ていたら、急に手を握られた。
アクセルの左手がボクの右手をとって、右手をボクの背中へ。左手は自然とアクセルの腕に置かれた。
「いっくよ~! 足を追いかけてきてねっ」
なに張り切ってるのよっなんて思いながら、あわてて横に出されたアクセルの左足を、ボクの右足が追いかける。
ゆっくり踊りだす、ボクとアクセル。
  トン、   トン タン …
動くたびに、頼りなくフラフラする身体をしっかり支えてくれる、ヒョロッと長い腕。
騒々しくってデリカシーがなくって大きな声で笑って子供っぽいヤツ~なんて思ってたけど、ボクを閉じこめている腕は大人のヒトの腕で。ちょっとだけ、ジョニーに似てる気がして、ドキドキする…
近くなる身体が、なんとなく気恥ずかしくて下を向いていたけど、アクセルが笑ってるような気がして、顔を上げた。そのとたん、澄んだ青空みたいな眼とぶつかった。やっぱり笑ってる。失礼ね。笑わないでよ。…そんな、子供みたいに笑わないでよ…

「これで、君も、レディだね」

…そんなこと言うもんだから、またちょびっと涙がでた。
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