見渡す先は、雲ひとつない見事な五月晴れ。何処までも澄み切った青い空は見る者の心を浮き立たせる。けれどもメイはその空を目の前にして、心に小さな雨雲を抱いていた。
「メーイーっ?」
風に乗ってエイプリルの声が聞こえたが、自分を探す親友の声を無視して、メイは甲板の上で抱えた膝をさらに引き寄せて縮こまった。
「あー、いたいた。まったく、こんなとこで何してんの?」
「………別にぃ………」
見つけたメイの声には覇気がなく、どこか投げやりに聞こえる。その様子にエイプリルはメイの不機嫌に原因に思い当たって曖昧に笑って見せた。
「もう。せっかくのおめでたい日に、なーに拗ねてるのよ」
「だって…だって今日はボクの---」
「メイ?」
ボク? と唇の動きだけで注意され、慌てて言い直す。
「私の、特別な誕生日なのにさ、ジョニーってばいないんだもん!」
今日は今までの十九回の誕生日とは訳が違うのだ。それなのに朝からジョニーの姿は見当たらない。
「そりゃね、ジョニーが仕事で忙しいのはわかるよ。でもね、今日くらいはボ…私のこと、優先してくれたっていいと思わない?」
「大丈夫だって。大体クルーの誕生日は盛大にパーティーしようって言い出したのはキャプテンなんだから、ちゃんと戻ってくるって」
「う~、ホントに大丈夫かなぁ…?」
「ヘーキ、ヘーキ。
ほら、みんなが待ってるよ。主役がいなきゃ始まらないでしょ」
何となく軽くあしらわれてしまった気がしないでもないが、エイプリルの言っていることももっともだ。
メイは不機嫌を飲み込んで、促されるままに甲板を下りた。
窓の外を流れる景色はすっかり暗くなり、時計の針はあと半周もしないで明日へとなってしまう。
先ほどまで盛り上がっていたパーティー会場は、今は今にも泣き出しそうなメイを中心にして静まりかえっていた。
「……ジョニーの………、ジョニーの……………っ」
感情を押し殺した低い呟き。これは嵐の前兆に他ならない。次の瞬間、メイは盛大に泣き出すか、もしくは手のつけられないほどに暴れ出すだろう。
どちらに転んでも歓迎できない事態を目前にクルー全員が覚悟を決めた時、思いがけないタイミングで件の人物から通信が入った。
『ザッ……、ようみんな、楽しんでるかい?』
「ジョニー!?」
ダダダッと音を立てそうな勢いで、メイが通信機に囓りつく。
「ちょっと、ジョニー! 一体どこで何してるのよ? ボクがどんな思いでねぇ…」
『いやー、絶好のロケーションを探すのに手間取っちまってな』
「どこにいるのよー!!」
『すぅーぐ下だぜ? 見てみな、ベィベェ』
後半のジョニーの台詞が終わる前に、メイは近くの窓へとへばりついた。
「うわぁ……」
眼下に広がるのは大きく丸い月が映った蒼い海。そこで無数のイルカが思い思いに踊っている。
「すごい…キレイ……」
『だろ? これをメイに見せたくて探しに出てたんだが、ちと情報に齟齬があってな』
それでこんなに遅くなってしまったのだという。
とりあえずジョニーを回収するために飛空廷が降下し、メイが甲板まで向かえに出る。
「俺からのバースディプレゼント、気に入って貰えたか?」
「うん! 最高だったよ」
さっきまでの不機嫌はどこへ行ったのか、メイは満面の笑みである。
「そいつはよかった。それともうひとつ…。
HappyBirthday、メイ。これでお前さんも立派なレディの仲間入りだ」
手渡されたのは真っ赤なバラの花束。バラの数はメイの歳と同じ数---二十本。
「レディには赤いバラを送るのが俺の主義だからな」
そう、今日でメイは二十歳になる。これでやっと、愛しい人と同じラインに立てるのだ。
「ジョニー、ありがとう!」
ここからが新しいスタートライン。
待っててね、ジョニー。あなたに釣り合ういい女に、きっと絶対なって見せるから!
思いっきりメイがジョニーに抱きついて、蒼い夜に赤い花びらが舞い散った
「メーイーっ?」
風に乗ってエイプリルの声が聞こえたが、自分を探す親友の声を無視して、メイは甲板の上で抱えた膝をさらに引き寄せて縮こまった。
「あー、いたいた。まったく、こんなとこで何してんの?」
「………別にぃ………」
見つけたメイの声には覇気がなく、どこか投げやりに聞こえる。その様子にエイプリルはメイの不機嫌に原因に思い当たって曖昧に笑って見せた。
「もう。せっかくのおめでたい日に、なーに拗ねてるのよ」
「だって…だって今日はボクの---」
「メイ?」
ボク? と唇の動きだけで注意され、慌てて言い直す。
「私の、特別な誕生日なのにさ、ジョニーってばいないんだもん!」
今日は今までの十九回の誕生日とは訳が違うのだ。それなのに朝からジョニーの姿は見当たらない。
「そりゃね、ジョニーが仕事で忙しいのはわかるよ。でもね、今日くらいはボ…私のこと、優先してくれたっていいと思わない?」
「大丈夫だって。大体クルーの誕生日は盛大にパーティーしようって言い出したのはキャプテンなんだから、ちゃんと戻ってくるって」
「う~、ホントに大丈夫かなぁ…?」
「ヘーキ、ヘーキ。
ほら、みんなが待ってるよ。主役がいなきゃ始まらないでしょ」
何となく軽くあしらわれてしまった気がしないでもないが、エイプリルの言っていることももっともだ。
メイは不機嫌を飲み込んで、促されるままに甲板を下りた。
窓の外を流れる景色はすっかり暗くなり、時計の針はあと半周もしないで明日へとなってしまう。
先ほどまで盛り上がっていたパーティー会場は、今は今にも泣き出しそうなメイを中心にして静まりかえっていた。
「……ジョニーの………、ジョニーの……………っ」
感情を押し殺した低い呟き。これは嵐の前兆に他ならない。次の瞬間、メイは盛大に泣き出すか、もしくは手のつけられないほどに暴れ出すだろう。
どちらに転んでも歓迎できない事態を目前にクルー全員が覚悟を決めた時、思いがけないタイミングで件の人物から通信が入った。
『ザッ……、ようみんな、楽しんでるかい?』
「ジョニー!?」
ダダダッと音を立てそうな勢いで、メイが通信機に囓りつく。
「ちょっと、ジョニー! 一体どこで何してるのよ? ボクがどんな思いでねぇ…」
『いやー、絶好のロケーションを探すのに手間取っちまってな』
「どこにいるのよー!!」
『すぅーぐ下だぜ? 見てみな、ベィベェ』
後半のジョニーの台詞が終わる前に、メイは近くの窓へとへばりついた。
「うわぁ……」
眼下に広がるのは大きく丸い月が映った蒼い海。そこで無数のイルカが思い思いに踊っている。
「すごい…キレイ……」
『だろ? これをメイに見せたくて探しに出てたんだが、ちと情報に齟齬があってな』
それでこんなに遅くなってしまったのだという。
とりあえずジョニーを回収するために飛空廷が降下し、メイが甲板まで向かえに出る。
「俺からのバースディプレゼント、気に入って貰えたか?」
「うん! 最高だったよ」
さっきまでの不機嫌はどこへ行ったのか、メイは満面の笑みである。
「そいつはよかった。それともうひとつ…。
HappyBirthday、メイ。これでお前さんも立派なレディの仲間入りだ」
手渡されたのは真っ赤なバラの花束。バラの数はメイの歳と同じ数---二十本。
「レディには赤いバラを送るのが俺の主義だからな」
そう、今日でメイは二十歳になる。これでやっと、愛しい人と同じラインに立てるのだ。
「ジョニー、ありがとう!」
ここからが新しいスタートライン。
待っててね、ジョニー。あなたに釣り合ういい女に、きっと絶対なって見せるから!
思いっきりメイがジョニーに抱きついて、蒼い夜に赤い花びらが舞い散った
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きゃあ!?」
「メイ!!」
メイがイノに吹き飛ばされ、木にぶつかる。
その物音にジョニーが登場し、メイをかばう形でイノと対峙した。
「あら…騎士のご登場?いつになっても…ガキなんだな、テメェは」
「レディーには…あまり見せたくは無いんだが、アンタはちょっと例外だ。少しどいててもらおうか」
「ふんっ。それが遺言か!」
「ま、話が分かる相手とは思ってないけどねぇ…」
メイを後ろに庇いながらもイノと対峙する。
イノは不敵に笑った。
理由は分かる。
相手は何でもし放題。その一方自分のほうは怪我人を庇いながら闘わなければならない。
自分の身を危惧して避ければ、後ろに当たってしまう。
かといってメイを抱えながら闘うのは困難を極めた。
「そこで二人とも一緒にへばってな!!」
「それはどうかねぇ…来な」
「アタシに指図すんじゃねぇよ!!」
赤い楽師が宙を飛び襲い掛かってくる。
そこを剣で押さえつけるジョニー。
相手はまだ本気も出していないだろう。この者としては軽い力だ。
ふん…と力を込めれば相手は後ろに飛びのく。
「女相手に刃物振り回して闘うってのか!?笑えるねぇ!」
「おまいさんは…例外、と言った筈だ」
「面白くねぇ…まとめてとっちめてやる!!」
「そうはさせない!」
相手の帽子が変化する。
それは相手の力を込めた一発一発が大きい技。
避ける事も出来るが、それでは後ろに…まだ意識も戻ってないようだ。
横目でメイの状態を確認し、そして緑色のフィールドを張った。
「くっ…」
やはり一撃一撃が重い。
しかし負けるわけにはいかない。
衝撃が終わった後にすぐに反撃に出る。
「はっ!」
「そんなもん効かねぇよ!」
「何…!?」
スピード重視の技を放てば相手は上空に居て。
出す事だけに重視したその技が戻るまでには時間がかかる。
ほんの一瞬の隙。
そこに容赦ない先ほどと同様の技が襲い掛かる。
「うっ!」
だが吹き飛ぶわけにはいかない。後ろにはメイが…!
全ての攻撃を自らの体で受け止める。
しかし弱い所を晒してしまっていた。
全ての攻撃を食らい終わったジョニーは膝をついた。
「へっ…そんなにそのジャパニーズが大事ってのか?」
「ああ…俺の、大切な…家族だからな」
「家族ぅ?そのガキがか?」
「ガキ…じゃない、クルーの…一員だ」
「ふんっ。うざったらしい。さっさとおっ死にな」
「うぐっ!」
容赦ないイノの追撃に遂に倒れる。
だがまだ意識はあるようだ。体が震えている。
「さて…そろそろトドメを…」
その時、メイは意識を戻した。
(あれ…さっきの女の人…それにジョニー…?)
「どうやって刺そうかねぇ。その獲物とかどうだ?」
「例え…俺が死んでも…メイは守る…」
(死ぬ…ジョニーが…?)
「はっ!口だけは達者だな。遺言はそれだけか?」
「…ぐっ」
(ジョニー…ジョニー…!?)
「アタシはそういうのが嫌いなんだよ!…ほら、テメェの獲物だ。最後ぐらいいい思いをさせてやるさ…テメェの獲物でな!!」
(ジョニー…ジョニーが死んじゃう!!)
ジョニーは目を瞑った。
もうこの目が開けられることも無いだろう。
そして…姫を守れなかった自分を悔やみながらあの世へと連れて行かれるのだろう。
所詮自分は…それだけだったのだ…
「う、うわぁぁぁ!!」
「な、何!?」
「ジョニーを…傷つけるなぁぁぁ!!」
「ま、まさか覚醒…きゃぁぁぁ!!」
だがその剣は自分に刺さる事が無かった。
そしてゆっくりと目を開ければ心配そうに見つめるメイが居た。
「ジョニー…ジョニー!」
「ああ…おまいさんが助けてくれたのか…」
「死んじゃ嫌!ジョニーが死ぬだなんて僕許さない!」
「大丈夫だ、メイ。歩けるぐらいは…出来るさ」
「本当!?本当!?」
「ああ…と、どうするかねぇ」
「ジョニー…」
「どうかしたか?」
「ごめんね…皆、皆僕のせいだ…」
「何を言ってる。一度もおまいさんが原因だった事は無いじゃないか」
「だって、だって!!」
「悪いのは…あの女だろ?おまいさんはおまいさんで居てくれればいい。元気なおまいさんが俺は好きだけどな…」
「え…う、うん」
「お…っとっと」
メイがジョニーに強く抱きつく。
そんなメイにジョニーは頭をなでてやる。
「怖かった…僕、ジョニーが死んじゃうのが…嫌だった」
「俺も…おまいさんが死ぬのは…死んでも死に切れないねぇ…」
「ジョニー…あのね…」
「なんだ?俺に告白とか…する気かい?」
「え?」
突然の言葉にビックリするメイ。
どうして分かったのだろうか?
そんなメイを強く抱きしめるジョニー。
「おまいさん…いや、メイ…どうやら愛しているのはおまいさんだけのようだ」
「じょ、ジョニー!?」
「俺の…ピンチを救ってくれた。これじゃどっちが騎士か分からないな」
「ぼ、僕も…僕もジョニーの事が…っ!」
「ああ、分かってるさ…」
愛している。
その言葉は迎えに来たエンジンの音でかき消された。
でも二人はお互いに伝えたい事を伝えられた。
仲間が来て、恥ずかしそうに走り去っていくメイ。
そんなメイに仲間達は疑問に感じ、しかしジョニーだけは微笑みをずっと浮かべていた。
「メイ!!」
メイがイノに吹き飛ばされ、木にぶつかる。
その物音にジョニーが登場し、メイをかばう形でイノと対峙した。
「あら…騎士のご登場?いつになっても…ガキなんだな、テメェは」
「レディーには…あまり見せたくは無いんだが、アンタはちょっと例外だ。少しどいててもらおうか」
「ふんっ。それが遺言か!」
「ま、話が分かる相手とは思ってないけどねぇ…」
メイを後ろに庇いながらもイノと対峙する。
イノは不敵に笑った。
理由は分かる。
相手は何でもし放題。その一方自分のほうは怪我人を庇いながら闘わなければならない。
自分の身を危惧して避ければ、後ろに当たってしまう。
かといってメイを抱えながら闘うのは困難を極めた。
「そこで二人とも一緒にへばってな!!」
「それはどうかねぇ…来な」
「アタシに指図すんじゃねぇよ!!」
赤い楽師が宙を飛び襲い掛かってくる。
そこを剣で押さえつけるジョニー。
相手はまだ本気も出していないだろう。この者としては軽い力だ。
ふん…と力を込めれば相手は後ろに飛びのく。
「女相手に刃物振り回して闘うってのか!?笑えるねぇ!」
「おまいさんは…例外、と言った筈だ」
「面白くねぇ…まとめてとっちめてやる!!」
「そうはさせない!」
相手の帽子が変化する。
それは相手の力を込めた一発一発が大きい技。
避ける事も出来るが、それでは後ろに…まだ意識も戻ってないようだ。
横目でメイの状態を確認し、そして緑色のフィールドを張った。
「くっ…」
やはり一撃一撃が重い。
しかし負けるわけにはいかない。
衝撃が終わった後にすぐに反撃に出る。
「はっ!」
「そんなもん効かねぇよ!」
「何…!?」
スピード重視の技を放てば相手は上空に居て。
出す事だけに重視したその技が戻るまでには時間がかかる。
ほんの一瞬の隙。
そこに容赦ない先ほどと同様の技が襲い掛かる。
「うっ!」
だが吹き飛ぶわけにはいかない。後ろにはメイが…!
全ての攻撃を自らの体で受け止める。
しかし弱い所を晒してしまっていた。
全ての攻撃を食らい終わったジョニーは膝をついた。
「へっ…そんなにそのジャパニーズが大事ってのか?」
「ああ…俺の、大切な…家族だからな」
「家族ぅ?そのガキがか?」
「ガキ…じゃない、クルーの…一員だ」
「ふんっ。うざったらしい。さっさとおっ死にな」
「うぐっ!」
容赦ないイノの追撃に遂に倒れる。
だがまだ意識はあるようだ。体が震えている。
「さて…そろそろトドメを…」
その時、メイは意識を戻した。
(あれ…さっきの女の人…それにジョニー…?)
「どうやって刺そうかねぇ。その獲物とかどうだ?」
「例え…俺が死んでも…メイは守る…」
(死ぬ…ジョニーが…?)
「はっ!口だけは達者だな。遺言はそれだけか?」
「…ぐっ」
(ジョニー…ジョニー…!?)
「アタシはそういうのが嫌いなんだよ!…ほら、テメェの獲物だ。最後ぐらいいい思いをさせてやるさ…テメェの獲物でな!!」
(ジョニー…ジョニーが死んじゃう!!)
ジョニーは目を瞑った。
もうこの目が開けられることも無いだろう。
そして…姫を守れなかった自分を悔やみながらあの世へと連れて行かれるのだろう。
所詮自分は…それだけだったのだ…
「う、うわぁぁぁ!!」
「な、何!?」
「ジョニーを…傷つけるなぁぁぁ!!」
「ま、まさか覚醒…きゃぁぁぁ!!」
だがその剣は自分に刺さる事が無かった。
そしてゆっくりと目を開ければ心配そうに見つめるメイが居た。
「ジョニー…ジョニー!」
「ああ…おまいさんが助けてくれたのか…」
「死んじゃ嫌!ジョニーが死ぬだなんて僕許さない!」
「大丈夫だ、メイ。歩けるぐらいは…出来るさ」
「本当!?本当!?」
「ああ…と、どうするかねぇ」
「ジョニー…」
「どうかしたか?」
「ごめんね…皆、皆僕のせいだ…」
「何を言ってる。一度もおまいさんが原因だった事は無いじゃないか」
「だって、だって!!」
「悪いのは…あの女だろ?おまいさんはおまいさんで居てくれればいい。元気なおまいさんが俺は好きだけどな…」
「え…う、うん」
「お…っとっと」
メイがジョニーに強く抱きつく。
そんなメイにジョニーは頭をなでてやる。
「怖かった…僕、ジョニーが死んじゃうのが…嫌だった」
「俺も…おまいさんが死ぬのは…死んでも死に切れないねぇ…」
「ジョニー…あのね…」
「なんだ?俺に告白とか…する気かい?」
「え?」
突然の言葉にビックリするメイ。
どうして分かったのだろうか?
そんなメイを強く抱きしめるジョニー。
「おまいさん…いや、メイ…どうやら愛しているのはおまいさんだけのようだ」
「じょ、ジョニー!?」
「俺の…ピンチを救ってくれた。これじゃどっちが騎士か分からないな」
「ぼ、僕も…僕もジョニーの事が…っ!」
「ああ、分かってるさ…」
愛している。
その言葉は迎えに来たエンジンの音でかき消された。
でも二人はお互いに伝えたい事を伝えられた。
仲間が来て、恥ずかしそうに走り去っていくメイ。
そんなメイに仲間達は疑問に感じ、しかしジョニーだけは微笑みをずっと浮かべていた。
「おはようジョニー、」
今日も大好き!
と駆け寄って来る少女の愛らしさに頬を緩め、挨拶を返す。
大好き、ね…
メイは恋をしているつもりなのだろうけれど、やはりそれは錯覚とか、単なる憧れ、家族愛、そういうものだと思う。
本人も主張していることだが、後数年もすれば彼女は美しく成長するだろう。
彼女を幸せにしてくれる男だって現れる筈だ。
それでも彼女は自分を選ぶのだろうか。
有り得ない話だと思う。けれど期待してしまっているのも本当で。
自分は彼女を選ぶつもりもないというのに。
悩むようなことでもないか、
内心苦笑して、唐突に少女の小さな体を抱き上げる。
ふわり、
宙に浮く感覚に目を丸くし、次いで顔を赤らめた。
なんてこと、もうすっかり女の顔じゃないか。
どんな感情であれ、彼女の心は自分にある。
未来なんて分からないけれど、きっと幾らでも変えられるだろう。
未だ答えは導き出せないままにいるけれど。
今日も大好き!
と駆け寄って来る少女の愛らしさに頬を緩め、挨拶を返す。
大好き、ね…
メイは恋をしているつもりなのだろうけれど、やはりそれは錯覚とか、単なる憧れ、家族愛、そういうものだと思う。
本人も主張していることだが、後数年もすれば彼女は美しく成長するだろう。
彼女を幸せにしてくれる男だって現れる筈だ。
それでも彼女は自分を選ぶのだろうか。
有り得ない話だと思う。けれど期待してしまっているのも本当で。
自分は彼女を選ぶつもりもないというのに。
悩むようなことでもないか、
内心苦笑して、唐突に少女の小さな体を抱き上げる。
ふわり、
宙に浮く感覚に目を丸くし、次いで顔を赤らめた。
なんてこと、もうすっかり女の顔じゃないか。
どんな感情であれ、彼女の心は自分にある。
未来なんて分からないけれど、きっと幾らでも変えられるだろう。
未だ答えは導き出せないままにいるけれど。
その日はとても麗らかな休日だった。
「カイさん、“オトコの浪漫”って、何?」
突然の乱入者がそんなことを言い出すまでは。
「……………………はい?」
紅茶を優雅にすすり、かくかくと震える手でカップを落とさないように苦労しながらカイは微笑む。その笑顔は僅かに引き攣っていたが。
「と、とりあえず、ご一緒にお茶でもどうですか? メイさん、ブリジットさん」
開いていた茶器のカタログを片付けつつカイは二人に椅子を勧めた。だが二人は、真剣な顔でカイを見つめ続けている。
「…………………事の経緯を、教えていただけますか…?」
あまり乗り気ではない、むしろかかわりたくないのだが、カイは目の前で殺気にも似たものを迸らせている少女たち(片方誤)に負けていた。
「あのね、カイさん……。ジョニーがね…」
だとは思っていた。メイが必死すぎるほどに悲壮な決意を宿すのはただ一人の愛しい人のためである。その暴走は確かに傍から見ていれば微笑ましいのだが。
―――今回はこういうことだ。
出かけるジョニーについて行こうとしたところ、彼はどうしても連れて行ってくれなかったのだと。
行き先を問い詰めたところ、『男の浪漫だ』と不思議な一言だけ残されたそうだ。
(傍迷惑な………)
「それで、ブリジットくんの趣味が“陰で男らしく努めること”だったから、知ってるかなって聞きに来たんだけど………」
可愛らしい少女……の服装をした美少年は、幼さを残す顔に真剣な表情を浮かべてカイをじっと見つめていた。
「お願いです、カイさん! ウチに、“オトコの浪漫”を教えてください!!」
深く頭を下げられ、カイは面食らう。
「……お、男の、浪漫…ですか………?」
幼い頃から今までの自分の生き方を回想し、そのほとんどが戦場で生き抜くことだけに必死になってきたと気付いたカイは困ったように眉を寄せる。
「………どういうものなのでしょう…?」
考え込むカイを前にして、少女(誤)二人はがっくりとため息をついた。
「あ。確か、“一国を獲る”とかいうのも男の浪漫ですよね?」
ちなみにこの男の浪漫、ゲームになる前の初期考のソルの抱いたものだそうだ。
「………一国…」
これ以上ないくらい真剣に顔を見合わせるブリジットとメイに不穏なものを感じ、カイは慌てて取り繕った。
「でも! ヒトそれぞれに浪漫はあるはずですからっ!!」
このままではどこかの国にクジラとクマが進撃しそうだからである。
「「ヒトそれぞれの浪漫……」」
何とか話を逸らしたことにホッと胸を撫で下ろしたカイは、両腕を二人に掴まれてきょとんとした顔をした。
「カイさんも行こうよ♪」
メイがにっこりと笑う。
「オトコの浪漫を探しに☆」
もう片腕はロジャーだ。ブリジットがその後ろで笑んでいる。
そして、ソル一人分の重さがある錨を片手で持ち上げる少女と、巨大なクマさんをカイの細腕で振りほどけるはずもなく。
「私の休日がぁぁぁ~~~~~~」
地面に足をつけることさえままならないままに引っ張っていかれるカイの絶叫のみが響き渡ったのであった。
「………で、何でオレから聞きに来るんだ?」
かなり複雑な顔をして、『オトコの浪漫』なるものを聞かれた女性は固まっていた。
「やっぱりストーリーモードのイメージから言って梅喧さんが一番男らし――――むぐむぐ…」
命知らずなことを言い放とうとしたブリジットの口を手で覆い、カイは青ざめつつ苦笑する。この子達と一緒にいると生命が幾つあっても足りないようだ。
「………浪漫、ねぇ…」
幸い、彼女は聞いていないようだったが。
「まぁ、何だ。“オレより強い奴に会いに行く”ってのも浪漫じゃねぇか?」
やはり一番男らしい意見が返ってきた。
「じゃ、ジョニーは、誰かと戦いに行ったのかな…………」
どうもピンと来ないらしく、メイは眉を寄せる。
「ま、オレの意見だけじゃなく、他のやつらを回ったほうが確実だろうよ」
一献どうだい?とカイに杯を差し出し、梅喧はにやりと笑う。
「いえ。保護者をしなければなりませんので」
丁重に断り、次の人の元へ行こうとするメイとブリジットを慌てて追いかけるカイを見送りつつ、苦労性な生真面目くんの背中に苦笑して彼女は軽く杯を煽った。
「浪漫か………。幸せな家庭と家族があれば他に望むものはないと思うのだが…」
「それ、わかります。独りは寂しいですからね」
テスタメントとディズィーが微笑む。彼女はどうやらこちらに遊びに来ていたようだ。
「浪漫! それは爆破!」
「はい?」
とても犯罪めいた言葉を聞いた気がして、カイは絶句する。
「浪漫! それはアフロ!!」
どなたが言った言葉かとてもわかる気がするが。
「アフロ復活~~!!!!」
なおも楽しげに叫んでいる医師を無視し、三人はその傍らを通り過ぎた。
「アイヤァー♪ 浪漫、つまり夢あるネ☆ 夢ならたくさんアルよ! お店大きくして、いい男もゲットするアル♪ カイ様、ボゥイやらないアルカ?」
“男の浪漫”というか、“夢”よりも、“野望”に近い気がするのだが。
「………お断りさせていただきます」
「残念アル~」
冷や汗を拭ったカイは、次の二人が言おうとしていることに気がつき、慌ててメイの元に走っていく。
「「嫁っっ!!!!」」
お分かりだろう。ザッパとロボカイである。
「………嫁…?」
ちゃきっとメイの手の中で錨が鳴った。
「…ジョニーを殺してボクも死ぬ………」
「――――待って下さい!!!!」
瞳に不穏な光を宿し、唇に微笑みなど浮かべながら呟いたメイを羽交い絞めして必死に止め、カイはこのままでは心中事件に発展しそうな状況を何とか回避しようとする。
「(多分)違いますからっ! そんな相手が居るなら、一番近くに居る貴方が気付かないはずないでしょう?! メイさんっ!!」
パチパチと瞬きをして、何とかメイは正気に戻ってくれたようだった。
「そ、そうだよね……。嫁はその二人の男の浪漫だもんね………」
「ムシロ漢ノ浪漫ト言ウガナ」
その違いはどうもわからないが、とりあえず意図的に無視してカイはおそらく興味ないのだろうソルに視線を向ける。
「………あ?」
怪訝そうに睨まれ、カイは肩を竦めた。
「いい。お前に男の浪漫を求めた私が悪い」
ソルの大きな手がカイの肩を掴む。
「………海は、却下か?」
何を言われたか一瞬わからなかった。
「……海?」
「船着場で、船を係留するあれに足を乗せて、潮風に吹かれつつ夕陽を……」
「…………………………お前の、浪漫か?」
こく、と真顔で頷かれ、反応を返せないままにカイは考え込む。
「多分、方向性が間違っていると思うが」
「そうか」
「……一応、考えてくれたことは感謝する」
思いもしなかったソルの“浪漫”に引き攣った笑顔を浮かべるカイは、不意に肩を叩かれて振り返った。
「カイちゃん、漢の浪漫探してるんだって?」
どこで噂を聞きつけたのか、アクセル、闇慈、チップがいつの間にか参加していた。
「俺様たちも交ぜて~」
楽しげに笑い、何故か三人はポーズを決める。
「時空の異邦人アクセル=ロウ!」
「松籟(しょうらい)の舞師御津闇慈!」
「カラクリニンジャ(?)チップ=ザナフ!」
最後、かなり違ったような気がするのだが。多分、ロボカイに対抗したかったのだろう。
ちなみに松籟、確か松に吹く風のこと、雅な様子のことだったと思う。
「「「三人合わせて、ボンクラーズ!!!」」」
画面の外(?)に向かってそんなことを叫ぶ三人の背後で煙幕が破裂する。
「「「誰がボンクラーズやねん!!!」」」
「どうでもいいから、どこかで見たようなネタをやってないで帰ってきてください。読者がびっくりします」
自分でボケて自分で突っ込まれても見ているほうは困惑するしかない。冷静なとどめのツッコミを入れ、カイはため息をついた。
「カイちゃん、漢の浪漫はね、ナンパだよ、ナンパ☆」
逆ナンパの経験はあるものの、ナンパなどしたことのないカイは苦笑する。
「ちなみに、カイちゃんがディズィーちゃんをデートに誘ったのもそれに入るから」
Xplusストーリーモード参照。
「あ、あれはですね…!」
顔を真っ赤になるカイの肩を掴み、アクセルは真剣な顔で彼を見つめた。
「で、どこまで行ったの?」
「買い物です」
「そうでなく。………キスした?」
カイの顔がこれ以上ないくらい真っ赤になった。
「すっ、するはずないでしょう! 手すら握ってません!!」
「勿体無いよ、それ」
「馬鹿なこと言わないでください……。私のことは兄のように思っているだけですよ、彼女は」
うろたえるカイの前でち、ち、ちと指を振り、アクセルは真剣に言う。
「“おにいちゃん”もまた萌え。ちなみに、“お義兄ちゃん”でないと犯罪ね」
漢の浪漫がわからなくなってきたカイは、混乱のままに叫ぶ。
「か、彼女は…っ、まだ三歳ですよ!」
「カイちゃん、ディズィーちゃん見てそう言えるのは成人男性としてどうよ?」
言葉を詰まらせたカイの頭を撫で、闇慈が救いの手を差し伸べる。
「ま、それがカイ殿のいいところだな。無意識に漢の浪漫は全てキャンセルする」
「……男の、ロマンキャンセル?」
男のロマキャン、何か嫌な響きである。
「ちなみに俺の浪漫はメイドさんかな? カイ殿も似合いそうだが」
本気か冗談かわからない口調でそう言って笑う闇慈にどう反応を返したものかとカイは眉を寄せる。その表情はまるで小動物だ。
「―――で、チップは?」
これ以上苛めるのも可哀想だと思ったのか、それでもカイの頭を撫でたまま闇慈はチップに話を振る。
「そりゃ勿論! 帯をくるくる~~っっ?!」
――――げしぃっっ
「こ、子供の前で何てこと口にしてるんですかっっ!!!」
顔を真っ赤にしたカイによりチップは黒焦げのまま地面に沈んだ。
昔聞いた話では、あれの正式名称は『生娘独楽回し』らしい(何で知ってんだ、こんなこと)。
「よいではないか、から言わなきゃな……。とりあえず、カイ殿は何で知ってるんだ?」
カイはそういう情報には疎そうな気がするのに。
「え、あ、あの……っ」
頬を染めたままカイは泣きそうな顔で視線だけをソルに向ける。それだけで元凶を察したのか、アクセルと闇慈は肩を竦めた。
そして、彼らの言う“浪漫”をメモしていたブリジットとメイは、難しそうな顔をして互いに視線を合わせる。
「つまり……」
「オトコのロマンって言うのは……」
「「メイドさんをナンパしてゲットして、お嫁さんにして幸せな家庭を築いて爆破で『れっつアフロ』ってこと?」」
「どんな犯罪ですか、それ……」
少しも乱れずに一息で言い切った二人にカイは絶句したものの、かなり不穏な空気を感じてツッコミを入れる。
「やだなぁ、カイさん。これこそがロ・マ・ン☆なんですよ!」
「ブリジットさん、メイさん、別にまとめなくてもいいんです」
れっつアフロをロマンにされても困るのだ。
というか、みんなの中の浪漫とは一体どういったものなのだろう?
「スレイヤーさんの浪漫は何ですか?」
ブリジットの無邪気な質問に苦笑し、長き時を生きてきた貴種は僅かに考える仕種を見せて顎に手を当てる。
「やはり愛しい者との運命的な出会いだろうね? 二度と離れられなくなるような」
ちらりとソルとカイに意味深な視線を送る。
「でも“不倫は文化だ”って言ったヒトもいますよね?」
「ふむ、それも一理――――っいや、シャロン。例えばの話だ!」
今回はカイの静止も間に合わなかったらしい。一組の夫婦が危機に陥っている間、カイは今まで挙げられた浪漫の数々を思い出し、額を押さえていた。
(まともな物がない……)
これだけ個性の強い方々(イロモノ含む)がテンションMaxのまま集まれば仕方ないとも思える。彼はがっくりと肩を落とし、不意に視線をずらした。
「ぅわ」
そこでは、偶然会ってしまったがためにバトルしていたのだろうミリアが、エディの全身を髪で締め上げていたのである。
「…………み、ミリアさん…」
「何?」
一頻り必殺技の嵐だったからなのか、彼女だけテンションが下がっている。
「あの………オトコの浪漫って、わかります?」
まともな説明をくれそうな様子にホッとして、カイは質問を投げかけてみる。
この際、後ろでもがいている影は無視しよう。
その後ろに、一緒に締め上げられている銀髪の人も見えるのだが、こうして一緒にいられるだけで彼には浪漫なのかもしれないと温かく見守ってみる。
「…………そうね、男の浪漫はわからないけど…」
しばらく考え、彼女は納得したように軽く頷いた。
「漢の浪漫は、女にとってのセクハラよ」
今日一番の爆弾発言であった。
「ジョニー、何を見てるの?」
新聞を後ろから覗き込み、エイプリルは少し笑った。
「宝くじ?」
「男の浪漫だろ?」
一枚の紙をひらひらと振る。
「30W$、大当たりだ」
子供を見る母親のような顔で苦笑し、彼女は腰に手を当てる。
「で、何枚買ったの?」
「10枚」
「±ゼロ」
「当たるかどうかのハラハラを楽しめただけプラスだな」
楽しそうに笑い、ジョニーはその宝くじを仕舞った。
新聞を片付けつつ部屋の入り口を見ると、開け放たれたドアの外にオレンジ色の服を纏った少女が俯いている。
「メイ? どうした?」
「ジョニーの……っ」
どうやら、今来たらしい彼女には、ジョニーの考えていた“男の浪漫”は届いていないらしい。
「馬鹿あぁぁぁぁっっっっ!!!!!!!」
ピンク色の物体が部屋の中に炸裂する。
勘違いととばっちりの果てに、今回の犠牲者(全治三日)ジョニーは床に沈んだのであった(合掌)。
おわり
室内に絶え間なく響き渡る、甲高い少女の声。
赤い液体の注がれたグラスを手に持て余しながら、カイはひっそりと、目の前に座る少女に気付かれないよう、溜め息を吐いた。
疲れと戸惑いとが色濃く現れた吐息であったが、熱弁を揮うのに忙しい少女は、それに気付いた風もない。頬を膨らませ、唇を尖らせて、彼女はまだ成長途中の小柄な体全体で目一杯の怒りを表していた。
メイは琥珀色の双眸を興奮に輝かせながら、また大きな声を張り上げてテーブルから身を乗り出し、カイに詰め寄った。
「ね、カイさんもひどいと思うでしょ?」
「・・・はあ」
「はあ、じゃないよ! ちゃんと話聞いてた?!」
「は、はい、聞いてました」
怒りに悔しさにと強い感情の篭められた声に、カイはただ圧倒されるばかりだった。
けれど文句一つを口にする事もなく、カイは身振り手振りをつけて語り続けるメイに、努めて柔和な笑顔を作り、時折頷き相槌を打って、話を聞いてやっていた。
両手一杯にワインやらブランデーやらたくさんの酒瓶を抱えたメイが、珍しく自分からカイの自宅を訪ねてきたのは、既に陽も暮れた時間、ちょうど食事を終えて、片付けもそこそこに一息ついていた所だった。
彼女とは前大会以来の顔見知り同士ではあるが、とはいえ快賊と警察の関係である。クルーの人間を伴わずに一人で訪ねてきたのも初めての事で、カイは少なからず驚いたが、尋ねるまでもなく彼女自身が語ってくれた事の顛末は、いたって簡単なものだった。彼女の保護者であり思い人である快賊の頭領が、どうやら女性と姿を消してしまったらしい。
メイはそれに腹を立てて家出してきた、という事のようであり、大量の酒を抱えてきた理由も単純明快で、『グレてやる』であった。グレようとしている少女の家出先が警察機構の人間の自宅、というのも、考えれば少しおかしなものではあるけれど。
だがカイにしてみれば、ジョニーが女性と消えてしまうというのは珍しい事とも思えなかった。警察に捕まっている時でさえ、看守の女性を口説きまわっていたような男だ。日常がどうであるかは、想像するのも容易い事だった。それは自分などよりも、付き合いの長い彼女の方が、ずっとよくわかっているはずである。
しかしそれを口にすればどうなるかも想像に難くないので、カイは沈黙を守る事にした。メイはまだ足りないとばかりにぶつぶつと呟き続けている。
「ボクだって、お酒飲めるのにぃ・・・」
恨めしそうにそう言うメイのグラスに注がれている飲み物は、コーラに香り付け程度にブランデーを数滴だけ落としたもので、アルコールと呼べるほどのものではない。要は『グレた』という気分が味わえればいいだけなのだろう、メイはジュースと変わりない飲み物を、それでも満足げに飲み干した。
大きく息を吐いてたメイは、しかしやはりまだ拗ねた表情で、じとりとカイを睨み付けた。酔っているように見えなくもない、とろんとした瞳。けれどそこに宿る光は真剣だった。
「カイさんも、ボクはまだ子供だから何もわかってない、って思ってるんでしょ」
「・・・・・・」
「わかってるもん」
反論しなかったカイに、メイは怒らず、小さくぼやいた。
「ジョニーがボクを大事にしてくれてるのは、ちゃんと、わかってるんだよ」
それが保護者という意味でも、とメイは大きな瞳に涙を溜めて俯いた。意外な言葉にカイは少し驚いたけれど、納得もした。年若いとはいえやはり少女だ。こういった感情の機微には、自分より余程聡い部分がある。
メイは膝の上に置いた手を握り締めた。
「でも、やっぱり、言葉で聞きたいよ・・・」
泣き出す寸前の声での呟きと、チャイムの音が重なった。
この時間に訪問してくる人間など、心当たりは今のところ一人しかいない。カイがメイを見やると、メイもまた訪問者の気配を敏く感じ取って、一旦顔を上げはしたものの、また無言のまま、脇にあったクッションを抱き締めて俯いてしまった。
カイは仕方なしに自分で立ち上がり、インターフォン越しに一言二言を交わして、予想通りの訪問者を邸内へと招き入れた。
いつもと同じ黒い帽子にコートにサングラスといった出で立ちの男は、部屋にメイの姿を認めると、大仰に肩を竦めながら大きな溜め息を吐いた。
「探したぞ、メイ」
ジョニーが部屋に入ってきても、メイは返事どころか、ドアの方を見もしなかった。クッションに縋るようにして、拗ねた背中だけをジョニーに向ける。すっかり機嫌を損ねてしまっているメイに、ジョニーは苦笑しながら懐から紙片を取り出し、それを広げてみせた。
綺麗に折りたたまれていた紙には、丸みのある大きな字で、家出する、といった主旨の事が乱雑に書き殴られていた。
「全く、警察に家出してどうするんだ」
男の声は普段と同じに軽妙で、呆れるというよりは少女のある意味矛盾した行動を面白がっている節があった。広げた紙片を再び元通りに綺麗にたたんで懐に戻し、腰に手を当ててメイを見下ろす。
「帰るぞ。長居すると、本当に逮捕されかねないからな」
冗談めかしてジョニーは言うが、メイはそれでも振り返らなかった。クッションを更に強く抱き締めて、大きく首を振る事だけで応じる。ジョニーはやはり困った顔もせず、メイの様子を窺うように軽く上体を折った。
「どうした、メイ? 帰らないのか?」
「ボクなんか、帰らなくてもいいくせに」
「は?」
「ジョニーは、ボクより大人の女の人の方がいいんでしょっ」
吐き捨てるように言ったきり、頬を膨らませてそっぽを向いてしまった少女に、ジョニーは小さく苦笑した。だが心底困っているという様子はなく、メイの背中を見やる眼差しは、暖かささえ感じられる。
ジョニーはサングラスの奥の目を細め、少し思案して、軽い溜め息を漏らした。メイの隣に静かに腰を下ろす。二人分の重みに、ソファが軋んだ。
「メイ」
低い声が、優しく、甘い響きをもって少女を呼んだ。
普段とはまるで違った、それは例えば女性に呼びかけるような、誰もを振り向かせる魅惑的な声だった。誘惑に、メイは音がするほど勢いよく振り返った。癖のない髪が柔らかに揺れる。メイの視線に合わせて腰を曲げたジョニーは、振り向いた少女を、そっと抱き寄せた。
唇がメイの頬を掠めた。栗色の瞳が大きく瞠られる。そして頬に押し当てられた唇が、何事かを呟いたようだった。呟きはメイの耳だけに届き、それにメイはかあっと頬を染めた。年頃の少女らしい、初々しい反応だった。傍で見ているカイまで、思わず顔を赤らめてしまう。
体を離したジョニーは、少女の髪を指先で梳いてやりながら、薄く笑った。
「ジョニー・・・」
「こういうのはな、年がら年中口にすればいいってもんじゃないんだぞ、メイ」
大きな瞳に、先程までとは違った意味の涙を溜めたメイに、ジョニーは指先を唇に当てながら囁く。口調はやはりどこかおどけたようなものだったけれど、その言葉が冗談などでない事は、メイ自身がよくわかっている事だろう。
ジョニーが確認するように顔を近付けて首を傾けると、メイは大きく頷いて、元気よくジョニーに飛びついた。胸に顔を埋め、再び顔をあげたメイは、先程までの曇った表情がまるで嘘のように明るく微笑んでみせた。
大輪の花が咲いたような笑顔だった。満面に笑みを浮かべて、メイは普段と同じの、元気の良い声でもって高らかに告げる。
「ジョニー、大好きっ!」
何のてらいもなく正直に気持ちを明かし、少女は男を押し倒すばかりの勢いで体を摺り寄せた。まるで小動物のような懐き方だ。カイが口を挟めずにいると、ジョニーはさすがに今度は困った顔をして、メイの背中を叩いて促した。
「話は帰ってからだ。ほら、行くぞ」
軽く腕を引いて立ち上がらせるが、メイはジョニーに抱きついたまま離れようともしない。幸せ一杯といった顔で微笑むメイにつられるようにして笑いながら、カイはジョニーを見た。
サングラスを指で押し上げながら、ジョニーはおどけたように片手を額に当て、敬礼してみせた。
「世話になったな」
「いいえ。お土産も貰いましたしね」
カイはグラスを傾けて笑った。メイが持ち込んできた酒は、さほど詳しくないカイでも、高価なものだとわかるようなものだった。おそらくはジョニーの、それも秘蔵のものを勝手に持ち出してきたのだろう。
テーブルに並べられ、無造作に栓を開けられたそれらを見やったジョニーは、少しだけ眉をしかめたが、肩を竦めるに留まった。
「いいさ。安いもんだ」
腰に腕を巻き付けて、ぴったりと体を寄り添わせて離さないメイの頭を優しく叩いてやりながら笑うジョニーに、カイは大きく息を吐いた。顔見知りとはいえ男は空賊なのである。本来であれば身柄を拘束する所であるのだが、それは無粋というものだろう。心底幸せそうなメイの笑顔を見れば、そんな事は瑣末な事に思えた。
「未成年に飲酒させるような事をしたら、今度は逮捕しますから」
「肝に銘じておくよ。・・・そっちも仲良くな」
メイの肩を抱き、くるりと背を向けたジョニーは、去り際に軽く手を上げてさらりとそんな事を言う。意趣返しとばかりに投げられた一言に、カイは正直に顔を赤くしてしまった。幸い、背を向けていた二人には見られずに済んだけれど。
赤い液体の注がれたグラスを手に持て余しながら、カイはひっそりと、目の前に座る少女に気付かれないよう、溜め息を吐いた。
疲れと戸惑いとが色濃く現れた吐息であったが、熱弁を揮うのに忙しい少女は、それに気付いた風もない。頬を膨らませ、唇を尖らせて、彼女はまだ成長途中の小柄な体全体で目一杯の怒りを表していた。
メイは琥珀色の双眸を興奮に輝かせながら、また大きな声を張り上げてテーブルから身を乗り出し、カイに詰め寄った。
「ね、カイさんもひどいと思うでしょ?」
「・・・はあ」
「はあ、じゃないよ! ちゃんと話聞いてた?!」
「は、はい、聞いてました」
怒りに悔しさにと強い感情の篭められた声に、カイはただ圧倒されるばかりだった。
けれど文句一つを口にする事もなく、カイは身振り手振りをつけて語り続けるメイに、努めて柔和な笑顔を作り、時折頷き相槌を打って、話を聞いてやっていた。
両手一杯にワインやらブランデーやらたくさんの酒瓶を抱えたメイが、珍しく自分からカイの自宅を訪ねてきたのは、既に陽も暮れた時間、ちょうど食事を終えて、片付けもそこそこに一息ついていた所だった。
彼女とは前大会以来の顔見知り同士ではあるが、とはいえ快賊と警察の関係である。クルーの人間を伴わずに一人で訪ねてきたのも初めての事で、カイは少なからず驚いたが、尋ねるまでもなく彼女自身が語ってくれた事の顛末は、いたって簡単なものだった。彼女の保護者であり思い人である快賊の頭領が、どうやら女性と姿を消してしまったらしい。
メイはそれに腹を立てて家出してきた、という事のようであり、大量の酒を抱えてきた理由も単純明快で、『グレてやる』であった。グレようとしている少女の家出先が警察機構の人間の自宅、というのも、考えれば少しおかしなものではあるけれど。
だがカイにしてみれば、ジョニーが女性と消えてしまうというのは珍しい事とも思えなかった。警察に捕まっている時でさえ、看守の女性を口説きまわっていたような男だ。日常がどうであるかは、想像するのも容易い事だった。それは自分などよりも、付き合いの長い彼女の方が、ずっとよくわかっているはずである。
しかしそれを口にすればどうなるかも想像に難くないので、カイは沈黙を守る事にした。メイはまだ足りないとばかりにぶつぶつと呟き続けている。
「ボクだって、お酒飲めるのにぃ・・・」
恨めしそうにそう言うメイのグラスに注がれている飲み物は、コーラに香り付け程度にブランデーを数滴だけ落としたもので、アルコールと呼べるほどのものではない。要は『グレた』という気分が味わえればいいだけなのだろう、メイはジュースと変わりない飲み物を、それでも満足げに飲み干した。
大きく息を吐いてたメイは、しかしやはりまだ拗ねた表情で、じとりとカイを睨み付けた。酔っているように見えなくもない、とろんとした瞳。けれどそこに宿る光は真剣だった。
「カイさんも、ボクはまだ子供だから何もわかってない、って思ってるんでしょ」
「・・・・・・」
「わかってるもん」
反論しなかったカイに、メイは怒らず、小さくぼやいた。
「ジョニーがボクを大事にしてくれてるのは、ちゃんと、わかってるんだよ」
それが保護者という意味でも、とメイは大きな瞳に涙を溜めて俯いた。意外な言葉にカイは少し驚いたけれど、納得もした。年若いとはいえやはり少女だ。こういった感情の機微には、自分より余程聡い部分がある。
メイは膝の上に置いた手を握り締めた。
「でも、やっぱり、言葉で聞きたいよ・・・」
泣き出す寸前の声での呟きと、チャイムの音が重なった。
この時間に訪問してくる人間など、心当たりは今のところ一人しかいない。カイがメイを見やると、メイもまた訪問者の気配を敏く感じ取って、一旦顔を上げはしたものの、また無言のまま、脇にあったクッションを抱き締めて俯いてしまった。
カイは仕方なしに自分で立ち上がり、インターフォン越しに一言二言を交わして、予想通りの訪問者を邸内へと招き入れた。
いつもと同じ黒い帽子にコートにサングラスといった出で立ちの男は、部屋にメイの姿を認めると、大仰に肩を竦めながら大きな溜め息を吐いた。
「探したぞ、メイ」
ジョニーが部屋に入ってきても、メイは返事どころか、ドアの方を見もしなかった。クッションに縋るようにして、拗ねた背中だけをジョニーに向ける。すっかり機嫌を損ねてしまっているメイに、ジョニーは苦笑しながら懐から紙片を取り出し、それを広げてみせた。
綺麗に折りたたまれていた紙には、丸みのある大きな字で、家出する、といった主旨の事が乱雑に書き殴られていた。
「全く、警察に家出してどうするんだ」
男の声は普段と同じに軽妙で、呆れるというよりは少女のある意味矛盾した行動を面白がっている節があった。広げた紙片を再び元通りに綺麗にたたんで懐に戻し、腰に手を当ててメイを見下ろす。
「帰るぞ。長居すると、本当に逮捕されかねないからな」
冗談めかしてジョニーは言うが、メイはそれでも振り返らなかった。クッションを更に強く抱き締めて、大きく首を振る事だけで応じる。ジョニーはやはり困った顔もせず、メイの様子を窺うように軽く上体を折った。
「どうした、メイ? 帰らないのか?」
「ボクなんか、帰らなくてもいいくせに」
「は?」
「ジョニーは、ボクより大人の女の人の方がいいんでしょっ」
吐き捨てるように言ったきり、頬を膨らませてそっぽを向いてしまった少女に、ジョニーは小さく苦笑した。だが心底困っているという様子はなく、メイの背中を見やる眼差しは、暖かささえ感じられる。
ジョニーはサングラスの奥の目を細め、少し思案して、軽い溜め息を漏らした。メイの隣に静かに腰を下ろす。二人分の重みに、ソファが軋んだ。
「メイ」
低い声が、優しく、甘い響きをもって少女を呼んだ。
普段とはまるで違った、それは例えば女性に呼びかけるような、誰もを振り向かせる魅惑的な声だった。誘惑に、メイは音がするほど勢いよく振り返った。癖のない髪が柔らかに揺れる。メイの視線に合わせて腰を曲げたジョニーは、振り向いた少女を、そっと抱き寄せた。
唇がメイの頬を掠めた。栗色の瞳が大きく瞠られる。そして頬に押し当てられた唇が、何事かを呟いたようだった。呟きはメイの耳だけに届き、それにメイはかあっと頬を染めた。年頃の少女らしい、初々しい反応だった。傍で見ているカイまで、思わず顔を赤らめてしまう。
体を離したジョニーは、少女の髪を指先で梳いてやりながら、薄く笑った。
「ジョニー・・・」
「こういうのはな、年がら年中口にすればいいってもんじゃないんだぞ、メイ」
大きな瞳に、先程までとは違った意味の涙を溜めたメイに、ジョニーは指先を唇に当てながら囁く。口調はやはりどこかおどけたようなものだったけれど、その言葉が冗談などでない事は、メイ自身がよくわかっている事だろう。
ジョニーが確認するように顔を近付けて首を傾けると、メイは大きく頷いて、元気よくジョニーに飛びついた。胸に顔を埋め、再び顔をあげたメイは、先程までの曇った表情がまるで嘘のように明るく微笑んでみせた。
大輪の花が咲いたような笑顔だった。満面に笑みを浮かべて、メイは普段と同じの、元気の良い声でもって高らかに告げる。
「ジョニー、大好きっ!」
何のてらいもなく正直に気持ちを明かし、少女は男を押し倒すばかりの勢いで体を摺り寄せた。まるで小動物のような懐き方だ。カイが口を挟めずにいると、ジョニーはさすがに今度は困った顔をして、メイの背中を叩いて促した。
「話は帰ってからだ。ほら、行くぞ」
軽く腕を引いて立ち上がらせるが、メイはジョニーに抱きついたまま離れようともしない。幸せ一杯といった顔で微笑むメイにつられるようにして笑いながら、カイはジョニーを見た。
サングラスを指で押し上げながら、ジョニーはおどけたように片手を額に当て、敬礼してみせた。
「世話になったな」
「いいえ。お土産も貰いましたしね」
カイはグラスを傾けて笑った。メイが持ち込んできた酒は、さほど詳しくないカイでも、高価なものだとわかるようなものだった。おそらくはジョニーの、それも秘蔵のものを勝手に持ち出してきたのだろう。
テーブルに並べられ、無造作に栓を開けられたそれらを見やったジョニーは、少しだけ眉をしかめたが、肩を竦めるに留まった。
「いいさ。安いもんだ」
腰に腕を巻き付けて、ぴったりと体を寄り添わせて離さないメイの頭を優しく叩いてやりながら笑うジョニーに、カイは大きく息を吐いた。顔見知りとはいえ男は空賊なのである。本来であれば身柄を拘束する所であるのだが、それは無粋というものだろう。心底幸せそうなメイの笑顔を見れば、そんな事は瑣末な事に思えた。
「未成年に飲酒させるような事をしたら、今度は逮捕しますから」
「肝に銘じておくよ。・・・そっちも仲良くな」
メイの肩を抱き、くるりと背を向けたジョニーは、去り際に軽く手を上げてさらりとそんな事を言う。意趣返しとばかりに投げられた一言に、カイは正直に顔を赤くしてしまった。幸い、背を向けていた二人には見られずに済んだけれど。