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うろほろぞ
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今日は2月3日節分だ。
一応、豆と太巻きを買っておいて、豆まきの用意をする。今年の恵方は南南東だ。
遥は、楽しそうに枡に入った豆を指でさらさらかき混ぜながら、「ねえねえ、誰が鬼の役?」
と目をきらきらさせて聞く。
別に鬼を設定せずに、適当に「鬼は外、福は内」で済ませようと思っていたのだが、とっさに「そりゃ、桐生の役だな」と答える。
遥くらいの年の女の子に豆をぶつけられる役なんて、役だと割り切っていてもなんだか悲しくなってしまう。
だが、桐生も同意見だったようで、
「ええ、俺だって嫌だぜ」
と断固拒否の構えだ。
「じゃあ、適当に撒くか?」
と仕切り直したのだが、桐生が突然、
「あ、じゃあ、錦のところ行こうぜ!! 俺、節分はいつもあいつと対決してたから」
とか言い出す。何だ? 対決って?
嫌な予感がしたのだが、遥は
「わあ、錦山さんも一緒に豆まきするの?」
とキャッキャと喜んでいる。
桐生はさっさと携帯を取り出し、「これから向かう。到着時にワンコールする。それが勝負の合図だ」とか言っている。
節分ってそんなんだったか? と思ったのだが、桐生は真剣な様子で拳を握ったり、ポケットの全てに豆を入れたりしている。
よくわからないまま、車を走らせる。
後部座席で桐生は感慨深げに話し出した。
「伊達さん……聞いてくれるか」
「いや、あんまり聞きたくねえけど、どうせ言うんだろ?」
「俺と錦はヒマワリではいつも鬼を押し付けあって、お互いに豆まきで対決し合ってたんだ……今のところ、白星黒星は交代で全くの互角だ……だが、今年は……違う気がする……遥やあんたについててもらってんだ……今年は、余裕で勝てる気がする」
「いや、桐生? 豆まきってそういうものか?」
よくわからない話をしながら、錦山組に到着。桐生が携帯でワンコールすると、振り向きざまに言った。
「遥、伊達さん、俺の後ろに隠れて、一歩も動かないでくれ!! 俺が守りきってみせる!!」
えらくかっこよくキメてくれるが、それはこれから豆まきを行う男の台詞ではない。
遥もガーン!! という表情を浮かべ「こんなの豆まきじゃない」と言っている。
俺も全く同じ意見だ。
自動ドアを潜り抜け、しんとしたフロアに入る。
誰もいない。
「おかしいな、いつもは組員が挨拶してくれるはずが……」
俺がそう言い終わらないうちに、視界の隅でささっと影が動いた。
「そこか!!」
桐生が手首のスナップを利かせて豆を投げつける。
窓ガラスにいくつか当たった豆がガラスをひび割らせた。その威力はとても豆まきのそれとは思えない。
「ウグ!!」
豆の当たった男がうずくまる。頭部を直撃したようだ。
ていうか、豆まきじゃないって、これ。
男に駆け寄った桐生の目が見開かれる。
「ハッ……お前は……シンジ」
「うう……兄貴……」
桐生が豆で倒した男はなんと桐生の舎弟のシンジだった。
「お、俺は構いません……兄貴にやられたなら、本望です……そ、それより奥の部屋はヤバい……あ、荒瀬さんのアレは……」
「シンジ!! シンジーーー!!!」
がっくりと桐生の腕の中で気を失うシンジ。
ていうか、荒瀬とか言ってたな。他の組員もこんなことに参加しているのだろうか。
「帰ろう。遥」
「うん」
遥の手をとって、元来たドアに向かうとロックされていた。何なんだこれは。混乱していたら、いきなり部屋の中にアナウンスが鳴り響いた。
『お久しぶりです。桐生の伯父貴』
「新藤!!」
もう、わけがわからない。
新藤はどうやら監視カメラを見て、しゃべっているらしかった。
『非戦闘員を引き連れてのお出ましとは……堕ちましたね。そんな作戦をするとは……』
「この二人は関係ねえ!! 錦に会わせろ!!」
『親父はこの奥の部屋でいつもどおりにしていらっしゃいますよ。ただ、そこに辿りつくまでに、自分と荒瀬がご挨拶をさせて頂きますがね……』
「新藤。錦に伝えろ? てめえのその作戦の方がよほど地に堕ちたとな!」
「あの、俺ら関係ねえから、帰っていいか?」
「普通の豆まきはー?」
『ああ。すみません。怪我すると危ないのでこの部屋でいらして下さい』
アナウンスが切れた。取り合えず、因縁の対決らしいので、桐生に勝手に行ってもらうことにするが、桐生は、
「何言ってんだ? そんなこと言ってあんたらが人質にでもとられたら!」
と掛け合ってくれない。
仕方なく着いていくことに。
まず、ドアを一つ開けると、長い廊下が続いている。
「とりあえず伊達さんたちは隅の方に……」
言いかけて、桐生が俺と遥を突き飛ばした。激しい爆音。
荒瀬がキャビネットから飛び出し、豆が装填されたガトリング銃を乱射したのだ。
そこまでして改造することに何の意味が?
「ぐっ!!」
桐生が呻き顔を押さえる。目をやられたようだ。
「おじさん!!」
遥が心配そうに叫ぶが、桐生は顔を押さえたままで、物陰に身を隠そうとする。
だが、そこには新藤が潜んでいた。「恨まないで下さい」
「恨むなら、ゴーグルも着けずに討ち入ったご自分の浅はかさをお恨みください」
新藤が銃(多分、豆入り)を桐生に突きつける。
「ダメッ!!」遥がたたっと走って桐生の前に躍り出た。
新藤が怯む。
遥は躊躇することなく、持参した豆を新藤にぶつけた。
「鬼は外っ!!」
「うわ!!」
ぱらぱらと豆が零れ落ちる。
「豆に当たってしまった……俺は死んでしまった……」と新藤が小声で呟く。
そんなルールかよ。と思わず心の中で叫んだ。それなら桐生ももう死んだことになってんじゃねえのか? と思ったが、桐生は錦山との一騎打ちだから、まあ免除のような感じだ。
しかし、これ、本当に豆まきじゃねえぞ。
「じゃあ、俺はリタイヤしますが、伊達さんと遥さんはどこかに隠れてた方がいいですよ。荒瀬はウキウキしてますから」
新藤がそういい残して消えて言った。
確かに荒瀬は遥はともかく、俺くらいなら嬉々として撃ちそうな気がする。
「仕方ねえなあ。桐生も休憩中だし、少し手を打つか」
「え? どうするの?」
「遥も協力してくれよ?」
「う、うん」
とりあえず、机の上のマジックを取り、壁に「南南東はこちらです→」と大きく書く。
その下に土産の太巻きを置いておいた。
「こんなので大丈夫なの?」
ソファの影に遥と一緒に隠れているが、実はけっこう不安だ。
こんなバカバカしい手に、曲がりなりにも、錦山組の若中が引っかかるだろうか。
そう思った矢先に紅いコートの男が植木の陰から出てきて、銃は片手から離さないが、太巻きを切らずにそのまま、もぐもぐと南南東を向いて食べ始めた。
お茶はねえのかよー、気ぃ利かねえなー、もうー。とか言ってる。
うるせえな、太巻き喰えるだけでもありがたいと思え。それ近所の寿司屋にわざわざ並んだんだぞ。
「えい、鬼は外!!」
遥がぴょこん、と飛び出して荒瀬に豆をばちばちぶつけた。
「あだだだ!! ギブギブギブ!!!」
荒瀬は死んでしまった。
「お前、こんな手に引っかかってて大丈夫なのか? この組?」
「いやあ、我慢できなくて……あ、桐生の伯父貴復活してる」
桐生は目をごしごし擦りながら、落ちている豆をポケットに補充して錦山の待機している部屋へと進んだ。
「とりえあず見届けるか?」
と遥に聞くと、
「そうだね。ここまで来たんだし」
と同じくゆるい感じだった。
桐生の後に続く。
部屋では二人が対峙していた。
「随分遅かったじゃねえか? 桐生。疲れてんだろ?」
錦山はゆっくりと、歩きながらそう言っているが、右手をポケットに入れ豆を握りこんでいる。そして間合いを徐々に詰めつつある。
桐生は既に構えている。おそらく錦山が投げのモーションにかかった時を勝負にするのだろう。
「そうでもないぜ」
その言葉が引き金になった。
お互いが身を翻し、豆を投げ合う。
机の上のファイルが飛び、ガラスの割れる音が響いた。
そのうち、バウンドした豆の一つが遥のおでこに飛んだ。
「痛ッ!!」
遥がおでこを押さえる。
「遥!!」
俺が遥に被さるようして抱きかかえると、二人の男が同時に手を止めた。
遥の肩を抱いたまま、二人を振り返る。「……お前ら」
「もう、いいじゃねえか? そんな勝負事……。お前らはいま、遥のために手を止めた。それは、勝ち負けよりも大事なもんがあるって、二人とも気づいてんだろ?」
「伊達さん……」
二人に同時に名前を呼ばれる。
遥も俺の腕を抜け出し、
「そうだよ。みんなで豆と太巻きと、恵方巻きスイスロール食べようよ」
と提案する。
いつの間にか駆けつけた、リタイヤ組みが拍手しだす。
おお、いい流れだ。
だが、
「ちょっと待てよ! 桐生の投げた豆が遥に当たったんだ!! 桐生、てめえ遥に謝ってからじゃねえと、何も喰う資格ねえぞ!!」
「ざけんなよ! 錦!!! 方向からして、どう考えてもてめえが投げた豆だろうが?!」
と今度はどつきあいの喧嘩になる。
はからずも原因となってしまった遥は「えっ? 私のせい?」とおろおろしている。
「いや、全然、もう、さっさと喰っちまおう」
新藤にお茶を入れてもらって、みんなで南南東を向いて太巻きと恵方巻きスイスロールを食べた。
豆を年の数食べる予定だったが、既に銃撃戦で使ってしまってたので無理だった。
奥の部屋からは、何かが割れる音とか、投げられる音が聞こえてきたが、並んで買っただけあって、太巻きもスイスロールも美味かった。
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Sun-Day


先週の月曜だったか。
「おじさん、はいっ」
遥が、小学校で貰ったプリントを出して意味ありげに笑った。
目を通してみれば、藁半紙に教師が印刷した「おたより」である。
上の方には手書きで「カゼに注意!」「帰ったら、手洗い・うがい」などの文字が大きく踊っている。
~今月2組で一度も欠席しなかったのは、勇人君と遥ちゃんでした。元気に小学校に通ってくれました。~
そこまで目を通して視線を上げる。
「よく頑張ったな」
「えへへ。…おじさん、下の方も読んで」
再び視線を落とすと「保護者の方へのお知らせ」として、何やら文章が綴られている。
『次回の授業参観は、来週の日曜日に行います。休日ですので父兄の方もどうぞ参観下さい』
少し面食らって、再び頭を上げた。
「おじさん、来てくれるよね!」
遥は握った手を口に当てて、期待の目で桐生を見つめた。
だが、桐生は自分が元極道者である事に引け目を感じていた。
もちろん、いつかは親として進路相談やらに出席せねばならなくなるだろう。
しかし、今回は授業参観だ。参加を強制されるものではないし、他の親達に混じれば、自分は確実に浮くのではないか。
自分の為に遥が今後いじめられるような事にならないだろうか。
「俺が行っても、いいのか?」
「おじさんが来てくれなかったら、もうご飯作ってあげないよ」
「えっ」
「洗濯物もおじさんが畳んでよ」
それは、不器用な桐生が最も苦手とする家事だった。
「…」
「おじさんに、見に来て欲しいの!」
遥が少しふくれて言った。
…かわいい。
桐生は素直に思った。
「わかった。日曜の昼だな」
遥の頭をなでてやると、目を輝かせて喜んだ。



あっという間に日は過ぎて、参観当日。
遥は、いつものように8時前に小学校に向かった。
今日一日は通常授業を行い、月曜日が代休になる、と言う事らしい。
彼が子供の頃は、父兄参観の日が大嫌いだった。大抵父親は来なかったし、急に前触れもなく現れたと思えば、派手なアロハシャツにサングラスをかけ、いかにもヤクザといった風体で周りの父兄を怖がらせた。
だが、遥は自分に来て欲しいと言ってくれた。
桐生は嬉しい反面、今までになく緊張していた。
とりあえず、できるだけ真面目そうに見える服装で行こうと考えたが、タンスに入っている服は派手なシャツや上着ばかり。
そういうデザインが子供の頃から好きだったのだ。
比較的地味な服と言うと、パジャマ兼用のスウェットの上下くらいしかなかった。
「参ったな」
さすがに寝間着姿で授業参観には行けない。
桐生はふと、ファンシーケースのファスナーを引いた。
見なれた白いスーツと、黒い喪服用のスーツに挟まれて、渋いグレーのスーツが架かっている。
それは組に入ってしばらく経った頃、風間に贈られたものだった。
「お前もいつか、こういったスーツを着なきゃならねえ事もあるだろう」
当時桐生はまだ若く、回収やカチコミの時も派手な格好で繰り出していたので、風間がどうしてこんなに地味な服を贈ってくれたのか理解できなかった。
だが、風間が贈ってくれたスーツである。殆ど着る事はなかったが、大切に保管していた。
将来組を背負って立つ時の事を、すでに風間は考えていたのかもしれない。
それとも、今のように桐生が組を辞め、真っ当な人間に戻った時を考えたのか。
まさか娘(のような少女)の授業参観で着られる事になるとは思ってもいなかっただろう。

洗面台の鏡に向かい、ネクタイを締めた。
居間に戻ってスーツに腕を通すと、少し袖の丈が短く、腕回りや脚周りも少し窮屈に感じたが、気にするほどでもない程度だ。
一時期、警察から身を隠す為に買った黒縁のメガネを掛けて鏡を覗くと、すっかり一般的なサラリーマンに見えた。
(実際はあまりにがっしりとした体躯と鋭い目つきのせいで、やはりどこか違和感が残っていたが、桐生自身が気付くはずもなかった)
一人で鏡に向かって頷き、桐生はアパートを後にした。



小学校の門をくぐると、桐生と同様、授業を見に来た父兄の姿が散見された。
母親と父親、揃って参観に来ているケースも多い。
ここに由美がいれば、遥の両親としてここに来るような事もあり得たのだろうか。
いや、両親と言う事はつまり…。
自分の考えている事に気付いて顔を振り、そのまま早足で遥の教室に向かう。
いきなり顔をぶんぶん振り回す行動に、周囲から奇異の目で見られているとは遂に気付かないままだった。

教室に着いたのは授業が始まるギリギリの時間で、既に殆どの父兄が顔を揃えているようだった。
教室の後ろには入りきらず、桐生は窓からそっと中を覗き見た。
遥は窓際で友達と話をしているようだったが、こちらに気付いて嬉しそうに笑った。
桐生も小さく手を振った。
そのまま遥は友人らしき少女とこちらを見ながら何か話をしている。
少し照れくさくなって桐生は目線を外し、周囲を見回した。
やけにラフな格好の父兄が目に付いた。Tシャツ、ポロシャツにジーンズ姿が多い。
ジャージのような服を着た父親までいる。
どういう事だろう。
そこに教師が姿を現した。まだ若そうな女性の教師だ。
「本日は、お忙しいところをお子様方の授業参観に足を運んで下さり、ありがとうございます…今日は、いい天気ですので、運動場で体育の授業を行います」
桐生は壁に貼られた「おたより」を改めて読んだ。『授業参観のお知らせ』の後ろの方に、小さく
『当日は動きやすい服装で参集下さい』
とある。プリントを貰った時は、そこまで読んでいなかった。
よく見れば、遥たちも体操服姿だ。
「先に父兄の皆さんは運動場の方へ…子供達と父兄の皆さんで対抗リレーをしようと思います」
桐生は天を仰いだ。

リレーは生徒のチームが1つと、父兄チームが2つの3チームで競うと言う事になった。
生徒チームは運動場を半周ずつ走り、父兄達は一人一周ずつでバトンを渡す。
桐生は、父兄チーム1のアンカーに任命された。
「いや、俺…じゃなくて私は、こんな服装ですから」
そう一旦は断ったのだが、どうもアンカーと言うのは他の父兄も避けたいものらしく、結局引受ける事になった。
あれよあれよと言う間に、リレーがスタートした。
遥は第一走者で、周りの大人の男性に引けを取らない速さの、軽やかな走りだった。
自分の役目を無事終えて、遥がほっとしたような表情でこちらを見た。
桐生は誇らしいような気持ちだった。
しかし、間もなく自分の出番だと思うと、少し気が重くなった。
リレーはいい具合に緊迫したレース展開で、生徒のチームが僅かにリードしていたが、父兄のチームは抜きつ抜かれつ、といった具合だった。
次がアンカーの出番だ。
相手チームの父兄は、年齢は近そうだが色黒で、いかにも元スポーツマンといった風体の男性だった。
こちらを見ながら屈伸などをして自信ありげな表情に、桐生は急に火が点いた。
コイツには負けられん。
ネクタイを緩めてメガネを外し、スーツのジャケットを脱ぎ捨てた。
運動場に立つ。
生徒達が思い思いに声援をかける。
桐生達に向かって一つ前の走者が近付いてくる。
バトンタッチはほぼ同時だ。
駆け出した桐生の背中に、
「お父さん頑張って!」
と言う遥の声が、聞こえた、気がした。



帰り道。桐生はくたくたになって歩いていた。
スーツは右手で肩に掛け、ネクタイはシャツの胸ポケットにねじ込んでいる。
シャツのボタンは2番目まで外して、襟は立てていた。
左手にはコーラの缶を2つ握っている。
「おじさーん」
遥が走って追いかけて来た。汗一つかいていない。
「子供は元気だな」
「私、子供じゃないよ」
口を尖らせる姿が子供らしいと思うが口には出さずにおいた。
「喉、かわいただろ」
「わぁ、コーラ!」
遥はコーラの缶を受け取って、一口飲んだ。
「…ふぅ。五臓六腑に染み渡るよー」
こういう物言いは、やけに年寄りじみていると、いつも桐生は思う。
何度かコーラに口を付けてから遥がこちらを見上げた。
「おじさん、かっこ良かったよ!」
「…」
照れくさくて目を外した。頭上には雲一つない青空が広がっている。
「ホントだよ!友達も、かっこいいって言ってたんだから!」
「そうか」
ついぶっきらぼうに答えてしまう。
「そうだよ!それに…なんか今日のおじさんは、普通のお父さんみたいだった」
思わず遥の顔を見つめた。
「いつものおじさんもいいんだけど!」
慌てたように付け足す。
桐生は口の端を上げた。この服装も悪くはなかったらしい。
「遥は明日、学校休みだったな」
「うん」
「俺の服、明日は遥が選んでくれないか?」
「うん!」
遥は「おじさん」の腕に抱きついた。桐生はその腕を上げて、遥を宙に浮かせ、そのまま家に続く坂を登っていく。
二人の影はアパートに吸い込まれるまで、離れる事はなかった。






「Sun-day」 了




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2006/01/31

天気予報では曇りと言われていたのに、今夜は冷たい雨が降った。
午後11時半。街灯がぽつりぽつりとついている以外、あたりは暗闇である。
雨の中傘もささず、桐生は一人家路についていた。
行く先に、小さなアパートが見える。
二階…遥の待つ部屋の灯りがついているのを見て、桐生は安堵した。
そして小さく首を振り、足を速めた。

鉄製の階段を登り、二番目の扉が二人の住処の入り口だった。
「ただいま」
「おかえりなさい、おじさん!」
桐生が帰ってきたのに気付いて、遥は弾けるように立ち上がり、こちらに駆け寄ってきた。ピンク色のパジャマは、少々サイズが大きいようで少しダブついている。
「遥…俺のことは待たなくていい。10時には寝ろって、いつも言ってるだろう」
「だってぇ」
「子供は早寝早起きだ」
わざとらしく顔をしかめて見せる。
「えー、嫌だよー」
途端に遥は頬を膨らませた。
つい一ヶ月ほど前…目の前の少女と神室町で出逢い、共に過ごしていた頃。
桐生は遥に、年齢の割に大人びた子供だという印象を持っていたが、
あの事件が終わり、二人田舎の町で暮らすようになってからは、すっかり子供らしさを取り戻していた。
神室町では周りの人間は大人ばかりで、緊張していたのだろう。
つい先頃からは小学校にも行き始め、少しずつクラスにも馴染んでいっているようだった。

「おじさん、ごはんとお風呂、どっちが先?」
「なんだ、それは」
いきなりの質問に、我ながらおかしな返事をしたと桐生は思ったが、遥は気にするでもなく詰め寄った。
「もー、答えてよ。どっち?」
両腕を腰に当てて、顔を寄せてくる。こちらを真っ直ぐ見つめる瞳。
その輝きは、平凡な日常を取り戻した今でも、あの頃と変わっていなかった。
少し考えてから桐生は答えた。
「メシにしようか」
「ブッブー」
「えっ?」
「ごはんはまだダメ!おじさんがお風呂に入ってる間に用意するんだから」
「じゃあ、どのみち風呂しか選べないじゃないか」
自分に聞いた意味がない。
「だって、一度言ってみたかったんだもん。『あなたー、ごはんとお風呂、どっちにする?』」
桐生は頭がクラクラした。そんな台詞を、どこで覚えてくるのだろう。
「それにおじさん、びしょ濡れだもん!身体温めなきゃダメだよ」
今思いついた風に遥は付け足して、台所に立った。
どちらが風呂を勧めてきた本当の理由なのか、桐生には分からなかった。両方かも知れない。
女の考えることは分からん。
相手が例え、自分より30歳近く年下の少女でも。
桐生はしみじみと思った。


風呂に浸かると、雨に濡れて冷え切った身体に熱がじんと染みた。
湯と共に疲れも流れて消えて行くような気がする。
雨音が小さく、風呂場にまで聞こえてきた。
…あの日も雨だった。
改めて桐生は思った。
雷鳴轟く夜、稲光に照り返す血の海。銃を持ったままだった錦。現場に落ちていた由美の指輪。
親殺しとして過ごした10年、消えた100億、それを巡って巻き起こった様々な事件。
遥との出逢い。
この静かな町にいると、全てが夢のように思えた。
ドラマの中の出来事のようだと思う。

だが今、俺は遥と共に暮らしている。
一生、命かけても遥を護ると決めたのだ。
神室町で過ごして出会ってきたこと全てを、忘れてはならない。

犬の遠吠えが聞こえた。



首に掛けたタオルの端で髪を拭きながら風呂場を出る。
「メシは出来たのか、遥…」
返事はない。
「遥?」
座ったままちゃぶ台にもたれて、少女は安らかな寝息を立てていた。
大きな茶碗へ山盛りによそわれたごはんと、不格好だが丁寧に作られたハンバーグが湯気を立てている。
時計を見れば既に日付が変わっていた。
桐生は黙って手を合わせ、肉をこね足りなかったのか最初から半分に割れているハンバーグを口に運んだ。
「…うまいな」
眠る少女に向かって感想を述べた。味ももちろんだが、一生懸命作ってくれた気持ちが何より嬉しい。
彼の声が聞こえているのかどうか、遥は笑みを浮かべているように見えた。
ハンバーグはあっという間に無くなった。

桐生は手早く食器を片づけ、布団を敷いた。
そして布団の上に白い小さな枕と、大きな枕を並べた。
「遥」
小さな声で呼んでみたが、彼女は起きる気配もない。
桐生は軽々と少女を抱き上げ、布団に運び、寝かせてやった。
電気を消し、自分も隣へ横になる。


「おやすみ」
そう言って目を閉じる。


いつの間にか雨はやみ、雲間から薄い月が覗いていた。





「2006/01/31」 了


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