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うろほろぞ
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そして、ちょっと不安要素がひとつ。
来年で遥は中学生で良いんですよね?
間違っていたらすみません、お見逃しください。





きらきら








雨だねぇと窓に半分身体を預けるように寄り掛かってどんよりとした夜空を見上げる遥に、一馬は室内を向いて座っていた身体をくるりと返して隣から顔を覗かせた。



「雨だな…」



しとしとと効果音でも聞こえてきそうなほど、止むことなく振り続けている雨は朝から変わらない。
今朝がたどんより曇った空とテレビからの天気予報の『雨でしょう』の言葉、に、天の川見れないかなと溜息交じりに遥が言った言葉は見事に当たってしまった。


「何時も七夕の日って天気悪いよね」
「そうだな…」


言われて考えてみれば、確かに子供の頃もある程度の年齢になってもこの晩に天の川を見た記憶が無い。




「おじさんは、見たことある?」
「いや…覚えてる限りは無いな」
「私もひまわりの頃も、笹を飾ってお祝いしたけどやっぱり雨で部屋の中だったよ」
「関東以外って言うなら、見れるかもしれないけどな」
「例えば?」
「……」



まさかそう問い返されるとは思わず、自分の言葉を反芻して一馬は視線を泳がせる。ふいと室内のテレビに目を向ければ九州沖縄は海開きをしました、と晴れやかな青空の映像と海が画面に映った。





「沖縄、とかか…」

「沖縄かぁ」





一馬の視線に気づいて遥もそちらへ顔を向け、ふうと溜息を一つ漏らす。


「行った事ある?」
「いや、無い」
「…九州も?」
「無いな」
「それじゃ、来年を楽しみにするしかないね」
「それしか無いだろうな」


自分に天気を変える力でも在るというのなら、今すぐこの愛しい存在の為に雨雲を取り払って満天の星空を見せてやりたいが生憎そんなモノは持ち合わせていない。
出来る事と言ったら、せいぜい笹の葉を飾るくらいだ。

テレビから部屋の隅へと視線を向ければ、昼間一馬が買って帰った小さな笹飾りがひらひらと揺れている。
本当ならば、窓から飾りたかったが雨に濡れてしまっては台無しと遥が置き場所を作ってくれた。





「織姫も彦星も、これじゃ会えなくて寂しいだろうなぁ」
「…まぁ、確かに」
「一年に一回しか会えないのにね」
「関東以外では会えてるから良いんじゃないか?」





そう、とりあえず天の川が見えないのは関東近辺。西へ行けば見えているはずだ。



「…おじさん…」

「なんだ??」



むと頬を膨らませて睨む遥に、どうしたと首を傾げれば違うでしょと子供を叱る口調で続けられる。


「そう言う意味じゃないの」
「…違うのか?」
「絶対違うよ」
「……すまない…」


妙な迫力に思わずそう言ってしまう。するとくすりと不意に笑われる。


「おじさんらしいなぁ」
「遥?」
「うん、すごくおじさんらしい」


くすくすとそのまま笑う相手に、なにがどうして自分が笑われているのか理解が出来ないまま一馬はその顔を見つめた。

初めて出会った時から二年が過ぎて、来年には中学へと進学するこの少女は目を見張るほど成長をした。
幼いだけだった姿も顔も、成長期とはこれほどなのだろうかと驚くほど大人び始めている。もともと、生まれや過酷な生き方があったせいで年より全体に大人びた雰囲気は持っていたが、それは年相応とは違う何処か無理のある大人の気配だった。


けれど、今あるのは年相応。無理のない、本来の澤村遥。





不意に、何時まで自分はこの子と一緒に七夕の空を見上げられるだろうかと考える。



世の中の女の子がそうであるように、年ごろになれば好きな相手と特別な夜を過ごしたいと思うはずだ。そうしてそう成った時、自分は父親役として喜ばなければいけない。





願わくば、その相手は普通の世界に生きる男であってほしい。





「おじさん?」




言葉を切ったまま自分を見る一馬に不思議がるように遥がくるりと目を揺らせば何でもないと小さく笑みを返す。



「来年は、二人が会えるかなぁ」
「どうだろうな」
「でも、来年が駄目でもまたその次があるからね」
「…気の長い話だな」



ぽんと窓枠から身体を起こして、床に座り壁に背を預ける様に膝を抱いて座る遥に軽く笑えばえへへと返される。




「?」
「ホントはね、二人は絶対に早く会いたいに決まってると思うんだ」
「そりゃそうだろうな」
「だけどね、焦っちゃダメだよって言うのも、きっと知ってるんだよ」
「……」
「だって時間は流れてるんだもん。必ず次は来るって、信じてるから待てるんだよ」




抱えた膝の上に遥は顔を乗せて、ゆっくりと一馬に笑う。




「何時かきっと、こんな離れ離れじゃなくて一緒に居られるようになる」
「はるか…」
「変わるはずだ、ってね」
「…お、まえ…どこでそんな事を」
「何か変な事、私言った?」
「随分と、大人の様な事を言うんだな」
「いやだな、おじさん。私来年中学生だよ」
「それはそうだが…」




戸惑うように自分を見る一馬に、くすりと遥が笑う。




この人の中では、今だに自分が幼いままだと知っている。勿論、年も姿も自分は十分すぎるほど幼い。

それが、年を追うごとに酷くもどかしくなってくる。





どうして自分は幼いんだろう。
どうして子供なんだろう。
どうして、この人は大人なんだろう。





全部を百万回問いかけたって答えなんか決まっている。






自分は子供で幼くて、この人は大人なんだ。






だから、待つしか自分には出来ないんだと分かった。

大人の仲間入りが出来る年まで、この人の隣に居ても娘さんですかと言われなくなるまで。



そんな日が、来るかどうか本当の処は分からない。

だけど、信じて待ってみたい。




―――何時か、変わるはずだと―――





織姫と彦星よりも遠い対岸に居る自分たちが、川を渡れる日が来る事を願って。







「…遥、その…好きな相手でも出来たのか?」
「え?なんで??」
「いや、女の子が急に大人びる時はそう言うときだと姐さんが」
「…弥生のおばさん…」
「もしそうなら…」
「………」







堂島の龍と呼ばれる程の相手のどうにも所在なさげなおろおろとした物言いに、一瞬言葉を止めた遥は吹き出すように声を上げて笑いだす。




嬉しい嬉しい。それに、少しだけ可愛い。


変わらない、自分を心底心配してくれるこの人。




「おい、遥?」
「大丈夫」



ゆっくりと遥は一馬に向いて座り直すと、少しだけ改まったように膝の上に手を置いた。




「おじさん以上に好きな人、居ないから」
「……」
「だから来年も、一緒に天の川見ようね」




言って、ふわと遥は一馬に笑って見せる。それに、同じだけやんわりと一馬も笑う。



「…ああ、来年こそは晴れると良いな」
「あんまり晴れなかったら、泳いで渡っちゃうよ、私」
「…なんだって?」
「うふふ~、例えば、だよ」

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 その少女はずっと待っていた。
 観光客でごったがえす街角で、一人でずっと待っていた。

 早い時代に開かれた港町の、そこは特別にはなやかな地区で知られている。
 美しく舗装された通りには、高級で洒落た、あるいは歴史をもつ商店が立ち並んで、土地の住民も訪れる者をも魅了していた。

 たそがれが迫って、ガス灯を模した街灯がひとつふたつとともされても、少女はそこにいた。
 花壇の端や、小さなベンチで道行く人を眺めていたが、時折ふと裏通りに入っていったり、店々のウィンドウをのぞいて歩いたりしている。
 お節介な誰かに迷子と間違われて、通りの入り口にある交番にでも連れて行かれたらたまらない。
 すこしずつ場所をかえて、人目をやりすごす智恵も持っている。

 けれど時々、ななめにかけた鞄から携帯電話を取り出して、困った顔で見つめるのだった。
 電池が切れて役にたたなくなっている。
 使い捨ての充電器のことは知っているけれど、自分の財布の中身では額にいたらない。
 いっそ自分から交番に行って『おまわりさん』にお願いをしようか。
 携帯電話の電池を買うお金なら、貸してくれるかもしれない。

 だけど、駄目。
 と、少女は思いなおした。
 そんなことをしたら、おじさんに迷惑がかかってしまう。
 おじさんはあまり警察の人達と――相性が良くないのだ。
 それに、子供の自分が一人でいることについて、きっとおじさんは『おまわりさん』に怒られるにきまっている。

 うちに帰るにしても、歩いて行くには距離がありすぎた。
 それに、おじさんはここでちょっとの間だけ待っていろ、と言っていたのだ。
 だから自分は待っていなければ。
 自分がどこかに行ってしまったら、戻ってきたおじさんがきっと心配する。

 今日あうはずの人がどこに泊まるのか、聞いておけばよかった。
 そうしたらそこに行って、一緒におじさんを探せるし、待っていることもできたのに。
 きっとこのあたりのホテルのはずだけれど、ここには大きなホテルがたくさんありすぎて、訪ねてまわるわけにもいかない。
 それにホテルの人は泊まるお客のことなど、子供には教えてくれないだろう。

 少女は淡い色の携帯電話を握りしめた。
 こんなちいさな電話機がうごかないだけで、自分は一人ぼっちだ。
 彼女は急に悲しくなった。
 おじさんはひどい、と思った。

 今日あうはずの人は、もうこちらへ着いただろうか、それともまだ途中なのか。
 どこからくるのだろう。やはり西の方角からだろうか。そちらへ行ってみれば、あえるだろうか。
 でも、西がどちらかも、わからない。

 おなかも空いたし、喉も渇いた。
 自販機でジュースを買って一口だけ飲んだけれど、味もよくわからないし、なにより喉を通らなかった。
 結局、缶の中身は側溝に流してしまった。

 おじさんはいつ戻ってくるのだろう。
 戻ったとしても、また怪我をしていたらどうしよう。

 今日の夜は、楽しいことばかりになるはずだったのに。
 元町ははなやかでにぎやかで、好きなところだし、おじさんとも一緒にいられる。
 今日あうはずの人は、おじさんのとても少ない友達の一人で、おじさんもあのお兄さんといるときは、ちょっとうれしそうだから、自分もやっぱりうれしくなるし。
 なのにやっぱり、まだここに一人ぼっちでいる。

 彼女はまた、おじさんはひどい、と思った。
 でもそんなことを口に出してしまえば、おじさんを困らせることくらいは知っている。
 すぐに。いますぐに、おじさんが戻ってきてくれればいいのに。
 いますぐに、この通りを偶然に、あのお兄さんが通りかかってくれたらいいのに。
 そうしたら、おじさんのことをひどいなんて思わないし、こんなに悲しい気持ちもすぐに失せてしまうのに。

 街灯も店々の明りもすっかり灯されて、通りはいっそうにぎやかに、行き来する人々の顔も幸福そうに見える。
 目の前を、自分と似たような背格好の女の子がはしゃいで笑いながら、父親らしい人の腕にまとわりつきつつ過ぎていった。

 とたん、少女の大きな瞳からどっとばかりに涙があふれた。
 嗚咽をとめようともしないまま、彼女はその場から駆けだしていた。


週末なので、混むのはどうしても。
 訊ねてもいないのに、タクシーの運転手は説明する。
 あの海沿いの公園はこの土地では必ず数えられる観光名所で、中華街と元町通りもすぐ近く。
 車線がなかなか進まないのは、駐車場の空きを待つ車の列が、車道の片側半分を埋めてしまっているからだとも、言った。

 理由なぞはどうでもいい。
 ここで降りて歩きにするかと、その乗客は――彼は――考え始めていた。

 まったく関東もんはのろくさい。
 車ひとつ転がすのに、どれだけぐずぐずすれば気が済むのか。

 目的のホテルまではどれほどかと聞くと、あと一キロ程度だと言う。
 ならばみずからの足を使ったほうが、はるかに早い。
 最高額の紙幣がコンソールボックスに放り投げられる。
 運転手が慌てて釣りを数えようとしたときには、彼はもう公園通りに降り立っていた。

 道筋の木の間がくれに夜の海が眺められ、貨物船だろうか、遠い沖を往く船のあかりが点滅している。
 季節の盛りはすぎても、海から吹く風には、潮の香りもいまだ濃い。
 宵の口で往来も賑わしいが、人ごみをうろつくつもりは端からありはしなかった。
 物見遊山に来たわけではないのだし、時も限られている。

 到着するつもりであった時刻をずいぶん過ぎていた。
 ホテルのロビーにいろと言ったが、子供連れであるし、辛抱強く待ち続けるのも難しかろう。
 ならば連絡のひとつくらいよこせばいいのだ。それくらいしても罰はあたるまい。
 関東もんはぐずなだけなく要領も悪いのか。救いようがないな。

 やにわに子供の泣き声が、目的の方角から聞えてきた。
 うるさい。迷子か。
 舌打ちをして、向けた視線の先の光景に、彼はすこしだけ目を見張った。
 声をあげて泣きむせびながら、少女が駆けて来る。

「遥やないか」

 低くてよく響く声を、彼女は耳ざとくとらえ、立ちすくんだ。
 こすりすぎて赤くなった頬を、さらにこすりあげながら、悲鳴のように叫ぶ。

「龍司のお兄さん!」

 体ごとぶつかるようにして、しがみついてきた。
 そして、おじさんが戻ってこないよ、と続けて、またひとしきり号泣する。

「ああ、なるほどなあ」

 すぐに得心がいったようで、彼はにがい顔つきをしてみせた。




 泣きやんだら世界が終わるとでもいうように、ずっと涙をながしている。
 足元もおぼつかなくて、すぐにつまづいたりよろけたりするので、抱きあげて連れていくことにした。

 だいたい港町というものは、柄が悪いものと相場は決まっている。
 人も物も出入りが頻繁だから、商売人は集まるし、それに惹かれた人間がさらに集まる。
 港湾労働者はもとより荒くれで、おまけにここには基地もあって、中華系マフィアの温床でもあった。それにやくざも、もちろん。
 いくらハイカラな歴史を宣伝し、物見高い観光客が集まるようになっても、変わりはない。

 そのうえに本人がいくら否定しようとも、堅気とはおもえぬ外見で危なっかしい空気をまとっていれば、いやでも虫けらにまとわりつかれよう。
 まともに取りあわなければいいものを、それでも相手にしてしまうというのは、おとなげないとは言えはしまいか。
 たかだか八つ程度の差を、なにかのたびごとに言われはするが。
 なんのことはない。していることに、あまり違いなどないのだった。

 みつけたのは、元町通りからたいして離れていない山手側の、ちいさな神社の敷地である。
 倒れ伏してうめいているのは、いでたちからしていかれた不良で、こんなものに時間をかけて一体なにをしていたのか。

「遥、おじさんおったで」

 わざとそう言ってやったら、案の定、不快そうにふりむいた。
 まるでこちらが悪いとでもいうような顔つきである。
 実際は、みっともないところを見られて悔しいからであろうが。
 ざまをみろ、と彼は思った。

「なんでお前ここに――」

 と、相手はそこまで口にして、そしてやめる。
 あたりまえだ。それはこちらの台詞だろうが。
 まだうめいたり、失神したままだったりしている、邪魔くさいのを蹴り飛ばしながら近づいたら、もっといやな顔をされた。

「……遥」

 "おじさん"が、まだぐすぐすとしゃくりあげている少女に手をのばす。
 だが彼女はその手を乱暴に跳ねのけ、驚くべき手酷い拒絶をしてみせたのである。

「おじさんなんかしんじゃえ!」

 ざまをみろ、とまた彼は思った。



火のついたように、というものはこういうものかと、桐生は考えた。
 大阪から来た男にしがみついたまま、文字通り声が枯れるまで泣き続けて、いまはもう気管の働きも普通でないのか、ひっきりなしにしゃくり上げている。
 そのうちにひきつけでもおこすのではないか。もしや何かの病気ではないかと、不吉な想像さえ浮かんでくるのだった。

 建物の最上階に位置する、あまりにも贅沢で滑稽なほど広い部屋である。
 こういう所に宿泊するためには、どれだけの費用がかかるのか、それは知らないが。
 港と公園を一望できるリビングに、大の男が二人と子供が一人。
 その誰もが不愉快な気持ちでいる。


 たいしたことではない。ただの不良同士の喧嘩だと思った。
 目があったらこちらにもからんできたので、つい。

「"つい"で、日ぃ暮れるまで遥おきざりか」

 すぐに片づけるつもりだったのが、なにか、対立するチーム同士で人質をとるような、物騒なことをしているらしい。
 からまれていた方の少年が、仲間を助けて欲しいと懇願してきたので。

「うすらばかの一人や二人、死なせとけ」

「おい、子供の前でそんな言いぐさ――」

 その子をひどく悲しませたのは誰だと、自問して彼はまた口をつぐむ。
 本気ですぐに戻るつもりだったと、そんな女々しい言い訳をしてどうなる。


 ソファの背もたれから、金髪がずるずると下がっていった。
 なにごとかと後ろから覗きこむと、ほとんどあお向けになりながら見上げてきて、

「寝てもうた」

 男の広い胸に、小柄でほっそりした子が乗っている。
 眠るのに苦しくないよう、体勢を水平に近くしてやったのか。
 妙なところで気が利きくんだな、と少しばかり感心してやったのもつかの間。

「たいして動いてもおらんのに、くたびれたわ」

 これっぽっちもくたびれていないくせに、そんな嫌味を言う。
 すまないと思っているのは、子供に対しては無論のことだし、お前にも。
 とは、こんな場合はやはり言っておくべきなのか。

 前髪がおちてくるのを鬱陶しがって、だが小さな子が起きてしまうと身動きしないでいる。
 しかたないので、その髪をかき上げてやったり、煙草に手が届かないと言えば、火もつけてやったり。
 始末しろと言わんばかりに顎をつきだしてきたので、今度はくわえている煙草を取り上げて消してもやる。

「苦労しとるな」

「苦労なんぞと思っちゃあいねえぞ」

「遥が、や」

 それくらい、改めて指摘されずとも、骨身にしみている。人並の幸せもあたえてやれない、自分のふがいなさも。
 たいていの皮肉は聞き流せるが、ことこの少女に関しては、たとえお前にも軽々しいことを言われる筋合いはない。
 半ば本気で腹をたてかけたが、郷田龍司はひるむことなく、さらに軽蔑に近いあきれたような視線をむけてきた。

「遥の泣いたんの、はじめて見たわ。あんたも滅多に見よらんやろ」

「……」

「千石とこで最初にみたときから、けったいな子ぉや思うとったわ。さわられたちゅうのに、泣きもわめきもせんと」

「おそろしくて、泣く余裕もなかったんだろうが」

「そうかもしれんなあ。せやけど、そのあとはどうやろな」

「――なにが言いたいんだ」

「ワシ、遥の目の前で千石のやつ始末したからな。そのあと会ったとき――神戸んときや――遥、なんて言うたか覚えとるやろ」

 夏休みを使って神戸を訪れて、そしてそこで再会した龍司に遥は言ったのだ。
 助けてくれてありがとう、と。
 遥を人質にされ、桐生一人ではどうにもならぬ窮状を救ったのは間違いなく龍司であるが、その方法は極めて残虐であった。
 そういうことをした人間に、助けてくれてありがとう、と……。
 理にかないすぎることを普通にする、その理のかないすぎが奇妙だと龍司は言う。


「それから、あれやな。その後のこともこないだ聞いたな。怖わない、言うたってやつや」

 千石を殺めた龍司が去ったあと、ようよう桐生は遥のいましめをといてやり、自分のせいでおそろしい目にあわせてすまない、とそう言った。
 しかし遥は黙って首をふるだけであった。

「それは俺を――」

「困らせとうなくて、したくらいは分かるわ」

「そういう性格なんだ、こいつは。それぐらい、俺だって知ってるさ」

 らしくなく、慌てた調子になったのは、もうこの話を切り上げたかったからだ。
 何を伝えようとしているのかは、うすうす察しもついている。
 黙れと言っても、たぶん黙らないことも。

「捨てられる思うとんのやろ。どんだけおっかない思いしても、平気て答えとったらあんたが心配せんで済むてな。それならずっと一緒におられるて考えとるのや」


 泣き寝入った子を抱きかかえながら、そろりと龍司は体を起こした。
 少女の意識はまったく眠りの中に埋没して、体は人形のように、されるがままにくたくたとしている。
 涙の乾いたあとが、頬に薄く残っているのが哀れであった。
 寝室にねかせにいったのであろう、いったんリビングを出て、戻ってきたときには一人だった。

「風呂にはいる」

 聞いてもいないのに尊大なふうに宣言する。

「遥、あいつ、涙やらよだれやらワシの首んとこで拭きよって、なんや痒うなったわ。まあ、あんたので慣れとるけどな」

 わざとらしくうなじのあたりを掻きながら、ふたたび出ていった。
 もともと口達者なうえ、人を挑発するような悪態は特別に得手。そうやって相手の感情を引っかきまわして喜ぶ性格なのだ。
 それでも、ようやくいつもの調子に戻ってくれて、正直なところほっとしている。


(朝ごはんを作らなくてすむのは楽だなあ)

 と、少女は目の前に並べられた卵やベーコンやトーストしたパンや、その他の皿を眺めつつ思った。

 めざめた時にはとてつもなく広いベッドにいて驚いたけれど。
 おじさんも龍司のお兄さんも、ちゃんとリビングにいたし。
 朝からお風呂にはいって、出てきたときにはホテルの人が、この沢山の朝食をダイニングに運び込んでくれるところだった。


 ゆうべ散々に泣きわめいて、まぶたが腫れぼったい。
 おじさんにむかって、なにかひどい事を言ったような気がするけれど、あまり覚えていない。
 大阪からきたお兄さんにしがみついて、ずっと泣いて、次に気がついたら朝になっていたのだもの。

 けれどおじさんは、そのことは何も言わない。
 怒ってはいないのはわかるし、怒るどころか自分に泣かれてしまって、とても困ったのだろうなと思う。
 そのうえお兄さんには叱られて、きっと照れくさいんだろう。
 おじさんを叱ることのできる大人のひとなんて、このお兄さんくらいだ。
 おじさんより年下のはずなのに、へんなの。

 ――いつもは、あんまりにわがままをすると、おじさんを困らせてしまうから、言わないようにしている。
 そのかわり、時たま会うこのお兄さんには、おじさんのぶんまでわがまま勝手をしてしまうのだった。
 他人に迷惑をかけるな、とおじさんも言うし、学校でも先生が言っていたけれど。
 お兄さんにわがまま勝手をいうのは、迷惑にはならないみたいだ。
 だって、自分がそうすることを、おじさんも許してくれているようだし。
 なによりも、おじさん自身が嬉しそうだ。

 いいことずくめなのだから、おじさんはもっとお兄さんと会えばいいと思う。
 けれど大人になると、子供には想像できない色々なことがあって、簡単にはいかないらしい。


「ねむいの? おじさん」

 早々に食事を終えた"おじさん"は、新聞を読みながらあくびをかみ殺している。

「きのう不良をやっつけたから、疲れてるの?」

「いいや、そうじゃあ――」

「おじさん、ゆうべはずっと喧嘩しっぱなしで、まともに寝とらんのや」

 と、『おじさんの友達』が横合いから説明してくる。

「ほんとう? 龍司のお兄さんと? もう仲なおりした?」

「したした。おじさんもうすっきりして、機嫌ええで」

 お兄さんは悪いことなんて言っていないのに、おじさんは少しだけど本気で怒って、龍司だまれ、と言った。
 仲なおりしたというのは、ほんとうなのだろうか。
 お兄さんは平気そうな様子だから、きっと大丈夫なんだろう。


 そういえば――と彼女はきのうは言いそびれていたことを思い出した。
 いま伝えておかないと、また同じ事を繰り返すにきまっている。


「おじさんも、龍司のお兄さんも、自分から携帯かけるといいよ。きのうもおじさん、龍司遅い遅い、って文句言ってたけど、電話はかけなかったし。お兄さんからもかかってこなかったし。どっちも待ってないで、電話かけるといいと思う」


 そう言ったら、二人とも顔をみあわせて、同時に

「ああ」

 と声をあげた。
 今はじめてそれに気がついて、心底から驚いているらしかった。

 やっぱり。
 少女は納得して、それでだいぶ満足できた。
 オレンジジュースは絞りたての100パーセントだし、目玉焼きもベーコンもおいしい。

 今日はいい日になりそうである。














難儀な性格



 おじさんが煙草を買いにいくと言うので、お兄さんは自分のぶんも頼んでいた。
 ついでに“わたし”のお菓子とかジュースとかジャンプとか――いや、ジャンプは最近おもろないから、とりあえず新刊ひととおり。ビール買うならこれとこれ――といろいろ注文が増えていって、おじさんは覚えられないとむっとして結局、メモを持ってでて行った。

 窓から見おろすと、マンションのまわりには同じようにきれいな建物が少しあるだけで、スーパーとかコンビニは見たらない。
 どれくらい遠くなのと聞いたら、山をおりて一番近い駅のまわりに何件かあったような気がするが。たぶん、とお兄さんは言った。
 どうしてこの部屋の窓は開かなくて、ベランダもないんだろう。
 お兄さんは、部屋の位置が高すぎるから、たとえ窓が開けられてもすごい風が吹きこんで、なかのものがぜんぶ飛んでしまうのだと説明してくれた。
 それと、ここから落っこちたらまずまちがいなく死ぬから自殺防止、とつけたされた。

 大阪のテレビはおもしろい。東京や神奈川ではやっていない番組がいっぱいあって、コマーシャルも大阪弁だ。
 でもこの時間はアニメもないし『奥さんたち用』のドラマかワイドショーばかりで、すぐ厭きてしまう。
 ずいぶん時間がたったけれど、おじさんはまだ帰らない。

「道に迷ってんのかもな、携帯かけてみ」

 そのとおりにしたら、どこか別の部屋で呼び出しの音が鳴っていた。
 置いていってしまったのだ。

「そのうち帰ってくるやろ」

 すぐ帰るからと言って帰らなかったことが、おじさんには何度もあるから。
 またやくざとか不良とか、悪い人にからまれて、なにか事件にまきこまれて。
 それで怪我をして帰ってきたり。
 お兄さんも一緒にいけばよかったのに。
 そしたら喧嘩してもおじさんと半分こで、おじさん怪我しないですんだかもしれないのに。

「怪我してるて勝手に決めんな」

 お兄さんは笑うけれど、おじさん、ほんとうによく喧嘩するのだもの。
 どうしてだと思う?

「しゃあないな。おじさんほかのやりかた知らんのや。すぐ手ぇでてしまうんのも癖や、癖」

 怪我する癖ならなおしたほうがいいのに。
 もうなおらないかな?

「絶対になおらんな」

 じゃあやっぱり、これからも怪我して帰ってくるんだ。
 そう考えたら、なんだか悲しくなってすこし涙がでた。
 お兄さんが気がついて、なんで泣くん、と聞いてきたけれど理由なんかわからない。

「まあええか。お前いつも泣きもせんと偉いからなあ」

 聞いたとたん、やっぱり理由はわからないけれど、よけいに涙がでてしまった。
 おじさんの前だと泣けないのは、きっと毎日顔をあわせているから、いまさら泣いたりしたら恥かしいからだと思う。
 それにわたしが泣いたら、おじさんまた心配するし。
 お兄さんだったら、わたしが泣いても心配しないという気がする。
 ただ悲しくて泣いているだけだから放っておいてほしくて、心配されても困ってしまうし。
 お兄さんの胸あたりにしがみついたのは、こんなことをしてもやっぱり特別に心配したり、わたしをかわいそうな子だと思ったりしないのじゃないか。
 なんとなくそう感じたからかも。

「お前もおじさんも難儀な性分やで」

 なだめるみたいに背中を軽く叩かれて、しばらく勝手に泣いていて、そのうち段々頭がぼんやりしてきた。
 エアコンはちょうどいい涼しさで部屋に風を送っていて、お兄さんにくっつけている顔だとか腕だとかのあたりは暖かくて、それがとても気持ちいい。
 人にくっついて寝るのは、あったかくて、なんだかおちつく。
 お母さんともこんなふうにしたことなかった。赤ちゃんの頃、そうされたのかもしれないけれど覚えてなんかいない。
 おじさんとは、ちょっとだけ。

「こっちまで眠うなったな」

 おじさんよりずっと低くて、おじさんよりすこしだけ正直なような声がして。
 それでそのまま眠りこんでしまった。




「なにやってんだ、お前!」

 おじさんの怒鳴る声と、お兄さんのいてて、という声で目がさめた。
 見あげたら、おじさんがお兄さんの髪の毛をつかんで引張りあげている。

「なにて昼寝やろ。見ればわかるやろが」

 ソファでちょっとだけ泣いただけだったのが、いつのまにかお兄さんの腕枕でぐっすり寝てしまったみたいだった。

「子供といったって女の子だろうが。なに考えてるんだ、お前」

 なんだかわからないけれど、おじさんはすごく慌ててるみたいだ。
 うっさいな、とお兄さんはにやにやしていて、怒られてもあまりこたえていないように見える。

「毛もないガキなんぞにどうにかするかいな。あほちゃうか」

「お兄さん、毛ってなんの毛?」

「遥は黙ってろ!」

 わたしまでおじさんに叱られて、なんだか納得いかない。
 怒鳴ることないのに。
 おじさん、お菓子買ってきてくれた?
 キッチンのテーブルにいくつも置かれたコンビニの袋には、お菓子とジュースと缶ビールと週刊誌がたくさんつまっていた。
 おじさんに買い物をさせるといつもそうだけれど、どれを選んでいいのかわからないと言って手当たり次第に買いこんでしまう。
 こういうのはお金がもったいないから、直してほしいな。
 チョコレートとシュークリームの包みをあけて、さっそく食べた。

 居間ではおじさんがまだ怒っていて、お兄さんはやっぱりにやにやして適当な受け答えをしているみたい。
 ――りんきやみ――とお兄さんが言っているけれど、意味はさっぱりだった。
 あとで教えてもらおう。

「ガキてえらいぬくいなあ。誰かと違うてうるさい前置きもないし、素直にしがみついて寝てもうたわ」

 それでまた、おじさんが何か文句を言っている。
 どうしてお兄さんが怒られるのかさっぱりわからなくて、だからお兄さんがかわいそうになった。

「お兄さん、ぽかぽかしてあったかいよ。腕枕もちょうどよかったよ。くっついて寝ると気持ちよかった」

 お兄さんを助けるつもりでキッチンから声をかけたら静かになったから、おじさんは怒るのをやめたのかも。

「わるい女やなあ!」

 お兄さんの声がすごく愉快そうだったので、きっとわたしは良いことをしたんだと思う。







  「おじさん・・・」
  「何だ?遥」

  「今日ね、神室町でお祭りがあるんだって。夕方からなんだけど行ってもいい?」
  「・・・祭り・・・か・・・」

  神室町は、言わずもがな、夕方から夜にかけては然程安全とは言いがたい場所だ。
  この時勢に、しかも神室町での小学生の一人歩きは危険だし、何より遥は今までに何度も誘拐されている。
  「・・・・・・」
  無言になった桐生を、遥は不安そうに見つめる。




  「お届けものでーす」

  部屋のチャイムが鳴ると同時に掛けられる聞き覚えのある声に。
  桐生はドアを開けた。

  ほんの最近真島建設に入社した、あの時真島と爆弾を処理した若者だった。
  「・・・・・・何の、用だ?」
  できるだけ相手を脅かさないように声をかけたつもりだったが、明らかにその若者は桐生に対して怯えを見せていた。
  流石に、上司(親)が真島な上に、その真島と対等に渡り合う自分もまた同じような目で見られているのだろうかと
  そんな事を思っていると。
  「あ、あの・・・!親父が、桐生さんにと・・・・」
  「?」
  その若者が風呂敷の包みを桐生に手渡す。
  「あと、こ、この手紙をと言われてます!」
  「・・・・・・・・・・」
  封筒を開けて、その「手紙」を見る。

  「あの・・・・・・」
  「ん?」
  「お返事を頂きたいの・・ですが・・・」
  荷物を届けるだけではなく、返事を貰ってくることがどうやら彼の仕事らしい。
  「分かりました、と伝えてくれないか?」
  「あ、有難うございます!」
  これで安心して帰れる、と嬉々として彼は戻っていった。


  桐生は部屋へ戻り、真島からの包みを解いた。
  「これは・・・・・・」
  「わーv浴衣だー」
  よく見ると、遥のサイズのものと、明らかに長身の桐生のために誂えさせたものと分かる浴衣がそれぞれ入っていた。
  遥の分は、ピンクの生地に、花のデザインのもので、早速体に当てて、鏡を見ていた。
  「しょうが・・・・ねえか・・・」
  遥の嬉しそうな笑顔に、桐生は小さくため息をつき、出かける算段を練った。



  可愛い浴衣を着た遥と、濃紺の浴衣を着た桐生は、神室町の中でもやはり目を惹いていた。

  勿論、鍛え上げられた身体の持ち主であることは、浴衣の生地を通してもよく分かるが、精悍な顔立ちの桐生には
  よく似合っていて、いたるところで注目されていたのだった。

  「よ~う、桐生チャン!!」
  やっぱり、来てくれたんやな~、と遠くからでも分かる真島の声が響く。
  「真島の兄さん・・・」
  真島の姿を認めて、桐生は礼を取る。
  いつもはジャケットに黒い皮のパンツ姿の真島も、今日は濃い緑の浴衣を纏っていた。

  「よう似合うとる。やっぱ、ワシの目に狂いはないなぁ~・・・相変わらず・・嬢ちゃん、可愛いなぁ~」
  「真島のおじさん、浴衣有難う」
  にっこり笑って、遥は浴衣のお礼とともに頭を下げる。
  「どういたしまして。・・ところで、ちょっと桐生のおじさんと話があるんやけど・・・」
  「うん、じゃ、このお店で待ってる」
  「有難うな~、嬢ちゃん」
  
  「・・・兄さん、有難うございました・・・」

  「いいって、ことよ。折角の祭りやからな~楽しまんとな。・・・それに・・・嬢ちゃん、嬉しそうやないか~たまには、外にも出んとな」
  「・・・・・・」
  浴衣姿の遥を見て、昔は皆で祭に出かけていたことを思い出した。
  あの時の自分たちも、年に一度の祭りを楽しみにしていたのだ。

  「ホラ、そろそろ広場で踊りが始まるでぇ~」
  桐生チャン、はよせんと置いてくで、と真島は足早に広場へと向かった。


  「たまには・・・いいか・・・」
  突飛な真島の誘いに苦笑しつつも、桐生は祭りを楽しむべく遥と共に広場へと足を向けた。


  夏の熱気が抜けつつある風が、神室町に吹き始めていた―――――




クリスマス・ラヴ




12月24日 クリスマス・イヴ

 世間が浮かれた雰囲気に包まれる今日、桐生家のリビングでも折り紙で作られたクリスマスらしい飾り付けや小さなツリーが置かれ、いつもより賑やかな様子だった。
 テーブルには気合いが入った料理が次々と並べられていく。
 今日はクリスマスだし、ちょっと豪華なのはわかる。しかし二人で食べるには幾分多過ぎる気がする。
 遥は不思議そうに桐生を見上げた。

「おじさん、誰か招待したの?」

 聞かれた桐生は並べた皿を見やって、困ったように苦笑した。

「いや、招待はしてないんだが……もし残ったら、明日の朝食にするか」

 桐生はそう言うが、先ほどからどこかそわそわと玄関を気にする様子は誰かを待っているようで。さてどうしたのだろうと首を傾げた。

「……あ!」

 遥がぱちんと手を打った。誰を待っているのかわかったようで、そうかそうかとニコニコしている。

「おじさん、作って待ってるのなら、招待すれば良かったのに」
「はは……いや、まあ、そうなんだが」

 そんなことをすれば絶対調子に乗るだとか、普段邪険にしてるものだから素直に言いにくいだとか、桐生の心の内にはいろいろあるようだ。

「でも、呼んでなくても来そうだよね」

 そう屈託なく笑う少女に桐生は乾いた笑いを零すしかなかった。

 ちょうどその時、待ち兼ねていたチャイムが鳴った。
 二人で目を見合わせて笑う。
 桐生がひとつ返事をし、玄関に行く。しかし、覗き穴からは何か大きなものが影になって何も見えない。
 訝しく思い、警戒しながら扉をそっと開けると……。

「めり~くりすま~す!やで桐生ちゃ~ん!」
「にいさっ」

 いるのはわかっていたが飛び掛かられるのは予想外。
 反射的にガードすると、真島はぐえ、と悲鳴を上げてひっくり返りそうになった。

「うう、桐生ちゃんヒドいわ~」
「わざわざ抱き付く必要はありません。……いらっしゃい、兄さん」

 ちょっと照れたように笑う姿は真島にとってはクリティカルヒット。
 『ああんもう桐生ちゃん可愛すぎや!!』などと身悶えているが、桐生はいつものことと無視し、真島のそばにある大きな包みに手をかけた。

「兄さん、これは何ですか」
「何って見たまんま、クリスマスプレゼントっちゅうやつやないか!嬢ちゃんにあげよ思てなあ」

 いや、それはわかるのだが、いかんせんデカい。桐生の胸あたりまである。しかも横幅もそれなりで、一抱えほどありそうだ。カラフルな布で包まれ、上の口に大きなリボンが結ばれている。

「中身は何なんですか」
「そらお楽しみや!」

 サイズがあまりにデカい上に贈り主は真島。余計な不安を煽られる
 まあいくら真島でも遥宛なら変なものではないだろうと自分を納得させ、客人を部屋へ招き入れた。

「真島さん、いらっしゃい!」
「おう嬢ちゃん、久しぶりやの!相変わらずかわええなあ」
「えへへ。真島さんもいつも元気だねえ」

 遥の台詞にさっきのやりとりを見てたのかと一瞬ギクリとする桐生だが、すぐに服装のことだと気付いてほっと息を吐いた。
 それにしても確かに寒そうな格好だ。
 いつものジャケットの下には薄そうなインナーが見える。その下にももう一枚着ているようだが、真冬の服装にしては心許無い。

「毎度思いますが、ほんとによく風邪ひきませんね」

 感心というより呆れ気味な調子で言えば、得意げに胸を張った。

「あったりまえやぁ!わしは年中熱い男やでえ?」

 桐生は確かに年中暑苦しいなと思ったのは口にせず、そうですね、と無難に返事をしておいた。

「なんや桐生ちゃん冷たいのぉ……まあええわ。それより嬢ちゃんにプレゼント持ってきたんや!」

 どん、と遥の目の前に置いたのはさっきの包み。遥より大きい。

「わあ!ありがとう真島さん!」
「ほらほら、はよ開けてみ」
 急かされて、遥は包みを剥しにかかった。
 大きなリボンをスルリと解き、色とりどりの包装紙を開いていく。
 そうして次第に現れてきたプレゼントは……。

「すごい!ちょうドデカぴよだ!」

 名前そのままの懐かしい黄色いひよこのぬいぐるみだった。

「どや!限定生産のぴよやでえ」
「真島さんありがとう!すっごく嬉しい!」

 遥はわしっとドデカぴよに抱き付いて満面の笑みを浮かべる。
 その姿に桐生の顔も崩れかけるが、彼女を溺愛する保護者としては些か嫉妬のようなものを感じるのも仕方がないわけで。

「遥、これは俺からだ」

 本来は枕元に置いておくはずのプレゼントを出してきてしまった。

「ありがとうおじさん!開けていい?」
「ああ」

 丁寧に包装紙をはずし開けた中身は、綺麗な装飾を施された箱型のオルゴールだった。

「あ!これって……」

 それは以前、二人で買い物に出かけた際に遥が興味を示したものだった。
 蓋を開けて夢中になって眺めているものだから、欲しいなら買おうかと尋ねたが、慌てた様子でいらないと言われた。
 遠慮してそう言ったのは明白で、桐生はいつかプレゼントしようと考えていたのだ。

「おじさん……本当に、ありがとうね。大好きだよ!」

 遥は目を潤ませ感激した様子で、今度は桐生にぎゅうっと抱き付いた。
 ここにきて完全に桐生の相好が崩れた。
 それはもう極道としての桐生しか知らない者はギョッとするほどに崩れた。
 めったに見れない眼福のうえ、保護者としての心情が丸分かりな真島は一人ニヤニヤしている。

「んもう!桐生ちゃんったらかわいんやか、ぎゃっ」

 つつこうとした指を逆に曲げられた。

「さ、遥、冷めないうちに食べるぞ」
「うん!」

 今度は指を押さえて身悶えしはじめたが二人は気にすることなく席についた。

「なんや、嬢ちゃん、桐生ちゃんに似てきたな……」

 ポツリとぼやくが聞いてくれる者は誰もおらず、ちょっと寂しそうにのの字を書く。
 それを見兼ねてか、桐生が溜め息をついて声をかけた。

「兄さん、早く食べないと無くなっちゃいますよ」
「あ?」

 よくよくテーブルを見てみれば、食器がひとつ、ふたつの三人分。
 今日自分が行くなんて伝えていないし招待もされていない。なのに食器と料理は三人分。

「……いらないなら、いいですけど」
「いらんわけあるかいな!」

 ガバッと立ち上がって慌てて椅子に座る。
 盛られた料理は実においしそう。
 これが自分のために作られたのかと思うと、真島はうっかり涙が浮かびそうになった。

「もう、わしごっつ幸せやわ……このお礼は夜にがんばっぐっ……っ!!」

 真島が口走りそうになったとんでもない台詞は、桐生の右足が脛を蹴ることで阻止された。

「遥、食べるぞ」
「うん!頂きます!」
「頂きます」

 一人悶絶する真島はそれでも幸福感に満たされて、『やっぱり桐生ちゃん大好きや~』と小声で言うのだった。




 食事を終えて遥が寝入った頃。桐生は食器を片付け、真島はソファで寛いでいた。……のだが、真島が何やらごそごそし始めた。
 桐生が不穏な気配にまた何かやらかす気かと振り返ると、そこには頭にリボンを巻いた真島がいた。

「桐生ちゃんへのプレゼントはわ・しぐぇ」
「いりません」

 すかさず蹴りを入れて皿洗いを再開する。
 真島はみぞおちを抑えて呻きながらも、めげずに桐生の腰にしがみついた。

「兄さん邪魔です!」
「ま、まってぇな桐生ちゃん冗談やって!ホンマのプレゼントはこっちや!」

 後ろから差し出されたのは細長い箱。
 桐生が驚いて振り返ると、真島は『はよ開けてみぃ』と催促した。
 急かされるまま開けてみると、中に入っていたのはシルバーのプレートに龍の絵が彫られたブレスレットだった。

「兄さんが、選んでくれたんですか」
「そや。まあ歌彫の龍とは比べもんにならんけどな。龍いうたら桐生ちゃんしかおらんやろ」
「兄さん……ありがとうございます」

 桐生はそう言って真島に対しては珍しく柔らかく笑った。
 それを間近で見た真島にとっては、心臓直撃のクリティカルヒットに等しい威力。その影響が次にどこへ行くかと言えば、真島のこと。当然下半身へ直行する。

「……きっ」
「兄さん?」
「桐生ちゃん愛しとるでぇ~っ!!」
「うわっ!」

 桐生はものすごい力と勢いでがっちりホールドされ、そのまま押し倒された。近付く顔を顎を押すように避け逃れようともがくが、しっかり抑えられている。

「兄さん!どいてください!」
「どいたらへんで~。プレゼントのお礼は桐生ちゃんて決めたんや!」
「勝手に決めるな!」

 しばらく激しい攻防戦が続いたが、真島は諦める気はないらしい。
 相変わらずのしつこさに、桐生が抵抗の手を止めた。

「兄さん」
「お?なんや桐生ちゃん、諦めたんか?」
「……せめて俺の部屋に行きましょう」
「……へ?」

 まさか本当に承諾するとは思っていなかったのか、真島まで動きを止めてしまう。

「お礼、です」

 視線を逸らし頬を赤らめて言うものだから、再び真島の心臓と下半身の血流が激しくなる。

「もうホンマ桐生ちゃんかわいっもがっ!!」

 本日何度目かの叫びは阻止されたが、真島は満面にデレデレ笑いを浮かべていた。

「……兄さん気持ち悪いです」

 とりあえず、そんな桐生の言葉も気にならないほど真島は幸せのようだ。


 クリスマス前夜。こうして桐生家では、皆が騒がしくも幸せに包まれた夜を迎えたのだった……。



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