家にはおじさんに会いに本当にいろんな人が来る。
“俺は東城会とは縁を切ったんだ。あの世界から足を洗ったからな”
って事ある度に言ってるけど、それを知ってても前の仕事の人達が時々やってくる。
でもおじさんは“来ないでくれ”とか言わないで、来た人は喜んで迎えてる。
やっぱりおじさんも知った人が来ると嬉しいみたい。
でもこの間、来た人にむかって、おじさんがすごく怒った事があったの。
その人が来たのは日曜日だったと思う。
玄関のチャイムが鳴ったから、いつもみたいに私が玄関まで出て行こうとしたの。
立ち上がって玄関にむかって歩き始めたらドアを開ける前に、来た人の声が聞こえてきた。
“き~りゅ~ちゃ~ん”
私は誰の声か分からなかった。どこかで聞いた事があるかもと思ったけど…
そしたら声が聞こえてすぐにおじさんが、“遥、ドアを開けるなっ!”って私を止めたの。
私は理由が分からなくて、廊下のその場に止まる事しか出来なかった。
するとおじさんが早足でドスドスって玄関まで歩いてきた。
丁度その時、また外から声が聞こえてきた。
“きりゅうちゃ~ん、遊ぼうや~”
分かった。
あのバッティングセンターの時の変なおじさんだ。確か…真島さん、だったはず。
“真島! お前どうしてここに来た!”
“やっぱりおったんや~ なんか桐生ちゃんの匂いがしたから今日は留守やのうておるって思っとったんや~”
閉まったドア越しにおじさん達は遣り取りしてる。そんな事ならドアを開ければいいのにと思ったけど。
“あんたがここに来る用事なんて無いはずだ!”
“まあそんな冷たい事言わんと。ワシは桐生ちゃんが元気にしとるか会いたくて来ただけやのに…”
“この通り元気だから分かったんなら帰ってくれ”
おじさんが真剣に怒ってるのを久しぶりに見た。
“爆弾処理名人であり、真島建設の社長さんでもあるこのワシが、自ら遊びに来たったっていうのに冷たいなぁ”
“…あの時の事は感謝してる。だが、あんたと関わる事はもうないはずだ”
“ワシは桐生ちゃんとケリつけとうてたまらんのやけどなぁ”
“ケリは二回、いや、もう三回もつけただろ”
おじさんはだんだんあきれたのか、ため息をついてる。
“兄さん、大体アンタここに来てどうしようって言うんだ”
“桐生ちゃんがワシの事、兄さんって呼んでくれるの久しぶりやなぁ。嬉しいわぁ”
真島さんはおじさんの言う事には関係なく喋ってる。おじさんはまたため息をついた。
“真島、帰ってくれ”
“いやや。桐生ちゃんの顔見るまで帰らへん!”
真島さんは怒ったのか少し大きな声で言ってきた。
“…頼む。大声出されると近所迷惑なんだよ。帰ってくれ”
おじさんのその言葉を聞いた真島さんは一瞬黙っちゃった。そしてなんか思いついたように言った。
“そうか…近所迷惑か…”
そう言ったから諦めて帰るのかと思ったら、
“ご近所のみなさーん! ここに住んでる桐生ちゃんは、なんと、なんと、泣く子も黙る、とーじょーかいの四代…”
って大声で叫び出したから、おじさんが慌ててドアを開けて、真島さんの口を塞いだ。
“真島!”
そしたら真島さんの目はなぜかにこにこしてた。
“ようやく開けてくれたなぁ。ほな、お邪魔するで”
おじさんはしまったっていう顔をして、うな垂れてた。
“嬢ちゃん、久しぶりやなぁ。見ぃへん間にまたべっぴんさんになったんやないか?”
私を見てにこりとした真島さんが言ってきた。
“遥に余計なちょっかい出すんじゃねえ!”
“おおっと、桐生ちゃん、おっかない事言いなや。 まあこないな可愛い娘がおったらそりゃあ悪い虫がつかへんか心配になるのは分かるけどなぁ”
“うるさい!”
“まあそんなかっかかっかせんと、大声出したら近所迷惑なるやろ、なあ遥ちゃん?”
真島さんは私の頭をポンとしながらにかっと笑った。
“おじさん、怒りすぎだよ…”
“遥、お前、こいつの味方するのか? お前を誘拐した奴なんだぞ”
味方ってわけじゃないけど、おじさんが怒ってる姿を見るのはなんだかいやだったんだもん。だから、
“せっかくここまで来てくれたんだから、お茶でもどうですか?”
って真島さんに言った。
“遥…”
落胆するおじさんとは対照的に真島さんの目が嬉しそうになってた。
“お嬢ちゃんはホンマに天使やなぁ。優しゅうて涙が出る。せや、嬢ちゃん、こんな怒ってばっかりの桐生ちゃんのとこやのうて、ワシのとこに娘として来んか? どや?”
“真島!”
“おー怖っ! 嬢ちゃんの事が好きで好きで仕方ない桐生ちゃんをホンマに怒らしてもうたわ… そんな怒らんでも、嬢ちゃんは桐生ちゃんのもんやって分かっとるがな…”
おじさんは真島さんに何か言いたくて仕方なさそうだけど、ぐっと堪えてた。
結局、おじさんもなんとか許してくれて、真島さんはお茶を飲んでいったの。
でもおじさんは真島さんと全然話さなくて、真島さんが私と話してばっかりだった。
まだおじさん怒ってたみたい… 真島さん、悪い人じゃないと思うのにな。
おじさんが洗面所に立った間、真島さんと私と二人っきりで話す時間があったの。
“嬢ちゃん、桐生ちゃんに大事にされとるみたいでよかったなぁ。ワシは安心したわ。あの桐生ちゃんが子ども育てとるなんてあり得へんと思うとったけどな”
お茶をすすりながら真島さんは真面目な顔をして言った。
“真島さんは心配して見に来てくれたの?”
“ホンマはなぁ、もっと早うに来たかったんやけど、ワシも組辞めたり、社長したりして忙しゅうてなぁ”
“ふうん…そうなんだ…”
“社長の椅子も楽やないで…”
“そっか…”
“せや、嬢ちゃん、あの賽の河原の地下は来たことあるやろ? 今はビルになっとるけどな、そこの地下にワシの社長室があるからワシは大体あっこにおるで、一回遊びに来たらええ”
“あの大きな水槽もまだあるの?”
“せや。最近サメもウミヘビも買うたし、そりゃあ魚がうようよしとる。そこらの水族館顔負けへんくらいにな。見に来たら楽しいで”
サメとウミヘビはちょっと怖いよ。
でも最後に、“桐生ちゃんには内緒やで”って真島さんとメールアドレスを交換したの。
なんか、私の携帯には同級生より錦山さんとか大吾さんとかおじさんのお友達の連絡先が増えていってる気がする。
真島さんは最後に、
“嬢ちゃん、桐生ちゃんをほかの女に取られたらあかんで~ しっかり放さんと一緒におりや~”
って言って帰った。なにが言いたかったんだろう。
最初に会った時から不思議な人だなぁ。
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