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その頃の遥は、ひどく沈んでいた。周りの人には勤めて明るく振舞っていたが、ふさぎこみがちだった。わずか九歳の子供が見た悪夢のような世界が、彼女の心に大きな傷を残したのは間違いない。
 桐生が面会に行っても、
「平気だよ」
 としか、答えなかった。
 しかし、園長に聞くと、夜中に起きていたり、突然泣き出したりするという。
 だが、すぐにもう一つの問題が持ち上がった。神宮の妻から、『ヒマワリ』に連絡が入った。遥に会いたいという。そして、某日に弁護士事務所に来てほしいとの事だった。

 指定された場所は、都内でも有数の弁護士事務所だった。高いビルの最上階にあるその事務所へ桐生と遥が行くと、広い部屋に通された。美しく磨き上げられた机と、ガラスの灰皿、金色のライター。窓の外からは大都会の町並みが見えた。冬の、淡い太陽の光が、長い影を作っている。
「すごいね、おじさん」
 遥は、黒い皮のソファに沈み込みそうになりながら、そんなことを言った。
 すぐに、弁護士と、中年の女性が入ってきた。桐生は、この女が神宮の妻だろうと思った。美人だが、冷たいイメージがある。
 桐生と遥の前に座った神宮の妻は、挨拶すると、
「遥さんにわざわざ来ていただいたのは、神宮の遺産の件なのです」
 と、すぐに切り出した。びっくりしている遥を見ても、彼女は顔色一つ変えず、話を進めた。
「遥さんは、神宮の娘でありますので、神宮の遺産を相続する権利があります」
 そして、小切手を取り出し、
「遥さんに一千万、お渡しいたします。その代わり、今後一切、神宮家とはかかわり無いことを誓約していただきます」
 神宮の妻は、真っ白な、水仕事一つしたことも無いような手で、小切手を遥の前に差し出した。
 遥は、どうしていいのか分からず、泣きそうな顔で桐生を見上げた。桐生は一つため息をつくと
「遥、やるといってるんだ、貰っておけ」
「うん」
 遥は頷いた。弁護士が横から書類を出し、遥がそれに名前と印鑑を押した。弁護士と神宮の妻は、何事か話をした。その後、神宮の妻は一つの箱を取り出し、
「神宮が持っていた、あなたに関するものです。あなたがお持ちになった方がいいと思います」
 白い手が、箱を遥の前に押した。
「ありがとうございます」
 遥は、箱を受け取った。すると、彼女はようやっと笑顔を見せて、
「遥さんは、目が神宮に似ているわ。」
 と、柔らかく言った。

 帰り道、遥は箱を紙袋に入れ、大事に抱えていた。そして、
「おじさん、どこかで箱を開けたいんだけど・・・」
 と、おずおずと聞いてきた。
「ヒマワリに戻ってから開けたらどうだ?」
 桐生が言うと、遥は少し考えてから、
「でも、もしお母さんのものとか入ってたら、他の子に悪いし。ね、おじさん」
 そう言われては、桐生としても断りにくい。仕方なく
「じゃあ、そこのカラオケボックスで開けてみるか」
 遥を連れて、近くのカラオケボックスへ入った。
 暗い、狭い部屋で、桐生の隣に座った遥は、貰った箱をそっと開けた。
 中には、アルバムが入っていた。遥はめくると、
「あ、お母さんだ」
 と、小さく言った。桐生が覗き込むと、そこには神宮と由美が並んで写っている写真、由美がどこかの海岸に佇む写真などが貼ってあった。さらにページをめくると、神宮と由美と赤ん坊が居る写真が出てきた。
「おじさん、これって私かなぁ」
「たぶんな」
 桐生はそう答えた。見たことも無い穏やかな顔をした由美は、遥をしっかり抱きかかえていた。他にも、遥に笑いかける由美や、泣いている遥の写真が出てきた。
遥の最初の誕生日の写真では、由美は本当に嬉しそうに、遥を抱いていた。それは、桐生の見たことの無い由美だった。おそらく、この頃の由美は幸せの絶頂だったのだろうと桐生は思った。
 そして、アルバムは終わっていた。誕生日からそう遠くない日に、二人の関係が終わり、写真をとることが出来なくなったのだろう。
 遥はアルバムを置くと、箱の中から紙を取り出した。四つに折りたたまれたそれは、半紙だった。あければ、中央に
『命名 遥』
と、墨で黒々と書かれていた。遥はそれをしげしげと眺め
「おじさん、これ、なあに?」
 桐生は、遥の頭を一つ撫でて
「これは、神宮が生まれた子供に、名前をつけたんだろう。遥の名前は、神宮がつけたんだな」
 遥が、きょとんとしている。桐生は、慎重に言葉を選びながら、遥に言った。
「神宮は、遥が生まれたことをすごく喜んでたんだ。だから、名前も考えたし、写真もこんなに残していたんだ。由美と遥を、殺そうとまでしながら、捨てることが出来なかったんだろう」
「どうして?」
「遥を大切にしていたんだ。ずっと、遥を娘だと思ってたんだろうな」
 桐生が言い終わらないうちに、遥の目に大粒の涙があふれた。
「おじさん、私、『いらない子』だと思ってた」
 小さな肩が震えていた。桐生は、ああ、そうかと思った。あの日から、遥は自分が『要らない子』だと思っていたのだ。自分が居たばかりに、父と母は死んだのだと。
 桐生は、遥を抱き寄せ、
「そんなことは無いんだ。遥の誕生を、神宮も由美も、とても喜んでいたんだ。こんなにたくさん、写真を撮って、誕生日を祝っていたんだ。分かるよな、遥」
 桐生は、小さな遥のために、出来る限りのことをしようと思った。小さな遥に、幸せが訪れるように。小さな遥が、日の当たる道を歩けるように。
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