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うろほろぞ
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支えてくれる


心にもないことをしてしまった。
桐生一馬は一人帰路に着きながら思っていた。



そこは部屋から程近い食堂だった。
時折遥と二人で夕食をとることもあるなじみの所だ。
切り盛りする夫婦を遥はお父さん、お母さんと呼んでいた。

いつも余り人のいない時間に利用するのだが、
その日はなぜか席を探さないといけない程だった。

「ごめんね遥ちゃん、相席でお願い」

そうおかみさんから言われて、テーブル席に桐生と二人で着いた。
前には若いカップルが座っていた。

桐生は周りとなるべく目を合わさない様に席へ着いた。
しかし目の前のカップルの女と目が合った。
するとその女は、
「こわい…」
と言い、よそを見ながらタバコふかしていた隣の男にわざとらしく寄り添った。

すると男が桐生に、
「連れに何してくれんだよぉー」
と突っかかった。

「いや、俺は何もしてない」
「怖がってんだろうが」
「何もしてねえ」
「あやまれよ」
「……すまなかった」
「そんな謝り方じゃ足りねえんだよ!」
周りが水を打ったように静まり返っていた。

「遥、帰ろう」
「おい、逃げる気かよ」
「すまなかったって言ってるだろう」
「だからそれじゃ、だめなんだよ!」

「…やっつけてよ」
小声で遥がつぶやいた。

「遥…、バカなこと言うんじゃない」
「こんなやつすぐだよ。弱っちいよ。こんなこともういやだから早く片付けてよ」

パンっと歯切れのいい音が響いた。
遥が打たれた頬に手を当て、桐生を強い目で見つめた。
黙って椅子をガタンと鳴らし、遥は店を足早に出て行った。

厨房の中にいた主人が何事かと出てきた。
「おにいさん、もうそれくらいにしてやってくれないか?
 この人も謝ってる事だし、お姉さんもそれでいいだろ?」
女が居心地の悪そうな顔をしつつ、隣の男と目を合わせた。
二人は金をテーブルの上に置いて、店を出て行った。

「すいませんでした、迷惑掛けて」
「あんたも災難だったねえ。あんなやつほっとけばいいんだよ」
頭を下げて桐生は店主に謝った。

店を出たものの足取りは重かった。
いつも自分のせいでトラブルに巻き込まれるが、
遥があんな口調で言うのは初めてだった。
こんなこともういや…
その言葉が重くのしかかった。

遥は家へちゃんと帰ってるだろうか。
日はとうに暮れて、周りにはところどころにしか街灯はない。

桐生は家の階段前にうずくまる小さな陰を見た。
犬の頭を黙って撫でながらしゃがんでいたのは遥だった。
初めて会ったときから比べると大きくなったが、
こうして見ているとまだまだ子どもだと桐生は感じた。

黙って近付いた。
気配に気づいた犬が首を向けたので遥も振り向いた。

「あのね、ごめんなさい。さっきはあんな事言って」
「俺も謝んなきゃいけない。いつも俺のせいで変なことに巻き込んで」
「いいの。会った時から守ってもらってなきゃ今の私はいないんだから、
 感謝してるの。いつもね」
そういいながら、遥は照れ半分の子どもらしい笑顔を見せた。

「俺がお前を守りたいって決めたんだ。これからもそう思ってる」
「…ありがとう」
さらに笑顔になった遥からは少し大人の表情が垣間見えた。

これからもよろしくね。
遥はそう言いながら二人で階段を上っていった。



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ことんという桶を置く音が鳴り響きあう温泉宿。
“男” “女”と書かれたのれんの前で立っている親子風の二人がいる。



いつも一緒



さすがに9歳の遥を男湯には連れては行けないよな…
そう桐生は考えていると、
「私、一人で大丈夫だから行ってくるね」
と遥がさっさと先にのれんをくぐって行ってしまった。

家では一人で入ってはいるものの、ここは温泉場。
中は広く、家とは違って危ない事もあるだろう。
こういう時に母親が居れば…と改めて思ってはみたものの、
こればかりはどうしようもない事だからと桐生ものれんをくぐって浴場に足を踏み入れた。

思った以上に中は広かったが、人が居ない時間を見計らって来たため男湯に人気はなかった。
隣の女湯とは高い塀で仕切られているものの、天井までは区切られておらず声がよく聞こえる。
男湯とは一転して女湯からはにぎやかな雰囲気が伝わってきた。

一方、背中の龍を今日は隠す事もなくゆっくりと心置きなく大きな湯船につかった桐生は、
静かに目を閉じて体を休ませていた。


「おい、桐生。最近どうだ?」
「なんだ、伊達さんこそどうしたんだ?」
いきなりの電話。
そしてその相手が伊達だとわかってさらに桐生は驚いたが、
伊達は続けざまに用件だけを簡単に話し始めた。
要は沙耶との旅行に行けなくなったので代わりにいかないかという誘いの電話だった。
あまり気がすすまなかったが、
「遥のためにも休みくらいどっかに連れて行ってやれ」
と一方的に押し付けられたように遥と二人で来たのだった。


そんな事を思い出していた桐生は女湯からの声でハッとした。
「大丈夫?」
という女の声が何度か聞こえた。
「誰か、おかあさんいませんか? この子のおかあさ~ん」
と呼びかける声が続く。
しかしその声に答える人物は現れない。
もしや、という感情が桐生に沸き起こる。
早く見つかってくれないものかと胸が落ち着かない。
その思いとは裏腹に、誰も名乗り出る事もなく、時だけが過ぎていく。
「…いないみたい」
「とりあえず外に連れていったほうがいいんじゃない?」
「宿の人に言ったらどうかしら…」
そんな話し声が浴場内から遠ざかっていくのがわかった。

その声を聞き終わるや否や、ざばんと背中で湯を切った桐生は急いで上がり浴衣を羽織った。
胸の奥でよからぬ想像ばかりが通り過ぎていく。



予感は的中した。

「遥!」
ぐったりと横たわった遥が旅館の従業員の腕に抱かれていた。
「お父さんですか?」
「…はい…」
「湯あたりしたみたいよ…」
横で心配そうに見ていた年配の女性が桐生に声を掛けた。
「すみませんでした。ご迷惑をおかけしました」
従業員とその女性に礼を言った桐生は遥を背中に乗せてもらい部屋に帰っていった。

道すがら、負ぶさっている遥から小さな声が桐生の背中を伝わってきた。
「ごめんね…」
「…大丈夫か遥?」
「うん。さっきお水もらったから」
「そうか…お前無理するなよ」
「……」
「どうして倒れるまで我慢したんだ?」
「だってね…だって、いっつも一馬が100数えてから出て来いって言うから…」
「馬鹿だなお前は…」
桐生は変わらずその足取りをすたすたと進める。
「今日もちゃんとね、一馬との約束を…約束を守ろうと思ったの…」
「遥…」
桐生の歩みが少しゆっくりとなった。
「ごめんなさい…」
「いや、いいんだ」
遥は話しながらもぐったりと体の重みを桐生に預けていた。
そんな遥を桐生はその後ろ腕にしっかりと背負いなおした。

部屋に着いた桐生は遥を布団の上に優しく下ろすと氷で冷やしたタオルを額に当ててやった。
見つめる遥の頬は赤く、未だに息も少し荒かった。

しばらくして息も落ち着いた遥が桐生へ向かって言った。
「冷たくて気持ちいい…」
「これでも飲め」
桐生は冷えたお茶を遥の上半身を支え起こして飲ます。
「もう、大丈夫だよ」
「遥、お前、温泉なんて初めてだから、無理したんだな」
遥がこくりと頷いた。
「すごく熱かったよ温泉」
「まあそんなもんだからな…」
「やっぱり家がいいね…」
「そうか」

お茶を一口飲んで再び横たわった遥が布団の中から目だけをそっと覗かせて桐生を見つめる。
「ねえ、帰ったら一緒にお風呂入ってくれる?」
「そうだな…二人で100数えるか?」
「うん」
「よしわかった。じゃあ帰るまでゆっくり休め、遥」
遥が嬉しそうに赤い顔に笑みを咲かせた。


「おじさん、嘘ついてるでしょう?」
遥がそう言う度に俺はまたかと思い、これ以上ない居心地の悪さを感じる。

ため息をついた俺はいつものようにこう返事をした。
「嘘なんて何もないぞ」

「嘘! ぜーったい嘘! だっておじさんのいつもの癖が出てるんだもん」
‘癖’とは遥曰く、俺が嘘をついている時に必ずするある仕草の事らしいのだが…

「おい遥。まず言っとくが俺はお前に嘘をついてなんかないぞ。それを断っといた上で聞くが、どんな癖のことを言ってるんだ?」
遥はぷいとそっぽを向き、
「…教えない」
と一言だけ呟いた。
「教えろ…遥」
「駄目」
「遥」
「ダメダメダメダメぜーったい駄目!」
遥は首を大きく振った。
「だっておじさんにそれを教えるとするよ、そしたらその癖をしないようにって気をつけるでしょう?」
当たり前だ。
「おじさん不器用だから気をつけようってしたらね動きがあやしくなって余計に嘘ついてるってバレちゃうよ? それでもいいの?」
大の男を小馬鹿にするにも程がある。
俺はため息混じりに、
「もう勝手に言っとけ…」
と遥に何か言い返す気力さえ失った。
「で、今日はどんな嘘をついてるのかなぁ…」
その言葉を残しながら遥は立ち上がり、俺の反撃を待たずに自分の部屋へと去ってしまった。


さて、ここからが俺の‘嘘’の始まりだ。

しばらくしてから押し入れの上、遥の手の届かない所に隠してあったものを取り出した。
それを机の上にコトンと置き、今日の主役がやってくるのを待つ。

ガチャリとドアが開くとその人物は目を丸くしながらこちらに近付いてきた。
「何これ?」
机の上を指して遥が聞く。

「…お前にだ」
遥はその言葉に驚き、赤いリボンがかかった箱を大きな瞳でしげしげと見つめた。
「私に?」
まるで仕掛けられた罠でもあるように少し遠回りに眺めていた遥だったが急に足取りをはやめて机の前にちょこんと座り込んだ。

「誕生日おめでとう」
すぅと息を吸い込み決心した俺は、滅多に言わない祝いの言葉を遥に送る。
「ありがとう」
遥の素直な返事がいやに身に染みた気がした。

「これを隠そうとして嘘ついてたんだね…おかしい」
くすくすと笑いながら遥はプレゼントを開けていく。
「遥…これ以上俺を馬鹿にするな…」
「馬鹿にする訳がないでしょう?」
そう言って見つめてきた瞳がいたずらな光を見せたかと思ったら遥は軽くウィンクをした。
俺はふっと鼻で笑うしかなかった。

「でもこういう嘘は嬉しいな… また来年もお願いしようかなぁ…」
「調子のいい奴だな…」
俺は少しあきれて遥の頭をぽんと叩いた。


遥とこれからまた一年を楽しく過ごせるようにと改めて思える今日は彼女の生まれてきた日。

あわよくば来年の今頃には癖が直って嘘がばれないようにとも祈ったが、さてどうなる事やら…
同じように居心地が悪くなっても下手な嘘をつかなければいけない日となるのだろうか。
でも楽しい一日には変わりないだろう。

そう思った俺は改めて遥に向き合いこう言った。

「これからまた一年よろしくな…」

すると返事はこうだった。

「うん、いいよ」

なんだそのそっけない返事は?
俺はあまりの事に眉間に皺を寄せた。
人を馬鹿にするにも程があるぞ…

だが俺の眉間の皺は遥の喜ぶ顔に徐々に消されていく。

この笑顔をまた一年、傍で見られるようにと願う今日は嘘をついた日。




家にはおじさんに会いに本当にいろんな人が来る。
“俺は東城会とは縁を切ったんだ。あの世界から足を洗ったからな”
って事ある度に言ってるけど、それを知ってても前の仕事の人達が時々やってくる。
でもおじさんは“来ないでくれ”とか言わないで、来た人は喜んで迎えてる。
やっぱりおじさんも知った人が来ると嬉しいみたい。

でもこの間、来た人にむかって、おじさんがすごく怒った事があったの。
その人が来たのは日曜日だったと思う。
玄関のチャイムが鳴ったから、いつもみたいに私が玄関まで出て行こうとしたの。
立ち上がって玄関にむかって歩き始めたらドアを開ける前に、来た人の声が聞こえてきた。
“き~りゅ~ちゃ~ん”
私は誰の声か分からなかった。どこかで聞いた事があるかもと思ったけど…
そしたら声が聞こえてすぐにおじさんが、“遥、ドアを開けるなっ!”って私を止めたの。
私は理由が分からなくて、廊下のその場に止まる事しか出来なかった。
するとおじさんが早足でドスドスって玄関まで歩いてきた。
丁度その時、また外から声が聞こえてきた。
“きりゅうちゃ~ん、遊ぼうや~”
分かった。
あのバッティングセンターの時の変なおじさんだ。確か…真島さん、だったはず。
“真島! お前どうしてここに来た!”
“やっぱりおったんや~ なんか桐生ちゃんの匂いがしたから今日は留守やのうておるって思っとったんや~”
閉まったドア越しにおじさん達は遣り取りしてる。そんな事ならドアを開ければいいのにと思ったけど。
“あんたがここに来る用事なんて無いはずだ!”
“まあそんな冷たい事言わんと。ワシは桐生ちゃんが元気にしとるか会いたくて来ただけやのに…”
“この通り元気だから分かったんなら帰ってくれ”
おじさんが真剣に怒ってるのを久しぶりに見た。
“爆弾処理名人であり、真島建設の社長さんでもあるこのワシが、自ら遊びに来たったっていうのに冷たいなぁ”
“…あの時の事は感謝してる。だが、あんたと関わる事はもうないはずだ”
“ワシは桐生ちゃんとケリつけとうてたまらんのやけどなぁ”
“ケリは二回、いや、もう三回もつけただろ”
おじさんはだんだんあきれたのか、ため息をついてる。
“兄さん、大体アンタここに来てどうしようって言うんだ”
“桐生ちゃんがワシの事、兄さんって呼んでくれるの久しぶりやなぁ。嬉しいわぁ”
真島さんはおじさんの言う事には関係なく喋ってる。おじさんはまたため息をついた。
“真島、帰ってくれ”
“いやや。桐生ちゃんの顔見るまで帰らへん!”
真島さんは怒ったのか少し大きな声で言ってきた。
“…頼む。大声出されると近所迷惑なんだよ。帰ってくれ”
おじさんのその言葉を聞いた真島さんは一瞬黙っちゃった。そしてなんか思いついたように言った。
“そうか…近所迷惑か…”
そう言ったから諦めて帰るのかと思ったら、
“ご近所のみなさーん! ここに住んでる桐生ちゃんは、なんと、なんと、泣く子も黙る、とーじょーかいの四代…”
って大声で叫び出したから、おじさんが慌ててドアを開けて、真島さんの口を塞いだ。
“真島!”
そしたら真島さんの目はなぜかにこにこしてた。
“ようやく開けてくれたなぁ。ほな、お邪魔するで”
おじさんはしまったっていう顔をして、うな垂れてた。
“嬢ちゃん、久しぶりやなぁ。見ぃへん間にまたべっぴんさんになったんやないか?”
私を見てにこりとした真島さんが言ってきた。
“遥に余計なちょっかい出すんじゃねえ!”
“おおっと、桐生ちゃん、おっかない事言いなや。 まあこないな可愛い娘がおったらそりゃあ悪い虫がつかへんか心配になるのは分かるけどなぁ”
“うるさい!”
“まあそんなかっかかっかせんと、大声出したら近所迷惑なるやろ、なあ遥ちゃん?”
真島さんは私の頭をポンとしながらにかっと笑った。
“おじさん、怒りすぎだよ…”
“遥、お前、こいつの味方するのか? お前を誘拐した奴なんだぞ”
味方ってわけじゃないけど、おじさんが怒ってる姿を見るのはなんだかいやだったんだもん。だから、
“せっかくここまで来てくれたんだから、お茶でもどうですか?”
って真島さんに言った。
“遥…”
落胆するおじさんとは対照的に真島さんの目が嬉しそうになってた。
“お嬢ちゃんはホンマに天使やなぁ。優しゅうて涙が出る。せや、嬢ちゃん、こんな怒ってばっかりの桐生ちゃんのとこやのうて、ワシのとこに娘として来んか? どや?”
“真島!”
“おー怖っ! 嬢ちゃんの事が好きで好きで仕方ない桐生ちゃんをホンマに怒らしてもうたわ… そんな怒らんでも、嬢ちゃんは桐生ちゃんのもんやって分かっとるがな…”
おじさんは真島さんに何か言いたくて仕方なさそうだけど、ぐっと堪えてた。
結局、おじさんもなんとか許してくれて、真島さんはお茶を飲んでいったの。
でもおじさんは真島さんと全然話さなくて、真島さんが私と話してばっかりだった。
まだおじさん怒ってたみたい… 真島さん、悪い人じゃないと思うのにな。
おじさんが洗面所に立った間、真島さんと私と二人っきりで話す時間があったの。
“嬢ちゃん、桐生ちゃんに大事にされとるみたいでよかったなぁ。ワシは安心したわ。あの桐生ちゃんが子ども育てとるなんてあり得へんと思うとったけどな”
お茶をすすりながら真島さんは真面目な顔をして言った。
“真島さんは心配して見に来てくれたの?”
“ホンマはなぁ、もっと早うに来たかったんやけど、ワシも組辞めたり、社長したりして忙しゅうてなぁ”
“ふうん…そうなんだ…”
“社長の椅子も楽やないで…”
“そっか…”
“せや、嬢ちゃん、あの賽の河原の地下は来たことあるやろ? 今はビルになっとるけどな、そこの地下にワシの社長室があるからワシは大体あっこにおるで、一回遊びに来たらええ”
“あの大きな水槽もまだあるの?”
“せや。最近サメもウミヘビも買うたし、そりゃあ魚がうようよしとる。そこらの水族館顔負けへんくらいにな。見に来たら楽しいで”
サメとウミヘビはちょっと怖いよ。
でも最後に、“桐生ちゃんには内緒やで”って真島さんとメールアドレスを交換したの。
なんか、私の携帯には同級生より錦山さんとか大吾さんとかおじさんのお友達の連絡先が増えていってる気がする。
真島さんは最後に、
“嬢ちゃん、桐生ちゃんをほかの女に取られたらあかんで~ しっかり放さんと一緒におりや~”
って言って帰った。なにが言いたかったんだろう。
最初に会った時から不思議な人だなぁ。










今週末、おじさんが退院するからお祝いをしなきゃと思った。その日は薫さんが丁度迎えにこれるからって決めた日なんだ。
お正月も結局お祝いしなかったから、何かお祝いしたいけど、どうしたらいいかが私には分からなかった。
誰かに相談しようと思ったの。でも薫さんは大阪に帰っちゃったし…
そうだ、弥生さんがいる。
こういうお祝い事は女の人に聞くのがいいと思ったから弥生さんに電話で相談した。
弥生さんはおじさんが入院中に何度もお見舞いに来てくれて、私もいろいろお話できて仲良くなったの。
「弥生さん、こんにちは」
「あら、遥ちゃん。久しぶりじゃないか… 今日はどうしたんだい? うちの大吾がまた何かしでかしたのかい?」
弥生さんがこう言うのには訳がある。
この間、大吾お兄ちゃんがお見舞いに来た時にちょっと面白い事があったの。
大吾お兄ちゃんがお見舞いに来る事自体珍しくて、この間初めて来たんだけど、でもお昼間で私も学校だったし、誰もおじさんの部屋にはいなかった。
おじさんは元気になってたんだけど、丁度お昼ご飯の後で眠たくなって寝てたんだって。
そんな時に大吾お兄ちゃんが一人でこっそり来たものだから、誰も気がつかなかったんだ。
で、お兄ちゃんもおじさんを起こせばいいのに、あとから聞いた話なんだけど、
「だって、桐生さんを起こすなんて俺には出来なかった」
なんて思って、結局話もせずにそっと帰っちゃったんだって。
それだけならよかったんだけど、そのあと病室はちょっとした騒ぎになっちゃったの。
なぜかっていうと、おじさんのお部屋に見慣れない箱がそのあとあったから。
一応包装はされてたんだけど、リボンもなくって何にも書いてない。
おじさんは寝てたから誰も来た覚えがないし誰が置いたか分からないって言うし、看護師さんも知らないって言うし、いくら一段落したからっておじさんはまだまだ狙われてる身だから、「…もしかしたら爆弾かもしれない」って騒ぎになったの。中からカチカチ音がしてたんだもん。
でも結局それは大吾お兄ちゃんのお見舞いの箱だって分かったんだけど、あとでいろいろ大変だったみたい。
お兄ちゃんは、「大吾、お前紛らわしい事するんじゃねえ!」っておじさんから言われたし、私がその話をうっかり弥生さんにもしたもんだから、弥生さんからも、「大吾、お前ってやつは本当に馬鹿だねぇ… なんで桐生に直接渡さないんだい!」って怒られたみたい。
中身は時計だったんだけど、それもみんなにさんざん言われてて、「趣味が悪い」「紛らわしすぎる」「見舞いに時計とか聞いた事ない」とか色々。
なんで時計なの?って私があとで聞いたんだけど、「だってな、丁度カッコいい時計見つけたからな… シルバーの細工んとこが凝ってんだよ。桐生さんに似合うと思ってな…」だって。
今となっては笑い話なんだけど…
その事を弥生さんは言ってるんだ。
「ううん、違うの。今日は弥生さんにお願いがあるんですけど…」
「おや、何だい私に頼み事なんて…」
結局、お祝いは弥生さんと相談して、お料理を持ってきてもらう事になったんだ。
「私にまかせときな。いつも頼んでるところにお重でも作るように言っておくからね」
私はそんなに豪華にしなくてもいいって言ったんだけど、
「あぁ、お金の事なら気にしなくていいよ。桐生は今回も東城会の為に命張ってくれたんだからね、それくらい私がしてやらないと。それだけしてもまだまだ足りないくらいだよ」
って、話をドンドン進めていっちゃった。

退院お祝い当日。
薫さんも家に来てくれた。
お料理は弥生さんが誰かに届けさせるよって言ってくれたから家で待ってたんだけど…
しばらく待ってたらピンポーンってチャイムがなった。
「ハーイ」
って玄関に出たら大吾お兄ちゃんが立ってたからびっくりした。
「ほら、持ってきたぞ」
お重の入った風呂敷をぐいと差し出されたんだけど、なんかちょっと不機嫌そう。
私が玄関からなかなか帰らないもんだから、おじさんが心配して玄関に覗きに来た。
「遥、どうしたんだ? …っておい、大吾…お前どうしてこんなところに…」
おじさんも大吾お兄ちゃんを見てすごく驚いてた。
「おふくろが、お前が直接行って来いってうるせえんだよ。俺、結構忙しいのに」
「そりゃあすまなかったなぁ。まあでも折角来たんだし、お前も上がって一杯飲んでけ」
おじさんはくすっと笑いながら大吾お兄ちゃんを誘った。
私も大吾お兄ちゃんは今までちょっとしか話した事がないけど一緒に話してて楽しいし、好きだからそうして欲しいなぁと思った。
大吾お兄ちゃんは忙しいって言ってなかなか上がろうとはしなかったけど、最後には諦めたのか家に上がってくれたの。
「ホント俺、すぐに本部に帰らなきゃならねえんだからな… それにオイッ! 四課の刑事さんもいるのかよ!」
ってぶつぶつ言ってたけど、おじさんに、
「まあ一杯だけならいいだろ?」
って言われてた。
薫さんと、大吾お兄ちゃん、おじさんと私の四人で囲む食卓はなんだか変な感じだったけどとっても楽しかったよ。
みんなでおいしいお料理を食べて、いろいろお話しして…
話はみんなが私の学校の様子を聞いたりして、どっちかっていったら私が話してばっかりだった。
でもやっぱりみんな大勢で楽しくお話するのって好き。いつまでもこうしてみんなでいたいなぁと思った。

しばらくして、大吾お兄ちゃんが、
「おい遥、今何時だ?」
って急に慌てたように私に聞いてきた。
「俺、そろそろ帰んなきゃヤバイかも…」
するとおじさんが自分の腕時計を見てお兄ちゃんに、
「9時前だ」
って教えてあげてたの。
そしたら大吾お兄ちゃんがおじさんの方を見て、
「それ…俺があげたやつ…」
って驚いた顔で腕時計を指さした。
「あぁ、この爆弾もどきか…」
おじさんが冗談半分で言ったら、お兄ちゃんはちょっと恥ずかしそうに下を向いてた。
「大吾… 大体見舞いに来てくれたんなら俺の事を起こしてくれてれば、あんな騒ぎにならなかったんだよ。なんで遠慮なんてしたんだ? お前らしくもない…」
すると大吾お兄ちゃんはこう言ったの。
「…俺が…俺がもっとしっかりしてたら桐生さんが怪我する事もなかっただろ… だから俺のせいでこんな風になっちまったんだと思ったら休んでるアンタを起こそうなんて気になれなかったんだよ」
「…そうか…」
おじさんがそう言うと大吾お兄ちゃんの肩をポンと叩いた。
「大吾、お前俺に遠慮なんてするな。俺とお前の仲だろう?」
「…わかったよ、桐生さん」
最後は二人で笑ってた。

大吾お兄ちゃんがやっぱり帰らなきゃって事で玄関までお見送りすることにしたの。
靴を履いてるお兄ちゃんに向かって、おじさんがまた来いよとか言うのかなと思ったら、
「しかし、お前も六代目らしく時計の一つくらい身につけとけよな」
ってなんかまたお兄ちゃんをからかってた。
「違う、今日はたまたま着けてないだけだって!」
からかわれたお兄ちゃんはちょっと必死になって言い返してた。
不思議。
大吾お兄ちゃんっておじさんの前だと子どもみたい。
でもお兄ちゃんもそうやっておじさんに色々言われても心からは怒ってなくて、逆に笑ったりしてなんだか嬉しそうにしてる気がする。
二人がとっても仲良しって事だよね。
「大吾、本当に遠慮するなよ。ここにもまた遊びにこればいい…」
「あぁ…」
色々二人は最後まで言い合ったりしながらだったんだけど、大吾お兄ちゃんはありがとなって言って帰っていった。
おじさんも楽しそうにしてたし、大吾お兄ちゃんがまたここに遊びに来てくれたら私も楽しいだろうなと思った。






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