忍者ブログ
Admin*Write*Comment
うろほろぞ
[794]  [793]  [792]  [791]  [790]  [789]  [788]  [787]  [786]  [785]  [784
×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。

「さあ お嬢ちゃん…いっぱい食べなさいね」
大きな体に、柔らかそうな真っ白い手。
笑うとしわの寄る、優しげな女性は、
この船――ジェリーフィッシュ快賊団――の母親兼賄い役であるリープさんであった。

そしてもうひとり。
「なんたって、リープさんの飯はマァ~ヴェラスにうまいからなぁ!」
そう云った男は、屋内に入ったというのに帽子もサングラスも取らず、
あろうことか裸にコート(!)を羽織った…、この人が ボクをここに連れてきた張本人だった。



―本 日 快 晴 !―




「ジョニー--ッ!!」
「なにしてるのぉ~?」
下から声が聞こえる。見なくてもわかる。メイだ。
その声の方には視線をやらずに、“来い”とも“あっちへ行け”とも取れないような、
中途半端に手をひらひらさせるだけの返事をする。

俺は、船のいちばん突先の いちばん高いところで風を受けていた。
空の遠く遠くを見据えながら…。


「ジョニーってば!」
それから間もなくして再び聞こえたメイの声は、自分のすぐ横からで、そして少し拗ねているようだった。
「お」
メイは、俺を風の盾にするように立っていた。
「もぅ…ボクのこと手であしらおうなんて酷いんだから!」
そういいながら、同じ空を見やる。
「あ!ジョニー、これ見てたんだね」
そう言われて、心の中でドキッとする。
―――これ・・…?
空の遠くを見据えるようにしながらも、本当は…俺は空に映した過去を見ていたから。
俺の動揺には気づかなかったらしい。
メイは手を翳すと、眉間にしわを寄せた。
「このまま進むと…1時間後には突風が吹き荒れる雲に…突入?」
もう一度…今度は、目前に広がるその空に目をやると、確かにそんな雲が遙か向こうで出始めているのがわかる。
自分の云ったことがあってるか、メイは目をきらきら輝かせて俺を見上げていた。

メイを見つけたあの日から…もう八年近く。
(バトルでも無いのに何故か)錨を持っていたメイの手は、か弱く小さく頼りなかった子どものそれの面影はない。
―――成長…してんだなァ。
年寄りにも思える感慨に耽りながら、その自分を押し隠して云った。
「そうさなァ…よくわかったな」
メイの頭を海賊帽の上から撫でる。
へへ…。
メイは腰に手を当てると、得意げに笑って軽く鼻をこする。
「ただし…正確には55分後だ!」
威張るなよ、…とばかりに、メイを撫でたその手でそのまま軽く小突いた。
「ちぇっ…」
悔しそうに口を尖らせながらも、表情は明るく、楽しそうだ。
「さすがジョニーだねっ!ボクももっと見習わなきゃ!」
そう言って微笑むメイの笑顔が深く心に突き刺さる。

「じゃぁ、エイプリルに云ってくるね!!」
「頼む」
メイは、元気良くすべり降りて行った。

メイが降りていったあとも、ジョニーはそこに佇んで空を見つめていた。
空を見つめながら、再び 遠いあの日を思いを馳せた。




…あの雨の日。
戦いの中で、そこだけぽつんと置き去りにされたような、寂しい街の片隅で。
壊れた壁に頭をもたげて、ぺたんと座りこんでいた少女。
俺が目の前に立っても、手を伸ばしても指先一つ動かさず、ただ目前を凝視していた。
しかし、その目には何も映っていないことは火を見るより明らかだった。
「レェイディーが台無しだな…」
ボロボロになった、もう服とは呼べないような布きれの下に見える白かっただろうスリップすら、血で赤く染まっていた。
顔についた血の飛沫跡を拭うようにして、頬に手を添える。
それでも、その少女は何も反応しなかった。

それから、だいぶ時間がたったのだと…思う。
俺は、そこでその少女と出会ったことがまるで運命の様にすら思えて、その少女をそのまま抱きかかえた。
少しサングラスをずらして、サングラス越しでない少女を見る。
そのとき初めて少女の瞳が少し動いたのがわかった。
哀しみを押し隠し、精一杯に微笑む。
「帰ろうな…」
それ以外に、その少女にかける適切なコトバを思いつかなかった。
「一緒に…帰ろうな」
そのとき…だった。
少女の大きく見開かれた目から、ひとすじの雫が零れ落ちた。
「………あ…」
虚ろに淀んでいた目には、哀しみ苦しみが涙とともに溢れ出て、
その少女は、声もあげずにひたすら泣きじゃくった。



連れて返った少女をリープさんに託すと、俺は飛行艇の食堂で二人を待った。
小一時間ほど経ったときに、やっとそのドアが開いた。
「お。」
吸いかけの煙草を灰皿で押し消して、こねていた椅子から立ち上がる。
リープさんがドアの向こうで、少女を中に入るように促している声が聞こえた。

足音もなく、おずおずと歩み入れる少女は…先ほどのボロボロだった姿からは想像つかないほどだった。
艶のある茶色い髪。赤く腫れた傷も多かったが、それが彩りにさえ思えるような真っ白な肌。
大きなシャツをワンピースのようにして、ウェストで縛っている。
「まぁ…座んなよレェイディー」
どうすればのかわからず廻りを見回す少女に、向かいの椅子を指さした。
少し俺に視線を向けてから、えっちらと椅子によじ登る。

「こんな可愛い子とはねぇ~」
調理室から食事を運び込むリープさんが、少女に優しい笑みを向ける。
「さあ お嬢ちゃん…いっぱい食べなさいね」
「なんたって、リープさんの飯はマァ~ヴェラスにうまいからなぁ!」
そう云っても何も出ませんよ…さっき食べたでしょう?と、すまして肩をすくめるリープさんの腕や顔には、
風呂や洗面所で奮闘したらしい跡でいっぱいだった。
「お疲れさま…だな」
「そんなことないですよ。おやすいご用です」
そう微笑んでから、ドアから出ていった。

沈黙の走る部屋。
「さて…」
俺のそのコトバに一瞬肩を震わせる。
何かあったか。戦災孤児なら当然のこととも云えた。
しかし、それには気づかない振りをして話を続ける。
「まぁ…喰え。ほんとに美味いから。冷めると半減するぜ?」
俯けていた顔を少し上げ、湯気が上がっている温かい食事と俺の顔を交互に見て、ゆっくりとスプーンに手を伸ばした。
ふーふーと、2、3度息を吹きかけ、恐る恐るスープを口に運ぶ。
そのひとくちで、少女の表情ははっきりと緩んだのが見てとれた。
ふたくち、みくち…と食べすすむうちに、こわばっていた表情も消えていった。
次々にプレートの上の食べ物を口へ運んでいく その様を眺めていると、こちらの顔までほころぶようだった。



やっと、少し落ち着いたような表情になったその少女に、俺は尋ねた。
「親は…どうした?」
その少女はカチャンッ…とフォークを落とすが、表情は変わらず、ただ首を横に振った。
「…そうか。悪い」
無造作に尋ねたことを恥じたが、とうの少女は少し表情を暗くした以外に変化はなかった。
「お前さんの名前は?」
首を横に振る。
「名前…無いのか?」
首を横に振る。
この調子で、何を聞いても首を横に振るばかりだ。
家も、住んでいた場所も、どこから来たのかも、どこの国の人間なのかさえ。
―――どういうことだ…?
嘘をついているようにも見えない。
ただどこか…
「まさか…何も思い出せない…のか?」
呆けた表情で、初めて首を立てに振った。
「あちゃぁ…これじゃあ家に帰してやりたくても…無理だなぁ…」
「………」
返事をする代わりに、なんの感情も湧かない顔で――当然だ。記憶がないのだから――ただ俺をちらりと見返した。


少女は、目の前で俺があたふたしているのもまるで気にせずに、出された食事を全て食べ終わろうとしていた。
その、最後のひとくちを口に入れたときだった。
「メイ…メイってのはどうだ?」
ふと、口をついて出た名前。
口をもぐもぐさせながら、少女は何を云っているのかさっぱりわからないという表情だ。
「お前さんの名前だよ、名前!名無しじゃ都合が悪いしな」
ごくんと飲み込むと、“な・ま・え”と、口の動きだけで云った。
「そ。メイっていい名前じゃないか?呼びやすいし、ぴったりだぜ。」
「ついでに誕生日…も覚えてないなら、5月5日はどうだい?今夜は歓迎会と一緒に誕生日会もできるしなぁ」
メ・イ…と、やっぱり声には出さずに繰り返す。
「俺は、ジョニーって名前だ」

「………じょにー?」
俺は耳を疑った。
「お前さん…しゃべれるのか!?」
返事の代わりに、俺の名前をたどたどしく呼ぶ。
「じょにー?」
「そして、お前さんは“メイ”だ!」
「……め、い…」

その瞬間。
振動と、バターン!という大きな音と共にドアがはずれ、快賊団の面々がリープさんの下敷きになって転がりこんで来た。
「な…なにやってんの?お前さん方…」
「いいえね…私は立ち聞きなんてやめなさいって云ったんですよ…ホホ」
そう云って汗を拭く仕草をするリープさんの下で、人が藻掻いているようだった。
「り、リープさぁん!!言い訳はともかく早くどいてぇ~」
「あ…あら失礼…」
リープさんがのっそり起きあがると、下から3人…フェービー、ノーベル、そしてジュライが現れた。
「だって新団員って云うから、どんな子かなぁって通りがかったついでに挨拶しよぅかと…」
ノーベルは頭を打ったのか、さすりながら立ち上がった。
「ノーベルだけずるいじゃんか~!そしたら団長が珍しくたじたじしてるみたいだったから…」
あはは!と笑い合うその様子をぼーっと眺めていた少女にジュライが目線を向けた。
「名前はなんてーの?」
俺が答えようとしたところを遮って、ノーベルが口を開いた。
「メイちゃんか~呼びやすいし、ぴったりだぜ~」
「確かに可愛い名前だけど、団長が取り繕うみたいに付け足してんのが笑えるよな!」
「そうそう。ぴったりだぜ~ってなぁ!」
「あっはははは!」
すっかり立ち聞きされていたらしい。
―――お前らァ…。
つい拳を握り締めたときだった。
「………はは…あははっ!」
メイが笑った。
声をあげて。初めて見せる笑顔だった。
「あたしはジュライ。よろしくね!」
「俺はノーベルだ。主にメカニック担当。よろしくなっ!」
「あと猫のジャニスってのが居るんだが…」
子ども同士だからか、すぐにうち解け合ってしまうのに水を差すように口を挟む。
「おいおい…ちょっと待て。まだ入団決定ってわけじゃ…」
そう云ってみるものの、立て板に水だった。
「団長~ぉ、今更それはないでしょ~!連れてきた時点で決まってるようなものじゃない!」
そう答えるジュライの向こうで、ノーベルがメイに尋ねる。
「ここに一緒に住んで快賊やるんだ。どうだ?いいだろう?」
「……、うんっ!」
細い両腕に力をこめると きりっとした表情で答えたメイに、フェービーも歩み寄る。
「わたしはフェービー。よろしくね。皆ジョニーに拾われてここに居るの。私も一緒よ」
そう言って微笑むフェービーにメイも微笑みを返す。
「それから快賊団の母親代わりの…もう会ってるわよね、リープさんよ」
にっこり笑って、リープさんが手を差し出す。
「食事はどう?口に合った?」
「…はい」
そう照れくさそうに答えたメイは、リープさんと握手したあと、おずおずとスープカップを差し出した。
「あの…スープが…」
すごく…美味しかったです…と言いかけるメイに
「おかわりいかが?」
と微笑むと…
「ください!」
メイが今日の一番大きな声で答えた。

そうして、皆が笑い合ったのだった。




―――ん~懐かしいねぇ。
そこまで回想したとき、船が向きを変えて動き出した。
操舵室に、エイプリルとメイの影が見える。

俺はメイを拾って、名前と誕生日と居場所を与えた。
しかし、それはお尋ね者という立場と、好む好まないに関わらず戦いの場へと赴くこともあるという面も持っていた。
「俺に拾われたのが…運の尽き…、ってな」
帽子のつばを軽く弾いて、それからゆっくりと甲板へ降りて行った。


それでも。八年という年月を、考えないではいられなかった。
メイがジャパニーズというリスクを背負っているとしても、人との…人としての幸せを追う権利はあるのだ。
「人としての幸せ…」
ジョニーは呟いた。
「八年…か…」
危険と隣り合わせの快賊という家業から、足を洗わせるいい時期…なのかもしれないねぇ…――



「…ジョニー、…今なんて云ったの?」

「………。飛行艇から降りないか?と云ったんだ」

突然、思ってもみなかったことを、大好きなその人から云われたメイは 立ち尽くすしかなかった。
「快賊なんて危ない職業やめてだな…人並みの幸せを…」
立ち尽くしたまま、その頬に涙が溢れた。
「なんで…なんでそんなこと云うの?」
やっとの思いで、棒のようになったかのような足を動かすと、コートの襟を掴んでジョニーに食い下がる。
「ねぇ、なんで?ボクなにかした!?」
必死のメイの視線に耐えられないジョニーは、サングラスの奥で目を逸らした。
「もう八年たった…お前さんも成長したから、ここらで下でいい生活してもいいんじゃないかと思ってな」
精一杯の明るい声で、事も無げに云う様を取り繕った。
メイは、すっ…と掴んでいたコートから手を放す。
「本気で…云ってるの?」
「………ああ」
最後通牒を突きつけられたメイは、ジョニーのバカっ!…と、それだけ言い捨てて自室へ走っていった。


「団長 ひっどーい」
すぐに団員に囲まれた。
「なんでメイにだけ、あんなこと云うのさ」
「な…なんだ、お前さんたち…聞いてたのかァ!?趣味悪ぃーぞ!?」
ぱかーん!と、皆から頭を叩かれる。
「団長…メイの気持ち考えて云ったの?」
エイプリルに尋ねられて、ごくんと唾を飲み込む。
「…ああ!考えたさ。だけどこのままじゃアイツは、快賊とジャパニーズ、二重のお尋ね者だ!」
そこまで云って、エイプリルを除く全員に再び叩かれた。
「それが考えてないっていうの!団長のヒトデナシ!」
――しかし、
エイプリルだけは気づいていた。
どんなに、“真面目に考えたけどおちゃらけてる”ふうを装って、掌を天に仰がせてはいても、
ジョニーの目は真剣なのだ、ということに…。



そのころ、メイは自室のベッドに突っ伏して泣いていた。
ひたすら、何も云えずに、ただ泣いていた。
哀しくて哀しくて、哀しくて。
部屋に誰かが入ってきたことにも気づかずに、ただ肩を震わせるだけだ。
「メイ…」
ベッドサイドから躊躇いがちに自分を呼ぶ声が聞こえ、真っ赤に腫らした目をしたメイがゆっくりと顔をあげた。
「あ…、…リープさん…」
そのリープを顔を見ると、また涙が思いきりあふれ出す。
「リープさぁんっ!」
リープの胸で再び泣き出すメイの頭を、ゆっくりと撫でながら云った。
「ジョニーも悪気があるわけじゃないんだよ」
「アンタの幸せを心から願ってるから、ああ云ってしまうんだ」
「不器用な子だよねぇ…ほんとうに」

慰められても猶あふれる涙を拭って、メイが少しだけ顔をあげる。
「ボクはね…人並みの幸せなんか欲しくない。ボクは…ボクの幸せが欲しいんだ」
「ジョニーが居て、リープさんが居て、みんなが居る」
「ここが、この快賊団がボクの幸せなのに…なのに…」
そこまで云って、再び顔を埋めた。
「メイ…」
慰める言葉を失ったリープは、メイの頭を撫で続けるだけだった。




ジョニーとメイの間には気まずい空気が流れたまま日は暮れ、闇が空を包んでも船内は妙な緊張に包まれたままだった。
二人とも食事に出ては来ず、それぞれの団員たちもどうすればいいのかわからず、
そのことに関して、皆は口を噤んだ。


「ジョニー…今…いい?」
ジョニーがノックの音を聞きつけてドアを開けると、そこには沈んだ表情のエイプリルが立っていた。
「いらっしゃい」
部屋へ招き入れる。
エイプリルは近くに誰も居ないのを確かめると、ドアを閉めてそのドアにもたれかかった。
「ジョニー…ホントに本気なんだね」
そこらにあった酒ビンからひとくち酒を喉に流し込んでから、、ジョニーは重たく口を開く。
「………ああ」
「その方がメイのためだって…?」
俯いて 少しの沈黙のあと、正直…わからねぇ。と、そう呟いた。
「ただひとつわかることは、快賊をやめれば賞金首としての価値はなくなるし」
「アイツも下に降りて、人並みの幸せが得られる…ってことだ」
もうひとくち酒ビンに口をつける。
「人並みの…幸せ…ね」
エイプリルが含みのある言い方をすると、ドアにある小窓のガラスを指で弾いた。

「だって…そうだろ?保護したあと…すぐに船を下りていれば、錨を振り回すような怪力にはならなかった!」
強い調子でジョニーは云う。まるで、自分に言い聞かせるように・・・・・・・・・・・・。
「でもそうしてたら、私はメイとは出会えなかった…」
ジョニーがエイプリルを拾ってきたのは、メイを見つけたそのほんの少しあとだったから。
「…エイプリル……、済まない」

「まぁ…あの怪力は生まれつきだと思うよ。まさかここに来たから鍛えたって、錨は…持てないでしょうよ」
「…そんなもんか?」
ジョニーのためにやらなきゃならない…って云われたら、仮に持てなくても、持てるように鍛えたでしょうけど。
エイプリルは、そう云いたくなるのを我慢して
「…たぶんね」
そう呟いた。

邪魔してごめんなさい。おやすみなさい。
少し寂しげな表情で挨拶をしたエイプリルが出ていった部屋は不思議な沈黙が残されて、
ジョニーは再び酒をあおった。
「メイには…下で人並みの幸せをつかんでほしい…それの何が悪い…」
そう呟いて、拳をベッドにたたきつける。
ぼすっ…と、叩き甲斐の無い音だけが返ってきた。

あれ以来、メイはほとんど口をきかなくなっていた。
空を見つめて、雲を見つめては、なにか考え事をしているようだった。
以前はメイがジョニーを追いかけていたのに、今はジョニーがひたすらメイを目線で追っている。
そうしていることに気づくたび、ジョニーは舌打ちしながら何かを自分に言い聞かせるようにメイから目を逸らした。



「ったく、団長もだらしないよな~。だらしないのは女性関係だけかと思ったが…」
ノーベルは壁に寄りかかって、呆れた…という仕草をしてみせる。
「まぁ…結局は団長も、純な少年…ってわけよね」
フェービーとセフィーが笑い合う。
そこで、ふとオクティが口を開いた。
「これも…。団長がだらしないのは、これも女性関係問題だからじゃないですか…?」
その言葉に、皆きょとんと目を丸くする。
オーガスだけが、ちょっと離れたところで、うなずいていた。
「オクティ…うがった意見云うじゃねーか!」
そうか!とばかりに、ポンッと手を打ち鳴らすと、ノーベルがオクティの肩を力強く叩いた。
「そういうことかぁ~」
団員たちがなんとなく納得し合い、団長もだらしないよね…と苦笑いを浮かべていると、
向こうでジョニーの声がして、思わず皆は振り向いた。


「メェー--イ!」
ジョニーがメイを呼んだ。
声もなく、目の辺りを赤くしたメイが、ドアの影から元気の欠片もない表情で姿を現した。
「天気もいいし、最近パッとしないし、ここらで一発勝負してみねーかァ?」
無理に明るく見せようとするジョニーの大降りな仕草が痛々しい。
誰のせいだ…ボソッと呟いてから、メイは口の端をキッとつり上げた。
「…いいよ」

「せっかくだしな…なにか賭けよーぜ」
メイは無言で錨の用意を始めている。
「何がいいかな~あ…」
ジョニーはメイをちらりと見やるが、メイはジョニーの方を一度も見ようとはしなかった。

メイが錨を担ぎ上げた瞬間にジョニーは
――自分でもわかってる――卑怯な賭を提案した。
「俺が勝ったら…お前さんが船を下り…」
言いかけたジョニーの言葉を、直ぐさまメイが遮った。
「ジョニーの…好きにすればいい」


ジョニーが戦いの舞台へあがってくることに気づくと、メイは直ぐさま人差し指一本を立て、ジョニーへ向けた。
「なんだい?一発でKOって云うのかァ?そうはいかないぜ」
おちょくって見せるジョニーに対して、周囲が唖然とするほどにメイは表情を浮かべず、ただ淡々としていた。
「誰もそんなこと云ってないよ」
冷たく言い放つ。

ひとつ大きくため息をつくと、メイは決心したようにゆっくりと話しだす。
「ボクは、ジョニーより先に一発ジョニーにお見舞いする」
「できるもんならなァ」
少し小馬鹿にしたような姿勢で、ちょい、と帽子のツバを上げたジョニーはそのあとの言葉に耳を疑った。
「でも、それ以上の反撃はしない。勿論ガードもね」
「…どういうことだ?」
眉間にしわを寄せて、メイを見下ろす。
メイは、錨で肩を軽く叩きながら、さも鬱陶しげに云った。
「鈍いなぁ。ジョニーに選ばせてあげるって云ってるんだよ」

「ジョニーがボクをどうしても船から降ろしたければ、そのまま攻撃を続ければいい」
「ボクはガードしないから、簡単だよね」

「ジョニーが、ボクを船に残してもいいって云うんなら、そのまま攻撃をしなければいい」
「タイムアップでボクの勝ちだ」

面食らったジョニーはちょっと考えながら、小指を耳に突っ込んで掻く振りをする。
「それじゃあ…賭けの意味…、なくないか?」
メイは俯いて、拳を震わせた。
「こんな勝負…最初からなんの意味もないんだ」
「ボクの人生を、ボクの意志を無視して、勝負なんて時の運で決めようなんて失礼だよ」
メイの唇が歪む。
「ボクをなんだと思ってるの?」
錨を勢いよく船に打ち付けて、目にはまた大粒の涙をためていた。


「はいはい。そのくらいでやめておきなさい」
リープさんが手を打ちながら、二人の間へ入り込んだ。
「勝負するのはかまわないけど、やるなら何か別のことでやりなさいね」
「ほらほら…メイは部屋へ戻ってなさい」
ジョニーに向かって構えてた足を引くと、メイは踵を返した。
「リープさん…ありがと。」
メイは、後ろからでもわかるほどに俯いたまま、小さく口を開いた。
「ボクとってもムカついて…もし戦ってたら、負けてあげたくても、我を忘れて滅多打ちにしちゃってたかもしれないから…」
そんなメイを後ろからそっと抱きしめると、その背中を押した。


メイが甲板を降りていったのを確認してから、ジョニーに向き直る。
「ジョニー。この勝負は貴方の不戦敗です」
なんで不戦敗なのか…わかるわよね?リープさんがそう目で訴える。
うっ…、と、痛いところをつかれたジョニーは気まずそうに、サングラスを押し上げた。
「団長かっこわるーい」
「ちょっと見損なったな」
団員に口々に云われて、後ずさる。
「だって…しょうがねえだろ…あの場合!」
思わずジョニーはそう言い訳・・・をしてしまった。
「何がしょうがないのかしらねぇ…まぁ、胸に手を当てて考えてみなさいな」
そんなジョニーにそれだけ言い残すと、リープさんは皆の背を押して船室の方へ降りていった。

「だって………なぁ…?」
行き場の無くなった台詞を、手すりに座っていたジャニスに向けたが、
ジャニスはジョニーを冷たく一瞥しただけで、さっさと毛繕いの続きをし始めた。

「………なぁ…」



―――“ボクをなんだと思ってるの…”ねぇ…。
「大切に思ってるんだぜぃ」
調子のいい言葉も、天に向けた両手も虚しく空を切る。

先ほどからジョニーは、メイの部屋の前の廊下を端から端へと行ったり来たりしていた。
ノックしようとしながらも、何度もその手を引っ込めては再び廊下を歩き出す、くりかえしくりかえし…。
―――なぁ~にがいけなかったんかなぁ…。
何回目と数えきれないほどジョニーがノックしようとドアに手をのばし、
しかし…とその格好で考え込むように佇んでいると、バン!と、勢いよくメイの部屋のドアが開いたのだ。

「その…ジョニーの云う“大切”って…なにがどう大切なんだかサッパリわかんないんだけど…」
そう呟くと、横目でジョニーを睨みつけた。
その瞳はたった今まで泣いてましたと云わんばかりに赤く、メイは鼻をすする。
「入ったら?人の気配がずっと行ったり来たりしてるから、ボク疲れちゃった」
それだけ云うと、ドアを開けたまま自分はさっさと部屋に戻って行った。

ジョニーにとって、こんなに暗くて怖いメイは初めてだった。
あの日…はじめて“船を下りろ”と云った日から、こんな顔しか見せてないメイ…。
さっきまで考えていたことはすっかり忘れて、
そんなことばかり考えながら、ジョニーはメイの後ろ姿を追って部屋へ入った。


招き入れられたものの、ふたりの間に気まずい沈黙が走る。
ジョニーは耐えきれずにわざと大きな音を立てるように、ベッドに腰掛けた。
しかし、“気まずい”と思ったのはジョニーだけだったようで、
メイは窓辺に寄っかかり頬杖をついて、変わらぬ冷たい表情で窓の外を眺めている。

「…なぁ、…メイ?お前さん…」
「ジョニー?」
諭すような言い方が気に障ったように、メイがジョニーの言葉を遮って振り返った。
まるで、
“聞きたくない”
と、そんな表情をしていた。
「ねぇジョニー、ボクが好き?」
恋人とかそういう意味じゃなくて、家族として仲間として…、慌ててメイは付け足した。
「勿論だ」
頬杖をついた手を離し窓ガラスを指でなぞるメイの、それに映る顔がにっこりと微笑んだ。
「じゃあ、ボクが大切?」
「決まってるじゃないか」
そう云って、歩み寄ったジョニーがメイの頭を撫でようとした時だった。

「ボク、船を…下りてもいいよ」
窓辺に手をついて、ジョニーの方に向き直る。
「ボクを殺してけしてくれたら、下りてあげる」
たじろぐジョニーを見つめるメイの瞳は、真剣そのものだった。
「じゃなきゃ…ボクを知ってる人、ボクを“メイ”だって知ってる人を、みんな消して」
「リープさんも、エイプリルも…みんな殺して」
窓辺に立ったメイの後ろから射しこむ月の光と、メイが俯いたせいで、その顔は影しか見えない。
こんなに側に居るのに、表情の見て取れないもどかしさに、ジョニーは震える手を隠すように拳を握り締めた。
「誰もボクをメイだって知らなくなったら…メイって云うボクは消えるから」
顔の影から一筋の、こぼれ落ちる雫が僅かに光った。
「そうしたら、船を下りてあげる」

伸ばしかけたジョニーの手は、メイの頭を撫でることはできずに、宙に浮かせられたまま。
言葉を失ったまま。
その場に立ち尽くした。

メイがそんなジョニーに勢いよく飛びつくと、不意をつかれ尻餅を付いたジョニーの上に座り込む形になる。
そして、その胸のなかでメイは泣くのだった。
「ボク、下りたくないよ。ここに居たいよ。ジョニーとみんなと居たいよ!」
「ジョニーも居ない、みんなも居ないボクなんか、そんなの…いらないっ…」
どんどん と、ジョニーの胸を叩く。
“ジョニーのバカ…”
そう繰り返した。
「メイ…」
泣きじゃくる少女を、ジョニーはそっと抱き寄せた。


少女の嗚咽がやみ、肩の震えが止まっても、ふたりはそのままで居た。
星が空を縫うように流れ、窓から差しこむ月の光は輝きを増して、少女の茶色い髪と細く白い肩を照らしていた。

「メイ…」
ゆっくりと、ジョニーは穏やかな声で話はじめた。
「メイ…俺は…あの日お前さんを黙ってかっさらってきちまった…」
「探せば親が居たかも知れない…兄弟が居たかもしれないのに、問答無用で連れてきたんだ」
「そして…お前さんを当然のように団員にしちまった。俺達が快賊だってことも…半分忘れて…な」
「済まなかった…」
抱きしめられ、ジョニーの胸に頭をもたげたメイは何も答えず、ただ黙ってそれを聞いていた。

「お前さんに名前をやったのも…お前さんを縛るつもりなんか毛頭なかった…」
「が、結果、そうなっちまったことも…本当のことだ」
優しくメイの頭を撫でながら、ジョニーが時折メイの名前を呼ぶと、
メイはそれに答えるように、握っていたジョニーの襟を強く握りなおす。
「お前さんに選択の余地を与えなかった。ここに居ることを強要しちまった」
「それも…済まなかった」

「だからァ…これは、俺様なりのケジメだったんだァ…な…コレが」
そのときはじめて、くすっ…と笑い声が聞こえる。
くすくすと笑いながら、ゆっくりとメイが顔を上げた。
「ジョニー…口調がいつもに戻ってるよ…」
「そ、そーかァ…?」
思いもしないメイの応えに、ははは…とジョニーが力無く笑ったときだった。
“ばっちー--ん!”
激しい音と共に、一瞬でその視界が真横へ移動した。
ふと我に返ると、メイが怒った顔で、赤くなった掌をこちらへ向けていた。
平手打ちをお見舞いされたのだった。
再び不意をつかれたジョニーは、唖然とした顔で自分の胸のなかにいるメイに目をやると、
ジョニーのコートを握って、その肩を震わせていた。
「ジョニーはひとりで背負いこみ過ぎなんだよ。もっと…自分のしたことを信じてよ!」

“ボクを拾って名前をくれたことを、ボクは心から感謝しているんだ”
“ここに来れたことを…後悔なんかするわけがない”“せめて、それだけは…信じて”
そう、強い瞳がジョニーに訴えかけた。

「ボクはジョニーに拾われる前の記憶は何も無い。でも…それを見つけようとも思わない」
「だって。ボクはジョニーとの記憶が…みんなとの記憶があれば、それでいいんだから」
メイが泣き笑いして、頷いた。
「ここに来て…これ以上無いくらいの幸せを…見つけたんだから」
ボクの幸せ。
そう云って、胸をそっとおさえる。
―――信じて。
“温かい感情が溢れる心、幸せなボク”

メイに暖かな安堵の色の でもどこか寂しげな目を向けて、メイがぽつりぽつりと話すのにジョニーは耳を傾けた。
「ボクはもう…とっくに選んでたよ」
「ジョニーが連れて返ってくれたあの日…ボクに名前をくれたあの日に…ね」
もう一度、ジョニーの胸に顔を埋めると、メイは呟いた。
「ジョニーのために…生きるって」

コトン…と、サングラスが床に置かれた。
ジョニーはメイの両肩に手をおくと、躰から少し離させてその顔をのぞきこむ。
「メイ…お前さんは…“我がジェリーフィッシュ快賊団の一員”…だな?」
メイが頷く。
「そうだよ。今までも…これからも…ずっと…」

「ずっと…」



「みんな、おっはよー!起きてー!」
空が明るみ始めた頃、朝も早くからメイが元気一杯に船を走り回っていた。
「すがすがしい朝だよっ!今日も元気に働こうねーっ!」
まだパジャマ姿のノーベルが目をこすりながら部屋から出てきた。その手には枕が抱えられている。
「メイ…うるさい」
あっ!ごっめーん!…とは云うが、あまり謝っているようには見えない。
そのまま甲板へと駆けだした。

―――ああ…いつものメイだ。


「どうしたの?昨日とは打って変わって…やけに元気じゃない?」
メイの大きな声で目を醒ましたらしい、
未だ寝ぼけ眼の団員達がのそのそと起き出してきて、勢いよく走り回るメイを見て意外そうな顔をする。
本心では、団長とどうなったの!?…と聞きたくて仕方ないようだが、
眠たい気持ちが先んじているのか、誰もはっきり尋ねようとはしなかった。
「うん…あのね!入団当初に立ち返って、新しい気持ちで頑張ろうかと思って!」
そう言ってメイがにっこりと笑う。
その様子で、団員たちもなんとなく察したようだった。
「あー…じゃぁ、メイ」
セフィーが声をかける。
「ん?なになに?」
「錨は置いといて…これ持ってくれる?」
はーい!と元気の良い返事とともに、メイがセフィーから受け取ったものは…
「何コレぇ…モップ!?」
「やっぱ新入りさんには、掃除から初めてもらわないとね!」
ジュライがにやり…とセフィーに笑いかけると、セフィーも笑顔で答えた。
「…です!」

「そんなぁ…ボクそんなつもりじゃ…」
眉を寄せると不満げに、両手に持ったモップを見てため息をつく。
が、団員は皆、同じ気持ちのようで、起こされた恨みも相まって皆がメイを見てにやにやしている。
「観念しなって!」
エイプリルがメイの肩を叩く。
「んもー!」

怒りながらも、メイは錨を使うようにモップを大きく弧を描かせて回し、肩に乗せた。
そして、外へ足を向けると、再び元気良く走り出した。

「本日快晴!メイも元気でーっす!」




甲板へ上がる階段の中程に立ち、それを眺めていたジョニーを見つけるとエイプリルはそっと歩み寄った。
「だーんちょvv」
エイプリルにおどけた声で呼ばれ、ジョニーは片眉をあげて苦笑しながら振り返る。
エイプリルも、ジョニーにならって、その横の手すりにもたれかかった。
「なにがあったかは聞きませんけどねー…まぁ、メイが元気になってくれて よかったよかった」
あんなに揉めたのが、昨日までのことだったとは…。
少し前にその姿をはっきりと顕した太陽の光は、階段までも差しこんで、
ジョニーはその光を遮るようにサングラスを押し上げて云った。
「済まなかった…なァ。他のレェイディーたちにも…伝えておいてくれ」
アイアイ。
そう手をにぎにぎっとして、頷いた。

甲板へと繋がる入り口のドアは開け放されていて、メイが忙しそうに右から左へ、また左から右へと
モップかけをしているのが目に入る。
「あーぁ、あんなに張り切って」
いつかコケるぞ…と、眩しく目を細めながらそんなメイを見つめたエイプリルが、ゆっくりと口を開いた。
「メイには…ジョニーが必要なんだよ。他の誰でもない…ジョニーが…居ることがメイの幸せ…」
―――違う?
…とでも云うふうに、ジョニーに人差し指を向ける。
「いや~、女の勘には適わないぜ…」
降参…、とばかりに、ジョニーは肩をすくめた。
―――実際、メイと居る時間はジョニーより長いんだから!
そんな風に笑って、エイプリルは来た階段を再び駆け上がって行った。

その後ろ姿を追って、ジョニーも甲板際まで階段を上る。
ふいにメイを心配する声と、笑い声が聞こえた。
団員たちに見守られながらモップをかけていたメイが、濡れた甲板で滑って転がったらしかった。
が、照れ笑いしながらすぐに立ち上がると、メイはまた再びモップを握って走り出す。

そんな、空に映える明るいオレンジ色の服を着た少女を…遠くから見つめた。


―――メイ…。
メイを…ここに留めておくことは、俺の我が儘だと思っていた。
あんな風に連れてきた、そのことが余計に俺を後ろめたくさせ、負い目を感じさせていた。
だから、突き放した。

…違ったんだな。
メイは…自分の意志で、自分のために、ここに居た…留まった。

いい天気だ。
風は良風。雲行きも上々。
空を仰ぐ。

そう…あの日…。
メイを瓦礫のなかから見つけたあの日は、哀しく冷たい雨の日だった。
しかし、その次の年からずっと…毎年必ずメイの誕生日には、見事な五月晴れを見せていた。
メイの心が、いつもそう晴れているのなら。
そう…なんど願ったことか。
それが少しだけ確信に変わった…五月のある日。




ボクはもう…選んでた。
見つけてた、ジョニーを。
ジョニーのために生きる、
ジョニーと共に生きる…って。
そして、わかってた。
―――それこそが、ボクの幸せなんだって。
















PR
jm * HOME * jj
  • ABOUT
うろほらぞ
Copyright © うろほろぞ All Rights Reserved.*Powered by NinjaBlog
Graphics By R-C free web graphics*material by 工房たま素材館*Template by Kaie
忍者ブログ [PR]