神室町ヒルズで怪我をして入院してたおじさんはすごい勢いでよくなって、お医者さんもびっくりしてたくらいなの。
「それにしてもすごい体力ですね…」
そして主治医の先生がにっこり笑いながら私に向かってこう言ったの。
「それにお嬢ちゃんのお見舞いが毎日あったからかな? こんなかわいい娘さんの為なら早くよくならないとね」
おじさんの所に心配だから毎日行ってたの。それを褒めて言ってくれたみたいだけどちょっと恥ずかしかった。
でもおじさんも私の方を見てにこにこしてくれてた。
薫さんなんだけど、お仕事が忙しいからなかなか毎週は来られないの。でも来てくれた時にはおいしいお土産を一緒に食べるのが楽しみなんだ。
今日も来てくれるはずなんだけど…
「おはよう」
そう言って病室のドアを開けたのは薫さんだ。
「一馬、元気そうやね。遥ちゃんも元気やった?」
「うん」
「今日は豚まん持ってきたよ」
薫さんが渡してくれたお土産はまだすごくあたたかかった。新幹線に乗る直前に買って持ってきたんだって。
寒いからあったかいものがおいしいね。
「また大阪に行きたいなぁ…」
おじさんと豚まんを食べながら私がそう言ったら、薫さんが、
「せやね。一馬が退院したら大阪で遊ぼう。それええ案やね」
って言ってくれた。
すごい楽しみ。
そして三人でいろいろお話してたら、主治医の先生がまたやってきた。
「あぁ、三人お揃いですね。丁度よかった。桐生さん、今日の検査結果の事ですけど…」
先生が私の方を真剣に見てきた。なんだろう…って思ってたら、
「お嬢ちゃんにはちょっとびっくりする事かもしれないな…」
なんて真面目な顔をして言うの。いつもはにこにこしてる先生なのに。
なんだろう。検査結果が良くなかったのかな…
「桐生さん、明日にでも退院できますよ! 検査は100%良くなってます」
先生、驚かしすぎだよ! 悪くなってたらと思ってドキドキしたもの。
先生はにこにこして私の方を見てる。私をからかって楽しんでるのかなぁ?
でもね、先生は時々こっそりお菓子をくれたりするんだ。入院中に仲良くなったの。同じくらいの娘が居るんだって言ってた。
うん、そうだ、子どもだからって絶対からかわれてる。でも退院したら先生に会えなくなるのは寂しい気もする。
おじさんが元気のない時には、大丈夫だよって私を励ましたりしてくれてたから。それにおじさんがよくなったのも先生のおかげだ。
そう思ったから、
「先生ありがとう」
って言ったの。
そしたら先生がまたにこにこ笑ってくれた。おじさんも薫さんもみんな笑ってた。
こうやってみんなが心から笑えるほどおじさんがよくなったって事だよね。
とっても嬉しいな。
「それにしてもすごい体力ですね…」
そして主治医の先生がにっこり笑いながら私に向かってこう言ったの。
「それにお嬢ちゃんのお見舞いが毎日あったからかな? こんなかわいい娘さんの為なら早くよくならないとね」
おじさんの所に心配だから毎日行ってたの。それを褒めて言ってくれたみたいだけどちょっと恥ずかしかった。
でもおじさんも私の方を見てにこにこしてくれてた。
薫さんなんだけど、お仕事が忙しいからなかなか毎週は来られないの。でも来てくれた時にはおいしいお土産を一緒に食べるのが楽しみなんだ。
今日も来てくれるはずなんだけど…
「おはよう」
そう言って病室のドアを開けたのは薫さんだ。
「一馬、元気そうやね。遥ちゃんも元気やった?」
「うん」
「今日は豚まん持ってきたよ」
薫さんが渡してくれたお土産はまだすごくあたたかかった。新幹線に乗る直前に買って持ってきたんだって。
寒いからあったかいものがおいしいね。
「また大阪に行きたいなぁ…」
おじさんと豚まんを食べながら私がそう言ったら、薫さんが、
「せやね。一馬が退院したら大阪で遊ぼう。それええ案やね」
って言ってくれた。
すごい楽しみ。
そして三人でいろいろお話してたら、主治医の先生がまたやってきた。
「あぁ、三人お揃いですね。丁度よかった。桐生さん、今日の検査結果の事ですけど…」
先生が私の方を真剣に見てきた。なんだろう…って思ってたら、
「お嬢ちゃんにはちょっとびっくりする事かもしれないな…」
なんて真面目な顔をして言うの。いつもはにこにこしてる先生なのに。
なんだろう。検査結果が良くなかったのかな…
「桐生さん、明日にでも退院できますよ! 検査は100%良くなってます」
先生、驚かしすぎだよ! 悪くなってたらと思ってドキドキしたもの。
先生はにこにこして私の方を見てる。私をからかって楽しんでるのかなぁ?
でもね、先生は時々こっそりお菓子をくれたりするんだ。入院中に仲良くなったの。同じくらいの娘が居るんだって言ってた。
うん、そうだ、子どもだからって絶対からかわれてる。でも退院したら先生に会えなくなるのは寂しい気もする。
おじさんが元気のない時には、大丈夫だよって私を励ましたりしてくれてたから。それにおじさんがよくなったのも先生のおかげだ。
そう思ったから、
「先生ありがとう」
って言ったの。
そしたら先生がまたにこにこ笑ってくれた。おじさんも薫さんもみんな笑ってた。
こうやってみんなが心から笑えるほどおじさんがよくなったって事だよね。
とっても嬉しいな。
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12月24日のクリスマス・イブ。
毎年、この日にはちいさなツリーとキャンドルを部屋に飾って、二人だけのクリスマスパーティをしている。
そうしようと決めたわけではないけれど、気付いたらなぜかその日はそうやって過ごすようになっていた。
私はいつもよりちょっとだけ豪華なディナーを用意して、一馬はいつもより早く帰ってきて、その手には必ず二人じゃ食べきれないほどの大きなケーキがあった。
それからちいさな乾杯をして、お腹がいっぱいになったあとも、普段ならもう寝てるような時間まで一緒に遊んだり話をしたり。
ささやかだけれど、それは自分にとって、サンタがくれるプレゼントなんかよりも大切で特別で幸せな贈り物だった。
そんな素敵なプレゼントをくれる一馬に、私も何か出来ることはないかな・・・?
と、ぼんやり思ったのは去年のこと。
そして今年もまたイブが近づいてくるにつれ、今年こそはなにかお返しがしたい。そう強く思うようになっていった。
けれど、何かを買うといってもおこづかいじゃたかが知れているし、かといってやっぱりいつも通りっていうのもつまらないし。なんて、暇があったらあーでもない、こーでもないと考えてばかりいた。
でもあんまり迷ってしまったから、お昼休みに思い切ってどうしたらいいかなぁ、と同じクラスになってからの一番の親友に訊いてみたら・・・なんでもない事のように言われてしまった。
『じゃあさ、マフラー編んでみたら?』
そうあっさりと返されて、「あ!」と思わず声を上げてしまった。
なるほど確かに自分ではなぜか思いつかなかったその案は考えていた条件にもぴったりで、何よりも心を込めたプレゼントにそれ以上のものは無いように思えた。
だから。
ベタだけどね、と付け加えられながらの提案は、考えただけでワクワクする様なとても魅力的なものだった。
そんなことがあった放課後。
膳は急げ、と学校の帰りに足を運んだ駅前の商店街はもうクリスマスカラー一色で、それにつられたように楽しそうな人々とで賑わいを見せている。
時々立ち止まってディスプレイに目を奪われたりするけれど、両腕に抱えたロゴ入りのチェックの紙袋がどうしても気になってしまい、それにちらちら視線を落としながら歩いていた。
それはついさっきまでいた手芸のお店のもので、中には親切な店員さんに教えてもらいながら道具や小物をそろえていった編み物セットと毛糸、それから作り方の本が入っている。
とくに一番悩んでいた毛糸はイメージにピッタリなものが見つかり、ちょっと予算オーバーだったけど一度手に取ったらどうしてもそれが手放せなくて、結局奮発してしまった。
だけど、それにして正解だったと思う。
そうやって、一生懸命選んだプレゼント計画の主役がここにある、と何度も確かめては思わず顔がゆるんでしまって・・・。アドバイザーの親友が見ていたなら「毛糸買っただけでそんなに浮かれてどうするの」って、たぶんあきれ顔だ。
もちろん、失敗して渡せなかったら、とか、いびつなマフラーを渡して困らせちゃったらどうしよう、とか考えないわけじゃない。
でも、今までもらうばかりだった自分が、なにかをあげることができる。
それが、本当に本当に嬉しいから。
そんな想いが欠片でも届けられるなら、そんなかすかな不安なんて些細なことだと思う。
それに、自分の大好きなあの人は、なによりも心を大事にしてくれるひとだ。
だから、たとえ失敗してもくじけても頑張ろう!って思う。
「さて、もう帰らなくっちゃ」
そして早速始めてみよう。
クリスマスまで時間はまだある。
早く、このあふれそうなほどのありがとうの気持ちを伝えたい、贈りたい。
けれど我慢して、もう少しの間秘密にしておかなきゃいけない。
ジングルベルのその先にあるのはきっと、幸せな時間。やさしい笑顔。
――そう、信じて。
家路を急ぐ。
毛糸玉がポンポンふわりと、はずんでいた。
毎年、この日にはちいさなツリーとキャンドルを部屋に飾って、二人だけのクリスマスパーティをしている。
そうしようと決めたわけではないけれど、気付いたらなぜかその日はそうやって過ごすようになっていた。
私はいつもよりちょっとだけ豪華なディナーを用意して、一馬はいつもより早く帰ってきて、その手には必ず二人じゃ食べきれないほどの大きなケーキがあった。
それからちいさな乾杯をして、お腹がいっぱいになったあとも、普段ならもう寝てるような時間まで一緒に遊んだり話をしたり。
ささやかだけれど、それは自分にとって、サンタがくれるプレゼントなんかよりも大切で特別で幸せな贈り物だった。
そんな素敵なプレゼントをくれる一馬に、私も何か出来ることはないかな・・・?
と、ぼんやり思ったのは去年のこと。
そして今年もまたイブが近づいてくるにつれ、今年こそはなにかお返しがしたい。そう強く思うようになっていった。
けれど、何かを買うといってもおこづかいじゃたかが知れているし、かといってやっぱりいつも通りっていうのもつまらないし。なんて、暇があったらあーでもない、こーでもないと考えてばかりいた。
でもあんまり迷ってしまったから、お昼休みに思い切ってどうしたらいいかなぁ、と同じクラスになってからの一番の親友に訊いてみたら・・・なんでもない事のように言われてしまった。
『じゃあさ、マフラー編んでみたら?』
そうあっさりと返されて、「あ!」と思わず声を上げてしまった。
なるほど確かに自分ではなぜか思いつかなかったその案は考えていた条件にもぴったりで、何よりも心を込めたプレゼントにそれ以上のものは無いように思えた。
だから。
ベタだけどね、と付け加えられながらの提案は、考えただけでワクワクする様なとても魅力的なものだった。
そんなことがあった放課後。
膳は急げ、と学校の帰りに足を運んだ駅前の商店街はもうクリスマスカラー一色で、それにつられたように楽しそうな人々とで賑わいを見せている。
時々立ち止まってディスプレイに目を奪われたりするけれど、両腕に抱えたロゴ入りのチェックの紙袋がどうしても気になってしまい、それにちらちら視線を落としながら歩いていた。
それはついさっきまでいた手芸のお店のもので、中には親切な店員さんに教えてもらいながら道具や小物をそろえていった編み物セットと毛糸、それから作り方の本が入っている。
とくに一番悩んでいた毛糸はイメージにピッタリなものが見つかり、ちょっと予算オーバーだったけど一度手に取ったらどうしてもそれが手放せなくて、結局奮発してしまった。
だけど、それにして正解だったと思う。
そうやって、一生懸命選んだプレゼント計画の主役がここにある、と何度も確かめては思わず顔がゆるんでしまって・・・。アドバイザーの親友が見ていたなら「毛糸買っただけでそんなに浮かれてどうするの」って、たぶんあきれ顔だ。
もちろん、失敗して渡せなかったら、とか、いびつなマフラーを渡して困らせちゃったらどうしよう、とか考えないわけじゃない。
でも、今までもらうばかりだった自分が、なにかをあげることができる。
それが、本当に本当に嬉しいから。
そんな想いが欠片でも届けられるなら、そんなかすかな不安なんて些細なことだと思う。
それに、自分の大好きなあの人は、なによりも心を大事にしてくれるひとだ。
だから、たとえ失敗してもくじけても頑張ろう!って思う。
「さて、もう帰らなくっちゃ」
そして早速始めてみよう。
クリスマスまで時間はまだある。
早く、このあふれそうなほどのありがとうの気持ちを伝えたい、贈りたい。
けれど我慢して、もう少しの間秘密にしておかなきゃいけない。
ジングルベルのその先にあるのはきっと、幸せな時間。やさしい笑顔。
――そう、信じて。
家路を急ぐ。
毛糸玉がポンポンふわりと、はずんでいた。
小さな頃は、トレーナータイプの上下を愛用。上着の裾はズボンに入れて、おなかを冷やさないようにするのだ。夏でも丸首タイプを愛用。
でも、大きくなったある日、桐生ちゃんにトレーナーを簡易拘束具に使われて以来、前開きタイプのパジャマに変更。そしたら、今度はボタンを外されるのを眺める事になり、ちょっと困る遥ちゃんなのでした~。
でも、大きくなったある日、桐生ちゃんにトレーナーを簡易拘束具に使われて以来、前開きタイプのパジャマに変更。そしたら、今度はボタンを外されるのを眺める事になり、ちょっと困る遥ちゃんなのでした~。
騎士を持たないキリュウは、フードを目深に被り、街を抜けようとした。夜の街は危険だ。特にファティマには。
だが、誰かが腕を引いた。振り返ると、目つきの悪い男達がいた。
「ファティマだ。男のファティマがいるぞ」
男達が取り囲む。ファティマの自分には身を守る術がない。こんなのに売り飛ばされるのかと、キリュウが覚悟したときだった。
空気を切り裂いて、スパッドが飛んできた。キリュウを掴んでいた男の手が飛んだ。
キリュウは驚いてスパッドが投げられた方を見た。そこには、まだ幼い少女が両足を踏ん張るようにして立っていた。
「やめてよ!」
少女は叫んだ。キリュウを取り巻いていた男達は、お楽しみを中断したのが少女だとわかると、ニヤニヤと笑い出した。そして、少女の方へ足を踏み出していく。男の体を持つファティマより、幼くても女のほうがいいと判断したのだろう。少女が怯えた表情に変わった。瞬間、キリュウはスパッドを拾うと少女の体を抱え、飛び上がった。建物の屋根に飛び移り、街の外れまで一気に走り抜ける。
道路の影になるところまで移動して、キリュウは少女を下ろした。
「大丈夫か?」
声をかけると、少女は頷いた。黒い髪の少女は、小さく震えていた。その手にスパッドを渡して握らせる。
「お前、騎士なのか?」
少女は頷いた。
「何で、あんな所にいたんだ」
「お母さん、探しに・・・」
スパッドを握り締め、少女は俯く。
「だからって、お前」
キリュウが言うと、少女は顔を上げた。美しく輝く、黒い瞳に決意が現れていた。
「ハルカ。お前じゃない。私はハルカ。あなたは?」
キリュウは動揺した。強い光を感じた。こんな小さな、恐らくまだ学校に通うような少女に引き付けられる。
「俺は、キリュウ。キリュウ カズマだ」
フードをはずし、遥を真っ直ぐに見つめる。これは運命だ。キリュウは思った。逃れられない運命。この少女に己の命を託す宿命だ。
「ハルカ。お前を『マスター』と呼んでもいいか?」
ハルカは驚いた表情になった。
「え、何で・・・私、正式な騎士じゃないし・・・MHも持ってないし・・・」
「俺の『マスター』になってくれれば、お前の母親探しを手伝おう」
ハルカは少し考えた。それから頷いた。
「うん。わかった。おじさんの『マスター』になる」
おじさん、か。キリュウは笑った。少女から見れば、ファティマの自分もおじさんだろう。
「Yes,Master」
キリュウは膝をついた。伸ばされた小さな少女の手を取る。長い旅の始まりを、キリュウは感じていた。
その頃の遥は、ひどく沈んでいた。周りの人には勤めて明るく振舞っていたが、ふさぎこみがちだった。わずか九歳の子供が見た悪夢のような世界が、彼女の心に大きな傷を残したのは間違いない。
桐生が面会に行っても、
「平気だよ」
としか、答えなかった。
しかし、園長に聞くと、夜中に起きていたり、突然泣き出したりするという。
だが、すぐにもう一つの問題が持ち上がった。神宮の妻から、『ヒマワリ』に連絡が入った。遥に会いたいという。そして、某日に弁護士事務所に来てほしいとの事だった。
指定された場所は、都内でも有数の弁護士事務所だった。高いビルの最上階にあるその事務所へ桐生と遥が行くと、広い部屋に通された。美しく磨き上げられた机と、ガラスの灰皿、金色のライター。窓の外からは大都会の町並みが見えた。冬の、淡い太陽の光が、長い影を作っている。
「すごいね、おじさん」
遥は、黒い皮のソファに沈み込みそうになりながら、そんなことを言った。
すぐに、弁護士と、中年の女性が入ってきた。桐生は、この女が神宮の妻だろうと思った。美人だが、冷たいイメージがある。
桐生と遥の前に座った神宮の妻は、挨拶すると、
「遥さんにわざわざ来ていただいたのは、神宮の遺産の件なのです」
と、すぐに切り出した。びっくりしている遥を見ても、彼女は顔色一つ変えず、話を進めた。
「遥さんは、神宮の娘でありますので、神宮の遺産を相続する権利があります」
そして、小切手を取り出し、
「遥さんに一千万、お渡しいたします。その代わり、今後一切、神宮家とはかかわり無いことを誓約していただきます」
神宮の妻は、真っ白な、水仕事一つしたことも無いような手で、小切手を遥の前に差し出した。
遥は、どうしていいのか分からず、泣きそうな顔で桐生を見上げた。桐生は一つため息をつくと
「遥、やるといってるんだ、貰っておけ」
「うん」
遥は頷いた。弁護士が横から書類を出し、遥がそれに名前と印鑑を押した。弁護士と神宮の妻は、何事か話をした。その後、神宮の妻は一つの箱を取り出し、
「神宮が持っていた、あなたに関するものです。あなたがお持ちになった方がいいと思います」
白い手が、箱を遥の前に押した。
「ありがとうございます」
遥は、箱を受け取った。すると、彼女はようやっと笑顔を見せて、
「遥さんは、目が神宮に似ているわ。」
と、柔らかく言った。
帰り道、遥は箱を紙袋に入れ、大事に抱えていた。そして、
「おじさん、どこかで箱を開けたいんだけど・・・」
と、おずおずと聞いてきた。
「ヒマワリに戻ってから開けたらどうだ?」
桐生が言うと、遥は少し考えてから、
「でも、もしお母さんのものとか入ってたら、他の子に悪いし。ね、おじさん」
そう言われては、桐生としても断りにくい。仕方なく
「じゃあ、そこのカラオケボックスで開けてみるか」
遥を連れて、近くのカラオケボックスへ入った。
暗い、狭い部屋で、桐生の隣に座った遥は、貰った箱をそっと開けた。
中には、アルバムが入っていた。遥はめくると、
「あ、お母さんだ」
と、小さく言った。桐生が覗き込むと、そこには神宮と由美が並んで写っている写真、由美がどこかの海岸に佇む写真などが貼ってあった。さらにページをめくると、神宮と由美と赤ん坊が居る写真が出てきた。
「おじさん、これって私かなぁ」
「たぶんな」
桐生はそう答えた。見たことも無い穏やかな顔をした由美は、遥をしっかり抱きかかえていた。他にも、遥に笑いかける由美や、泣いている遥の写真が出てきた。
遥の最初の誕生日の写真では、由美は本当に嬉しそうに、遥を抱いていた。それは、桐生の見たことの無い由美だった。おそらく、この頃の由美は幸せの絶頂だったのだろうと桐生は思った。
そして、アルバムは終わっていた。誕生日からそう遠くない日に、二人の関係が終わり、写真をとることが出来なくなったのだろう。
遥はアルバムを置くと、箱の中から紙を取り出した。四つに折りたたまれたそれは、半紙だった。あければ、中央に
『命名 遥』
と、墨で黒々と書かれていた。遥はそれをしげしげと眺め
「おじさん、これ、なあに?」
桐生は、遥の頭を一つ撫でて
「これは、神宮が生まれた子供に、名前をつけたんだろう。遥の名前は、神宮がつけたんだな」
遥が、きょとんとしている。桐生は、慎重に言葉を選びながら、遥に言った。
「神宮は、遥が生まれたことをすごく喜んでたんだ。だから、名前も考えたし、写真もこんなに残していたんだ。由美と遥を、殺そうとまでしながら、捨てることが出来なかったんだろう」
「どうして?」
「遥を大切にしていたんだ。ずっと、遥を娘だと思ってたんだろうな」
桐生が言い終わらないうちに、遥の目に大粒の涙があふれた。
「おじさん、私、『いらない子』だと思ってた」
小さな肩が震えていた。桐生は、ああ、そうかと思った。あの日から、遥は自分が『要らない子』だと思っていたのだ。自分が居たばかりに、父と母は死んだのだと。
桐生は、遥を抱き寄せ、
「そんなことは無いんだ。遥の誕生を、神宮も由美も、とても喜んでいたんだ。こんなにたくさん、写真を撮って、誕生日を祝っていたんだ。分かるよな、遥」
桐生は、小さな遥のために、出来る限りのことをしようと思った。小さな遥に、幸せが訪れるように。小さな遥が、日の当たる道を歩けるように。